2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全8件 (8件中 1-8件目)
1
くに♪さんが、「2016年オリンピック立候補都市が・・・ 東京に決まりました!!福岡の貴重な自然が破壊されずに済むことになりました!(#^.^#)東京のみなさん、ありがとう!」という記事を書かれました。福岡の市民の過半数が誘致に反対していたらしいです。熊本県知事は福岡応援と言っていました。そう簡単に福岡決定はないだろうと思っていたこともあり無関心でしたが、地元の人たちが反対しているのに立候補する市長の神経ってどうなのでしょう。紙屋研究所さんも、反対していたようで、「呼ばんでよかばい! 福岡オリンピック」「福岡市が落選しました。慶賀にたえません。」と言っておられました。そして、「国威発揚と利権あさりの巨大開発の道具になる危険性の強い『東京オリンピック』構想。」ですって。そうよねえ。2016年の日本はいったいどうなっているのだろう。保守政権が続き、愛国心教育が浸透して、国家のために人生をかけることが喜びとされ、その実、大企業の利益のために国民の生活は見捨てられている。ついでに、いくつもの原子力発電所が建設されている。悲しい程に自然環境は劣悪になっている。そんな中、東京オリンピックが開催され、人々は熱狂する。なんか、ベルリンオリンピックみたいな雰囲気。その時憲法は…。変な空想ばかりが浮かんで気分が悪くなりました。押しつけられることの意味を見抜き、押しつけを跳ね返す智恵と勇気が必要なんだ。東京都民も、オリンピックでいいのか、よく考えてみよう。
2006年08月31日
コメント(6)
2004年の暮れに起きたこの弾圧事件に、東京地裁で無罪判決が出ました。 記事はこちら→東京新聞テレビのニュースで見て、ひとりで歓声を上げました。あからさまな弾圧事件なのに、その時みんなあんまり騒がなかった。マスコミで「騒ぐな」と書いたところもある。メディアを好きなように使ってイメージのみの宣伝をしている政党や団体もあるけれど、そういう宣伝をする力のない者たちによる政治への批判を徹底的に押さえ込もうというのがこのビラ配り弾圧だ。東京地裁はさすがに当然の無罪判決を出したが、検察はきっと控訴するんだろうな。無関心を装うことは今は楽だけれど、気がついたら自分の中の人格が手足を縛られていたって事になると思う。それは、自分が手を貸したことだから、もっと苦しいかもしれない。葛飾区の共産党が出した↓の声明文を入手したので転載します。--------------------------------------------------------------声 明2006年8月28日 日本共産党葛飾区議会議員団日本共産党 葛飾地区委員会本日、東京都地方裁判所は、葛飾ビラ配布弾圧事件について、荒川庸生氏の無罪判決を言い渡した。この事件は、二〇〇四年十二月、オートロックでないマンションで、誰もが利用する共用廊下を使い、荒川庸生さんが各ドアポストに我が「区議団だより」やアンケート用紙等を配布していたときに起こったもので、二〇日間に及ぶ拘留の末、検察が住居侵入罪で起訴し、裁判となった事件である。ビラ配布は、表現の自由を明記した憲法二十一条で保障された国民の基本的権利である。一枚のビラは、受け取る人にとって不必要なものもあれば、その人の人生をも変えるほどの重要なものもある。「先の見えない苦しい生活の中、一枚のビラの生活相談を通じて命がすくわれた」など、この裁判闘争を通じて全国から寄せられた多くの手紙にはそのことが綴られている。いま、「教育基本法改正」案や、憲法改悪のための「国民投票法」案等が国会に提出され、秋の臨時国会で審議されようとしている。このような動きは、「ふたたび戦争ができる国づくり」にほかならない。この間のビラ配布に対する一連の警察の不当弾圧は、平和と民主主義を守る国民の運動を封殺しようというものである。葛飾ビラ配布弾圧事件は、憲法・民主主義への攻撃であり断じて許すことができない。この無罪判決は、全国各地から寄せられた世論と運動の勝利であり、憲法改悪策動への反撃への一歩となった。この判決に対し、検察が控訴することは断じて許されない。このことを強く要請するものである。 二〇〇六・八・二八 以 上---------------------------------------------------------転載終わり弁護団声明はこちらから→「葛飾ビラ配布弾圧事件 ビラ配布の自由を守る会」
2006年08月29日
コメント(0)
子どもたちの同級生のお母さまが、一ヵ月程の入院で病死されました。ご近所ですが道筋が違うのと、子供を通してのお付き合いもなくなり、私が出歩かないため、以前はルーテル教会のサークル活動などでお見かけすることもありましたが、最近お会いしていませんでした。私と同い年なんです。近くの斎場でお通夜ということでしたので、半信半疑で参列しました。クリスチャンではなかったようで、仏式でした。abhiさんが、「お盆なんかやめてしまおう 」という日記の中で、お坊様の批判をされていたのを思い出し、いつもはただ神妙に聞いているフリをするだけのお話しを、少し注意して聞いていました。結局意味が分かりませんでした。ダイダバッタかどうとかでしたが、彼女が私の長男と長女と同じ年の子どもたちを残し、夫を残し、お母さまを残して、亡くなって行かれたこととどんなふうにつながるのか、さっぱり分かりませんでした。帰り際、久々に見る子供さんたちはすっかり成長して、分からない程でした。でも、大人はそう変わらないので、彼らはすぐに私を分かってくれたようでした。そして、一瞬子供の頃の表情が浮かんだような気がしました。そのもうすっかり成人したご長男が、本当に切ない目をされたので、逃げて帰ってきました。私の暮らしになんの影響もなく、ただお通夜に行っただけですが、なんか変な気持ちです。
2006年08月27日
コメント(0)
ぼたんの花さんの24日の日記へのコメントへのお返事です。ぼたんの花さん>CO2問題は、結局、原子力発電を推進してもしかたが無い、ということに思考がいってしまう危険性を感じます。-------危険です。そういうふうに世論を誘導しているとしたらまさにエコファシズム。>米国によるアフガン、イラク侵攻でまたも石油危機。>くだらないミサイル防衛システムにかけるお金をエネルギー開発に向ければ、とっくに解決しているでしょうね。-------この件ですが、石油が無尽蔵ということはないけれど、槌田敦先生は「石油は当分枯渇しない」と言っておられます。私は「新石油文明論 砂漠と寒冷化で終わるのか(農文協)」で読みましたが、「環境問題を考える」の、3-1 総論→1 石油文明の次は何か→【石油枯渇の恐怖】にも少し説明があるようです。以下そのページよりの引用「可採年数とは、原油の確認埋蔵量を年間使用量で割った値である。確認埋蔵量の定義は、現在の技術と現在の価格で採油可能な量である。石油を使ったのに可採年数が増える理由は、採掘技術が向上したからである。 ところで、価格は需要と供給の関係で決まる。石油を欲しいと思うと価格が上がり、蓋をしていた井戸から石油が出てくる。~」(引用終わり)石油枯渇の問題も落ち着いて検討する必要があるようですが、加えて、天然ガスの利用が有力だというようなことも書いてありました。>むかし、ビルの壁にネットを張り、軽い土に緑を植えてカーテンのようにする、という案が出されたように思うのですが。>夏の夜にシロと散歩すると、アスファルトから熱が上がっていくのがわかりました。ひんやりとした夜の空気が空から、アスファルトから熱くなった空気が上昇する、という奇妙な現象でした。夜の八時ごろでしたが。>>政府の機関で、私が比較的信用ができるのが気象庁です。> http://www.jma.go.jp/jma/press/0603/31a/heatisland0331.html ---------これは、どちらかというと、25日のヒートアイランドの日記関連ですね。気象庁のリンクありがとう。シロちゃんとの散歩での体験も、私には分析とか出来ませんが、少なくとも、ヒートアイランドのいちばんの原因が廃熱とは言っていないようですね。>天気予報は時々はずれますが、明日の天気がすべてあたってしまったら人生はつまらないですよね。>---------本当に…。ドキドキするから人生は楽しいのね。恐いけど。それと余談ですが、私は乾燥した空気は湿った空気より軽いと思っていたのですが、実は重たいのですね。>>このシリーズ、私も興味があるのでReiさんの日記、楽しみにしています。-----私は、例のHPを紹介することしかできませんが、とても大切なことが示唆されているように感じますので、シリーズとか考えているわけではありませんが書いていけたらと思っています。
2006年08月27日
コメント(2)
あおsanさんのところなど、もう秋の気配らしい。でもこちらは日中は犬の散歩も出来ない猛暑で、秋を探しに外に出る気も起きない。午前中はそうなのだけれど、ここ3日ほど午後になると、ものすごい雷雨が訪れる。夕立なんて生やさしいものではない。灰色の全天を切り裂く稲光、先日行った大阪のライブの音なんて目じゃない大音響の雷鳴キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!キャー・コワーーイ知り合いの電気屋さんは毎日落雷被害の仕事が入るらしい。昨日は道を濁流が流れる様子がニュースで流れたようで、義父が心配して電話をくれた。でも、長く続くわけではなくて、大騒ぎの後にすーっと静かになる。ゲリラ豪雨と言うらしい。猛暑もゲリラ豪雨も、どうやらヒートアイランド現象関連らしい。ヒートアイランド現象はCO2地球温暖化とは違うのだ。と言うわけで、今日の『環境問題を考える』は、「ホームページ管理者から 」 No.225「都会の豪雨と内陸部の乾燥化」をご紹介。そして、そこにリンクしてある「"打ち水大作戦"の大間抜け:古川清久」をお薦めします。都会だけではなく日本中をアスファルト舗装で砂漠化した国土交通省の罪など、「水循環の破壊がもたらす砂漠化」についての分かりやすいレポートです。 打ち水大作戦なんてやっていたのですね。私がショックだったのは、砂漠化って言うのは砂漠で起きるのではなく(当然ですが)、私たちのまわりがすでに砂漠化しているっていうことです。CO2地球温暖化脅威説みたいに脅してはいけませんが、保水力の無くなった地面には皆さま思い当たることがあるのではないでしょうか。エコファシズムの加害者にならないように、「CO2地球温暖化脅威説」に惑わされず、この猛暑の原因を見極めて行こう。
2006年08月25日
コメント(0)
◆環境問題を考えるの管理者:近藤邦明さんからメールを頂きました◆感激です。転載許可もいただきましたので、発表します。-----------(近藤邦明さんからのメール) HPを見せていただきました。現在原子力発電の二酸化炭素排出量の問題で議論が続いているようですが、少し意見を述べたいと思います。 まず、本質的な問題としては、二酸化炭素地球温暖化というものが事実ではありませんから、二酸化炭素排出量の少ない発電に切り替えることの必然性は既に存在しないと考えています。実は従来ずっとこう考えてきたので、エネルギー問題、発電問題には興味がなかったのですが、現実は温暖化防止と称して、原子力や自然エネルギー発電が政策的に導入されようとしている状況は見過ごせないと考え、心ならずも少し深入りしております。 そこで、スーパーカブラーKさんの主張なのですが、これは多分電中研報告(Y99009)『ライフサイクルCO2排出量による発電技術の評価』からの数値なのでしょうが、全く具体的な算出の過程が示されていないかなり意図的なデータです(電中研=電力中央研究所)。同じく電中研報告書(Y94009)『発電システムのライフサイクル分析』に同種の分析がありますが、まったく二者に整合性がありません(私としてはY94009の方が実態に近いと考えています。)。これについてはHP管理者からNo.178で触れています。 もし、Y99009のデータが正しいのならば、原子力や自然エネルギー発電が、公的な補助を投入しなければ普及が見込めないという現実の状況は起こり得ないはずです。 例えば報告では、1kWh当たりの二酸化炭素排出量が石油火力で742g、原子力で28gですが、拙著(注1)p138を参照していただくと分かるとおり、石油火力発電では0.262リットルの石油を消費します。原子力はその28/742ですから0.0099≒0.01リットルです。石油価格を1リットル20円としますと、原子力のエネルギーコストは0.2円/kWhです。これが発電の総コストの20%だとしますと、発電コストは0.2/0.2=1円/kWhになりますから、原子力発電はぼろ儲け・・・になるはずですが、現実にはそうなっていないのです。 EPT(注2)にしてもそうですが、公式に発表されているエネルギー産出比に関するデータは、統一基準が無いこともあって、まったく使い物にならないのが実態です。そこで次善の策として、拙著でも触れましたように、経済コストからエネルギーコストを推定しています。経済コストの内、(火力発電の場合には燃料石油を除いた)設備建設と設備運用・廃棄コストなどの20%程度が石油のコストであるというのは概算ですが、それほど大きな誤りのない数字だと考えています。原子力や太陽光発電はむしろもう少し高めの値となると考えています。 こうした、個人としては直接確認しようがないデータによって政策が誘導されるのだと思います。近藤邦明(転載終わり)---------(注1):近藤邦明著 『温暖化は憂うべき事だろうか CO2地球温暖化脅威説の虚構』不知火書房(注2) EPT(エネルギーペイバックタイム):ある発電システムの運用に投入したエネルギーを、その発電システムからの出力で賄うために必要な運転期間を表す指標
2006年08月24日
コメント(2)
前回の日記へのコメントへの返信の形で続きを書きます。(一部修正・加筆しました8/24)★スーパーカブラーKさんへ----->CO2排出量、少ないっすよ。> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%99%BA >(以下引用)>発電所の建設から廃止までの発電量と二酸化炭素排出量を考慮した、1kWhあたりの二酸化炭素排出量は以下の通り。>>原子力 22グラム >水力 11グラム >LNG火力 608グラム >石油火力 742グラム >石炭火力 975グラム-----この数字について、HP『環境問題を考える』(http://env01.cool.ne.jp/index02.htm)の管理者:近藤邦明さんによる分析{石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討>§2.石油代替エネルギー供給システムの評価>2-2 原子力発電(http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss022/ss0225/ss02251.htm#n022)}に記述があります。ここでは、「原子力発電を行うために関連する施設・設備、今後は特に核廃物の最終処分施設などを含めた、本当の意味で原子力発電の発電単価」を推定し、「エネルギー産出比において、原子力発電が1.0を越えることは有り得ず、~」としています。この場合のエネルギー産出比とは、「あるエネルギー供給システムに投入された石油燃料に対して、そのエネルギー供給システムから出力されるエネルギー量の比率」です。エネルギー産出比が1.0以下では、「同量の電力を供給するためには、原子力発電は火力発電と同程度あるいはそれ以上の二酸化炭素を発生することを意味している。」ということになります。この試算は概算を含みますが、データを持っている電力会社などによる納得のいく説明がないのであれば、このような方法での試算の意義は大きいと思います。※そして、近藤さんの著書「温暖化は憂うべき事だろうか CO2地球温暖化の虚構(不知火書房)」の中で、私がもっとも感動したのが、こうした真実に迫るための試算の展開でした。★ぼたんの花さんへ----->風力発電とかリサイクルの問題はまだ共鳴できるほどこちらも知識が無いのですが、>CO2はとても怪しいですね。石油に頼らない、という方針でCO2を問題にするのはいいのですが、だからといって最近は原発が良い、なんて方向へ行く事が問題です。>原発もCO2削減どころかCO2を多く排出するとは聞いています。-----私はこの日記(巨大風車の風景 CO2温暖化説への疑問 )では、「風力発電は要らない」と呟いてみただけです。しかし本当に言いたいのはその先にあります。私は身近な人たちが熱心に環境保護活動をされているのをなんとなく見ていました。環境を守ることの重大性は分かっても、その方法のいくつかに、「平和を守るために憲法9条を守る」というような明快さを感じなかったのです。CO2削減のためのリサイクル活動があるので、逆に安心してペットボトルを使っている自分にも気がついていました。特にわけが分からないのが「風力発電の巨大風車」です。しつこいですが、「あれが自然破壊で無くって何?」という疑問です。それでも「どうしてもCO2削減しなければ地球が破滅するのならば、あの風景に慣れなくてはいけないのだろう」と覚悟して調べ始めたのです。「原子力発電は絶対にやめるべきだ」と思っていますので、原発よりはましだという考えでした。ところが、分かったことは、「CO2温暖化説は間違っている」と、「代替エネルギーと言われているものは、逆に石油を浪費する」ということでした。風力発電も、太陽光発電も、それぞれにコストがかかり石油を浪費します。原子力発電はコストが安くても、「事故」と「廃棄物処理」の危険があり、絶対反対です。しかし、どうやらそのコスト問題も怪しいということです。核兵器への転用の恐れも今の政治情勢を見れば払拭されるものではありません。今、「原発反対」で「CO2削減による環境保護」を掲げる人たちが、「CO2温暖化説は間違っている」という意見を検証もせず突き進めば、環境保護の名のもとに自然破壊が進んだり、自然エネルギー利用の破綻が顕かになった時に一気に原発を押し進めてしまったりするのではないかと恐れます。これからも、少しずつ取り上げていきたいと思いますが、私は物理とか本当に苦手で上手く伝えることが出来ないので、どうかそれぞれで検証して下さい。
2006年08月23日
コメント(4)
![]()
この写真は風力発電用の風車が立ち並ぶ山の風景です。一基の風車の地面から羽根の先端までの高さは90メートル以上もあります。ここにはそれが10基。「この景色を異様と思ってはいけないのだろうか」という想いがわたしのなかにはいりこんで、もう二月以上になります。CO2による地球温暖化を防止するための自然に優しい風景……この言葉を何度聞いても、自然を破壊する造形物に見える。パラグライダーが風車の間を通り抜けたような気がしました。大丈夫なのかなあ。それからその問題が気になって調べ始めたら、他の話題を書くことが出来なくなってしまいました。「環境問題を考える」で紹介されている数冊の本も取り寄せました。数字がいっぱい出てくる私にとっては恐ろしいジャンルの本ではありますが、素人用に書かれているので、計算機片手に大変時間をかけてなんとか読んでいます。それで私なりに分かったことは、--------(1)CO2が地球温暖化の主な原因ではない(一部修正8/25) [1]CO2の濃度が増えるのは気温が上がった結果である [2]温暖化効果(いわゆる温室効果ですが、表現が不適切らしい)ガスの主なものは水蒸気(70~90%)である [3]CO2による温暖化効果は水蒸気濃度の低い温帯の冬季や寒帯に現れ、最低気温が上昇する [4]現在の温暖化の原因は主に自然現象であるらしい [5]人為的なものとしては都市部におけるヒートアイランド現象がある(温暖化ではない) 人間が出す熱や、大気汚染がその原因と考えられる [6]温暖化自体は脅威ではない(2)風力発電などの石油代替エネルギーと言われているものは、実際は設備建設などのために石油が使われ、石油浪費的である(3)リサイクル活動に行政やボランティアが関わることにより供給される需要を超えたモノは資源ではないーーーーーーーーーなどです。そして自然界の循環とは何かという大きなテーマは魅力的で、当分取りつかれそうです。とりあえず、風力発電の巨大風車は要らないと思います。 ※参考 槌田敦著:「CO2温暖化説は間違っている」 近藤邦明著:「温暖化は憂うべきことだろうか」など
2006年08月14日
コメント(5)
全8件 (8件中 1-8件目)
1