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地震の概要検知時刻(最初に地震を検知した時刻) 3月16日23時36分発生時刻(地震が発生した時刻) 3月16日23時36分マグニチュード 7.3(速報値)場所および深さ 福島県沖(牡鹿半島の南南東60km付近) 深さ 60km発震機構 西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型震度 【最大震度6強】宮城県の登米市(とめし)・蔵王町(ざおうまち)、福島県の国見町(くにみまち)・相馬市(そうまし)・南相馬市(みなみそうまし)の合計5つの市町村で最大震度6強を観測した他、北海道から九州地方にかけて震度6弱~1を観測津波警報等の発表状況(16日23時39分発表)津波注意報 宮城県 福島県 と、気象庁の発表。もう寝ようと思っていたところにかなり違和感のある地震が最初に興った。そのあと2分ぐらいして大きな揺れが始まる。長い時間揺れていて部屋中がガタガタと音をたてた。私の寝室や茶の間には頭の上に落ちてくるものは何も置いていない。町中に地震警報が鳴り響く。寝室から飛び出して茶の間へ行こうとしてドアを開けて階段の下を見ると絵画の額が落っこちているではないか‥額の角が割れていた‥恐怖感がさらに増してきた。茶の間の戸を開けて猫を心配して探すと猫が二匹ともいない。とにかく、TVを付けた‥え〜〜〜もう津波到達‥茶の間のサッシに鍵をかけ忘れていたらしく猫は二匹とも外に飛び出して出て行ったらしい‥ついこの間3.11の式典が行われたばかりなのに‥娘に連絡を取る‥LINEが繋がらない‥携帯電話がやっと繋がった‥ TVをつけていない限りスマホでも見ていない限り九州ではこの地震を知り得ないのだ。驚く娘はTVをつけて初めてその事実を知る。しばらく娘と電話で話してそのあと、友人と連絡を取る。皆、無事で良かった‥3〜40分して猫達が家に帰ってきた。二匹ともぴったり私にくっ付いている。ようやく落ち着きを取り戻し家の中を点検する。絵画の額以外に何か損傷はないか‥二階に上がってみた。すると本棚から何冊か本が落ちていた‥地震はやっぱり怖い‥今朝、春彼岸の入りには一日早いが「お墓参り」をしてきた。3.11の際にはお墓が倒れる被害もたくさんあった。あ〜良かった‥お墓も無事でした。嘘みたいな長閑な田園風景が広がっている。とにかく、大事に至らなくて良かった‥3.11の東日本大地震の余震は少なくとも10年は続くと言われたが去年を区切りに「東日本大地震の余震」とは言わなくなった。東北沖の地震は今後確実に宮城、福島、茨城、東京直下、千葉と続いて起きるだろう。南海トラフ地震や東海沖地震もいずれは起きる。今回の地震で被災された地域、被災者の皆さんも心を強く持って前を歩いて行って下さい。にほんブログ村
2022.03.17
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2022北京オリンピックの演出の総監督を務めたのは、2008年に行われた夏の北京大会でも演出を務めた映画監督のチャン・イーモウ。2008年の北京オリンピックの開催のTV放送は山形で皆んなで楽しく見ていました。その演出の素晴らしさに圧倒されました。今年の2022年 冬のオリンピックの演出もチャン・イーモウなので、開花式と閉会式は録画しました。オリンピックの記録ですね〜去年の東京五輪の演出はオリパラ共に最悪の演出だった‥コロナ禍であるから仕方がないとは思うけれど‥期待通りのチャン・イーモウ監督でした。美しい演出だと思います。大体、夏のオリンピックよりは冬のオリンピックの方が美しいのです‥それは、きっと冬景色の方が綺麗だからが一つとして考えられます。あとは、冬の競技は意外に夏よりもパワフルでスピーディーな種目が多いこともあるかと思います。聖火の点灯も良かったですね。大掛かりな聖火台よりもトーチの聖なる火だけで‥聖火を囲む各国の文字が漢字なのも中国らしいと思いました。開会式のセレモニーは豪華だけれどどこか清楚な感じがするのも全体を「雪」の結晶であしらっているからでしょう‥閉会式も良かったですね。選手達は和気藹々として世界は一つなのだとそう思わせる雰囲気がありました。次回の2026の冬の五輪はイタリアのミラノ・コルティナダンペッツォの2都市で開催されます。ミラノ・コルティナダンペッツォの街の紹介映像も良かったと思います。この北京オリンピックの閉会式後パラリンピックの開催中にロシアがウクライナに侵攻を始めました。今、世界の鍵を握っているのはNATOでもアメリカでもなく紛れもなく「中国」です。いろいろ大変だったとは思うけれど冬のオリパラを無事にし終えた中国が世界の平和を無視してロシアと手を結べるだろうか‥こんなふうに微笑ましいワンシーンもあった冬の五輪。外交は「パンダ」にしてもらった方が良いのかも‥などと考えてしまった2022冬季北京オリンピックでした。録画しておくと良いことがたくさんあります。放送はNHKですのでCMが入りません。あとでDVDに録画する時も楽ですしお偉方の挨拶も飛ばして見ることが出来るからです。<オリパラの写真はネットから拝借致しました>にほんブログ村にほんブログ村追記昨日は最高気温が25度まで上がり夜中には5度まで下がりその気温差が20度もありました。そして夜は春雨で朝には雨は上がり今日は午後から気温が上がり始めました。今、16度で、花粉が非常に飛び回って外出したくはありません。恐る恐る庭に出てみると「雪柳」が咲き始めています。
2022.03.15
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「鏡開き」関東と関西では「鏡開き」の日が違うとも言いますが一応、関東では今日が「鏡開き」です。昔は、この頃になるとお供えした鏡餅にカビが生えて来ましたね。今は、そんなこともなくいつでも食べられる様に工夫されて売られている鏡餅です。さてと‥「ハレの日」の代表的な食べ物として位置付けられている「餅」餅米をよく蒸して臼で搗いて作るのを「真餅」と言います。ぼた餅、草餅、粟餅、くず餅などとは区別しています。真餅の中で特に「神様」に供える餅を「鏡餅」と称しています。鏡餅は「大円塊」の鏡の形を呈していてそれは、「満月」の円形からきていると謂れたり、神霊の依代の意味をも持ち合わせています。鏡餅は別名「ふくでん」とも称され、ふくでん、ふくでの呼称は「福田」「福伝」「福引」の漢字が当てられています。小正月まで鏡餅を飾っている地域もありますが我が家は、今日でお供え餅はお床から下げて歳神様から「福」を少々分けて頂こうと思っています。食べ方は‥揚げ餅きな粉餅お汁粉お雑煮と「お餅レシピ」はいくらでもあります。焼いて食べても美味しいですね〜鏡開きや成人式、そして小正月とだんだん「お正月気分」も薄れてくる頃です。(写真とイラストはネットから拝借しました)にほんブログ村
2022.01.11
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厳重な警戒が必要な大雨。九州や西日本は各地で経験したことのない大雨が降っている。被害もいっぱい出ている。自然災害の猛威は人知の知る由ではない。ものすごい脅威ではあるが全面的に悪いわけでもないと感じた。これだけ大雨なら交通機関にも大影響を及ぼすしお盆休みの人出も確実に減るだろう。外に出るのは危険だと見てすぐに分かるところが自然災害でありコロナウィルスとは大きく違う。少しはこの大雨で人流が減少することを願っているが東京では今日も感染者が5000人を超えた。お盆や帰省などどこかへ吹っ飛んでしまったよう‥皆様のお住まいのところに何事も起きないことを祈っております。にほんブログ村
2021.08.14
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茨城県には陸海空軍の記念館や軍事遺跡が数多くあります。戦争をすると言うことは兎に角、お金が掛かる‥二昔前には「戦争するには国家予算の3倍が必要!」なんて言われていたものです。今だったら軽く300兆円以上経費がかかると言うことですね。戦艦を作るのも弾薬、爆弾を作るのも兵隊の教育機関、兵舎、病院など諸々、掛かりが大変です。昨日のBlogの続きですが「筑波海軍航空隊記念館 HP」には戦争のいろいろなものが展示されています。「零戦の設計図」三菱が作っていたのですね〜今は、H-IIAロケットも三菱重工業が作っています。ソロモン諸島より引き上げられた零戦の残骸‥これ、全部本物なのかと思う前になんとなく宮崎駿のアニメに出てくる航空機や戦艦に似ていると感じたのが第一印象でした。戦争ってなんだろう‥科学ってなんだろう‥なんのために誰と戦うのだろう‥魚雷‥そういえば、魚雷の代わりにイルカを調教したという話もあったけ‥この階段を上ったり下ったり誰がどんな気持ちで往来したのだろう‥どうであれ、楽しくて明るい場所ではない。しかし、戦争の記憶は誰かが語り繋いでいかなければならない。戦争をやってもたとえ、長い目で見ても地球にとってそんなに大きなメリットは無いように思う‥県内には戦争の遺跡や遺構、記念館がたくさんありますがそれほど、皆んなが楽しんで訪れる場所でも無いと思いますが有名なところではあの「予科練」ですね。「予科練平和記念館」地球温暖化の問題が人類が深く関与していることが疑う余地が無いと言われた昨今。兵器を作る予算があるならなんとか地球のこの状態を少しでも良い方向に持って行ってもらいたい。折角、生き残った哺乳類なのだから‥今日も猛暑の一日が暮れようとしています。にほんブログ村
2021.08.11
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「映画 太陽の子」戦争の遺跡が残っている場所に従姉妹が、連れて行ってくれました。話題になったこの映画の撮影に使われた場所です。従姉妹は、三浦春馬の大ファンなのです。今現在は「茨城県こころの医療センター」と言う病院になっていますが広大な敷地には戦争中に使われた病院がそのまま残っているのです。「8/6」「 8/9」の両日は日本に原子爆弾が落とされた日。広島と長崎は祈りの日を76回を迎えました。この「太陽の子」の映画の内容は「原爆研究」をしていた若者たちの物語。当時、日本でも、「原爆」や「化学兵器」がたくさん研究され実験されていました。8・15は、戦争が終結した「終戦記念日」でもあります。八月は、いろいろなことが思い出される月であり、家族との絆や友情、悲しく辛い思い出と再会する喜びと楽しさなど多くのものが溢れている特別な月の八月。さぁ、記念館に入館します。戦時中そのままの病院です。この部屋は司令室のような会議室のような感じでした。まるで映画のセットみたいですが80〜85年程前の実際の机やテーブル、扇風機などが昔のままに置かれていて映画の撮影には小道具を左程持ち込まなくても使える当時のものが揃っているのです。この窓から戦闘機が飛び立つを当時のエライ人たちは見ていたのかと思うと私の心の中で時間が遠くに飛び立つのを感じました。いくつかの部屋を見て病室にやってきました。こんな言葉が壁に貼られていました。胸に去来したものは<こんなところで、こんな環境で怪我や病気は治ったのだろうか‥>今は記念館なのでとても整然としていますが当時の状況はどうだったのだろうか‥と。戦争の歴史は「人類」の歴史であり、古代から世界の各地で戦争が繰り広げられ、それは、いまもまだ続いています。昨日の長崎新聞は、核兵器禁止条約への参加を日本政府に訴えるような記事でした。黒い点が紙面にビッシリ。これが世界が保有している核兵器の数。そして、左端の赤い2つの丸が広島と長崎に落とされた原子爆弾です。詳しくは「長崎新聞」をご覧ください。この黒い点が新聞の見開き全面に印刷されているのがとても不気味です。(この写真はネットからお借りしました)核実験は今も盛んに行われています。もっと、高性能でコンパクトに一点集中型でピンポイントで敵を確実に狙えるように開発されています。人類は何故に戦争を繰り返しているのだろう‥「弱肉強食」の世界であることは承知ですが、同族同士でこうも血を流す戦争を繰り返すのは何故、なのだろう‥哺乳類の中でどうにか進化してきたヒトですが、どこでこんなDNAが盛り込まれたのか‥兎に角、どの動物よりも一番愚かだなぁ〜とつくづく情けなくなってきます。戦争は「狂気」の何ものでもありません。「命令」だとか「大義」だとか‥少し、考えてみればどうすれば良いのかすぐに解るのことなのに武力をもって戦いに挑んでしまう。戦争のことはこうした遺跡や遺構を見ながら身近に感じて「平和」が如何に大切かをよくよく考えるべき事なのだと思います。明日は「旧筑波海軍特攻隊史跡」をblogに書こうと思っています。零戦の設計図とかも残っているそうです。にほんブログ村
2021.08.10
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新型コロナウィルスの〇〇株が広がろうがウィルスの脅威が無かろうが「八月」はず〜っと昔から特別な「月」です。夏の風物詩の花火大会があったり子供たちには楽しい夏休みがあったり海に山に家族と友人と恋人とお出掛けする夏休みの「月」猛暑が続いて熱中症で倒れる人も多いけれど実りの秋がすぐそこまでやってきているのを感じる「月」そして、民族の大移動とも言える「帰省」お盆休みがある。しばらく会っていなかった故郷の両親や親戚たちと懐かしい顔ぶれが私たちを待っている。先祖への供養。そして忘れてならない「終戦記念日」何故、日本は、あんなにも無茶な戦争をしたのだろう‥戦争の話。原爆の話。疎開の話。空襲の話。そんな話を実体験から話せる人は、もういない‥明治生まれか‥大正の初めぐらいに生まれた人ならもう大人になっていたから覚えていることが多かったと思うが‥昭和の初めに生まれた人ではそんなに詳しくは知らないのではないかと思う。まだ、当時は子供だもの。明日は「広島原爆の日」東京オリンピックの最中で黙祷はするのだろうか‥ふとそんなことが頭をよぎった。八月は、いろいろな行事や祭事、催事があり多くの人が国内を移動する。今年のお盆は、皆、どうするのだろうか‥にほんブログ村
2021.08.05
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昨夜の地震は大きかった‥当市は震度4。ついこの間も大きく揺れてまた昨日も揺れた。ちょうど、友人と外で夕食を取っていた。大きな地震の時には誰かが近くにいてくれるのが心強い。コロナウィルスに感染しないように手指の消毒、マスク、ソーシャルディスタンス。花粉症対策に注射を打ったり、薬を飲んだりマスクをして、常に鼻炎薬やのど飴を持っていたり。地震に備えて家の中には暗闇でも分かるところにサーチライトを置き、常に水の汲み置きや非常食を小まめに消費しまた、新しい非常食を備えておく。台風や嵐の時に困らないように段ボールや養生テープ、長靴、簡易土嚢を用意したり。大雪のことも考えて雪かきスコップや靴底の滑り止めを用意したり灯油は切らさないように。マッチ、ガスコンロを用意したり。自然災害に備えていろいろと日々、点検や補充をしている。昨日の地震の翌日の今日は「春の嵐」で朝からずっと雨や風が強くなったり弱くなったりの繰り返し。「備えあれば憂いなし」と言うのはガッテン承知の助だがこんなに諸々の備えをするのは少々、面倒でもある。昨夜の地震で東北三県は地盤が緩んでしまったとか‥地盤は緩んで欲しくないですね〜自然との対峙がだんだん難しくなってきている。地震や噴火は抑えようもないし雨も風も雪も降れば降ったで吹いたら吹いたです。防災、防災と言っても必ずしも自宅に居るとは限らない。これから、温暖化は益々進み、緑地帯はどんどん減少し海もまた、海が持つ浄化作用も超えて汚染されてゆく。人類が何か地球に対して良き事を残しただろうか‥ふと、そんなことを思った花散らしの風雨です。にほんブログ村にほんブログ村
2021.03.21
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彼女が夢見たもの、それは、熱い接吻でだけなく彼の腕による抱擁だけもなかった。「燃え盛る心の奥底の情念の流動」それが今崩れようとしている。浄福に満ちた日々は病によって枯れようとしている。美しくかつ善いものだった一つの愛が醜く悪へと向かっているように思えた。愛の喜びの絶頂は美しい夢にすぎない。いずれそれは慰めようも無い悲しみの淵へと現実味を帯びてくる。老いることは青春の夢から覚めて嗄れた今の自分を改めて見直す時でもある。残された時間はそう長くはないのだから‥「目覚めよ!」にほんブログ村にほんブログ村
2020.11.26
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「緊急地震速報」のけたたましい音がスマホからTVから市の広報車から鳴る。一瞬、身構える‥大きな揺れを察知する様に身体の全神経がある一点に集中する。10分後、空振りで済んだ「地震警報」‥あ〜〜良かった‥これと言った揺れが無くて‥昨日の朝も震度3の地震で目が覚めた。大雨洪水も台風も竜巻も怖い。全国47都道府県に広がる新型コロナウィルス感染も怖い。これからやってくるであろう猛暑、酷暑も怖い。でも、地震以外はなんとか手立てがある。地震は、一番の恐怖である。どれもこれも恐怖感が伴うがそれぞれに異なる恐怖感だと思う。5月から7月までの丸3ヶ月の期間に何度も緊急地震速報が鳴り響き震度3程度の地震が何度あっただろう‥地震への恐怖は私の場合完全に「心的外傷」または「精神的外傷」でありそれをギリシャ語の「トラウマ」この頃はPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)と呼ばれるようになっている。この心と身体の傷はいつまで経っても癒えることがない。にほんブログ村にほんブログ村
2020.07.30
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科学的に分析したり予測したりしなくとも日本は「雨の国」であることはもう分かり切った事である。半夏生を過ぎて小暑に向かう頃は梅雨の終わり頃でこの頃に降る雨は大昔から川が氾濫し家が流されるような雨であった。日本の川は細くて曲がりくねって山間の谷間を流れている。何故雨が多いのか‥それは、日本の地形も関係し、また日本が四方海に囲まれていることも要因の一つである。九州の雨はまだ続くらしい。これ以上、被害が大きくなって欲しく無いがこれだけの量の雨が降ると水の力は凄まじく動かぬ筈の山をも一気に動かし、破壊してしまう力がある。厳重に注意しろと言われても天災に関しては、注意の仕様がなく、加えて思っているよりもその水の勢いやスピードが人間の小さな頭では考えられぬほどに予想がしにくい。私はこんな天災が起こるたびに思うことは子供が幼い時から学校や地域、家庭などで災害大国日本であることを認識させる事が必要だと感じている。地震も台風も噴火も日本の国はどこに住んでいても安全な場所は無いのだから‥線状降水帯は、まだ続くらしい。新型コロナウィルスワクチン開発でスーパーコンピュータの「富嶽」が活躍しているらしいが「富嶽」でも線状降水帯の予測は付かないのだろうか?(スーパーコンピュータ富嶽の写真はネットよりお借りしました)ウィルスもお天気も気まぐれでどちらも人知の知るよしではないのだと思ってしまう‥今宵は逢瀬の叶わぬ催涙雨の「七夕」である。それから、余談ではあるが今日は娘の誕生日しめやかに「誕生日おめでとう」今年は来月の新盆の後でゆっくり一献傾けましょうにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2020.07.07
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これはあくまで大雑把なただの計算である。新型コロナウィルスが終息するためには大凡、7割の人々が感染すれば穏やかにこの病いは下火になる。ウィルスとは細菌と比べると約50分の1程度の大きさで、とても小さく、自分で細胞を持っていない。ウイルスには細胞がないので、他の細胞に入り込んで生きていかねばならない。ヒトの体にウイルスが侵入すると、ヒトの細胞の中に入って自分のコピーを作らせる。細胞が破裂し、たくさんのウイルスが飛び出してほかの細胞に入りこみむ。こうしてウイルスは増殖し続ける。これを確認するには電子顕微鏡が必要で今回のコロナウィルスも非常に小さい。見つけ出すのが困難であるのだ。人は有史以来、ずっと病いと闘っているが一度も勝ち得たことはなく、勝ったと思っていても忘れた頃にそのウィルスはバージョンアップして舞い戻ったっりはたまた、姿形を変えてヒトを襲う。人類はいつの頃からか自然を壊し、己の利益を考え生きる残るためにいろいろ工夫して「我が世の春」を謳歌してきた。ヒトは決して踏み込んでならないところを科学とやらで開拓し、開墾し、森を焼き、川の流れを変え海を汚染して生きて来た。開けてはならない場所。「パンドラの箱」を言っている訳ではなくこの開けてはならない場所には地球の歴史の長きにわたり封じ込められた何かが眠っている。その何かが分からないままに開けてしまうと自然の何かのバランスが壊れる。この場所には人類が思うところの「希望」などは無いかも知れない。ここ12~13年、不穏な自然現象は多々起きている。大地震然り大噴火然りスーパー台風然り巨大竜巻然りもう歯止めが効かない状況なのは誰もが承知していることである。科学の世界は急速に発達し地球を全て汚染してしまうくらいの核兵器も作れるようになっている。しかしながら電子顕微鏡の中でしか確認出来ないような極々小さなウィルスに世界が震え上がっている。世界の人口は77億人。その7割が約50億人である。地球の人口増加はウィルスの増殖と変わりないくらいに毎秒で増えていっている。地球は7割が海で3割が陸。人が生活圏としている面積は狭い。このまま、世界人口が増えていけば当然ながら、満足に食べられない人が増える。地球の人口は今の科学力を持って35億人ぐらいだとエネルギー問題も環境問題も経済摩擦も軽減してゆくと試算されている。今回のコロナウィルス爆発的感染の事は神様はご存知のことと推察する。開けてはいけない場所は開けてはならない。Miracle Planet奇蹟の星 地球はいくつもの奇蹟の星たる諸条件がある。その一つたりとて欠けてしまえば青い惑星、水の惑星、生命の星にはならなくなる。その母なる地球を汚してはならない。自然と共生出来なくなった人類に与えられた罰のような気がするコロナウィルスである。にほんブログ村にほんブログ村
2020.04.02
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よく耳にする言葉「フォークロア」知っているようでよく知らない。今更、誰に聞けば良いのか?民間伝承、民俗‥のこと‥それは少なくとも一つの共通要素を共有している集団の人々でありその共通要素はなんでもよくどんな理由で形成された集団でも自分自身のものだと呼べる何かいくつかの伝承をもっていることである。そして、その集団が集団としての一体感を持つのに役立つ伝承の共通性の部分を知っていることにある。フォークは農民を超えて、都市住民としてのフォークがすでに確立されている。大都市が生み出す都市住民の深層心理がさまざまなフォークロアを創り出してゆく。都市伝説もその一つである。大都会の日常生活の中で起こっている奇怪なる出来事。それらをメディアやSNSで噂話、笑い話、誹謗中傷、デマなどが集められて真意は知らずとも誰が言ったか出所が全く分からぬままに人々の間で口々に語られ、伝えられてそれが、拡大、拡散し、興味本位に脚色されつつも次第に現実性を帯びてくる。文明社会の中に見も知らぬ異物が侵入して来た場合、それを排除しなければならない。何故なら、それらを排除しなれば都市としてのイメージが崩れ去ってしまうからである。汚らしいもの、不潔なものは根絶しなければならない。そして、ここに異物排除のフォークロアが生まれてしまう。新型コロナウィルスで世界中が一つの大きな問題に直面している。このままでは収まらない。しかし、このままにもして置けない。禊祓は、何が突破口でされるのだろう。にほんブログ村にほんブログ村
2020.02.12
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太陽の表面は天文学用語で言えば「光球」と言う。その上層には厚さ数千キロの「彩層」がある。さらにその上層100万キロ以上まで「コロナ」が広がっている。太陽は、宇宙で言えばごくふつうの恒星であるが、その光と熱は我々の生活にとってかけがえのない存在である。コロナは彩層の上に広がる希薄なガスであり太陽の表面温度6000°Cに対して高温で200万°C以上にもなり、コロナの形は、約11年の太陽周期と共に変化している。簡単な図式で太陽を描くとこうなる。この太陽のコロナの形とパンデミックに成りかねない発熱や上気道症状を引き起こすウイルスの形が似ているところから「コロナウイルス」と呼称している。予防はインフルエンザと同様に手洗いと咳等などの折のエチケットを守ることが肝要。どんなふうに広がっていくかは科学者でさえ、判らない。闇雲に恐れても仕方がない。デマに注意を払い情報に振り回されずに悪いことが拡散しないようにすることも大事。ワクチンが出来るまでには相当の時間がかかる。いずれ、そのうちにWHOが終息宣言をするかも知れない。しかし、まだまだ先のようである。かく言う私はどうやらごく普通の「風邪」を引いたようです。安静にしているのが肝心ですねにほんブログ村にほんブログ村
2020.01.31
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今日は大寒。「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」(暦便覧)一年で一番寒さの厳しい頃 。上の写真は我が家のカレンダーから‥「大寒」はまさにこんな感じがピッタリですよね〜二十四節気の最後です。この一番寒い時期を越えれば待っているのは「立春」になります。今冬は誠に暖冬で今朝は冷え込みましたが庭に降りた霜も朝の8時前にはすっかり姿を消していました。お天気が日の出と共に良いのでお洗濯日和。朝から3回も洗濯機を回してたくさん干しました。天気が良いのでほんの少し遠いところまでお買い物。空が青いですね〜樹々は、まだ裸ん坊だけど今日は風も無く春みたいに暖かな陽気ですよ。霞ヶ浦も筑波山も長閑で穏やか装いでしょう。家に帰って庭の奥まった所を見るとクレマチスが白い花を付けていました。初夏には白い大きな花を付けるのに冬もこんな形で咲くのですね〜我が家の庭に冬にクレマチスが咲いたのは初めてです。洗濯場の横の何鉢も置いてあるバラも一輪花を付けていました。花たちも暖かいと感じているのですね。今頃、気づいてごめんね。もっと早くから見てあげれば良かったね。しかし、暖冬、それが良いことかどうかは分かりませんが‥だんだん日本の四季が薄れています。地球温暖化‥どうしましょうね‥人ごとではありませんもの。あっそうそうちなみに大寒の日にちは年によって1月19日や21日になったりもしますが、2052年までは1月20日から変動しないのだそうですよ。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2020.01.20
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今日は「鏡開き」皆様は、どうやって鏡餅を召し上がりますか?本日は「餅」についてつまらぬ蘊蓄を書いてみることにしました。前置きを端折って日本民俗文化の「ハレの日」から始めましょう。ハレの日と言うのは「白米」を食べる日であり材料、調理法、食し方に普段ではない「やり方」をしました。それは、あくまで臨時の食物であって「カワリモノ」と呼ばれていました。その際に粉食においては黍(きび)餅、団子など粒食では強飯、赤飯、小豆飯などがあります。白米のご飯は稲作農民のいわゆるシンボリックな食物で昔、昔は一年三百六十五日の内に白米を食べる日には限りがありそれが「ハレの日」であったとするならば特別な食物を作る目的は人が食べるよりも神への供物のためであったと言えるかも知れません。今も米のうちでも「餅」は代表的な「ハレの日の食物」として位置付けられていますね。餅は、もち米を使います。「本朝食鑑」にはこう書かれています。「今蒸 好糯 搗造 之」つまり、糯米をよく蒸して、臼で搗いて作るのを「真餅」と呼び粟餅、葛餅、牡丹餅、蓬餅、草餅などとは完全に区別しているところが興味深いです。特に神に供える餅を「鏡餅」と称しその形は「大円塊」で鏡に似せて作られています。いろいろな鏡餅の由来がありますが満月の円形から考えられたともいわれ神霊の依り代の意味も持つのでしょう。我が国では「餅」が正月儀礼の代表格であることは間違いがありません。こうして神様にお供えしていた「鏡餅」を頂く日が今日ですからそれぞれのご家庭に相応しい形で有難く開いて年神様をお見送りし神様のお力を分けていただき家族全員の無病息災を願って食べることが佳きことと思います。「餅」と「日本人」のお話は数多く全国にあり、調べてみるのも楽しい時間になるやも知れません。では、我が家もお餅をいただくことと致します。参考資料 「民俗文化史 宮田 登 著」にほんブログ村にほんブログ村
2020.01.11
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今日は「文化の日」文化とは?これは定義があるようで無いような代物ですが歴史に名を残す科学者たちは世界的に変革や新しい文化を作ってきています。では、文化の日にふさわしい科学者をご紹介します。皆さんものすごい功績を残した人たちですね。日本人で初めてノーベル賞を獲得した科学者と言えば‥湯川博士ですね。科学は記号ばかりで難しくて私には無縁と思っていました。が、が、そんなことはありませんね〜こうした素晴らしい先人に支えられて今を生きているのですね。例えば「20世紀は白熱灯が照らし、21世紀はLEDが照らす」まさにその通りです。エジソン然り、赤崎勇・名城大学教授(85)、天野浩・名古屋大学教授(54)、中村修二・米カリフォルニア大学教授(60)の3人の科学者のおかげでエネルギー消費の少ない青色LEDの発明で私たちは明るい夜を満喫出来ます。ハロウィンが終わったかと思ったらもうクリスマスですね。科学は新しい文化を創ってゆくのですね。にほんブログ村にほんブログ村
2019.11.03
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大きな災害に見舞われるといつもは放送されない地域の天気予報をTVが流します。そして、悲しいことに毎日、取り返しの付かない人たちの人数が発表されます。NHKが各地の放送局を通じてまとめたところ、台風19号でこれまでに全国で79人が亡くなり、11人が行方不明となっています。亡くなった人は、▽福島県で30人、▽宮城県で16人、▽神奈川県で14人、▽栃木県と群馬県でそれぞれ4人、▽長野県で3人、▽埼玉県、岩手県、茨城県でそれぞれ2人、▽静岡県と千葉県でそれぞれ1人です。また宮城県や神奈川県など6つの県で11人が行方不明となっています。さらに33の都府県で396人がけがをしています。(NHK NEWS WEB)こんな報道が毎日更新されます。どうしてこんな風になったのか?何故、川が氾濫したのか?決壊したのか?越水したのか?わざわざ、専門家に意見を聞いている番組が多いですね。答えが分からないのでしょうか?答えは至極簡単なのに‥雨が予想以上にたくさん降って而も広範囲だったからです。いろいろな自然災害がありますが台風は、唯一予報が出せる災害です。「情報伝達」が上手くいかなかった‥情けに報いて相互に伝わることが達する。伝えただけでは駄目なんですね。受け取る側もちゃんと理解して受け止めてまた、それを伝えなければならないのです。気象庁の誰かが言った言葉が私の耳に強く残っています。それは「一夜明けると別世界になっている可能性が高い。」怖い言葉です。その通りになったところが多いのが今回の台風です。爪痕はあまりにも範囲が広くて未だに全容が掴めていません。台風15号に続いて台風19号。台風20号も発生しています。関東、中部、東北地方の観光業は大打撃ですね〜これからが紅葉シーズンなのに‥私も今年はいくつかの紅葉の名所を断念することにしました。皆様もところが無事でありますように‥追記ここ、2〜3日、楽天ブログにアクセス出来ませんでした。何故だか理由は分かりませんが今日は、ちゃんとブログをUPしたり皆様のところにもお伺い出来るようになりました。ほっと一安心です。これも台風の所為かしら?にほんブログ村にほんブログ村
2019.10.19
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グレタ・トゥーンベリさん16歳の演説は全くその通りである。詳しくはこちら→「怒りの演説 BBCニュース』大人はお金と経済ばかりと言われても仕方ないほど利益、国益、搾取、悶着などに囚われている。環境問題、地球温暖化、気候変動の話し合いはいつでも机上の空論で、グレタさんが言うようにこれからの未来の子供達に借金と取り返しのつかない負の遺産を残すことになるのはもはや必然であると私も思う。ヒトと言う種類はここまで自然と共存共が出来ないのは何故なのだろう?ヒトが、もし本当に皆さんが考えるように智の生物であるならば地球との共存といった「対等意識」や「地球にやさしく」などというおごり高ぶった表現や発想を一度捨ててただの地球生物として多種多様の個々の自然物と向き合い本当の意味での共存共生を模索する方向へと思考を今すぐにでも変えねばならない。産業革命から170〜180年で地球の平均気温は1.5度も上昇している。地球の平均気温が4度上がるとどうなるのか?この地球上の陸地はヒマラヤ山脈のように世界の屋根とも言われているところ以外は水没してしまう。つまり、陸上に住む生物のほとんどが絶滅してしまうのである。人類がこれまで地球に対して与えてきたインパクトを猛省しなければならない。先進国は、極力欲望を抑え、発展を小さく、成長を遅らし過去に犯した悪行の数々の後始末やこれから起こるであろうマイナス効果を出来るだけ、その叡智とやらを使って軽減する必要がある。CO2の排出問題になると発展途上国と名乗ったり自国ファーストと言い切るのもイイ加減にして欲しい。最後に地球はミラクルプラネットたとえ、小さな惑星でも生物(ヒトも含む)にとっては巨大な存在である。地球はその巨大さゆえに人の想像をはるかに超えた復元力、回復力、再生力、浄化力などとてつもない大きな寛容力を持っている。しかし、地球のシステムやバランスを壊してしまうのが人ならば、ヒトは反地球生命だと地球から思われてしまうかも知れない。地球が持っている自然の造形力の凄さを解明すらできていないヒトでもある。にほんブログ村にほんブログ村
2019.09.25
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地球は水惑星ゆえに水の存在は普遍的である。地理的、気象学的に水に恵まれている日本に住む我々はどちらかと言えば「水」に対して無関心に近く、自分の周辺の状況に反応する程度である。台風15号。非常に強い勢力になり雨、風共に強くなった。関東地方、静岡は直撃、交通網はほとんどが止まる。こんな時ばかり、「水」の存在を知る。普通、日常生活においてヒトは「水」に対する客観的立場を自らの内に確立し得ない。スーパー台風になる最近の台風のそもそもの原因は何にあるのか‥海水温が高いからだけではなく、ヒトの営みにあると思う。地球温暖化は、もう認めざるを得ないだろう。地球の七割を占める海。水である。その7割を相手にヒトは文明や科学で勝てると思っているのだろうか?愚かである。もうそろそろ、それぞれの国々の国益や人間中心の考え方を省みないといけない時だろう。自然の力は人間が想定できるようなものではなく只々、脅威である。「海」生命の母である。全ての生命は、海から生まれ、水蒸気は上がり雨を降らせ、風を呼び大地を潤し、水は川から海へと又帰る。「水」が無くては生きてはゆけぬ。台風が近づいたら大人しくじっと静かに耐えていることだ。相手は「台風」猛烈な雨と風が一緒にやって来る。風神、雷神、海神である。どうやっても人に勝ち目はない。自然に逆らうことばかり「知らず知らずに」犯した大きな罪。「世界の平和をおびやかすもの」それは「ヒト」である。今日のお昼頃まではものすごい雨風になるだろう。野分の後は庭がメチャクチャになるのも当然。そして、台風通過後の気温は37度予報である。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2019.09.09
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大陸の縁に弧状にに配列する列島。細いひもに花を結んでつった花綵(はなづな)のような形の列島。弧状列島 または花綵列島と言う。「花綵」とは、なんとも美しい呼称である。日本に生まれ住んでいて日本がこんな名前で呼ばれていることを知っている人はどれくらいいるだろうか‥日本は北海道、本州、四国、九州を含む本州弧と千島弧の南半の一部、琉球弧の大部分、それと七島、マリアナ弧の北半より成り立っている。日本列島の総面積は37万2000km2北方領土を含むと37万7000km2である。この花綵列島の広さと地球の表面積の広さと比較してみると陸地が地球の0.07%海洋が地球の0.24%になる。これは、あくまで陸地と海洋との面積比を3:7として計算している。日本は災害大国、台風王国とか地震列島、火山列島と言われているが植物の花・実・葉などを綱状に編んだ飾りみたいでそれらを模してつくった陶器・建築などの懸花装飾の様だと言われる方が「たおやか」で耳に優しいと感じた。にほんブログ村にほんブログ村
2019.08.30
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「文化」とは定義することは甚だ難しい。一言で文化を表す言葉は見当たらないのである。インターネットで検索しても文化人類学を修得してもこれと言って納得する答えは得られないのが実情である。例えば「日本文化」と言うと「茶道」「華道」「能」「禅」などを連想しそれに関連したもの、つまりは芸術、芸能、宗教など政治やその時代の経済、産業を除外した特定の分野を言い表していることに気付く。しかし、これはあまり良質な答えとは言い難い。いわゆる「文化人」とか「文化国家」などに使う時の「文化」、最近ではあまり言わないが「文化住宅」「文化包丁」などの「文化」は特定の分野の「文化」なのであろうか?「文化」とは一分野としての文化ではなく知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣習など様々な分野を通してその社会の成員としての人類が獲得した全ての行動様式、日々の営みが大きな意味での文化として社会に蓄積されて、社会の成員の行動や考え方を規制する、そのような非常に大きな枠組みを文化と定義するのである。勿論、言語も文化であり学習しなければ先天的に話せるようになるものでもない。また、人類が類人猿と分かつ決定的な差は「頭からではなく足から人類は人類になった」と言うことから二足で歩くことは私たち人類にとって生理的必然である。言語というコミュニケーション手段と二足歩行ないし直立歩行は、人類と動物を区別する重要な特質であり、文化を獲得するための技能でもある。余談「なんば歩き」をご存知ですか?我が国の人々の歩き方は近代的軍隊の創設に伴い、全国規模で一変したことが立証されています。「なんば歩き」これは、右足と右手、左足と左手で歩き、右足と左手と言うように交互出す歩き方とは違う。え〜っと思われるかも知れないが日本の古い絵画を見ていると「なんば歩き」をしている絵画が宗教画などによく見受けられる。下の絵画は「信貴山縁起絵巻 加持の巻」である。雲に乗って朝廷に急ぎゆく「剣の護法」の図である。左手、左足を前に出し右手、右足を後ろにしている姿である。幕末から明治にかけて行進、行軍に教練に組み込まれ以来、私たち日本人は皆、交互に踏み出すようになったのやも知れない。歩き方も「文化」の一つであると言えよう。にほんブログ村にほんブログ村
2019.08.28
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「梅雨時」丁度、今時分の雨には呼び名がたくさんある。「黴雨ばいう」が転じて「梅雨ばいう」になったとも言われている。入梅梅雨栗花落堕栗花五月雨五月闇五月晴梅雨の中休み空梅雨送り梅雨戻り梅雨夕立ゲリラ豪雨集中豪雨白雨日照り雨狐の嫁入り肘傘雨日照雨村雨群雨叢雨繁雨篠突く雨雷雨雷鳴雷公雷電神鳴祈雨喜雨洗車雨酒涙雨雨乞い返り梅雨半夏雨長梅雨などなど、この時期の雨の種類はたくさんある。まるで神殿のような柱がある広場を女が一人歩いていた。雨には、降られたののだろうか‥白っぽいレインコートに長い髪が揺れていた。誰かを待っているようだ。雨は上がっていた。待ち人はやって来たのだろうか‥雨が降りそうでいてでも雨が降らないみたいで‥どこか落ち着かない様子が気にかかった。にほんブログ村にほんブログ村
2019.07.06
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仏舎利塔の基本この写真は御殿場の平和公園の仏舎利塔でお天気が良ければ必ず富士山が見えます。さて、釈迦が入滅すると、その遺骸は火葬されて遺骨(舎利)になり八方からやって来た仏教信者の8人の王様により分骨され、それぞれの国々で舎利塔を建て手厚く葬られました。此処で言うところの「塔」とは仏陀の遺骨を供養するために営まれた「墓」のことです。当時、パアリー語で「トフパ」サンスクリット語で「スツゥパ」と言っていたのをのちに、仏教が中国に伝来すると「トフバ」に「塔婆」「スツゥバ」に「卒塔婆」の文字を当てさらには、「塔婆」を略して「塔」になったようです。「塔」は、いろいろな形をしていますがその中で、日本の塔の代表的な塔の相輪部の形が下記の図です。今現在、奈良の薬師寺の東塔が修復工事をしておりますが国宝の東塔の美しさはこの水煙が決め手だったかもしれません。フェノロサ曰く「凍れる音楽」と表現された水煙です。解体工事に伴って火除けの水煙は初めて地上に降ろされて多くの平成の人々のすぐ前に姿を晒しました。これが、東塔の宝輪(九輪)、水煙、竜車、一番上が宝珠になります。こうして見ると、五重の塔の上部(相輪)の一部の水煙ですが大きいのですね。手前が新しく作られたもので奥が昔からある東塔の水煙です。↑この写真はネットからお借りました。同じ薬師寺でも、この水煙があるお堂は「玄奘三蔵院伽藍」のもの。全国のお寺にはたくさんの塔が建っていますが相輪部の形は皆、違います。↑これは、東京浅草の浅草寺の五重の塔。普段は、塔は背が高くてどんな風になっているのか確かめるのが一苦労ですが、どこかのお寺に行った時に塔をゆっくりと見て欲しいと思います。仏舎利塔はお墓だったのですね〜しかし、歴史に名高いところの塔はどこもかしこも立派にそびえていますね。↑ 日光 輪王寺 五重の塔余談お釈迦さまは火葬されて分骨されました。日本では、700年に道昭という法相宗の僧侶が、遺言によって火葬されたのが初めて、と言われています。しかし遺跡では、それ以前に火葬が行われた痕跡が見つかっています。道昭は、持統天皇の良き相談相手だったとも言われておりその影響もあったのか天皇では、持統上皇が702年に初めて火葬されました。日本では仏教の伝来とともに、火葬は広まっていきます。因みに、奈良薬師寺も法相宗です。にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.15
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「時の記念日」時は、西暦にすると671年6月10日。天智天皇の御代、漏刻(ろうこく(水時計))が設置され、宮中に時が告げられるようになった。それを記念して「時の記念日」がある。昔、昔は人々は細かな時間には縛られていなかった。陽が昇れば起きて働き陽が沈めば眠る。何時の頃からか灯を使い夜型の人になっていった。「時間の森」は朝も昼も夜も無く私たちは、四六時中、時間に左右され、拘束されまた、その「時間の森」から逃れることも出来なくなってしまった。この世に生まれ出でてほんの束の間、時間を自由に使っている時がある。それは、赤子の時だけでそれも、僅かな自由なる時間を過ごすと決められた時間に食事が与えられ決められた時間に眠るようにされる。物心がついて家族や社会の中で暮らせば「時間!時間!時間!」に追われる生活が延々と続く。あと何時間?あと何分?あ〜時間が足りない。仕事が終わらない。無駄な時間を費やした。ゆっくりしたい!のんびりしたい!世知辛い「時間の森」の住人たちの悲鳴が聞こえる。どんなに焦ってもどんなにもがいてもどんなに暇でも忙しくても1日は誰にでも平等に24時間ほどあるようだ‥それをどう過ごすか‥昨夜から、梅雨寒で今日も雨の一日になりそう。何もこれと言って、やることが無い「時の記念日」では、では、気の済むまで録画してある映画を見たり、勉強をしたり、時間に囚われる事なく今日を満喫するとしましょう。時から解放されるのはとっても嬉しい‥にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.10
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「須弥山」須弥山というのは、仏教宇宙観に出てくる創造的な山であり、須弥山の頂上に住んでいるのが「帝釈天」である。その帝釈天の輩下としてこの須弥山の四方の中腹にある門を守護しているのが「四天王」と言う神である。東方には「持国天」剣を持っている。西方には「広目天」巻子と筆を持つ。南方には「増長天」足下に邪鬼を踏みつけ、左手に戟を持つ。北方には「多聞天」宝塔を持ち、邪鬼の上に乗っている。四天王は、もともと婆羅門教の神々でそれぞれに多くの鬼神を従えて強大な武力を持った護世神として考えられているが後に仏教に採り入れられてから仏国土の四方を守護する護国安民の武将になる。上記の四天王は奈良東大寺戒壇院に安置されている国宝の四天王である。須弥壇上では向かって右側から左への順で持国天、増長天、広目天、多聞天と配置される。四天王の中で特に多聞天は、毘沙門天として尊崇され富貴栄禄を祈願することが盛んに行われている。ちなみに毘沙門天の妻は「吉祥天」である。さて、私は今一度、仏教について学問しようと計画中で、仏の教えばかりではなく寺院における建築学、古代史研究、仏教美術、宗教の哲学など再勉強に取り組もうとしています。にほんブログ村にほんブログ村
2019.06.03
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かつて法隆寺に七不思議の伝説があったと記されている。「聖徳宗 総本山 法隆寺 HP」1、法隆寺には蜘蛛は巣をかけない2、南大門の前には鯛石と呼ばれる大きな石がある3、五重塔の上に鎌がささっている4、不思議な伏蔵がある5、法隆寺の蛙には片目がない6、夢殿の礼盤の下に汗をかいている7、雨だれが穴をあけるべき地面に穴があかない少々、薄気味悪い伝説を仏教考古学者の石田茂作氏はこう解釈し直した。1、中門中央の柱2、金堂.五重塔の裳階3、中門.講堂中軸線の食い違い4、五重塔の四天柱礎石の火葬骨5、三伏蔵6、五重塔心礎舎利器に舎利無し7、若草塔の心礎さぁ、その中門まで歩いて行く。この写真が、法隆寺の中門である。なんか、変だとは思いませんか?伽藍に興味がある方はこれをよく見えれば何か変であると気付くはずである。人が通る門の中央に柱があるのは不便であり何故、二つの扉があるのだろう?中門の真ん中の柱は何を意味しているのか?次に不思議なのは金堂と五重塔の裳階である。法隆寺は聖徳太子の時代に創建されたとあるが奈良の薬師寺の塔にあるように‥参考までに薬師寺の三重塔は日本の古代建築の最高峰と絶賛されている塔である。確かにその姿は各層の屋根の下に裳階を付けるという他には例のない極めて独特なものであり、後にも先にもこの薬師寺の三重塔のみのことである。と薬師寺は言っている。薬師寺は聖徳太子の時代よりもかなり後の時代の建築である。法隆寺解体修理の際に明らかになったことだが裳階は最初からあったと言うことが判った。それでは、時代が合わないではないか?この写真は、大講堂から中門の方を振り返る構図で撮っているが中門の中心線と講堂の中心線が一致していないのも不思議である。講堂の両脇の桜が私を待っていてくれたように静かにその花を咲かせていた。桜ばかりに目をやってはいられない。私はこの謎を自分の目で見て確認をするために法隆寺にやってきたのだから。ここで、法隆寺伽藍の配置の図を見てもらいたい。なんの理由があってズレてしまったのだろうか?不思議なこと、謎ばかりの法隆寺である。考古学は実に楽しい!さて、学問的なところはこの辺でお終いにしてそろそろ懐かしの桜に逢いにゆこうと思う。つづくにほんブログ村にほんブログ村
2019.04.08
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こんなにも印象的だった「平成」への改元。今までの元号一覧はこちらから「元号一覧ウィキペディア」TVで盛んに「平成時代を振り返る」番組が流されています。平成は、戦争は無かったものの災害とテロ、インターネットの普及における様々な事件など今までに体験したことのない30年間でした。昭和が長かったせいかあっという間の平成でした。まさか、昭和から平成、そして明日変わる新しい元号を自分が目にし、耳するなど思いも寄りませんでした。あ〜昭和の時代が益々遠ざかりますね。さて、「改元」は新しい天皇の御代になると元号が改められます。今回は、天皇が皇太子に皇位をお譲りになり、天皇は上皇となられて、皇太子が新たなる天皇となられます。これを「譲位」と言って光格天皇が仁孝天皇に譲位されて以来約二百年ぶりのこととなります。「御代替わり(おみよがわり)」それは、今も昔も変わらない日本人の心に深く深く、そして永く受け継がれてきた日本人の精神の継承の儀式です。変わりゆく時を経ても御代を経ても変わらない日本人の本質がそこにあります。平和で豊かで我が国の安寧を願い御代替わりを日本国民ばかりではなく世界中の皆さまでお祝いしましょう。改元 四月一日(月)譲位 四月三十日(火)退位礼正殿の儀践祚の式 五月一日(水)剣璽等承継の儀賢所の儀 皇霊殿神殿に奉告の儀即位後朝見の儀即位礼 十月二十二日(火)高御座に登られ、内外に即位を宣明そして大嘗祭十一月十四〜十五日こうした動きの中で国民は、世界はどう変化するのでしょう。これに乗じて、佳きことも悪しきことも世の中に蔓延する。平成に変わった時もそうであったように‥時代を遡ると大化、皇極天皇の御代から始まる元号。その「大化」の立役者が天智天皇と中臣鎌足でありそれから、1374年も続いている「元号」である。新しい時代が始まります。にほんブログ村にほんブログ村
2019.03.31
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「月」月の大きさは常に一定ではなく、地球との距離によって変化します。今年最大のスーパームーンだそうです。満月になったのは日付が変わった0時54分でした。雨水らしく雨が降った地域では見られなかったかも知れませんが今宵も月が昇れば昨夜とあまり変わらないほぼ満月の月が見られることでしょう。月齢は16.2です。スーパームーンは天体用語や気象用語ではなく占星術から来ている呼び名で月が地球に最も近づいた時に、満月もしくは新月の形になった月の姿、またはその現象をスーパームーンという様になったとネット検索すると載っています。先月の月も大きかったですよ。特に1月24日の月齢18.1のお月様は真っ赤で妖しく不気味な色合いで夜遅くに昇りました。地球と月との関係は切っても切れないご縁で地球があっての月で月があっての地球です。今、こうして地球が凸凹天体にならずに済んでいるのは月が地球の矢面に立ってくれているからと言われています。それから、月はどうやって生まれてきたのか?月の誕生には4つの説があります。1、親子分裂説(地球の一部がちぎれて月になった)2、捕獲説(全く違うところで生まれた月が地球の重力に捕らえられた)3、双子説(太陽系ができたときに、地球と一緒に生まれた)4、巨大衝突説(地球がほぼできあがったころ、火星ぐらいの大きさの星がぶつかり、宇宙空間に広がった地球のかけらが次第に集まって固まり、月ができた)4番の説が一番有力だとJAXAは言っていますが実際のところ、謎です。私は、余程のことがない限り毎晩、夜空を見上げています。土砂降りの時は見上げませんがそれ以外はほとんど、月や星を眺めて1日を終えます。ところで月の裏側は地球からは見られませんがJAXAがはっきりと映しております。いつものお月様とはだいぶ様子が違います。月は女神なのか?それとも月讀命のように男神なのか?こんな映像を見ると益々、謎に包まれしまう月です。にほんブログ村にほんブログ村
2019.02.20
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「毎日都々一」年に一度の兼題入賞者の発表今年のお題は「代 元 明 珠 去 来 知 徳」多くの作品の中から上位五名の作品を紙面掲載致しました。では、その作品をご披露致します。1、秀作 亥の年 時代は新元号へ 明るい未来の日が昇る <水戸市 高田良平>2、知恵を集めて未来に向けて 新たな元号決まる春 <日立市 上野ジュリ>3、今年は改元 明るく行こう 知恵と徳あれ新時代 <水戸市 窪田 満>4、新年元日 ゆるりと明けて 横で寝ている徳利酒(とくりざけ) <水戸市 市川宇太郎>5、昭和平成去りゆく時代 来たる希望の新元号 <笠間市 王田侘介> 皆さま、思うことは同じなんですね。今年は平成最後の年。天皇陛下のご退位。そして、新天皇の御即位。新しい元号が決まります。私も同じような気持ちで5作品を選びました。良い春がやってきますように‥たくさんのご応募有難うございました。 「去るもの追わずに来るもの迎え 亥の年明るく元気よく」 (緑仙)にほんブログ村にほんブログ村
2019.01.23
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暮れに「兼題」を紙面に発表して目下、その応募された作品の選句をしています。今年の兼題の文字は以下の8文字。「代 元 明 珠 去 来 知 徳」この8文字の中から3文字以上を使って新春に相応しい作品を作っていただきます。もう何年になるかしら?「兼題」は私と毎日新聞の水戸支局長とで考えて出題をします。「兼題」が失敗だったこともありました。今年も多くの皆さんからたくさんの作品を届きました。「兼題が良いですね。」「今年の兼題は難しいですね。」「一度ぐらいは入賞してみたいです。」とか一言添えてのメールやお葉書を頂きました。これは、とても嬉しい一言でした。平成も最後の年ですから皆さま、それぞれに素晴らしい作品を送って下さいました。人様の作った作品をあれこれ言うのはとても申し訳なく思うのですがやはり、とても上手な作品には深い味わいがあります。私は「選」するだけですが批評も添削も指導もしなくてはなりません。結構、難しい立場です。自分ではあまり作品を作ることはありませんが長い期間、選者させていただいていると自然といろいろなことが数式のようの分かってきます。都々逸は「7 7 7 5」合計26文字で構成されています。私の中にはいつも思い浮かべていることがあります。「17文字では短くて31文字では長すぎて」が持論です。今、流行りの俳句も川柳も5 7 5の世界短歌は5 7 5 7 7の世界どちらでもちょっとだけ文章の組み合わせを変えてみれば都々逸作りも可能です。さぁ、今年の優秀5作品も決まりました。あとは、新聞社に伝えて入稿してもらって紙面発表するだけです。にほんブログ村にほんブログ村
2019.01.18
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梅原猛先生の本は何冊も読んだことがある。まるで小説のような「日本古代史」を何作品も書いていらっしゃる。この連休中、私は少々風邪を拗らしたようで家でじっとしていた。TVの話題の一番は横綱 稀勢の里の復帰は如何に‥!!今日もまた国技館は「あ〜〜〜ぁ きせ〜〜」で終わった。身体が怠くて何もしたくないのだが梅原猛先生の訃報を聞いて本棚を探してみる。「あった!」「隠された十字架 法隆寺論」である。1972年に出版された本は、ほとんど、汚れもなく私の本棚の奥に眠っていた。この本を買った頃には哲学など、全然知りもしなかったけれどその後、25年の歳月を経て私は3年も哲学を学問することになる。法隆寺には何度となく行ったことがある。行く度に、他のお寺にはない何かを感じてしまう法隆寺。梅原先生の言葉を借りれば謎めいて魅入られてしまうお寺である。聖徳太子にも興味があり夢殿や救世観音など謎は何故を呼ぶ。折角、手元にあるのだからもう一度、この本を読んでみよう‥読み始めて、内容がスラスラと頭に入っていくのを感じる。少しは、今までに培った日本史も役になっているのかも知れない。面白いわ‥この法隆寺論は‥で、読んでいて気がついた1972年47年も前に書かれたこの本は活字が小さい‥あ〜この時代の文字は今のように大きな文字で印刷はされなかったのだ。古い本を見ると内容とは別の他のものも見えてくる。ちなみに「宗教」「道徳」「倫理」「哲学」の違いを簡潔に述べよと問われれば今はすんなり答えられる。そう、知らねばなるまいが「哲学」です。にほんブログ村にほんブログ村
2019.01.15
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手を温める火鉢に手を翳し冷え切った手を温める年末からずっと使っている火鉢の炭火火は暖かい七草も過ぎると西高東低の冬型の気圧配置が続き冷たい乾いた北西の風が吹く朝から家中の掃除をする寒くても天気上々窓や戸を皆開け放って掃除をする日中は気温も上がり穏やかな陽射しがあれど水に濡れた手が冷たい手を温める手が冷たくなり過ぎるとかじかんでしまい上手く掃除が出来なくなる履き残し、拭き残しを追いかけるように汚れた家中を浄めるどんなに手が冷たくなっても今、掃除をしなくては今夜からの安らぎを得られないから私、頑張るよまた、手を温める炭火も去年から消すこともなく炭を継ぎ足しては朝になると炎をくゆらしてくれる各部屋を清潔にするため部屋に残る邪気を払う為心の安寧を得るために掃除をする手は赤く冷たくなってシワシワだらけ‥そんな自分の手をそっと温めると肩の力が抜けてホッとするさぁ、もうすぐ綺麗になる部屋あ〜これこそ私の本当の新年ですにほんブログ村にほんブログ村
2019.01.09
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昔、この歌をよく歌ったものだ。私はいつから月の虜になったのであろう‥Fly Me to the MoonFly me to the moon andLet me play among those starsLet me see what spring is like onJupiter and MarsIn other words,Hold my handin other words,Darlin kiss meFill my heart with song andDlet me sing for ever moreYou are all I long for all IWorship and adoreIn other words,Please be trueIn other words,I love you今宵は中秋の名月どちら様も秋の月を愛でる事ができれば佳きことでしょう。愛しき人‥どうぞ、私を月へと誘って下さいませ。にほんブログ村にほんブログ村
2018.09.24
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台風12号のせいで皆既月食のことがあまり取りざたされませんでした。この写真は毎日新聞からお借りしていますがこんな風に月食と火星がよく見えたところもあったそうです。「沈みゆく皆既月食と火星との共演」さて、昨夜の火星をご覧になりましたか?15年ぶりの大接近です。「国立天文台HP 火星の接近とは?」15年前、つまり2003年の時の火星大接近と比べると今回の火星の輝きは大分小さく感じます。「火星大接近 2018.7/31 」ちなみに前回は6万年ぶりの大々接近で私はその時の火星を庭から母と二人で眺めました。火星は、2年2ヶ月ごとに地球に接近しますが今回の大接近と比べると前回の火星接近はものすごく火星が近くに見えました。肉眼でも真っ赤な星にはっきり見えました。何しろ、6万年に一度の大接近でしたから‥今回の接近を見逃すと次回は2035年9月になります。2018年の夏が猛暑なのは火星が近づいたからかも?そんなことがあるのか無いのかかは分かりませんが2003年の夏も暑かった‥今回の火星は秋口までしばらく見ることが出来ますから昨夜見逃した方は今夜、ぜひ南東の空を夜の10時ごろに見上げてください。ちなみに火星が地球に近づいた距離は2003.8.27 最近距離 5576万キロメール 2005.10.30 最近距離 6942万キロメートル 2007.12.18 最近距離 8817万キロメートル 2010.1.27 最近距離 9933万キロメートル 2012.3.5 最近距離 10078万キロメートル 2014.4.14 最近距離 9239万キロメートル2016.5.30 最近距離 7528万キロメートル2018.7.31 最近距離 5759万キロメートル火星移住計画は密かに進んでいます。にほんブログ村にほんブログ村
2018.08.01
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梅雨空が戻ってきて全国的に雨の一日です。日本には四季がありますが私は、この梅雨時をもう一つの季節としてとらえて日本の四季は五季だとず〜〜っと前から思っています。今日は、雨も本降りで水が引き起こす災害もあるかと考えられますが空梅雨だとこの後にやってくる夏に水不足が生じてとても困ります。案外、雨降りの季節が好きな私。何故かと言えば、「水は天からの喜びの贈り物」だからです。私たちは水が無ければ生きてはいけません。水は天から無償で降ってくるのですが人々の思うようには降ってはくれません。(当然のことですが、自然の尺度は人間界とは違うのです)人は、日ごろは大切にも大事だとも深く考えたり思ったりしない水。その天からの恵みの雨を蓄えてくれているのが森です。自然豊かな森は人には中々作れません。森は誰が作っているのかご存知ですか?森は鳥が作ります。あ〜今日は雨降りの一日です。雨の匂い、雨音、雨のリズム‥良いですね。にほんブログ村にほんブログ村
2018.06.20
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大阪で地震があった。マグニチュード6.1の規模の地震である。被害の状況がTVでたくさん流れた。マグニチュードは「1」違うと地震の規模は32倍になる。3.11の東日本大震災の地震の規模はマグニチュード9.0今回の大阪北部地震と比べると簡単に計算して約10,000倍も東日本大震災の大きかったことになる。加えて、津波と原発事故が重なり未曾有の大災害になってしまった。3.11から7年が経過して東北の地震の爪頭は今だに復旧、復興途中である。TVのニュースを見ながらつくづく思った。やはり、大きな地震を自分が経験していないと危機管理意識が目覚めないのだ。地震が一度起きればライフライン、交通網は遮断される。情報は錯綜し、良しにつけ悪しきにつけネット上でいろいろなことが拡散する。そんなことも分からないのか?大阪駅でタクシーやバスを待つ多くの人たち、車で移動する人、学校の校庭に児童を集める様子を見て「あ〜この人たちは全然学習していないんだ!」と思った。公共のインフラはこの7年の間にずいぶん進化したがそれにすっかり慣れきっているといざという時に何も自ら判断が出来ないのだろう。大体、タクシー待ちの列が300メートル以上もあって2時間も3時間も待っているなら危険回避しながら、目的地まで歩ける距離なら歩いたらどうだろう。大きな地震は、水道管など破裂させることなど造作もないことで「水」の確保が地震が収まったらすぐに始めることが重要である。電話は固定電話、携帯電話はまず、使えない。Lineは繋がりやすいと言うだけで確証はない。日々の生活の中で危機管理意識を高く持っていないともしもの時に何も出来ず、途方にくれる自分がいるのだ。さて、日本は何故「地震大国」なのか?日本列島はユーラシアプレート、太平洋プレート北米プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートがひしめき合ってる。プレートどうしはあるところで衝突したり、沈み込んだりひずみが出来たりしている。そのようなプレートの境界では地殻変動や火山活動が盛んになる。日本は、まさにそのようなところに位置している。日本の国土は、地球上の陸地の面積の約400分の1にしか過ぎないが、日本列島、そしてその周辺からは地震や火山噴火のエネルギーが地球全体の約10分の1も発散している。これこそが「地震大国」の所以である。7年前の地震と津波と原発の記録のVTRを何本も持っている私は、年に何度かあの恐ろしかった映像を見てあの時を思い出し、自分がそうなったら今度はどうしようか、どうすれば一番ベターなのかを模索し、日本の自然や地球のメカニズムを勉強している。日本は、いつどこで地震が起きてもおかしくない。地震が起きれば、火山も誘発される。「地球は活動期」に入ったのであると思っている。自分のところは大丈夫などとは夢にも思っていない。南海トラフ、東海沖地震、東京直下型地震などなど危険と隣り合わせの毎日である。それから、もう一つ。「富士山」の噴火である。もし、富士山が宝永年間のように噴火したら東京はあっという間に「死の街」になる。そして、日本は、東と西とに分かれてしまうかもしれない。危機意識。危機管理能力。身につけるためにはまず、そのものを知るところから全てが始まる。
2018.06.19
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もう何年になる‥?私は、あなたに逢うために春を待つあなたに逢わなければ、私は死んでいたかもしれないあなたは何も言わないけれど私に毎年、毎年、大きな大きな生きる力を与えてくれる身も心も傷ついていた時にあなただけが私に優しい春風を贈ってくれた人なんて誰も心底、心配などしてくれない‥みんな、自分のことで手一杯だもの私は「桜」が好きだけど‥ただ、桜が好きな訳じゃないあなたに逢うといつも思うことがあるあなたは、1300年もの間たった一人で、此処に立っている長い長い年月、数多のことを見てきたことだろう様々なことを知っているあなたの存在はとても大きい私の迷いや人々の悩みなどどれほど僅かな一瞬だろうか‥大地に深く広く根を張り幾年も美しい花を咲かせてきた「あなた」長い時の中で「あなた」に勇気付けられ元気付けられ「あなた」に思いを寄せた人々はたくさんいるそんな「あなた」に逢うために私は毎年、春を待っている今、その「あなた」の前に私はいる嬉しく有難い今年も優しく微笑んで私を迎えてくれました出逢えて良かった私の心を救ってくれたのは他でもない「あなた」です「福島 三春の滝桜」満開を迎えました!もう何年になる‥?もう20年ぐらい‥
2018.04.07
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彼の夢は水に写った儚いものに過ぎなかった。彼女の夢もまた狭い町の中では叶えられそうにもなかった。それでも彼らは、それを捨てることは出来なかった。学業や仕事、家事や育児、その合間にもくもくと練習した。誰に認められるものでもなく、誰からの支えも援助もなく身体は疲れるばかり、それでも夢は捨てきれなかった。暗い奈落の底のような日々は続いた。頭上を見上げるとそこには青い空が広がっていた。「何があってもこの暗い世界から 明るい世界へ僕は行くんだ!」ようやく、彼らの心に小さな花が眠りから覚めた春がやってくる気配がした。師匠や先生、コーチ、応援してくれる家族、友人などが増えてきた。「君のことを信じている。 君は、晴れの舞台にきっと立つことができる。 何も心配することはない。」「でも、自分の力なんて信じられない。」「自分が信じられないなら君を育ててきた僕を信じろ!」先生は、僕を信じてくれている。コーチは、私をいつも見守っていてくれる。師匠は、何も言わずに「うむ」と優しげにうなづいてくれる。「世界は広いぞ! みんな、お前と同じくらい、否、お前よりも ずっと辛く、苦しい思いをしている。 みんな、この晴れの舞台の上に乗るために 修練を積んできている。 お前だって誰にも負けないくらいに頑張ってきたんだ。 しかし、海を渡る切符を手に入れられるのはお前の運と力だ。 行って来い!」この半月近く、冬季オリンピックは世界中の人たちに「応援 歓喜 感涙」の時間を与えてくれた。日本は、長野オリンピックよりも多くのメダルを獲得した。「花は、花は、花は咲く‥」同じ舞台に立てるだけでも素晴らしいのにメダルを手にした選手たちはどんな思いなのだろう‥さて、この二週間は、平昌のオリンピックばかりではなく同じように、人々をあっと驚かせるような嬉しい試合もあった。藤井聡太君は15歳という若さで六段に昇進した。何しろ、藤井君も号外が出たくらいの大人気だ。そういえば、女子フィギュアの金メダルに輝いたザギトワも15歳。まだ、二人とも中学生。君たちは、なんという若さで記録を塗り替えたのだろう‥「そうだね‥」(カーリングの選手たちの会話の一つ)また、今日は「東京がひとつになる日」「東京マラソン2018」がある。ここでも大勢の人たちの大きな声援を眼にすることができる。そして、何と言っても今宵は冬季オリンピックの閉会式が行われる。競技も政界の要人たちもトップクラスの式典になる。感動の影に隠れていた国々の思惑と駆け引きが表舞台に立つ瞬間でもある。ただ、美しく咲くというわけにもいかないスポーツ。ただ、そこに有るだけで誰もが賞賛するものにはなれない。まっすぐな清らかな思いだけでは何も前には進まないのが人の生き方なのかも知れない。では、花は何故美しく咲くのか?花自身は何があっても美しく咲くことしか考えていない。そこにも植物学的な思惑も駆け引きもあるのだが‥あまりの美しさに人は花に完全に魅了されてしまう。あ〜今年も神々しく咲く桜を見にゆこう‥にほんブログ村にほんブログ村
2018.02.25
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立春から雨水に気候が移りゆく。空から降るものが雪から雨に替わり、深く積もった雪も融け始める。春一番が吹いたり、土が潤い起る。梅の便りやうぐいすの鳴き声が聞こえ始め、だんだんと春を感じる頃になる。「雨水」の時期には大イベントが各地で展開される。「上巳の節句 ひな祭り」である。猫の恋、梅にうぐいす、ひな祭りとなればいくら寒い寒いと言っても「春」がやってきたと感じざるを得ない。ところで、最近は「二十四節気」を考える会があちこちにあるらしい。やっと、今頃になってカレンダーと暦の違いに気づいてきたらしい。ついでに、七十二侯も知ると季節の移り変わりが面白いものになる。(個人的なメールはこちらから)にほんブログ村にほんブログ村
2018.02.19
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私は、気象学が大好きである。勿論、一時期、ちゃんと学び舎で勉強した。しかし、私の気象学は今も昔も「目の子算」である。昨夜も天気予報はTVで見てはいたけれど‥夜半には「雪は止む」と言っていたけれど‥それって我が家の近辺では何時頃なんだろう「目の子算」は、目で見て確かめる。大ざっぱだけれど‥窓を開けて、降り積もった外を見る。玄関を開けて、雪の積もり具合と風を読む。「午前様にはならないわ。 たぶん、11時半前には完全に雪は止む。」と思った。そして、その時間通りに、雪は止んだ。「目の子算」は経験を積むと案外正しい判断なのである。「さぁ、それでは、今のうちに取り掛かりましょう」玄関から門にかけての「道」の確保。「雪掻き」をする。こんなに時間にと誰もが思うだろう。しかし、今、雪掻きをすれば、ふわふわの雪だからそんなに大変ではない。自分の家の玄関から門までの雪を取り除いておかないと朝までには、凍って大変なことになる。真っ白な雪国状態の庭の雪を掻く。門にもたくさんの雪が積もっている。門の雪を払い、門は開けて置く。開けておかねば、朝には門すら開けられなくなる。誰もいない。し〜〜んと静まり返った住宅街。私は、せっせと雪掻きをする。30分も経たない内に道の確保が出来た。当然ながら、大事な枝垂れ桜や五葉松、椿などの樹木に積もった雪も払い退けた。空を見上げる。「うん、雪はもう降らない」真っ暗でも快晴の空が広がっていた。その内、星空に変わるだろうと思った。暖かくしておいた家の中に入る。グラスに初雪をいっぱい詰め込んでウイスキーを注いだ。「う〜〜〜ん格別ですよぉ〜」にほんブログ村にほんブログ村
2018.01.23
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冬至を迎えた朝。見てくださいな。このキラキラしい霜&氷車のフロントガラスに冬の模様が出来ていました。今日は、晴れの天気予報なのに朝から少しどんよりしているので尚、寒く感じます。菩提寺に年末のご挨拶とお墓まいりを済ませたのが9時半すぎ。空は、まだこんな感じで日差しが乏しいのでやっぱり寒い。曇っていても晴れていても関東地方は空っ風で乾燥注意報が出ている状態。2017年今年の暮れの話題といえば、大相撲と北朝鮮とトランプ発言ばかりだけど去年2016年の今日、何が起きたか覚えていますか?大変なことが起きました。それは、「糸魚川大規模火災」です。午前10時20分にラーメン店から出火し、なんと翌日の16時30分に鎮火しました。暮れも押し詰まっての大火災に被災された方はどんなに悔しく辛く悲しい思いをしたかと考えると「失火」は防ぐことができるので、乾燥注意報が出ている時は何よりも「火の用心」が大切だと痛感しました。この火災は、ここ20年以上もの間、東日本大震災を除けば、最も大きな火災でした。いくらセキュリティーが発達しても最近は火の無いところにも煙が立ち込め火災になる世の中。昔の人曰く「戸締り用心 火の用心」 「風邪に用心 風に用心」さぁ、今宵は「ゆず風呂」で身も心も温まりましょう。たくさんの柚子を買ってきました。綺麗な柚子だけ1つ2つ残してあとはお風呂に入れましょう。きっと良い香りに家中が包まれます。にほんブログ村にほんブログ村
2017.12.22
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龍は、インドや東南アジア、中央アジアでは「ナーガ」と呼ばれヨーロッパでは「ドラゴン」とそして、中国や朝鮮、日本では「龍」と呼ばれて古くから語り継がれ様々に表現されてきた。日本は、中国の影響を色濃く受けて蛇のように長い胴と大きな鱗、鷹のような鋭い爪、角や髭を生やした形で天駆る幻の空想上の生き物である。此処は、「茨城県天心記念五浦美術館」今、開館20周年記念「龍を描くー天地の気」という展覧会を開催している。招待券を頂いたので車を飛ばしてやってきた。県内では、一番大きく広く、岡倉天心が晩年、居を構えた場所でもあるし、朦朧体で有名な「横山大観」「菱田春草」「下村観山」などの絵画も多く展示されている。では、美術館の中に入ってそれぞれの素晴らしき「龍」を堪能しましょう。横山大観の「双龍争珠の図」は松の枝が左右にあり、それを龍に見立てて、真ん中のぼう〜っとした日輪を「珠」に見立てて今にも双龍がこの珠を奪うかのように描かれている。菅原健彦の「雷竜図」は天井画でそのまま、天井に展示されている。ご承知のように美術館は、一切、撮影は禁止であるのは常識のことだけれど「撮影OK!」の場所があるところがありがたく思った。館内にはレストラン、コーヒーショップもあるので絵画鑑賞のあとで珈琲を一杯五浦海岸の海を見ながら、陽だまりの中でしばらくボーッとしていた。美術館は、茨城県の北の端にある。遠くに見えるのは福島県の小名浜港周辺である。カメラの望遠レンズを目一杯にして覗いてみると‥「小名浜原発」かしら?空想上の夢の世界に居る「龍」はこれを見てどう思うのだろうか?「龍」は、空と海、水に関する場所全てを司る信仰の対象でもある。もし、本当に龍が居るとしたらこの福島の原発の状況をどう見るのだろうか?もしや‥龍も汚染されているのではないだろうか?にほんブログ村にほんブログ村
2017.11.20
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キケロは言った。時間がやわらげてくれるような悲しみは一つもない。 確かにそうだ。一時、その悲しみからは逃れられる時間もあることも認めよう。しかし、大きな傷跡は見るたびに深い深い悲しみを思い出させる。人は善であれ、悪であれそこに在るだけで「哀しい愚かな存在」他人を貶め、他人を嘲り、命令を好み、心からの反省をしない。少しは、相手の気持ちも「忖度」して欲しいものだ。にほんブログ村にほんブログ村
2017.11.16
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水戸市三の丸小学校のT字路を左に曲がって図書館のお隣、水戸中央郵便局の裏手に「毎日新聞水戸支局」がある。「三の丸」という地名は全国各地にあるがどれも昔、お城の三の丸だったことを意味している。お城は、本丸、二の丸、三の丸で構成されているのが一般的である。江戸時代は、お城中心に町が出来て発展していったことがよく分かる。水戸城は、明治になってなくなってしまったが、藩校であった弘道館は残った。お城跡地には庁舎が作られ、それを中心に官公庁が取り囲み、税務署、警察署、検察庁、裁判所、主要銀行や各新聞社も大体、その周辺にまとまっている。朝日新聞水戸支局は三の丸の隣の大町にあり、読売新聞水戸支局は三の丸の北隣の北見町にある。このレトロな建物は、茨城県の以前の県庁で「三の丸庁舎」と言い、今でも県の業務をしているが本庁舎は、平成11年に水戸駅からも水戸城址エリアからも離れたところに建てられた。つまり、これは、駅周辺の繁華街、歓楽街と三の丸を中心とした行政、金融エリアとは全く別のところに「県庁エリアニュータウン」を作ったことになる。長々と水戸市の町の成り立ちなど書いてしまったが本題は‥昨日は、毎日新聞水戸支局にご訪問毎週、掲載している「毎日都々一」の来年お正月の「兼題」を決めるために訪れた。「兼題」は、決められた文字を上手に使って歌を作ることである。どんな文字を選ぶかが難しく、いつも支局長と都々逸の担当者と選者の私とで「文字」を決める。「今年もそんな時期になりましたね〜」「来年は、戌年ですが‥干支は盛込みますか?」「いいえ、干支は過去に一度失敗しているし イヌは、期待できる作品は投稿されないのと思うので 使いたくありません。」「じゃあ、どんな文字が良いでしょう? 何文字、選び出しましょうか?」しばし、沈黙‥そうして、1時間半くらいで「兼題」の文字が決まった。ちなみに去年の文字は「常 磐 路 雪 月 花」常磐は、茨城県と福島県を通る道のこと。雪月花は、日本人の美意識。しかし、この文字をどう使っても構わない。なるべく、音訓を考えて一文字一文字をバラバラにして新春らしい歌を作ってほしいのが選者としての願いである。さて、今年の兼題の「文字」は‥新聞に兼題発表されるのは来月12月なので「文字」が決まってもここでは教えられません支局を出て、すこし時間があったので弘道館まで歩いてみた。偕楽園の紅葉もきれいだけど藩校であった弘道館の紅葉は落ち着いた趣きがあると思った。もう、暮れとお正月の準備を整えるそんな時期なのだ。にほんブログ村にほんブログ村
2017.11.14
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山の紅葉は毎日、毎日、ハラハラカラカラと葉を落とし落ち葉は、沼に池に川に落ちて静かに何ヶ月も休みます。水鳥が泳いでいます。水に埋もれた葉の裏側に何かいるのでしょうか?一生懸命に探しているようです。岸辺に近づいて来ます。人がいるのに平気なようです。岸のギリギリのところでゴソゴソと何かを探しています。こんなに近いのに‥完全に私は無視されているので写真を撮る事ができましたす〜っともう一羽がやってくると何かを探していた水鳥は後からやってきた水鳥に寄り添うように水辺に戻りました。きっと、カップルなのね‥って私は思いました。10秒ぐらい経つとカップルに見えた水鳥は一羽になっていました。寂しそうです。可哀想な気持ちになります。こんな寒空、もうすぐ日没。水の上はどんなに寒いだろう‥一人ぼっちの水鳥が私みたいだと思った。にほんブログ村にほんブログ村
2017.11.11
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昨夜から雨が降っている。この雨で季節は一気に本格的な秋へと進むだろう。雨の日は、なぜか外がいつもより静かである。こんな時は、勉学に勤しむのに適している。この秋から歴史を再び奥へ深く学んでゆく。過去の事実を探ることを目的とする歴史学。その手がかりとなるのが様々な史料である。史料には、情報の媒体から「モノ媒体」と「記録媒体」がる。遺跡や遺構、建物やそれに付随する生活や祭事のおける各種のモノ。それに対して、記録媒体は、文書、日記、書物、絵画などである。先ずは、記録媒体である歴史書などから始める。最初に、古文書資料に触れてみるが、その前に書誌学の扉を開くのも楽しそうなので取り敢えず、雨の降っている間だけでも書誌学を今一度紐解いてみよう。日本史を知るためには今までの知りえた日本の様々な文化なども知っている方が史料を研究してゆく上で得策である。さぁ、しばらく学問をして一区切りが付く頃には天気も回復しているだろう。そうすれば、締め切られた部屋の空間から秋晴れの青い空とため息がこぼれそうな錦秋の山々が私を待っている。にほんブログ村にほんブログ村
2017.10.13
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スマホのけたたましい音で目が覚めた。それに重なるように町中に警戒放送がとても大きく響き渡った。驚いて飛び起きて何が起きたのか把握するのに微妙に時がかかった。慌ててTVを見た。そして、画面いっぱいに出ていた画像が一番の上のTVの写真である。「Jアラート」の存在は知ってはいるがその音もその内容も実際には聞いたことが一度もなかった。自分の住んでいる県がその対象地域の指定されていてゾッとした。襟裳岬周辺にお住まいの方々はどんなに迫り来る恐怖を感じたことだろう。なんだか、日々、のほほんと生きていて良いのだろうか?アメリカや日本政府は国民を守りきることなど可能なのか?否か?戦争とかテロなどとは、かなりの距離をおいて生活している日本人は最悪の場合、どういう行動をとるべきなのであろうか?戦争に巻き込まれるのと天災に巻き込まれるのでは大きな被害が出ることでは同じではあるが人為的な戦争は避けることができないわけではないのでなんとかうまく話し合いで事を互いに穏便にしてほしいと切に願う。しかし、ギョッとする朝でした。「Yahooニュース」にほんブログ村にほんブログ村
2017.08.29
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父が亡くなってからそれをずっと探していた。もう25~6年以上前だろうか‥私は、それの写しをある方から頂いた。父にそれを見せるとそれっきりになってしまいそれをその後どうしたのかまた、読んだ感想はどうだったのかを聞きたかったけれどそのまま、父は他界し、それもどこかへ失せてしまった。ところが、母の和箪笥の奥から封筒に入ったそれが見つかった。これである。「終戦の御詔勅 写」である。母もこれの存在を全く知らなかったと云う。写しと言ってもちゃんと和紙に印刷されている。終戦の日に天皇陛下が御自ら読まれた文章がこのような形で当時のままで全文を拝読すると胸が痛くなってきます。ここで、その全文を普通の活字で表しておきましょう。 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負イ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ御名御璽昭和二十年八月十四日内閣総理大臣 男爵 鈴木貫太郎海軍大臣 米内光政司法大臣 松阪広政陸軍大臣 阿南惟幾軍需大臣 豊田貞次郎厚生大臣 岡田忠彦国務大臣 桜井兵五郎国務大臣 左近司政三国務大臣 下村宏大蔵大臣 広瀬豊作文部大臣 太田耕造農商大臣 石黒忠篤内務大臣 安倍源基外務大臣兼大東亜大臣 東郷茂徳国務大臣 安井藤治運輸大臣 小日山直登かなり、難しい文章です。玉音放送で、これが流れたわけですが当時の人たちはこんな難しい言葉で語られてその意味するところが理解できたのでしょうか?もし、聞いただけで全文理解できたとすれば戦時中の人々は学識が高かったのでしょうね。では、その全文はどういう文字で書かれていたのか?その写しをご覧頂きましょう。これは、全7項目から成っています。あの有名なお言葉「堪え難きを堪え忍び難きを忍び」は上の写真の文章の二行目の最後の文字から始まり三行目にあります。正直に言って私にはスラスラとは読めませんでした。ウキペディアにも同じ原本の写真が載っていましたがやはり、手元にあるとないとでは随分、感じ方が違います。御名御璽の後に各大臣のサインがありますが昔の大臣は皆さん、字がとても上手だと思いました。現代語訳と照らし合わせながらゆっくりと紐解いてゆきましょう。これは、一語一語がとても深い深い意味を持つ特別なもので、当時の天皇様の心中は如何許りであったかと思うと覚悟して読まねばならぬ他に類のない文章だと思っています。天皇様は、なんという孤高の極みにおわします御方なのだろうとつくづく感じいる晩夏最後の日曜日です。にほんブログ村にほんブログ村
2017.08.27
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72年前の1945年8月15日。日本はアメリカに無条件降伏をし、終戦の日を迎えた。あの日は、とても暑かったと言う。72年の歳月が流れ、日本が戦争をしていたことも知らない人たちが増えている昨今である。広島や長崎に原爆が落とされたことは知っていても世界中を敵に回して戦争をしていたことを知らないらしい。戦後の焼け野原から20年足らずで日本は立ち直り、1964年には東京でオリンピックが開催された。高度成長である。その原動力となったのはいったいなんだったのだろう‥最初の写真は玉音放送を宮城(皇居)の前で聞き、泣き崩れている人々の写真である。私は、これと似たような光景を昭和天皇が御崩御なされた時に皇居で目の当たりにしたことをよく覚えている。天皇の存在とは何か?「天皇陛下万歳!」と言って祖国に御霊を捧げた人たち。戦後の不安な情勢の下で国民の幸せを願っていたという昭和天皇。そして、今上天皇陛下は、ご生前の退位を考えられ、退位と即位の儀式はこんな悲しい写真にはならないことだろう。戦没者の霊を慰める‥それは、大事なことではあるが、近隣諸国は今だに靖国に行くことに拒絶反応を示している。もう、70年以上の歳月が流れて、今や、かつての戦争のことをよく知っている人など極々僅かである。少なくとも、昭和生まれではなく、大正のはじめの頃に生まれた人ならば少しは先の戦争のことを語ることが出来るだろう。そんなことを思いながらの雨の8月15日‥今の世界を見るとなんともはや‥アメリカと北朝鮮は何をしているのやら‥チキンレースも些か呆れ果ててくる。しかし、戦争とは狂気である。一旦、その口火が切られれば、平穏な暮らしは刻々と脅かされる。そして、狂気の渦の中で人は恐ろしいことを平気でするようになる。どこの国だって戦争なんかしたくない筈である。でも、どうしても戦ってしまうヒトと言う種族。国同士、人同士、みんなで仲良くなれない悲しい宿命を背負わされた私たち「人」そんなヒトは、自然とも共存、共生ができない。あ〜胸がつまるほどに愚かな動物としか言いようがない‥そもそも、数の調整すらできない‥こんなに世界の人口が増えてしまって‥本能ではどうにもならないのだろうか?ヒトは、どの動物よりも頭が悪いのかも知れない。にほんブログ村にほんブログ村
2017.08.15
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