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UEBA.NET ヨリ WEIRD HOUSE・・・奇妙な家のカタログ、こういうのを見ると、「構造は?」「防水は?」「コンセプトは?」「何で?」「コストは?」「奥さんの了承は?」・・・と当たり前な???が湧き上がっては消え、見ると納得?生活すると納得?曲面はどうして納めたの?限りなく質問責めするかも・・・ でも、こういうのは施工がかなり大変だし、多分何処かに欠陥が?と斜メ的な」考えでみてしまいますが、造形的に面白いし、人の建物と思えば気楽に見れます・・・・
2007.02.28
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大阪ミナミに個性際立つ商業ビル計画――ナンバ・ヒップス日本有数の歓楽街である大阪・難波駅周辺、通称「ミナミ」で、商業施設の計画が発表されました。事業者は関西でアミューズメント施設、レジャー施設の企画・運営などを幅広く手がける「平川商事」です。地上5階までアミューズメント施設、6階から上に飲食店を配置する。この街に表現を、ファサードデザインに取り入れたようです、設計者は「高松伸氏」大きく開いた外壁の8の字の部分には、高さ50mの遊戯施設、フリーフォールを設置。ミナミの新しいランドマークとなることを目指す、とのことでした。高松伸氏は以前からメカニカルなデザインでいつも驚いていましたが、今回もインパクトの強い表情です、街の景観とはどうかは別にして、ここまでヤルという説得もかなりの力だと思います。建築家、設計者はよく他人の金を使い、好きなデザインをやっていると誤解を受けがちですが、人の手間、構成力、マトメなどソフトの面を理解して欲しいと常々思っています。それだけに昨今の耐震偽造なんかは本当にあってはいけないことです。上図のデ-タは所在地:大阪市中央区難波発注者・事業者:平川商事設計者:基本設計・デザイン監修:高松伸建築設計事務所施工者:竹中工務店・大樹建設JV竣工時期:2007年11月オープン時期:2007年11月主用途:商業施設階数および主構造:地下2階・地上12階、SRC造一部S造延べ面積:1万2392m2 他には高松伸氏の設計された建物は、国立劇場おきなわ ですまたチョット古いですが 大阪のキリンプラザ
2007.02.28
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LandScapeArchitect・・・・ランドスケ-プア-キテクト(RLA) 日本では最近、名前が浸透してきましたが、まだ馴染みがないのではないでしょうか? 認定試験もあります、2007年登録ランドスケープアーキテクト(RLA)・・・資格制度の概要(PDF) まだ、社団法人ランドスケープコンサルタンツ協会という部署が行っており、国家試験とはなっていませんが、やがてそのように移行するかもしれません。 今までは元々その分野はプロデュ-サ、建築家がまた土木関係とか、造園家などがその役割を行っていたように感じます。 雑誌のあります 「LandScape Design」という。 社団法人ランドスケ-プコンサルタンツ協会もあります。 建築でも、敷地単体で見るのではなく、大きく鳥瞰的に見る必要があります、近隣・・・街区・・・町内・・・・市内・・・・さらに大きく・・・と、生態系もそうです、これから求められてくる仕事であり、そうやってマクロで見る技術者とミクロで見る技術者が居て、それをまた統率する人間が必要になってきます。 なんでも、プロジェクト毎にチ-ムを組むことで各分野を専門チ-ムへと分類し、信頼して委任することが大変重要になってきます、このアタリは以前書いたように「倫理観」が主要な位置を占めてきそうです。 建築士、技術士、管理士など・・・多くの資格がその最低限の能力を定めたようになっていますが、やはり経験に勝るものはないと思いますし、適材適所の人材配置が必要不可欠でしょう・・ アメリカでは、ランドスケ-プア-キテクトとよばれる専門家が、住宅開発において、敷地計画・自然環境・住環境・開発地のテ-マ作りなどに深く関わります。その結果、建物と周囲の環境が調和し、やすらぎと成熟の印象を与え、強い関心を引くものとなります。ランドスケ-プデザインは、大規模な宅地開発のみでなく、1軒の家を建てる際にも大変重要な要素です。 その「ランドスケ-プア-キテクト」も、既存の都市、そしてこれから開発街とあらゆる場面での能力発揮する場面が多くなるでしょう。 例えば。「東京」も、提言「風の道(五輪軸)構想」というのがあります、いいのか悪いのかは別にして、コンセプト 1、環境共生 2、都市再生 3、防災 4、まちづくりへの貢献 5、健康環境 というもので・・・概要は 1、「風の道」の軸線を創出で、環境都市東京とし、都市気候の緩和(ヒートアイランド抑制・水循環 等)、また環境共生技術を最大限活用し「風の道」の効率を高める 2、都市の骨格造り、街区再編、沿道整備を実施し次世代を担う東京の再生、また都市居住・賑わ いの創出により街の活性化・都心の再生を行う 3、公園・緑地をネットワ-クするため、震災時の延焼遮断帯とともに、安全な避難経路・場所、物資の 輸送機能をにないます。 4、「医学療法的な緑の効果」を発揮できる健康環境拠点とネットワ-クの創出・・・一般市民の他、アス リ-トにとっても集中力のアップ、ク-ルダウンとなる。 となっています、これは東京にまたオリンピックの誘致から始まったような感じですが。 各都市でもこういった、街・都市創りへのコンセプトが求められそれによって街の資源がアップするかも・・・しかしあまり弄くられるにはイヤですが・・・ 最近の事例ですと、 ラゾ-ナ川崎プラザ・・・・・ラゾ-ナ(LAZONA:スペイン語のLazo(繋がり)と地域のZonaの造語や、ア-バンドックららぽ-と豊州・・・東京都江東区豊州があります。 少し面白いところでは 「ランドスケ-プをしよう」という紹介HPもあります。 他にはプログラムマネ-ジメントやプロジェクトマネ-ジャ-などとかもう、カタカナばかりです。 見ていると、どれだけ上から見えるか見るかの勝負になってきているような気がします。 また本読むのが増えます・・・・
2007.02.28
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仕事柄、自宅を建てる方にアドバイスというか、日頃打ち合わせの中で思ったことを書きました・・・抽象的なことで分かりにくいかもしれません・・・具体的なことは、建てようと考えたその時から、「モウイヤ~」と思う程、具体波が押し寄せてきます・・・ 自分の家が欲しくて建てる時は、自身の暮らしそして生活をヨク見廻し、適材適所に材料を使い繊細な面から大胆な面までバリエ-ションに富んだデザインとする事も必要だと思います。 本来住まいのデザインとは、暮らしの中の様々な「役割」に合わせて創り、その場(土地)に応じた建物であり、部屋の用途や雰囲気に合わせて材料とデザインを使い分けることが必要とも思います。 また仕上げ及び構造材料を適材適所に使用することの繊細さを理解すること、そしてそれを理解するパ-トナ-を選択することです。 といっても、最初で最後ならば分からないのは当たり前です・・・ それには、意外と失敗しないとわからない面もありますが(矛盾していますが・・・これは過程においてという意味です)、いい設計者とチ-ムを組みそれに、施工業者の管理者と職人さんを理解してもらい建てていくのがいいかと・・・ そしてその必要な想いを、役割に応じて簡潔につくること、そこには理にかなったものだけに宿る独特の美しさ(ふさわしいもの)があります、そうすれば住まい手の生活に即した、世界にそこしかない、またとない独自の個性が出現すると思います。 勿論そこには、技術的なものから法的なものも当然必要です、構造耐力(地震・風・・・)、換気(シックハウスなど)、断熱、気密性、防水性・・・チエックしなければならないものは限りありません、ここで忘れてはならないものが、最初に何故、高いお金(普通では何度も建てれませんから)を用いて、またそれを業者に預けて何故家を建てるか?それをいつも心の片隅に持っていたならば、問題が起きたときに修正がしやすいかと・・・ 建てはじめたら、引き返しは余程の体力がないと引き返しはできません。 でも設計途中ならば、保留、凍結、中止も可能です、だから設計は極端な場合、どれだけの場面をチエックしどれだけの場面を想定し創り上げるか?が大切です。 それとモウ一つ、建物を建てることは一つの環境破壊だということを常に考えいかにそれを最小限に抑えるかをも、これからは考慮する必要もあります。 脅すようですが、それでも建てたいと思うなら、行動に移すのもいいでしょう、でも新築より、中古の住宅を改修するのも一つに選択肢かもしれません。 メリット、デメリットを考えて・・・・・
2007.02.28
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中原淳一氏、(1913~1983年)挿絵、口絵、表紙絵、等を手がけ人気作家でした、最近彼が昭和の時代にスケッチで考えていた机を「中原淳一の夢の机」を創ったようです。下記はカレンダ-ですが 当時、家族の個室なんて、夢の時代・・・私モ個室なんて、アメリカ映画の中だけ?友人も確かドラエモンではないが、押入を勉強部屋にしていてあこがれたことがありました。 そのような時代・・少し前カナ?に考えた机を作ったと・・・少し大きいがミシン、アイロン掛け、など家事一般が一つの机で行えると・・・ ”中原淳一 夢の机”2400×1000は少し大きいかな?・・・日本的な考えかもしれない。でも、そうなんでしょか?女性にとってやはりあこがれなのかな? スタイルブック
2007.02.27
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ユックリと妖怪を調べるのが、楽しみになってきました、違う世界のことなのに・・・妖怪は現代も生きていると思いますが、新たな妖怪とか、世代交代した妖怪とかも居て、「妖怪進化論」もあるかもしれません・・・・新入りとして身近に感じるには、IT関係とか、宇宙関係とかが増えてきているのかもしれません? 水木しげる氏とか京極夏彦氏によると、妖怪の世界での首都はボルネオらしいです。でも妖怪のほとんどは中国の出身だし・・・二人の対談の中で「妖怪の居ない環境は人間も住めない、妖怪は自然科学を否定するものでもなく、森羅万象の捉え方、妖怪は自然科学に対して補完的な位置」であると・・・ンンン~通ずるものがあります。 またイギリスのアルフレッド・ウォ-レス氏(1823~1913)も「地球には太古から人間以外の”知性態”がいて、それをしらないことには、世界のことも精神の進化もわからん」とおっしゃってます。・・・・マスマス素晴らしくワクワクします。鳥山石燕 画図百鬼夜行 巻之中 明・・・より鵺(ヌエ)人の声に似て、まがまがしい鳴き声をたてる。源頼政の鵺退治「平家物語」巻四「鵺」に頼政が紫宸殿の上から射落とした変化(ヘンゲ)の「むくろは狸」とある。猿、狐、蛇、虎なら正体不明の怪鳥である、「和漢三才図会」巻四十四は今、洛東や各地の深山にいる鴟(トビ)に似た鳥であるといっている。とりつぐみ。頼政は頭は猿、足手は虎、尾はくちはなのごときを射落としたとある。ある話によると・・・・1153年の京都では、毎晩丑の刻(午前2時頃)に東三条の森から黒い雲が出てきて御所の上を覆うという事件が起きていました。雲からは気味の悪い声が聞こえるので、帝はその声に怯え、やがて病気になってしまいました。そこで弓が得意な武士、源頼政に黒雲の妖怪を退治するように命じました。頼政は従者の猪早太とともに御所に来て妖怪の出現を待ちました。すると丑の刻半ば、御所の上に雲が覆いました。頼政が雲に向かって矢を射ると雲から妖怪が落下しました。その妖怪は頭は猿、手足は虎、胴体は狸、尾は蛇という姿をしていました。 退治された鵺の死体は川に流されて大阪府の都島や兵庫県の芦屋に流れ着いたといわれています。都島や芦屋には鵺が葬られているという鵺塚があります。また、退治された鵺の胴体から犬神が生まれたという話もあります。 1416年には体は鶏、頭は猫という姿の鵺が京都北野社に現れたそうです。以津真天(イツマデ)建武元年(1334年)紫宸殿の上に怪鳥が現れ「いつまで、いつまで」と鳴き、聞く人忌み恐れない人はいなかったが、源義家、頼政の古例に倣って、弓の名手隠岐次郎広有が召され、見事射落とした。その姿は頭は人、身は蛇、くちばしは鋸のよyで、両足のけづめは剣のように鋭く、羽を伸ばすと一丈六尺あったという。(「太平記」巻十二「広有怪鳥事」)邪魅(ジャミ)人は害する妖怪一般を邪魅という、これは山林の悪気を起こし、人を害する妖怪。「魍魅」と同じともいう。「魍は山神、魅が老いたるもののすだま」(中野美代子「中国の妖怪」)山神の一種、昔、葛洪「神仙伝」に王遥(オウヨウ)が邪魅を地に描いた獄に招き入れて、その正体をみあらわし、病人を治した話がある。魍魎(モウリョウ)魑魅魍魎とあわせて、山野河川に出没する妖怪の総称とする、石燕は寺島良安「和漢三才図会」巻四十によって区別している。良安は、魍魎は水神、魑魅は山神としている。「耳フクロ」巻四「鬼僕の事」は、ある役人が出張の旅に出て、雇って連れ立った僕から、自分は人の死骸を取る役を果たさねばならないので、暇をくれといわれる話。中国から伝わった妖怪。中国の『准南子』や鳥山石燕の『今昔画図続百鬼・明』によると、魍魎は子供くらいの大きさの妖怪で体は色黒、耳は長く目は赤、亡者の肝を食べます。狢(ムジナ)「和漢三才図会」巻三十八、本性睡眠を好み、人が近づいても目を覚まさないとある。狐狸とともに人に化ける話が多いが、白梅園の宝永三年(1706年)刊「御伽百物語」巻一「狢のたたり」は、豊後国(大分県)日田の智円という僧に、姥山に住む千歳を経た狢が化けて望む話。狸や狐のように変化能力を持っている動物の妖怪。長野県や新潟県などには狸のことを狢と呼ぶ地域もあります。 現代の話では・・・ムジナ(貉、狢)とは、主にアナグマのことを指すが、地方によってはタヌキやハクビシンを指したり、これらの種をはっきり区別することなくまとめて指している場合もある。ムジナがタヌキに該当するかどうかで争われた狩猟法違反事件、が大正時代にあったようです 「たぬき・むじな事件」野衾(ノブスマ)享保十九年(1734)刊「本朝世事談綺」に、毛美無佐々美という獣は、一名晩鳥、又野衾といい、こうもりに似て、夜行の人のたいまつを剪って消し、その火を吹くので、人に妖怪として恐れられるとある。「和漢三才図会」巻四十二によると、地に肉翅を広げると氈衾(夜具)のようだから、野衾という名があると言っている。ムササビの事。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼・明』にも描かれています。 また、高知県には上下左右を襖のようなもので取り囲む野襖という妖怪があり、煙草を吸っていればいつのまにか消えるといわれています。世界妖怪協会(会長は水木しげる氏)も毎年夏に1996年から、あの境港市で開催されています。参考・・・・もののけが集うホ-ムペ-ジ
2007.02.27
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はったい粉は非常に懐かしく、おいしく、スグ食べれて優れものだと自負しているのですが。はったい粉:オオムギを炒って挽いた粉。別名、麦焦がし(むぎこがし)、煎り麦(いりむぎ)、香煎(こうせん)。方言名として、煎り粉(いりこ)、御粉(おこ)、散らし(ちらし)、香ばし(こばし)、香粉(こうこ、こんこ、ここ)、はね粉(はねこ)、麦粉(むぎこ)などがある。 色や香りは、大豆から作られる「きな粉」と混同されやすい。 焙煎してあることにより、消化しやすく、香ばしさがある。保存性がありながら、いつでも食べられる簡便食、携行食として重宝されていた。チベットでは類似のものをツァンパと呼び、主食としている。砂糖を混ぜて粉のまま食べても良いが、喉につまりやすいので、多くは湯で粘土状に練って、練り菓子として食べる。茶で練って食べることもある。 ・・・・・・・・『ウィキペディア(Wikipedia)』ヨリ幼い頃、納屋の薄暗いところから、木で出来た容器(タブン樽です)を開け御椀に入れ、砂糖と水を加え食べる、日常のおやつのようだったように思います。それが、ある時代はマッタク食べなかった・・・・不思議と・・・・こんなおいしいものを・・・しかも、当時は生垣とかの、椿の葉っぱですくい食べていました。(この意味は知りませんが)嫁に昨年から回顧趣味ではないが、復刻版としてたまに食していますが、なんともいえない気分です。(ハッタイ粉ごときですが)食というのは、案外質素なものに私は反応するし、幼い頃考えると今のように添加物が少ない時代だったのは大変貴重だと体験を通じて感じることができます。トランス脂肪酸を全面中止となったり、牛乳の危険性(これは誤解がないようにヨク読んでください、イイ牛乳もあります)を唱えたりする時代になってきています。食に関してもそうですが、他の分野でも元々、思い込みでまた中途半端な情報で全てを決定し取り入れてきているように思います。今の時代は本当に「衣・食・住」は自分で守らないと誰も言ってくれません。水も空気も土も基本となるものをもう一度見直し仕事に生かすのが、現在はまたこれからは求められてきていることは、周囲を見渡せばよくわかります・・・そこに経済だけが入ってくるとまた違った方向にいってしまいます、これからは生態系というものを相手にしないと、継続できる文化は難しいのではないでしょうか?ちなみに、はったい粉は花粉症に効くのでしょうか?
2007.02.27
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数奇屋とは・・・・ 数寄屋と呼ばれる茶室が出現したのは安土桃山時代で千利休によって完成されました。 もとは庭園に面した別棟として造られ、自然の景趣を取り入れ、自然の素材で組み建てた小規模 (多くは四畳半以下) な茶室を「数寄屋」と呼んだ当時は床間、棚、付書院を備え、座敷を荘厳する書院造が確立され、身分の序列や格式を維持する役割も持つような時代であったが、茶人たちは格式ばった意匠や豪華な装飾をきらった。そこで好まれたのが軽妙な数寄屋だったのである。 趣きのある佇まい数奇屋建築。その端正な造形美は、日本が世界に誇るもののひとつの建築ですしその手法は現在も形を変えて生きています。 ナオ、語源の「数寄」(数奇)とは和歌や茶の湯、生け花など風流を好むことであり、「数寄屋」は「好みに任せて作った家」といった意味で茶室を意味します。 それがまた日本食の基準の設定ではありませんが、 「京都の数奇屋建築を全国へ“産地直送”、京都数寄屋建築協議会」ということです・・・内容は茶室に代表される京の「数奇屋」の精神を守り、長く後世に伝えたい――。・・・数奇屋も定義しようとしています。 勿論、こういった正しい手法を後世に伝えるのも必要ですし、時代が要求している手法もアリかなとも思います、 確かに現代の建物には畳もないマンションとか、住宅などもあり「和」とか「数奇屋」という手法は勿論、安土桃屋時代に確立したというか、時代と共に変化し変換していくものかと思います。 人によっては古来からの手法を守る事も必要と思いますが、今の生活にあった数奇屋的なるものもあるのではないかと思いました。 いつまでも、過去の手法を踏襲するのではなく、いま求められている建築を目指す必要があるかなと・・・・上記の運動を否定はしていません。 しかし~私も分からない・・・・ これは、どんな偉い方が導き出すものではなく、名も知れぬ技術者たちが毎日の実務の中から描きだすものかもしれません。・・・「プロジェクトX」のようですが。 数奇屋建築 数奇屋建築はともすれば、見付けが大きくなりがちで重くなります、そのあたりは端部のデイテ-ル(詳細)を気をつけないと「ボテッ!」としたデザインになりがちです。 軒先、外壁足元、窓枠、格子、高さと巾、など注意する点はありますが・・・参考・・・・・(写真とかもあります) 数奇屋用語集 Takatsuka Architects Firm Co.,Ltdさん
2007.02.26
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人は管理し分析することは本当に好きなのでしょうか?参考に【新技術】不審者の動きを自動検出、店舗や住宅の監視に適用・・・という技術が実用に向け開発されています。 勿論この技術は「スゴイ!」私も以前仕事でこういった人の動きをデ-タ化するとき、予算が無いのも理由で、恥ずかしいがビデオを撮り後で映像を見ながら人の動き、動線をチエックでしたが・・・その時はチップをみんなにつければいいのになあと・・・思っていましたが。 それを技術として確立することとは・・・当然の成り行き・・・ ここまで管理されると、例えばコンビニいくと「アアこいつは、今日はAパタ-ンだな」と判断され、店員からそれなりに対応されるかも・・・ 通勤も道順をパタ-ン化され、それを国土交通省アタリが分析しこの道は拡幅必要・・・アッチは美人の女性が多いからトイレを増やそう?とか・・・情報というのは集めだしたら限りないのかも、そうなれば情報の収集家と分析家という二大グル-プに分かれ、その間に一般庶民がいるような図式になるかも・・・ いままでは、色んな分野で職人芸的な、個人の頭の中で中途半端に分析し「五感」をうまく使っていたのが、情報分析による根拠を出されると、五感人間はもう「有無」をいえない・・・タダでさえいまでも根拠を示されると「有無」をいえないのに 有無を言わせないために情報分析というのは存在するのかな? 本来、情報というのは人に付随するものであって、決して主になってはいけないような気がします、パソコンもそうあくまでも付随なのが、知らない間にジワジワと仕事の主になってきています。 夫婦は?これはどちらも主であり、あるときは夫、そしてあるときは妻という関係かなお互いが認め合う・・・それなら情報もそのような関係を築くことかもしれません。 でもいまある情報なんて、宇宙からチョイト「太陽風」が強く吹けばほんとうに、吹き飛んでしまうから、やはり誰にも侵されないような「もの」を人は積み上げることが大切なのに・・・ 自戒的になってしまった。
2007.02.26
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ニュ-スについて思うことがあります ネットでニュ-スとか専門的な情報をかなりのリアルタイムで見れるようになりましたが、四六時中見ているわけではないので、リアルタイムとは言えず、より 「リアルタイムに限りなく近い」とでもいいましょうか、仕事の合間に見ているから、多少時間差はありますが。 そのニュ-スですが、日本から海外に発信されているニュ-スと欧米、米国、アジア、アフリカなど・・・、英語で発信されているHPなんかでは、日本語での言葉の選択が少ないように感じる時があります。 ということは日本語のニュ-スというのは、やはりアジアの隅っこの島国であり、世界からみればいまだに取るに足らないような国なのかも知れません、国連での日本の立場を高めようとしていますが、言葉を日本語だけでの発信では説得力が無く、寂しいようです。 多くののHP上での言葉の選択(日本語・英語・中国語など)は進んできていますが、海外での日本語の選択はやはり少ないし、バイリンガル的な人種も少ないです。 勿論、多くの国で色んな機関が日本をアピ-ルするために隠れた努力し、提示もされてますが・・・やはり英語は不可欠なようです、これからの仕事も生活も・・・ リアルタイムに情報を理解する、遊ぶのも、また専門的な情報の理解はやはり英語です。 今までヌクヌクと日本社会で育ってきている、純日本人にはそのあたりの逼迫間が私も含め分からないのかも? やはりいまだに、「偉大なる島国」は変わらないしこれからも変わらないかも・・・あらたな 「黒船」というものが必要になってくるかも・・・ しかし言葉の壁を越えたい・・・ 知り合いは英語などを理解したければ、ズットその言葉を聞きつづければなんとかなると言ってますが、本当かな? 「バベルの塔」以前はどんな言葉であったのでしょうか?(言葉を乱されるまでは)
2007.02.26
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自然界のプロセスはすべて秩序に従ったものです・・・・・ 偶然、無秩序、混乱などは自然界にはありえないものではのでしょう・・・・ 一つの無秩序体系において、関係する全ての条件がまったく同一のものであれば、その結果は、どのような場所においても、今日あるいは他のいかなるときでも完全に一致するでしょう。 太陽が今日は東から昇り、明日は西から昇るということはありえません。 すなわち自然界の現象はすべて法則の結果生じているようです、オゾン層破壊そして温暖化など、その作用が無限の広大さを持つものであっても、あるいは限りなく微小なものであろうと、すべて法則に忠実に従っているのです、真理に反対する人の真摯な探求の過程で、このプロセスに反する例外は発見されていません・・・ ・・・この宇宙そのものが、そこに聡明な目的があることを実際に示しています、で・・・あるならばそこには宇宙を統御している、至高の知的存在がきっとあるはずです、それが神なのでしょうか?・・存在しても不思議ではありません。 あらゆる科学の分野が踏み入れてない領域ですが、目に見えない世界から得られる、至高なる存在に対する根拠にも同様に説得力があります。 例えば良心がその例として挙げられます。正しい事を行おうとする人であれば、正しい道から外れるような誘惑を受けるときはいつも、警告を促すササヤキがキット聞こえるはずです。 祈り、願いからも同様の根拠が得られます。非常に多くの人々が、祈り・願いは人生の問題に対処し、解決する上で助けになると認めています。それに大切な生きることの正しい律法に忠実に従うことによって得られる結果について考えてください。その律法に従う人々は、他の方法では得られない喜びを得ることができます。 従順、祈り、願い、そして良心に従うことナドを通して、無数の人々にササヤキ、啓示が与えられてきました。それは至高な存在が生きておられ、この地上に住む人々を導き、心にささやくのは疑う余地のない確信です。 そのメッセ-ジは特定の放送局に周波数を合わせたラジオから発する声と同じくらい確かなものです。人は確かに、至高な存在をみいだして知る力を、自らの内に自然に宿しているに違いありません。 補足的な根拠として、至高な存在にお会いしたことがあると宣言する人々や、さらにはそれと言葉を交わしたと言う人々が数多く存在しています、という人類の歴史的事実があります。多くの場合、これらの主張に対する歴史的根拠は充分に確立されています。 むしろ人間が勝手に否定しているようです。 例えば、おおくの物語に出てくる、預言者たちが至高の存在との交わりの後に実践した事柄は、彼らの主張が事実であることを立証する上で助けとなるものです。 以上、ジョン・A・ウイッツォ-氏より抜粋し、少し書き換えました。
2007.02.25
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映像は写真であろうが、動画であろうが、なんて探しようでは沢山、何でもあります。 これだけの情報があれば素直に素晴らしいと思います。 一昔前まで、写真は一眼レフのカメラを片手に友人と街並みの写真をポジで撮っていて、現像のコストが合わず全ての現像はできなくて、今に至ってます。 それを思えばなんて自由に提示できる社会でしょうか? 恵まれているといえばそれまでですが、マズそこに行かなくても美しい映像が手元に感じれます。 だからこそ、現場に行きたいと思うのは変わっているでしょうか?これだけあればやはり本当の自分の目で見て、五感で感じることがこれからモット大切にされてくる時代かもしれません。 本物を知るためには・・・ 下記の写真も「UEBA.NET」から過去をさかのぼり探した映像です、瞬間を捕らえた少し怖いような映像です、映像だけなら美しいくて、興味あるかも知れませんが、その先を考えると恐怖が湧きあがります。 これもアマリにも映像が氾濫しすぎる反動でしょうか?映像は単に「観る」だけでなくその先を裏側を小説のように行間を読む姿勢も必要だとも感じております。 映像を要求する人の欲望はすごいものだと感じます、上記の写真でも飢えを知らないような欲望のようです。 そうゆう私もさらに、モットもっと違う映像を面白い映像をの欲望のようです。 住宅の設計でも、何でも詰め込むのではなく、長いタイムスケジュ-ルを暮らす家ですから、いつでも「奇」を求めるのはおかしいし、住みつらいです、だから何事もバランスであり、どの場面でもプロポ-ションが大切です。
2007.02.25
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史上最強のマジシャンです 身体を手の力だけで動かし エレベ-タ-を動かし 自動ドアは勿論 車を止め、遮断機を動かし 自動販売機も何のソノ、中身も自由に思いのママ 市電も動かす・・・・スゴイ! マッタク、仕掛けはありません、正直なマジックです・・・ 感動ものです♪・・・・ あのプリンセステンコ-もマッッ青・・・・かな・・ 下記のHPが史上最強のマジシャンです♪ Chris Van Den Durpel: World's Greatest Magician
2007.02.25
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地球温暖化といわれて、何年も経ちますが、実際局地である南極と北極などの地域ではどのようなことが起きているいのでしょうか?はたまた身近な日本では? ニュ-スでまた映像で流れるのは、流氷が溶けている、永久凍土が剥き出しになってきている、ミクロネシアでは島の沈没の恐れ・・・・ そしてその原因が化石燃料の利用による二酸化炭素の増大、森林の伐採による二酸化炭素の吸収が減っている、地球オゾン層の破壊・・・・・素人のわたしでもこれぐらいは列挙できるが、グロ-バルで考えた場合本当の所はどうなのでしょうか? こんなパソコンなんかで知るのはたかがしれているし、身に迫ってきているのが、リアルに感じられないが、できることからしていこうと思うが、果たしてどれだけの効果があるのか? わからない・・・・ アラスカ大森林火災と地球環境変動なんか視覚ではスゴイ こういった極地に近い場所のスケ-ルの大きい変動はわかりやすいが、もっと身近な変動を提示して欲しいしこれから自分なりに調べれば面白いかも(語弊がありますが) グリーンランド溶解 温暖化、氷河流出2.5倍 2006年05月29日 地上の氷の約9割は南極にあるが、残りの大半はグリーンランドにあって、北極の陸水の大部分を占めるていて、海に浮かぶ氷がとけても海面レベルにはあまり影響しませんが、陸氷は、とけると海面上昇に直結するようです。 南極に比べ、人間の生活圏が近い北極は、環境変化の影響が出やすい。国際自然保護連合は5月、ホッキョクグマを絶滅危倶(きぐ)種とした。世界の科学者が04年にまとめた報告書も先住民の生活への影響を懸念しています。 時々過激な活動が目立つ「GreenPease」ですがHPに詳しくあります。・・・過激なことは、切羽詰まっているからやっているのかな?そのあたりを論じる気持ちはありませんが。 南極極地研究所もあります。 また独立再生機構で環境再生保全機構なる機関もありますが、ココはさしずめ「天下り機構」かな? 本当に真剣にやっている方もいらっしゃると思いますが、この地球温暖化も経済で見るようになったなら終りかも、本当はモット生態系を主にしないとどうしようもないのかな・・・・ 私のQです 1、何が原因ですか? 2、何を改めないといけないのかな? 3、誰が何をすれば行動できるのかな? 4、コノママ進めばどうなるのですか? 5、今~何ができるのですか?
2007.02.24
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また、少し過去の振り返りです、印象に残っているものです。 ショ-ケンこと萩原健一さん元テンプタ-ズのボ-カルでジュリ-と共に俳優に世界へ、 「太陽にほえろ」とにかく走る走る!当時こんなオ-プニングだったかなあとトレ-スしつつ見ると出演者の名前が大変面白い、こういった見方もあるのか~石原裕次郎さんも渋いがチョット、ピチピチです、ゴリさん、デンカ、ヤマさんと・・・水谷豊さんが1回目に出てたのかな?、曲はいつもの井上堯之バンド・・・ その後 「傷だらけの天使」 そして感動?の ラストシ-ン、「前略おふくろ様」(これは映像を探すことができませんでした)、当時刑事もののドラマが多かったように思います。(不況になると刑事物とかも言われてました、根拠は不明) ショ-ケンの次がジ-パンこと松田優作さん、早死にされましたが、最後の映画「ブラックレイン」では主演をしのぐほどの存在感を感じました、寅さんを思い出します(役柄は違いますが、役者としての)、ちなみに「ブラックレイン」のオ-デイションでショ-ケンとジ-パンが競ったのも面白いです、その「太陽にほえろ」最後のシ-ン(「ナンジャコリャ~」)とその後色々ドラマ出られましたが。・・・・歴代刑事 中村雅俊さんと競演の「俺達の勲章」 と 「探偵物語」 共演の成田三樹夫さんですね、アドリブが多かったです、映画では「野獣死すべし」とか「人間の証明」最近はキムタクが物まねをされてましたが、本当は「イケマセン」似ているが「イケマセン」 ・・・・ 個人的に興味あり、また安易に探せた映像を貼りました。 以上全て You Tube より引用しました。
2007.02.24
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カナダ、トロントのオペラハウスの紹介(World Architecture より)Diamond & Schmitt Architects の新しい指標の舞台芸術はトロント一年を通じて、四季を感じる舞台芸術は「Canadian Opera Company」、カナダの方々にバレエなど新しい表現のために計画された空間です。 道路沿いの透明感は周囲に溶け込むようで、 透明に近い建物を目指している、 劇場内部空間のスケ-ルは、タテ20m×ヨコ50mが基本。 ロビーおよび階段で各レベルを繋いでいる。 27mの長さおよび8.8mの高さを持つ壮大なガラス空間の階段は、都市空間と、ロビーを連続感を持たす。 建物は世界でも最も長いガラス階段である、 内部の2,000座席は従来にある「U字形式」で計画されている。音響の質を保つため非常に厳しい要求「N-1規準」に造られて、カナダでも優れた音響性能の施設になるでしょう。 日本語訳が変ですが素人が訳したのでお許しください(逃げデス)、トニカク写真を見て空間を感じてください。
2007.02.24
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サザンの曲で「愛の言霊」というのがあります。 古代日本から、言葉に宿ると信じられている神秘的な霊力といいましょうか、私的には好きな語彙です。 別に宗教とか関係なく、日本語また外国語にも言霊は宿るものだと信じます、それは自身の名前を思えば確信できそうです。 「名は体をあらわす」とはよく言ったものですネ。 キット昔から人には言霊もそうですが、「異言をいう」「預言する」「啓示を受ける」「癒し」その他色々な解釈が備わっていたし、今も静かに持っていると何となく信じています。 顕著に感じられるのが、俳句、短歌、詩、歌などを自分で創りマタは他の人の言葉をほんの少し読むことで、全く違った世界を自然に感じることができます。 では何かを書くと念が入る?「陰陽師」ではないですが、念ではなくて魂かも? 念とか言うと「恨み」「つらみ」になってきそうですから、前向きな明るい魂を持っていたい。 言葉を武器にする政治家とか、アナウンサ-、歌手とか毎日が言霊が出っ放しだから、やせてしまうのかな?そう考えると神経を使う仕事だな~・・・・ 自分に置き換えると、建築の設計をしているから、「線霊」かなその線霊を清く保たないとイイ設計も出来ないかも・・・・ 言葉や線は念にはしたくない・・・こう考えると何にでも魂が・・・「八百万の神」 聖書にも書いていますが、言葉はモトモト全世界で同じだったのが、人間が言葉を持っているばかりに悪いことをして、言葉をいくつもにもされ、言葉を乱されたとあります、だから人は言葉が異なってもどこか通じるものを感じるのかもしれません。・・・ バベルの塔 (ちなみにバベルの塔が神様からの怒りであったなら今の時代はどうなるのだろう?) だから言葉は日本語のみならずバイリンガルになることは自然な行為かも・・・・ 言霊を大切にするためにはどうするか?言葉を選びユックリと?とかリンクしている「知のヴァ-リトゥ-ド」さんも「日本人なら、毎日歌を詠むぐらい当たり前かも知れない」と書いてました、全くその通りだと、毎日美しい言葉を吐けとはいいませんが、気持ちの良い言葉を発すれば必ずいいことが起こるような・・・・ 織田信長もそうだったのかな?
2007.02.24
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昨日は昼から観梅へ、季節は温暖化という大変な時代を迎えていますが、「梅」もご多分に漏れず温暖化の影響? 最近はサクラも早まっていると聞きますが、でもマダマダ季節を感じることはできます、あまりにも廻りに気をめぐらせないのもまた問題かも、人間の・・・・ 地球に優しいなんて、これもヨ~ク考えると「ECO」ではなくて「エゴ」なんだろうなあ~、人だって地球の宇宙の一部なのに、サモエラソウニ・・・コノヤロウという感じかな? マア難しいことは気象庁に任し、観梅へ行ってきました、昼からは本当に暖かく17℃位あったのでは?自転車に乗っているとウッスラ汗をかきます。 近くの追分梅林、街に近く便利なところ、でも昨年にはナイ何かデッカイ駐車場があり、人は少なかったが駐車場が?という感じ・・・ その観梅は・・・全体 梅は・・・ キレイダネ~とかいい香りダネ~と歩いていると、遠くになにやら大きい生き物が走り回っています・・・「ダチョウダ!」・・ 梅もソコソコにダチョウを観にイヤ見にいき、「オオ~」デッカイ、走っている、エサを食べている、何でこんなところにダチョウガ、飼っているオッチャンにはその辺んは聞かなかったが、「何を食べる?」「何歳?」「ダチョウの肉はウマイ?」など失礼な質問も快く答えてくださりました・・・ 食べるのは「カブラのハッパ」「パン(これはカラスが来るからダメ)」「マア葉っぱ」当然地表はアットいう間に土状態だったらしい。 嫁が「ダリョリスト」?なるものがあるとか・・・・ そのダチョウが食べていた「カブラ」を帰りに気のいいオッチャンが「持って帰ってヤ~」と不思議とそのオッチャンの顔がダチョウに見えてきた・・・・ 結局、ダチョウの上前をはねて、夜はカブラを食べました、ダチョウの肉を思いツツ・・・ 追伸:ダチョウはデリケ-トな動物で、以前柵から逃げダチョウオジサンが走り、抱きつくように捕まえ、戻したが毛細血管が切れて、スグに死んだそうです・・・その肉は?とは流石に聞いてません。
2007.02.23
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あまり過去を振り返り、浸ってしまうのは、前向きではないと思うが、でも過去があるから今があり、未来がある、過去の積み重ねの上に今、未来を形創る・・・ナ~ンテネ・・・ トニカク懐かしかったから、映像貼りました、便利です、最近は頭に描いていた懐かしさがスグに手元にあるというのは、これは少し懐かしさが性急すぎて、心がついていかないような、少し寂しいような(勝手ですが・・・)たまにはイイカア~ こみ上げてくる懐かしさとあの暑い暑い日々と香り コレっきり・・・また違うパタ-ンもありですが 青春ドラマを見つけました マズショッパナは「青春とはなんだ!」夏木夕介主演、歌は次の「これが青春だ!」も同じですが、布施明さんが歌ってました、映像は白黒ですが、校長・・・教頭・・・熱血教師・・・美人の先生・・・不良(今は死語?)・・・などのパタ-ンの形成された時代かも?・・・このあたりは夏目漱石の「坊ちゃん」?かな・・・確かこの前に夏木夕介さんは牧場を舞台にしたドラマ?でしたか、思い出せない。 つぎは「これが青春だ!」竜雷太主演、あの「太陽にほえろ!」のゴリさんです、元気で改めて見ると、ピチピチしております、コレ以後もそうですが日曜午後8時からあり、ナイタ-がある日はナイタ-優先・・・日曜の夜あのやるせなさの空気が思い出されます。(明日が学校だという意味) 少し間があきますが・・・この間も色々青春ドラマがありましたが、中々思い出せません、その頃はTVは「1」と「3」しか映らなく、でもおもしろかった。・・・その間は森田健作さんが剣道で頑張ってました、小林君として・・・いまはまだ国会議員? そして「飛び出せ青春!」村野武範主演、酒井和歌子の美人教師と石橋正二、火野正平の影のある役などサッカ-を交え、印象深いドラマでした。・・・・モウ一つのオ-プニング これが正当学園ドラマの最後かな?と思います「われら青春!」中村雅俊主演、島田陽子の初々しさが印象に残るのと、あの「ふれあい」という挿入歌がヒットしました。 いま見ると、懐かしいし、演技がなんと言うか、今見ても「イイ」「青臭くてイイ」熱い太陽もイイ、砂浜を走るのもイイ あまり言いません、懐かしい方は許せる範囲で見て下さい、でもあまり懐かしがらないように、クレグレも・・・・・しかし何でも便利すぎて怖い思い出までが、すなおに喜べばいいのですが・・ ヒョットしたら、見てはいけないものを見たような感慨です・・・ア~ア・・・・・・・・
2007.02.22
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黒川氏が条件次第で東京都知事に立候補するとの内容がHPに書かれていました都知事選について 15の公約1) 石原都知事が立候補を辞退しない場合には、都知事選に立候補する。2) 無所属(どの党からも、推薦されれば受ける)で出馬。3) 1期のみ4) 無給、官舎(公館)公用車は使用しない。5) 石原都政の良かった点は、当然継承する。6) タレント知事の乱立(すべてが悪いわけではないが)に歯止めをかけたい。7) 都知事の期間、KKAA((株)黒川紀章建築都市設計事務所)は都の計画や設計を受注しない。8) 東京オリンピック中止9) 都を区中心の多核型の都市として活性化する。10) 一部の首都機能の移転を積極的に支援し、都心に再開発のタネ地を将来のために確保する。そして緑地率を高める。11) 東京を金儲け主義の投機から守り、文化と経済の共生を目指す。12) 傲慢な態度ではなく、都民と対話し、都民の声に耳を傾ける。13) 議会(民主主義)の重視14) 中米露との関係重視15) 知事のリーダーシップ確立、側近政治はおこなわない。以上2007年2月21日建築家・都市計画家黒川 紀章Fax: 03-5575-6465E-mail: kk@kisho.co.jp 上記を本当に行うとなったら他の知事とか政治家などは大変でしょうね、またこれから「黒川氏潰し」とか、「素人が!何を」とかに巻き込まれるかも知れません・・・余程現状を嘆いたのかも、好きな建築設計する時間を裂いてもやるという考えは・・・ 私は政党も誰も指示していませんが(政治に関心あります)、こういったことは誰かが腰を上げ行わないとと思っているだけですが、アル意味世界を知っている建築家、黒川氏が出ることでモット、日本の世界がグロ-バルになるキッカケとなればいいと思っています。 都政の新たな視点でいい、プロデュ-スできればいいのに、でも公約を見れば、大変ダア~というリストばかりですが、出る以上黒川氏にはがんばってほしいです。ただ心配なのは、色んな意味で時間があまりないかもしれません。
2007.02.22
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「空耳アワ-」・・・ 歌 「うれしいひな祭り」♪ 山野三郎 作詞 河村光陽 作曲 昭和11年(1936)が最近アチラコチラで流れていますが、下のようなイメ-ジが拭えません・・・すみません女の子のみなさん。 ♪ 2.お内裏様と おひな様 二人ならんで すまし顔 お嫁にいらした 姉様に よく似た官女の 白い顔 ♪この、「すまし顔」がどうしても「スガシカオ」に聞こえて仕方がない これを感じて般若心経を思い出しました・・・何故?は 以前、TVのイイ時間帯にやっていましたが、昔からある夜中のタモリ倶楽部の中での空耳アワ-だけが好きでした・・・今はもう我が家にはTVがないので、どうなっているのか不明ですが。 その出演者、安斎肇のキャラクタ-が少し気になっていました・・・関係ないが・・・ひな祭りとは・・・ 昨年嫁の実家でTVを夜中見ていると、名前は忘れました安斎肇とモウ一人がであの「般若心経」の漢字を全て看板の文字をデジカメで撮りそれを読経とともに提示し最後まで般若心経の漢字を淡々と並べていくという流れでした・・・・ 仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩 依般若波羅蜜多故 心無礙 無礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 ・・・・読み方はコチラ この漢字をどうやって一字ずつ探し、看板の写真を撮ったか知りませんが、終わったあと「フウ~」とため息・・・ どうしよもなくつまらないことを最後まですることは面白い、タダそれだけですが、何でしょうか不思議と満足感があったのは・・・・平和ボケかも? こちらは般若心経を聞けます・・・「般若心経について」 般若心経の訳です というわけで、ひな祭りと般若心経が繋がりました。
2007.02.22
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只今、一つの建物保存問題が上がっております、ここの問題だけでなく沢山あるうちの一つなのですが 黒川紀章氏東京、銀座の「中銀カプセルハウス」、「六本木プリンスホテル」(開業後22年)と大阪の「ソニ-タワ-」 菊竹清訓氏の東京、「ソフィテル東京」(旧ホテルコジマ)・・・開業後12年 黒川氏の設計物件は、且つお施主さんの物件なのですが、当時現在に繋がる「メタボリズム」(建築や都市を生物のように部分的な更新が繰り返されるものとしてとらえる考え方)という考え方で設計し建てた建物です、勿論歴史的に価値があります(海外の方が位置付けが大きいようです・・World Architect News) 黒川氏が最近設計し竣工した、国立新美術館の建設に伴って取り壊されることになった歩兵第三連隊兵舎(当時の東京大学生産技術研究所)には、日本建築学会が保存要望を出していたが一部を残す形で決着もしたようです。 こうした議論はおおいですが、日本の建物の寿命が短いのが問題だと、全てが経済状況に合わなくなったとか、社会のシステムに合わないというのが理由が多く(マア中には構造的に問題もあると思いますが)保存問題が上がってくるのでしょう。 参考までに日本の住宅の寿命は約25年、英国で約50年、米国で約44年だったと思います、コレをみても建物の不動産価値が低いのがミエミエです。 民間の建物は別にして公的な建物の寿命はモット、「企画~基本~設計~施工~メンテ~改修~撤去または再活用、撤去」ト-タルにタイムテ-ブルを計画かつその場面で見直しをする必要を常々思いますが、何もできません、多分こういった問題はいまマンションが一番進む方向かもしれません。 話はそれましたが、その保存問題を社会に問うには、建築に携わるプロが避けずに参加する必要を感じます。他人の問題に口を挟むと、自分が同じ立場になった際に困るから黙っていようという風潮が強い状況では、保存問題の議論はなかなか進みませんし、これも違った意味の倫理観かも。 設計を依頼されて、「新たな建物を建てない方がいい」と言う建築家がどのくらいいるだろうか。まだまだ、新たに自分が設計した建物をつくった方が、その場所がよくなると感じる建築家の方が多いだろう、自分がその立場ならそうするかも。 それでも、時代は変わりつつある。コンバージョンやリファインなどを具体的な手法として考える時代になってきた。こうした保存に配慮した取り組みは創造的な行為として位置ずけされるかも。 1972年 中銀カプセルホテル 黒川紀章氏設計 1984年 六本木プリンスホテル 黒川紀章氏設計 1976年 大阪 ソニ-タワ-、看板ナシ(今は仮囲い中ですが) 黒川紀章氏設計 1994年 ソフィテル東京(旧ホテルコジマ) 菊竹清訓氏設計 1966年 都城市民会館 菊竹清訓氏設計・・・これは市民のアンケ-トでは解体の意見が多かったようですが、アンケ-トで決めるというのも大局をしっかり見るべき専門家が避けているようです。 保存問題は建築に関わる人だけの自慰行為だけは避けねばならないとも思います。
2007.02.21
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ニュ-ヨ-クタイムズより最近見つけた「小屋」です「Think Small」・・・Audio Slide Show をクリックすれば見れます。 海外でもこういった家もあります、なにか隠れ家のようなものは好きです でも今後家というのは仮の住まいであり、漂泊のようにスグ建てれて撤去し、しかも環境に優しいくまたは、他の場所へ持ち運びできるようなものが主流になってくるのも楽しいかも・・・・キャンピングカ-もその一つ あまりにも今の住宅行政とか持家政策に多くの方は苦しんでいるのでは、本来ユックリでき落ち着ける場所を求めているのに、ココデモ経済優先が見え隠れするような気がしました。 だからこの「小屋(スモ-ルハウス)」は今後注目? 航空写真・・・小屋?・・・テント?・・・
2007.02.21
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最近、生態系を大切にすることが将来の環境を考える上で一番イイのではないか? 今まではあまりにも、人間の生態中心、経済中心、物の中心と・・・以前から言えわれていますが あまりにも生態系をないがしろにしてきました 進行中のオゾン層破壊も最たるものです 身近には森林伐採、森林系の偏りによる「花粉症」とか中途半端な道路工事・・・ 古くから「環境アセスメント」なるものはありますが、全てとは言いませんが政府の役所の「お抱えアセスメント」がほとんどのように感じます。 あの一昨年あった「愛知万博」の時もそうです、最初計画を依頼した方々からは状況を考えて「中止し何もしないほうがいい」という判断で依頼主と合わず、去ったと聞きます、そこでそれを受けて計画が進んだのはやはり経済優先でした。 結果的には入場者が多く成功だと思われていますが、本来の国を挙げての万博にしては少し寂しいような気がしました、地元の方に責任はありませんが・・・・しかし私は行きました。(楽しかった) このように、アセスメントが本当に機能しているとは言いがたく思います 財団法人日本環境アセスメント協会とか真摯に行っている方へも失礼な言い方で申し訳あれりません・・・ それをマタ、チエックする機関が必要になること程悲しくなります そうなる前に社会が生態系を主にする必要があると・・・ 生態系を大切にすることで目に見えてお金は算出できませんし、生態系には市場サ-ビスはありません、だから無視され大切なものが損なわれるのかと思います。 しかしこれからは(今までも)そうですが、生態系は「金の卵を産むニワトリ」のごとく 1、生活に必要なものを提供してくれる(食物、空気、処理・・・) 2、調節的な役割 あたり前のことですが、地球規模で考えるとスゴイことです ある算定によると、生態系の価値を貨幣に直すと、湿地面積1ha(100m×100m)当りでナント\200万円の価値があるようです。 だから経済性のみを追求するのでなく、生態系へと緩やかに移行することでよい方向へ向かう一つの案かと感じております。 なお今の社会資本だけにたよっていくと・・・構築されたインフラは更新や維持のために負担が掛かり過ぎ、2020年以降は大規模な新規投資は難しくなるというデ-タもあります。 もうスクラップ&ビルドからイノベ-ションへの移行と言われ久しいですが、こういった面からも生態系がもうギリギリの線上を歩いているような気がします。 しかし建設業界もしぶとく、さらに新たな事業展開を生み出す智慧も絞っており(EX:スマ-トICなど)、このあたりはいますぐに、今後全て生態系を見ていくとは困難ですがパイロット的にやっていけば、実績が積み重なりよい方向へ進むことを期待したいです、またそうしないと社会が世界がもうダメダ~となる前に・・・・・人が元気なうちに・・・・動けるうちに・・・・
2007.02.21
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最近多くの分野で専門家の倫理観の欠如は枚挙にいとまがないです。 建築に関してもそうです、今までは自然とした当たり前のモラルとしてあったものが一つが崩れるともう、後が待っていたように瓦解していくような気がします。 もう一度、専門家としての倫理観を再認識する必要があるようです。 デハ、倫理とは英語では「ethics」道徳は「moral」 英語の「moral」は士気と意欲がありますが日本のはチョット違う感じがします。 英語のモラルの方が積極的かも 倫理教育は「直面する倫理問題について、その概要を知り、背負う責任の重さを知りこれにど対処すべきかを考える教育」 であり 専門家の倫理責任の重要性と事故や失敗を起こさないためには、専門家がその専門知識に通暁し間違いのない仕事をする必要を理解する です これからマスマス、国際化、複雑化、グロ-バルな仕事とかコラボ的な仕事は否応なしにやってきます、そこで海外との倫理観の統一も必要な気がします。 学ぶ意義は決して負担にならないなぜなら、普通のことだから・・・ 倫理問題を避けたり逃げたりすることなく、専門家としてのぎりぎりの努力を注ぎまじめに取り組み、最善の解決を果たせば、専門家としての評価は逆に上がりモット重要な仕事もくるのかも・・ それには、損をしてでも信念を貫きやらねばならない事も出てきます。 だから倫理を抜きにして仕事はできないし、この仕事の中で獲得した倫理観を多くの方と共有することも大切かも・・・・ 例えば、自分が持っているその技術で失敗したことを考えると、どれだけお客さんに迷惑がかかるか、そして自分がどれだけ傷つくか想像する習慣?を持てば、常にレベルの高い仕事にまた信頼できる仕事に携われるかもしれません、これは結構孤独な仕事でもありますが、自分に誇りと勇気を与えてくれます・・・こういったことを多くの専門家が共有することで、モットいい方向へすすめます。 1986年に起こったスペ-スシャトル、チャレンジャ-号の事故も専門家のモラルが問われました、あの時は専門家が打ち上げはダメだと提案しているにも関わらず、上部の決定で打ち上げることになり、大きな事故となりました。 ニュ-ヨ-ク・シテイ・コ-プタワ-の設計もそうです(指摘した方が名声を上げる)、ボストンのジョンハンコックタワ-の窓ガラスの崩落事故もそうです(これでピュ-リッツア賞獲得「建設業者は窓の崩落以上の危機に直面した」)、国内では八王子市内の公的分譲住宅の欠陥問題がありました、まだまだ日本ではこういった問題があると思います、最近の耐震偽造等もそう・・・そのあたりは公開すればさらに、専門家の倫理観が(負債を負いますが)、アップすると思うのですが・・・ またこの倫理観もこの変わりつつある時代の中で歴史的に捉えることはできても、現実の社会で生かせねば全く意味がありません。 だから子供に躾をするように、専門家を志す頃からそういった基礎的な学びは必要だし、時代が求めているような気がしました。 「倫理というものは、大きな分水嶺の尾根道を走る、細い山道のようなもので境界さえ、はっきりしないファジ-なル-ト、、一旦悪いほうへ下り始める、マスマス同じ方へ下っていき、もし悪い方向へ行けば戻ればイイ(当たり前のことですが)よい方向を目指すのは面倒のように感じるが、また周囲の状況で難しかったりします、倫理遵守の道の構造は分水嶺のような形」 倫理に対しその行いには、責任と賠償責任が付随します、ただ時間が経てばチャラになるのではありません、日本ではまだそのような場面がありますが、欧米ではそのあたりはキッチリと契約し行っています、しかし建築を考えると全てをこと細かく契約は不可能に近くそこではまた新たなモラルとして、「委任」「信任」ということになりそうです。 倫理問題は起これば大変な問題ですが、わからなければソノママという恐ろしい側面があります、だからこそ専門家の責任は大きいのだと。 そしてその倫理も人間中心の倫理だけでなく・・・生命中心また生態系中心の倫理の考えが必要になるのは必然かも・・・・・・・以上、一部「建築倫理用教材」より
2007.02.20
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昨日買い物の物色中「にいちゃん、買わなくていいから、試食シテイッテ~」と黄色い声ではなく、少し茶色かかった黄色い声。 振り返るとエプロンをした最強の「必殺試食販売人」 アノ~とか言う前に、サッ!と試食皿を持たせ、(最初はサラダ)そうこうしていると、オバチャンが手に持っているコネコネしているボ-ルから、「コレも!」とメカブを試食皿に注がれ・・・コノママでは危険を感じ・・・ 「ああ、オバチャンおいしかった~、アリガトウ!」とバシッ!と しかし オバチャンは親切にも、ヒョイッ!と違うボ-ルを既に手に持っており、コネコネしつつまた上へ下へとネバネバ~力(ちから)を誇示するように、私の試食皿にネバ~と注ぎというか「ネバ込み」(納豆メカブ)オバチャンは何気ない顔で「ドウヤ、ウマイだろう・・・」、「買っていって、安くしとくわ~」と最後は多少オバチャンの精一杯も色香で迫ってきました・・・・ 正直ウマカッタ~ 私は「ウウウウウ・・・」・・・思い直し・・(このママでは相手のペ-スだ何とかこの場を逃げねば)と 「今日は、目的が違うからいいです」と素っ気なく・・・ 逃げるようにまた、何かを探しているように、不自然なキョロ、キョロ目で足早に逃げていきました。 オバチャンはそれでも「帰りによってネ~」と 考えると、向こうに自転車を置いたから通るのかな?と未来の不安を残しツツヤットこさ、去ることが・・・ フト「オニイチャン」という呼ばれ方は? 一体「オニイチャン」とは私はソノママ対応したが、オニイチャンなんとなくこそばゆい呼ばれ方、どういった方がそういう呼び方をするのかな? 先ほどの必殺試食販売人のような方とかに「オニイサン」と呼ばれれば、チョット怖いが でも、オイッコはたまにお願いするときは「オニイサン」だ、しかし呼びようによってはアクセントに違いが? 「オッサン」と呼ばれたことはあまりないが、「オジサン」はある、「オジサマ」となったらこれも怪しい こんなことを嫁に言うと「それはネ、あなたのような人が昼にウロウロしているからだヨ」と一刀両断・・・ナルホド 時間帯によっても呼び方も違うのかな そういえば、夜暗闇で(最近は明るい場所が多いようですが)チョイト「オニイサン」だ、チョイトというのは使うかどうか知らないが、こういう方々も「オニイサン」だ 振り向かせるには「おっさん」より「オニイサン」のほうが振り向くのかな、微妙な年代の男性は 居酒屋(酒は全く×ですが)でも男に対しては「オニイサン」だ、「オッサン」ではなく「ダンナ」かも モウどちらでもいいが 「オッサン」「オニイサン」「ダンナ」「ニイチャン」「オニイチャン」と色んな場面で呼ばれ方をしているいる私です。 ダンナには「オ」がつかない「オダンナ」という人はいるのかな? コンビニの対応だ「1000円から預かります~」という言い方が一時いわれていたが、そのうち「オダンナ」と言われるかもしれない、何かが誰かが間違って・・・ 人の名前を呼ぶときはいいが、なにもわからなくて「ゼロ」での初対面の時は、当たり前に 「初めまして〇〇です、そちら様のお名前は?と聞いて(相手の年代によるが)話は進んでいく 会社勤めのときは名刺がありわかり安かったが、最近は個人での仕事だから結構そのあたりは微妙ですが、自然とやれています。 こうなれば「一億総名刺持参時代」へ突入すれば問題ないかも、というより携帯カか~それとも、我が家の猫のように「チップ」を挿入すれば認識し、そうすれば居酒屋なんかでノレンをくぐる度に掲示板が「ポン!」と鳴って・・・「オッ!ダンナ、イラッシャイ~」となるかも マイクロチップも最近は粉状のように小さいものがあるから、分からないときに入っていて読み込まれているかもしれません 話が全然異なった?方向へ行ってしまったが、自分の大切なデ-タというのは貴重です、自分だけの、神様しか知らないもの・・・が多いほど人が自由なのか・・・それとも何もかも公開しているのが自由なのか・・・これも人の自由意志ですが。 あの星新一氏が生きていたらそんな短編小説書いていたかも、イヤもう書いていたのかな?
2007.02.20
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1/23の続き・・・・KEN-PLATZよりソノママ書き写していますが、面白いので掲載しています。 【元泥棒の回顧録9】一度侵入した家は再び狙われる――“体験談”から探る防犯対策 同じ家に複数侵入した経験はいくらでもある。2回はざらで、一番多かったのは4回だ。侵入すればその家の大概のことがわかるので、せっかく仕入れた情報をまた使わないのはもったいない。 住まい手側も、2~3カ月は警戒心を強めるが、半年も経つと元の生活に戻ってしまうことが多い。 ただ、一度侵入して成功した家でも、また狙いたくなる家と二度と行きたくない家がある。前者は、初回に容易に侵入できて、室内や外まわりが散らかっている家。侵入されたこともしばらく気づかないような、ずぼらで大ざっぱな住まい手がいい。 逆に、掃除や整理整頓が行き届いていて、最初の侵入でかなり神経を使った家は後者に当たる。 住人の性格を知ることも、下見段階の重要な仕事になる。 一度侵入されると、侵入された個所や1階にカギをかけたり格子をつけたり、住まい手はある程度防犯性能を高めるが、2階など侵入に使わなかった部分はそのままにしていることが少なくない。これでは防犯対策として不十分だ。二度目に行くと警備会社のシールが張られていることもあったが、だからといって侵入をあきらめたことはない。 【元泥棒の回顧録10】手口を変えて同じ家に2年間で3回侵入(1)――“体験談”から探る防犯対策 泥棒が何度も侵入したくなる家は、金持ちというだけでなく、雰囲気やたたずまいが私の好みであることが多い。秋田県の日本海側で見つけた、50代半ばの親夫婦と子夫婦が暮らす豪農の家がそうだった。自分の家にいるみたいに妙に落ち着くので?、つい訪ねたくなるのだ。 2階建ての品の良い数奇屋づくりで、見事な刀剣や掛け軸がたくさん飾られていた。池や灯籠をしつらえた日本庭園の眺めも素晴らしかった。 茶筒のなかに現金を整理整頓 最初に侵入したのは秋だった。農作業に出かけている午前中に、カギのかかっていない1階の勝手口から入り込んだ。大金を発見したのは、1階の居間の茶だんすのなかの茶筒だ。茶筒がやたらたくさんあるので不思議に思い、奥のほうから1本取ってふたを開けてみたところ、1万円札が数十枚入っていた。1000円札や金貨ばかりの筒もあった。 田舎の農家は現金を家に置いていることが多い。まだどこかにあるはずだ。今回はもう十分な額を頂いたので、次の楽しみを取っておこう。そう思って、入念に下見をして立ち去った。(荒川尚美/日経ホームビルダー編集) 【元泥棒の回顧録11】手口を変えて同じ家に2年間で3回侵入(2)――“体験談”から探る防犯対策 再侵入は最低でも半年以上たってからにしないと、捕まるリスクが高くなる。そこで、2回目は翌年の夏にした。 訪ねてみると、1階の勝手口は施錠され、小窓に新品の面格子が取りつけられていた。盗みがばれたのだ。だが、侵入ルートはほかにもある。ブロックべいと裏庭の竹を足場にしながら、2階のベランダに侵入した。 茶筒のなかにはもう現金はなかったが、目星をつけていた親夫婦の押入れの客用布団の間から、封筒に入った札束を発見した。 仕事が終わってから部屋に寝っころがって庭をしばらく眺めていた。普段なら仕事が終わるとすぐに退散するのだが、久しぶりに訪ねて名残惜しくなったのだ。 侵入個所以外にも目立つ防犯対策を 3回目は1年半後の冬だ。竹がきれいに刈り取られ、ベランダにはネットが張られていた。現場検証した警察が対策をアドバイスしたのだろう。それでも、新たな侵入ルートがすぐに見つかった。縦どいからひさしを伝って近づける階段の踊り場の窓だ。 3回目は普段以上に緊張した。侵入を検知するセンサーは前回はついてなかったが、今回は新たに設置されているかもしれない、などと不安になったからだ。 現金は2カ所で発見した。ひとつは1階の居間に置かれていたコタツの天板とこたつ布団の間。もうひとつは、2階の子供夫婦のベッドの下だ。このときも、数万円はあったと思う。 成功したものの、ここではもう仕事はできないと悟った。次はもっとハイレベルな対策になると予想できたからだ。 侵入された個所だけの防犯対策では、まず再侵入を防止できない。だが、植栽を刈り込むなど、侵入された以外の場所にも目立つように対策を施せば、かなり狙われにくくなるはずだ。 防犯は視覚も大切です、人の視線が通るようなプランとか、何気なくチエックできるようなプランを基本の段階から注意することが大切です、口では何とでも言えますが、竣工してからもチエックが大切かと・・・・ハ-ド、ソフトとも・・・ また、衛星都市で夜中に都心部から周辺へ行き、早朝都心へ帰っていく泥棒もいているようです、くれぐれも普段からご注意下さい。 トニカク近寄れないようなそれぞれの家において工夫が必要なようです。
2007.02.20
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昨夜風呂の蛍光灯がチカチカと切れそうなので、もう蛍光灯を消し入ろうとし、そこにロウソクを設置(別に変なことをしません)し入浴しました。そのロウソクはアロマオイルの入った、ロウソクと他は安物?で結構明かりをとることができ、中々いいアンバイでした約1時間ユッタリ入り、出るとナント!ナント!鼻穴お中が黒いではないですか・・・・・・と・・私が分かったのは今朝・・・嫁は昨晩知っていたそうですが・・・黒いものは「煤」ですそういえば奈良の「墨」を創るのに、菜種油、護摩油とか薪(松など)で中でも一番いいのは椿油のようで・・・「煤」を取り出し、それに膠(10:6)と香料を加え練って・練って、固めるようです。(参照)奈良での誇れる文化の一つです。職人さんの手はもう真っ黒で、当たり前ですが「墨を創ってるゾ~」という感じです。ちなみに友人はイチゴハウス持っていてこちらは、緑色です、私はヤワな手ですが・・・・職人と言われる方の手は厚みを感じます・・・ 古い家も煤で建物を燻しメンテを自動的に行っています。 さて、その墨の元のロウソクで照らされたものというのは、また蛍光灯とは違った世界が見えるようです、日常機能的にしか働かない明かりは光だけの供給物であって、「+α」の世界は見えてきませんし、発想も出来ないのかも、「明かり」ではなく「灯り」の方が感覚的にいいのかも?炎と灯り・・・柔らかいといいますが、本当にそうでした。建築の照明も白色灯だけでなく自然に近い光を使い、夜を過ごしたい、ブロイラ-のような生活ではいけないかナと・・・・そういえば、昔の吉原では各部屋ごとの灯りの油補給は部屋のチエックもあったと聞きます、キット煤とかも沢山あったのでしょう。やはり、怪しげな光こそ安らぎがあるのかな?ロウソク一本でも色んな想像、創造できそうです・・・煤の力はすごい・・・嫁にきたら「カ-ボンを食べてダイエット」もあるそうで そうだ愛媛県の内子に和ロウソクがあります。もうこうなったら照明器具はロウソクにしようかなの勢いですでもそれだけでは困る・・・・そう「闇」と「光」の使い分けが大切なのかな?かな?かな?ばかりでしたが・・・・・・・・
2007.02.19
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考古学はまるで推理のようです学生時代にアルバイトで発掘の仕事をしていました(当時やっていたことです)毎朝早くから、現場に出かけ何をするか?先に巾の広いクワを持って、ユンボであらかたの地層まで掘った部分を土の色をジックリ見て、柱穴を確認しユックリ皮を剥ぐように表面の土を削っていきます。それにより、柱の位置がクッキリと出てきて、それがあるピッチで並んでいくのが露わになります。その柱位置を石灰でマ-キングし写真を撮り、実測し(座標の水糸から)なおかつ上空(足場又は航空写真)からも写真を撮っていきます。その後、柱穴をユックリと注意深く探るように掘っていき、出土物をトレイにのせ分類し事務所へ持って帰り、土を洗い落としその出土物を確認します。昔(私が携わったのは弥生時代?でした)は、ほとんどの建物が掘建て柱で土に直接柱を立てていました。一説によると、日本の考古学は「柱穴探し考古学」で西洋の考古学は「壁探し考古学」だそうです。ナルホド、確かに昔の柱穴には土器とかが一緒に埋められていましたし、井戸跡にも土器類の破片がたくさん含まれていました。建築もそう日本の床面積は柱芯とか壁芯で計測しますが、(西洋では壁が厚くものによっては4mもアル場合があります)、だから西洋では面積は内法なのでしょう、これを壁芯で計測するのはナンセンスなようです、日本の壁は限りなく「0」に近いのかも・・・・だから壁芯?その柱の考えは「宇宙を支えるために柱を立てる」という考えもあるようです、例えば出雲大社の巨大な柱跡から推測して約50mの建造物であったとか、また人には造塔心理なるものもあるようです、「高いものにあこがれ上に向かって上っていこうとする心に燃えて」とも・・・そういえば日本の五重の塔もそうかも、かつては七重もあったようです、少しでも高く、仙界に・神の住む天に近くが「コンセプト」でしょう・・・・・・出雲大社柱跡・・・その考古学、私は専門でなくバイトで手伝っており、いま思うと以前もブログに書きましたが(参照)コレだけアッチコッチで穴を掘ると必ず何か出土します、それを全て文化財の保存ということで保存しています、この保存量がもう莫大なボリュ-ムになってきているようで、各地の空き教室とかプレファブに一時保存しているのが実態のようです。これもやがては明らかになる日を信じて出土物を保存していると思うのですが、少し現実離れしているように思うこともあります。勿論この考えは考古学に私は携わってなく、建築の方から見ているから言えるのですが、現場で寒い日も暑い日も発掘作業されている方には頭が下がりますが、「何でもかんでも・・」という保存方法に疑問を感じました。しかし考古学でも注目されているのと、そのあたりの出土物も差別はあるのでしょうね、以前書いた高松塚古墳のように・・・
2007.02.19
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梅の花が近くで咲きました 朝に卵を買いに行き、その横に梅の木があり、いじらしく咲いてました 気がつかなかったが・・嫁に言われ「オオッ!咲いている~」と ヨク「観梅」に行ったりしますが 私は鼻が昔から鈍感でいくら香っても分からない 人からこれいい香りするよ・・と言われても感じないときが多々あります シカシ、不思議と何気ないときに、だれも分からないときに香りを感じます 単なるへそ曲がりか、コレ臭うんだといわれれば、香りをキャッチする能力が「シュン・・・」となってしまうようです。 香りは「時空を超える」と聞きました 「その通り!」とは具体的に説明はできませんが、不思議と人は以前の香りを自分で創るようです 例えば、愛し合う二人が離れ々になっても、その好きな人の香りは忘れずに、自分の身体で脳?で再生し近くに感じると・・・ おいしい香りもそう、写真で見るだけ香りを再生?目で再生?経験を通じて再生?・・・ 振り返ると・・・ 現代の香りを感じるという行動は、当たり前の本能として定着するでしょうか。 物理的な存在としてのみ香りを見ている限りは、単に鼻先で感じる匂いとして終わります。 好き嫌いや強弱・印象や価格など社会的な判断をされることなく、もっと本質的な存在感を見つめないと、本当の香りと共に生きる智恵は行き渡らないのでは? 香りあるという余韻、これが大切だと、今は香りも単なるハードでしか扱えてない現代では、時空を越えるような香り感じることができるか?私たちの本能が秘められた力が試されるかもしれません。 香りは怪しい・・・・ しかし、大勢いる中の香りは感じる力を閉じないと耐えれないときもある。
2007.02.18
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ホテルは昔から歴史が積み重なりいい雰囲気をかもし出すホテルもあり、冷たくて繊細なホテル、採算性に重きを置いたホテルなど色んなものがあります。 一時期はホテルが再開発の中心であった時期もありましたが、本来のホテルの意義を間違って造ったようなホテルもありましたが、バブル以後淘汰されて、現在も進行中のような気がします。 ホテルと日本人を改めて考える時期かもしれません。 こと歴史に関して言えば日本でも見受けられますが、欧米のそれのは歯が立ちません、マア比べるものでもないのでしょうが・・・ スペインにこんなホテルがあります 「ホテルMARQUES DE RISCAL」・・・スペインのエルシエゴ このホテルMARQUES DE RISCALは、1858年にワイナリーとして創業した。今回のプロジェクトは当初、ワインミュージアムやレストランを建設する予定であったが、スターウッド・ホテルズ&リゾーツ系列への参入プランがまとまり、ホテルとして巨匠ゲーリーの手腕にゆだねてこのようなホテルへと・・・・ ゲ-リ-とは あの・・・建築家Frank Gehry氏(参照)です・・・ビルバオのグッゲンハイム美術館を設計された方 まずは写真シェラトンのグル-プが手がけているようです。 なんとマアです、この曲線この精度、この金物工事には、素材としてチタンのプレートを使用しているのが特徴だ。 ゴールドや淡いピンクに彩色する技術は今のところ日本だけにしかなく、特注ではるばると運ばれてきました。 ビルバオとこのホテルがあるエルシエゴとはレンタカ-でもOKという距離のようです。内部は・・・内部から外部の眺めは・・・・ 資料は・・・KENPLATZ・・・よりです
2007.02.18
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妖怪も昔から(ゲゲゲの鬼太郎など)興味があり趣味で調べて出すと止まらない、人を見れば妖怪と思えではないが、人相とか性格を観察していると・・・何となく失礼だが見えてくる・・妖怪は実際に居たかどうかは分からないが・・見えないものが見えた時代があったことは確か、かもしれません。鳥山石燕 画図百鬼夜行 巻之中 晦・・・より皿かぞえ(サラカゾエ)皿屋敷の伝説は、下女をお菊といい、場所は江戸と播州姫路のほか各地にあった(「考証江戸八百八町」)草双紙「是は御ぞんじの化物にて御座候」(近世子ども絵本集))には「十に一つ足らず」と称し、頭上に皿を重ねた女鬼が描かれている。石燕は井戸の周りを飛ぶ皿の火を描き、播州にありと言うが、姫路の話は元文六(1741)年大阪豊竹座初演「播州更屋舗」が早い例。人魂(ヒトダマ)骨肉は土に帰し、魂気の如きはゆかざることなし。みる人速(すみやかに)に下がえのつまをむすびて招魂(セウゴン)の法をおこなふべし。招魂(セウゴン)の法とは、「たまはみつぬしはたれともしらねどもむすびとめたるしたがへのつま」と詠んで男は左、女は右の下がへのつまを結べとある。舟幽霊(フナユウレイ)「百物語評判」巻四「舟幽霊附丹波の老が火」に北国や西国の海が荒れている時、波の上に火が見え、人の姿で現れるものは海中に沈んだ人の亡霊であろうと舟人はいう。川赤子(カワアカゴ)夜、川のほとりで啼く鳥や動物の声は赤子が啼く声のように聞こえたであろう。水流に飲み込まれた子どもの亡霊も、この名で呼ばれ妖怪である。芭蕉は「野ざらし紀行」の旅で富士川のほとりで、三歳ばかりの捨て子が泣いていると目撃している。古川茶の霊(フルツバキのレイ)古椿が化けて火の玉になった妖怪を木心坊という(柳田国男「妖怪談義」)、若狭の八百比丘尼伝説は、神の木のツバキを持って諸国を旅をしたという、椿は長寿といわれる。加牟波理入道(ガンバリニュウドウ)厠の神は郭登(カクトウ)、しかし紫姑神の方が知られる「かんぱく入道ほとぎす」という諺を便所で思い出すと不吉、という言い伝えもある。また便所で郭公(ホトトギス)を聞くのは忌むことだともいわれる(中国も同じ)このときは、犬のほえる真似をすればいい({俚言集覧})雨降小僧(アメフリコゾウ)「山海経」巻十七「大荒北経」に黄帝と蚩尤(シユウ)が冀洲の野で戦った時、蚩尤がよんだ風の神・風伯と雨の神・雨師に対抗し、黄帝は天女魃を下して雨をとめ、蚩尤を殺したという。雨のかみを雨師といふ、雨降り小僧といへるものは、めしつかはるゝ侍童にや日和坊(ヒヨリボウ)中国の日照りの神「魃」が日本の日和坊と同じ妖怪だと、中国の照る照る坊主にあたるのは、「掃晴娘」、やはり紙をきって、箒を持った女の形を作るという、これが日本の日照り神、日和坊の俗信に付会されて、照る照る坊主となったという説。青女房(アオニョウボウ)青女ともいう。「発心集」にある僧が北丹波の山奥で隠遁した「そのかたちともなくおとろへたる人」に遇った記事がある。声を聞くと女であって、ここでは山中に入った宮廷女房が、山女に化けてしまうという幻想が揺曳している。毛倡妓(ケジョウロウ)総身毛だらけの遊女というのは未詳だが、中国の宋代の「投轄録」(とうかつろく)に葵元長という男が崋山(中国五岳の一)の山獄廟で、紙銭を焼く煙の中に、総身毛ばかり、色は紺碧・髪は漆のような「毛女」を見たという。骨女(ホネオンナ)七月十五日の精霊会の夜、牡丹花の灯篭を童女に持たせて、荻原新之丞の前をとおりすぎたのは、二階堂政宣の娘、弥子(いやこ)の亡霊であった。女は毎晩尋ねて情を交わす。隣の老人が見たのは、骸骨に向かう新之丞であった。浅井了意「伽婢子」巻三「牡丹灯篭」妖怪は調べれば調べるほど愛着が湧くものもあるし、少し怖いのもあります、でも冒頭にいったように、妖怪が見えた時代は案外、涙から妖怪というのが出来たような気がしてきました。参考・・・・もののけが集うホ-ムペ-ジ
2007.02.18
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スガシカオ氏・・・何処で名前を切るのかヤットわかりましたが。以前から気になっているア-ティストです。歌詞が好きです・・・少し前のフォ-クソングのように・・・中でも「春夏秋冬」・・・泉谷しげる(春夏秋冬)ではありません・・・これも好きでしたスガ シカオの「春夏秋冬」イイです、その歌詞は 春の空はたぶん思ったよりもずっと青く広い 夏の思いでは夕焼け色下あなたの笑顔 僕はユメを描いて破り捨てては描いて 今日の勇気と昨日の痛みを同じだけ抱きしめたら あなたの明日に僕ができること1つくらいみつかるかなぁ 秋の色ついた木々はさよならの歌歌ってる 冬の冷え切ったその両手を温めたい ねぇ聞いていい?僕は今うまくやれていますか 明日へ向かう意味を探して僕ら立ちすくむけど 大切なもの守りべきものやっと少しだけわかったんだ 今日の勇気と昨日の痛みを同じだけ抱きしめたら あなたの明日に僕ができること1つくらいみつかるかなぁTVの番組の曲らしいですね。歌詞だけでまいりました、何となくこれから春を迎え、新しい時代がそれぞれにやってきそうで、好きです。胸が少し熱くなる部分もありますが・・・季節を短い言葉で季節ごとの気持ちが素直に出しているのかと、みんなそれぞれ捕らえ方があると思いますが。最近こもってますから・・・少し癒される気持ちです。
2007.02.17
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これは、一つの見方であって全てではありません、一度読んだときは少しオオゲサかもしれないが、自信を無くしましたが・・・しかしヨク読めばこの日本を見たスイス人は内部までは理解が当然できませんが、的を得ていると・・・日本人のミニマム志向というか、小さい部分でのこだわりをよく見ているしその中にある問題も見られていると感じました。スイス人ランドスケ-プア-キテクトの旅行日記 日本の都市は外国人の目には、どちらかといえば秩序に乏しく、明快な構成になっていない、巨大な高層ビルと小さく鄙びた木造の建築、都市内の建築も、ほとんどが中庸で平凡な意匠であるが、中には素晴らしくきらりと光るものも混ざっている、建築的には玉石混交である。 街のアチコチで見かける茶色いタイルのマンション、これはあの歴史的に有名な町屋の継承?これが現代を生きるための好ましい姿と考えているのだろうか?また空を覆うばかりの電線の群れは束・・・ 大きな都市の公共的空間はまったく面白みにかける、欧米のランドスケ-プデザイナ-の中途半端で下手くそなコピ-が多い、さらにお飾りの趣味の悪い花時計はなぜか? 歴史的に見てもまだまだ生育途上・未発達なようで、外部空間の所有者もデザイナ-も共に、その形や外部の空間の意味するところを模索しているように見える。 郊外に目を向けると、ランドスケ-プ景観の面白い場面がある、丘陵は山間部の緑が風景の中で特別な場所として感じられる。 河川の大きなオ-プンスペ-スこれはすばらしい土木計画・・・自然保護区、過度に積極的な公共利用は避けるべき? また農地が都市的な開発地の中にあることは(ミドリのポケット)は興味深いがやがては消える・・・いくつかの「ミドリのポケット」を「都市農園パ-ク」として活用できないか?庭園のヒトの手の巧妙な管理・・・元々の自然が残っているのを日本で探すのが困難 日本人は自然とのかかわりにおいて、相反し矛盾する方法論を持っている あたかも今を生きる日本人がこの地球の最期の世代であり民族で、もう未来などないように、海や海の生物相を破壊し消費しているように思う。 日本人の持つ「人と環境や自然との調和」を希求する伝統的な気持ちというのは、ある一定のロ-カルスケ-ルに対し有効であったのか? かたや日本人がフルスケ-ルでの自然と対峙するときはかなり違った対応となる。 小さなスケ-ルのランドスケ-プにおいて見せる、自然に対する愛情や気持ちの思いやりは、大きなスケ-ルになったとたん消えうせる 以前本であった「Japan Small」?だったか思い出せませんが、日本は拡大するとか、拡がっていくとあまりよろしくないと・・・そんなことを書かれていました。 そんなことはないと思います、あの故丹下健三氏とかも海外の都市計画をされていたし、技術的にはあると思いますが・・・ただ思想とか宗教観を考えると、根本が異なるから、何処までいっても追いつかないような、理解しがたいような思想、考えかもしれない・・・海外との摩擦もこんな感じなのかな?
2007.02.17
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いままで自分で納得いくような園、庭園は(建物と一体になるような)設計したことはありません、気に入ったものは、自分で計画するのではなく、イメ-ジを伝えそれを造園家の方に設計していただいた経験はあるだけで、少し恥ずかしい、一度、園・庭園の考えをまとめ、野澤氏のようにトライしてみたい・・・・(自己弁解)庭 2007年1月 No173・・・より野澤清さんの園学論園学百項・・・・・・造園Landscapeとは庭か園か造園は庭をつくることから始まる前に、外の祭祀場をつくることとして発生した。同時に、ある場所を園(=心地良い場)と感じ、他の場所も園化することからはじまっり、それより庭が生まれ、庭園となった。庭・庭園は私的イメ-ジが強いため、公共性を享受者のため、その場所を提供する「造園」という括語ができた、造園とは、庭園を含んだあらゆる外部空間について思考する職能。 先例を模倣踏襲するのではなく、その場所の前提条件の解析から始める造園のあり方がある。場所を園化することが造園と・・・庭園は園が特化したもの、原点の「園」には先例の形象はない、文献もない、人間が園を感じる場所であるということだけ。 「園とはもうひとつの幸せを感じる外光の中の時と場所」と定義、造園では場が与えられるその場にアル(有る、在る、現る、生る、顕る)モノとコトの相関が自然であるか人工であるかの思考が必要。 造園は人間がつくる限りは天然自然ではなく、人文自然を前提とし、文化としての造園のあり様の成果が園として顕在する、また園は眼前―視野限定完結映像ではないコスモロジ-景であり、連続景であり、小鳥がいる幸せ、赤い実のある幸せ、朝の光、夕日、風、花、木漏れ日・・・、その場所にその場から、どれだけの幸せを提案・提供でるかが勝負、時間の経過もそうでしょう。公と私造園は依頼者と受託者で成立する自己が自己のためにすることは趣味の世界「自己が他のために」は「他者の中の自己」を理解できる意識のあり様地上権とは360度の風景独占権ではない、依頼者の希望の錯誤に受託者が同調してしまうことの自戒、自制も必要設計と施工造園は設計者と施工者の共同成果品設計者の思考能力と施工者の技能力は不可欠知識と知識の相乗効果ではなく、意識と意識の相乗効果管理経年変化に対する想像力が必要風土自然は風土の形成物時間限定としないためにも、想像力の欠如は致命的な欠陥造園文化文化とは人文成果人文成果は身体的利便文化と精神文化の両極を持つ、造園は精神文化が大きい心を感じるも追うひとつの場所が園、そしてその園を提示するのが造園園学百項・・・・・・園化と庭化・・・造園家の存在意義造園家は何をする人造園の対象は大小を問わない、園をつくるから造園という、園から派生し庭園となり、そして私庭園から公庭園の公園となった。 かつて公園が持っていた健康で素朴であれば十分であった人間の為の空間が、庭となることで、庭を持てる人だけの場となった、、大規模となり、網羅的となり、競争的になってきた、庭化は満足の上限がない、我慢の自足や歯止めのない行為となる。 園でよいという園化の造園と庭にしたい庭化の造園は対極にある、「木があるとよい」と「立派な木がほしい」が園化と庭化の分岐点になる。 園主義造園家:常に条件内での必要と十分を考える、普遍的満足と責任を心得る・・・ヒュ-マンスケ-ルでの規模設計・・・質の高さ・・・造園は設計能力と施工能力の総合評価、設計能力だけに頼るのでは施工の保障に不安がある。自然という経年変化の対応の義務と責任、施工管理能力と管理計画能力も必要、庭園主義造園家:顕示欲表現を目指す・・・ヒロイックスケ-ルを目的・・・立場の優位さ・・・大規模造園に挑戦することが必要である。 造園は園の質を問われる職能である、高級と高質は異なる、また造園は依頼者で成立するが、依頼者の求める高質は並製ではいけない、その質は普遍的価値を意味する、享受者は特定の人ではない。私造園であっても公造園であっても、造園家はノニマス(作家性)とアノミマス(無名性)を選ぶことになる、自然の園にサイン(署名)はない。
2007.02.17
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図書館でこんな記事を見かけました「足袋」マラソンの足袋、以前からそういった話は聞いていたし、私の小学校までは「スッポン」といって普通の足袋に足裏の部分が合成ゴムで出来たもので運動会へ参加するのが普通でした。 その足袋ですOLYMPIAN 2006年 AUTUMN・・・よりオリンピック 秘蔵の品 File No14 陸上という言葉は1896年(明治29年)正岡子規が初めて使ったという、この年はギリシャのアテネにて第一回近代オリンピックが開催された年で、当時は陸上で行われる全ての競技をさしており「陸上競技」といわれていました、現在の陸上競技は陸上競争といわれていた。 運動会の類も陸上競技に入っていた。 1902年(明治35年)頃ペストが流行し、このため裸足で走ることを禁じられ、当時スポ-ツのメッカ東京高等師範学校(現、筑波大学)の近くに「ハリマヤ」という足袋屋があり、座敷足袋で競技を行った。 金栗(カナグリ)四三選手もいた(マラソンの父、ストックホルム大会にマラソンで参加)明治時代の日本のマラソンシュ-ズは、畳や廊下をすり足で歩くための「座敷足袋」または底が布製の「地下足袋」である。 当時は靴を履いて走る考えなく、馴染み深い足袋であったのでしょう。 しかし長距離の道は無理があったみたいです、普通に考えて。 座敷足袋は「すり足用」だし、地下足袋は足首まであり動きがスム-ズでない、そこで底に二重三重に補強し、何とか耐えられる開発を行った。これが日本マラソンシューズのルーツ。 ハリマヤと金栗選手の試行錯誤で「カナグリ・タビ」と命名された改良の足袋ができた。 選手の名前の足袋とは・・・画期的だったのでは? マラソン足袋の時代は長い、1901年(明治34年)の日本で初めて「マラソン」といった大会が神戸~大阪間で行われた、そのときは地下足袋、アマチュアリズムを尊び、足やスポ-ツでお金を稼ぐものは参加不可であった(教師も含め)、しかし当時で300円という破格な賞金であった(東京で白米10kgの小売が1円19銭前後)、1920年(大正9年)「東京箱根間往復大学駅伝競走」も足袋で走った記録あり。1936年(昭和11年)ベルリンオリンピックにマラソンで金メダルをとった、孫基禎選手も足袋であった。戦後最後の「マラソン足袋ランナ-」の田中茂樹選手は1951年(昭和26年)ボストンマラソンに出場し、優勝した。 このように日本のマラソンは足袋で世界の頂点になった。 当時ゴ-ルした後、外国人記者が血相を変えて「靴を脱げ」と、なぜだかわからず靴を脱ぐと、記者たちは「ホッ」としたらしく、後日談で・・・「日本人の足の指は二本しかない」と疑ったらしい、足袋を見ていて・・・サンフランシスコ条約が結ばれた年であった。と面白い記事を見つけたのだが・・・ナント!!!当然ですが、他のHPにもありました、知識とかいうのは「アッ!」と間に走っていきます。 ナンダアみんな知っていることなんだ・・・・・・・・トホホホです
2007.02.16
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塔は大昔から、人間は何かを試すために、空へ・・・・空へ・・・と塔(tower)が伸びていき、今もサラニ更にモットモットと極限を知らないように、挑戦が、未知への空間へがあたかも正義のように、イインダと企画し図面を書き、それを発表し施工し竣工する。 いまの日本でも塔(tower)で検索すれば各地にたくさんあります。 東京タワ-、神戸のポ-トタワ-、博多ポ-トタワ-、名古屋タワ-、名古屋港ポ-トビル、銚子ポ-トタワ-、千葉ポ-トタワ-秋田ポ-トタワ-など いまも日本で世界各地で多くの塔(tower)に限らず超高層建築物が予定されています。 9・11も考えたら「バベルの塔」のような出来事でした、あたかも神の怒りにあった古代のあのバベルの塔 そこには多くの犠牲者の上に、その気づきが広まっていきましたが。 9・11では、20世紀の象徴的建築、視覚的象徴だったのが一瞬で破壊され・・・高く作りたい、などの人間の根源的欲求をタッタ一つの出来事で予想もしなかった行為で破壊されました。 それでもなお、創ろうとしています。 私は反対ではないが、あのセメントと砂と砂利と水でドロドロに練られたものが、知らないうちに強固な巨大な建物として君臨する、鉄もそう、ある日突然大きな、大きな巨大な建造物が建つ。 昔から建造物は権力の象徴でもあります 元々はそのあたりの石ころとか、森の木を使い積み上げ古くなればその土地に還っていってたものが、いつのまにやら、環境におおきなインパクトとして残り、悪くすれば半永久的に環境に後世まで悪影響を与える・・・負の遺産 最初はみんな良かれと、また技術の進歩と思い進んできたことが根底から引っくり返る 今ほど高い建物が好かれている時代はないだろうし、また建築という行為が周囲から反対、監視される時代もないでしょう。 それを保ってきたのは周囲の我慢とか納得で来た一面もあるのでしょう。 バブルの時代もそうであったように、得体の知れない、「ブラックボックス」が常にそこに存在し後の時代でそれらが分析され明らかにされていく。 その場で未来を予測することは不可能なのでしょうか? いまの塔(tower)建築もやがて廃墟となるのが、未来には見えているのでしょうか? ヒョットして建造物の高さと文明の命は反比例するかもしれない、モシそうだとすれば少しセ-ブしないと・・・ 社会資本の危うさを、身近なものを通じてモット知っておく必要があり、いつも備えるという構えを持てと言いませんが、その時間と未来の時間と過去の時間を見ておく必要があるように思いました。 ただ怖いとか将来が見えないとかでなく、キット周囲をじっくり見れば分かるものかもしれません、その時間を確保しないだけだと・・・・・
2007.02.16
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何でも加工するのが好きな方がいます人造人間ならぬ「加工人間」仕事でも自分流に加工し生かす・・・(これはたまにイイ)・・・パソコン廻りを四畳半まがいに手の届くように加工・・改良するまるで「男おいどん」のように仕事がしやすければイイというわけではないが冬は机の下に電熱器、夏は卓上扇風機をどこからともなく持参し当たり前のように仕事をする最近は空気清浄機なるものを設置もしているそれがダンダンとアメ-バのように陣地をひろげやがて周囲の人間が知らず知らずのうちに影響されているやがては電気盤へ影響を及ぼし大事になるときもある恐怖の「加工人間」私は、いまその職場にいなく、自分だけの部屋で仕事ですがしかし、いた居た、近くにいたイヤイラッシャイました、嫁が「加工人間」食材に関して・・・トニカク添加物を避けて食材を選ぶのは大変体が喜びイイノですが加工する・・・パンを作っては、いろんなものを加えるジャムといってはいろんな栄養要素を加えるご飯も雑穀、カルシウム、玄米など(今はツワリですが・・・)で加工する飲み物も、ヨ-グルトやらバナナやら青汁だの・・・加工するでもそれが結構優れている、おのろけではないが、嫁の舌はイイ部屋も加工する香りも加工する加工とは、本当は自分らしく出来ていいのかもしれないたまにはストレ-トに接したいものもあるが恐怖の加工人間
2007.02.16
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園学論 園学百項・・・・・・園学のすすめ自然(ジネン)七素 天・・・緑・・・光・・・地・・・風・・・水・・・天(円を描く) そして中央に命園化と庭化は対極にある作業、人がいる限り環境の素野意識があり、素野は園になる。 旧石器時代にはその園があり、縄文時代にはその園がある、弥生時代もそう・・・名園の必要はなかった、駄園でよかった、駄園を楽しむゆとりがあったことが大切、園は人が楽しむ前に神の空間として整備された神園=神庭(カンバ)であった、神のよりしろであり磐座を組み、祭りの広場を作った、そこは神さびる場でなければならなかった、磐座を組むには巨石が必要、また技術が必要であった、無限の時間であった古代はそれをなし遂げることができた、園が権力者の園となり、特別な園となったのが庭という考え、庭とする技術は、神園と駄園ですべてできていた、どれが最初かわからない。 文字として「庭」が出るのは天皇の祖大君の政務所である宮びついての記述中であった、宮とは神の祀りと政の場であり、その場を「庭」と名づけた。 廷と庭である、广(マダレ)は建築施設に関る廷の意味。 庭は具体的なガ-デンでなく観念的な空間であった「庭」だけで、池のある日本庭園を創造してはいけない、しかし神の園、権力者の園から庭ができ、庭園になったのは事実である、駄園が良園になり、佳園になり秀園となる、その過程で名園といわれる日本の庭園になるのは長い歴史の中での、園の試行錯誤の結果である。庭は享受者の平等を忘れていわゆる「えらいさん」のためだけになってしまったと考えられる、庭は庭からではなく、園から異化、特化を重ね、平安期に寝殿造りの御殿のような大庭園となることで園を圧倒した。 古代人がソラ(虚)を空と宛字するまでは、ソラは素羅であり、蘇良であった。八世紀の万葉仮名でも、ソノは曽乃、僧能で、園、苑となるのは8世紀末から9世紀のこと、ソノは天然自然の中にある一画の気持ちの良い場所であった、、木陰の園、野の園、水辺の園、原の園、道辺の園・・・人間はその園を真似て、家の廻りの園を作り始めたに違いない、枯れ木を倒す、枯れ枝をとる、雑草を刈る、地面を平らにする、すべて園化の始まりである。 一方庭の方は神祭りの場としての丹場から始まった、神の依代としての磐座巨石をすえたかもしれない、神に斎(イツ)く祭り広場は、祭祀を主宰すうる主権者の広場となり、より立派に整備された、庭の始まり、平安期、藤原貴族の寝殿造りの御殿の大庭になることで頂点を極めた庭が、グッズ・セット・キッドの場所に並べ替えゲ-ムの庭になり、園の良いところはかすかになった。 環境に庭化と(庭とする)ことと、園化は(園とする)ことはまったく別になってしまった。造園とは文字通り園を作る仕事、よほど自戒しないと、自己神格化となる、立派な石、大きな木、京都の灯篭、大きな滝、大きな池・・・、庭化はいつも形として真似のできる作業として完成し、後は注文主の「えらいさん」を待つばかり・・・ 「造園とは、外光の下でのアメニテイ(心地よい)のあり様と見え様の環境文化である」自然と関与する限り、経年変化に対応する責任を持たなければならない、自然は時を見方にも敵にもする、自然は愛すべき手強い相手である、先ず植物の名前を三十知る、次に三百の木と三百の草を知る。三千の植物と三千の生物を知ったなら、貴方は園学の専門家である。 そして園をつくる造園家になるには、人間とは何かを知る必要がある。まず、三十人の人(老若男女)を知る、三百人の人を知る、三千人の、三万人の人間を創造する。しかも頭で考えただけでは園は生まれない、園が生まれるには、私以外の人たちの技術が必要だ、その一人ひとりに、その園の説明をし、納得してもらう必要がある。 身の廻りの好きな園を見に行く、よい原因、悪い原因、どうしたらよくなるかが見えてくる、対象となるキャパ(広さ)だけでなくポテンシャリテイ(潜在能力)が必ずある、そのポテンシャルが見つかれば、それを生かせばよい。 園の前例は自然の中に無限にある「人・天・地・水・緑・光・風」この人は生物の中で環境を「自然」と認識しているのは人間だけだから?園は自と他の共存する場でないと。庭 2007年1月 No173野澤清さんの園学論ヨリ・・・・ 園と庭との関係を鋭く提示されています。 私は建築のほうですが、昔から庭と建物は一体としなさいといわれてきましたが、いまだにはっきりとしたものが実現できていません。 これも自身の課題です・・・・課題だらけ・・・・・ 繰り返しになりますが・・・ 三百の木と三百の草を知る。三千の植物と三千の生物を知ったなら、貴方は園学の専門家である。 そして園をつくる造園家になるには、人間とは何かを知る必要がある。まず、三十人の人(老若男女)を知る、三百人の人を知る、三千人の、三万人の人間を創造する。しかも頭で考えただけでは園は生まれない、園が生まれるには、私以外の人たちの技術が必要だ この言葉なんかいつも言われてきたことですが、改めて建築設計にも他の仕事にも大いに言えることではにかと思って感動ものです・・・・・ でも日本のランドスケ-プはミニマムなものは優れていると思うのだが、マクロを人間の手で触り始めると・・・モウダメなような気がします、全てをところかまわずイジクリ手を入れる・・・そのママで最小限でいいのですが、海の海岸がイイ例かなと思います。 これからドンドンよくなるように素敵にしたい・・・・
2007.02.15
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全てに理由がある天父は何が私たちに一番よいか知っておられるなのにどうしてつぶやくことができるだろういつも太陽の光を浴びていたいでも天父は雨の日も必要であることを知っておられるのである笑い声を聞いたり、陽気に騒いだりするのは大好きだでも、もし決して涙を流すことがなければ、心は優しさを失ってしまうだろう天父はタビタビ苦悩や悲しみによって私たちを試される罰しておられるのではなく、試しておられるのであるより良い明日へと導いて下さっているのである木々は嵐に耐える時、強められ成長するそしてたがねによる鋭い切り口が大理石のような優雅な美しさと形を生み出す神様は決して不必要に私たちを傷つけるようなことはなさらない決して私たちの痛みを無駄になさることはない神様が私たちに与えられる、一見損失と思えることごとくが結果的には豊かな祝福となって返ってくるのである神様が今まで本当に惜しみなく与えて下さった祝福を数える時つぶやく原因が何もないことに気づくだろう天父は全ての子供達を愛しておられて、全てのことをご存知だから私たちの霊が本当に必要としているものが痛みであるときに決して快楽は与えようとはされないそして私たちが悩んでいるときや、何もかも上手にいかないように思える時はいつも唯、唯、神様が私たちの霊を強めようとしてくださっているだけなのである作者不詳・・・・・・・・・・ コレを読み色々な思いが交錯します、「神様って本当に居るのか?」「本当に必要以上な苦しみはないのか?」などと考えますが・・・世界を見渡せば矛盾ばかり。 でもこれをどのように解釈し自分に取り入れるかも全ては持っている「自由な意志」によってだと感じます。
2007.02.15
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偏った考え・・・は私の考えです。 一体だれが、このようなバレンタインにしてしまったのでしょう。 バレンタインは昭和50年頃から今のようになってきたといろんなHPに書かれていますが。 私の経験では中学校の頃から廻りで、廻りでチラホラと「貰った」、「イヤ渡した」、「貰えなかった」、「貰いそびれた」、「惜しかった?」とか、一喜一憂していました。 私は「もらえなかった」ヤカラです・・・ イヤあのときタイミングさえ逢えばきっと貰っていた・・・といまだに思い出し後悔しています。 イイヤ~なかったヨ・・・と真実の声も聞こえてきます。 (友人のキャプテンの「サトウくん」は中学校から沢山貰っていた、しかしソイツは高校になれば普通の男になっていた・・・) バレンタインデーの始まりは 以下ウ・ン・チ・ク・・・・HPより 中世ヨーロッパで聖バレンタインは愛の守護神とみなされるようになり、14世紀頃からこの日に恋人たちが贈り物やカードを交換するとか、その日の最初に出会った異性を「バレンタインの男性」「バレンタインの女性」と向こう一年間呼び合うという風習などが出来てきています。 そしてこれが第一次世界大戦後にアメリカで急速に恋人達の日として普及し、日本でも昭和50年代前後から「女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する日」として広まりました。 現在国内の調査によれば約60%の女性がこの日にチョコレート等の贈り物をしているとのことで、チョコレートの消費量もこの時期に年間の2割程度を消費しているようです。 なお日本で最初にバレンタインデーの広告を出したのは昭和11年のモロゾフだそうで、その後戦争の時期を経て昭和30年代ころにデパートが単純に恋人に贈り物をする日として宣伝したようですが、その時はそれほど定着はしなかったようです。 チョコレート業界では昭和33年にメリーの営業主任であった原邦生氏(後社長)がヨーロッパの知人からバレンタインの話を聞き、新宿伊勢丹デパートでキャンペーンセールをしたものの、最初の年はそのコーナーではチョコレートはわずか5個!170円分しか売れなかったとのことです。 その頃からメリーと森永だけが毎年バレンタインの広告を出していましたが、やはり定着するには昭和50年頃を待たなければなりませんでした。 でも今の時代、バレンタインが誰でどうなって今のようになって、こうするのが本当とか、アッチが正しいとかもう関係ないのかも。 もう一度いいますが、誰がいまのようにしてしまったのか?「義理チョコ」だの「下着を送る」だの「ホワイトデイ」だの・・・やたら滅法イベント過ぎる! それなら「うどん」「ソバ」「クレ-プ」「大判焼」「たこ焼き」「お好み焼き」などを送ってもイイジャないか~個性的で印象に残って・・・デモ私はヤッパ・・・チョコがいいのかな? 私なら、今はウドンが欲しい・・・イヤ食べたい(コシの利いたウドンが) こんなことを芸能人が書けばドット!ウドンが送られて来るんだろうナア~キット・・・ 関係ないが、プロ野球のロッテ、マリ-ンズのバレンタイン監督は関係ないのかな?いつもニュ-スを見る度に思っています。 いつまでこういったバレンタインは続いていくのかな? 不二家はどうなったのかな? 色々バレンタインでも考えさせらます。 たかがバレンタイン、されどバレンタイン でも少女は必死なんだろうなあ・・少女のバレンタインはヨク似合う
2007.02.14
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ブログ上のブックマ-クに「宇宙天気情報センタ-」なるものを貼っています 自分でも何に役に立てるわけでもなく、興味だけで貼ってます、見ていても「フウ~ン・・」という感じですが・・・・ しかし、この宇宙天気予報が今我々の(オオゲサデスガ)IT社会に必要になってきています。 “宇宙天気予報”が必要な時代 これは考えると莫大なお金の上に成り立ってますが、地球をグロ-バルに考え今の時代に必要な情報を発信されています。 例えば2/13付によると、「高速太陽風がやってきました。現在、速度は550km/秒。磁気圏活動は比較的穏やかなままです。」と書かれて550km/秒で穏やか~とはナナント・・・ 太陽風は地上の電波、また我々が使う身近なパソコンなどに影響があるとか、またオ-ロラの発生状況も関係あります。(本当は身近なものだから日常のニュ-スで扱ってもいいと思う・・・日常で外へ出て「アア~今日は太陽風が強いデンナア~」とか) その太陽風というのはアメリカが10年ほど前に宇宙に打ち上げた「ACE衛星」という観測衛星より情報を集めています。 他に太陽・太陽圏観測衛星を観測する衛星は、欧州宇宙機関(ESA)と、アメリカ航空宇宙局(NASA)によって開発された、太陽探査機である。1995年12月2日に打上げられた。SOHO (Solar and Heliospheric Observatory)というのがあります。 NASAのACE衛星の情報のHP(英字ですが) 太陽風の概略は、太陽からくる吹き出す極めて高温で電離した粒子(プラズマ)。 さらに毎秒100万トンもの質量が太陽から放射されている。 この風が地球の公転軌道に達するときの速さは約300~900km/s、平均約450km/sであり、温度は106Kに達することもある。 地球磁場に影響を与え、オーロラの発生の原因の一つとなっている(同じ事書いてます)。高速の太陽風は、コロナホールや太陽フレアに伴って放出されていると考えられている。・・・とまあ『ウィキペディア(Wikipedia)』にも書かれていました。 さらに、ジオスペース/Geospaceにも詳しく書かれています。(ビジュアル的に太陽とか磁気が・・・) 太陽と地球の関係は本当に微妙で地球自身も繊細な位置に漂っており、いつも何かに守られているような気が自然とします。 地球には宇宙から吹いてくる高速の風を見えない層でバリアしています。地球を守るバリアは磁場のことで、方位磁針がいつも北を指すのは、地球が南極にN極、北極にS極をもつ大きな磁石になっているからです、今問題になっているオゾン層は太陽からの紫外線を防ぐものですが・・・ この磁場も大昔には逆であったとか、ハタマタやがてはその磁場が弱まるとかなんとか、いろんな情報は聞こえてきます。 つまり地球は磁気圏で太陽風から守り、オゾン層で紫外線を守り、対流層で暖められた地表付近の大気が対流を起こすことで、地球表面の各所に熱を運んで温度差を減らし、あるいは水蒸気のかたちで水を運んで、雲をつくり、雨を降らせて、地表のより広い領域に生物の住める環境をつくっています。 本当に分からないところで頑張ってくれています、その宇宙を今いろんな国が人類のためだと言いながらその実は汚しているような感じですが、私的には宇宙への開拓は必要だと思っています。 それならば・・・宇宙開拓が地球をまとめる一つの方法なような気がします。 以前誰かのエッセイで「宇宙に各国主脳を連れて行き、宇宙から地球を見せればイイと」読んだことがあります、対流圏のみで対話するより、オゾン層・・・磁気圏に各国主脳を曝し国連会議をすれば画期的というかいいのではと・・・・ スペ-スデブリもまた調べたい・・・
2007.02.14
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非IT的なものに繋がる社会の政策を日本では「u-Japan」といいます 「u」は「ユニバ-サル(universal)」・「ユビキタス(ubiquitous)」 「ユ-ザ-フレンドリ-(user friendly)」「ユニ-ク(unique)」の4つくらいの意味があるようです。 その政策の前に「e-Japan」が国によって実行されてました。 昨日の追記のようになりますが、ユビキタスはラテン語で(神々が)至るところに偏在するという意味のようです。(tkmiさん、からも教えていただきました) また今、ゲ-ムで話題の「Secound Life」のアル意味ユビキタスの世界かもしれません。 このゲ-ムは・・・・以下HPよりの説明・・・ バーチャルワールド Second Life は、すべてユーザーが創造し発展させてゆく、永続的な 3D オンライン スペースです。 巨大で急速に拡大していくこの世界では、想像できるあらゆるものを創造し実現できます。 内蔵のコンテンツ クリエーション ツールを使って、リアルタイムで他の住人と協力して、想像できるものを何でも作ることができます。 詳細にこだわったデジタル ボディ (「アバター」) により、豊かでカスタマイズ可能なアイデンティティが作れます。 膨大な数のコンピュータのネットワークで実行され、人口増加とともに拡大するパワフルなフィジックス シミュレーションによって、あなたは深いインタラクティブな幾万エーカーにも広がる本物そっくりの世界に完全に入り込みます。 3D コンテンツを設計し販売する能力と、土地とマイクロ通貨 (実際の現金に交換可能) を所有し開発する能力とを組み合わせ、Second Life に本物のビジネスを構築することができます。 面白い人々があふれる世界を歩き回るのはどのようなものでしょうか? この好奇心を制限するのはあなたの想像力だけです。Second Life ソフトウェアはインストールが簡単で、移動や体験といった基本的な経験も簡単でとても楽しいものです。あなたがこの世界に到着した後は、たくさんのフレンドリーな人たちがいろいろ手助けしてくれます。 小型端末で銀座を知る 東京ユビキタス計画
2007.02.14
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「ユビキタス」とは・・・・・・・それが何であるかを意識させず(見えない)、しかも「いつでも、どこでも、だれでも」が恩恵を受けることができるインタフェース、環境、技術のことである・・・ごく噛み砕いて自分にわからせようとするなら、今まで20世紀型のインタ-ネットの世界は、コンピュ-タや携帯やPDAが繋がっているだけの社会、それがあらゆる非IT的なもの、例えばペン、塗料、床などあらゆるものがコンピュ-タのネットワ-クに繋がる・・・ということと認識したものでしょうか?・・・そういえば我が家のネコにも「チップ」を入れました。 ありとあらゆるものが何かに繋がる、知らず知らずに繋がっている。 人と人はもとより。人とモノ、モノとモノとのコミュニケ-ション 身の回りを組み込んだネットワ-ク 建築雑誌では例えば、ユビキタスを研究されている坂村健氏が神戸で、黄色い点字ブロックに電子タグを組み込み、白い杖の先にリ-ダ-を備え、読み取っていく・・・さらにそれを読み込み音声として認識する。 見た目にはチップが入っているか分からない、チップの価格が下がってきて、いろんな空間に使われてきだしました・・・それで多くの空間に使われてきています。 こういったユビキタスの社会が進めば今まで感じることとか見ることが出来なかったものが見えてくるのでしょう・・・しかし見せたくない人間にはたまらない・・・ 人間の行動のデ-タを収集するのも簡単になってきています、サンプリング、野鳥とかクマなら「ウン、ウン、ソウカ、」よく分かると思っているといつの間にか自分がサンプリングの世界に入っているかもしれません。 どちらにしても、メリット・デメリットがあるからそのあたりの議論はこれからマスマス盛んになり、何らかの倫理規定が出来て、これもいつの間にやら組み込まれているかもしれません。 でもいい面を活用し、本当に住みやすい社会が出来ていくなら協力は惜しません。 コレは木のチップ そしてコレはチップ・・・$
2007.02.13
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今年も奈良は”お水とり”があります もう1250年余りも続けられております、それが長い短いはそれぞれの考えがあり「短い」「イイヤ長い」といわれる方もいらっしゃることでしょう。 正確には東大寺二月堂修ニ会(お水とり、お松明、とも)これは・・・天平勝宝4年(752)、東大寺開山良弁僧正(ろうべんそうじょう)の高弟、実忠和尚(じっちゅうかしょう)によってはじめられたと伝えられます。以来一度も途絶えることなく続けられ、平成19年(2007)には1256回を数えるとのことのようです。 この法会は、現在では3月1日より2週間にわたって行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていましたので、二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになりました。また二月堂の名もこのことに由来しています。 行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)には、「お水取り」といって、若狭井(わかさい)という井戸から観音さまにお供えする「お香水(おこうずい)」を汲み上げる儀式が行われます。また、この行を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、夜毎、大きな松明(たいまつ)に火がともされ、参集した人々をわかせます。このため「修二会」は「お水取り」・「お松明」とも呼ばれるようになりました。 このお水とりで使う水は”若狭の小浜”から水を地中深いところでつながっており、送っています。 12月16日(良弁僧正の命日)の朝、翌年の修二会を勤める練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる11名の僧侶が発表され、明けて2月20日より別火(べっか)と呼ばれる前行が始まり、3月1日からの本行に備えます。そして3月1日から14日まで、二七ヶ日夜(二週間)の間、二月堂に於て修二会の本行が勤められます。 「修二会」の法要は、正しくは「十一面悔過(じゅういちめんけか)」といい、十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)を本尊とし、「天下泰平(てんかたいへい)」「五穀豊穣(ごこくほうじょう)」「万民快楽(ばんみんけらく)」などを願って祈りを捧げ、人々に代わって懺悔(さんげ)の行を勤めるものです。前行、本行をあわせてほぼ1ヶ月、準備期間を加えれば3ヶ月にも及ぶ大きな法要となります。 以上・・・・東大寺二月堂修二会関係のHPより引用しました 上記の「人々に代わって懺悔(さんげ)の行を勤めるものです」こういった行いは色々な場面で出くわしますが、これはイエス・キリストの罪の贖いににているなあと・・・ 日本はシルクロ-ドの終点だしそういった行為が形を変えて残っているのかな?とか、話は飛躍するかもしれないが、イスラエルの十二部族(アブラハムの孫でイスラエルと改名したヤコブには12人の息子がおり、彼らの子孫が”イスラエルの十二部族”、あるいはイスラエルの子らと呼ばれる)「あの失われた12部族」の一部が日本にたどりついたとかなんとか・・・ 結構このあたりは詳しくないが、興味だけが先走りしているところです 作家松本清張氏の本が好きなのはこのあたりからです(私的な面) そのお水とりですが・・・イイヤ修ニ会をさらに詳しく・・・・詳細といっても概略ですが、寺と僧、そして社会の1年の準備で、水の外に南天や椿の造花約400個などの行の必要物品を作ったり声明の練習をしたり、そして精神的なものと両方を行います。「前行」では本行のための準備をし、「本行」では、1日に6回の行(「六時の行法」という)を行う。この六時とは、「日中、日没、初夜、半夜、後夜、晨朝」である。 修二会の意味は、十一面神咒心経(しんじゅしんぎょう、玄奘三蔵訳)にもとづくものでその本尊である十一面観音の前で全ての罪や過ちを懺悔することにある。これは11人の練行衆(参篭、おこもりする修行僧)が人々に代わり本尊に個人だけでなく国家や社会が犯した全ての罪や過ちをざんげし罪障の消滅とともに仏の加護を願うという、悔過を行い国家の隆昌を祈る。 これは練行衆は数珠をすって礼拝しながら十一面悔過の声明を唱え本尊の四周をめぐる。これは多くの人々や国家の罪や汚れをはらうと同時に、それらの人々の除病延命を祈るための行なのである。その中で僧と寺と仏教と国民と国家がつながり、それぞれの反省とリフレッシュがされ繁栄を祈る。これが修二会の核心部分であり、お松明はその一部である。実は本行は、二月堂の中で行われる。 お松明は各日のクライマックスとなる初夜の行へ二月堂に上がるための灯りにすぎないものであり、それを二月堂の周囲の舞台で炎の華やかな演出をしたものであり、火の粉を浴びると1年間幸いと健康を得られるというのも宗教的根拠はないと実は東大寺は言っている。しかし決してそうではないと。あれはそれまで別火(世間とは異なる火、火打ち石で出した浄火)として隔離してきた浄火(浄められた火)を全ての人に与えているのであり幸いと健康が得られるというのも意味があるのだ。世界の全ての人を罪穢れをぬぐい新しい1年を始めるというすばらしい行事なのです。 以上・・・・これも東大寺二月堂修二会関係のHPより引用しました 希望として・・・本当に今の時代祈ることが大切なような気がします。 毎日が一年の始まりだったならば・・・・また明日から・・・また明日からと・・・本当に毎日が毎時がクリヤ-にしていきたいナアとこの”お水とり”を考えているのも悪くないが成長がないかな?
2007.02.13
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ブログもそうですが、小説も雑誌も仕事のレポ-トもみ~んな余白があって成り立っている文化です。 余白については色々な方が書かれています、あの赤瀬川原平氏も余白の文化から地球環境までについて書かれています。・・・「新解さんの謎」の中で・・・ 私にとって余白とは、人生の余白、まで行くとオオゲサですが 仕事が書きやすいかも 考えたら(あまり考えなくていいのですが)設計図面も余白がイッパイです、先輩は設計は髪イイヤ紙を使ってナンボだぜ~とよく聞きました、これは今の時代にとったら、かなり地球に厳しい発言です。 日本の紙生産量は世界全体の紙生産量の9.7%を占めており、アメリカについで二番目に多くなっています。また、紙の原料となる木材チップの輸入量は、なんと世界貿易全体の70%を占めています、それでも製紙原料は、パルプ42.8%と古紙57.0%という割合で構成されているようです。 日本の紙・板紙の生産量は3063万トンで、アメリカに次いで世界第2位。世界合計の約1割を占めています、日本の国民1人当たりの紙・板紙消費量は239kgで、世界第7位。世界平均53kgの4.5倍、中国(28.3kg)の8.4倍、インド(4kg)の60倍を消費している。1日当たりにすると655gで、A4の紙130枚分(紙分78枚、板紙分52枚)に相当するらしい。(2000年度) 毎日一体日本でどれくらいの紙が消費されどのくらいの木が伐採されないと成り立たないのか、そのあたりをキッチり明示する必要があるかも、大体設計でも意匠・構造・設備など含めて100枚から200枚程度のA1サイズの図面を書きそれを大体10部くらいの製本をします。上のデ-タを見ればさらに恐ろしい・・・ 本も新聞も雑誌も簡単なコピ-もレシ-トもチラシもテイッシュも・・・ デジタル化すればするほど紙がいる、鼻をかむのも、お尻を拭くのも、つまらないコピ-も失敗コピ-も含めるとオオもう耐えれない・・・ こうしてツマラヌことを書いている間にも明日の朝刊に向け紙が用意されてます。 こうなれば余白は罪?犯罪になる?しかし前述したように余白は人生、余白がない人生は楽しくなしと。 この余白のために消えていく木材の量は・・・概要:日本で見慣れているスギを想定し、平均的な大きさとして直径22cm、高さ18m、体積0.23m3を用いて計算すると、1年間に約1億1000万本もの樹木が日本の紙生産のために伐採されたことになります。 怖い怖い私も含め日本人の消費量は怖い・・・こうして数字が具体的に分かると、でも分かったところで明日からコピ-を紙をスグにやめれない・・・ ではどうすれば?日本人全員に液晶の画面を持たせ紙ではなく液晶画面で文字を書きそれを相手に渡す・・・でもこれは毎日のメ-ルでやっているのかも・・・ そうだ我が家は新聞はとってない!・・・これだけ? 本来の余白について書こうとしましたが、資源の話になってしまった。 また余白の追伸を書こうと思います。資料・・・熱帯林行動ネットワーク
2007.02.12
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鳥山石燕 画図百鬼夜行 国書刊行会 より画図百鬼夜行 巻之中 晦青鷺火(アオサギノヒ):「和漢三才図会」巻四十一には五位鷺は夜飛ぶと火のような光があるという。・・・・アオサギでなくゴイサギとの事 野鳥でゴイサギがいますが、夜中に確かに「グワッ!」と叫んで飛んでいますが、火のような光を見たことはなく、今度じっくり見てみます。狐火の類らしいです。提灯火(チョウチンビ):柴田宵曲「妖異博物館」には怪火の例を挙げている、提灯火は本所の七不思議のひとつに送り火、七尾の提灯のように明るい闇夜茸、同所のすすけ行灯の怪事をあげる。火をともす狐?に似た姿の妖怪で田舎のあぜ道に現れるようです。墓の火(ハカノヒ):「百物語評判」巻四「西寺町墓の燃やし事」に切腹した人を葬った墓から火が燃え出す怪異があったが、それは人の体から血がこぼれだして燃えたもの、これを燐火という。「世界に不思議なし。世界みな不思議なり」と・・・火消婆(ヒケシババア):火焚婆とはぎゃくで火を消してあるくという参考・・・・もののけが集うホ-ムペ-ジ
2007.02.12
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廃棄パソコンの再生はどのような手段があるのでしょうか? 日本でのパソコンが再利用のため持ち込まれた量は2005年度で約1万t強、全世界では莫大な量、再生を前提に途上国へ持ち込まれるも大部分が、深刻な環境問題を起こしています。日本は2003年10月に資源有効利用促進法(改正リサイクル法)が施行され取り組みが始まりましたが、他国は知りません。 それが最近その廃棄パソコンを利用しデザイン的に価値を再認識し優れた?ものが出てきてます フィンランドの「SECCO(セッコ)」です工業デザイナ-を使い工業廃棄物を魅力的なデザイン商品へと・・・、特徴は廃材であることを利用者に理解できるようにしている、」これによりリサイクルに対する認識アップ、キ-ボ-ドは、ワ-ドマグネットや携帯ストラップさらにキ-リング、基板は動物形のアプロ-チ、ノ-トの表紙など再利用・・・ 他には木製のキ-ボ-ド、実際木製に触れた方は温もりを感じ、「香りがイイ」「とても軽い」「癒される」などあります、こうした試みが広がればパシコン部品の使用年数を伸ばすと共に、廃棄に際して社会的効用が大きいのでしょう。キ-ホルダ-(パソコンのキ-を使った) ストラップ(パソコンのキ-を使った)ブレスレットマグネット モウ一つ、経営が厳しいと言われているサンヨ-が素敵な製品を開発されてます 乾電池から充電器へ、日本の乾電池の使用量は年間約22億本、そこで充電式乾電池「エルネ-ブ」ソーラ-チャ-ジャ-を開発されました、充電して約1000回繰り返し使用が可能です。・・・スミマセンこのソ-ラ-チャ-ジャ-の写真を探しています。 他に空気清浄機、加湿器、洗濯機などを開発、日本の電機メ-カ-が企業全体の姿勢として“Think GIGA”というフレ-ズを上げ、{地球とそこに生きる命(ガイア)が喜ぶものしかつくらない。 エコエコといわれて久しいですが、今までこういった製品がたくさん出現しては消え中々続きませんが、最近素敵なデザイン的にも実用可能な製品が出始めたように思います。以上・・雑誌のELLEDECO 2月号より一部引用しました。
2007.02.12
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ある知り合いを通して京都で女医さんお逢いしました。 以前知り合いが東京でお世話になったからお逢いするということで同席・・・ 女医さんと言えばどのようなイメ-ジさんでしょうか? 頭がイイ・・ 美人・・・・ デキル・・・ 頑張っている・・・ 白衣と聴診器が似合う・・・ 注射が上手・・・ 男性の医者に比べ優しい(逆の場合もあり)・・・ 目の下にクマを飼っている・・・ 色々なイメ-ジが湧いては消えていきす。 今日お逢いさせて頂いた女医さんは、そんなイメ-ジではなく本当に素朴で暖かそうな女医さんというより、女性でした。(専門は皮膚科のようです) 逢う前から女医さんだと聞かされていたので、色眼鏡を通しお逢いしたのが恥ずかしくなるくらい、素敵な女性でした。 私は結構、誰にでも自由に固定観念など持たずに付き合いができると自負してましたが、脆くも崩れさりました。 最近自分の仕事外、専門外の方とお逢いするのは久しぶりです。 このように全然考えも専門も異なる方との逢って話しをするのは楽しいものです、今日は短い時間でしたが、どちらも楽しい時間をすごせたのでは?と思っています。 話はといえば他愛無いものでしたが・・・・ 不思議と神社の話を少し・・・生い立ちを少し・・・思い出してもあまり何を話したのか分からない・・・ 初対面の方とは逢えば「はじめまして〇〇です」とか「いつも〇〇からお話は聞かせてもらってます」などと初っ端はそう始めます。 その後、今日はどのようにココへきたのかとか、趣味?出身?などソコソコ相手の顔色と雰囲気を感じながら確信に持っていく・・・確信がなにかわかりませんが・・・ 学生時代にある先輩から「お前は誰にでも同じように話をするナア~仕事には通用しないぞ」とお世辞ともイヤミとも聞こえるように言われました、その時は聞き流していたのですが、就職後「アア、あの先輩が言っていたのはこういうことかア~」とそれは設計で打ち合わせで、お客さん、メ-カ-、設計会議、現場会議ナド・・・と知らず知らずの内に話方を分けている自分を返り見てショックがあったこともありました。これが社会人?と・・・プロの人間?・・・ 今やそんな話分けをするにも、何にも感じることがナイ・・・ 普通ジャン・・・と 不感症だったが久々に今日その話の対応を考えられました。 人と楽しく話しをするには「余白」が大切かなと感じた日曜の夕方でした。 ガチガチの余白がないお話より、適度な余白があるお話がいいのかな?京都駅は建築家原広司氏が設計し1997年に竣工、当初から京都にそぐわないなどとカンカンがくがくしていましたが、今は結構楽しんでいるような雰囲気がします、私は好きですがタダ妙に動線部分が狭い部分があるように感じます・・・それだけ・・・この設計は指名コンペでした、当時多くの案が羅生門をイメ-ジされてましたが、原氏の案が決まりました、本当の羅生門はもっと南なのですが・・・・
2007.02.11
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コンクリ-ト・・・3月から砂の輸出停止=日本業者にも影響-中国 「日本が輸入するコンクリート用砂の約9割は中国産」となっています。 コンクリ-トはご存知のように、セメント+細骨材(砂)+粗骨材(砂利)+水+添加剤+混和剤の配合で指定の強度のコンクリ-トをつくります、ゾクに言う「生コン」です、生という限りは新鮮なコンクリ-トです、大体プラントの口から出て約90分以内(コレは現場で多少解釈の違いあり)のものを現場では使います。 一時期品質管理のことで問題がありましたが、最近はコンクリ-トの管理は自身の廻りではヨクなってきていると思います、多少業者により問題はありますが・・・ コンクリ-トの起源は、19世紀にイギリスのタイル職人からと聞いてますが、紀元前のエジプトやイスラエルにもあったとか、日本では今の工業化は昭和24年(1949年)らしいです。 そのコンクリ-トに重要な細骨材の砂が3月から中国からこなくなる。 砂利(粗骨材)もいいのが少なくなってきているのに・・・・日本は世界最大の海砂採取国である。日本国内の海砂採取量は年間約八千万トン。世界全体では一億トン余りとされており、その八割近くを日本が占める形になってます。(中国新聞より) 中国新聞(日本)が砂のレポ-トを書かれていました、時期は不明ですが・・ 「追跡、海砂特集」と こう読んでいると、日本の社会資本は本当に砂上の楼閣のような気がします、勿論資源の再利用も取り組んでいますが、全てはまかなえないような感じです、そのあたりはまだしらべていませんが・・・ セメントも問題があります、二酸化炭素ですセメント生産により石灰石起源なため二酸化炭素の排出が多くなります。 イッテエ~どうなるのでしょうか?建設業界は多くの問題を孕みながらも進むのでしょうね。 「資源」「談合」「地球温暖化」・・・・・基幹産業だけに苦しいのかも、こうなれば基幹産業というこだわりを捨て視点を変えて、今近くにある資源から開発可能な建造物を創るということを考えては?勿論優先順位はありますが。 でもデ-タだけを見るとあまりにも巨大で少し怖い? セメントは日本の消費は約8500万t/年・・・・世界で約110.000万t/年 骨材は約80000万t/年のうちの建設のコンクリ-ト骨材が約50000万t/年です あと建設業界とそれに従事する人のデ-タは 1990年代半ばまで政府(国+地方自治体)と民間工事は約80兆円の市場で、約660万人が建設業界に従事しています。 2005年度には市場は約53.5兆円、568万人に縮小をピ-クに19.9兆円と43.%の減これに対し就業者数はピ-クの685万人から減ってはいるが568万人と117万人減っているが(約17%)だが市場の減り方に比べ穏やかです、事業者数は需要が明確に減り始めてからも増え続けあまり減っていません。 のようにジャ-ナリストが垂涎の情報がたくさんあり、話題には事欠かないかもしれません。
2007.02.10
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