燦こけし by 松田ひろむ

燦こけし by 松田ひろむ

PR

×

カレンダー

プロフィール

燦こけしの会

燦こけしの会

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

板いたと@ -オール工人署名リストへの試み(08/12) 是非お願い致します
こけし妖怪@ 高橋佳隆さんおかめこけし 突然のコメント失礼いたします。 大叔父…
燦こけしの会 @ Re:保存のいい大沼竹雄9cmを入手/ヤフオク(03/15) 通信こけしなら、底が外れるのですね。ま…
燦こけしの会 @ Re:保存のいい大沼竹雄9cmを入手 ヤフオク(03/15) そうですね、ちょっと小さいかなとは思い…
燦こけしの会 @ Re:保存のいい大沼竹雄9cmを入手 ヤフオク(03/15) そうですね、ちょっと小さいかなとは思い…
2019年10月09日
XML
カテゴリ: 伝統こけし

『美しきこけし‐名和好子こけしコレクション図譜』のこと



「こけし手帖」のバックナンバーを順次読んでいる。そのなかで、東京こけし友の会の発足に名和好子の果たした役割が大きいことに気付いた。そのためこれまで高価で手が出なかった『美しきこけし―名和好子こけしコレクション図譜』(グラフィック社)を無理して購入して、その膨大なコレクションを楽しんでいる。(画像はいま気になっている佐藤直助のページと外函)

(名和好子略歴)

1920 年 ( 大正 9 年 )1 月 22 日、東京・神田生れ。東京府立第一高女卒。戦後、服部時計店内の PX 美容室や、松屋の美容室を経て、 1959 年 ( 昭和 24 年 ) 名和美容室を開業、同時に組織的な美容研究会の草分けとなった名和会を結成。山野愛子とともに日本の美容界の二大勢力をなす。 1957 年 ( 昭和 32 年 ) 日本ヘアデザイン協会の創立に参加。

1965 年 ( 昭和 40 年 )12 月、夫、鈴木明行死去。

1985 年(昭和 60 年)日本へアデザイン協会会長。のち理事長。

1994 年 ( 平成 6 年 )9 月 13 日死去。 74 歳。

長女の富美子( 1935 年 2 月 5 日生)は、宝塚歌劇団スターの眞帆志ぶき。

(こけし収集家)

名和好子は夫君の鈴木明行とともに、郷土玩具やこけしの収集家である。そのこけしのコレクションの集大成は、箕輪新一編『美しきこけし―名和好子こけしコレクション図譜』である。

戦前、西銀座で「吾八」を経営していた今村秀太郎は、その序文で次のように述べている。(要旨)

戦後、名和さんは銀座で美容室を経営されていて、名和家には「たつみ」の森亮介、土橋慶三、西田峯吉、武田さんなどが、昼夜にかかわらず集まっていられた。寧ろたむろされていた態で、誰いうともなくカスミ族と呼んでいた。このような関わりあいから、名和家に名品・珍品が集まらぬ筈はなかった。」「ご夫婦のご協力もあって、遂に第二次東京こけし友の会の誕生を見るに至った。毎月例会を開くこととして、第一回の案内状は、ご主人の明行さんがまとめられ、例会の会場、ここに定められた。機関誌の「こけしの郷愁」「こけし友の会だより」の編集は土橋さんと染色家の鳥居敬一さん等の努力で発行された。現在の「こけし手帖」の前身である。

つまり東京こけし友の会の発足にあたってスポンサー的な役割を果たしていたのである。今村氏は「第二次」というが、それは戦前の東京こけし会を第一次としているのであろう。

箕輪新一は解説で、名和好子のこけし界における役割を明らかにしている。

昭和 20 年代の信濃町と赤坂 - 名和綜合美容研究所‐こそ、こけしの世界におけるターミナルであった。人 ( 蒐集家 ) •物 ( こけし ) •情報が集まり、流通する拠点でありこけしの動きを知るアンテナが張りめぐらされていた。同時に、こけしの世界に向けて情報を発信する「情報発信基地」でもあった。ノスタルジックな意味において、当時の集いを回顧したり懐しむものは多いが、こうした意義を見出すものは少ない。事実、「東京こけし友の会」は、赤坂の集いを母体として発足したし、多くの蒐集家がこれを機に再び蒐集と研究への情熱を傾ける契機となった。当時流行の新型こけしに対するアンチテーゼとして、多くの古い作者の復活があり、これは昭和三〇年代のこけしの勃興、復元、ブームへと繫がり広がっていく。

鈴木明行•名和好子御夫婦は、以上のような場の提供者であり、主催者でもあった。そして御夫婦は蒐集家であり、戦後に形成されたコレクションとしては第一の位を有するものである。私は戦後に開始された蒐集のなかで、これより優れたものを知らない。それはおよそ次の点に要約される。

第一に、いわゆる古名品 ( 明治•大正•昭和初期の逸品 ) を数多く集めていること。 第二に、難物作者のこけしを重点的に集めていること。第三に、他のコレクションには見られない希品•珍品のたぐいを所有していること - などが挙げられる。古名品展などでは「名和コレクション」の出展が不可欠であり、ある作者の年代変化などは名和コレクションなしには成立し得ないし、またこけしの研究、追究上無視出 来ないものが数多く存在するのである。

その意味で、昭和二九年四月に日本橋三越で開催された「こけし展」には名和コレクションの大部分が展覧され、また昭和三〇年代までは百貨店等に時折一部の蒐集品が出展されたこともあつた。

昭和三〇年代の文献の多くは、口絵に名和コレクションを掲載しており、いわばこけしの世界にはなくてはならない存在であつた。しかし四〇年代以降はほとんど紹介したものも皆無であるため、多くの蒐集家よりカラーの図録化が望まれていたものである。(後略)

著書

『名和好子ビューティマニュアル』、『うつくしい髪の歴史』 1979 (女性モード社)、『西洋美髪史』、『名和好子のきもの遊び』 1994/2005 (文化出版局)

出典

日外アソシエーツ「 20 世紀日本人名事典」( 2004 年刊)、「デジタル版 日本人名大辞典 +Plus 」、『美しきこけし - 名和好子コレクション図譜』(グラフィック社)

にほんブログ村 コレクションブログ ドールへ にほんブログ村 にほんブログ村 コレクションブログ おもちゃ・玩具へ にほんブログ村






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年10月13日 02時03分50秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: