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先日来の雨もあって京の一重桜もすっかり散り、小林一茶の「死に支度 致せ致せと 桜かな」の句が頭に浮かびます。
私は「笑いつつ逝く」のを理想としているが、晩年が「明るく 楽しく」過ごせなくては、「自分の一生は幸せだった」ということはできません。そのために、幸せへのレシピを書いてきたようなものです。
そこで、蛇足とは思うが、同輩方のために少し付け加えておきます。
人生を終えるときに後悔すること
人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに携わったオーストラリアの Bronnie Ware によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。
そして、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということです。特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ 5 は以下のようなものです。
➀自分自身に忠実に生きれば良かった
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔が最も多いそうです。
人生の終わりに、達成できなかった夢が沢山あったことに患者たちは気づき、「ああしておけばよかった」という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
私は、「やらずに流す後悔の涙よりも、挑戦した結果失敗して流す悔し涙のほうが良い」を信条としてきました。
② あんなに一生懸命働かなくても良かった
男性の多くが、仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。
あなたは、「何のためにあんなに一生懸命に働いてきたのだろう」と考えてみたことがありますか?
その代償として、何を手に入れましたか?
あなたにとって、最も大切なことは何ですか?
③もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
④友人関係を続けていれば良かった
人生最後の数週間に、人は友人の本当の有難さに気がつくそうです。
そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せ、もっと友達との関係を大切にしておくべきだったという後悔を覚えるようです。
本当の友人は一人いればいいというのが私の考えだが(FB友のように知っているだけの友は何人いても意味がない)、10年前に春桜の下で亡くなった親友に奥さんの後を託され、毎年命日には電話し、京の桜に誘っています。
(すい臓がんで亡くなる半年前に、共通の友人たちを集めて食事会を企画したら随分と喜んでくれました。)
奥さんも、「毎年電話をくださるのは太田さんだけ。感激」と言って下され、京の桜の下を徘徊しています。
そんな友達付き合いができる人がいますか?
⑤自分をもっと幸せにしてあげればよかった
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人が、とても多いと指摘します。
旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。
出世やお金持ちになることが、本当にあなたに幸せをもたらせてくれましたか?
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
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