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母が最近こんな感じでテーブルに顔を伏せます。 その姿がなんとも言えずお茶目で「可愛い」と 抱きしめたくなります。 食事が済んで出かけるまでの時間 手持無沙汰になった母です 「お母さん、どうしたん? かわいいわぁ~」 思わず抱きしめた。「うふふん・・・」母は顔を伏せたまま笑っています。 母は今日からショートの事判ってこんないじらしい事するのかしらんと思った一瞬でした。 今日から母は11月後半のショートステイです。ずっとずっと穏やかな日々が続き、就寝も問題なくスムーズに入り安定した眠りについています。今朝もデイとは違いゆっくり目の出発です。時間をもてあそんだ母は写真の様に顔を伏せています。ショートに行く前にそんな恰好を見せてくれる母がとてもいじらしくなりました。 黄色く色づいた銀杏並木を見て「きれいねぇ~」と感じて呟く母。送って行く車の中でもご機嫌で助手席からの眺めを見ています。 さて、施設に着きました。助手席に座った母の方のドアを開けて「着いたよ」と伝える。「そうですか。 では行ってらっしゃい。 私ここで待っていますのでどうぞ」「???? 着いたからここで降りて一緒に行くの」「いいえ、私はここに居ますので行きません!」「いい子だから、一人で行ってらっしゃい。 ね、判った?」<??? いい子だから? 私もその言葉言いたいよ>どうなったのか今までとは全然違った反応いつの間にスイッチが入ったのか???兎に角母を車から降ろす。車から降ろしたのはいいが、今度はドアを持って離さない。どこからそんな力が出るのか??ドアを閉めようにも手を離さないから閉められない。強引に手を掴んでドアを閉める。「あれぇ~ 助けてぇ~」母の黄色い声が広い駐車場にかき消される。こっちも 「あれぇ~ 誰か来てぇ~!!」と唸りたい。「お母さん、行かないの? では私先に行っているからね」車から離れようとしない母を置いて私は母の前から姿を一旦消す。母の気持ちがおさまるまで木の陰に隠れて母を観察。 車も入って来ない、だあれも来ない。不安げな様子も見せないがそろそろ心細くなったかな?早過ぎるかなと思いながらそっと母のそばに行ってみる。「さ、お母さん行こうか?」「はい」しっかり私と手を繋いで歩きだした母。大好きな落ち葉に目をやり1枚、2枚と拾い出す。でも、もう我儘も言わずしっかり私に手を引かれ施設に入りました。 いつものようにバイタルチェック、母の様子や伝達事項を申し送り着替えに。上機嫌な母であったが着替えに少々の抵抗を示したが今日の男性の職員の方、その抵抗も何のその上手く交わしあれよあれよと言う間に自分のペースに乗せて完了。<オミゴト>母が着替えを済ませ皆さんと一緒に交わったのを見届けて施設を出ました。 母のショートやっと平常心で迎えれるようになりました。お迎えに行く日までお母さん元気で過ごしてくださいね。私も元気で過ごします。
November 25, 2010
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朝からてんてこ舞い。 夜中に何度か目を覚ました母。眠くて起き上がれずにいた私。横になったままお布団の中から「まだ夜だから寝ていようね」と声をかける。 起きては寝かせられていた母。きっとトイレに行きたかったのだろう・・・。 <ごめんね、起きれなくて>朝起きた時にトイレに連れて行くとパジャマが濡れていた。しっかりお布団も濡れていました。毛布やシーツなどの大洗濯。今日は手話講座で母を送り出した後、外出の日。洗濯機が2回フル稼働となった。 でも・・・お天気が良くて良かった 先日来の痛みもすっかり取れたようです。過日の旅行以来母が落ち着いて毎日を過ごしてくれている。デイでの様子も不穏がなく、穏やかに過ごしていると連絡帳に書かれている。 痛みが何だったのか? 帯状疱疹の前触れか?と心配したがその様子もなく、大腿骨左右の褥瘡も赤くなりかけては消えて行く感じで大事に至らなかった。 夜の睡眠も少々の不安定さはあるがお薬(ヒルナミン)を飲まずに就寝に入る事が出来ている。私も漸くひと心地つけそうです。 母が穏やかな日を一日も長く過ごせますように
November 19, 2010
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昨日は認知症の家族の会の月例会。今月のテーマは 「認知症に有効なドリルとは」とても興味のあるテーマだったので楽しみにして出かけました。今回は大阪市立大学医学部 森 啓教授によるプレゼンテーションだった。 「ドリルは、認知症に有効か?」 ・ 治療効果では? ・ 進行阻止には? ・ 予防には? 答は 有効ではありませんが、悪化もしません。 計算機能を司る脳は前頭葉。認知症のアルツハイマー病は真ん中あたりの部位が壊れる病気。なので、計算ドリル等はあまり効果はないとのことでした。色々な脳の写真やグラフによる説明があってお話が続いた。 認知症の予防(進行阻止)には、次のことに気をつけて! 1.高血圧 2.高脂血症 3.糖尿病 4.頭部外傷 5.喫煙 6.食事 7.運動 8.飲酒 9.ストレス 10.低学歴 脳トレのように前頭葉だけの脳を使うのではなくあらゆる部位を使う。バランス良く脳を使うことである。そして、意欲的に好奇心を持って脳に常に刺激を与えてやること。運動等は20分から30分以上しないと効果が出ない。食後の軽い睡眠<お昼寝>はせいぜい15分から30分程度に抑える。寝過ぎる事は良くない。そして何より、体を起こしている事が大事なこと。 先生のお話が終わってその後参加者の質問や相談の応答となり今回も有意義な時間を過ごして帰ってきました。私は特に気をつけなければならない点が多いなと感じるのでありました。 やはり私は母が認知症を患い生活習慣や体質を思う時「遺伝ではない」と言われてもついつい似たような癖があるので認知症になるのでは?との不安は常にあって時としてそれを感じる時がある。「生涯現役」と言われている聖路加国際病院の日野原秀明氏。御歳 99歳。まだまだ10年先、15年先の予定が詰まっていると仰います。兎に角、凄いの一言です。<それこそ、明日は明日の風が吹くって感じで過ごしている私は恥ずかしい>色んな本を読ませて頂いたがやはりなるほど・・と思う箇所がある。 「生涯現役」 = 仕事とするものがあってそれにずっと携われるそう思い込んでいた私。「生涯現役」は仕事だけではないと思うようになった。仕事を辞めて家庭に入った。人間関係に弱い私はそれから解放されお陰で呑気に過ごさせて貰っている。が、しかしこの甘い生活が刺激のない生活と表裏一体である事は言うまでもない。家庭に入っても尚且つ「生涯現役」となる場面がいくつもある。家事全般を元気でこなせる為に健康であること。色んな事に興味や趣味を持ちそれを続けること。そして、本を読んだり、字を書いたりする作業を意識して持つ事。そして何より人との関わりが自分磨きに大切のように思う。脳が衰え無い為に、いつもはつらつとした自分を意識することによって認知症が防げたらいいなと思う私です。 なんだかんだと言いながら 計算ドリルや漢字検定ドリル、声を出して本を読む<朗読がとても役に立ってます>ずっと続けてやって行こうと改めて決心する私です。母を相手に今日も本読み致します
November 17, 2010
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今日は午後から母のお迎え。母の施設までの道は紅葉がちらほら。黄色や赤い葉が道端に吹雪いてとても綺麗でした。母の施設内の小道。落ち葉がとっても綺麗。思わず携帯で撮りました。 母が職員の方に手を引かれてやって来た。今日も母は私を見るなり「おっちゃん!」と嬉しそうに笑顔を見せてくれる。 滞在中、母の胸の下の痛みは消えたみたいで訴える事は無かった様子。一体あの痛みは何だったのだろうか???でも、色々あったけど良かったです。 丁度おやつが済んだ所だったようで車に乗っても母はご機嫌で歌を歌ってくれます。「ここは お国の何百里・・・」 ????こんな歌を歌った事がなかった母。なんだか急に胸が熱くなったのは何故でしょう。 どんな家庭生活だったのか母は戦争中の苦しかった事、悲惨さを知りません。だからか戦争の話も軍歌も戦争に関する事柄を私は母から聞いた記憶がない。デイやショートに行くようになって色んな歌を覚えたようです。 久しぶりの我が家。母の部屋の物を色々触ります。机や整理だなの上の置き物を触っては「これ、食べてもいい? これ、食べてもいい?」と一つひとつ手に取って尋ねます。「多分、食べられないと思うけど・・・」「わっ! 固い」 それはお猿さんの文珍です。 <ごめんね>そんなやり取りをしながら私は大急ぎで夕食の準備をする。 今日も母はご機嫌で夕食を完食。夕食後母はテーブルの上の物をいっぱい広げて楽しんでおります。 お母さん穏やかな日々を過ごしたようですね。良かったです。私も日曜日講習会に参加して充実した時間を過ごさせてもらいましたよ。ありがとね。 ここまで書いて公開した途端母を見たら私のベストにマヨネーズのチューブでお絵描き中。「あわぁぁぁ・・・・l大人しい時は要注意でした。 ごめん、ごめん 一人にして。 さぁ~お片付けするね
November 15, 2010
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今日から母は11月前半のショートステイです。母の胸の下の痛みも少し和らいで来た様子。でも、今度はお腹が痛いと、思い出した様に訴える。う~ん! ショートの前に認知症外来でお世話になっている病院で受診してみようと思い、早い目に家を出た。 受付で診察の手続きをと尋ねたら「予約制ですのでもし受診希望されるのでしたら待って頂かなくては・・」と言われる。仕方がない、ここまで来ているのに・・と思い受診を希望した。「予約の方の診察が優先されますので時間は何時になるか判りません」と前置き。 長時間待たされる事を覚悟で先にショートの施設へ向かいバイタルチェックと着替えを済ませて車いすを借りて病院へ向かった。 結局待ち時間3時間。その間に母の雲行きは怪しくなりゴソゴソ訳のわからない言動が・・・それでもやっと名前を呼ばれ診察室へ。 診察前に看護師さんから問診票を渡された。その言い方が何とも言えないいや~な感じの物言い。ショートの施設の看護師さんはこの内科の看護師が来られている。私はやっとこの内科の看護師の体質が読めた。 診察に当たられた先生。「この先生にしてこの看護師あり」もの忘れ外来の諸先生方とは月とスッポン。母は重度の認知症であると言った。問診票にも書いた。なのにである。聴診器を胸に当て、お腹を触ろうとすると母が拒否。「ひゃ! 冷たい手で何するの! 死んじゃうわ。 もういいです!」 <オーバーな・・・しかし母が怒るの当然!! >「お腹を調べますので横になってください」「母は背骨が曲がっていますので仰向きは無理です」「では、毛布や枕を背もたれにして寝かせてください」私は言われる事に疑問を感じ何故横向きにさせないのだろうと思いつつも介添えをして母を何とか背もたれが出来た所にもたれかけさせたが案の定「痛い、痛い」と訴え仰向けの体勢になろうとしない。中途半端な恰好をしている母のお腹を色々触診するが腹筋体勢?になっている母はもうお腹に力を入れてどうにもならない。「診察不可能。 診断不可能。 これだけお腹に力を入れられると無理です!」そんな言い方って もうここで私の医師に対しての信頼度ゼロ。この先生に見て貰う気持ちゼロ。医師は付け加えた。「お腹の具合をみれないようなので肺のレントゲンでも撮りましょうか?」何のために??? と思ったが「もう、レントゲンは先日の整形で撮る時に散々痛い目をして撮らせたので まだ母の中にその時の事が残っていると思います。 母が大人しくレントゲンを撮らせるとは思えません。なので止めておきます。 もう暫く様子を見てまだ痛いと訴えるようでしたらかかりつけの内科を受診します」とこの先生とこれ以上やりとりする気も失せきっぱりお断り。早くこの診察室から逃れたい一心。何度か執拗にレントゲンをとる事に拘られたが母ではないがもう結構!!これ以上、母のご機嫌を取りながらレントゲンを取らせる為の心の穏やかさのキャパが私にはもうありません もの忘れ外来の主治医の先生、何かあったら入院も出来るのでこちらの内科に来てくださいと気安く言われていたが・・・様子がおかしいといきなり来ても予約制。それを無理して待つ事3時間。 一体どういう事??? 憤懣やるかたない気持ちで病院の清算をすませ、ショートの施設へ。もうとっくにお昼が過ぎ1時を回っていた。施設に着き、看護師さんや主任さんに診察の結果を話す。「診察不可能。 診断不可能。 十分に診察出来ず剣もほろろに言われました。 もう二度とここの内科の受診はいたしません! 母に何かあったらお電話ください。 すぐに迎えに来ますから」と。 その看護師さんと主任さん・・私の言葉を聞きいた途端、お二人にさっと秋波が飛んだのを私は見逃さなかった。「あの先生や・・・」と微かな声。「申し訳ありませんでした。 大変でしたね。」「食事の時間が随分ずれてしまったので外で食事をしてきます」と言うと「取ってありますので・・・」と言われる。 今日はカレーだった。 それも冷たいカレー。 母は一口、二口食べてすぐに遊び出した。 そして、私にそっと小声で呟く・・・ 「ちょっと食べてみて。だあれもみてないから・・・」 ????? こんな時にさっと辻褄が合う言葉が出てくるの???母は自分一人だけ食べているのが申し訳ないと思ったのだろう。「ありがとう 私はいいから食べて」母はカレーをスプーンに取り、トレーに並べ出す。仕方なしに騙し騙しカレー、サラダ、デザートを口に運んで食べさせる。「もう、いらない」 口をしっかり閉じて開けてくれない。そら食べてって言うのが無理よね。牛肉入りのカレー。 しっかり脂が口に残ります。母の昼食をお付き合いし、暫く様子を見て施設を出たら2時を過ぎていた。 認知症本当にやっかいな病気です。本人もしっかりどうって訴えられない。可哀そう。 大変な病気が潜んでないこと願うばかりです。 お母さんショートが穏やかな日々でありますように平安を祈っています
November 11, 2010
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母の97歳のお誕生日のお祝いと少しのゆったりした時間をと思い立って兄姉妹で伊豆方面の旅行を計画しました。伊豆には兄が勤めていた会社の保養所が利用出来ると言うことで兄が手配をしてくれていました。 ずっと胸の下の痛みを訴え続けていた母。整形外科でレントゲンの結果も骨に異常はないと言われたのでボチボチ走ればいいわと旅行を決行した。 2時間の車中もままならず混乱していた母なので伊豆までの車中は大変な事になると前もってお薬を飲んで貰う事にしました。痛み止めといつもの不穏時のお薬ヒルナミン。 体を動かしたりする時に痛むらしくじっとしている分には平気な様子。お薬が効いたのか車中混乱なくご機嫌で歌まで歌ってくれていました。 今回は姉と兄と3人しか揃いませんでしたが久しぶりの兄姉妹会でした。母の大好きなケンちゃん(長男)に逢えてうれしそうでした。 母はいつも兄の事を「ケンちゃん、ケンちゃん」としっかり名前を読んでいましたが今回はどうしたことか通称の名前が出てきています。「こうちゃん」 母が通称で兄の名前を呼ぶ事は殆どなかったのに????母の頭はどうなってんだろう??? 城ヶ崎海岸 吊り橋 結構高さがあって高所恐怖症の私は途中で悲鳴を上げてヘバッて引き返しました 朝食前に城ヶ崎海岸まで車でお散歩大好きな兄に手を引かれ母も吊り橋まで歩きました。 川端康成の「伊豆の踊子」の舞台となった伊豆高原、天城高原、修善寺等に立ち寄り一泊二日を楽しんで兄と沼津でお別れし私達は帰路を楽しみました。※ 修善寺は進路を間違え通過となってしまいました。残念! 長時間の移動、車の乗り降り、混乱等を考えるともう母との旅行は無理だと諦めていました。母が認知症になるまでは兄姉妹会として年に1回旅行を楽しんでいました。それも認知症が段々進み混乱するようになってから旅行を中止していました。今回も母の体の事を思うと中止にしようかどうかと迷いましたが最後と思い決行しました。 体を動かす度に「痛い、痛い」と顔をしかめる母。「お母さん、ごめんね」「こんな思いまでさせて連れて来てごめんね。これが最後にするからね」とその度に母に呟きました。<私はきっと鬼娘なんだ!> その心が通じたのか母はずっと混乱もなくご機嫌で過ごしてくれたのです。母の機嫌が悪くなって暴言を吐いたり、暴れたり、乗車拒否や降車拒否、我を通す等々いくつもの「困ったちゃん」が信じられないくらい全くなかったのです。これぞ、 mama's miracle です 。 きっと母が私達に感謝の気持ちを示してくれたものだと思います。「子供達みんな いつもありがとう。 楽しい旅行が出来て良かった」と私達を楽しませてくれたのは母だったと思います。いつもいつも我がままいっぱい言って困らせている母が。最高のプレゼントをくれたような気がします。 お母さん 本当にありがとう。お陰で楽しい旅行が出来ました。ずっと行ってみたいと思っていた伊豆へ行けて嬉しかったです。そして姉が是非にと言って今回の旅行をプレゼントしてくれた事も感謝です。 お母さん、97歳 お誕生日おめでとう2010.11.18
November 10, 2010
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一昨日より母が「お腹が痛い」とか「ここが痛い」と言って右胸の下を痛がる。認知症故にはっきりつかめない。判断できるのはお腹であればこの所便通がない。きっとお腹に溜まって痛いのかもしれないと「ヨーデル」を2錠にして飲ませてみた。昨日はそれが効いてデイで多量の排便があった。次に右胸の下の痛みは母は背骨が曲がっている。 直角に近いほどなのであおむけには寝られない。ずっと前かがみの姿勢なので時々母に「背中を伸ばしてみて」と促すが母はこう言う事が苦手なのかうまい事私の言葉をはぐらかす。「人の言う事聞けない人 知らんわ!」 状態。で、今回もきっと凝りから来る痛みだろうと思って昨日は様子を見る事にした。 昨日、デイから帰って来たが「痛い、痛い」と訴える。今度はしっかり痛いところを押える。どうも肋骨の下の部分。明日の朝起きて痛みが残っているなら病院へ連れて行こう。 母は目覚めた後も強烈に痛いを訴える。こちらも見た所異常はないが「圧迫骨折」も考えられる。今日は金曜日。 手話講座の日だがお休みをして母を近所の整形外科へ受診させる事にした。 大人しくレントゲンを撮らせるか? 心配しながらの受診だったが名前を呼ばれ診察室に入ったがすでに母の中でスイッチが入っていた。「どこが痛いのかな? ちょっと見せてもらおうか」と先生が母の上着に手をかけると。「〇%×□#*~$+#△・・・ どこも痛い所はありません!」「はい! よろしいです。 もう帰りますので。結構です!」診察拒否。 先生の手を払いのける。なだめすかしてやっと上着をめくり上げてその場所を触診。やはり骨の所を痛がるのでレントゲンとあいなった。 レントゲン室に入ったがもう完全に母は拒否。レントゲン台に立たせるがすごい力で動かない。放射線の関係で私は外へ出てくださいと言われる。「大丈夫ですか? 言う事聞きませんが・・・」と思いつつ外へ。ドアの向こうの室内でのやり取りがまる聞こえ。すったもんだやってやはり看護師さんや技師の方だけではらちがあかず私に入室を言われた。その時、看護師さんが「どうしても撮って結果を知りたいですか? それとも こんなに痛がるし嫌がっているからもう撮らないでいいと思われますか?」と聞かれる。「どうしても結果を知りたいです。 何もなければ余計な心配を持つこともないし 撮らないで帰ると私もずっと心配を引きずりそうなのでお願いします」と答えた。看護師さん、その言葉を聞いて腰が据わったのか撮らせようと努力して下さる。もう3人がかりだが母の力はそれはそれは信じられない力で抵抗する。私に噛みつき、次はげんこつで顔面パンチ!! 看護師さんが慌てて母の手を掴み「家でもこんなですか?」「はい。 こんなの序の口です」「家で見て居られるのですか、ショートとかデイは?」「はい。 利用させてもらってます」 「誰か助けてぇ~! 殺されるぅ~!!」母の喚き声を受けながらやっとの事でポジション確保。慌てて私は外へ。やっとの思いでレントゲンを撮ったがもう一枚と言う事でなだめて撮った。しかし、母の気が治まらず大声でわめき散らし洋服も着せられない。兎に角外へ出よう。母を連れて外へ出たら・・・・「あら! 私ってこんな恰好で???・・・」 出た廊下には診察を待ってられる方が沢山居られる。母はシャツままでいる自分に気が付いたのか怒り出す。「ほら、ちゃんと着せてあげるって言っているのに・・・」やっとの思いで上着を着せて椅子に座らせようとするが興奮状態。なにもかもに腹が立って仕方ないのだろう。すること為す事に噛みつき大声で暴言を吐く。廊下で待っている人の顔が見事に私達二人を見てる。こんなの日常茶飯事。 平気です。「母は重度の認知症」 レントゲンの結果は「異常なし」「骨折も打ち身もなし」湿布を貰って帰ってきました。 デイをお休みしたお陰で母にとって長い一日となりました。夕食を食べるまでずっと混乱状態。夕方ケアマネさんが11月の計画書をもって来訪。色々と母の事を相談する。この所デイでもずっと混乱状態が続き、混乱期のピーク時と一緒の状態。どうも症状が進んでいる様子。今月の診察を受けて先生に相談してみることにする。 「認知症」やっぱり大変な事をしている。デイやショートを利用してやっとの思いで在宅介護が成り立っている事を痛感。混乱期のピークは過ぎたと思ったがまだまだ母の認知症成長?を続けてはりました。どうなることやら??? 奈良県 曽爾高原ススキが風に揺られてとても綺麗でした。ずっと雨で流れていたお友達とのツーリング秋晴れの中 昨日やっと行ってきました。心身ともにリフレッシュしていて良かった。お陰で今日は母の大荒れも「No Problem!!」でした。 お母さん、伊豆旅行元気で行こうね!!
November 5, 2010
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