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あと何回続くのだろう?というのは、実家で、スキヤキつつきながら紅白ってことなんだけど…。1度嫁に行って、前主人と2人っきりの年越しっていうのを経験してはいるけど…おい30女。こんなんでいいのか?と酔払いながらも不安を拭えなかった。父親と正月用に買ったビールは1ケース(24本)既に12本空いている。カウントダウン終了後、「あけおめ」を言ったか言わないかのうちに布団にダウンした私はまだ風邪ッぴき。しかし、まさか夜中にたたき起こされることになろうとは思わなかったけれど…。父親は一体1人で何時まで飲んでいたのか知らないが、真夜中に「ガラガラガッシャーン。チャリン。」とう派手な音に、泥棒が窓を割って侵入したのかと思い武士のごとくふとんに起き上がり、枕もとの刀を探して見たりした私。(嘘です)直後「いてえ。ははははは~。」というパパリンの無様な笑い声が。「ちょっと!どうしたのよ!大丈夫?」電気をつけて側にかけよると、床に正座をした父親がティッシュで床にこぼれた水やらガラスの破片やらを拾っている。「ああ~。そんなんじゃ全然ダメよ~。」私はさっきまで寝ていたのに、自分でもびっくりするぐらい素早く、牛乳パックの空き箱を探してきて、それに割れたグラスを入れ、掃除機を引っ張り出してきて、ガラスその他を吸い込み、何度もシンクを行ったり来たりして、台ふきでテーブルの上を吹いて歩いた。それを見ていた父親は「ぎゃはははは。あーはっはっはは。」と気でも狂ったかのように高笑いをしている。「ちょっと!どうしたの!頭の打ち所が悪かったんじゃないの?」と私が言うと「いや。だってさ。お前が、…はーははははは。こんな 夜中に血相変えて、ひーひっひっひ。物凄い迅速に 動いてるから。ひゃーはっはっは。」そうさせてるのはあんただろう!!ただの酔っ払いは、正月早々大きな大きな笑い声で大変おめでたく良かったようだ。(たんこぶをつくっていたが)私は眠れなくなり、お陰様で初日の出を見ることができた。今年はいい年になるのか??正月早々片付けモノってあたりが気になりますが…
December 31, 2001
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会社の仕事も、お店の仕事も終了し、すっかり緊張もほぐれ、大掃除が残っているというのに、正月モードに入ってしまった私。そんな私を待っていたものは風邪の再発だった。実家に戻っていたので、居間も寝室も真夏のような暖かさだったのだが、それが却っていけなかったのか、扁桃腺がはれて、声が「葛城ユキ」のようなハスキー声になり、咳が止まらずぐったり。パジャマの上にハンテンを着たまま洗い物をしたところ袖がびしょびしょになり、更に最悪な事態に…。で、しょうがないので、大掃除は台所一箇所だけにしぼって後は薬を飲んで早々と寝てしまった。大丈夫「明日があるさ」(この曲は聞き飽きたが)ということで、大掃除は大晦日に続く。コホコホ
December 30, 2001
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今日は(って言っても本当の今日は1月3日ですが)お店の仕事納め。本当は出番ではないのだけど、妹が友達と遊びに行くとかで代わりに出勤することに。週休二日が常識になってきている今日において、土曜日というのは、サラリーマンは来にくいもの。奥さん子供のいる人は、仕事納めも終わり、家で大掃除を手伝ったり、家族サービスをしたりと、とても飲みになど行けない。まあ、年末に拘らず土曜日は独身男性のお客様ばかりがいらっしゃる。それもいつも大体同じ顔ぶれ。なので、私も、ママもなんとなくリラックスしてしまい飲むスピードが速まって、ついつい饒舌になりすぎる。今日は年忘れということもあってか?下ネタにとめどなく走りすぎてしまい、私もついつい厭らしいことを話しすぎてしまった。お客さんは大喜びだったけれど、「○○の部分を綿棒で手入れしている」という私の発言はちょっと言い過ぎだったようで、1月3日のお店はじめは、そのメンバー全員が、合言葉「綿棒」でお店に来てくれるらしい。来年は少しおしとやかに上品に…と誓いつつ2002へ続く。
December 29, 2001
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昨日、昼間の仕事帰りにふらっと三越に立ち寄った。「いずし」(北海道特有の正月料理)でいいのがあれば、買いたいと思ったから。さすが歳末。三越地下1階の食品売り場は騒然としていて、魚屋や乾物屋の客寄せの大きな声と、分厚いコートがぶつかり合う熱気で、前に進めないほど。そんな中、「いずし」が売っているのを発見して、歩を進めて行くと、70歳をとうに超えたように見える白髪の老夫婦も売り場に向かっているところだった。老夫婦は、おばさんやらおじさんやらにぶつかって、中々前に進めないようで、特に、気弱な奥様の方は、もう半分諦め顔。気の毒だなあと思った次の瞬間、私は見た。ご主人が、奥様の手をしっかりと握り、自分の方へ引き寄せてもう片方の腕で抱きかかえるようにして進んで行くのを。なんということのない光景なのかもしれない。でも私は、ご年配の夫婦が、照れもせずに、お互いをしっかり抱きしめて庇いあう様をとんと目にしたことがない。年をとっても愛する女房をしっかりと守ろうとするご主人の姿と、それを頼りにする奥様の姿に胸を打たれた私は、ミンクのコートのおばさんもびっくりのスーパータックルで「いずし」へ突進し、老夫婦を前に押し入れてあげた。「あなた。ほら。ハタハタあるわよ。味見してみる?」「ああ。鮭より良さそうだな。」老夫婦は寄り添いながら、「いずし」に辿り付き、私も一安心した。さて、私も味見…「甘い。いらんな。これ。」私は甘い「いずし」が好きではないので、残念ながら、撤退。でも、あの老夫婦なら甘い「いずし」もいいかもしれない。今日は昼間の仕事の仕事納め。店は明日が最終日。私もいつか素敵なダーリンと、微笑ましい老夫婦を目指すぞ!と今年最後に誓いつつ、これから会社・自宅・店・実家の大掃除です。とほほん。
December 28, 2001
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たぶん、私の頭が悪いせいだとは思うのだけど、仕事はできるだけシンプルで判り易いに限るといつも思っている。たとえば、○○円で売りたいと持っているものは、○○円を1歩も譲らずに○○円で売らなければ意味がない。「○○円なら買わないよ!」と言う人がいるかもしれない。「そうですか。それは大変残念です。」で、取引終了。どうしても売りたいのなら、○○円払ってもいいと相手が思えるように、きちんと説得すればいいのだ。自分が売っているものに誇りを持っていれば、その商品について、きちんと説明をすることができれば、○○円が妥当な金額であることを証明することができまいか。理想論だと言われたらそれまでだけど…どうして世の中には、「じゃあ今回だけは負けさせていただきます。次においしい話があるときは是非ともお忘れなく」といった営業がはびこっているのだろう?商品の営業じゃなくて、担当者同士の好き嫌いだけの営業をいまだに堂々と展開している多くの日本人の所得税で日本は成り立っている。お前に苦労がわかってたまるか!!と、これを読みながら憤然とされている方も多くいるかもしれないでも、私は、「自分が信じているものを、それに見合った金額で正々堂々と売る商売」がしたい。昼間仕事をしていて、時々チグハグな気分になるのは、たぶんそこにあるのだろうと思う。夜のお店は、私のお店ではないけれど、正々堂々と商売できるので、頭がすっきりする。熱はまだ冷めやらず。仕事は続く。今日もまた。ご心配をお掛けして申し訳ございません。BBSにカキコしてくれた、皆さんの暖かいメッセージに支えられ今日もりえりんは、「曖昧模糊」と闘っています!!りえりんは「ストイック」なタイプなので、「曖昧模糊」は苦手です。しかしどうも世の男たちは「曖昧模糊」がお好きなよう。ふーむ。
December 27, 2001
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ごほっごほっ昨日のクリスマス、お店で3時くらいまで過ごし(終わらんかった)お家に帰ってから、咳が止まらず眠れなく、今朝熱を測ったら38度…ってことで、会社を休んで、飲まず食わずで今の今まで眠りこけてました。熱は下がってないけど、筋肉痛が治ってきた(笑)なので、また寝ます。明日はまともな日記&水物語書きたいです。ごほごほ
December 26, 2001
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30女というのは、どんなに若く着飾っても、やはり30女なのだろう。朝起きた時に痛かった、胸筋の筋肉痛は、時間を追うごとに痛さを増し、さっきから少しずつ、足のもも肉も痛くなってきた。時間を追うごとに痛くなるのは年をとった証拠。昨日の夜、お風呂の中で筋肉マッサージをした時にはどこも痛くなかったことを思うと切ない。明日の朝には、今はまだ痛みを感じないふくらはぎ辺りも痛くなるはず。おお恐!!昨日のスノーボードでは、昨年のような、頭を打つ転び方をしておらず、鞭打ちの心配はないと思っていたのだけど…一箇所だけ、スピードが出ている時に、つんのめって勢い余って前転してしまったところがある。そのせいかわからないけれど、午後から、首が痛くて曲がらない(笑)両腕の付け根と首が異常に痛いため、柔らかい動きが出来ず、床に誤ってボールペンでも落とそうものなら、それを拾う動きは完璧にロボットになっている。腕はまだしも…首は痛いときには動かさないのが一番。前ジーズンも経験していることだけど…こんなロボコップのような状態で店で接客していいんだろうか?私の相槌のスイングも、首固定のままで、膝を使って上下に上げ下げするしかなさそうだ。昔住んでいたK祥寺の「天文館ラーメン」の人形みたいなものだ。(知っている方いませんか?ラーメンはゲロま○ですけど…)せっかくクリスマスなのに…今夜はロボコップりえりん(笑)
December 25, 2001
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イブはラブラブな過ごし方もできそうにないし、ボード仲間とボードに行く予定を前々から組んでいた。彼女ができて、ドタキャンっていうのは別にOKだからねと言っておいたけど…当日は朝7時に元気にやってきて、ルスツに向かうことに…「キロロも積雪量多いみたいよお」と私が推すも、「初滑りは柔らかい雪の方が絶対いいから!キロロよりルスツの 方が確実に柔らかいから!!」と言われ、到着までの2時間半を「ぐうぐう」寝ながらルスツに向かう。私は前シーズン、29歳にして、初めてスノーボードを始めた。スキーは小学校に上がる前からやっていたので、1級くらいの腕前はあるはず。運動神経は割りにいい方だから、スノーボードもまずまずこなせるだろうと思っていた。ところが…初めてあの1枚の板に、座り込んで両足を固定させた時、起き上がることすらできなかった。両手を雪の上において、お尻を持ち上げようとしても、足で踏ん張ることができなかった。それを見た友達は、右足を外して、キックボードのように、右足で雪を漕ぎながら、スピードがついてきたら、板の上に載せる練習をするように提案してくれた。私は喜んでその練習を始めたが、なんと、右足をタイミングよく載せようとすると、ビンディング(足を固定させるための留め具)にひっかかり、その衝撃でバランスを崩して転倒した。まだ坂にもなっていない真平らなところで、私は何度もひっくり返っては漕いでは飛び乗る練習をした。友達は、それができないと、リフトから降りられないからと言っていたけれど、私は、リフト云々だけでなく、これをやることで、加重とエッジの効き具合についても分かって良かったと思う。2本の足を固定して、なんとか立ち上がり滑りだすようになるのにそんなに時間は掛からなかった。私は、エッジの使い方はスキーと同じ原理だから、足の使い方で上手にスラロームできるものだと思っていた。もちろんそんなに上手くはいかなかった。レギュラースタンスの私は、左足を前に右足を後ろに固定している。斜面を左に向かっている時は、どちらかと言えば、かかと立ちになり、ひっくり返らないように、膝を落として、ももとふくらはぎの裏筋で踏ん張っている。そこから右にターンをする場合、前にある左足から右足にかけて、ゆっくりと、つま先立ちにかえてゆく。つまり、体全体が、谷側向きから山側向きに変化する訳だから、エッジは山側に突き刺しておかないとバランスを崩してひっくり返ってしまう。エッジの向きが逆になって(逆エッジ)ひっくり返ってしまうのは、大変危険。特にスピードが出ている時に、逆エッジをして前じゃなく後ろに飛ぶと、後頭部を打って死ぬ場合もある。だから、物凄く気を遣ってターンの練習をしたのだけど、右から左へのターンは簡単にクリアできたのに、左から右へがどうしてもうまくターンできない。前シーズンは、そのターンが曲がれることもあるようになったという程度で終了していた。山に行った回数は5回。練習総時間は20時間ぐらいのものだろうか?昨日の初滑り…なんと、テーマだった右ターンは簡単に克服。中級者コースくらいまでなら、大きなスラロームを描けることができるようになっていた。滑らかなところは、小さなスラロームもできるようになった。ボードはスキーと違って成長が早い。転ぶ回数が減ると、楽しさも増してくるというもの。友達には、彼女ができるまで、私の足になってもらいボードを楽しむとしよう。(いつも寝てばかりですみません)帰りの車のなか、今日はイブだねえ。という話に。「晩御飯どうするの?」と眠たい目をこすりながら私が言うと「何も考えてなかったけど、なんか食べに行こうよ」と友達。「きっと何処も混んでるよお。待たされるよお。」と早く帰りたい私。「混まないようなところに行けばいい。」と友達。「それってつまり、クリスマスなのに、中華とかそういうこと?」と私。「居酒屋でいいじゃんよ。「いろはにほへと」なら、絶対空いて るから」「……」結局、ボード帰りのダッサい服で、家の近所の「いろはにほへと」でレモンサワーを飲んで、私のクリスマス・イブは終わった。そして今日はお店。クリスマス本番はお店にて、昨晩よりもずっとずっとロマンティックに仕事をしようと思う。
December 24, 2001
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今日は、中山競馬場で「有馬記念」が行なわれます。このGIレース、最終12レースが終了したら、競馬関係者にはつかの間のお休みが訪れ、年明けの金杯まで競馬場に人の姿は見えなくなる。「有馬記念」は、競馬ファンにとっては、年を締めくくる為の一大イベント。普段は1000円そこそこの競馬しかしない人間も、賭け幅が一桁増えるというもの。私は、やっぱり今年も勝負するけれど、スターホースの引退レースでもあるので、買いたい馬券と勝たせたい馬との間に微妙なズレがあり、今になっても何を買うべきか迷っている。よく、家柄のいいところのご子息を、「あいつは親の七光り」だとか「毛並みのいいサブレッド」だとか言うけれど、サラブレッドが自分の目の前をさっそうと駆け抜けていく姿を1度目にしたら、その美しさに、言葉以上の感動を憶えるだろうと思う。私は子供の頃、父親に連れられて、当時ダートしかなかった札幌競馬場に行った時、お馬さんがかけて来る姿を生まれて初めて目の当たりにして、その美しさに異常な感動を憶えた。月日が流れ、20歳の頃、東京競馬場・中山競馬場でやはりサラを見て、興奮した。馬がゴールめがけて突っ込んでくる姿は、美しく、痛々しく、切なく、はがゆい。本日のレースを持って引退する、テイエムオペラオー・メイショウドトウはここ数年の名レースを支えてきた立役者であり、特にオペラオーの賢さが私は好きだった。彼は競馬馬に似合わないおっとりとした優しい顔つきをしておりパドックもゆっくりのんびり歩いていた。「おいおい大丈夫か?寝てんじゃないのか?」といったパドックの動きとは裏腹に、レースになると、自分でレースを作って、ちょこんとクビだけ出して1着を勝ち取る賢い馬。和田竜二は、あの馬の上に乗せてもらっていただけ。あの馬に競馬を教えてもらったんじゃないのかと思われるほど。メイショウドトウは決めてがないのに、勝負根性があってしぶといレースをする、オペラオーとは対照的な努力の馬。できたら、この2頭でデッキレースをしてもらいたい。でも、馬券的には、他の馬も絡んでくれた方がありがたい。私の心はまだ迷いの霧の中。追伸:アメリカンボスも引退レースです。話題にしなくて ごめんね。ボス。
December 23, 2001
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「僕達は何かひとつすくいあおう」これは、私が大好きな「銀色夏生」さんの詩のひとつ。彼女の詩集は、殆ど、自分で撮った写真に詩をつけたもので、その写真と詩が具体的には繋がっていないのが殆どなのだが、時々「はっ」としたり、ああなんて美しい表現なのだろうとため息がでたり、少し切なくなったりする。森高千里がまだ10代の頃に、彼女の写真のモデルになって出された詩集「わかりやすい恋」は結構売れたのでご存知の方もおられるかもしれない。私は短大の卒論のゼミで、近代文学を選んだのだが、教授が柔軟な方で、誰について書くのか、あまり規制がなく私は「中原中也」で卒論を書いた。近代の詩人と言えば「萩原朔太郎」か「高村光太郎」がポピュラーなのだが、私は中学生の頃から「中也」が好きだった。彼の詩は、文語体と口語体が混じっていて、それがかもし出すリズムがなんとも言い難い「光るもの」がある。彼の詩集は「羊の歌」「在りし日の歌」の2冊しかなく、彼について書かれた論文も少なかったので、参考文献の少なさに当時ものすごく苦労したことを良く憶えている。現代の詩人として、彼に匹敵するくらい、「光るもの」を私が感じられるのは「銀色夏生」だけである。授業中に彼女の詩が頭の中を何度も反芻してしまったことがあるくらい。今日久しぶりに、小説を離れて詩集の一冊を手にしてみると甘酸っぱい記憶がよみがえり、ちょっと切ない気分になった。彼女の詩は、特別難しい言葉を殆ど使わなくても、言葉の組み合わせや比喩が美しく、独特のリズムが素晴らしい。私は昔失恋した時に「今思えば あの時でも あの時でも 決して遅くはなかった のに」という彼女の詩の一節がずーっと頭の中を支配していたことがある。で、多感な少女時代の私は、当然影響されて、自分でもたくさん詩を書いたのだが…あのノート一体どこにいったんだろう?今度気が向いたら載せます(笑)
December 22, 2001
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私のお店には、私とママの他に、女の子が2人いる。この間まではもう一人いたんだけど…辞めちゃったので。1人は私の妹。もう一人は、ほぼ毎日入るわたしよりほんの少し年上の女性。彼女は某会社で、アルバイトと派遣の間のような扱いで毎日朝早くから夜遅くまで働き、少し遅刻をしながら毎日店にもきている。どうやって生きているのか不思議なほど、彼女は寝ていない。彼女には、2人の大きな子供がいる。男の子と女の子。これからどんどんお金のかかる年頃。彼女は訳あって、旦那さんと別れて、一人でその子たちを育てている。「養育費や慰謝料はしっかり取ったの?」と私が尋ねると「とんでもない!あいつから1銭もお金貰う気なんてないもん。 ホント受け取りたくないほど、腹が立ってるし、今でも。」と彼女は言った。彼女はど根性で、昼と夜の仕事を掛け持ってたくましく生きている。彼女はどんなお客さんにも笑顔を忘れず、殆ど愚痴もこぼさない。私は思うのだけど、やっぱりどこかで息を抜いたり、毒を吐いたりしないと…均衡がとれなくなって、彼女という人格が、どこかで少しずつ崩壊してしまうのではないだろうか。プライベートなところでうまく発散しているのかもしれないけど働きながらも彼女が少しでも気楽にやれるように、私は心がけている。さて、そんな彼女の昼間の仕事のお給料は、私が貰っている分の2/3程度。夜の収入を合わせて、私とトントンと言ったところだろう。トントンと言ってもこっちは独り者。彼女は2児の母。食べていくだけでいっぱいいっぱいだろう。そんな彼女が、昨日、彼女の親しくしているお客さんから、お歳暮ギフトを何個も購入していた。「はい。りえちゃん。パパにあげて。」と、たまに客でくる私の父親の分まで買っている。「まってよ!いいんだって、あんなオヤジにはあげなくて。 他に何処かにあげなさい。それか、自分で食べなさいよ」と断っても「いいの。いいの。いつも白菜もらったり、長芋もらったり ここでも良くしてもらってお世話になってるんだもん。 ホント気にしないで持って帰って!」私はその食べ物を結局受け取り、彼女と、客として無理やり呼んだ彼女の同級生と一緒に、店が引けてから行きつけの居酒屋に行った。彼女はなんとそこの勘定も払おうとしている。私はなんとかそれだけは阻止せねばと、財布を振り上げて闘ったが、その同級生のお客さんが払ってくれたので一件落着。まあ、当たり前の話と言えばそれまでなんだけど。私はお客さんの何人かには「クリスマスプレゼント」を買っている。でも、お客さんの商売に協力する形で、何かを購入したことはないし、本当に感謝の気持ちだけで購入してるだろうか?心の何処かに「エビで鯛をつりたい」という見返りを期待する願望がなかっただろうか?彼女は人が良すぎるけど…良すぎて水商売人としては失格かもしれないけど…でも、プラスマイナス0な彼女の生き方に、私は刺激され、もっともっと頑張ろうと思った。
December 21, 2001
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自分の顔の特徴について、前にも少し書いたことがあったかもしれないけど、今日は自分の目について。私のまぶたは、いわゆる奥二重まぶた。本来まぶたの上にくっきり入っているはずのラインは下から覗き込まない限り見ることができない。私の父親のまぶたは、涼しい一重まぶた。とはいっても、若い頃にやっていたとかいうボクシングの影響で、赤い英和もびっくりの、はれぼったい目をしているけど。母親はそれとは対照的にくっきり二重で奥目。疲れると三重になる。その2人の結晶として生まれた3人娘は上から、「奥二重」(私)、「かたちんば」、「二重」父親の濃度が段々薄まった結果となっている(笑)さて、奥二重の私は、目と眉毛の位置関係に今まで随分気を遣って生きてきた。小学生から中学生にかけての頃は、「薬師丸ひろこ」や「石原真理子」らのお陰で太い眉毛が流行り、力のない目の上に、力強い眉毛を乗せていられた。でも最近数年は細い眉毛が流行っている。「藤原紀香」が細い眉を、魔女のように大きな山型カーブに整えると、女子高生も、眉プレートを買って切ったり剃ったり書いたり忙しい。私のように、まぶたの上に膨らみのない人は、まぶたと眉の間が広く開くと、「まろ?」と言われそうな間抜けヅラになる。なので、細く整える場合にも、眉の始まりの位置と、まぶたとの間隔の取り方が大変重要になってくる。一歩間違えれば間抜けヅラ。一歩間違えれば田舎もん。私はもともと太くてしっかりした眉を持っているので、細くするのにも限界がある。それで、私が眉の形のお手本とした女優は「常盤貴子」彼女の眉は結構太い。飛び出た頬骨など、顔の輪郭も私と結構近いので、お手本にした。察しのいい皆さんは、もうオチがわかると思うけれど…結局マネをしたところで、私は私。彼女のようなくっきり二重は持っていない。飲みすぎた次の日はもっとはれぼったくなる私のまぶた。中途半端に開いた瞳で私は、今日も人間ウォッチング!!
December 20, 2001
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前に、私はコーヒーが大好きだということを書いたと思うけど本当にほんとうに好き。よっぽど体調の悪い時を除けば、日に3杯は絶対に飲んでいる。濃いブラックを。私はコーヒーに砂糖とミルクを入れるのが邪道だなんて言わない。そんなの私の知ったこっちゃないのである。人それぞれ色々な飲み方があるのだから。でも、濃さに関しては結構うるさい。世に言うアメリカンコーヒーが私にはどうもお湯を飲んでいるようで、好きになれない。胃の調子が悪い時に少し薄めようかな?と思いお湯で割ったことがあるけれど、こんなのを飲むくらいなら飲まなきゃ良かったと思った。家で飲む時、喫茶店で飲む時は、自分の好みのコーヒーを自分の好みの器で飲めるからいいのだけれど、会社で飲むコーヒーは、えり好みができない。私の会社は本社が東京にあって、札幌には私と所長とSEの3人だけ。なので、関連会社のフロアを間借りして、関連会社の人間に囲まれて仕事をしている。3人だけのための経費として、コーヒー代が本社から出るわけもなく、関連会社のコーヒーを1杯○円払って飲んでいる。コーヒーを入れるのは女の子たち。女の子は2人1組の日替わりで「お茶当番」になり、お茶当番の仕事の中に、コーヒーをおとすという仕事が存在する。私は別会社の人間だけれど、このお茶当番のメンバーには組まれていて、月に2回の割合で仕事をしている。女の子が20人もいると、性格も仕事の仕方も千差万別で、一緒に組む子が替わるごとに、その子が、普段家事をどれくらいやっているのか、几帳面な性格なのか、ズボラな性格なのか、色々なアラが見えてきておかしい。コーヒーの入れ方もそれで、もともとコーヒーが好きな子が入れたコーヒーと、コーヒーが飲めないとか、好きではないとかいう子の入れたコーヒーは全然味が違う。たかだが会社のリースサーバーで、安い豆でおとしているものなのに、本当に驚くほど味が違う。たぶん、好きな子は、たっぷり粉を入れて、セットする前に、お湯がまんべんなく回るように、粉の盛り上がり方をきちんと修正しているのだと思う。(私もそうしているから)どうでもいいと思っている子は粉の分量もあいまいだし、フィルターの上に無造作にボサボサと出して、見もしないでガチャっとはめているのだろう。何故こんな話をしたかと言うと、今日のコーヒーと昨日のコーヒーでは雲泥の差があるから。昨日のは薄くて粉っぽくて飲めたもんじゃなかったけど、今日のはとってもおいしい。幸せな気持ちになって、仕事にも集中できるし、周囲の人間との談笑も弾むほど。同じ○円払っているんだもの。おいしいコーヒーを毎日飲みたい今日はおいしいコーヒーを飲みながら、水物語27執筆予定(笑)
December 19, 2001
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めざましテレビの「今日の占いカウントダウン」を見て、その後特ダネをちらっと見てから出勤をする私は、自分の星座のその日の順位に結構敏感であり、それに見合った行動を知らず知らずのうちにとっているようである。 不思議なのだけど、順位が低い時のほうが、自分の行動に慎重になり、1日が終わってみると「思ったよりもひどい日ではなかった。」という結果がでるようである。 大体、星座だけの占いなんて、私と同じ蟹座の人間がわんさかいて、全員が同じ運命を辿る訳ではないのだから、そんな風に気にとめることもないのだけど、私はどちらかと言うと「占い」としてではなく、「警告」として受け止めるようにしてしまう。意外と小心者の私。今日の順位は12位。12星座中12位。ビリッケツである。1位の時と12位の時はコメントやラッキーアイテムがたくさん書いてあるのでそれを参考に、運の悪さを乗り切ろう!と思う。占い師としても励ましのつもりで、たくさん書いてくれるのかもしれない。今日のコメント「小さなミスが、重大な事件を引き起こすきっかけに! 何度もチェックすることを心がけて!」ラッキーアイテム 「白髪の人」コメントの内容が、「恋人と喧嘩」とかいう、私にとってどうでもいい内容の時はいいのだけど、この手の内容は、結構暗示にかかってドキドキする。「小さなミスが重大な事件に」って、どんな事件よ!今日は、昼間の仕事のみならずお店にも出勤する日。つまり、夜中の2時近くまでずーっと仕事。どこで「小さなミス」をするもんだかわかったもんじゃない。最悪な事件を避けるため、私は細心の注意を払って、本日を過ごそうと思う。こうやって、ランキングの低い時に注意深く行動することが却って功名となって、物事が円滑に流れる手助けになっているような気さえしてくる。低いランキングも、こんな風に都合よく考えられる私って幸せなのか、バカなのか、きっとその両方なのだろう。私と同じ蟹座の皆さん、今日を無事乗り切りましょうね(笑)ところで、「白髪の人」がラッキーアイテムって一体…白髪のお客さん…来ないかな~。
December 18, 2001
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ママの個人的なお客さんによる、例年恒例の忘年会は、今年ももちろん大荒れだった。こないだ古い女の子が辞めたため、彼女の替わりに別の女の子が入ったので、追いはぎ対象が、少し分裂したものの、大体同じような感じ。乾杯が始まる前から、最初のお店で潰れる寸前まで飲んできた方々は、去年よりも千鳥あし。挨拶やら、来年の抱負やら、偉い人の話なんて誰も聞いていない。麦酒は各々が麦酒サーバーから勝手についでいて、「やりますよ」と言うと、「いいのいいの自分でできるから」でも、あんたの麦酒、泡しか入ってないから、無駄が多くて困るんだよ!と思いつつ、もちろんそんなことは言えるわけなし。大人しく座っていてくれる人は殆どいず、皆んなカウンターの中に入りたがって、しょうがない。そんな折、事件勃発。カウンターの後ろのガラスのボトルケースに、酔った誰かがぶつかって、ガラスが飛び散った。おいおい。去年もひどかったけど、破損はなかったぞ。もうママも諦め顔で、とにかく無事に2時間が過ぎ去るのを待つばかり。会費の割には、焼酎を飲む方が多くて、まあ安くあがったのでとりあえずはいいんだけど…散々飲み食いしているくせに、私たちをつれて、焼肉屋に行きたがるタフな方が数名いて、片付けもそこそこに店を後にした。今日は出勤日じゃないけど…あれをママ1人で片付けるのは大変だろうな。毎年のこととは言え、メンバーが殆ど替わらずに行われているのだから、そろそろ落ち着こうよ。ちなみにパンツスーツで行った為、去年よりモテモテ度が下がり今年はかなりラクチンでした。やはり男はミニスカートに弱い??
December 17, 2001
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今日は、ママの個人的なお客様約20名によるお店貸切り忘年会。去年も、普通はお休みする日曜日に行なった。18時から20時までの約束なのだが、去年は何だかんだ言って帰ったのは22時ちょっと前。たぶん今日もすんなりとは帰れまい。その方たち、いわゆる肉体労働者の方々。血気盛んでなんとも賑やかな面々。去年は、ミニスカートを履いていた私は追剥ぎに合うようにいつもどこかめくられ、もみくちゃにされ、まあ、もう、何とも言えないスリリングな夜だった。今年は、去年の反省を込め、パンツスーツで出勤する予定。(ママの了解も得ました)たぶん、4人同時のチークダンスを強いられて、ひっくり返ってビールがこぼれたりすることだろうから、洗濯機で丸洗いできる洋服にしなくてはいけない。飲み会というより、ラグビーとアメフトとレスリングをいっしょくたにして、時間もルールも無制限で行なうゲームのような感じだから、ヒールを履く事もよした方がいいだろう。この商売をやっていて、体力勝負だと思う師走のひとこま。昨日の熱はすっかり下がり元気いっぱい。大掃除も大体終わったので、戦いに備え腹筋でもしておくか!と思う昼下がり。
December 16, 2001
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どうやら熱があったらしく、ふとんの中で私は浅い眠りを何度も繰り返していた。途切れ途切れの夢から意識がこちらに戻るたびに、何故だか分からないけれど、悲しくなって涙ぐんだりして、気が付けば夜になっていた。17歳の時、恋に落ちた同級生の彼は、キャノンの一眼レフを肩からかけて、北海道中を写真をとって歩くのが好きな男の子だった。彼は、成績のいい人だということは知っていたけれど特に親しく口を利くことのないクラスメートで、他の誰もと同じように、卒業して何年かしたら、写真を見ただけでは、名前すら容易に思い出すことのできないタイプの人だったように思う。私たちはどうして付き合うことになったのかよく憶えていない。でも今だからわかるのだけれど、私はきっと彼と付き合う運命にあったのではないのかと思う。私たちは本を交換し、キャピキャピしていた私が、信じられないくらい黙り込んでしまうような静かな交際をすることになった。今の私の一部分は彼であり、彼の写真に私は詩をつけて、彼の部屋の壁に何枚も飾った。私たちは彼の部屋でインディーズのレコードをかけながら、酒を飲んで過ごしたりした。30歳になった私が、眠りから覚めて、頭痛と格闘しながら何故だか彼のことを思い出したので、ここに書いて見た。17歳の私は、経験的にものを考えることができなかった。いつも自分の直感に任せて生きていた。そして、それはそれでうまくいくように思えたし、いつもまだ見ぬ可能性に酔っていられた。たぶん、今悲しいのは、今涙が出そうになるのは、もうそんな風な感じ方をするのには色々なことを経験しすぎてしまったからなのだろう。私の中に残っていた、光り輝く何かは消滅してしまった。私の人生は続いてゆく。今だからわかることを、あの頃の私を遠くから眺めながら、今この瞬間を今の感性で感じながら。私は自分の人生のどこの部分にも戻りたいとは思わないし、今の自分を抱えて生きていく事は全然悲しくなんかない。願わくば、冷蔵庫の余りモノで作ったあり合わせの料理のような文章を書きたくないとは思うけれど。なんだか今日は変な日記。でも皆さんも、自分を振り返って、失われたものと残されたものを抱えて生きていく意味を、ふと考えることはありませんか?まだ熱があるのかしら??
December 15, 2001
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私のお店は年明けは1月3日から営業を開始する。今年は三が日は営業しなかったのに、来年はすると言い張るママ。「お客さん家でゴロゴロテレビ見てるんじゃないですか? きやしませんって!やめましょう!」と言うと、「着物着てきたら、1万円お年玉やるぞ~!!」マジ?私は自分で着付けができないから、美容室で着付けてもらうとして、その着付け料をさっぴいて…いくら残るんだろう?やぶへびだったりして。と思っていると「着物が汚れたら困るから、着物着てきたら、何にも仕事しな くていいから。ただ笑って立ってればいいから。」マジマジ??頭の中のそろばんが音を立てて始動する。チーン。着物着ようじゃあないか(笑)皮肉な話、私が結婚する時に、親戚のおばさんが、正月用の着物(訪問着との間みたいな感じ)を作ってくれて、1度も着る機会がなく、それを着た写真を送るくらいの礼儀はしなくちゃなあと思っていた。もう2年以上経ってしまったけれど、着物を着て、写真をとっておくいい機会になりそうだ。(決してお見合い写真にはしないのであしからず)でも、でもでも、着物を着るのに必要なものってどんなものがあるんだっけ?肌襦袢やら半襟やら、なんたらかんたら、あの表の生地に至るまでにどんな秘密が隠されているのだろう?確か、お太鼓にすると思われる帯や帯止めが一緒に入っていたのは憶えているんだけど…この話をママリンにしたところ、コートがないだろう!足袋とぞうりはどうするんだ?と着物を着るにあたって、段々憂鬱になってくるくらい、しちめんどくさい話をし始めた。「お母さんが昔、着物の生地で作った素晴らしいコートがある からそれをお使いなさいな。仕立てのいいものだからきっと 素敵よ。」「ありがとう。でもわざわざ送ってもらうのも悪いから、すぐに タクシーに乗るし、コートはいらないわ。」と言ったものの、昨日の店での仕事中に、メールを送ってきて他に必要なものはないか?と言っている。ありがたいママリン。今時コートを着て歩く人なんて、お茶かお華の先生くらいのものだろう。私が着ると、ドテラに見えるんじゃないかと思ってちょっと不安だし。ほら、江戸時代の芸者さんは、昼間はそういう格好してたじゃないですか。それで、ママリンの申し出を断ってみたものの、彼女の方がやるきマンマンで、髪のに入れる櫛の話にまでなってきている。昔クラブで、コスプレデーの時に、高校の時のセーラー服を送ってくれとお願いした時も、そう言えば張り切っていたっけ。なんだか大変そうだけど、今週末、実家で着物を引っ張り出して着付けに必要なものが全部揃っているのかどうかを確認し足りないものはママリンのを送ってもらう手配をしなくてはいけない。これでお客さんが来なかったら…苦しいだけで、骨折り損のくたびれもうけになること請け合い。
December 14, 2001
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タイトルほど立派な話をするつもりはないのだけど、昨日、休憩室においてある雑誌に、人が「酒に酔う」のは生理的にどういう現象のことを言うのかが書いてあったのでちらっと読んでみた。人は酒を飲むと酔っ払う。多少の差こそあれ、酔い方に違いこそあれ、酔っ払う。酔っ払っている時、大抵の人は注意散漫になる。怒っている人は、人前でそんな風に怒るべきではないのだということを忘れ、泣いている人は、やはり人前で涙を見せるべきではないのだということを忘れ、私のように踊ったり歌ったり九打巻いたり、毒吐いたりしている人間は、そんなことをしたらみっともないのだということを忘れている。何故?アルコールは体内に入ると血中を流れ、血液と一緒に体内を巡って、脳にも入り込むのだそうだ。そして脳にアルコールがまわることで、軽い麻痺症状が起きるのだとか。だから私たちは、酔っ払っている時、理性が麻痺しているのだ。下半身の方の理性が麻痺して、一生ものの後悔をする方だっていることだろうから、酒を飲んでいるときは、自分の脳が麻痺していることを忘れないようにした方が良いらしい。さて、ここからが人間の神秘なのだけど…人間の体というのは上手くできていて、学習能力があるんですね。脳が酒を飲んだときの状態を記憶して、それぐらいの酒量ではそんなに麻痺しないように、強化されるのだとか。酒が強くなるということは、どうやらこういう慣性を言うのですね。ただ、強くなると、やっぱり麻痺した気持ち良さが欲しいからもっと飲んで麻痺しようと私たちは努める。それにも脳が慣れるともっと飲むようになる。イタチごっこだ。こういうのがを世に言う依存症なのだろう。酒に問わずタバコもドラッグも…私たちの立派な脳が、私たちを守るために発令している命令のお陰で、私たちは毎日最小限の危険の中で生き抜くことを実践しているのだけど、立派な脳のお陰で、死に行く肝臓のことを忘れると、本当に死んでしまうだろう。忘年会シーズンで、飲む機会が増える時。麻痺のしすぎには要注意です。私のように、麻痺すること自体に麻痺するようになっちゃあダメダメ!!
December 13, 2001
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2~3年前に江角マキコとユースケ・サンタマリアで「恋愛の科学」という深夜30分枠の番組があったのを皆さんはご存知だろうか?心理テストをしながら、自分の恋愛の傾向を考えるっていう番組だったのだけど…ある日、自分を「音楽」にたとえたら、4つのうちのどれに当てはまると思いますか?という心理テストが行われた。1.ロック2.クラシック3.マーチ4.サンバ当時、私は、自分は「サンバ」でしょ!ビバ!サンバ!って思ってそれを選んだわけだけど、他人から見た自分の印象というのは全然違って、えっ!何故?私ってそんな感じですか?とびっくりしたことをふと思い出した。それてなんだと思いますか?2.クラシックです。当時の私としては、一番かけ離れてると思っていたのに。私という人間がクラシック音楽を彷彿させるなんて、もったいないお話だけど、裏を返せば古臭くて、形式ばってるってことなのかしら?何故こんなことを突然思い出したのかというと、昨日お店で、あるお客さんにこう言われたから。気の付きすぎる女は男を窮屈にさせるからねゲっ!!そんなつもりは無かったんだけど、いいとこ付いてる!伊達に50年生きていないなと妙に感心してしまった。男たちは窮屈なわたしから逃げて行く(涙)それはそうと、音楽のクラシックならいいのだけど、札幌クラシックというビールを彷彿させていたらどうしよう!!(恐)
December 12, 2001
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肉食動物が獰猛なのは、「肉」を食べているからであり、草食動物が臆病なのは、「草」を食べているせいであるからして、人間だって、「肉」ばかり好んで食べる人は性格が荒っぽく「野菜」ばかり好んで食べる人は物静かな性格になるという。何かの本で読んだこの説、「本当にそうかしら?」とちょっと考え込んでしまった。何故なら私は基本的には「野菜派」で、肉摂取量は少ない方だと思うけど、 全然物静かな性格なんかじゃないどちらかと言うと獰猛 なくらいだろうただ、その日に食べたい食べ物の内容は、その日の体調だけではなく、その日の気分に相当左右されるもののような気もする。例えば私は前の亭主と離婚直前の時、色々なことを考えたり忙しかったりして、とてもじゃないけど「焼肉」でパアっと行こうって気にはなれなかった。その頃一番よく食べていたものは、パスタ。考え事をしながら、フォークにパスタをくるくると巻いているといつまでもいつまでもクルクルクルクルしていて、中々口に運べない。そんなんだから、食事に時間がかかって、段々気持ち悪くなってきて、動物性たんぱく質は綺麗に残してしまう。あの頃の私は、完璧まいっていたし、実際獰猛なライオンに襲われたら逃げ送れるインパラのような感じだったのかも知れない。週末のショックのさなか、やはり肉には手をつけず、土曜の夜はパスタ、日曜日は野菜丼。ショックが怒りに変わった時も私はまだ肉を食べてはいない。だんだん血の気が引いてゆき、静かな怒りが全身にまわり始めたそれもそのはず、生理がやってきたのだから、血の気も引くわな。昨日はお店がない。肉が食べたくてどうしようもない衝動に駆られるも、突然焼肉を食べに行くメンバー招集はちょっと無理。結局、ステーキ丼作って食べました。にんにくたっぷりで(笑)腹の痛みに耐えながら食べる肉の味は至福とまでは言えなかったけれど、これでここ数日のモヤモヤが見事すっきり。恐るべし牛肉パワー。やはり「肉」が私を獰猛にするのか?いえいえ、エンゲル係数的に、また野菜中心の生活が始まるけれど私はいつだって獰猛な女。負けるものか!!
December 11, 2001
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この時期になると頭を悩ませるのが年賀状。年賀状を書いたりもしくは手配したりするのが大好きと言う人は、この世にそんなにいないのではないだろうか?私は、グリーティングカードで済ませられるところは済ませてしまっている。これから暫くの間、顔を合わす機会がたくさんある人間に対して住所を特に知っておく必要もないかな?なんて思ったりして。逆に、学生時代の同級生・もう辞めてしまった会社の同期だった女の子・今まで渡り歩いてきた職場で友達になった女の子などは必ず年賀状を出すようにしている。不思議なことだとは思うのだけど、彼女たちのメールアドレスや電話番号を知っていても、普段頻繁にやり取りを行いにくい状況にあると、(例えば結婚していて旦那さんと子供がいるとか)年賀状で近況報告をするのが、一番気が利いているような気がしてくるのである。皆さんはどうですか??彼女たちの年賀状は、3年前には結婚式の写真であり、2年前には生まれたての赤ん坊の写真であり、昨年は兜の前で家族3人並んだ写真である。多少の差こそあれ、そのスタイルが大半を占めている。そういう年賀状は、本人だけのものではないから、ちょっと…という方もいらっしゃるかもしれないが、私は彼女が赤ちゃんの写真だけを載せていても、今現在幸せに暮らしているのだと思うとやはり嬉しいし、これから先も、幸せをアピールする家族の年賀状をどんどん作ってもらいたいと思う。会って、たくさん話をする機会が少なくても、私にとっては大切な友人なのだと認識することができる年賀状にはいつも感謝している。全然話が違うようだけど、私のHPにアクセスをしてくれて、BBSに特に書き込みをすることなく、たまに足を運んで下さる方がこの関係によく似ている気がする。 最初は書き込みをせずに帰られることを寂しく思っていたけれど、そういう無言のやり取りも、最近は逆に気持ちが良い方もいる。こんな微妙な関係を楽しむことができるのも、楽天HPのよさなのかもしれない。皆さんもそう思われませんか??さて、私の年賀状は、今年はどうしよう?(まだ準備してないの)数年のうちに、またもやウエディングドレスを着た写真を載せることになる予定だが(笑)もらった友達は、前回のものと比べて複雑な気分この上ないだろうな。ははは。
December 10, 2001
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昨日のライター養成塾の面接後、一晩明けて今は夜の21時50分。考えれば考えるほど、疑わしさが増してゆく。夢に向かって一歩踏み出そうと思っていた私にとって、このショックは思ったよりも大きなものであることが、少しずつ、時間とともに重くのしかかってくる。気分転換のためにも、こまねずみのように家事をしようと思っていたのに、結局今日はぼーっと過ごしてしまった。こんな時、テレビゲームのように、リセットボタンを押してやり直すことができたら、簡単なのになと思う。食料を買いに行った時、フリース生地が150センチ×150センチで780円で売っていたので、それを買ってきて、肩からずっぽりかぶって窓の外の吹雪を見つめて過ごしていたのだけど突然ぴたっとやんで、何事もなかったように知らん顔をしている空模様を見て、少し気持ちが楽になった。やまない嵐はないように、立ち直らない私もいないのだ。ふふん。さあて、おセンチモードもそこそこにして、明日からまた頑張りますか。ちなみに、主催の編集部から発行している雑誌がきちんと存在しているのかどうかもきちんと調べ、その所在地に編集部が存在しているのかどうかも調べ、あのおばさんがそこに所属されているのかどうかも調べなくっちゃ。ケっ。私はよくわかんない奴に説教されるのはまっぴらごめんなんだよ!!大体20万前納させようとしてるくせに何なんだあの横柄な態度は!!新手の詐欺じゃないのか?野村沙知代みたいなノリじゃないのか?うううっ。人間ってひとしきり落ち込むと感情が怒りに変化してゆくものなのかしら?今夜は早く寝て、戦いに備えます(笑)放心状態とはもうさよなら。これからもバリバリ毒舌トーキングで突っ走るので、あしからず。
December 9, 2001
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本日、18時にライター養成塾の面接に行ってきた。正直言ってがっかりした。ショックでこの2日、文章を書く気持ちが起こらなかったほど。たくさんの方々に来て頂いてるこのページをほったらかしにしてしまい本当にすみませんでした。この後訪問させてもらいますね。さて、私は電話で18時に来るように言われていた、社会福祉センターに着いたのは17時50分。自分の前の順番の人が中で面接を行なっている様子がドアの外に漏れてきていた。私は邪魔にならないように、自分の番が廻ってくるのを待っていると、突然ガラっと扉が開き、中に通されることに。すれ違う瞬間にちらっと見た、私の前のその人は、まだ20そこそこのかわいらしいどこかのお嬢様のような感じの子。たぶん、若い女の子ばかりが応募してきているのだな。負けられないな。とその時は思った。中に入ると、30人くらいの人間が入れそうな広い会議室の真中に50代前半くらいの化粧ッ気のない女性が整然と座っていて、私に、早く座るように促した。私は彼女のすぐ前に設置された椅子に腰を下ろし、筆記用具を机の上にセットした。彼女が開いた口から最初に出た一言は「あなたね~。このワープロ書きの履歴書は一体どういうつもり なの?」という吐き捨てるような怒りだった。「名は体を表すと言うように、肉筆の履歴書を見て、その人の 人間性だってこっちは判断できるのよ。悪いけど、これじゃあ あなたと言う人は全然伝わってこないわね。 これからまた何処かに履歴書を出す機会があるのかどうか 知らないけれど、肉筆で書かないと落とされるわよ。」私は一瞬、緊張とショックで動揺し「はい。すみませんでした。」と小さな声で言うのが精一杯だった。彼女はそれから、プロになる気のない奴は、最初から相手にしたくないので、やる気がないならこの場で辞退するよう言い、授業はかなり早いペースで進めるのでついて来れない奴は知らないと言い、入塾金2万円。月謝は月々15000円で、1年間分前納してもらうのが条件であり、合格者は12月20日までに20万銀行振込してもらうのだと言い、わたしにその口座をメモらせた。「合格者には特に連絡は入れませんから。不合格者にだけ、どう して不合格なのかを説明するための電話をします。」「……。」「早く美しく原稿を書けるようになってもらうのが目的ですから 400字詰の縦書きの原稿用紙をマスの大きさや材質も研究 して選んでもらって、シャープペンシルも芯も自分になじむ ものをよく吟味してきてください。」「……。」「以上です。ごくろうさまでした。はい、次の人。」こちらに殆ど口を挟ませる暇を作らずに始終高圧的な態度を取り続ける面接官のおばさんにもびっくりだけど、初めて聞かされた前納についてと、入塾後の1年間のカリキュラムの説明がまるでないこと。卒業生がどのように活躍しているのかまるで説明がないこと。何よりも、彼女自身の名刺すらもらってないことが心にひっかかり帰り道、どうせ色々説教されたし、落ちたに決まっていると思いつつも、もしも合格した場合、彼女を信じて20万円を払ってしまっていいものなのかどうか悩み、歩きながら吐き気を憶えてしまった。履歴書については彼女の言う通りだと思う。ただ、彼女のものの言い方は、パソコンやワープロ自体をひどく毛嫌いしているように聞こえたし、手書きについてこだわり過ぎているように響いた。今の時代、原稿をパソコンやワープロで仕上げて、メールで送ったりするのは当たり前のことで、そこの編集部でもそれが常識になっているはずなのに、原稿用紙やシャープペンシルにこだわり過ぎることもなんとなく府に落ちない。それに、こちらに殆どじゃべらせない面接で一体どのような判断をしたのだろう。彼女の話をメモに取る様子で判断するのだろうか?テーマに沿って何か小論文のようなものを書かせるとかそういうやり方で、モノになりそうかどうか判断するのならまだわかる。でも、メモの取り方で判断されていたとしたら…記者というのは、現場で早く簡潔にメモが取れなくてはいけないから、それは大事な要素だろうとは思う。でもきれいにメモを取ったことを、第三者にうまく伝えられるかどうかは別問題なのではないだろうか?私は、こちらになるべく質問をさせないようにしているように見受けられるあの面接方法にどうしても胡散臭さを感じてしまった。それで、それから随分時間が経ったのにも拘らず未だにショックから立ち直れずにいる。
December 8, 2001
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皆さんは、岡潤一郎という騎手をご存知だろうか?競馬好きの方なら、それも最近始められた方ではなく10年以上前からやっている方ならきっと知っているはず。リンデンリリーでGIタイトルも取っているのいるのだから…今日は彼の33回目の誕生日です。生きていれば。彼は、平成5年2月16日、落馬事故の為息を引き取りました。まだ24歳の若さでした。腕がよく、競馬センスの良さで、札幌で6連勝をしたこともある彼。ゴール直前で骨折した馬から落馬した彼は後続馬に頭を蹴られて死にました。私の妹は、彼に自分の運命との深い繋がりを感じるのだという。何がどのように繋がっているのか、私にはわからないが、彼女は6年前から、彼の誕生日には、お祝いのカサブランカを持って墓参りをしている。私は前から1度一緒に行ってみたいと思っていたけれど、仕事もあるし、行く機会がなかった。今日も会社に行くつもりで弁当の準備までしたのに…どうしても行ってみたくてたまらなくなった。なんとなく、今日しかチャンスがないような気がして。それで、本当はこんなことをするのは、絶対に許されないのだけど、昨日のうちに売上関係もまとめ上げていて、今日は電話番くらいしかすることがないだろうという甘えも手伝って、会社をサボって「誕生日のお祝い墓参り」についていってしまった。不思議と、全然悪い事をしている気分にもならなかったし、なんだか当然のことのような気にまでなってしまった。所長。本当にごめんなさい。クビにされてもしょうがないな。そのお墓は様似という太平洋沿いの北海道の馬の産地浦河の隣町にあり、高台に、彼が好きだった野球場を見下ろす形で立っていた。雪の下に、どこかのファンが以前もってきたらしき枯れて原型のなくなった花束の枝とソロファンが見えた。妹は注意深く花束を置き、運転手として付き合った父親は線香の束に火をつけ、私達は3人並んで黙祷を捧げた。ひどい吹雪の中、氷つきそうだったけれど、私は墓標に目を走らせ、彼の短い生涯が閉じられた次の年に彼の父親らしき人の名前と年齢を見つけ胸を痛めた。父親らしき人は51歳だった。私は寒さの中、車に戻りながら、なんだか救いようのない気分になった。私は、今生きている我々は、その間一体何をしていたのだろう?今日もこれからお店だ。私は笑ってビールを飲んで、岡潤一郎のささやかなバースディパーティを胸の中でしようと思う。うまく言えないけれど、私だって彼の騎乗は憶えているのだから。
December 7, 2001
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「Like a bird in the cage」離婚会見の席でマリアンはこう言ったけど、あんな大きなお屋敷のどこが、鳥かごなのか、私にはさっぱりわからなかった。お金持ちには、お金持ちにしかわからない考え方があるのだろう。昨日の「水曜日の情事」はモノマネしながら見た結果、殆どセリフを丸暗記。まるで「ガラスの仮面」の北島マヤのようにぶつぶつ言いながらドラマに挑む30女。その中で、石田ひかりがモックンに、「あなたはかごに閉じ込めようとすればするほど、そこから逃げ出したくなる人。」と言っていたが、世の妻子持ちの男性陣!そんなものですか?私は逆に、柵のまったくない広々としたところに、「自由にすればいいよ。」と言われて置いておかれる方がよっぽど嫌だと思う。ある程度の限定した世界観の中で生きることの方が断然向いていると思うから。でもやっぱり小さな鳥かごの中でうろちょろ暮らすのはあまり心楽しそうではない。何処に柵があるのか一見分からないような広い鳥かごの中でのんびり暮らしたいですね私は。それは、金銭的問題だけではなく、パートナーとの精神的なつながりの大きさについても、もちろん言えることだけど。皆さんはどうですか?奥さんや旦那さんが逃げ出したくなるような「狭い鳥かご」で暮らさず、柵を外すことなく、そんな風に一生1人の人と添い遂げたいとは思いませんか?と、バツイチ女偉そうに語るが、そんな風に過ごすことが今の私の願望。もちろんお金も欲しいけど(笑)サッチーみたいになっても困るしね~。
December 6, 2001
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私は毎日会社に出勤すると、よっぽど忙しい時でない限り、起ち上げたPCで、最初に開くところはOut Lookである。仕事関連のメールを見落とすのはまずいので、まずOut Lookの確認。もうくせになっている。開いたOut Lookは閉じずに下に下ろして、メールが到着する度に対応できるようにしておく。次にやることは、自分で作ったエクセルシートに、朝計った体重と、昨晩の食事の内容、今日のお弁当の内容を簡単に書き込んでおく作業。1分もかからない。ここまでやると、始業のベルが鳴る。そして約1時間みっちり、仕事をして、楽天チェックに入るのが最近の私の過ごし方だ。皆さんも毎日日記をつけておられるのでお分かりだと思うが足跡を残すということは、すなわち振り返ることができることであり、私はこの日記を読み返すことで、当時の自分の精神状態やどのような過ごし方をしていたのかが分かり、複雑な気分になりながらもやはり嬉しい。なんてったって生理の始まった日も分かるから、準備もバッチリだし(笑)今日いつものように、食事内容と体重の推移日記(らしきもの)を書き込み、スクロールして遡って見ていた所、そこには私という人間の傾向がはっきりと顕れていた。それは、好きな食材にはまっている時は、その前後1週間くらいは手を変え品を変え、お気に入り食材が何度も登場しているということ。外食とジャンクが続くと、体重が2kg増えているということ。である。例えばオールブランにはまっている時は、ほぼ毎朝食べている。ある日憑き物が落ちたように、オールブランは忘れ去られ(もしくは買い忘れ)しばらくごぼうばかりを食べる日々が続く。カニかまにはまっている時は、カニかまのかに玉やカニかまときゅうりの酢の物とか、カニかま続きである。どうも食事の付け合せのパターンも決まっていて、カレーライスの時はほぼ100パーセントブロッコリーとトマトのサラダが付随するし、豚汁の時は何故かいつも卵焼きを焼いている。私の脳の傾向は、どんなことでも自分なりに系統だててマニュアル化するように思えてきてなんとなく可笑しかった。さて、このシーズン例年だと牡蠣をやおら食べるのだけど…今年は変な居酒屋であたって以来ちょっとしり込みがち。最近のデータを払拭するべく、今晩のおかずには気を遣おうと誓う12月5日水曜日「水曜日の情事」今日も石田ひかりのモノマネをしながら楽しみ ます。(笑)
December 5, 2001
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今まで月曜・火曜・木曜だった夜のアルバイトのシフトが、1人古株が辞めたので、火曜・木曜・金曜に変更になった。前より少し楽になり嬉しいが、金曜日の夜に仕事が終わっても飲みに行き、間違いなく実家に泊まる回数が増えることだろう。で、昨日は久しぶりに家ですごす月曜日。大好きな藤木直人のドラマを見ようと思っていたのに、楽天にはまってしまい忘れてしまった。もちろんスマスマも。パカスカとキーボードに打ち込んでいると、ストーブから、チロチロチロリーン♪という給油合図の音楽が。灯油をベランダに置いているので、そこにしゃがみこんでシュポシュポ入れる作業は想像しただけで凍りつく。「めんどくさいなあ。後でいいや。」その後もパカパカ打ち続ける。……寒い。耐えがたい。パソコンの電源を落として、震えながら給油を完了し、重たいタンクを設置する際にちょっと顔にぶつけたりしながら、なんとかストーブ復活。ああ、でも寒い。「そうだお風呂お風呂!!」体が冷えた私は長風呂しすぎたらしく、お風呂からでても汗が吹き出している。じゃっかんウエストも細くなったような気がしてきた。体重計に乗ると、なんと昨日よりも1kg近く減っている。よっっっしゃあ!!寝る前の筋トレが効果的なのは前から知っていたので、追い討ちをかけるように、ストレッチと腹筋・背筋をセットで行い、気付いたら汗だくで30分経過。12:30だったので、いつもなら、絶対に寝ない時間なのだけど突然ものすごい眠気に襲われダウン。そして夢も見ずに眠った。今日は、たくさん寝ているのにも拘わらず、朝から生あくびを50回くらい繰り返している。眠い。ここにフカフカのベッドとマクラがあったら、職場放棄して即効寝そう。眠いせいか文章も冴えない。ホントもの考えられない。zzzz
December 4, 2001
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今朝はなんと目覚ましが鳴る前に起床。6時50分。夢の途中で疲れ果てて目が覚めたので、夢の内容をきれいに憶えている。私は夢を憶えて起きる割合がかなり高く、何度も啓示のように繰り返し見る夢もある。が、その話はまた今度。今日の夢は今までみたことのないタイプ。そして登場人物がベラベラとよく喋る夢。発端は、父親が日本人専用のような寄宿舎に寝泊りしているところから始まり、私と母と妹2人の計4人が、そこを訪ねてゆくところから始まる。父親は、アフガニスタンのタリバン政権を追い詰め、首都カブールを奪回する一部始終を、日本に向けて記事にしている一行について歩いていて(笑)、私たち4人はパキスタンにあるそのアジトのようなところに差し入れを持って訪ねる。その後、私たち4人は父と別れ宿泊するホテルに向かうのだけどタクシーの中から見える風景は20年前の実家の近くによく似ている。私はパキスタンに行った事がないから、たぶん無理やり想像でその風景を作っているらしい。ホテルに着く前に、車の中で、すぐ下の妹が、そのホテルがパキスタン1高級で、自分がそこを手配するのにどれだけ苦労したのかを切々と語っていた。下の妹は外の景色を眺めながら、自分の初めての海外旅行がまさかこんな状況のパキスタンになるとは思わなかったと言い母親は小腹が空いたと言っていた。3人があまりにも自然に会話をしているので、私も何処かがおかしいと思いながらも、旅行をしている気分になっていた。ホテルについてチェックインをする時、私はふと心配ごとが胸をよぎった。現実的な私の考えそうな事。「トラベラーズチェックはあるんだろうか?換金はしてあるんだ ろうか?無ければ日本の円をここで換金しなくてはいけない けれど、できるんだろうか?」観光に出かけようと浮かれあがってる3人を尻目に、私はまず最初に銀行を探す事。次に本屋に立ち寄って、英語のガイドブックを購入しなければいけないことを必死で説明し、銀行にて換金する際の英会話の文章を思い浮かべた。アイウォントトゥ…ところで、パキスタンの通貨ってなんだ?ドルじゃないよね?どうしよう。どうしよう。と焦っていると目が覚めた。馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。早く目が覚めたため、いつもより15分も早い時間の地下鉄に乗ることに。混んでいる。どうやらこの時間がラッシュアワーらしい。いつもなら座れるところを、電車の扉の手すりに寄りかかって本を読んでいると、次の駅で驚くくらいたくさん人が乗ってきて目を上げた私の前には小柄な女性の頭髪が。廻りを見回すとすし詰め状態の中、目をつぶって立ち寝をしている人の姿がちらほら。この光景。なんか懐かしい。そう、それは東京にいた頃の朝の通勤風景(マシな方)アウシュビッツに向かう輸送車のような耐えがたい沈黙の中に懐かしさを憶えるなんて、それもこれも今朝見たパキスタン旅行の夢のせいなんだろうか?なんとなく不思議な気持ちで始まった今日は不思議なくらい忙しい仕事に終われ、今もまだぼーっとしている。
December 3, 2001
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私にとっての日曜日の過ごし方はまっぷたつに分かれる。1つは朝から晩まで外出して遊びまわる過ごし方。もう1つは、家事にどっぷり従事する過ごし方。今日の過ごし方は後者の方。最近後者のほうばかりだが…私は皆さんご存知のように大変ケチなので、お風呂掃除の洗剤も、洗濯洗剤も、台所用洗剤も、シャンプーもリンスも詰め替え用を利用している。今年の3月に今住んでいるところに引っ越してきて、8ヶ月経つが詰め替えを2度行ったのはシャンプーだけである。ケチ過ぎ?うちの洗濯機は1人暮らしにしては大きい6kgサイズで、超音波洗濯だとかで、洗剤量が1/2で済むというもの。ランニングコストに重きを置く私は、気前よく決して安くはないイニシャルコストをポーンと払った。その恩恵がどうかわからないが、シーツやふとんカバーもマメに洗濯しているのにも拘わらず、昨日まで、アリエールの液体洗剤は一度も詰め替えを行わずに使うことができた。昨日洗濯をする時に初めての詰め替え作業となった訳なのだけどこれが非常に入れにくい。子供のおしっこ(表現悪くてすみません)のようにうまく標的が定まらないまま、勢い良く飛び出すので、こぼれそうになったり実際こぼれたりして、勢いを緩めようと手で調節をすると今度は手前に落ちすぎて入れ物の壁面をドロドロと伝っていく。「もったいなーい!!」必死で悪戦苦闘してなんとか入ったけれど、私は詰め替え作業は全体的に苦手である。シャンプーも上手に入れられないし…皆さんは上手に入れられますか?何かコツがあれば是非ご伝授を!わたくし本当に不器用ですの。ホホホ。
December 2, 2001
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昨日は、100円差で欲しかったスーツを入札できなかった腹いせに飲みに行き、そのスーツ代金分くらい飲んだ挙句結局実家に転がり込む。何故か一滴も酒を飲んでいなかった父親とワインを1本あけ、ウイスキーを1/3程開けて就寝。で、今日はその酒を体内から全て抜く為にサウナに行ってきた。札幌市の隣小樽市には、破産宣告を受けたマイカルグループの一つである、マイカル小樽というショッピングセンターがある。来春から名前が変わるらしいけど、今のところは普段どおりに営業している。中にはサティとワーナーマイカルという映画館と、フライツァイト小樽という温泉付サウナ施設があり、なぜか真中にはヒルトンホテルも併設。知人からもらった無料券があったので、父親と一緒にそこへ行く事になったのだ。もともと長風呂でサウナ大好きの私は、10分温泉につかりサウナ室へ。そのサウナ室のテレビで、雅子様のご出産を知った。私は素っ裸のまま1人興奮し(誰も入ってなかったので)ニュースを夢中になって見た。テレビの特別番組は、赤坂の中継を写し、小和田家ゆかりの新潟県村上市にカメラを移し、街頭インタビューを流し、皇太子様の喜びの声、天皇・皇后両陛下のお祝いの言葉を伝えた。身長49cm体重3120gでの女のお子様であることもわかりふむふむと見ていると、なんとサウナに入ってから20分も経過していることが判明。うそ?誰も入ってこないから気付かなかったけど…そろそろ出なくちゃな…と立ち上がったところ立ちくらみがし、しばししゃがみこむ。中々立ち上がれなく、急に不安が胸をよぎる。どうしよう。このまま脱水症状で死んでしまったら。素っ裸で死ぬのは嫌だな。でも私らしいのかも。なんて考えているだけで2分経過。やっとなんとか立ち上がり表へ。恥かしかったが、備え付けの椅子に身を沈めて、休んでしまった。少し休むと気分が良くなったので、執念深いダイエット根性も手伝ってまたサウナへ。そしてまたテレビに釘付け。それを3回繰り返した為、体重は600g減ったけれど、くたくたで気持ちが悪い。まだ21時だし、BBSのお返事もしていないけれど、今夜はこのまま就寝予定。明日の競馬予想:オースミコスモ・マイネヴィータさてさてどうなることやら
December 1, 2001
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