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私は今夢中になって読んでいる本があります。E・キューブラー・ロス著/鈴木晶訳「死ぬ瞬間と臨死体験」という本です。タイトルでちょっとびっくりしましたが、読むほどに胸に染み込んで時間の経つのを忘れます。
著者はスイス生まれの医学博士。様々の体験の中から生と死を見つめ、世界中を飛び回って講演をし、セミナーを主催し続け、日本にも訪れているそうです。そんな折々の講演が編集されたものです。早速、抜粋させて頂きます。
死期が迫っている人は一人残らず、死が近いことを知っています。そのとき傍らにいる貴方は、「私には彼の声が聞こえるだろうか」です。たとえば病人が「あなたの誕生日は7月だったわね。そのころ私はもうこの世にはいないのよ。」と言ったとします。すると「そんなことを言ってはいけません。快方に向かっているんですから」などという自分を取り繕うためのことを言ったら、もうそこでコミュニケーションがとぎれてしまいます。中略。
もし貴方がそのとき何を言ったらいいか分からなかったら、ただそばに座って「おばあちゃん、何か私に出来ることがありますか?」でいいのです。ある若い女性が老いた祖母を訪ねました。老人は自分の指輪を外し、何も言わず黙ってそれを孫娘に渡しました。孫娘は「まあ!おばあちゃん、そんなことしないで。この指輪気に入っているんでしょ。ずっとはめていて」などとは言いませんでした。彼女はこういったのです。「本当に私がもらっていいの?」祖母は黙ってうなずきました。
孫娘はさらに「どうせなら…もう少し待ってクリスマスにもらえない?」と言おうとしたのですがやめました。彼女ははっと気が付いたのです。叔母は自分がクリスマスにはもうこの世にいないことを知っているに違いない、と。その叔母は孫娘に指輪を贈ることが出来て心から満足していました。彼女はクリスマスの2日前に亡くなりました。これが言葉によらない「象徴言語」というものです。後略。
死は涼し残りしものの飲めば酔う 松田ひろむ(句集・飛景)所収
