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2018年01月04日
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『反体制を生きて』(荒畑寒村)を読んで

荒畑寒村『反体制を生きて』(荒畑寒村 新泉社 1969年刊)を読みました。昨年末に岩波文庫の『寒村自伝』を読んだ流れによるものです。

写真: DSCN5339

読みっぱなしにしておくのも、もったいないので、
幾つか感じた点だけメモしておきます。
『寒村自伝』によるものとミックスされてくると思うのですが。

一、やはり、反戦平和の堺利彦や幸徳秋水の主張から社会主義に近づいているんですね。
日露戦争の頃ですから、だいぶ昔のことですが。
当時のことを、直接の体験者として現実感をもって、堺や幸徳などを紹介してくれています。
これは、貴重な証言だし、苦難をいとわずがんばった姿だと思うんですよ。

二、しかし、冒頭のインタビューの中ですが。
1969年頃の学生運動についてですが、
ゲバ棒とヘルメットに、心情的に共感しているのはいかがかと思うんですね。
これは、私などの体験からすると、いいかげんな認識で、軽はずみだと思うんですよ。

三、ここにはねじれがあります。
当初の社会主義者としての努力ですが、いつのころからかねじれちゃっている。
そこにある要素ですが、
福本主義への批判から、非共産党マルクス主義の労農派の中心的存在になったこと。
戦中の国家の弾圧により、「旗をまくこと」で過ごさざるをえなかったこと。
また、ソヴエト社会の政治抑圧が、社会主義そのものの不信としてとらえだしていたこと。
そうした根本には、世界観、社会観の問題も関係していると思います。

四、詳しくは分かりませんが、戦後には社会党に参加して、その左派として、私などでは知りえないゴタゴタがあったんでしょうね。彼は、結局社会党をぬけています。

五、しかし、もしも今日生きていたとしたら、
反動化する政治には、けっして黙ってはいないだろうと思いますよ、
戦前の苦難の中でつくりだした、今日の民主社会です。
これを壊す政治に対しては、憲法と民主主義をまもるために、
今日的な「共同戦線」を大きく唱えたと思いますよ。

歴史を歩んだ人ですから、性急にはその人の評価はできませんが、
今は、これ以上の詮索はできないんですが。いつか立ち返って、もっと具体的に問題をさぐってみる必要性を感じる人物です。
とりあえず読みっぱなしにしないための感想です。






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Last updated  2018年01月04日 20時52分04秒
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