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「長短は互いに引き立てる」と老子も言ったように、この世のことには絶対的なものなど無く、全ては相対的なものです。
長いものがなければ短いものは成り立たず、健康があるから病気があり、不幸がなければ幸せもありません。しかも、不幸にしろ幸せにしろ、ピンからキリまであります。
例えば、末期ガンの人から見れば、体の不自由などうらやましく幸せに見えるはずです。
でも、病気の人に、そんな理屈を言ってもなかなか得心できないのが人間です。
そういうときには、病気や不幸な時でも、これを利用してなんとか得することはないだろうかと考えてみることです。
仏教では善悪不二(善悪も平等無差別の立場から見ると同じ)というように、一時的にマイナスに見えるもの(挫折・病気・失敗など)にも必ずプラスとなる可能性があり、その可能性を見いだして具現化すれば、過去のマイナスもいつかはプラスに転じるはずです。
例
えば、口下手なら人の話を聞くことに徹してみる。すると、情報も集まるし、話しや
すい人と好意を持ってくれて仲良くもなれるはずです。いろんな業界のトップセールスマンと言われる人には、案外と口べたな人が多いものです。
また、この世は人間同士の付き合い、お釈迦様も言うように、好きな人ともいつかは別れなければならず、嫌いな人にも出会わなければなりません。
では、嫌いな人に出会ったらどうするか?
人生はドラマによく例えられます。
ドラマには主役だけでなく、端役や悪役などの役者がそろわなければ、観客に感動を与えることはできません。悪役が嫌みたっぷりに演じれば演じるほど、主役にはスポットが当たります。
人生におけるドラマの主役は、まぎれなくあなた自身であり、自分がひかり輝くように、いじめ役や励まし役の人たちが、忠実にその役割を演じてくれていると思うことです。
そう考えると、憎々しい人もイヤ味な人も、あなたが輝くための存在であって、その人を憎んだり嫌ったりすることは筋違いといわなければなりません。誰だって、人から嫌われたり憎まれたりする役は望まないものです。悪役を演じてくれる人には、むしろその演技の素晴らしさに感謝しなければなりません。
人生は理屈や理論では割り切れないことが多いが、良きにつけ悪しきにつけ、そう考えてみるとこの世を楽しく生きていけるはずです。
越後の昔の瞽女(ゴゼ=目の不自由な女の人)歌に次のような言葉があります。
善い人と歩けば祭り 悪い人と歩けば修行
瞽女は、家々の門口で三味線を弾き、唄を歌ってお金をもらい飢えをしのいでいました。
一般には、手引きという目の見える人と組んで旅に出かけたそうです。
この手引がいい人であれは祭りのような気分になれるが、悪い人と歩けば最悪です。でも地獄と言いたいところを、修行ととらえる姿勢が素晴らしいと思います。
地獄、極楽は、ひとえに自分の心の持ち方ひとつです。
地獄と思ってしまえば、さらに両者の関係は悪循環に陥ってしまいます。 地獄も人生の修行という気持ちで臨めば、そこに前向きな姿勢が生まれ、善の循環が起きる可能性も生まれます。
現代風に言えば、「良いことはお陰様、悪いことは自分のせい」という姿勢で臨めば、人間関係もよくなり、楽しく過ごすことができるはずです。
これも、人生を楽しく生きていく一つの智慧かと思います。
どんな状況であろうとも、あなたの心の持ち方一つで今を楽しくすることができるはずです。
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
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