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ある中学校で「望ましい家族像」という作文を書かせたところ、殆どの生徒たちが「温かい家庭」を理想像として上げました。
その具体的な内容は、次のようなものでした。
・学校から帰ったときカギのかかっていない家庭
・
子供だけでなく一家揃って味わう夕食
・家族の中に会話のある家庭、一家団欒のにぎわい
だが現実は、朝食は起きた順か、通学通勤の順。朝食抜きを常習とし、朝起きない親や朝は作らない親も増えています。
夕食も、誰かが欠けているのが普通です。
家族がバラバラな時間に、バラバラなものを食事する「個食」「孤食」のライフスタイルが定着したうえに、食事後はそれぞれに別の部屋に籠もってしまうのが当たり前で、家族が揃ってゆっくりと食事をしながら話し合う機会もありません。
これでは、家も下宿やビジネスホテルと変わりがありません。
このような家庭での食事の揺らぎが家族の揺らぎにつながり、心の安らぎや潤いが失われつつある一因になっているようにも思われます。
イタリアで「お家」と言うと、「お母さんが美味しいものを作ってくれる所」というニュアンスがあると言うが、家族が共に食事をすることは家族としての最低条件だと思います。
家族が一堂に揃って同じものを食べてこそ、夫婦、親子の絆も深まると思います。
食生活の乱れは子供の生活の乱れを招き、子供の非行化にもつながると言われます。
少年犯罪が起きると、「学校が悪い」「教師が悪い」「社会が悪い」などと騒ぎ立てるが、
その原因はもっと根本的なところ、つまり家庭、それも食事にあるように思えてきます。
お母さんが美味しいものを作って待っていると思えば、夫も子供も早く家に帰って来るし、満腹すれば自然と落ち着きもするし、話も弾むのではないでしょうか?
(この頃では、食事を作るのは主婦の役割のように書くのは×かな)
食事でまず大切なことは、それを作る人の心遣いや思いやりだと思います。
昔の母親は、少々眠くても、愛する夫や子供のために早起きをして、カツオ節を削り、すり鉢で味噌をすり、温かい食事を用意してくれました。食卓にのぼる内容は、今とは比較にならないほど粗末で、温かいご飯にみそ汁とお漬物が少々あれば良い方だったが、母や妻の思いやりが込められ、暮らしに潤いを与えていました。
生活や付き合いに思いやりが欠け、刺々しくなってきたのも、思えば食事に温かい思いやりや、心配りがなくなってきたことと軌を一にしているように思われてなりません。
また、女子中学生の次のような投書も目につきました。
婦人問題が真剣に考えられているこの頃、私には高齢化社会に向けて女性も働くべきだと思う一方で、子供を持つ女性は働くべきではないという二つの矛盾した考えがある。
ところが、「お母さんに『お帰り』と言って欲しい」という友達のつぶやきを聞いて以来、母親は働くべきではないと思い続けている。
婦人問題を訴えている女性は、働くことに生き甲斐を感じ、働かなければならないのではなく、働きたくて働いているのだと思います。
しかし、子供の教育も親にしかできない大事な仕事ではないだろうか?
女性が職場に出て、「子供も、今は寂しくても、いつかは分かってくれるはず」というのは、あまりにも勝手すぎる。
子供は親の矯正なしでも、誤った道でそれなりに育つのである。
家庭内暴力、校内暴力の発端もここにあるのではないか。
母親は職場に出る前に、もっと大事な仕事があることに気づかなくてはならない。そして、そこが女性の最良の職場だと思う・・・。
現代では、このような意見は少数派で、家庭で家事や子育てをしているよりも、外に出て働く方が進歩的であり、大切なことだという考え方が強いように思われます。
そのような家庭軽視が、確かに物質的には豊かな生活をもたらした反面、ずっと子供を
鍵っ子にしておいたために、登校拒否や非行、いじめ、暴力などという現代のさまざまな家庭問題や社会問題を引き起こしているようにも思われてなりません。
落ち着ける家庭がなければ、活力の充電もできず能力も発揮できません。
子供の躾に大切な時期を疎かにしては、子供の一生を台無しにしてしまい、親の責任を果たすこともできません。
マーケティング・コンサルタントの黒田節子さんは、「家をほったらかして外で働く女性たちは精神的な流民であり、その流民の子が孤児になる」と手厳しい。
女優の左幸子さんも、「鶏ガラのスープを、澄んだコンソメスープに作れないでいつも苦労していました。このことをサクソホン奏者渡辺貞夫夫人の同席しているところで漏らしたら、『ネギとショウガを入れてごらんなさい』と教えてくれた。
違う機会に渡辺さんの家でお握りをいただいた時、オカカを混ぜたもの、梅干しを小さく刻んで混ぜたもの、タラコを混ぜたものなど、いずれも一口大の美しい三色お握りを出され、それを見て『まあ素晴らしいお握りね』と感嘆の声を上げると、夫人は『だって、私はこの道10年の主婦のプロよ』と言って明るく笑い声をたてられた。
この経験から、立派な主婦は、社会に出て男性と肩を並べて仕事をすることと本質的にちっとも違わないと思った」と言うが、家庭のあり方というものを、今一度真剣に考えなおしてみる必要があるように思われてなりません。
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.19