ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2026/06/27
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テーマ: 鉄道(27171)
カテゴリ: 京都市の鉄道史

~その14~


15.京都駅
 今まで述べてきた鉄道路線の現存路線には多くの駅があり、それぞれの駅に歴史があるが、京都の玄関ともいえる京都駅だけは詳しく触れておきたい。

1)初代京都駅
 初代京都駅は明治10年2月、官設鉄道の神戸/京都間の全通開業に合わせて開業し、明治天皇を迎えて京都駅で鉄道開通式が執り行われた。外国人技師設計による赤煉瓦のモダンな建物で(図1)、七条停車場、七条ステーションと通称されたが、「ひっちょのステンショ」の愛称で呼ぶ庶民も多かった。ただ、七条通に面していたわけではなく、現・塩小路通のすぐ南側に位置していた。当時は、西洞院通から本町通にかけては、七条通が市街の南端だったので「七条停車場」などと呼ばれたのであろう。現・京都駅からは、かなり北側になる。
 この地は当時の繁華街三条通から遠く寂れた地域だった。用地買収の容易さもあって、この地が選ばれたのであろう。田んぼや畑の中に“レンガ造りのハイカラな駅舎”という風景が、当時の京都人の驚きと興味を誘ったという。図2は南西側から撮影した写真で、プラットフォームの後ろに駅舎が見える。線路の本数も限られている。駅ができたばかりの頃の写真であろう。
 しかし、その後、明治13年7月に官設鉄道が大津まで延伸され、明治28年2月には路面電車京都電鉄も乗り入れるようになり、明治28年9月には奈良鉄道、明治30年11月には京都鉄道(現・山陰線)が開通し、当駅周辺は急速に発展していった。明治37年頃には、京都駅二階西側に都ホテルの西洋料理出張店が開業したという。

2)二代目京都駅
 大正4年11月に京都で大正天皇の御大典(天皇の即位式である即位の礼とそれに伴う一連の儀式)が執り行われるのに合わせて、二代目駅舎が、大正3年8月に竣工した。総檜造の木造ルネサンス様式の建物で豪華な貴賓室を供え、本屋の中央には時計が配置されたていた(図3)。駅舎は初代駅舎より南側に建設されたため、貨物ヤードや機関区は梅小路に移転し、初代駅舎跡地は駅前広場の拡張に使われ、そこには、ひょうたん池や噴水のある庭園も造営された。
 しかし、昭和25年11月18日、駅構内の食堂からアイロンの不始末により出火し、駅舎は全焼してしまった(図4)。


3)三代目京都駅
 大きな京都駅は京都の市街を南北に分断するというので、駅全体を高架にしようという構想が昔からあった。しかし焼失した駅舎を急いで再建する必要があったため、高架化の構想が実現しないまま今日を迎えている。こんな背景のなか、昭和27年5月、三代目駅舎が完成した。鉄筋コンクリート造の2階建てで、中央に8階建ての塔を供えたデザインで、装飾とよばれるものはほとんどなく、合理的な設計だった(図5)。皆さんの記憶にある駅舎であろう。床面積は2代目よりも7倍大きく、当時はまだ高かった蛍光灯も多用された。
 駅の中の最大の特色は、本格的に物販店や食堂を取り込んだことである。当時の駅はどこもせいぜい売店や弁当販売店があった程度であった。2階に上がると「京都駅観光デパート」があり、約30のお店が並んでいた。元祖「駅ナカ」といってもいいのではないかと思う。


4)四代目京都駅
 平安建都千二百年記念事業として、四代目京都駅舎への改築が計画された。国際コンペ方式がとられ、黒川紀章氏や安藤忠雄氏らも参加するなか、原広司案が最終優秀作品に決定した(原広司氏は、他に梅田スカイビル、札幌ドームの設計も行った)。これに基づき建設が行われ、平成9年9月に地上六階地下3階の四代目駅舎が全面開業した(図6)。「京都は歴史への門である」を設計主旨とし、京都のまちとの連続性を重視して条坊制(碁盤の目)を表現した外観を取り入れ、玄関口としての象徴である「門」を烏丸通と室町通に配している。
 当初は、「古都京都にふさわしくない」などの批判的な意見もあったが、現在では、その斬新なデザインが、古都でありながら新しいものも追求する京都の玄関口としてふさわしいとの評価を得て人気を博している。
 なお、この京都駅ビルの高さは60メートルである。これは京都市中心部では、京都タワーの131メートルに次ぐ高さである。ご存知のように、京都市中心部は景観保全のため、高さ31メートルを上限とする厳しい高さ規制がある。これに引っかかるが、京都駅ビルは駅前のランドマークとして、特例的に高さ約60メートルまで認められた。

5)京都駅こぼれ話
① 京都駅の駅長は何人?
 京都駅に駅長と呼ばれる人は何人いるか? JR、近鉄、地下鉄の3人と答えてしまいそうであるが、正解は4人。JRはJR西日本と、東海道新幹線を扱うJR東日本の2社が乗入れており、それぞれに駅長がいるからである。では、国鉄分割民営化の前は何人だったか? 国鉄分割民営化は昭和62年、京都市営地下鉄北大路 /京都間開業は昭和56年である。地下鉄開業のほうが早い。ゆえに正解は3人である。

② 日本最長のプラットホーム
 京都駅の0番ホームは日本一長いホームとして知られている。558メートルある。だが、在来線でそんなに長い車両はない。正確にいうと、0番ホームの西に関空特急はるか専用の30番ホームが続いており、0番ホームの長さが323メートル、30番ホームが235メート、合計で558メートルというわけである。新幹線のホーム(400メートル強)よりもずっと長い。
 なお0番ホームは、豊臣秀吉が築いた御土居跡の盛り土を利用して作られたものと、かつてはいわれていた。しかし、近年の発掘調査によって、御土居そのものではなく御土居に附随する堀の跡であることが判明した。

③ 1番ホームがない
 烏丸口に最も近い0番ホームは、かつては1番ホームだったと記憶している方も多いと思う。そして、0番ホームから、すぐ南のホームを見ると2番ホームとなっている。現在、京都駅には1番ホームがないのである。どういう経緯でこうなったのであろうか。
 乗り場番線と運転番線を統一したからである。乗り場番線とは乗客案内用の番号、分かりやすくいえばホーム番号のこと。運転番線は運転士らが職務上使うもので、ホームの有無にかかわらず、線路ごとにつける。
 平安建都千二百年記念事業で、京都駅は大改修が行なわれ、前述の四代目京都駅舎が建築された訳だが、線路やホームの改修も行われ、最も北側の運転番線1番の線路を廃止し1番ホームを南側に拡張した。新しい1番ホームの使う運転番線が2番となった。しかし、乗務員が誤ってホーム番号ではなく、運転番線を利用者に案内するケースがしばしば起こってしまった。
 そこで、平成14年20年3月のダイヤ改正で乗り場番線と運転番線を統一することにした。1番ホームの南側には貨物列車や回送電車通過専用のホームのない運転番線3番の線路がある(図7)。1番ホームの線路を運転番線1とすると、2番ホームの線路は運転番線3になるので、2番ホームは3番ホームに変えなければならない。3番ホーム以降も同様に全部変えなければならない。これでは、駅側も客側も混乱するし、経費・時間もかかるので避けたい。また、JR西日本の山陰線以外の在来線のホームは10本あった。ホームのない運転番線が1本あるので、1番ホームの運転番線を1として、運転番線に合わせてホーム番号をつけると11番まで必要になる。ところがJR東海が新幹線のホームに11番から14番まで使っている。11番が重複してしまう。それも避けなければならない。
 そこで、運転番線を2番ずつ繰り上げたのである。運転番線2番は0番にし、そのホームは1番から0番にした。2番ホームの運転番線は2番になるので、2番ホームは2番ホームのままである。以降のホームも同様、変える必要はない。これが京都駅に1番ホームがない理由だったのである。

④ 山陰線のホームは何故31番~34番なのか


⑤ 二代目駅舎時代の上屋(うわや)
 上屋とはホームの雨除け屋根のことである。京都駅で現存するホーム上屋は大正3年に完成した二代目駅舎建設時に設置された上屋である。明治の西洋様式を引き継ぐ優美な曲線、カーブを描く支柱、深く大きな屋根、そして鱗状にびっしりと軒部分を覆う軒飾り。当初より白くペンキで塗られた軒飾りは、格式のある京都駅ならではの装飾である。2、3番線ホーム、4、5番線ホーム、京都駅ビル下の1番線の東側において、優美な軒飾りを見ることができる。支柱に使われている鉄骨は明治に初めて鉄道が敷設されたときに英国から輸入されたと思われる刻印入りの線路が使われている。建築遺産ともいうべき歴史を誇る「ホーム上屋」である(図8)。

16.最後に
 14回にわたって、京都市(その周辺も含めて)の鉄道の歴史を紹介してきた。拙文におつきあいいただいた方々に深く感謝申しあげたい。いつも当たり前のように利用している京都の鉄道であるが、鉄道に乗る時、ひとときスマホを操る手と目を休めて、その歴史に思いを馳せていただければ幸いである。

【参考文献など】
・作間芳郎「関西の鉄道史」(成山堂)平成15年1月8日発行
・老川慶喜「日本鉄道史 幕末・明治篇」(中央公論社)平成26年5月25日発行

・同上「同上 昭和戦後・平成篇」(同上)平成31年2月25日発行
・京都市交通局「さよなら京都市電」((株)毎日写真ニュースサービス社)昭和53年9月30日発行
・立風書房「京都の市電」(立風書房)昭和53年2月10日発行
・京都新聞社「京都市電物語」(京都新聞社)平成20年9月30日発行
・島本由紀「京都の鉄道史40話」(アスニー山科講演会)令和7年4月16日
・Love Kyoto, Love ホームページ
・各関連鉄道会社、路線、駅(過去のものを含む)のWikipediaサイト
・現存各関連鉄道会社のホームページ

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最終更新日  2026/06/27 05:13:26 AM
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