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前の日記にトラックバックを付けて下さったとりがらさんのところでいただいたコメントをお願いしてこちらにも書き込んでいただきました。日記で続けます。とりがら2001さん >古い日記へのトラックバックなので、少し迷いました。でも「天皇はいらない」という意見の人が少なくないことを知って欲しいと思ったのです。------------コメントこちらへも書いていただいてありがとうございました。>民主党やかつて自民党と連立した社民党に大きな期待は抱けませんが、いまでは共産党も「ものわかりがいい大人」のようになってしまいました、>「天皇制はいらない」というおそらくは1割に近いであろう国民の声を代弁する政党は今の国会には不在ということでしょうか。>小選挙区制によって大政党が断然有利となり、比例区で少数政党はわずかな議席を確保できてはいます。しかし、それでも1割くらいの国民の「天皇はいらない」という声は国会の中ではどの政党の議員の口からも語られないようです。-------------日記に書いたように、皇太子妃ご懐妊祝意表明決議に共産党が同調したという報道を見た時、まず「誤報だ」と思いました。次に「何か事情があるのだろう」と思いました。その時市田書記局長の談話がアカハタに載って、全く信じられず、確認のために初めて中央に電話しました。「天皇はいらない、と思う国民の代弁をしてくれないのか。こんなに応援しているのに」と泣きつきましたが、どんなに粘っても「市田書記局長の談話のそれ以上でも以下でもない」という返事でした。動揺した私は、こちらの地域でも意見を聞いてみましたが、この事に対しては必ずしも一枚岩の対応ではありませんでした。それで、今でも応援していますが、やはりこの問題が再浮上すると黙っていられない気持ちになります。>共産党の立場は、「いまの綱領を決めて以後は、わが党には『天皇制打倒』という方針はないのです。いまの政治体制では、天皇制は権力の実権者ではありませんから」「天皇の問題で、われわれの現在の政治行動の基準は、憲法の関係条項を厳格にまもること」「当面の要求課題をかかげた行動綱領には、君主制の廃止という問題はでていない」(第21回党大会 第3回中央委員会総会での不破委員長の中間発言 http://www.jcp.or.jp/seisaku/004_0607/tenosei_21taikai_3tyuuso.html )とのことですが、皇室典範の改定や改憲が議論されている中で、天皇制=君主制の廃止を主張しないのならいつ主張するというのでしょうか? まったく納得がいきません。----------------そうですよね。先日のテレビ番組でも、いつもは歯切れのいい共産党の議員が、とりがらさんが引用された不破さんの発言と同じことを言っていました。今、天皇制廃止の改憲なんてできるわけはありませんが、だからといって誰も主張しなかったら、矛盾は拡大し、国民に忠誠を誓わせるような存在に逆戻りしかねません。 昨日は、ある町の城址公園に立ち寄ったのですが、枝垂れ梅が美しい感じのいい公園に、3段重ねになった忠魂碑が建っていました。下の段の古びた石には、日清・日露の戦争の当地の戦死者名が刻まれているのですが、中段の真新しく見える石には『大東亜戦争』の戦死者名が、戦後数10年たってから刻まれているのです。その上の自然石には「忠魂碑」とあります。中段が戦後につけ加えられたのです。高台の城址公園に吹き付ける夕風に吹かれながら、「戦争は終わっていないなあ」と思いました。天皇のために戦争をすることが永久に無いように、日本共産党には「天皇制打倒」と叫ばなくていいから、天皇論議の時に「天皇制はいらない」と言って欲しいのです。
2006年02月27日
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朝までやるのか「激論!天皇」とかいうテレビ番組で、女性天皇とか、女系天皇とかやっています。そこに共産党の国会議員も呼ばれているのですが、存在感が希薄です。それは、天皇制反対を言わないからだと思います。昭和天皇は戦争責任を反省せずに死んでいったので話になりませんが、私は人間みんな平等だと思いますので天皇制を止めるべきだと思ってます。皇太子妃雅子さんが妊娠した時、国会で祝意の表明をしたのですが、その時共産党がそれを否定しなかったのです。私は日本共産党を応援していますが、この対応は納得できませんでした。代々木の共産党本部に電話で抗議しました。県委員会へも抗議しました。この事については、今も納得していません。天皇制を否定する意見を共産党は代弁して欲しいと思います。女帝、女系ではないのです。国民主権を完全実施するために、せめて共産党は、天皇制を否定して欲しいのです。 トップページの2月の壁紙になったシロバナタンポポといっしょに咲いていたスミレ:2月23日撮影
2006年02月24日
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阿蘇高岳 虎が峰・鷲ヶ峰(右)(撮影日2005年8月8日)12日、阿蘇の高岳を下山中の太宰府の男性が転落し死亡されました。朝このニュースを知り、ハッとしました。昨年二度高岳に登り、事故現場の鷲が峰の雄姿も見慣れた感じになっていました。夫も息子もこの岩山に登りたがっているようです。でも、もろい岩質で遭難が多いところなのだそうです。「九州の谷川岳」と呼ばれているのですって。そういえば、登り口の仙酔峡登山道にはいくつもの慰霊碑があったようです。山を歩く充実感や解放感がちょっとだけ分かってきた時ですので、この身近な場所での遭難死に、複雑な思いです。鷲が峰の写真がありましたので、亡くなられた藤田さんへの哀悼の意を込めて掲載します。
2006年02月13日
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IMAGINATIONより転載日米共同指揮所訓練並木道の歩道にはバス停のベンチがあって、冬の中休みとでもいうのか汗ばむような昼下がり、バスを待つ人達が腰掛けている。彼らの背後には何の変哲もないフェンスが続く。そのフェンスの向こうに広がるのは、累々と連なる軍用テントの群である。カマボコ型、三角柱を倒したもの、三角錐、大型、ドーム型、なんと言ったらいいか分からないものまで。もしもこれらがカラフルな原色に彩られたものなら、さながらサーカス万博会場だ。しかし、形は様々だがその色は濃いモスグリーン。この広大なフェンスで囲まれた区域は、陸上自衛隊西部方面総監部の敷地である。もとは芝生のグラウンドで、フェンスの内側に沿った道では今もランニングをする自衛隊員の姿が見られる。台風被害がなかったせいか、基地内に植えられたソメイヨシノの紅葉がいつになく美しかった昨年秋、大きな樹木をフェンスの内側に移植する作業が続いていた。何だろうと思っていたが、このテント村を作る為のものだったのだね。子どものころから馴染んでいた美しい芝生の風景は、濃いモスグリーンのテントに覆い尽くされ、明るい昼間だというのに、そこだけ連なる山影のような異様な空間にされている。17年度日米共同方面隊指揮所演習、別名ヤマサクラ49…。1月23日から2月4日まで、米兵1300人、自衛隊員4400人だかで、コンピューターを駆使した戦争シミュレーション。テント村は彼らの宿舎である。イラクに行っている第8師団は表面無事で帰還するようだが、こんな街中で風景を塗り替える規模の日米共同訓練だもの、放って置いたら次々にアメリカの言いなりに海外派兵を続けるつもりですね。バス停のベンチに座る人たちふり返ってこの景色を見てください。この意味を考えてください!私も、考えます。
2006年02月01日
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