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今晩は、ハイウェイさんがお泊りにきます。仕事とデートを終了し、もう間もなく到着する頃ですが・・・結果報告などいろいろ楽しみです。彼女のお泊りセットも準備完了です。明日、帰省するための準備をしました。航空券の安い、夜出発です。私はいつもゴロゴロを引いて実家に帰省するのですが、中身は殆どカラ状態です。それでもゴロゴロを引いて帰る理由は、お母さんのつけた梅干と、遠い親戚からいつも頂く無農薬のお米数キロと、友人や会社の人に配布するお土産と、自分用の柚子胡椒・明太子・南蛮往来などのお土産を持ち帰る為です。宅急便で送ればいいのに!って思いますが、私にとって羽田⇔福岡は非常に楽ちんな旅路で、自宅から羽田までは直通バス、福岡空港から実家までもバス一本乗り換えなしと・・・殆ど歩かなくていい為、多少荷物が多くてもへっちゃらなのです。東京の自宅に帰宅してすぐにいとやの明太子ご飯を食べられるというメリットもあります。実家に帰省すると、「やっぱり世の中不景気なんだわ~」と身にしみて感じます。福岡市はそうでもないのですが、私が長年暮らしてきた北九州市は、100万都市をかろうじて維持しているものの、以前の活気を失っています。黒崎駅前商店街など、昔は土日となると、たくさんの人でごったがえしていたのに、今じゃ全然人が歩いていません。特に若者が少ない気がします。小倉そごうの跡には、伊勢丹が入った頃かしら?どうせお買い物するならば、地元でお金を落としていこう!と思ってしまいます。落とすと言っても、千円単位になるんですけどね。私は友人の結婚式で、ピアノ弾き語りをすることになっています。カーペンターズの「top of the world」です。一人じゃなくてBASSの女の子もいるのですが・・・ほぼぶっつけ本番です。緊張するわあ。
2004.06.26
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気がつけば・・・整理してきたはずの文庫本が500冊を超える。本棚に入りきれない分は、ダンボールにしまっていたのだが、私の押入れは、布団入れなんだか衣装棚なんだか本棚なんだか分からなくなってしまった。見た目的に美しくないと思い、その半分を売りに出す事に決めた。オークションにでも出そうかな?と思いつつ、それも面倒なので、ブックオフの宅配買取サービスというものを初めて利用することに。インターネットで、住所氏名・口座番号などを記入して申し込むと、ブックオフから申し込み用紙とペリカンさんの伝票が郵送されてくる。申し込み用紙にダンボール箱数を記載して、ダンボールに伝票を貼り付ける。あとは指定時間にペリカンさんが自宅にきてくれるのを待つだけ。らくらくだった。先週末、ダンボール箱6個分をとりにきてもらった。1週間ちょっと要したが、やっと本日ブックオフからメール添付で見積もりがやってきた。金額を見て。。。。にやり。「悪くない」と思った。本がきれいだったせいか、1冊100円~250円の値がついた。250冊分なので・・・ちょっとしたおこづかい気分。街角の汚い古本屋さんも好きだけど、やっぱり売るときは高く買ってくれる方がいいや。恐らくあっちに売ったら、一冊100円以下になってしまうだろうな。値がつかないことが分かっている「捨てるのが面倒な本」も引き取ってくれるし。今週末(土曜日~)は、所用で実家に帰省します。妹が有給をとってくれたらしく、一緒に買い物に行こうね、と言っています。一番下の妹は、私の帰省にあわせて、三越地下にあるチーズ屋さんで、焼きたてチーズをいつも買ってきてくれるのですが、これが本当に美味しい。直径10センチほどのまるい箱に入ったこのチーズは、なんと1箱3,000円もするのですが、外側パリパリ、中はしっとりとろーりで、もう口中がとろけそうになります。お母さん含めて女4人で、ワインを飲みながらスプーンでかじって食べます。(お父さんは痛風なので遠慮してもらいます)帰省の楽しみの一つです。
2004.06.25
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皆がヨン様ばかり話題にするので、私も書きたくなってきました。注:私はぺ・ヨンジュンファンではありません。冬のソナタ、この広場日記でとりあげた記憶がありますが、私は結構前に全巻ビデオで見てしまいました。時代の最前線を行ってしまいました。最後の10巻までちゃんと見終わったものの、実は1巻目でダウンしそうでした。ヘジュン役のヒロインの高校生時代に、とても無理があったからです。あんなに可愛いのに、「高校生」を演じるには無理がありました。厚化粧とも言えるバッチリメイクに、ロングの髪を二つに分けて、うさぎの耳のように高く縛っているその髪型は、見ていてちょっと辛かった。。。あのドラマを見て、どうでもいいことがいくつか気になりました。まず一つに、ペ・ヨンジュンは、「いつもだぼだぼのタートルネックを着ている」ということです。ペ・ヨンジュンに限らず、登場人物の殆どが常にとっくりスタイルでした。しかも「ぴったりタートル」ではなくて、シワを作ってだぼだぼ目に着る、というのがポイントです。韓国で流行っているのかしら?もう一つは、皆あまり仕事をしていないということです。ヨンさんの役は建設会社の社長であったのに、「どこが鬼の社長なのよ」と思えるくらい、殆ど働いていないのです。そして皆若いのにお金持ち。。。ま、そんなこと言い出したら、ドラマなんてキリがないですね。日本では冬のソナタのカツラが発売されたとか。カツラを被って、恋人同士で「冬ソナを見る」というのがその商品コンセプトらしいのですが、はっきり言って変です。まだ、林やぺーヨンジュンの方がいいですねえ。話は変わって、今日はとても羨ましいことを聞きました。証券会社に勤める私の友人(2つ年下)が、「ボーナスが多くて困っている」と。。。基本給は20万台なのに、今年の年収は2000万を超えるとか。「い~や~み~?」と聞くと、本気で首をふっていました。「来年の税金は、確実に収入以上だよ。将来が不安だ」と。因みに今回のボーナスは500万を超えたそうです。「いつでも焼肉ご馳走してあげる」と言われました。極上塩ハラミとタンと極上ロースをお腹いっぱい食べさせてくれるらしいです。車も買ったばかりで(ノーローン)欲しいものがないらしく、年下なのに、何だか疲れたおじさんのようになっていました。「証券会社なんだから、株でも買って運用すれば?もしくは私に投資するのはどう?」と言っておきました。彼が、新庄のようにならないことを祈ります。
2004.06.24
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先日、「白いカラス」という映画を見ました。チャッピさんの日記で出てきた「少女へジャル」とっても気になっていたのですが、こちらでは恵比寿の映画館でのみ上映しているようです。時間と場所のタイミングがあわず、今回は断念しました。トルコ国内では、大ヒットだったようですね。「白いカラス」は、ピューリッツアー賞受賞の作家、フィリップ・ロスの『ヒューマン・ステイン』という小説を、「クレイマー クレイマー」のロバート・ベントン監督が映画化したものです。アンソニー・ホプキンスとニコール・キッドマンが抑制の効いた演技で、心に深い傷を負った男女の触れ合いを描いています。「分かりやすいアメリカ映画」が多い中で、この映画は、私にとって「分かりにくい映画」でした。白いカラスとは、黒人の身分を捨て、白人の世界へ移り住むことを決めたホプキンス演じる主人公のことを言っていますが、黒人差別に焦点をあてた作品ではありません。実は私、大学ではアメリカ近代文学、その中でも黒人文学を卒論テーマに選びました。Ralph Ellison の『Invisible Man』という作品です。邦題「見えない人間」と訳すこの作品は、1950年初版の小説で、これまでの「黒人は白人によってこんな差別をされてきた」という主旨の黒人小説と異なり、「主人公が黒人であることを意識せずに読んでいく事ができる」黒人差別のテーマから離れた初めての作品といえます。言い換えると、それまでの黒人小説は、全て「黒人差別」がテーマだったわけです。苦しい苦しい卒論執筆でしたが、『ルーツ』や『Do The Right Thing』『ミシシッピの大火』などの映画を観たり、ルイ・アームストロングについて調べたり、実益兼ねてモチベーションをあげていました。卒論の副題に、「 The Pursuit of Identity」というものをつけました。「白いカラス」を観ながら、『見えない人間』を通して考えさせられた「自己変身」「自己再生」「運命の二者択一性」を思い出し、『ヒューマン・ステイン』の著者、ロスが、エリソンの小説に少なからず影響を受けたであろうと勝手に確信してしまいました。*ちなみに、この映画は恐らく賛否両論で、面白くない人には面白くないと思います。久々に2本立ての映画館に行ってみたいです。
2004.06.23
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熱がなかなか下がりません。38度前後を維持しています。そろそろお出かけ時間が近づいているので、用意をしなければなりませんが、だるいです。指定場所まで誰かベルトコンベアーで運んでくれないかな!小さい頃、熱を出すと解禁になる飲み物がありました。それは三ツ矢サイダー。誕生日や特別な日以外は、ジュースを飲むことが許されなかった我が家ですが、風邪を引いたときは母が買ってきてくれました。多少辛い思いをしても、母は優しくなるし、三ツ矢サイダーは飲めるし、微熱レベルの発熱は、結構嬉しかったものです。三ツ矢サイダーとセットで用意してもらえたものは、「えび満月」。ご飯が入らなくても「えび満月」は食べたくなるという奇妙な風邪っ子でした。今でも「かっぱえびせん」と「えび満月」は好物です。小学校低学年の頃は、風邪の治りが遅く、小児喘息の症状が出たりと・・・母がつきっきりで看病してくれましたが、高学年になるにつれて、回復が早くなっていきました。ぐーたらな私は、一度学校を休むと、家で介護される居心地のよさに慣れてしまうらしく、「風邪維持」の為のいたずらをいろいろしてきました。「今日まで休もうね」と言ってもらう為に体温計をわきの下でこすってみたりしました。それが通用するのも一日ですが、恐らく1日×7回くらい使ってきた手のような気がします。一度、ストーブに体温計をかざし、43度まであがったことがあります。あの時は、体温計の数字を見た母が血相を変えました。そして嘘だとばれたときは、母が今度はメデューサのように変貌しました。オシリたたきの刑にあいました。せめて38度くらいまでにしておくべきです。とても頭が悪い子でした。あの頃さぼったとばっちりが今にきているのかも、なーんて考えてしまいますが、今は風邪を引いたら、一日でも早く回復したいと心から願います。三ツ矢サイダー飲みたいです。飲みたくても自分で買いにいかないと。 午後から仕事に出かけて先ほど帰宅しました。 なぜか熱が大分引きました。 荒療治が向いているのかしら?私。 励ましいただき、ありがとうございました。
2004.06.22
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知恵熱だったはずが・・・38度前後の完全なる発熱に。前々からうすうす気づいていましたが・・・やっぱり私、バカなのかもしれません。帰宅後、何気なしにチャンネルをひねってみると、平松絵理さんのドキュメンタリーを発見。『あなたがいない休日』『あなたと TIP ON DUO』『部屋とYシャツと私』などなど、心地よく耳に入ってくる彼女の曲は、ふとした時に口ずさんでしまうものも多いです。実は私、彼女が患った病気を経験しています。何度か手術をし、それでも完治してくれません。そんな女性は何万人といますが、自分は自分がかわいい。だから、当人にとっては、辛い試練であり、人のそれとは比較できないものなのかもしれません。ドキュメンタリーと言えど、彼女の「がむしゃらにでも生きよう」とする姿に心を打たれました。自然に生きるって難しい。「自分にとっての自然体」って、人から見たら自然じゃないかもしれないけれど、私は、自分のためにゆっくり前を歩んでいきたいと思います。まずはこの体調をなんとかしないと!
2004.06.21
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修善寺、素晴らしかったです。景色も料理も・・・最高でした。魚の中でも、「サバ」と「アジ」が大好物な私にとって、あの辺りのヒモノはたまりません。ホクホクしていて、絶品でした。今回も自分おみやげで買ってきました。お酒が進むわあ。。。ゴルフについては、聞かないでください(笑)。一打差で何とか最下位を何とか免れたというところです。そのスコアが気になる方には、こっそり教えてあげます。きっと勇気が出てきますよ~♪部屋で「まるちゃん」を応援している方が良かったです。ちなみに、ウッドは使用せずに、(1ホール目だけは使いました)グリーン以外の全ホールを7番アイアンで回りました。次回出陣する時は、もうちょっと練習してからにしたいと思います。疲れとショックのせいか・・・発熱してしまいました。知恵熱なのかもしれません。今日はもうすぐお休みします。ナームー(南無)
2004.06.20
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生まれて初めて、自分でお金を払って「占い」というのをやってもらいました。一人だと占ってもらう勇気はないのですが、一緒にご飯を食べた友人も「やってみたい」と意気投合。1回2000円(約20分間)。路上でよく見かける・・・アレです。姓名・生年月日・手相などでいろいろ見てもらっていたのですが、聞かなきゃ良かった事実を伝えられました。「結婚するならば26歳がベストです。26歳を過ぎると運気が下がってしまいます。具体的には、家庭内暴力や金銭的なトラブルなどに悩まされ、離婚する可能性が高くなります。」26歳過ぎてるんですけど!!!!ちょっと、易者のおじいちゃん!暗い夜道だったから顔がよく見えなかったかもしれないけれど、年齢考慮してよね!幸い私の脳みそは、「都合のいい」ように働いてくれるらしく、「大器晩成」で「お金をにぎる」この部分だけ信じていけそうです。因みに、来年挙式予定(願望)の友人は、「30過ぎてからの結婚・出産が望ましい」と言われていました。2つ年下の彼女もそれなりに落ち込んでいたらしく、「占い結果を交換してもらいたいよね」と言って慰め合ってみました。明日は遠征、修善寺あたりに行ってきます。具体的にはゴルフデビューなんですが、ウッドだと50ヤードしか飛ばない現実。「楽しみ」どころではなく、考えると胃が痛くなってきます。「体調悪い」ことにして見学しよかな。。。とはいえ、温泉&料理は楽しみです。女の子は、皆浴衣を持参することになりました。昨年買って一度も着ることのなかった浴衣をおじさまたちに披露してきます。 因みに、この浴衣は昨年のバーゲン(松坂屋)で3,000円(定価は1万円ちょっと)でした。浴衣なんて「高い」とばかり思っていましたが、安物を探せば、1回の飲み代より安いです。そのうち楽天ポイントで、「しぼりの浴衣」買いたいと思います。このままいくと・・・今年はこれが最初で最後の浴衣着用となりそうです。花散里さん、屋形船大会でもしたいところね。てんぷら食べながら、優雅に海を眺めたいわあ。
2004.06.19
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昨晩は、1年ぶりくらいに再会の友人と銀座で飲んできました。1年ぶりと言っても、今まで1度しか会った事がなかったので、待ち合わせできるかどうか正直不安でした。目印は「髪型だけ石田ゆり子」。何とかなりました。(実際は携帯電話で何とかなりました)友人は、海外で働いていています。昨晩は「帰国ほやほや」。和食のお店を選びました。 かんぱちとタイのお刺身、なめろうです。以前、花散里さん・買い物好きさんと一緒に行ったことのある、銀座コリドー街の「七厘や」というお店です。懐かしいですね!!あれからもう1年近く経っているのですね。恐らくその時も食べた天然ざる豆腐、覚えていらっしゃるかしら? 写真左は「生はんぺんのうにのせ焼き」です。1年前の今頃、私は馬車馬のように働いていました。家に帰れない日が続きました。体調をすこぶる壊しました。やっぱり体が資本だと思う今日この頃。「豪快」イメージを他人に与えてしまいがちな私ですが、そろそろ「しおらしく」なっていこうかな、と思っています。もうなっているんだけどね!!
2004.06.18
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梅雨晴れが続いております。嬉しいですね。いつもは最寄駅までバスを使っているのですが、今朝は時間に余裕がありました。美味しい空気を歩きながら味わおうと、駅までの20分間、爽快な気分でお散歩しました。「(ブスッ) あ・足が動かない~」またやってしまいました。ヒールのかかとをマンホールの鍵穴?にブスン。そのような場合は、はまった側の靴からいったん足をはずした後に、靴だけ取り出すのが一番早い対処法です。足と一緒に抜け出そうとすると、ドツボにはまる危険性大です。今回も「3秒ルール」で対処できるはずでした。が、はまったかかとの状態が、極めてビンゴな位置にあったらしく、うんうん言いながらやっとの思いで取り出し成功。いつもの倍以上の時間を要してしまいました。かと思いきや・・・ミュールを履いて2歩目の出来事。今度は「ポキッ」という音。右のヒール部分がとれてしまいました。戻って靴を履き替えるには時間がないので、折れたミュールを履いてそのまま出かけていったのですが、今日はスカートだったせいもあり、後ろで歩く人皆が私の靴に注目している気がしてしまいます。去年の夏バーゲンで買ったばかりだったのに!(去年ならば買ったばかりとは言わないですね)修理に出そうと思っていますが、3000円はかかるだろうなあ。。。私の一番下の妹は、背が高いです。そして足の大きさは、推定25センチ。背と足の大きさが比例することを彼女から学習しました。(我が妹をご存知の方いらっしゃいましたら、私がHPで公開したことをどうかばらさないでください。死ぬほど怒られます。)今年の正月、妹の友達と飲む機会がありました。その中で、ふとしたことから「足」の話題になりました。「背、高いけど足は何センチ?」と聞かれた質問に対し、妹は「24センチ」と言っていました。涙ぐましい嘘でした。常にぺたんこの靴を履いて背を低く見せる努力を怠らない妹ですが、足もなるべく小さくなるように努力しているみたいです。完全なる外反母趾です。高校生の時に「纏足の実態」(正式なタイトルは忘れました)という本を読みました。「小さい靴を履く」くらいに思っていた中国の纏足ですが、実際は「足改造手術」くらいに思える過酷なものでした。私の足は小さくもないし大きくもないのですが、「女性の足が小さいこと」って今でも好まれるのかしら?確かに「背が高い女性が好き」という男性は聞いても、「足の大きい女性が好き」という男性を私は聞いたことはないなあ。。。妹よ、外反母趾は辛いぞよ。
2004.06.17
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久々にLDで音楽を聴きました。久々どころではありません。生まれて数回目のような・・・気がします。会社にLDプレイヤーがあったことも驚きです。「あれ?こんなに画像きれいだったっけ?」DVDのキレイな映像に慣れている私は、LD映像の「意外な鮮明さ」に結構驚いてしまいました。大きな違いと言えば・・・DVDに比べて読み取りが遅いということ。スタートボタンを押してもなかなか始まってくれません。同僚が持ってきてくれた、1986年のジャズライブ(ニューオーリンズ)「サラ・ボーンアンドフレンズ」を早速挿入。サラ・ボーンハービー・ハンコックロン・カーターディジー・ガレスピーなどなど豪華メンバーによるジャズセッションです。私はサラ・ボーンについて、若かりし頃のアルバムジャケットのみで、その姿形を認識しておりました。なので、このLDに登場してきた彼女の体積の変化には「あれれ???」とびっくりしたものです。彼らのライブは、映像からだけでも「音楽をめいっぱい楽しんでいる」様子が伝わってきます。ジャズ版のブラジルサッカーのようです。アメリカに留学した高校の同級生がアメリカ人男性(黒人)と昨年結婚しました。学生時代、アメリカ旅行をした際に友人のアパートに遊びに行きました。その時、初めて彼を紹介してもらいました。彼は、ジャズバンドのトランペッターをやっていました。(今でもバーなどで演奏しています)身長190センチくらい、腕もボンレスハム3~4個分くらいある体格のいい人だったので、彼の抱える大きなトランペットが「ちっちゃ~い」「かわい~い」と思えるほどでした。その頃彼と付き合い始めたばかりだった友人は、「マイ ラブ ○○(友人の名前)」みたいな内容の曲を彼の作詞・作曲で歌ってもらったりしていました。「自分のための曲を作ってもらえるなんて・・・なんて羨ましいの!」曲を聴きながら、私が興奮していると、「もっと嬉しい事があるのよ」彼女は得意気に言いました。「日本人女性にしては大きめな私をらくらくとお姫様だっこで抱きかかえられるのよ。これはもうたまらん!」「・・・・・・(羨ましい!トランペットだけに使用するにはもったいない程凛々しいあの腕は、そういうためにあるのね。)」私も・・・ちょっと昔(6年前くらいかしら?)に遡りますが、一度だけしてもらったことがあります。(書いていてちょっと赤面)相手の腰が抜けそうになったことを思い出しました。「彼が細すぎる人だった」そう言い訳させてください。
2004.06.16
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今日は最後の歯医者さんでした。親不知を抜いたのは5月のゴールデンウィーク。その一本で終わるはずが・・・まさかこんなに(4本)虫歯が見つかるとは思いませんでした。今日が生涯最後の治療となるハズ。というわけで、治療終了記念にスーパーで買ってきました。 これを発見した瞬間は、「キットカット味の牛乳」かと思ってしまいましたが、よく見ると(見なくても)見かけ倒しの商品ということに気づきます。1リットルの牛乳パックと同じ容器に小分け包装された普通のキットカットが入っているだけなのです。虫歯にならんように気をつけよ・・・。以前の日記でも書きましたが、26歳まで虫歯知らずだった私は、自分の歯に対し、妙な自信をもっていました。が、今回の虫歯発見騒動を期にすっかりその自信をなくしてしまったわけです。欲しくて仕方ないものが一つ増えてしまいました。それはsonicare(電動歯ブラシ)です。噂のsonicare先週、K'S電器で値段を確認してきたところ、価格は12,800円くらい。スーパーで売っている1,000円くらいの電動歯ブラシでもいいのですが、「歯茎を傷つけます」「汚れが完全に落ちないですよ」K'S電器の店員さんにうまくまるめこまれ、ソニッケアのCMが流れる度、物欲が沸いてくる音を感じてしまうようになりました。あまりにも気になるので、今月中にはbic cameraのポイントを使って購入したいと思います。でも高いわあ。先月我慢したワンピースに手が届いてしまうわあ。。。こんなに高価な歯ブラシを使って虫歯になったら・・・フィリップス社を訴えてやろう。フィリップス社ってスウェーデンだったかしら?スウェーデンで思い出しました。6年前のちょうど今時期、私は北欧で寒い夏を過ごしました。白夜とフィヨルド、オーロラを求めて・・・教科書で習った「白夜」でしたが、実際に経験してみると・・・とても気持ちの悪いものでした。暗くなる(といっても今の日本で言う18時前後くらいの薄暗さ)のは、1日のうち僅か5分程度。あとは本当にずーっと明るいのです。スコットランドも陽が落ちないなあ、と思っていましたが、比べモノになりませんでした。眠たくても落ち着かず・・・なかなか眠れない夜を過ごしました。日本人のバックパッカーの多くは、北欧は物価が高いのと夏はどうせあまり眠れないのと福祉国家だということで、"身体障害者のトイレ"で寝ていたものです。(ベッドとシャワーなどが設置されているのです)汚いユースホステルより、「こっちのトイレの方がいい」と言っている人もいました。余談ですが、日本人の男性で「12月31日の大晦日に向けてスウェーデンに向かう」と宣言している人たちを年末のイングランドで見かけたものです。スウェーデンのどこか場所は忘れてしまいましたが、その地のその会場では、12月31日は「何でもあり」な日で、変な言い方をすると公的な「乱交パーティーの場」だそうです。「オレら日本人男性は外国人にもてないから。。。でも一度は白人と経験してみたい。」笑顔で彼らは向かって行きました。そんな日本人を、私の友人の女性(イギリス人)は冷ややかな目で見ておりました。「日本もエイズが普及するわよ。」私もそう思いました。*お詫び*フィリップス社は、スウェーデンではなくオランダの会社でした。話がつながらなくなるので、上記の文章はそのままにしております。
2004.06.15
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同僚が大変なことになっている。ホント、人生って何が起きるか分からない。小さな過失だと思っていたことが、人生を変えてしまうような・・・大きな過ちに発展することもある。中学生の頃、父の会社が大変なことになった。学校に行くのも恥ずかしかった。ストレートに聞いてくる同級生もいたが、隣近所の噂の方が気になった。自分のことを「世界一の不幸者」なんて思ったりした。が、大人になっていろんな人の話を聞いてみる機会が増えて、「平凡な人生を歩んできた人の方が少ないのかも」と思うようになった。誰でも、少なからず波乱万丈な人生を送っている。それを乗り越えて幸せな日々を手に入れた人、いまだに乗り越えられず頑張っている人、そんな昔の出来事は忘れた人、それぞれ様々だが、十人十色の物語がある。昨晩は、「海の上のピアニスト」を観た。トルナトーレ監督の作品だ。DVDを持っているのでこの作品も既に数回見ているが、見るたびに感じるものがある。船の中で生まれ、育ち、そして死んでいった人の物語。爆破される船に閉じこもった主人公を、バンド仲間の友人が説得する。「何か物語があってその話を聞いてくれる人がいる限り、人生そんなに捨てたものじゃないよ」だが彼は、首を縦には振らなかった。「あの巨大な都会。全てあったが終わりはなかった。全てのものの行き着く先が見えなかった。タラップまではよかった。降りる事は平気だった。問題は、目に映ったものではない。映らなかったものだ。」「ピアノは違う。鍵盤は端から端まで88で終わる。人間の奏でる音楽が無限なのだ。あのタラップで目の前に広がっていたのは、無限の鍵盤だった。街に広がる無限の道。どうやって一つを選ぶのか?一人の女、家、自分の土地、自分の見たい風景、そして人生。終わりのない世界は、オレを恐怖で押しつぶす。」「陸地はオレには大きすぎる鍵盤だ。オレには引けない音楽。オレには船を降りられない。だから人生を降りるほかない。」生まれた時から私たちには無限の選択肢と選べない選択肢が存在する。クリエイティブな精神、時代の最先端・・・「新しいもの」を受け入れられる度量と能力が求められるこの時代ではあるが、人は生まれ育った環境や価値観を、なかなか捨てられない。でも、「話を聞いてくれる人がいる限り、人生捨てたものではない」これも確かだ。
2004.06.14
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今日は、大学時代の友人6人が集まって、「乙女の会」が開催されました。昨日までの曇り空から一変して、今朝は久々の晴天。乙女の力は凄いです。私にとっては、約半年ぶりの横浜遠征。クイーンズスクウェア内のレストランで、「サングリアランチ」を食べました。鴨肉のサンドイッチ、香りが高くとても美味しかったのですが、お腹のすきまくっていた私には・・・ちょっと物足りなかったでございます。でも昼間から飲むさっぱりサングリアは、運動後のビールと甲乙つけ難いくらい格別でした。 乙女クラブのメンバーは、半分(3人)は既婚者、半分は独身者で構成されています。ちなみに花散里さんは後者に入っています。会員は、「乙女心を忘れない」という共通点で絆を深めています。とっても嬉しいお知らせがありました。昨年結婚したY子さんが、「おめでた報告」をしてくれたのです。昨年末の日記で掲載したことがありますが、彼女は半年前まで入院や手術を数回繰り返し、「神様っていないんじゃないかしら?」そう思えるほど、辛い新婚生活のスタートでした。昔の日記ですやっぱり神様はいました。知らせを聞いた時は、皆が涙ぐんで喜んでしまいました。来年早々には、大学時代の友人内では第一号のママ誕生です。そんなママ第一号となるY子さんは、杉並生まれ杉並育ちの都会っ子で、(東京の人からすると、下町っ子になるのかしら?)実家は「おせんべいや」でした。一枚一枚手焼きのおせんべいです。実家には何度も遊びに行ったことがありますが、彼女の家の前を通ると、ぷーんと香ばしいおせんべいを焼く醤油の匂いがしました。おじさんの焼くおせんべいは最高でした。彼女に会うまで、「生粋の都会人とは友達になりにくいかも」「都会の人は、人間関係が希薄かも」などという偏見を私は抱いていました。見事に打ち砕かれました。彼女の卒業式も、結婚式も、「地元商店街」のいろんな方が花束を持ってお祝いにきました。田舎大学まで、レンタカーまでして現れた商店街の皆様には、涙が出るほどうけました。私まで「△屋の○○さん」なんて覚えてしまうようになりました。そんな彼女だから・・・誰もが羨む素敵なママになること間違いナシです。なんてったって乙女の会のメンバーだし。*乙女の会は、ただ今会員募集中です。入会金・年会費無料です。特に独身者の方の入会を募集しています。
2004.06.13
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高校のクラスメイトと飲んできました。実は、彼女は大学院生。一浪してドクターまで進んでしまったものだから、まだ社会人として働いた経験はありません。凝り性で徹底的、勉強家な彼女は、高校時代から、「物理学の研究者になりたい」と言っていました。高校生の頃、私は研究者と呼ばれる人の事を、不思議な粉?の量を調整しながら三角フラスコとか試験管などに向き合うような・・・「理科の実験<凄い版>をしている」そんな人をイメージしていました。今でも理系の人の言う「研究」という言葉にはピンときませんが、少なくとも「バックツゥザフューチャーに出てくる博士のような人ばかりではない」ということは認識できたようです。彼女には、もともと民間企業に就職する意志はなく、大学院に合格したあたりから「大学に残って研究をし続けたい」と言っていました。ところが、現在その下についている教授の異動が確定したとのことで、「大学に残るのが難しい状況」となってしまったようです。大学院の教授派閥?など、全く想像つかない私は、「頑張ればいいやん」などと、受験生を励ますような一言を発してしまいました。院生にとって、同研究対象の教授がいなくなってしまうこと、それはどうやら命取り?のようです。「今更就職活動もなあ。。。29歳の新卒新入社員ってどうよ?」と彼女に聞かれました。返答に困ったので、「あんまり新鮮じゃあないわね。」またまたすっとんきょーなコメントを残してしまいました。あの素晴らしい能力を、企業で活かすのもいいんだけどな。今日は、大学時代の友人(6名)が集まって、久々に「乙女の会」が開催されます。何のことはない、「食べる・喋る」の会なのですが、とっても楽しみです。名誉幹事として頑張ります。
2004.06.12
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今日は、とある出版社の方と居酒屋でちょっと長めの打ち合わせをしてきました。「これが原稿を書く人とその担当編集さんだったらなあ。。。」なんていう淡い妄想を抱いてしまう自分がいます。実際は、ただ飲んでいただけに近いです。小学校低学年の頃、「出版社に勤める」=「サザエさん家の隣のイササカ先生のようになる」と勘違いをしていたことがあります。「原稿とり」のノリスケから隠れて逃げまくるイササカ先生が、実に格好よく思えたものです。「私もいつかイササカ先生のようになりたい」と思っていました。一方のノリスケは、出版社の人ではなくて・・・「どこか普通の会社に勤めるサラリーマン」だと思い込んでいました。その頃の私にとって、スーツを着ている人は皆サラリーマン。そこで言うサラリーマンとは、「会社員のことで、重い鞄をもって年中歩きまくっている」そんなイメージです。私の父は自営業なので、「会社員」という人々は、とても遠い存在のような気がしていました。先週、40人くらいの高校生を囲んで座談会をしました。進学校やそうでない高校・・・私立や公立、国立と、いろんなタイプの高校生が来てくれました。皆とっても元気でした。その場で話し合ったテーマは、高校生の「大人感」です。40人をターゲットに結論は出せませんが、そこに集まった高校生の7割は、「大人になりたくない」との事でした。「何で大人になりたくないの?」と聞くと・・・「年をとりたくないから」「大人は疲れそうだから」「税金を払わなくてはならないから」「大人は何だか汚いから」「ペコペコするのはかっこ悪いから」などという意見が返ってきました。僅か16歳前後で「年をとりたくない」などと言われてしまうと、私なんかはどうするの?って思ってしまいますが、少なからず、高校生も今の社会情勢などの影響を受けているなあ、と思わざるをえませんでした。一方、「大人になりたい」と言っていた高校生には、ある共通の傾向が見られました。「何となくでもやりたいことがある」ということです。進学校ではない高校生の中には、すでに就職を意識していて、「高校生でもこんなこと考えているんだ」と感心するような意見もありました。現在、大人も子供も、「10年後を見据えたキャリアプランの必要性」とか何とかいろいろ叫ばれていますが、「キャリアを考えるって一体何だろう?」と思います。私自身の結論は、「自分のことを好きになること。自分を認めてあげる部分を作ってあげる事。」ニューシネマパラダイスのアルフレードが言ったように「自分のすることを愛すること」。それは、一番単純なことのようで、もしかすると一番難しいことなのかもしれません。私は自分の事が好きかなあ?確かに好きだけど、「この部分が好き!」とまだ断定できないようです。そういえば、私のおじいちゃんは、死ぬ前にこんなことを言っていました。「今の目標は、おばあちゃんより先に死ぬ事」一見、寂しいおじじの意見ですが、「とっても幸せな毎日を送ったんだなあ」今は心からそう思います。ちなみに、おじいちゃんにこよなく愛された私のおばあちゃんは、娘夫婦と仲良く元気で暮らしています。やっぱり女は強いばい。
2004.06.11
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今日は久々(二週間ぶり)にレコチャイしてきました。 (画像が白くなっていたので訂正しました。)毎回、新人さんが増えて、賑やかになっていくのですが・・・その誰もが「中国留学してました」とか「NOVA通ってました」とかで、何だか上級クラスみたいになってきまいた。私は、ムードメーカーとしてこれからも恥をさらしていきたいと思います。話は変わって、先日(モリコーネの日)、髪を切りました。ここ1年ほどショートもどきの髪型を維持していたのですが、気がつけば3月末から美容院に行っていなかった私の髪は、一番長い髪の先端が肩についてしまうくらいまで伸びてしまい、物凄く中途半端な状態になっていました。「重いなあ。モリコーネに悪いわあ。」決断3秒。迷わず美容院に向かいました。(短くしていると、ちょっと長くなっただけで気になるのですよ。)「石田ゆり子くらいの長さにしてください」手っ取り早く長さを伝える時は、芸能人を例にあげるのが一番です。(←本当か?)その言葉だけ聞くと笑われてしまいそうですが、「石田ゆり子みたいにしてください」じゃないから許してください。美容院のスタッフさんは、女性のそういうリクエストに慣れています。「分かりました。じゃあ毛先をすっていきますね。」今回も即座にイメージが伝わったようで、所要時間は30分。前髪がたくさんになりました。「石田ゆり子さんくらいの栗色のカラーリングはどうですか?」美容院に行くと、必ずと言っていいほどカラーリングを勧められます。髪の毛が痛むし、黒髪が気に入っているのでお断りしました。私のもともとの地毛は、カラスのような黒色をしていた気がするのですが、最近は髪を染めていなくても色が落ちてきたように思います。栄養満点な顔しているのに何でだろう?以前の花散里さんの日記にもありましたが、美容院で髪を切っている間、私は、普段買わない女性誌を読み漁ります。読みたい雑誌については、私に選択権はなく、担当のスタイリストさんが、適当なものを選んで鏡台の上に置いてくれます。用意された女性誌を眺めて、まず一番に考えることと言えば、「私はどの手の雑誌を読むように思われたのかな?」ということだったりします。相変わらず根性悪いです。『女性自身』なんかを置かれた日には割とショックを受けます。先日、手元に置かれた雑誌は、『CANCAN』と『anan』でした。『CANCAN』なんて自分で買って読んだことはないのに、それが置かれたという事実には結構嬉しくなってしまいました。(その時点でもう駄目ね)しょうもないことで喜んでいると・・・ふと、隣の席の女性(40半ばくらい)が目に入りました。読んでいたものは『NON-NO』でした。何となくがっかりしてしまいました(笑)今日、数日ぶりに会った元同僚(男性)が、私の髪型を見て言いました。「石田ゆり子でも目指してる?」ギクっとしながら否定しました。彼は女性の身だしなみの変化に嫌と思うほど気がつくタイプです。「秋色メイクだね」とか、「まゆげ最近かかないんだね」とか、「ちょっと顔がふっくらしたんじゃない?」とか。本人ですら気づかないことを指摘する場合も多々あります。髪を切っても気づかないくらいの人の方がいいかも。。。
2004.06.10
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花散里さんに触発されて、父の日の贈り物を早々に購入しました。去年は低反発腰当て。一昨年は低反発枕。ここ数年低反発シリーズで攻めていたので、今年はマットでも買おうかな?と思っていましたが、それじゃあまりにも芸がないし、マットの評判はそんなによくないとのことだったので結局違うものを購入しました。私が選んだものは甚平です。母に確認したところ、「紺色でしじら織りのものだったら気に入るわよ。サイズはLね。」との即答がきたので、安心して購入しました。父への贈り物には非常に気を使います。変なところにこだわりがあるからです。ポロシャツは絶対に胸ポケットのあるものじゃないと着ないし、ネクタイは「どこのブランド」と分かるものは使わないし、(おじさんにはバーバリーかなと思って一度あげて大失敗)ワイシャツにしても、首周りがぴったりサイズより一つ上のものじゃないといけないし、茶碗や湯のみも「お気に入りの形・サイズ」というやつがあって、自分の好み外のものだと・・・無用の長物になりかねないです。私の父には、「娘からもらうものだったら何でも嬉しいでしょ?」という感覚はあまり通用しません。一応喜んではくれるのですが、実用してもらわないと贈りガイがないというものです。毎回選ぶのに気を使って疲れるので、「何がほしい?」と直接聞いてみたりするのですが、「何もいらない」と返ってきます。そのくせ、何もあげないならあげないで今度はひがんできます。。。我が家では、父の誕生日と母の誕生日、そして父の日と母の日が4月~6月という3ヶ月の間にいっぺんにきてしまいます。年度始め、私たち姉妹は、両親へのプレゼントを選び続けているような気になってしまいます。学生時代は辛かった。。。一昨年は誕生日と父の日の贈り物をまとめて送りました。私の中では「無事今年も贈ったわ」と安心していたのですが、父の日に母から電話がありました。「皆同じこと考えたみたいで、○○(妹)たちからも何もなかったのよ。お父さんひがんでいるから、せめてカードだけでも送って頂戴」バレンタインもそうです。チョコなんて食べないのに、あげないとふてくされる。目に見えてわかるので、見ていておかしくなってしまいます。父の話を友人にすると、「お父さん、九州男児って感じね」なんて言われるのですが、父の場合、「筋の通った亭主関白」ではなくて私に言わせると単なる我侭です。もともと無口な父ですが、還暦を迎える前までは、口を開けば常に怒鳴り声でした。父の顔を見るのも嫌な時期がありました。母は本当に苦労をしたと思います。父が間違ったことをしても、母が間違っていたフリをしないと大変なことになってしまうからです。そんな威張っていて我侭な父ですが、自分の父親の顔を見たことがないとのこと。お兄さんもいたそうですが、戦死してしまった為、「末っ子で唯一の跡取り男子」としてそれはそれは大切に育てられたんだと思います。一番下の妹が生まれた時、父が母を怒鳴りました。「なんで、女なんだ」と。難産を終えたばかりの母は、しくしく泣いていました。小さかったものの、私は鮮明にその出来事を覚えています。名家でも何でもないのに、なぜ父が男の子にこだわるのか分かりませんでした。従兄弟の訪問を嬉しそうに喜ぶ父を見てヤキモチを焼いたりしました。今年のお正月、両親にお年玉をあげた時に、「やっぱり女の子の方が親を大切にするのかもしれないなあ」とぽろっともらした父の一言に、昔のことを思い出してちょっとだけ涙が出てきました。いつか孫に男の子を生んであげたいな、とも思いますが、こればかりは、どうしようもないです。6月末にちょこっと帰省するので、今年のプレゼントは持参します。喜んでくれるといいなあ。
2004.06.09
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今日は一日じめじめジメジメ。お天気さんに影響を受けやすい私は、楽しみにしていたモリコーネのコンサートが終わってすっかり気が抜けてしまったらしく、「モリコーネ燃え尽き症候群」な一日になってしまいました。あまり食欲がなかったので、今晩は久々に冷麺を作って食べました。私は冷やし中華よりも、冷麺の方が好きです。スープに氷のかけらを入れて、ボール(器)をキンキンに冷やします。ちょっと固めに茹でた麺の上に、トマトとキュウリ、半分に切った茹で卵、ハムそしてキムチをのせます。ピリ辛スープを胃の中へ運んでいくうちに、失っていた食欲が回復してきます。冷麺と同じくらい、暑くなると特に魅力を感じる食べ物が「うなぎ」です。本場浜名湖のうなぎも食べてみたいものですが、私にとって「うなぎ」と言えば、柳川の「せいろむし」です。ムツゴロウや川下りで知られる柳川ですが、「鰻のせいろむし」も名物の一つです。柳川のせいろむしは、たれをまぶしたご飯と蒲焼きのうなぎをせいろにのせて蒸し上げ、上品に錦糸卵が散らしてあります。私の大好きだった屋台のせいろむし屋さんのものは、ご飯とうなぎの間に薄く切った胡瓜が挟んでありました。濃い目のタレがほどよく溶け合った鰻の食感にシャッキっとさっぱり味の胡瓜が調和されて何とも言えない美味しさが口いっぱいに広がります。一人前なんてすぐに完食してしまいます。こんな事を書いていたら抑えがたい欲求で「柳川のせいろむし」が食べたくなってしまいました。鰻を食べに実家に帰りたい!といっても私の実家は市内にあるため、柳川に向かうには時間を要します。車で一時間はかかります。食欲を抑えるために、違うことでも考えましょう。この人を忘れて柳川は語れません。柳川を代表する詩人、北原白秋。小学校の6年生の時に担任の先生から教えてもらった白秋最後の思郷の詩が思い出されます。--------------------------------------------------帰去来 北原白秋山門は我が産土、雲騰る南風のまほら、飛ばまし、今一度。筑紫よ、かく呼ばへば恋ほしよ潮の落差、火照沁む夕日の潟。盲ふるに、早やもこの眼、見ざらむ、また葦かび、籠飼や水かげろふ。帰らなむ、いざ、鵲、かの空や櫨のたむろ、待つらむぞ今一度。故郷やそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童こごろ。--------------------------------------------------もちろん詩の全文は記憶にございませんので、白秋記念館のHPからコピペしたものですが、あの頃全く意味の分からなかったこの詩が、故郷を離れてみて初めて感じるものがあるように思われます。「故郷やそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童こごろ。」まだまだ老いてはおりませんが、竹馬の友というものは、例え10年ぶりに会ったとしても一瞬にしてやんちゃ心に戻れる大切な存在です。白秋の作品は、歌と一緒に私たちの身近なところで愛されてきました。私は「待ちぼうけ」と「からたちの花」が大好きです。「待ちぼうけ」の最後に出てくる「木のねっこ~」という旋律は、「木」の部分がちょっとだけ高い音符になるので、いつも声が裏返ってしまいます。白秋の事を考えてみましたが・・・やっぱり香ばしい匂いを放つ鰻の蒲焼たちが頭の中を回ります。私の食欲不振って一体。。。<おまけ>願い叶って、本日、鰻を食べに行けることになりました。神田にある老舗の鰻屋さんらしいです。漱石3枚で足りるかしら?デジカメ忘れたので、何気自慢できなくて残念です。
2004.06.08
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今日は、数ヶ月前からその日を胸に待ちに待ってきた・・・エンニオモリコーネのコンサート日でした。会場は東京国際フォーラム、約2000人収容のAホール。客層はバラバラです。一応クラシックコンサートではあったものの、モリコーネを聞きにきたお客さんは、クラシック愛好家というよりも、「根っからの映画好き」な方が多かったように思います。私くらいの20~30代が半分、40~50代が半分といったところでしょうか?後者の方たちは、モリコーネで言う「マカロニ時代」に恐らく青春を送った方たちなのでしょう。18:00開演ブザーがなりました。オケだけが舞台に上がるのかと思いきや、開演と同時に、なんと100名強のコーラス隊まで登場。私の席は、二階席ほぼ中央に位置していましたが、モリコーネの光った(頭)後ろ姿と共に、舞台は演奏家たちで埋め尽くされました。~今日のコンサート曲目です~ モリコーネは、偉大なる作曲家であり演出家であり、そしてエンターテイナーでした。コンサート全体を通して、私は、まるで「人生」というタイトルの映画を見ているようなそんな感覚にとらわれました。冒険、苦悩、そして安らぎのメロディへ・・・聴いている私も、わくわくと興奮し、切なさの感傷に浸り、そして安楽の地へ運び込まれます。旋律と一緒に、空の中へふあっと消えてしまうようでした。映画「海の上のピアニスト」のワンシーンで、主人公であるピアニストが、非常に高度なテクニックを要する自作のピアノ曲を弾く場面があります。あまりにもの手の動きの速さに、ピアノが熱をもって、弦においていたタバコに火がつくのです。今日のピアニストは、何とその難関な曲を、ソロで聞かせてくれました。楽しみにしていた「ニューシネマパラダイス」、とても素晴らしかったのですが、私が本日、もっとも心を打たれた演奏は、「夕陽のガンマン」でした。自分がオケの人たちと一体になったような感覚を覚えました。映画は実はまだ見ていないのです。この曲がどんな風に登場してくるのか、今度確かめてみたいと思います。アンコールは全部で6曲もありました。アンコール曲の演奏後、「終了」の合図として、実は会場が2回点灯したのですが、客席総立ちで拍手が鳴り止まず、モリコーネは予定外の曲を4曲も演奏してくれたのでした。18時に始まり、終了したのはなんと21時半すぎ。こんなクラシックコンサートは初めてです。最終日ゆえの大サービスです。76歳のモリコーネは、初来日にして最後の日本公演と言われていますが、その姿形は、とても76歳には思えないほど、がっしりどっしりとても素敵なものでした。きっと、音楽を通し、映画を通し、たくさんの人に愛されながら、美味しいパスタを毎日食べてきたのでしょう。今日の記念に高い!と思いつつ、2500円でパンフレットを購入しました。 彼の人生の奇跡についてゆっくり味わって読もうと思います。今日は感動しすぎて疲れてしまいました。頭の中ではまだ演奏がまわっています。素敵な夢を見ます。。。パンフレットを開くとコンサートに向けたモリコーネのコメントが掲載されていました。字が小さくて見えないかもしれませんが、顔写真付きですので、イタリアのマカロニ巨匠をご確認ください。
2004.06.07
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天気のいい今日は朝から大掃除。BGMは、小学生の頃、掃除の時間にかかっていた「天国と地獄」。(普通の小学校ではむしろ運動会のような・・・)布団を干して洗濯物を3回転。掃除機をかけた床には、フローリング艶出しマイペットで雑巾がけ。仕上げはワックス。つるんと滑ってみて「ぴかぴか感」を確かめてみる。いつもこれくらいすれば「毎日ぴかぴか」なんだけど、たまにするから大掃除は楽しい。玄関掃除に箒を使ってみた。箒ってあんまり使わなくなったなあ。。。九州では、「箒で掃く」ことを「箒ではわく」と言う。それが方言だと知らなかった学生時代、友人に笑われた。「"わ"はいらないでしょ?」と。私の中で大掃除につきものなのが、家具の配置換え。「今回は果たしてどうしよう?」暫く悩んでみたが、いい案が思い浮かばなかったので「かんたん風水占い」というゲーム式の本を取り出した。風水は、土地の地勢や水勢を占うものだが、その本は、「模様替え風水」と称して家具のベスト配置場所が占えるようになっている。出てきた結果が今の状況では全く不可能な配置替えだった為、結局家具は動かさずに今まで通りでいることに。最近、私の母は占いに凝っている。わざわざ小倉まで出かけてある喫茶店で決まった易者さんに助言をもらいに行くのだ。その喫茶店は小倉駅から歩いて行けない。高速IC近くにある喫茶店なので電車とタクシーを乗り継いで向かっている。その易者さんの占いは、「当たる」との噂を聞きつけて地方から集まる人も多いらしく、1週間先まで1日8時間きっちり予約がうまっているそうだ。母がその易者さんにはまったきっかけは、姪っ子(私の従姉妹)の生まれる日をぴたりと当ててからというもの。(予定日より二週間くらい前だったのに、時間まで当たったという)しかも性別まで。もともと病院では「女の子です」と言われていたのに易者さんの予言どおり生まれてきたのは男の子だった。1時間5000円。高いか安いかはよく分からないが、1時間みっちりいろいろお話してもらえるとのこと。手相ではなく、占って欲しい人間の姓名と生年月日、生まれた時間などで占いが行われる。先週、母はまた私のことを勝手に占ってきたらしく、「転職するならばいついつ」とか、「あなたの天職はこれ」とか、「結婚は28歳が理想」とか、「28歳でもなるべく偶数月に籍を入れると子供ができやすい」とか、「相手の字画はコレがいい」とか、「引っ越すならば5のつく番地がいい」とか、結構具体的で、かつ言われても困ってしまう内容の結果をメールでつらつら書いて寄越してくれた。母が占いなんてやりだしたのは本当にここ最近のことだ。今まで「見たものしか信じない」タイプの人だと思っていたのに、「人間ここまで変われるのね」と思ってしまう。母も寂しいのかな?困り者の母上は、そろそろ占うネタに尽きてきたらしく、「何か悩み事ない?」なんてことも聞いてきた。私は、そんなお母さんが悩みだわ。。。本当に占いが当たるならば、どうせならば万馬券とか、儲かる株の情報を教えてほしいわ。<おまけ>明日は待ちに待った!エンニオ・モリコーネのコンサートです。本当にわくわくしています。せっかく?なので明日の衣装を大公開。たまにはこんなものも着るのですよん♪ 今からいざ出陣です。あいにくの雨ですが、存分に楽しんできますわ。
2004.06.06
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食べ物の話題から。生まれて初めて「懸賞」と言うものに当たりました。御殿場高原ソーセージセットです。きゃ~ 夏に嬉しいビールの友!学生時代の友人が、寿退社する昨年まで勤めていた「米久」という会社のものです。米久バンザーイ!彼女が会社を辞めてから米久チェックを怠りがちな私でしたが、今後は心を改めて米久フードをスーパーで購入したいと思います。今日のランチはあまり時間がなかったので、ドトールで軽く済ませました。銀座のドトールは横暴です。ドトールのアイスコーヒーは180円と決まっているのに、なぜかその倍くらいの値段がするのです。パンとコーヒー用に小銭(500円ほど)をとっていたつもりが、「840円になります。」(チャリン)諭吉君を使用せねばならなくなってしまいました。840円出せば、ハンバーグセットが食べられるわ。。。外で食べようかどうしようか迷いましたが、ドリンクが用意されたちょうどその時、窓側のいい席があくのが見えました。座って食べることにしました。一人で食事していてもいつもは周りなんて全く気にしない私ですが、面白くない仕事の資料を読んでいたせいか今日は注意散漫に。割と大きめの声で話している隣のカップルが目に入りました。最初は親子?と思うくらいの年齢差があるように感じましたが、会話を聞いているとどうやらそうではないらしい。あまりにも面白かったので、今日の日記の題材に選んでしまいました。浮舟さんの日記のようだわ。ハナコ(女性・仮名):推定35歳、大柄。声が異常に甲高くてボリューム大タロウ(男性・仮名):推定(肌艶などから)18歳、華奢で小さい。顔が異常に整っているタロウくんは、いわゆるジャニーズ系のルックスです。最初は顔だけ目に入ったので、ありがちな「ホストとその連れの女性」かと思っていました。が、彼のシャツが英字新聞だったのと、バッグに不思議なアップリケがあったのと、靴にローラーみたいなもの*がついていたのとで、「これは違うな」と自分の中ですぐに訂正。(*トイレに立ったタロウくんの靴が、シューッっと勝手に動いていました。どういう靴か正確な説明はできないのですが、スニーカーにローラースケートがくっついているみたいな靴です。大人はあまり履かない気がします)ここでハナコさんとタロウくんの会話を一部再現してみます。は「アタシはね~芸能人だったらダウンタウンの浜ちゃんがいい!」た「え~!!ひどいよ、ハナコ。僕とどっちがいいんだよ~」は「タロウも好きよ。でも浜ちゃんも好きなの~」た「だったら僕も言うからね。僕は芸能人だったらカゴちゃんがいい~」は「え~!!ひどいわ、タロウ。えいっ(肘鉄)」-------interval(同じような内容が続くので省略)-------た「でも、ハナコが一番好きだからね~ 愛してるよ~」は「アタシもタロウを愛しているよ~」た「じゃあどれくらい愛してる?」は「このくらい~(両手を広げる)」た「ぼくはその倍~(手を広げる)」目が点になりました。わたしゃ初めて目の前で見ました、こういう会話。よーく観察すると、テーブルの下の2人の足は、絡まって?いました。女性の声が甲高いので、「愛してるよ~」のその一声には、ちょっと離れた座席の人まで振り返っていました。こんな至近距離で眺めていたら、(失礼なのは承知で)ふき出してしまいそうになります。三島由紀夫の『沈める滝』を広げてみたりして自分なりに2人から注意をそらす努力をしましたが、好きな本にも全く集中できず、どう頑張っても耳が行ってしまうのです。沈める滝の2人と・・・えらい違いです。電車や喫茶店の中での人間観察は楽しいです。巷で愛をささやいていらっしゃる方、私のような意地悪な人もいますので、どうかご注意ください。
2004.06.05
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今日は、以前私の家にお泊りに来た、ハイウェイさんのお誕生日でした。28歳おめでとう!!(私はまだもう少し先だわ。ふふふ。)彼女の希望、「エスニック料理」でお祝い会をしました。開催場所は、HAREという私の大好きなお店です。HAREは、もともとエスニック料理メインの飲み屋さんでしたが、そこで出していたカレーがあまりにも評判で、「お昼も食べたい!」というお客さんの希望によりランチ時は、完全なる「カレー屋」となったお店です。カレーについては自称うるさい私ですが、ここHAREのカレーは、「今まで食べてきた中でのダントツ」の美味しさです。辛党の私でさえ、覚悟しないと食べられないほど辛いのですが、ただ単に辛いだけではありません。ルーを口に運んだら、まずふあっとマイルドな甘みとコクが舌中に押し寄せます。そんな感動に浸る暇もなく、今度は激辛な感覚にしびれてきます。「ひ~」と思わず叫んでしまうような、じんじんする辛さで、舌と脳が破壊されてしまいそうになるくらいです。ランチカレーは、「ライスおかわり自由」なのですが、食の細い人でさえ・・・ご飯をおかわりしないとルーの辛さにやられてしまいます。とにかく、ここでしか食べられないオリジナルな味なのです。癖になる美味しさを感じるのは私だけではないようで、お店は毎日大繁盛でございます。HAREのランチカレーは、これまで数え切れないほど味わってきましたが、夜ディナーは初の試みでした。久々に画像でも。。。 写真は、1、「アボエビ」と、ランチでも食べられる2、「スペシャルカレー」です。1、香ばしい揚げた海老のさくさく感と、アボガドのシットリ感のハーモニーが絶妙なバランスでございます。2、HAREのカレーの中では「そこまで辛くない」レベルに入るのですが、ハイウェイさんはひーひー言いながら美味しそうに食べていました。乾杯は白ワインのサングリア。スペイン旅行以来のサングリアでしたが、「白サングリア」は初めてです。キリリとしまった味の白ワインに、ほんのり蜂蜜とミントの香りが漂う女の子が大好きな彼と一緒に飲んだらとろけてしまいそうな・・・爽やかで優しい味わいでした。エスニックHAREの後は久々にお店をはしごして、ショットバーで飲んできました。今日は割とお酒が入っているのですが・・・思考よりも先に、文字を打つ手の方が進むようです。変な酔い方だわ。28歳といえば・・・私のパスポートは28歳の誕生日で有効期限が切れるのですが、学生時代、パスポートの更新を行った際に、「これが切れる頃は、私もいいおばさんになるんだなあ」としみじみ感じたことが思い出されます。ハイウェイさん、喧嘩売っているわけではありません。28歳なんて、まだまだ若い!と言いたかっただけです。気持ちはまだ18歳よ。彼女へのプレゼントに、鈴木重子ちゃんのアルバム、『A Breath of Sirence』を贈りました。重ちゃんの心休まる音色と共に、素敵な28年目をお過ごしください。*HPリンクがうまくいかないので、結局削除することにしました。根性なくてごめんなさいね。
2004.06.04
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今日は久々に貧血になり、電車の中で倒れてしまいました。車内はそんなに混んでいなかったのですが、座れそうで座れない微妙な乗車率。「何だか気分が悪い。どうしよう」ホームで電車を待っている時から自分の体調異変に気づいていた私ですが、「席を譲ってください」とも言えず、つり革をギュッと持って電車の揺れに体を任せてみることに。「どうか終点までもってください」半ば祈るような気持ちで座席の空くのを待っていましたが、その願いは叶わず、新聞を広げたまま居眠りするサラリーマンをぼーっと眺めながらいつの間にか意識がなくなっていました。親切な人が倒れた私を引っ張って座席に座らせてくれたみたいですが、意識はうっすら、あまり覚えていません。「次で降りましょう」頭の後ろの方でぼんやり誰かの声が聞こえるのですが、まともに座ることさえできずに体はぐったり倒れこんでいました。スカートじゃなくてよかった。僅か15分のこの空間が、いつもの数倍長く感じられました。気がつけば終点の大きな駅へ。駅員さんを呼んで車椅子に乗せてくれた方は、「黄金バット」のようでした。が、お礼もきちんと言えないまま、私は救護室へ運ばれました。救護室に着くと、今度は「救護係員さん」にバトンタッチされます。係の方は50過ぎくらいのおじさんでしたが、気分が悪い私にさらに追い討ちをかける程に不親切でした。「病院行くならば救急車呼ぶけど、単なる貧血でしょ?1時間までなら寝てもいいから、1時間以内に出て行ってね。朝はひっきりなしにたくさんの人が運ばれるからね、こっちも大変なんだよ。そこに目覚ましあるからね。」あまりにもぶっきらぼうで面倒くさそうな言われ方に、「もうJRなんて一生使わない!」と叫んでみたいところですが、そういう訳にはいきません。私よりもっと体調悪い人や自殺未遂の方など・・・これまでたくさんのケースを見てきたでしょうから単なる「流れ作業」なんでしょうけど、それを全面に押し出す必要はない気がします。(JR東日本の文句は、仲の良い友人・その旦那様の勤務先であるので大きな声では言えませんが。)仏頂面をしてみせるほど元気がないので、言われるがままに目覚ましをセット(40分間)し、仰向けになって目を閉じました。「あ、そうそう、名前と住所と電話、書いて行ってね。別に後から電話かけたりすることはないけど一応ね。今気分が悪いならば、出て行く前でもいいから。」テレビの音と茶をすする音が同時に聞こえました。出張用の特急切符を購入する際に、その言動にイライラしてしまう駅員さんはこれまで数回経験しましたが、今日の私はイライラするよりも悲しくなってしまいました。弱虫な私は、こういう瞬間、故郷に帰りたくなるようです。ちなみに、今はすこぶる元気です。午前中には気分も回復し、大人しくしていましたから。
2004.06.03
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今日は友人の結婚式です。以前、日記にも少し掲載した事がありますが、学生時代、私と同じバイト先で家も隣同士、半同棲生活を送っていた現在アメリカ(ボストン)で暮らしている友人です。彼女と旦那さんは、籍を入れてもう1年くらい経過します。私も参列したかった。。。時差があるから正確には明日かな?アメリカの挙式に参加する彼女のお母様に頼んで、お祝いの贈り物を届けてもらいました。旦那様は幸せだろうなあ。あんな子と一緒になれて。心からそう思います。彼女とは、日本国内をはじめ、ヨーロッパやインドなどいろんなところを一緒に旅しました。インドでは、大変な目に遭いました。2人で初めての旅行です。深夜にデリー空港に到着。ニューデリー市内にタクシーで向かう途中、しょっぱなからぼったくられ、高額なお金を払ったのに、運転手は目的地の市内へと運んでくれませんでした。結局、ワケも分からず空港にユーターンされ、寒い寒い11月、エアーインディアの毛布にくるみながら空港内で一晩泣きながら明かしたものです。次の日、インフォーメーションツーリストで、日本人の男の子、Rくんに遭いました。彼は私たちと同じ飛行機でデリーに到着したのですが、同じようなぼったくりの目に遭ったらしく、非常に疲れておりました。何だか分からないけれど、3人で行動するようになりました。そんな私たち3人に声をかけてきたインド人がいました。身なりが普通の人と違います。運輸大臣の息子、ネパール大使館のお偉いさんの息子、インディアン航空社長の息子などなど金持ち集団5人組でした。ぼったくりやお金の交渉に疲れていた私たちは、彼らとすぐにうちとけました。Rくんという男性も加わって、安心していたのかもしれません。日本語も英語もヒンデゥー語も、ぺらぺら話せる金持ちな彼らの生活は、食事はいろいろとご馳走してくれるし、家にはお手伝いさんはいるし、電車が遅れている時はその場で車を買ったりするしで、日本の金持ちとはケタが違いました。「これで、もうぼったくられる心配はない」と私たちはすっかり気が抜けていました。気がつけば「彼らの行く先をついていく日本人3人組」になっていました。その日はRくんのお別れ会でした。彼はタイで彼女と待ち合わせしていたらしく、翌日、バンコク行きの飛行機に乗ることになっていました。お別れ会の開催場所は、インド航空会社の社長の息子の自宅です。楽しい宴会は夜中まで続きました。ところが、私はサンドイッチの卵にあたり・・・おなかを壊してしまいました。インドに来て、確か10日目くらいだったと思います。いつもの腹痛と違います。幻覚・幻聴がするのです。トイレまでも歩けません。吐き気と震えにうなされながら・・・私は翌朝気がつけば一人、病院で入院するハメになってしまいまいした。そこはタージマハルのあるアーグラー。運輸大臣の息子、スレンダーが手配した病院でした。入院生活は悲惨でした。一日中点滴。テレビもなければ本も音楽もありません。2日目くらいに「シャワーを使っていい」という許可がおりましたが、さすがはインド、蛇口をひねると茶色い水が出てきました。それよりも何よりもショックなことに・・・私の愛する友人Nさんの姿が見えないのです。お見舞い来てくれるのはスレンダー一人です。「彼女がこないのはおかしい!」涙目で訴えても「Nは、今デリーで僕の友人の結婚式に参加している。彼女も楽しんでいる」とか何とかいうふうにはぐらかされました。スレンダーはお見舞いの度に、私にバラの花束を持ってきました。「すぐに退院できるからね。」今考えればその時点で、「おかしい」と気づくべきでした。退院後、すぐにNさんに会えるかと思いきや・・・今度はスレンダーと2人きりに。「君は昔死んだ僕の彼女、ハナコ(彼いわくインド人)に生き写しなんだ。結婚してくれ。」なんでインド人の名前がハナコなの?不明な点しかないものの、笑うに笑えない状況でした。「このままでは一生日本に帰れなくなる―」やっと軟禁状態であることを認識した私は、パスポートと飛行機のチケットを確認し、スレンダーの元を離れ、Nさんとどうにかこうにか合流し、2人でデリーまで逃げ込みました。ちなみにNさんは、私のお見舞いに行きたいといくら訴えても、「○○(私)の病状は酷く、スレンダー以外の面会は禁止されている」と言われ続けたとのことでした。Nさんと再会できた瞬間は、2人で号泣していました。日本への帰国まであと2日。ニューデリーでは、スレンダーたちの使いの者たちがウロウロしています。「日本人2人組を探していたよ」街の人たちが教えてくれました。飛行機が出発するまで生きた心地がしませんでした。そんな目に遭いながらも、「また行きたいね。今度は前回の反省を活かしてまともにね」と言っていた私たち。彼女の旦那様は、私たちのインド旅行談を笑い話として受け止めてくれませんでした。「2人だけで旅行するのは絶対に禁止」Nさんがいくら頼んでも、許可がおりませんでした。彼女の結婚前に2人でどこかに行きたかったのに。。。なぜかインドの話になってしまいましたが、今日の〆は、「Nさん、結婚おめでとう!!!いつまでもお幸せに。。。早く2人の赤ちゃんが見たいですわ」*ちなみに、本日の日記はノンフィクションでございます。教育実習でこの話をしたら・・・授業よりも何よりも生徒にうけたなあ。。。
2004.06.02
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今日は映画を見に行きました。「ロスト・イン・トランスレーション」です。一緒に見に行ったのは花散里さん。誰かと一緒に映画館に行ったのは、実に久々・・・数えてみたら何と6年ぶりでございました。映画を見に行ってなかった、という訳ではありません。映画館にいつも一人で行っていたのです。「一番後ろのど真ん中の席で正座して見る」これが私の楽しみでした。このロストイントランスレーションは、「ゴッドファーザー」のフランシス・F・コッポラ監督の娘、ソフィア・コッポラ監督の作品です。意訳は、「現代人の孤独」らしい。舞台は東京。「今が楽しければいい」秩序も制約も宗教も感じる必要のない都会のど真ん中。主人公たちの「外国人」という疎外感は、いつしか「自分を見失っている」現実に変わっていく。アドベンチャーなどが好きな方は少々退屈してしまうかもしれませんが、私にとってこの作品は非常に面白いものでした。ソフィア・コッポラには、「偏った東京認識」なんていう批判がされているようですが、彼女は、東京に限定する「ロストイントランスレーション」を描いているわけではありません。東京が一番描きやすかったのだと思います。東京は、その気づきを与えてくれた街。主人公たちのロストイントランスレーションは、恐らく自国に帰ってからも続きます。そんなに私と年齢が変わらないのに、ソフィアコッポラの才能には・・・脱帽しました。途中で映し出される渋谷センター街、パチンコ屋、おまけでマシュー(私の大好きな藤井隆)・・・低コストで作った作品と聞きますが、映像の一つ一つにセンスを感じます。私は学生時代、コッポラのワイナリー(ナパバレー)を訪れた事があります。日本だとボトル一本数万円するようなワインを、安い値段でグラス試飲できます。ワインも映画も・・・自分の思い描く世界を形にし、それを味わう人々に感動を与えたコッポラ。初めてゴッドファーザーを見たとき、3に出演していたソフィアを見て「大人の女性」と思っていましたが、あの頃彼女はまだ10代だったのですね。お父さんも凄いけど、やっぱりその娘も凄いわ。私の家族の場合、とんびがとんびを生んだって感じ。現実はこんなものです。花散里さんと一緒に映画を見に行くのは実は初めてでした。昔は「一人旅」とか、「一人」とつくものが割と好きでしたが、一人旅もなかなか寂しくなった現在、「二人で映画もさらにいいなあ」と思うようになりました。終わったら2人で乾杯できるし。(本日はベルギービールでした)これも「ロスト・イン・トランスレーション」なのかしら?
2004.06.01
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