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3介(凌介・秀介・耕介)の長い夏休みも終わり、昨日から学校が始まった。横須賀は、前後期の2学期制のため、半ドンは昨日と今日だけ。来週の月曜日から給食も始まる。早速、6時間目までびっしりと授業が組まれている。「ゆとり教育」からの方向転換か、授業内容だけでなく、総合学習時間も増えているように思う。まだまだ暑い中、子どもたちも大変だなとも思うが、今の学校はクーラーがあるし、無線LANが校内に設置され、パソコンやプロジェクターまで各教室にある。オヤジの子ども時代とエライ違いだ。まだ、ランニングシャツ・素足で登校してくる子どももいた。・・・・・・・お前いくつ?・・・いつの時代?3介の学校に、クラスに1台のプロジェクターがあるのは、学年に1クラスしかない小さな小学校のせいでもあるが、しかしパソコンとプロジェクターを使った授業(いわゆるICT)は、画期的だ。絵画のパレットを、リアルにプロジェクターに映し出す。絵の具の色を重ねて、どんな色になるのかをその場で見せる。あるいは、子どもたちに俳句を書かせ、それを順番に写し出し、本人に読ませる。子どもたちがめいめいに10年間の思い出帳を、写真付きでPowerPointで作成して、「1/2の成人式」のプレゼン発表をする。などなど・・・・・・・そんな新しい授業が楽しみで、オヤジも授業参観には必ず参加する。もうすぐ、秋の授業参観があるはずだ、実に楽しみ。そんな快適な学校が始まったわけであるが、秋はまだまだのようだ。3介たちは、夏のあいだ疎遠になっていた友達と再会し、毎日遊ぶ約束をして帰ってくる。しかし、この炎天下では遊ぶ気力はないようで、冷房の効いた地区センターがたまり場になっているようだ。夏休みを終えて、体はひとまわり成長し、体力もさらにました。この秋は、よっくりと学習や読書に心がけて、頭と心を成長さてくれればと願うオヤジであった。現在、このブログの移転作業中です。楽天ブログでは、使えないタグ(<IFRAM>とか)があって載せられない記事があり、仕方なく2012年8月記事より移転します。当分、同じ記事ものります。ブログは「3介Bossの父と子の遊び方」と同じ題、テーマですすめていますが、より地域情報や、地元の歴史記事も充実させたいと思っています。ぜひご覧下さい。
2012.08.31
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凌介が唯一残っていた宿題「伝記」の読書感想文が完了。「宿題だから伝記の本がいる」とやいのやいのと言われて買ったのが7月の終わり。本を選ぶのにも同行して、「織田信長 戦国の風雲児/鈴木俊平 講談社火の鳥伝記文庫」を買う。最近は、本屋に伝記があまり置いていないのにもびっくりしたが、凌介が「織田信長」を選んだのにさらにびっくり。オヤジが歴史好きで、不人気な「平清盛」を毎週欠かさず見ている姿や、歴史うんちくを語るのにちょっとは影響されているのかもしれない。オヤジとしてみれば、「野口英人」「二宮尊徳」「ヘレンケラー」「ガンジー」などの克服系や、「エジソン」「ニュートン」「ファーブル」などの発見・発明系、「シュリーマン」「植村直己」「コロンブス」などの冒険・探検系など一般的なところから伝記を読んで欲しいかった。武将の話を子ども向けの伝記に描くのは難しい。この本も、近代人として世界の中の日本を新しい時代へ導く武将・信長がテーマのようだが、ちゃんと表現できているかといえば、甚だ難しい。そういえばオヤジがガキの頃に、我が家には貧しいながらも『世界名作全集』『伝記全集』があったな。ほかに楽しみがない時代だったのか、全集が届くたびに読みあさってた記憶がある。さてさて、凌介の感想文であるが・・・・・・「戦国時代にはいきたくないです。生まれたくないです。」「49歳で殺されたのは、お寺(比叡山のことと思われる)を燃やしたバチが当たったのです。」となる。信長の人物評価は、「強いし、頭がいいし、やさしいところがいいとこです。」「意味のない人を殺すところが悪いとこです。」ということで、作者(出版社)の意図した時代の魁としての信長は、凌介には見えなかったようだ。久しぶりに本を1冊読み。本に親しんでくれただけでよしとするか。まあ!80点をあげよう。
2012.08.27
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夏休みも終盤。辻堂海浜公園プールへ行ってきました。朝の九時過ぎに着いたのに、既に駐車場もいっぱい。流れるプールは芋洗状態。どこの家も同じように、夏の最後にプールで過ごそうと、ここに集まったようだ。3介共々、横須賀線・衣笠駅から東海道船・辻堂駅へ向かう。横須賀線・横須賀駅から見える海上自衛隊横須賀基地には、先日艦内を拝見した『しらせ5003』が停泊している。と・・・・「あっ!ひゅうがだ。」凌介。確かに船体番号181。DDH護衛艦(戦闘艦だと思うけど)『ひゅうが』だ。凌介は、以前習いに行っていた柔道の仲間とこの船に乗船している。ヘリコプターの格納庫へのエレベータに乗ったと、自慢げに耕介に話している。男の子は、船や飛行機などの高性能ハードに興味を示してくれると、オヤジもうれしい。公共機関での移動のため、朝7時半に家を出て、辻堂海浜公園プールについたのは9時10分。すでに所狭しと、たくさんの家族連れが場所取りをしている。オヤジも、早速場所取り。この時刻は炎天下だが、これからのお陽さまの移動を考えると、数時間後には多分日陰がやってくると想定して、場所をゲット。ところが、この季節の陽の高さを考えず、結局は日がな炎天下に晒されることになる。<今年も真っ黒になりました>流れるプールも、波のプールもたくさんの人。水が大好きの3介は、そんなことはお構いなしに大はしゃぎ。潜り、滝に打たれ、横回転、縦回転、逆回転。たくましい。オヤジは、芋洗されている芋のキモチや、流しそうめんのそうめんのキモチがなんとなく理解できたたような複雑な心境で、浮き輪に乗って流された。<まるで浮き輪が三つ並んでいるよう?>食事時の空いている時間に、俊介・耕介は「ウォーター・スライダー」にも挑戦。前回より成長し、体がでかくなった分加速がついたようで、豪快な水しぶきとともに滑ってきた。昼には、五合も炊いて作った「おにぎり」を完食。ちなみに、凌介は6個、俊介・耕介は4個の「おにぎり」をガッチリと食った。日がな、流れるプールに流されて、4時半まで遊ぶ。しかしこのプール、30分おきの休憩は多すぎる。安全確認のためとはいえ、ちょっと調子が出てくると休憩になる。まあ、これだけの人が入っているのだから、しようがないか。宿題も、自由研究も完了。後は凌介の「伝記」の読書感想文を残すのみ。アッ!宿題の丸付けと、見直しはまだだっけ?とりあえず、まもなく夏休みも終了。前後期制のため8月30日から授業再開。なぜか、ホッとするオヤジであった。
2012.08.25
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8月4日。はじめて、横須賀開国祭に出かけた。この地横須賀に住みだしたのは、凌介が六ヶ月になる頃なので、早10年というところだが、未だに出かけたことがなかった。まずは、「横須賀サマーフェスタ」へ。「よこすか開国祭」に合わせて、海上自衛隊横須賀地方総監部が開放されている。午前10時からということで、その時間に到着。「ワオ!!」(オヤジの叫び)なんとそこには「南極観測船・しらせ5003」の姿があるではないか。3介たちよりオヤジが感動。昨年、宗谷の物語(南極物語)を放送していたので、南極観測船の登場はインパクトがある。さすが自衛隊。タラップを上がり、早速船内へ。なにより、海上自衛隊の方々の愛想がいい。必ず大きな声であいさつをしてくれる。「ぼうや、この船どこへ行くか知っているか。」「南極。」「よく知っているじゃん。」「さっきお父さんに聞いた。」自衛官と俊介の会話。そべてこの調子で、いろいろな装備に触らせてもらえた。感謝。<しらせの消防用ヘルメットをかぶる俊介・妙ににやけています。>中でも驚いたのは、しらせの艦内に展示してあった、白瀬中尉の「開南丸」、「宗谷」から「しらせ5003」までの模型。「しらせ5003」と比べると「開南丸(木造帆船)」は小舟にしか見えない。こんな船で南極を目指したとは驚き。しかも、この南極探検は白瀬中尉が莫大な借金をして実現したそうだ。政府の援助や一般の寄付もあったが、その多くを白瀬中尉がかぶり、南極探検後の生活は悲惨を極めたという。そんな先達の苦労が、今の南極観測につながっていると思う。艦内には、白瀬中尉の写真が飾られ、白瀬の名は、「宗谷」「ふじ」に続き、「しらせ5002」「しらせ5003」と続いている。横道にそれ出した。3介たちは、ヘリコプターのパイロットに変身。今度は、バイオハザードです。<隊員さんとバイオハザードしています>海上自衛隊の皆さん、ありがとうございました。後半へ、続く・・・・。
2012.08.24
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今日(8月22日)は、三浦アルアル(三浦アルプス)の畠山トレッキングに挑戦してきたのだが、スタートポイント(やぶ地蔵)に行く途中の庚申塔での出来事である。阿部倉の道路脇にある庚申塔、今まで何度も前を通り、写真を撮ったのも幾度や。しかし、よ~く観察していなかった。可愛そうだが、面倒を見ている人もな居なさそうな?帝釈天のお祭り(庚申の日の祭り)にも無縁な感じ。この庚申塔の3猿を見て、我が家の3介たちはあるとこに気づきました。では、ここで問題です。「この庚申塔の、左右の3猿の違いはなんでしょう。?}<全貌です><右です><左です>わかったかな。?右は、見猿が片手で目を抑えているけど、言わ猿と聞か猿は両手を使っている。左は、言わ猿と見猿が片手で、聞か猿が両手。多分時代が違う庚申塔なんだろうけど、面白い事を発見しました。勿論、発見者は3介達です。すごいすごい。ところで、三猿(さんざる)は、「見ざる、聞かざる、言わざる」というように右から見猿・聞か猿・言わ猿が並んでいる。もちろん、日光東照宮の三猿もこの順。片手の意味は何?ちょっと不可解。
2012.08.22
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今日も、3介(凌介・俊介・耕介)とBOSS(オヤジ)の快進撃が始まる。今回のお出かけは、かねてより縦走したいと思っていた三浦アルプス(葉山アルプスともいう)。我が家では、「三浦アルプス」を「三浦アルアル」というおバカがいるため、「三浦アルプス」を「三浦アルアル」と呼ぶことにした。三浦アルアルにGO・・・・・なのだ。ところで「三浦アルプス」って?「××銀座」みたいな便乗ネーミングに、ご存知ない方も多いと思う。横須賀に住んで10年を超えたオヤジも最近知った。京急のトレッキングガイドによると、「三浦アルプスは逗子市、横須賀市、葉山町にまたがる標高200m前後の山域で、森戸川の渓流など三浦半島随一の自然が残っています。」とある。このガイドによると、安針塚~畠山~乳頭山~六把峠~二子山コースと、京急田浦~乳頭山に入るコースがあり、二子山からは、森戸川を川沿いを通り逗子に向かうコースと、南郷上ノ山公園を通り逗子に入るコースが書かれている。夏のこの時期、更に連日の30度を越す天気では、縦走などは無理。そこで今回は、葉山町のNPOが作っている「葉山を歩こうMAP・木古庭編」を参考に、とりあえず畠山に挑戦することにした。MAPでは「9番:やぶ地蔵」と書かれたこの地点が、スタート。我が家から10分程の場所である。ここから地蔵右側をくだり、大楠山登山口のバス停の信号をわたる。三浦半島では少ないコメ田や、長屋門に出会う。青々となびく苗10番:高橋家長屋門日蓮上人が法力で水を出したという高祖井戸へ行ってみる。人も来ないのか荒れている。法薬の井戸と言われているらしいが、いただくには、ちょっと。高祖井戸の入口11番:高祖井戸MAPにある「富士山が見える場所」に着く。低く雲が立ち込めっているため見えにくいが、目ざとく凌介が富士の頂上を発見。残絵ながら写真にはうまく写っていなかった。「12番:白木稲荷神社」「13番:大明山 本圓寺(ほんえんじ)」と向かう。12番:白木稲荷神社13番:大明山 本圓寺(ほんえんじ)本圓寺は、大明寺評定五ヶ寺の一つとなっている。縁起を見ると、日蓮上人の鎌倉行きの道中に立ち寄ったとあり、高祖坂の地名も高祖・日蓮上人にちなんだものだという。いつかブログネタにしたいが、平作・池上・金谷にある寺院はすべて日蓮宗の寺院である。まあ大明寺という当時(14世紀末頃以降)の大寺院があったこともあるが、この辺(木古庭、平作、池上、金谷)は、いわゆる日蓮部落であったと思われる。街道筋の庚申塔にも「奉納帝釈天」「南無妙法蓮華経」と書かれているものが多い。木古庭の本圓寺は、その最北に当たる。以降葉山に至る街道筋(上山口)の寺院は、西光寺・大昌寺・観正院(西光寺が管理)・新善光寺といずれも浄土宗で、日蓮宗のの寺院はない。一色には実教寺という日蓮寺院があるが、長柄や逗子など鎌倉に近くなると、真言宗や天台宗など武家の信仰宗派の寺院が増えてくる。なぜ、この辺(木古庭、平作、池上、金谷)に日蓮寺院しかないのかをいつか調べたい。なんてウンチクがでると、ブログが長くなる。しかし、我が家の3介はたくましくなった。道を誤り旧軍用道路なる道を行くことになったのだが、道路って何?・・・・と聞きたい。狭く、かなり険しい獣道、思った以上に大変な道のりであった。結局、畠山城址には行き着くことができず。デジカメの電池も切れ。クタクタになって下山し、もとの「やぶ地蔵」まで戻った。凌介、曰く。「大楠山より大変だったね。」でも、ちょっと前なら「泣き」が入っていた凌介が、そう言いいながらもちゃんと歩いた。お前たちはすごい。 オヤジは子どもの頃の怪我が原因で、右足に3箇所の欠陥がある。欠陥を克服するために歩こうとしているが、かなりへばった。現在、右足に湿布を貼りまっくってブログ更新中。
2012.08.22
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8月18日。金沢自然動物園のナイトZOOに行く。金沢自然動物園は幾度も来ているが、ナイトZOOははじめて。土日のみ運行しているZOOバス(京急の直行バス)の最終便(金沢文庫西口・16:46発)に乗り、5時頃には動物園に到着。「しまった!」虫除けを忘れた。動物園から出てきた小さな女の子も、ボリボリと足を掻いている。「ののはな館」に行ってみるが、販売していない。仕方なくパンダを買う?<パンダを背負う凌介・ちなみにこの動物園にはパンダはいません。>結局、虫除けは「オセアニア売店」で購入できるし、動物園入口に自動販売機もあったわけで、季節柄、案内の一つでもあれば、結構重宝する方もおいでかと思ったのであった。一行は暗くなる前に、クサいクロサイ、夜勤にウザそうなキリン、展示場にいなかったオリックス、雑草に夢中なオカピ、見飽きたカブトムシ、そしてオセアニア地区を制覇し、ワラビーの先の通行止めまで来た。陽はまだ高く、ちっともナイトZOOではないのである。このオセアニア地区には、我が家で人気のウォンバットのヒロキくんがいる。なぜ我が家で人気かといえば、昔はオヤジに似ているともっぱらの評判であった。しかし最近では、その輝かしい賞賛を一手に引き受けているのが俊介である。<ウォンバットのヒロキくん・味のあるお顔です。><我が家の俊介くん・ちょっと鼻水を流しています。>この妙な雰囲気が、とても似ていると思うオヤジなのである。ウォンバットが夜行性であると知り、「機敏なウォンバット?」を見てみたいというみんなの切望を振り切り、来た道を引き返しユーラシア地区、アメリカ地区に向かうことにする。夏の自由研究で「家の近くの野鳥」の研究をしている俊介は、野鳥の写真がなかなか撮れないでいる。野鳥がポーズをとって待っていてくれるわけでもなく、プロでも難しい野鳥の撮影が難航している。鳩や雀やカラスなど、「それが野鳥かよ!」とツッコミたくなる写真しか、いまだ撮影に成功していない。そこで、タンチョウ鶴を撮ることにした。<ぼけたタンチョウの写真・天然モノは釧路湿原とここだけです?>「家の近く」ではないし、しかも「野鳥」でもないがOK。だが、家に帰り写真を確認したらまたもピンボケ。掟破りを強行したが、これもまた使えない始末。スーチョワンパーラルの展示上では、片方が3キロもある角を持たせてもらった。およそ60キロの体重に6キロの角を頭に乗せて、岩肌を軽快に登るウシ科の動物にビックリ。<暗闇のスーチョワンパーラル・頭には計6キロの角>金沢文庫の街並と海岸線のライトが綺麗な夜景ポイントを通過して、ナイトZOOは終了。帰りには金沢文庫の「王将」にいく。あいもかわらず3介たちは食欲全開。麻婆豆腐、唐揚げ、ニラレバ、回鍋肉、餃子4人前、ライス大盛りを平らげ。オヤジのライスまで横取り。となり席のファミリでのお客さんの熱い視線を浴びながら、黙々と食い散らかす。食っている時だけは無口な3介であった。
2012.08.20
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8月17日。花火を見ようということで、浦賀みなと祭りに出かける。京急浦賀駅に、4時すぎには到着。浦賀駅周辺は、今から祭りが始まる気配がまるでない。今日は中止(午前中に、すごい雷雨)と思いながら、浦賀港の東西を結ぶ渡し舟の西船渡場付近に向かう。途中の浦賀造船所あとには、朽ちたクレーンがあり、お前たちのじいさん(オヤジのオヤジ)はクレーンの運転手だったと伝える。あまり反応なし。関東大震災の慰霊碑の近く(浦賀消防署近辺)までくると、やっと人だかりに遭遇し、大灯篭が見えた。縁日の屋台が、浦賀港脇の桟橋に並ぶ。勿論、3介達にはこちらがメイン。花火はおまけ。とりあえず祭りの全容を確かめるべく、屋台を物色しながら浦賀港引揚記念の碑がある親水公園へと歩く。このあたりを通称・陸軍桟橋といい山下公園にある氷川丸を第一陣にして、フィリピンや南国から多くの引揚者が帰ってきたらしい。帰ってきたはいいものの、マラリヤやコレラに感染して、GTQのお達しで上陸できずに死んでいった方が数千人いたという悲惨な歴史のある場所であり、浦賀奉行所の船改の番所が置かれていた場所でもある。まだ5時前というのに、花火の場所取りで多くの方がいる。我々も適当な場所をキープ。ここから、3介たちの怒涛の快進撃がはじめるのだ。唐揚げ、焼きぞば、チャーシュウ、ジュース数種類、たこ焼き、かき氷・・・・・・・。エアーガンは禁止だと散々言っているのに、当てくじでエアーガンをとってくる。俊介は、当てくじで外れたらしいが兄弟二人(凌介・耕介)と同じものをサービスしてくれたらしい。凌介と耕介は、なおも当てくじで大きなエアーガンを持ってきた。BB弾は危ないし、土に帰らいないものを道にばらまくからダメだといい聞かせているのに、この始末。2時間半も飲み食いして、やっと花火の開演。浦賀湾の水上に500発の花火が打ち上がった。せっかく上げた「ニコちゃんマーク」花火が、よじれていたり、下を向いていたりと笑いを誘った。途中にパラリと雨が落ち心配したが、午前中の大雨注意報が嘘のように星も見え、壮大な海上花火に満喫の夜だった。3介は、あれだけ食っても「夕飯は?」と聞くのではないかと心配したが、帰りが遅かったせいもあり、軽く風呂に入りすぐに夢の中に落ちていった。写真は後日。
2012.08.20
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このブログを見ると、ちょっと前の子どもとの活動が思い出される。書いておくものだと改めて感じて、久しぶりの投稿する次第です。なんと3年近いブランク。3介たちも、凌介が5年、俊介・耕介が4年と成長した。夏休みも中盤をすぎ、3介たちはオヤジに叱られながら自由研究の真っ最中。特に凌介は、「家の近くの遺跡」という壮大なテーマを、オヤジの一言で選び。更にその自由研究をHPで公開するという無謀ともいえる作業を進めている。もちろんオヤジがかなり入れ込んで、指導しているのだが・・・・・。そんな訳で、まずは凌介の自由研究HPを紹介したい。本日現在では、未だ完成はしていないが、4つの遺跡を調査した結果がHPに載っている。自由研究HP「家の近くの遺跡」はここ子どもと一緒に、いろいろと調査(ちょっとおおげさ?)して面白い話がたくさんあったので、続けて載せていきたいと思う。今日は紹介まで
2012.08.16
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山間の城址で見つけた「泉屋清兵衛 妻 ○○」「宝暦四戌年 九月吉日」と決してうまいとはいえない掘り込みの文字。3介とママを従え、大楠山の麓の横横道路を沿うような古道を抜け、横須賀市衣笠城址へとハイキングに出かけた。2009年9月6日(日曜日)の出来事である。この道は、衣笠合戦で畠山重忠が三浦大介義明を攻めた搦め手口への道である。夏日が戻ったこの日、杉の木立が陽射しを遮りるが、歩けば汗が全身から滲み出る。無謀な薮蚊が多く、こやつらTシャツの上からでも刺しに来る。3介たちは、久しぶりのママ同伴のハイキングにご満悦。以前子どもたちに話した「鎧武者が馬に乗って駆け抜けた」話を、凌介が、意味不明ながらにママに話している。空想と現実。日常と非日常。子どもたちにとって(大人にも)、現実に重なる非現実(夢・ファンタジー)がとても大切だと考えているオヤジには、この長閑なハイキングコースに、馬に跨った鎧武者の幻影を描く凌介が、ちょっとうれしい。息を切らして大善寺裏山の衣笠城址に到着した。「あの石なに?」幾度も訪れているオヤジは、気にもとめなかったものにママが目敏く反応。その石に書かれた字は、「蔵王権現社 御霊社 遺跡」と読める。よくよく奥を見上げると、神社らしきものがある。「御霊神社(ごりょうじんじゃ)」とあり、なぜか3体の狛犬さん。奥は対になって「あうん(阿吽)」しているが、手前は「あ(阿)」しかいない。ちなみに向かって右が阿形(あぎょう)、左が吽形(うんぎょう)で、それぞれが、獅子(ライオン)と狛犬。であるからして、ライオン2匹と犬1匹に守られた小さな祠なわけである。「御霊社 遺跡」との碑があり、その上に「御霊神社」がある。「蔵王権現社」「御霊社」なるものが、どういった物なのかをちょっと調べてみた。もちろんGoogle 先生にお頼りしたわけであるが・・・・・。要約すれば、「蔵王権現社」は修験道の開祖・役小角(えんのおづの)が金峯山(吉野)で示現した金剛蔵王大権現(権(かり)の姿で現れた神仏)を奉ったもので、古代からの山岳信仰に由来した神様。「御霊社」は、御霊信仰に基づきある人物の御霊・怨霊を鎮めるためもので、御霊信仰とは、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり非業の死を遂げた人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとする日本の信仰のことであるらしい。(wiki参照)城址にある「物見岩」といわれる大石付近から、大正8年に経筒(きょうづつ)が発見されている。以降は勝手な解釈になるが、中世以前より、経筒(きょうづつ)は金峯山信仰(蔵王権現)と関係が深いので、衣笠城址のあるこの山は、大昔より三浦の山岳信仰の金峯山「金の御岳(かねのみたけ)」であったのではないかと推測する。妖怪じみた逸話の多い三浦大介義明も、蔵王権現を信仰していたのではないだろうか。(役小角、89歳まで生きて九尾の狐を退治した(?)大介。ワクワク。ゾクゾク。)明らかに「御霊社」は、三浦大介義明の御霊の鎮撫が目的でしょう。「新編相模風土記稿」という江戸・天保の頃の風土記に描かれた衣笠城址を見る。お社の鳥居をくぐると、階段があり2対の狛犬が並ぶ。その後ろに、「御霊社」があり、奥に「蔵王権現社」がある。この構図からして、一番えらいのは「蔵王権現社」。どう見ても「御霊社」は、お先払いをしているようにしか見えない。さてさて、横道にずれ過ぎ。「御霊神社」の坂下に、朽ちた碑がある。先に書いた「泉屋清兵衛 妻 ○○」「宝暦四戌年 九月吉日」の文字が浮かぶ。宝暦四年とは、江戸時代の1754年である。「新編相模風土記稿」が天保だから、それより以前のことである。この文字は、今から255年前の同じ9月に刻まれている。勿論、旧暦(この年に宝暦甲戌暦が誕生するが、ここに記されている暦は、改暦される前の貞享暦といことになる)なので、今で言えば10月頃だろうか。宝暦四年は、干支でいえば甲戌の年にあたり、この年の9月は甲戌の月になる。亡き夫のために、何かを寄進したのか。夫の成功を祈り、何かを寄進したのだろうか。オヤジの想像は、こんな風に膨らむ。「甲戌」は、五行陰陽説では木剋土(もっこくど)になる。木剋土(もっこくど)とは、木は土に剋つ(勝つ)で、「木が土に根を張り土から栄養分を吸い取って生長する」様をいう。甲戌の年の甲戌の月に寄進した「泉屋清兵衛の妻」。清兵衛と妻は享保の頃、続く江戸の大火から逃れるように衣笠に渡り住んだ。ささやかながらも小さな商いをはじめ、土地に根をはり、木に育てるように商い精を出す。信心深い二人は、「蔵王権現」を厚く信仰する。勿論、村の守り神である「御霊神社」にも大いなる敬意をはらう。二人は、「木が土に根を張り土から栄養分を吸い取って生長する」かのように、すくすくと商売を成長させるが、子どもには恵まれなかった。しかし、仲睦まじい二人は喜びと感謝の日々の中で老いていく。宝暦○年。泉屋清兵衛、眠るように死去。「蔵王権現社」「御霊神社」の改築の勧進が募られた。勿論、清兵衛の妻にも声がかかった。清兵衛の妻は、「できる限りにのことはさせていただきます。」と、村一番の勧進をした。この土地で、生きてこれたことへの最後のご奉仕です。それが、清兵衛の妻の思いであった。「申訳ありませんが、石を私に彫らせていただけませんか」清兵衛の妻の申し出に、石工は驚いたが、あまりの真剣な面持ちに頷くしかなかった。「私の命も、残り少のうございます。最後の力でこの石に刻み、私たち二人がこの地で生きた証を、清兵衛と私をお守りいただいた鎮守様にお残しさせていただきます。」秋のさわやかの風が、衣笠城址に流れていた。紅をさした木々の隙間から幾本もの光の束が、御光のように降り注ぎ、衣笠城址の小山全体がまるで「金の御岳(かねのみたけ)」のようだ。奉納した石碑が、「御霊神社」の懐に鎮座している。そこには、つたない堀り文字が浮かんでいる。清兵衛の妻は、大きな安らぎの中にいた。山があり、川があり、海があり、人々が生きている。これからも鎮守の森がいつまでもそこにあり、未来永劫、私たちの源になると信じて疑わなかった。ということで、最後は、下手な小説風になりました。3介たちの世代まで、この山がありますように・・・・。↓今週の3介(久しぶりですが・・)2009/09/05:横須賀人文・自然博物館へ(ハマユウが咲いていました)2009/09/06:衣笠城址までハイキング(帰りは泣きが入りバスで帰宅)↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.09.14
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べつに受講している訳ではないが、夜な夜な放送大学を見る。宵っ張りのオヤジが視聴するのは大概が23時以降の放送で、先日は『都市デザイン論』なる講義を放送をしていた。合意形成による住民参加型デザイン。ワークショップなどの講義である。「住民参加」、「環境共生」などのキーワードになぜかアンテナが「ピッピッ」と反応するオヤジは、酒の相手をテレビにお願いした。面白かったのは、「ビレッジホーム」というカリフォルニア州デイビス市にある街の取り組みを、事例として紹介していたことである。環境共生型住宅開発では、非常に有名な事例らしいが、勿論専門家でもないオヤジは、はじめてその街「ビレッジホーム」を知る。詳細は、下記の専門ページを見ていただきたい。ヴィレッジホームズ (カリフォルニア州デイビス市)Back to the Garden(Time.com:英語)環境共生型住宅地ヴィレッジホームズの検証「食」と地域コミュニティ形成を意識した都市・地域づくり〕敷地面積約24.3haに住宅240 戸しかないだから、日本では考えられない広さである。我が街・横須賀で最近開発中の「湘南佐島なぎさの丘」が、比較的に余裕のある都市開発で、敷地面積約41haに667 戸を計画している。しかし、一戸あたりに換算すると「ビレッジホーム」のほうが約1.6倍広いことになる。「ビレッジホーム」は、・生態学的に持続可能なコミュニティーの建設 ・強いコミュニティの建設を目的としてデザインされていて、自動車道、自転車道、歩道が区分けされ、自動車道以外は舗装されていない。住宅は南北に面して建てられ、屋根の上には太陽熱温水システムがある。舗装されていないため雨水は、自然排水(地面に浸み込む)される。芝生や果樹や実のなる樹木がたくさん植えられ、住民が無料で利用することのできる共同菜園もあり、収穫は街で消費される野菜の25%を賄うという。かつて日本の里山がそうであったように、人と自然の共生を人工的に作り出している。すごい。なにしろこの街を維持するコミニティの力に驚愕すら覚える。↓今週の3介2009/8/20:市民プールへ2009/8/21:子ども会のプールへママと2009/8/22:近所の子どもたちを含め6人で、大楠山・湯ノ沢川へ(水着で川で遊ぶ。川の水は冷たい)2009/8/23:親子木工教室に参加。3介で椅子を3台作成。オヤジは汗ダクダク。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.08.25
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いよいよ衆議院選挙が公示された。我が街、神奈川11区は、あの小泉純一郎氏の政界引退にともない息子の小泉進次郎氏と、まるきっりの新人候補・民主党のよこくめ勝仁氏の2候補の戦いになる。「自民党をぶっ壊す」といって自民党を延命させた功労者・小泉元首相。小泉さん本人が出馬するのであれば、当選はまず間違いないだろう。しかし、よりによって息子を世襲。進次郎氏は、「世襲について私がよい、悪いとは言えない。判断は有権者にしてもらう」としている。こんな映像がYoutubeで流れ、お坊ちゃま育ちのその人柄が良くわかる。 小泉進次郎 in 横須賀2【メディア無視編】関東学院~アメリカ留学~オヤジの秘書。いったいこの方の何に期待ができるのだろう。(大河に出演中の孝太郎の弟。イケメンで演説も旨い。しかし・・・・)一方のよこくめ勝仁氏。トラック運転手の普通の家庭から、国公立の高校・大学(東大)を卒業。現在、弁護士をつとめる彼は、「選挙戦とは政策論であるはずなのに、選挙前から投票先を『純ちゃんの息子』と決めている人は多い。進次郎さんというより、巨大な小泉ブランドとの闘いになっている」という。同じ若者をこの地域の代表として選ぶのなら、努力が報われる社会であることを望み「よこくめ勝仁」氏を応援したいと、オヤジは思うのである。よこくめ勝仁のインフルエンザ感染のニュースもあったが、長い選挙戦、『巨大な小泉ブラン』との戦いにがんばってもらいたい。↓今週の3介2009/08/14:市民プールへ(凌介がなんと50mmを完泳。スピードは遅いけど。すごい。えらいぞ凌介!)2009/08/15:子ども会のキャンプで田浦へ。(ママが引率)2009/08/16:14:30 キャンプから帰還。一緒に行った友達と離れがたく。友達宅でお泊り。2009/08/16:深夜 子どものお泊りをいいことに、両家族の親父二人は酒盛り。2009/08/17:10:30 酒盛りのオヤジたちは、子どもへの夏休みサプライズを計画し、藤沢のプールへ行くことに決定。2009/08/17:両家族5人の子どもたちは、藤沢のプールで終日遊ぶ。今週も写真なし↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.08.18
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温子よ、短い様で永い、又永い様で短い此世は、そなたにえらい御世話になつたね。御礼の言葉もないよ。でもね、そなたの誠実と私に対する純愛は、公人としての私を十二分に活かしめたし、志を得た二人の児として残つたしね。それで一応の満足感を得ておくれ。 今次の様な民族国家の大変動に会つては個人の事なんかとても問題でない。況んや敗戦国の将軍では犠牲壇上に登るのが当然です。聊かのうらみもない。引用:http://imperialarmy.hp.infoseek.co.jp/general/yasukuni/okada.html昨日。『日本映画専門チャンネル』で「明日への遺言 (小泉堯史監督)」を見る。上の文章は、主人公:岡田資中将の遺言である。映画の中でも、遺言を読む妻・温子を演じる富司純子の声と、岡田資中将を演じる藤田まことの声が重なって流れる。深い慈愛に満ちた家族への感謝が、最後の言葉として綴られている。岡田資中将は、終戦まぎわの名古屋空襲で、パラシュートで降下した敵飛行士を処刑した責を一身に負い、B級戦争犯罪人として絞首刑された人物である。アメリカの無差別爆撃の無残さは、広島・長崎だけでなく、日本国中のそこかしこであった。オヤジの祖母と母の幼き弟妹も、3月10日の東京大空襲で、その命を亡くしている。ひとごとではないのだが、戦争を知る世代の方の苦しみは推し量れない。8月15日の終戦日を控え、テレビでは戦争を特集した番組、映画が多く流されている。昨日は、前の「明日への遺言 (小泉堯史監督)」を見る前に、「NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第1回▽開戦“海軍あって国家なし」を視聴している。開戦の鍵を握った大日本帝国海軍・軍令部。そこには、組織や仕組みはあっても、『ひと』を感じない。なぜあの大戦が始まったのか、そこで何があったのか、当時の人は何を感じて、どう決断したのか、何が残されたのか、・・・・・・・。『愛国』とは、「国を愛する心」訳のわからない「国」は愛せない。しかし、妻や子や友や街や山河を愛している。「妻や子や友や街や山河」が「国」であるなら、「国を愛する心」はたくさん持っている。そしてそんな思いは、他国の人もきっと持っていて、『愛国』とは自国のみを愛するのではなくて、万人が持つ『慈愛の心』に敬意を払う事だと、強く、強く思う。昭和が遠くなった今、「反戦」語るより今夏は、家族のことを思いながら、「戦争特集」のメッセージを読み解き、父母や祖父母が体験した戦争を、今一度、考えてみたいと思った。↓今週の3介8/7:藤沢の流れるプールへ行く。(AM7:30出発 ゆうに5時間は遊ぶ)8/8:長浜海岸へ。(2日間で、更に3介は真っ黒)8/9:いつもの市民プールへ。(オヤジの激で、3介全員25mmを泳ぎきる)↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.08.10
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横須賀ローカルネタです。市長選の結果は、結構いろいろなところで話題になります。3介を連れて、ある町内の祭りに出かけた日。「市長選は、論点がなかった。横須賀はうまくいっている。」と、大きな声が聞こえた。振り返ると自民党の市議。市政が現在うまくいっていること、それなのに、論点をぼかして『変革』などといって当選したこと、議会運営とは別の話だから、問題ない。などなど横須賀市にも愚かな市会議員がいることに、いまさらながらに痛感しました。「変革」こそ、「常態」と思うのだが、「変革」の連続が、生きることであるとの認識の乏しい市議が、えらそうにものを語っている姿に、久しぶりにムムとしたかな。吉田雄人市長。あなたは裏切らないでね。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.08.04
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仕事し、人生を生きることを通じて世界の好ましい変化に貢献する。社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)という人たちが注目されています。社会起業家とは、、「社会的課題を事業によって解決する」ソーシャルビジネスを起業する方をいいます。社会的な変化を起こす人ということで、「チェンジメーカー」と呼ばれることもあります。いっこうに光明を見出すことができない現在の不況。切捨てを厭わない企業のリストラのニュースも絶えません。環境破壊。温暖化。地域のドーナツ現象。コミニュティーの喪失。保育所や託児所の不足。犯罪に巻き込まれる子どもたち。地球は悲鳴をあげ、子育ては孤立化し、山や海は汚され、戦場では少年が銃口を向け、多くの生命がその活動の場所を奪われ、貧困の中、食事をとれない子どもたちがあふれ、教育の機会を奪われ、まともな医療を受けられず・・・・・オヤジが高校1年のとき、労働運動を長年続けていた今は亡き父親と口論になったことがある。口論のとっかかりの原因はよく覚えていない。多分、学生闘争に興味を抱いていた当時のオヤジに、亡き父が何か注意をしたのではないかと思う。「差別は、人間の持っている本質的なもので、永遠になくなることはない。」と父。「父さんの世代がそう思っていることが、『差別』の実態で、俺たちが大人になった頃には、『差別』はなくなっている。」若きオヤジ。そんな趣旨のことで口論が続き、仕舞には、涙を流しながら父に向かっていったことがあった。あれだけ大見得を切ったが、大人になったオヤジの時代も、『差別』はそこかしこで今も続いている。『差別』は、人間の持っている本質的なものではなく、『差別』は、克服しなければならない心の弱さだと思っている。新しいサイトを仮オープンしました。『未来坂下1丁目』という社会起業家について学ぶサイトです。未来という坂を見上げるコミニュティー。『未来坂下1丁目』というサイト名には、そんな思いがあります。コンテンツを順次拡充しております。ぜひ、ご覧ください。下記のバーナーから移動できます。↓今週の3介2009/8/1・午前:近くの市民プールで遊ぶ2009/8/1・午後:町内の祭りの模擬店に出かける。2009/8/2:町内の祭り(神輿巡行):子ども神輿を担ぐ。オヤジが子ども神輿の責任者のため、忙しく写真を撮り忘れる。今週は写真なし↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.08.03
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「喜びを感じないなら奉仕しても意味はない。喜びをともなわない奉仕は、奉仕される側にも役に立たない。だが、心からの喜びとともになされた奉仕の前では、それ以外の娯楽や財産は価値を失ってしまう。」ガンジーの言葉である。オヤジは、3介が生まれた頃からいろいろなボランティアにかかわってきた。PTA、子ども会、町内会、環境団体などなど・・・・。しかし、今年は全ての活動をサボタージュしている。夏と言えば、ボランティア活動が集中する時期で、例年だと、キャンプが2つ、町内の祭り、ソフトボール大会などが続き、毎週末は、何かの活動に参加するという生活をしてきた。3介たちにとっては、オヤジと一緒に祭りに出かけるのより、ママとでかけた祭りに、「焼きそば」を焼くオヤジを見る機会のほうが多く、お祭りやバザーのお手伝いしているオヤジの姿を見て育った。いまどき珍しく我が家は、6人も子どもがいる。そんな我が家を、多くの方が気にかけてくれ、励ましてくれる。ささやかなふれあいなのだが、周りには感謝してやまない方が多く居る。オヤジは、オヤジの理念(少なくと本人はそう思っている)に基づき、人様のためにちょっとがんばることで、何かお返しができるのではないかと思い、ボランティア活動を続けてきた。特に子どものために何かできないかと常に思ってきた。自分の愚かさを顧みても、親の力なんてたいしたことなく、社会や学校や周りに居る多くの人の力に生かされて、子どもは育っていくとオヤジは信じている。たくさんの大人との係わり合いが、よくも悪くも子どもの成長には、いい肥やしになるとも思う。他人との係わりが、知識以上の体験を生む源で、体験なくして、「知識の定着」や「知識への欲望」は生まれない。まして、感動や喜びも大きなものにならないだろう。そう思い。できれば多くの方に賛同してもらいたいと、昔からある組織に身を置き、体を使うことで「お手伝い」をしてきた。今年になり、「喜びを感じない奉仕」であることを絶望に近い気持ちで感じることが続いた。以前から感じていたが、「昔からある組織」は理念に乏しく、今ある活動の持続を最優先に動いている。そこにいる「ある人」は、すでに「子どものこころ」からは遠いところにいて、何のためにその組織を運営しているのかも定かでない。その組織のいずれも横須賀市の助成金を受けている。できれば、変えたいと思って続けてきたが、何も変わらないその活動に、オヤジは「サボタージュという意思」を無行動・無言で、示すことにした。おかげで毎週、我が子たちとの時間が増えた。他の子どもたちとのふれあいも、自分の意思だけで自由に決定し、わが子ともども楽しめそうな企画ができる。3介たちと、そして周りでともに育つ子どもたちと感動を共有する出来事を、紡いでいく。今年は、「社会活動の原点はここだった」なと再確認している。↓今週の3介2009/07/25:10:00:横須賀・長浜海岸へ(終日・海で遊ぶ)2009/07/26:09:00:横須賀・長浜海岸へ(さすが日曜日。駐車場はほぼ満車。終日遊ぶ)2009/07/26:16:30:帰りに関口牧場へ(本日のアイスはチョコ)↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.07.27
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子どもたちの夏休みがやってきた。3介が通う小学校も、今年から2学期制になった。このため、夏休み前日の17日も5時間目まで授業があったし、給食がない半ドンの日もないまま夏休みが始まった。確かに、授業時間の確保にはこのほうがいいのかもしれない。しかし、夏休み前に持って帰ってきた通信簿(通知表)がないことが寂しい。夏休み前の個人面談で、就学状況の話はあるようだが、通信簿は、通信簿で・・・。ほめてもらったり。怒られたりと・・・。親に通信簿を見せたときの、あの誇らしげな気分や、ちょっと恥ずかしかった思いや、妙な緊張感を思い出す。そんな思いを感じる機会が減ったのは寂しい。ところで、昨今の通知表は小学校では3段階評価が主流らしい。指導要領にある領域到達度に対して、「◎:十分到達」「○:おおむね到達」「△:未到達」という評価を行っているようだ。だが、3介の通う横須賀市立小学校では、昨年までは2段階評価で、「できました」「もう少しです」であった。(今年の通知表をもたぶん同様だろう)各教科別の学習観点について、狙いに到達したとみなされたものに「できました」もう少しのものに「もう少しです」に○をつけるようになっている。になみに以前住んでいた横浜の小学校は、3段階評価で行っていて、7年前に横須賀に引越してきたときには、ちょっと驚いた。当時上の3人(3介の兄姉)は、小学校6年・5年・4年。横浜の小学校では、「◎:十分到達」が数えるほどしかなかったが、横須賀の小学校では、全ての学習観点に「できました」に○が付いてた。以降、上の3人は「もう少しです」に○が付いたことがなかった。これって、できているの?できていないの?あまりの甘い評価(あいまいな評価)に、小学校の通知表はあてにならないと思った。そんなせいもあり、凌介が昨年小学校に入学し、はじめての通知表を持ってきたときは、ちょっとびっくり。「○をいっぱいもらったよ。」誇らしげで通知表を差し出す凌介。21の学習観点の内、4つに「もう少しです」に○が付いている。「たしかに○がいっぱいだけど・・・」「小学校の通知表はあてにならない」と思いながらも、兄姉が、「もう少しです」がなっかただけにちょっとびっくり。まあ。1年生の3学期には全て「できました」に○がついてほっとしたが、「もう少しです」は、「ダメ」と等しいと思い込んでいる自分がいる。小学校の学習は、学ぶことの楽しさを感じながら、落ちこぼれない様に学んでくれたら、それで十分だと思っているが、2段階評価での、「もう少しです」を「落ちこぼれ」のサインに読んでしまうのは私だけだろうか。親にとっても、楽しみな通信簿。幸いにして、勉強について一番心配な双子(俊介・耕介)のはじめての通知表は、10月の前期終了まで延長された。長い夏休みが始まった。真っ黒になってたくさん遊びたい。「学ぶ」ことを「学び」ながら・・・・。↓今週の3介3連休を遊びまくる。7/18:またしてもPM5:00起床。カブトムシを探す。♂2匹。♀2匹GET!7/18:野毛山動物園へ(ネズミや蛇を触る)7/18:みなと未来地区まで歩く。Y150は入場料が高いので却下。7/19:城ヶ島海岸へ。(シュノーケリングの練習。風が強く寒かった)7/20:くりはま花の国「温水プール」7/20:関口牧場でアイスを食べたのだ。>↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.07.21
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昨日は、東京都議選の最終議席決定までテレビにかじりついていた。結果はご存知のように、民主党の歴史的圧勝。投票前からこういった結果を予想していたが、一人区での6勝1敗や、中選挙区での複数当選など、地滑り的な民主党の勝利は、予想を超えていた。投票率が50%を超えたことも驚きだ。とはいえ、民主党の勝利だとは思わない。自民党への不信任の受け皿が、民主党しかなかったことに尽きる。自民党には入れたくない、しかし、共産党では何もできない。「しようがなく民主党」という消極的な選択が、今回の選挙結果と考える。よく理解していないが、なぜ都議選は、政党選挙なのだろう。「東京・生活者ネットワーク」という団体のあるが、無所属での立候補者が活躍していない。わが街・横須賀の吉田雄人市長(7/10就任おめでとうございます。)や、藤野英明市議のような、政党の枠組みの外で立候補し、勝てる候補者がいないのは、なぜだろう。昨日の民主党・岡田幹事長の談話、「自民党はバラバラ、民主党は結束している」を、誰が真に受けて聞くと考えているのだろう。右から左までの雑多政党・民主党に期待するしか道がない日本国民であることが悲しい。しかし、今のままでは何も変わらない。苦渋の選択の民主党政権が、来る衆院選で視界に入ってきた。民主党政権が誕生すれば、鳩山由紀夫・現民主党代表が、総理大臣というこになる。戦後まもないころ、吉田(吉田茂)打倒を掲げた鳩山一郎の孫が、吉田茂の孫である麻生太郎打倒の先方に居る。お坊ちゃま育ちのお二方の戦い、裏では小沢一郎が、戦後の三木武吉のように振舞う。きな臭い政界再編のにおいも感じる。改革への熱い思いを語る都議選で当選された方々のインタビューをいくつか聞いた。若い新しい政治家の誕生を祝福したい。「改革、変える」は聞き飽きた。何をどう変えるのか。この国を、この街を、どのようにするのか。環境と景気。企業と市民。福祉と開発。公共事業と民間サービス。未来へ続く道として、対立軸ではなく、解決しなければならない問題がたくさんある。経済的な成功と、それを象徴するものを得ることが、ユタカであるという生き方が、未だ大きなプレッシャーとして人々の心をさいなんでいる。「世界をよりよく変える道」を選んだ政治家の皆さん。あなたがたの「奉仕ごころ」が、この道を選ばせたと信じています。私たちの生活に、なにより子どもたちの未来に責任を持った行動をお願いします。↓今週の3介(7/11)AM5:00起床、カブト虫を探す。4匹GET。(7/11)葉山・長者ヶ崎で海水浴。冷たかった。(7/11)蛙・おたまじゃくしがザリガニに捕食され全滅。(7/12)AM9:00、またしても市プールへ(7/12)オヤジと怒鳴られながらガレージの掃除。ご褒美にスイカととうもろこし。↑市民プールへ行く道で庚申塔を発見。ザリガニに捕食され今は亡きアマガエル。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.07.13
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横須賀市の市民プールの利用規定には、「安全のため、小学校2年生以下のお子さんには、16歳以上の付き添いが必要です。」(付き添い1人につき、お子さん2人まで)というものがある。我が家の場合、オヤジ一人で3介を連れて市民プールには入れないである。これって、子育て応援を打ち出す市政と整合しないと常々思っている。横須賀市の「市民プール」が、7月4日にオープンした。7月4日(土)は、雨交じり天気。今年はじめての屋外プールへ7月5日(日)に出かかれる。とはいっても、我が家のそばにある「市民プール」、おしめがとれてからというもの、3介と毎年出かける我が家の専属プールである。この日俊介は、熱のため留守番。「付き添い1人につき、お子さん2人まで」の市民プール利用規定は、俊介の病気のためにクリア。監視員の方たちも、毎年顔ぶれが一緒なので、「何年生になった。」監視員のおじさん。「1年生。」耕介。「まだ1年か。だいぶ前から来ているからもっと大きくなったと思ったよ。」監視員のおじさん。といった会話で、今年のプール遊びも始まった。天気が悪く、水温も低い。プールで遊ぶ子どもたちの数も、ちらほら。凌介・俊介まで風を引きかねないと、1時間ほどで、プールを後にする。ところで、子どもを3人以上お持ちのあかあさん、おとうさん。「付き添い1人につき、お子さん2人まで」の市民プール利用規定をどのように思われますか。夫婦で子どもを連れていかなければ、市民プールに入れないとしたら、市民プールを利用できますか。監視員の方や周りの理解・手助けで、安全なプール遊びができる場所が市民プールであってほしいと思います。凌介が、あと一年で3年生。もう1年。夫婦での市民プール通いが続きます。今週の3介横須賀・しょうぶ園の「ホウズキ・朝顔市」に出かける(7/4・5)苗を無料でもらえる抽選会もあり,我が家は2日間(2日連続で出かけたのだ)で、3つの苗を頂戴しました。そういえば、吉田新市長もきていたな。菖蒲の花がまだだいぶ残っています。公園では、泥まみれで「おたまじゃくし」を捕獲。たくさん見つけました。見にくいですが足が生えているオタマジャクシもいますアメリカザリガニの子どもも発見アジサイが満開カナブンいっぱい。カブト虫なし>美しいく伸びる「タチアオイ」。女優で言えば、「ラスト・サムライ」の小雪かな。「自己主張しながらもかわいく生きる」背の高いそんな女性をイメージする↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.07.06
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昨日(6/28)、横須賀市長選が行われ、若干33歳の吉田雄人君が当選した。影ながら応援し、当選を望んでいたオヤジは、市長選の行方が気になり、幾度となくネットで検索。当確情報が流れたときには、思わず小さくガッツポーズをしてしまった。現職の蒲谷市長とは、オヤジも参加したボランティアを通じて4年間の任期中に幾度となくお会いした。気さくで決して悪い人ではない、自治省出身、前副市長だけに、市役所内での受けもいい。議会もオール与党で、反対者もいない。議会で市長に反対するのは、藤野英明と吉田雄人の二人の市議ぐらいのもの。おかげで「横須賀美術館」や「ソレイユの丘」といった箱物が、前市長からの負の遺産として粛々と実現された。「ソレイユの丘」のPFI事業者選定のあいまいさや、(選定委員9名中4名が市職員。横須賀ファームといっているが愛知県の会社)先般の食品偽装(カット野菜の製造年月日のラベルはがし)、何より総工費76億円、委託費用年間4億円は、3000億以上の借金ぶくぶくの横須賀市にとって無駄としか言いようがない。「ソレイユの丘」の丘に行かれた方は、『農業体験型施設』と謳ったこの施設が、そんな施設に思えますか?体験コーナーは高いし、(じゃがいもの収穫体験(5株 300円)、ソーセージ作り(1,000円)、チョコバナナパフェ作り(1,000円)、キャンドル作り(500円)etc)敷地は赤土まるだしで自然とはかけ離れ、管理の大変な花壇や木々が少なく、夏場は涼を取る場所もない。約20Haの広大な敷地は、不毛の土地になっている。入園料は無料だが、結局金を吐き出させようとする思惑しか感じない。横須賀には、子どもと遊びたい自然がいっぱいの場所がたくさんある。佐島・天神島の『天神島臨海自然教育園』『大楠山』『前田川遊歩道』『衣笠山』『田浦梅林』『観音崎自然公園』なんて自然に恵まれた素敵な街だろう。吉田新市長。箱物はいりません。この豊かの自然の中で子ども達を育てるとこの喜びを、市民とともに感じ、守っていきましょう。オヤジは吉田雄人を応援します。市議会の皆さん。吉田新市長の背中には、多くの市民の声があることを忘れないで欲しい。無駄な議会運営を行うのなら、次回の選挙での洗礼を楽しみに待っていてください。今週末の3介。観音崎自然公園・たたら浜で泳いできました。たたら浜は初代ゴジラの上陸地です。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.29
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昨日。窓をふと見ると、美しいアゲハ蝶が舞っている。アゲハ蝶は、窓を沿うように飛び、外に出たいとせがんでいる。この蝶、我が家でアオムシから飼っているアゲハ蝶が、本日成虫に変身した姿なのだ。アオムシ ごろごろ成虫になるまでの姿を採録する。↓サンショウの葉を食べる幼虫↓ペンタテで蛹になった↓本日、成虫になりました↓空になった蛹ところでアゲハ蝶の正式名は、「ナミアゲハ」というらしい。一般的にアゲハ蝶というと、こいつのことをいう。しかし、並アゲハとはかわいそうな名前だ。並。並だよ。オヤジは、「ナミアゲハ」とは呼ばずに、ただ「アゲハ蝶」と呼んであげたいと強く思うのであった。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.18
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6月13日(土)。いつもながらの3介とオヤジの行軍開始。今日は、大好きな友達、魁由(かいゆ)と椋雅(りょうが)兄弟も一緒。「どこに行きたい。」とオヤジ。「衣笠山。」といことで、毎度の衣笠山へ出発。オヤジの方針は、目的地へ行くことより、途中の道すがらを楽しむことにあるため、山越えのルートを選択。坂本・芦名線道路の平作交差点から、山間に入り、横浜・横須賀道路の横須賀サービスエリア(三浦方面側)の横を抜ける。以前も記事にした「大畑橋」から階段を登り、古道を歩き「衣笠城址」に搦手口から入る。以前の記事【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(1) 【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(2) 【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(3) 「衣笠城址」から山を下り、さらに衣笠山の頂上まで登る。約1時間は歩くコースを選択。相変わらず凌介のナキが入るが、他の子どもたちはいたって元気。「衣笠城址」への古道は、昔は馬も歩いたのだろうと思う。そんな話をすると、「馬が、崖に落ちたの?」俊介。確かに狭い道、馬で歩けば崖から落ちそう。「馬は、狭い道でも上手に歩く。」とオヤジ。しかし俊介には、この狭い道を大きな馬があるくことが不思議なようだ。魁由(かいゆ)と椋雅(りょうが)兄弟の目当ては、トウキョウサンショウオを探すこと。衣笠山に着くなり、トウキョウサンショウオの生息場所に直行。ぬかるんだ水どまりには、何も見えないが、網を泥に入れると、トウキョウサンショウオの幼生を5匹発見。どうしてももって帰りたいとの、魁由と椋雅兄弟。大きくなったら、再びここに持ち帰ると約束して持参を許す。生き物が大好きな兄弟なのだが、捕獲に容赦のないところがあって、放って置けば、一網打尽にしかねない。そういえばこの日、この山の「ホタルの里」にロケット花火を打ち込んでいる子どもに出会う。小学校6年か中学1年くらいの年頃の近所の子どもと思われる。「何をやってんだ!」ここにはホタルが居ること、今がシーズンであること、ホタルは繊細な生き物であること、数が減ったら元に戻すのに大変なこと、などなど・・・・怒鳴りまっくったが、大人に怒られキョトンとしている。警察に通報しようと思ったが、一人の少年が「すいません。」と誤ったので、とりあえず開放する。少年たちは、オヤジをチラチラ見ながら遠ざっかたが、しばらくすると、またロケット花火の打ち上げ音。「ホタルの里」を見に行くが、少年たちの姿はなし。あいつら場所を変えてやってるな。子どもの冒険やいたずらに肝要でありたい。しかし、子どもには残酷な一面もある。たいがいの場合、集団(友達同士の集まり)が一人々々の少年の心とは別のところで、「やってはいけないこと」の基準を下げている。大人の目届かない公園(この公園は特にそう)が、少年たちの蛮行を増長させているように感じてならない。>↑アカスジキンカメムシとトウキョウサンショウオ↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.16
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生き物を飼うということは、その生き物の生死を握っているということ。幾度も3介たちに伝えていることだが、「飼いた~い。」とおねだりしても、「お世話した~い。」にはつながらない。現在、我が家にいる生き物。トウキョウサンショウウオ(幼生が約20匹)。アゲハ(1匹は蛹、もう一匹は幼虫時に家出)。キアゲハ(幼虫時に家出)。ハムスター(キンクマを3匹)。犬(小介:中型犬【?】に成長したポメラニアン)。金魚(和金:5匹、出目金:1匹)↓まるまる太ったキンクマ君>↑金魚とトウキョウサンショウウオの水槽先日の記事の続き。アオムシ ごろごろ汐入祭礼の金魚は、水槽の用意ができていないためバケツの中へ収まった。案の定、翌日の朝には水面にパクパクと口あけている。水中の空気濃度が、かなり減っているよう。10時過ぎに、せっかくの黒デメ死亡。水面に浮かんでいる。あれほどせがんで買った「黒デメ」が死んでも、3介たちに感情の動きが感じられない。オヤジ、ついに激怒。以前使用していた水槽を奥から探し出し、3介たちに清掃を指示。近所で遊ぶ友達に視線が泳ぎ、おろそかでぬるい掃除の仕方に、「お前の住む家だとしたら、こんな汚い場所で住みたいか?」「小石は、しゃかしゃかと洗え?」「飼うと決めたら、命に責任がある。」などなど、キレまくった。結局外で飼うことにし、水草やホテイ草を購入。またここでもおねだりが始まり、死んだ「黒デメ」の変わりに、紅白の出目金を購入することとなる。生き物を飼うことは、己が命の尊さを知り、他人への慈しみを学び、多様に広がる生命への共感と労わりを学ぶ。わが子たちにはオヤジの思いが伝わっているのかなあ~?いつもながらの思い通りにならない子育てに、今日はいつになく苛立ちを感じているオヤジであった。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.10
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ごろりとリビングで横たわり、テレビでニュースを見ていた先日のこと。ふと床に目をやると、のそのそとアオムシが移動中。マイペースで、オヤジとテレビのあいだを歩いている。気がつかなければ、踏み潰しかねない。「素足で踏んだらどんな感じ?」と妙な想像をし、背筋に寒気。このアオムシは、ピアノの先生をされているご近所のご婦人から先日頂戴したキアゲハの幼虫。(3介たちにと虫を持ってきてくださいます。ありがとうございます。)アオムシの大好物であるサンショウの苗と一緒にいただいた。蛹になりかけの丸々太った幼虫、たくさん葉がついていたサンショウを食べつくし、次のエサを探しての逃避行のようだ。だが待てよ。山椒の苗は、向かって左側のテーブルの上。アオムシは、右から左へ移動中。ということは、山椒の苗からここまで来たのではなくて、アオムシ君は、どこかに行かれてのお帰りの最中ということ。気がつかずにいたが、アオムシ君、我が家を徘徊しまくっていたようだ。>>上の写真は、一緒にいただいたアゲハの幼虫。一匹は、なんとペン立ての中で蛹に変身。キアゲハのアオムシ君は、一度捕獲したものの再度家出。その後行方不明で、きっと家のどこかで蛹になっているもよう。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.09
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6月5日(土)。毎週土日は、3介と遊びに出かけるのがオヤジの日課なのであるが、あいにくの雨。どこへ行こうかと、ネットで検索。こういうときにインターネットは重宝する。かくいう「父と子の遊び方」もGoogleさんとは相性がいいのか、当サイトで紹介したいろいろな遊び場が、上位表示されている。京浜地区のおとうさん、おかさんたちの役に立てばうれしい。横浜・市電保存館オヤジのお出かけの基準。・子どもに「あっと」驚くような感激を与えれる場所であること。・オヤジも楽しめること。・なにより安く遊べること。(できれば無料)ネットも、口コミサイトが増えた。「バズ」マーケティングというらしい。結構、面白いサイト(レシピサイトはすごいね)もあるが、有用口コミを整理して見やすくしたサイトが少ない。いわゆるディレクトリ型の検索ではなく、フリーワードで適当に思いつく言葉で検索するタイプだから、なかなか有用な情報を探すことが難しい。例えば、「こども 感激 無料 神奈川」でGoogle検索。遊び場は出てこない。なぜか、●●●クリニック(?)「こども 感激 無料 神奈川 遊び場」で再検索。「いこーよ」、遊び場情報のブログサイトなどなどいくつか引っかかった。しかし、意図した情報はなし。ちなみにオヤジのサイトは、表示されず。どこかいいサイトないかな。しようがなくオヤジの引き出しから、ふと思い出した場所をネットで照会。「横浜市電保存館」大人:100円子ども:50円土曜日は、子ども無料。なんと、駐車場もタダ。無料。なんといい響き(笑)「今日は、ここに出かけるぞ!」>受付の朗らかなおばさんが、「あら。双子ちゃん?」とお出向かい。大きな屋内スペースに並べられた市電は圧巻。故人の遺贈品らしい鉄道模型のコレクションと、その走る姿も楽しい。横浜の市電は、昭和48年に廃業したらしいが、昔懐かしい風景を思い出す。「匂いまでレトロ。」とママ。展示している内容が少ないので、小一時間も楽しめば、子どもたちも飽きてしまう。近くの馬事公苑にでも出かけるか?三渓園まで足を伸ばすか?しかし、どちらも有料。このままの帰宅は、ちょいとかわいそうなので、横須賀・汐入の祭りに寄ることにする。去年もプログの記事に書いているから、あれから一年か~あ。月日の流れが、どんどん速くなっているように感じるのは年のせいかな。横須賀夏祭りスタート 今年の金魚つりの成績は、俊介・耕介が1匹づつ。凌介は、坊主。「黒デメが欲しかったのにな~。」の3介のおねだりに、金魚つりのオバチャン、「ないしょよ。」と黒デメをサービス。全部で6匹(2匹づつ持ち帰り)の金魚をGET!!また、水槽を用意しなければ・・・・。>↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.08
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今回は、3介たちと横須賀・大楠山阿部倉登山口の湯ノ沢川に来ている。3介もオヤジも、水着で街中を歩いてやってきた。前回までは、【春の冒険2009】横須賀・湯ノ沢(1) 湯ノ沢川湯ノ沢川は、二級河川である平作川の上流にあたる。以前の記事で、平作川の川の中を歩いた記事を書いたが、歩いた川は、「越水川」といい平作川の支流で、この「越水川」の上流を「湯ノ沢川」という。【春の冒険2009】平作川の川中を歩く 言い切ってしまているが、河川の名前と地図を調べてみたが、国土交通省や神奈川県(二級河川の管理)の公共情報では、見つけられなかった。結局、『ウィキペディア(Wikipedia)』を正しいと信じる事とする。地元の子どもたちは、「越水川」や「湯ノ沢川」を「清水川」と呼んでいる。平作小学校HP(PGF)オヤジも「清水川」だと思っていたが、どうも子どもたちの間では、「こしみずがわ」の「こ」が抜け落ちたようだ。どこからが、「越水川」で「湯ノ沢川」のなのか不明だが、横浜横須賀道路の地下を通過し、護岸工事がされているあたりからが「越水川」で、護岸工事がされていない大楠山阿部倉登山口付近の川が「湯ノ沢川」だと、オヤジは勝手に解釈している。ダムを作るぞ湯ノ沢は、よく来る場所で何度か記事にしている。【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(3) 川の近くの土手は、竹が根腐れしていたり、立ち枯れた木がある。竹や木が倒れているため、土手の斜面の地盤が緩み土砂崩れを起こしている箇所もある。ここ二三年で、なぜか荒廃したように感じる。以前は、ゴミもなかった川も立ち枯れた木が転がり、この木を切断した太い幹が放置してある。この放置された幹が水の流れを変え、堆積した石や土が水の流れを淀ませている。ましてや竹の落ち葉が、地面を覆い隠しているのだから、水面にもたくさんの落ち葉が降りそそぎ、淀んだ川底にたまっている。水そのものは決して汚くないが、沢自体は妙に汚い。↓相変わらずまともなポーズをしない3介せっかくきたので、湯ノ沢川の水源のあたりまで川中をいく。(写真は、平作小学校HPで見れます。)本当は、この塀の向こう側が見たいのだけど、雨の後で、崖がすべり断念。オヤジと3介は、比較的倒木の少ない場所でダムつくりを開始。ダムを作るために、石を運べば、石の下からサワガニが出現。サワガニは、脱皮後の透き通ったような白く病弱(?)そうに見える奴が多い。産卵場所なのか、小さなカニが群れで出てくることもある。ハヤだろうか1っぴきの魚も発見。「魚がひとりいた。」と騒ぐ俊介。「ひとりじゃない。一匹。」口にでかかったが、オヤジは無視。巻貝のような「カワニナ」も発見。「お父さん、川にも貝がいるよ。」またしても俊介。「そりゃ。いるさ。」またしても、オヤジ沈黙。カワニナは、ホタルのエサとして注目されているけど、サワガニのエサでもある。そういえば、昔はこの湯ノ沢にもホタルが居たらしい。しかも、昼間から輝いていたという。もしかしたら、今でも生息しているのかもしれない。3介とオヤジは、せっせとダムつくりをしたのだが、思わぬことに気がついた。大きな石をダムに積んだので、流れを妨げていたものがなくなり、川の流れがよくなった。石のダムなので、堰きとめ切れずに石の間から水は流れるのだが、この石が、川の水をろ過してくれる役目をしているようで、水がきれいになる。フムフム。こいつはいいアイデア。倒木を山に投げ入れ、水流をせき止めていた木を動かし、オヤジは、3介に命じ次々とダムを作成。その数、6個。なんと川が、淀みなく、きれいに流れ出した。冷たい水につかり、遊びながら作ったダムだが、きれいになった川に、感激のオヤジであった。結局、この沢で夕刻まで遊び家に帰る。「今日は何したの?」同行しなかったママの質問。「タヌを作った。」臆せず凌介。「・・・・・。」ママ、きょとん。「タヌじゃなくて。ダムだよ。」オヤジ。ママ爆笑。「かっわいい~。」凌介を抱きしめる。この猫っかわいがりがよくないと思うオヤジなのであった。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.04
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明日から6月。しかし水遊びにはまだちょっいと早い気もする。だが天然・自然体の3介たちとオヤジには、そんなことはかまいなし。5月31日。午後から雨になるとの予報だが、たまに射す日差しが心地いい。水着に着替えて(勿論、上半身はちゃんと着ています。)、大楠山・阿部倉登山口の入り口の湯ノ沢に出かける。湯ノ沢って湯ノ沢は、葉山上山口、あるいは横須賀平作方面からしょうぶ園横を通り横浜横須賀道路が走る山間を目指して歩き、この横横を横断するトンネルをくぐった先にある。(すっごく大雑把【笑】)なだらかな斜面に菜園が広がる風景を背に、下のしょうぶ園を望み、薄暗いトンネルの先に簡易公衆トイレが見えたならば、そこが阿部倉登山口。公衆トイレの前の階段に、阿部倉温泉・湯ノ沢旅館の看板がある。そういえば、道すがらの阿部倉自治会館前に石像を見つけた。石像は朽ちてはいるが「合唱六手青面金剛」のようなので、こいつも庚申塔のようだ。話はだいぶ飛ぶが、庚申塔については、3介との冒険でもいくつか発見して記事にしている。【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(3) このあたりは、横須賀古道という東海道・戸塚~鎌倉~葉山~横須賀を抜け房総に渡る古くからの道筋にあたる。大昔、日本武尊の東征にも利用した道だそうだから、ロマンを掻き立てる場所でもある。そんなせいもあるのか、三浦・横須賀には今でも庚申塔が多く現存する。オヤジも、3介たちとの冒険で三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)の石像に出会い、三猿といえば「日光東照宮」ぐらいしか思い浮かばない浅学ながら、「なぜ?」の疑問がふくらみ、いささか調べ、調べれば興味が生じ、興味があればなぜか目につく。ということで、見つけてはシャッターを押しているのである。↓阿部倉の民家の並ぶ場所で見つけた庚申塔話が飛んだ勢いで、子どもにも楽しめそうな庚申信仰の話を続ける。詳しくは、庚申塔で検索してみてください。(結構適当ですから【笑】)庚申信仰によると、人の体には三尸(さんし)の虫という3匹の虫が住んでいて、庚申の日(60日ごとにやってくる)の夜に、体を抜け出して、天にいる天帝(神様)にその人の「行い」を密告しに行くという。天帝は、虫の報告をフムフムと聞き。(何語で離すのかは知りません。)悪い行いをしているという報告を受けると、天帝はおもむろに赤ペン(?)を取り出し、その人の人生を減点する。人生の点数、つまり寿命を減らしてしまうのである。そんな恐ろしい「垂れ込み虫」が、体内にいるわけであるが、この虫には弱点があって、その人が眠なければ体から出ることができないという。そこで、天帝に密告されずに長生きするためには 庚申の夜はいっさい眠らず、朝まで飲み食いして、どんちゃんか騒いでおればいいのである。庚申信仰は、中国の道教(道:タオ)の流れを汲む信仰らしい。不老不死や、仙人がいる道教。「垂れ込み虫」がいたっておかしくない。なにより、悪行を免れるために60日おきの朝帰り(寝てはだめです)の悪行(?)を奨励していただいているようで、家宅のオヤジにとっては、庚申信仰は実にありがたい教えなのである。詳細は省くが、ついでに三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)は、天帝に悪行を、「見ざる」、「聞かざる」、「言わざる」なのだそうだ。そろそろもとに戻ります。「合唱六手青面金剛」の写真右側に、「諏訪の湯」と掘られた石碑がある。「諏訪の湯」と「阿部倉温泉」阿部倉の「諏訪神社」と「諏訪の湯」何か関係がありそうなだが、今度ゆっくりと調べることにしよう。また長い記事になりそうなので、ひとまずここまで。続く。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.06.04
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今日、先日の記事の地域活動センターに行く。花の名前?虫の名前? 雨の日曜日、兄弟3人を家に閉じ込めておくと、喧嘩や喧騒が絶えず、ママの用事もおぼつかない。といことで、オヤジと3介は地域活動センターに行く。いつものように、凌介とチェスを楽しむが、今日は、オヤジも本を持参。子ども達を勝手に遊ばせ、ゆっくりと本を読む時間をもらった。持参した本を、1冊読めた。俊介・耕介の双子は相変わらずの肉体派で、室内シーソーで、過激なシーソー遊び。凌介は、塗り絵や本。それでもせっかくの同伴、今日はみんなで卓球にチャレンジ。オヤジのコーチに、飲み込み早く、見事に打ち返すのは双子。凌介もやる気は満々だが、どうも打ち返せない。「ラケットで、玉をたたくな。ただ当てろ!!」オヤジの檄に、凌介やる気を損なう。おかげで、オヤジも軽く汗をかく。ところで、この間の記事。ニュースに目が止まり、「クリムソンクローバー」と思いこみ。実は「レッドクローバー」だった。またしても、オヤジの思い違いを大見得切って記事にしたようだ。あ~。恥かし。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.24
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今日(5/23)は、3介をはじめ9人の子どもたちと川中を歩く。正確には我が町内を流れている川ではないが、平作川は、子どもたちと遊ぶ『我が街の川』である。上流の「湯ノ沢」は、先日の記事でも紹介している。【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(3) 川は、この「湯ノ沢」から横横道路下をくぐり、山間を抜け、芦名・坂本道路脇を通り、JR横須賀線・衣笠駅、根岸、森崎、久里浜湾へと流れる。護岸工事のため、川は大きな壁に囲まれた中を流れている。オヤジと子どもたち(本日はオヤジの友人も同行)は、横横道路下から旧万葉公園までを、子どもたちと川中に入り水の中を歩く。魚(ハヤ・クチボソ・メダカなど)が足元を泳ぎ、ザリガニがいる。見た限り水質は、さほど悪くない。しかし、空き缶やゴミもかなりあり、古いバイクも沈んでいる。背の高い水草が川べりに多い、水中には大きな石が転がり、藻に足を取られる。かなり深くなっている箇所や、段差のある場所もある。しかし、これが面白い。段差を登り、段差をすべり、子どもたちは、元気に進む。男の子たちは、水着着用。滑って、転んで、水につかる。同じ年頃の仲間が居れば、尚楽しい。川で楽しみ、魚をとり、帰宅。家では、皆のママたちがおにぎりやスイカを用意して待っていた。まるで夏休みになったような休日。楽しく過ごせたかな。横横道路・横須賀サービスエリアではこの川に汚水を流しているという話も聞く。この子達の川が、いつまでもきれいであることを願うオヤジであった。>↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.24
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クローバー(ホワイトクローバー)の中に、ひときわ背が高く、葉が大きく、赤い花が混じっている。「クリムソンクローバー」というらしい。和名では、ベニバナツメクサという。朝のニュースで、「宮城県亘理町逢隈田沢の阿武隈川河川敷に咲くクリムソンクローバーが見ごろを迎え、地元の人々を楽しませている。」と、赤い花が咲き誇る花畑を、元気に走る子どもたちの映像が流れていた。先日の記事四葉のクローバーで、四葉を見つけた地域活動センターの庭にも確かにあった。名を知らぬこの花を、かわいらしい花だと感じていたが。今日のニュースで繋がった。花や木や鳥や虫の名を覚えるオヤジは、花や木や鳥や虫の名を覚えることが非常に苦手である。(人の名前もそうだし、多分適当に感覚で記憶しているのかな?[汗])「お父さんは、惜しいけどちょと違う。」とよくママにしかられる。最近の話。近所の駐車場脇で群舞して舞う蛾がいる。「キアシドクガ」なるもので、ミズキの花が咲く今頃、オヤジの街で大量に発生する。こいつを、「アカアシヒメメイガ」と覚えていた。それを言うなら「マエアカスカシノメイガ」で、「キアシドクガ」とは白く美しい羽は同じだが、まるっきり別の種。多分、図鑑かなにかで「キンモクセイ」に群舞する白く美しい蛾(実際は蝶目)「アカアシヒメメイガ」の写真と、我が家の近所の、「ミズキ」に群舞する「キアシドクガ」の姿が重なって・・・・・・などと弁解する。「名を覚える」ことより感動なのだ名前をうろ覚えに知っていると、非常に厄介なことになる。「キアシドクガ」が舞い始め、ネットで調べようと「アカアシヒメメイガ」で検索。勿論、ヒットなし。「あれ。あれ。」凌介にも自慢げに、「あの蛾は、アカアシヒメメイガだよ。」と説明する始末。「な~に。わからない。アカ・・・」「アカ、アシ、ヒメ、メイガ」ここから、オヤジの言い訳。「ものの名前」を覚えることが、言葉や伝達や思考をつかさどるけど、言葉は、感動やイメージを封じ込める働きがある。「ものの名前」はただ事実を伝え、感動やイメージの共有には繋がらない。「赤」にいろいろな赤があり、「私の赤」は「他人の赤」と異なる。要はイメージや感動が先で、「ものの名前」なんってどうだっていい。花に群舞する美しい蝶(蛾)。よろよろと不確かな舞は、小さな風に揺らぎ、穏やかな不調和を築く。蝶(蛾)のイメージや感動を、まず子どもたちに味わって欲しい。ちょっと苦しい言い訳でした。時間があれば今日、「クリムソンクローバー」と「キアシドクガ」の写真を、ゲットしにいこう。子どもたちと一緒に。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.20
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昨日(5/17)。前日からお泊りのケイスケ、リョウガは7時前には起床。まあ、昨夜は8時過ぎに寝てしまったのだから、さもありなん。3介たちも起き出し、テレビからはアニメが流れ出す。休日は宵っ張り・朝寝坊のオヤジも、渋々と起床。食事をしたら帰るはずのケイスケ、リョウガが長居を決め込んでいる。台風のような暴風雨になるとの予報。このまま家に居られても困る。近くの地域活動センター(子どものプレイルームや体育館、老人福祉センターなどがある)に出かけることにする。↓プレイサークルとブロックを積み上げ、秘密基地完成風は強いが、まだ雨はない。地域活動センターは、昔小学校の跡地、建物の敷地は広い。建物横の斜面には、白い花をつけたクローバーがびっしりと敷き詰められている。目ざとく、オヤジが四葉のクローバーを発見。欲しがるのは凌介だけ、双子はといえば、斜面を駆け下り木登りの真っ最中。凌介は、萎れた「四葉のクローバー」を離さず家に持ち帰り、ママにプレゼント。「四葉のクローバー」とは、身近なもの中から、ちょっと特別なものを探し出し、価値を見つけ、大切にする。そんな心の遊びかな。勿論、まだ人間より獣の近い双子(俊介・耕介)はそんなデリカシーは満ち合わせていない。まる1日以上ともに居たケイスケ、リョウガは、昼過にママたちがお迎えに来て、やっと解散になった。6人の子どもを育てているオヤジ、二人くらい増えても何のことはないが、いちょうは他人の子、解散にほっと胸をなでおろすオヤジであった。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.18
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天気予報では、午後からが天気が崩れるという。雨が降っても濡れて帰れる近場の公園に向かう。先週も行った『衣笠山公園』である。オヤジ手製の稲荷寿司30個と、大きな水筒がバックに納まっている。汚すことが仕事のような3介たち、毎度のことだが、手ぬぐい、バスタオルもいっぱい詰めた。ナップザックが肩にずっしりと重い。近所のケイスケとリョウガも一緒に行きたいとのことなので、オヤジ、3介とともに6人で出発。道すがら季節を楽しむ。梅の青い実が、だいぶ大きくなった。桑の実も、黒く熟した実が増えている。桑の実を「食べた~い。」ということで、高い枝から黒い実をもいでは、子どもたちの口に放り込む。子どもたちの口の中が、紫色に染まる。街路樹のイチョウが、青葉を大きく伸ばし、もみじの青葉の間から、薄曇の穏やかな日差しが零れ落ちる。よく見ると、もみじの青葉に中に薄い紅色の種が美しい。子どもたちは、靴を脱ぎ「わんぱくの水辺」で大はしゃぎ先週の記事は下。【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(1) 下の写真は、水辺で泥を集め、泥団子を作っている姿です。ヤツデの葉でオメンを作りポーズ。ツルを山から集め、木にぶら下げブランコを作成。木がやわらかく、しなりすぎて失敗。今日も一日、たくさん遊んだのだが、一緒に行ったお友達と離れがたく、ケイスケとリョウガは我が家にお泊りとなった。オヤジは、「わんぱくの水辺」採ってきたせりで、天ぷらを作る。ちょっと癖があるので、普段は決して食べないだろうセリの天ぷらを、子どもたちは「うま~い。」といって食べる。きっとみんなが一緒だからうまいのだと、オヤジは思うのである。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.17
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昨日、小学校の先生の家庭訪問があった。俊介、耕介の双子の先生である。オヤジも家にいたのだが、どうも女の先生と話をするのは苦手で、挨拶だけをする。すると、「お父さんですか?、俊介君が、『お父さんが、いっぱいジャムを作ってくれた』と話してくれました。」と、明るい元気のある声で、お話しをしてくれた。給食にイチゴジャムが出た日に、その話をしたらしい。そういえば、1月ほど前だが、たくさんのイチゴ(バケツ一杯)をご近所のご婦人からいただき、ジャムを煮た。我が家だけでは食べきらず、ご近所にも振舞った。今年は、竹の子をたくさんいただきメンマを大量に作ったし、海で採ったシッタカを煮たり、川沿いで摘んだセリを、天ぷらにした。こんなことを、いつもやっているので子どもたちには、当たり前のことになっていると思っていたが、ちょっとは印象に残っていたようで、先生に話してくれたことがうれしい。先生の話のママからのまた聞きでは、双子は、結構オヤジの話をするらしい。まあ、毎週のようにオヤジと山や海で遊ぶ双子、語る出来事には、オヤジの姿があるのは確か。オヤジを無条件にすごいと思ってくれる時期は短い。屋根に上がったバトミントンの羽を取っただけで、「お父さん、最強!」と、喜んでくれるの今だけ。今のこのときを大切にしたい。ところで、家庭訪問に見えた先生。「二人とも、友達を助け、とてもやさしい。」と言っていたそうだ。ワイルドな野生児の双子だが、集団の中ではそんな一面あるのかと、とてもうれしい評価をいただいた。このまま、素直にゆっくりと大きくなれ。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.15
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記事のタイトルは【春の冒険】だが、本日(5/10)は夏さながらの天気。全国各地で、夏日を記録した。三浦・横須賀は30度までは行かなかったが、それでも27度くらいはあった。本日は、三浦和田海岸に行く。今日は、ママも一緒。車の場合は、運転手のママが必要なわけで、ママにお願いする。テングサを採る近くには、「神奈川県立 ふれあいの村」があり、砂浜と岩場のかなり広い海水浴場である。無料の県営駐車場があるため、急ぎ家を出るが現地に着いたのが10:30。きっちりと満車。この海岸はシーカヤックで楽しむ方が多く、かなり早い時間から人が集まる。我が家は、とあるところ(ないしょ)に駐車して海岸へ。潮の状態を調べずに出かけたのだが、都合よく干潮の時間に重なった。海岸には、テングサ、アマモ、ホンダワラなどの海草が打ち上げられている。実はオヤジ、海藻にちょっと詳しいのである。横須賀市自然・人文博物館の以下の企画に子どもたちと参加。【活動報告】天神島の海藻と海藻押し花作りこれ以来、海に行けば海藻に目が止まり、わからなければ図鑑で調べるようになったのである。「三浦半島海藻図鑑」なるものが、最近の愛読書である。ちなみに、採ったテングサの名は「マクサ」。一般的に「テングサ」といえば、この「マクサ」を指す。茶褐色の血管のように枝を伸ばした背の低い海藻である。もうひとつウンチク。「アマモ」は海藻ではなく海草。緑色の稲の葉を長くしたようなやつ。海の中に群生してアマモ場があると、魚や貝などの海洋資源が豊富な証拠なのである。海草は、一度陸に上がった草がまた海に戻ったもので、クジラやイルカと同じなのである。「家で、ところてんをつくろう!」オヤジの一声で、3介たちは天草を集める。凌介が、岩場の天草を掴んでる。「打ち上げられた海藻以外は、ダメ!!」ちゃんとマナーを守りましょう。この「テングサ」、天日に干すと3~4日で白くなる。紫外線により変色するらしい。これを洗って、火にかけトロトロに煮込み、冷やして固めればところてんの完成。岩場で遊ぶ干潮の岩場、転がっている石を除けるとカニがザクザク現れる。小粒だがシッタカもある。オヤジと凌介で、数十匹のカニを捕まえた。持って帰るつもりもなく、磯遊びに来ている見知らぬ子にあげた。それでもカニがなくならず、近くの潮止まりにリリースする。後から磯遊びに来た親子が、その潮どまりのカニを見つけ。「たくさんカニがいるね。」と楽しげにカニ採りをはじめた。よかった。よかった。我が家の海開きしこたま遊び、潮が満ちてきた。「お父さん。泳ぐって言ったじゃん。」俊介。勿論、オヤジも3介も水着。ちゃんとゴーグルまで持参している。まだ水は冷たく泳ぐとまではいかないが、磯で波と遊ぶ。たくましい我が子たち、飽きることなく波と戯れる。それを見ていたご婦人が、「みんな元気ね。こちらが元気をもらうわ。」と、褒めていただいた。「時に、元気を奪われるんです。」と、オヤジはお答えしたかったが、言わぬことにした。 O'BON 鉛筆2本入り(動物柄)価格 115円 (税込120円) 送料別リサイクル鉛筆 新聞紙からできたエコえんぴつオーボン・ワイルドライフ 色鉛筆12色セットO’BON価格 670円 (税込) 送料別O'BON 鉛筆10本入り(newspaper柄)価格 534円 (税込560円) 送料別
2009.05.14
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首に巻いたタオルが、妙に似合ってきた3介たち、オヤジに怒鳴れながら、行軍は続きます。今回は、衣笠山~大楠山~阿部倉口までを歩いています。衣笠城址を後にした私たちは、大楠山のハイキングコースに入りました。前回までのお話【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(1) 【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(2) 衣笠合戦の古戦場?を行く衣笠城址からしばらく登ると、舗装された道は途切れ山道に入る。昨日までの雨のため、道はぬかるみ、坂道では川のように水が流れる。「ゆっくり歩けよ!すべるぞ!」いった拍子に凌介が転ぶ。走るなと言えば、走るし、手には何も持つなと何度繰り返しても、そこいらで何かを拾っては握っている。拾ったものを持っていなければ、手持ち無沙汰に肩にかけたタオルを振り回す。毎度のことだが、小言を言っているほうが疲れる。仕舞には、転ぶなら転べ。手がふさがっていると痛い思いをするぞ。自分で痛い思いをしなければ、親の言うことなど右から左に抜けていくようだ。この道、前回お話した衣笠合戦の畠山軍の進軍コースではないかと考えている。オヤジは、そんな歴史ロマンに浸っているのだが、3介たちは、じゃれたり、話し込んだり。双子が小学校に入学したため、学校の話や、共通の友達の話が多い。本人たちは、さして感じていないだろうが、兄弟が多いのは楽しい。こうしてどこに言っても話し相手がいる。そうこうしていると車の走行音が聞こえ、急な階段に出会う。階段を下りると、横横道路を横断する大畑橋である。ここで休憩。しかし、休憩しない奴が一人。橋の上から、横横道路を覗き、車が下を往来するたびに奇声を発し、橋の左右へと体を移動する。「何をしてるんだ。」オヤジ。「面白いよ。車より早く動くの。」と耕介。橋の下を通過する車を追いかけて、左右を覗き込んでいるらしい。水筒の水をすべて飲んでしまった耕介、休憩よりこれで気分を紛らしているのか?長坂埋立地とワイハート計画大畑橋からしばらく行くと、「横須賀市プラスチック類減容固化施設」なる大きな施設がある。プラスチックゴミの処分施設である。突然出くわす山中の施設に、いったいこれは何と訝しがる。子どもから見れば、さしずめ自然を壊して作る『悪者の要塞』といったところか。このあたり、横須賀市が6・7年前から計画しているワイハート計画とやらの地区に隣接している。横須賀在住の私もよくは知らず、ネットで調べたがあまり情報がない。「人と自然の公園文化交流半島」というキャッチで、Y-HEART(ワイハート計画)…人間科学分野に関する研究開発拠点の形成を目的とする計画Yokosuka Human Environmental Advanced Research Townというものだそうだ。情報はここから参照ワイハート地区地区計画なるものがあって、なんと約89.5haもの広大な山林を開拓することになっている。最近はグーグルマップなる便利なものがある。居ながらに衛星写真が見える。この写真を見ると、広大な自然林に包まれた大楠山が実はたいしたことがないのが、一目でわかる。葉山国際カントリークラブ、湘南国際村、長坂ゴミ埋立地、ワイハート計画地などなど、大楠山の周りは侵食され、緑色(自然)の部分なんてたいしたことない。よければ、こちらを見てください。 MAPゴルフコースのように緑色に肌けた場所が、ワイハート地区で既に開発が始まっている場所。ねずみ色に見えるところが、長坂ゴミ埋立地です。大楠山付近の自然保護地区が約40数haだから、約倍の自然林がなくなろうとしていることになる。いくら自然に浄化作用があったて、まかないきれない開発のスケールだと思う。オヤジの別プログで産廃最終処分場のことを書いたが、グーグルマップの航空写真で見ると大きさはたいしたことはない。(中身は別)昔はサンショウウオの聖地 今は産廃最終処分場YRPも湘南国際村もぱっとしないが、ワイハートも結局は同じ。山は削ったけど、資金が集まらないのか立ち枯れている。自然を元に戻せといっても、簡単には戻らない。周りで起こっていることに怖くなる。長坂ゴミ埋立地や芦名産廃最終処分場。山も水も汚染され、生物の多様性も奪われていく。何より、汚染された山や水が子どもたちの未来に何を残すのか?なくなっていく山がここにもあった。湯ノ沢の竹林、なぜに立ち枯れ大楠山に向かい歩く。登り階段あり、急坂あり。そのたびに、凌介が遅れる。「お父さん。まって~。」「お父さん。置いてかないで~。」が始まる。我が家の行軍は、凌介のダイエットと、オヤジの健康維持が大きな目的なので、凌介のナキには、オヤジはびくともしない。「早くしろ。置いてくぞ!」オヤジの、怒鳴り声が静かな山間に響く。凌介は小走りに数m走るが、またしてもストップ。「上まで行ったら休憩。」これが、凌介には一番。休憩を挟みながら、小一時間かけて阿部倉口への降り口に到着。まっすぐ行くと、葉山国際カントリにぶつかり、道沿いに大楠山に登る。今回は、大楠山頂上には登らず、ここから下山することにする。急な階段。雨のあとなので非常にすべる。ぬかるんだ道は、下山のほうが危ない。慎重に降りる。>>>>やっと阿部倉口・湯ノ沢に到着。湯ノ沢には、横須賀に越して以来よく来るのだが、ここ数年川の周りの木が立ち枯れているのが目立つ。3年位前から始まり、今年はいっそうひどい。根が強いはずの竹林が枯れている。いったい何が起こっているのか?とても気になるのは私だけではないと信じたい。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.13
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今週も、3介を連れての春山行軍です。昨日までの雨も止み、日差しが強い。この季節の紫外線は結構強いので、またしても日焼けは必定。我が家の3介。凌介、俊介、耕介の三人も毎週の山歩きで少しはたくましくなった。前回までの記事はこちらから【春の冒険2009】衣笠山ルート~大楠山を歩く(1) 衣笠城址衣笠城は源平時代、源頼朝側についた城主・三浦大介と、平家側についたその孫(娘の子)の畠山重忠が死闘を繰り広げた城です。源頼朝挙兵にいち早く応じた三浦一族が、大雨のため頼朝軍と合流出来ず、頼朝も初戦敗退し、鎌倉の由比ガ浜での戦いで痛手、しかたなく衣笠に引き返した後に、この衣笠決戦になるのですが、城主・三浦大介が当時89歳、畠山重忠が17歳ということですから、年を確認すると「じいちゃん」と「孫」という実感がわきます。結局、じいちゃんは討ち死に、三浦一族は源頼朝と合流すべく安房(房総)に逃げます。後に、畠山重忠も頼朝側につくのですから歴史の綾を感じます。しかも、三浦家も畠山家も平家の家系です。昔、歴史でならった鎌倉幕府を作る坂東武者たちの絆が、都の源平の争いを凌駕して結びついていく姿が、この衣笠決戦に関係した武将たちにも見受けられ、歴史好きはちょとわくわくします。なによりも面白いのは、この最後の城主・三浦大介。妖怪退治をしているのです。もちろん伝説ではありますが、頼朝のオヤジ義明に命じられ、都から那須に逃げた九尾の狐・玉藻御前を弓矢で射止めています。齢89歳、衣笠合戦では足手まといで置いていかれたという説もあるが、このオヤジ、当時で89まで生きたんだから、まあ本人も妖怪みたいなオヤジだよね。そう、すごいオヤジがわが街の殿様だったのです。「今から、お城に行くぞ。」オヤジ。「お城って、王様がいたの?」凌介。「王様じゃなくて、お殿様がいたの」オヤジ。「オトノサマって、王様よりえらいの。」凌介。「王様と同じ。」オヤジ時たま、子どもとの会話にイラつくことがある。結局、”妖怪を倒したお殿様”の話は、また今度することにした。横須賀横浜道路の衣笠IC入り口付近の道を登る。かなり急な坂道で、3介たちもだれてくる。「もうすぐだよ。がんばりな。」道行く人が声をかけてくれる。子どもずれのハイカーが少ないためか、比較的年配の方が多いせいか、必ずといっていいくらい、子どもたちに声をかけて下さる。大変ありがたいのだが、我が家の3介、特に双子の俊介、耕介。いささか調子に乗る癖がある。妙にはしゃぎだして、走り出してみたり、空元気を出したりと、時には行き過ぎて手に負えなくなる。すかさずオヤジの拳骨が飛ぶことになるのだが、この二人、懲りない。tr>ここでも、庚申塔を発見。庚申塔については、以下。【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(3)不動堂横で休憩。ここで昔、戦いがあったと3介に話す。小学校1年と小学校2年。なかなか説明が難しい。小学校1年の双子は、ほとんど話を聞かないし、小学校2年の凌介は、聞いてはいるが理解に乏しい。オヤジもこののどかな風景から、昔の戦場に思いを馳せる事は難しい。畠山重忠の軍は、不動堂の反対側の山の頂「陣が原」に本陣を張ったらしい。この「陣が原」へも散歩に何度か出かけているが、小高い山の頂上は、今は畑が広がっている。結構広い。衣笠城址よりよっぽど広く感じる。(なにもないから)とはいっても、両箇所とも本陣というにはいささか小規模。しかし、畠山重忠軍は1000余騎だったらしいので、何とか陣を張れそう。畠山重忠は、搦手口(からめてくち)から攻め、同じ平家方の江戸重長・河越重頼・金子家忠など2000余騎は追手口(大手口)から攻めている。搦手口がどのあたりなのか知らないが、「陣が原」から下り「大畑橋(横横道路を横断している橋)」から山を迂回して衣笠城址に向かうコースが、今回のハイキングコースとだぶる。たぶんこの道が、進軍ルートで、大楠山ハイキングコースの入り口が搦手口じゃないかな。平家方は三方から攻め、一方を逃走口として残しているというから、もう一方は、「陣が原」から山を先ほどと反対に下り、芦名線の新道路あたりから衣笠中学校裏手を抜け衣笠山を越えて進軍する。じゃあ逃走口は?残るルートは現在道らしいものもない山間の道。しかし、真正面は「陣が原」。正面の追手口には、2000余騎の平家軍がいるのだから、女子どもを連れての逃亡は不可能。しかし、三浦一族453名がろう城して、400余騎が久里浜から房総に渡っている。実際に歩いてみると、自力で逃走したとはとても思えない。「三浦大介の死と引き換えに、一族を逃がす」約束が畠山重忠とあったのではないか。あるいは、畠山重忠は京(平家の天下)にいるオヤジの手前出兵したが、はじめから戦う気はなく、心情的も既にこのときから頼朝シンパだった。17歳の若武者なら母親(大介の娘)の影響も大きいものね。想像は膨らむ。これが見た人がいない歴史の面白さかな。いい加減なことを書くと、地元史家にお叱りを受けかねないので、この辺で、衣笠合戦からは離れましょう。どなたか衣笠合戦について知っている方がおられましたら、お教えください。城址に登る。俊介・耕介は「物見岩」に登る。凌介もチャレンジするが、登れずにあきらめる。「物見岩」で写真に収まったのは、双子だけ。「さあ。歩くぞ。」大楠山ハイキングコースへ向かいます。続く↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.13
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我が3介とオヤジの行軍が、またスタートした。今回は、衣笠山~衣笠城址~大楠山~阿部倉口のコースである。大楠山のハイキングコースの中で、一番距離が長い道程になる。出発前から、山歩きを嫌がっているものが1名(凌介)いるが、無視。5月9日(土)10:00、3介たちをどやしつつ山歩きにスタート。衣笠山公園衣笠山公園は我が家にとっては、庭のような場所。いつものコースを歩き公園に向かう。城北小学校裏手の住宅街にある竹やぶを超え衣笠山公園に抜ける。竹やぶには、りっぱな竹に成長した若竹が初々しいが、まだ竹の子も芽吹いている。道端脇に芽を出しているので、思わずもいでしまいたくなるが、この山は、里山ボランティアが管理する民間地。抑えて抑えて。竹山を超えるとそこは公園。蛍の里。わんぱく水辺になる。新緑が目に痛い。もみじが種をつけいている。↑薄桃色の花のようなものがもみじの種です昨日までの長雨のせいか「わんぱく水辺」に水がある。しかも、滝のようにあふれ出している。この「わんぱく水辺」、日頃はほとんど水が流れていないのである。3介たちは大はしゃぎ。早速、靴を脱ぎ水の中へ。冷たい水に足を浸し3介は大喜び、凌介は早速転び、ズボンをぬらす。「やっぱり!」といった感じだが、まあいいか!「わんぱく水辺」では、せりが群生。道脇に木苺も発見。木苺の実は盛りを過ぎて枯れており、一粒だけが実を付た枝が寂しい。3介に、木苺には枝に棘があること、葉が普通のイチゴと似ていることを語る。もちろん双子の、俊介・耕介は聞く耳持たず。「聞いてるか?」オヤジの声が大きくなる。実際に棘をさわり、「いて~。結構ドガってるじゃん。」体で学ばないと実感しない双子なのである。「わんぱく水辺」でしばらく遊び、衣笠山公園の頂上へ向かう。頂上で、食事。山歩きのおにぎりのうまさは格別。頭上では、桜の実を食べる子リスがおり、私たちの周りを、ギンヤンマが舞う。天気はよく、空気もうまい。心地よい汗をかき、食べるおにぎりがまずいはずはない。腹いっぱいになったところで、大楠山に向かって出発。トウキョウサンショウウオの元生息地衣笠山公園頂上から、衣笠城址へと向かう。かなりの急坂を下ることになる。下りきると、木を伐採した谷戸。向かい側の山が衣笠城址。足元がぬかるみ、せせらぎが流れる。このあたりが大谷戸川の源になるのかな。横須賀横浜道路の横須賀ICと衣笠ICまでを繋ぐバイパス道路の建設予定地である。谷戸というのは、山の裾野が又のように奥まった場所で、里山と人里の境界のような場所。生き物が多様で、子どもたちにとっても絶好の遊び場所。こんな豊かな場所が、また消えていく。上の写真が、昔の記録写真になるのは時間の問題。なによりこの場所は、以前の記事【神奈川県・絶滅危惧種】トウキョウサンショウウオ で記載した場所だとおもられる。未だ工事は進まず道路は開通していない。我が家で飼育しているサンショウウオは、この場所ではないが、同じ衣笠山で見つけている。子どもたちと山を歩きながらよく思うのは、自然がいっぱいの街・横須賀に住んでてよかったという思いだ。しかし、オヤジが子ども時代をすごした横浜がそうだったように、この自然がいつまで残るのかが気にかかる。オヤジが子どもの頃あるいた山(円海山周辺)は、今はもうない。確かに山はあるけど、少年の頃の山は思い出の中にしかない。そんな思いを、3介たちにはさせたくないな。ちょっとセンチメンタルになったが、行軍は続くのである。続く↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.13
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再度、大楠山を越える連載はこちらから、【春の冒険2009】平作~芦名~前田川~大楠山を歩く(1) 【春の冒険2009】平作~芦名~前田川~大楠山を歩く(2) 前田川で遊び、再度前田橋から大楠山を越えることにする。このハイキングコースは、大楠山登山道の中でも距離のあるコース。いささか3介たちが心配だが、強行。山藤が、山を染める。ハイキングで出会った人には、挨拶連休の穏やかな日和、山を歩く方とたくさん出会う。年配の方も多く、「歩いて上るの、えらいわね。」などと声をかけてくれる。「ハイキングで出会った人には、大きな声で挨拶をする。」オヤジが見本を見せようが、わが道を行く3介。「あ~。101匹ワンちゃんだ。」ダルメシアンを連れた外人グループに、気安く声をかける。「この犬、101匹ワンちゃんのお父さんだよね。」なぜか断定的に局所を攻める俊介。なぜだよ。雄といううこと?「コノイヌ。オバチャン。」外人さんと、けったいな会話が成立している。階段を上っていくハイキングコース。傾斜は結構急勾配で、ハード。やはり凌介が、へばってきた。「100段上ったら休憩」と約束して、みんなで大きな声で数えながらいく。進みが遅く、日が暮れるのではないかと心配したが、4:30分。大楠山レーダ雨量観測所の展望台に到着。頂上に上り、展望を確認。あいにくと富士山は、見えず。すぐそこに、大楠山の頂上が見える。「よし、もうちょっと・・・」最後の階段をのぼり、頂上へ。「えっ。ここ知ってる。ここって大楠山じゃん。」またしても俊介のボケ炸裂。いままで大楠山に上っているの、知らなかったのか?頂上で休憩後、急いで阿部倉口へと登山道を下る。オヤジ、ヘトヘトこうして無事我が家に到着。オヤジはヘトヘトなのだが、3介たちはいたって元気。「お家にかえったら、座りたいな。」とぼやいていた凌介も、家に着けば絶好調。「ご飯。まだ~。」ときた。さすがに、9時には全員(オヤジも)就寝。歩兵第五連隊の強行行軍は、これからも続くのである。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.06
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大楠山は、三浦半島最高峰(242m)の山大楠山の懐に住む我が家は、この自然いっぱいの野山をよく散策し、こよなく愛している。今回は、芦名道路を坂本方面から芦名まで歩いた。前回までのお話は、下から【春の冒険2009】平作~芦名~前田川~大楠山を歩く(1) 大楠芦名口バス停まで歩いた3介(凌介、俊介、耕介)とオヤジは、信号を右に折れ、前田橋バス停へと向かう。3介たちは、まだまだ元気。狭い歩道から飛び出さないか心配。一番ゆっくりな凌介を先頭に、俊介、耕介、オヤジと一列に進む。134号線は渋滞気味で、車の窓越しから笑顔で、私たちの歩く姿を見ている方がいる。双子は目立つ。前田川で双子泳ぐ前田橋バス停(アイスクリームや焼きそばの看板がある)を右に折れれば、すぐに前田橋の遊歩道になる。前田川は、大楠山を水源として流れる清流。この川だけは、まだまだ水もきれいで、話によると鮎がいるらしい。あいにくと出会ったことはないが、清流の中に泳ぐ「川はぜ」はよく目にする。川沿いの遊歩道を行く。よてもよく整備されており、夏場でもひやりとする空間をゆっくりと進む。飛び石を、駆け抜ける双子に。川に落ちはしないかとハラハラする。太り気味の凌介が、立ち往生しないかと、気になる。川に落ちたら、「まあ、それもいいか」「おなかがすいた」と3介。もう1時を過ぎている、たくさん歩き腹もへった。滝のように段差のある楽しそうなポイントを発見。ここで食事にする。本日もオヤジ特製「稲荷寿司」を持参。「森の中はいいね。とんびにご飯取られないものね。」、凌介。この間、「立石海岸」でとんびに取られてことを、結構気にしているよう。(笑)【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(2) 双子は、水に入りたくてウズウズ。「入っていいいぞ」の一言で、パンツ一丁。滝にもぐる。結構冷たい水の中を泳ぐ。さすがに、長時間は無理。すぐに着替えたが、しかし我が家の双子は恐るべし。↓前田川続く↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.05
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春を満喫またしても我が家の歩兵第五連隊(八甲田山の雪中行軍部隊)の出発です。昨日(5/3)、春を探しに横須賀・大楠山に出かけた。おにぎりを持参して、3介たち(凌介・俊介・耕介)とただただ歩く。今回のコースは、新道路「芦名~坂本」線を、坂本方面から芦名に抜け、秋谷・前田から前田川の遊歩道を行く。時間があれば前田川で川遊びを楽しみ、前田橋ハイキングコースで、大楠山の頂上へ行く。大楠山から阿部倉ルートで、山を下り出発の場所に戻る。3介(小1、小2)をつれ、実に無謀な行軍なのだが、「疲れたら、バスで帰るか」と、11:00、横須賀「しょうぶ園」近くから芦名への道を進む。平作~芦名へ芦名・坂本線のこの道路、「産廃最終処分場」へのトラックの道としてできたようなもの。オヤジの別ブログの下記で記事にしています。昔はサンショウウオの聖地 今は産廃最終処分場この道を、芦名方面に行く。街路樹には「モクレン(白木蓮)」が植えてある。花の季節の香りはよいが、首が落ちるように花が落ちるモクレン、「街路樹にはどうかな」と思うが、ネットで調べてみると、これが結構ある。なぜかな~。ところでこの木蓮。つぼみの先が北を指す「コンパスの木」。そんな話を3介たちに語りながら歩く。しかし、ちゃんと話を聞けるのは凌介だけ、俊介、耕介の双子は、走り回ったり、棒を振り回したりと、じっとしていない。横横道路の「横須賀サービスエリア」の真下のトンネルをくぐり坂を上る。「大楠山隋道」を抜けると、山へ入る小道がある。石を積み上げた小さなダムのようなものを超えると「沼地」に出会う。かなりぬかるんでいるので奥までは行けない。俊介が、「蛇イチゴ」を発見。>元の道路に戻りしばらく行くと、今度は草イチゴを発見。ほとんどが腐りかけていたが、ちょうどよく熟れている実もある。みんなで試食。「甘酸っぱくて、おいしい。」と好評。一人凌介のみ、「野いちごたべたら、おなか痛くなってきた。」とぬかす。「お前、蛇イチゴを食ったんじゃない。」とオヤジ。(ちなみに、蛇イチゴを食ってもOK。うまくないけど)いちょう行くコースは決めているが、探検することが目的。わき道があれば、覗いてみる。「産廃最終処分場」から排水していると思われる川を発見。覗いてみるが、水がない。なぜ干上がっているか不思議。排水がないの?「産廃最終処分場」では、ろ過して排水しているはず。水がないのは、「産廃最終処分場」内でたまっているためなのかな。考えたらちょっと怖い。この川(松越川)、下流に行くと山水が流れ込み水量も増すが、ひどく汚い。昔は、清流だったと聞くととても悲しい。昔の趣は、こちらのHPで写真つきで見れます。途中、コンビでジュースを買い、一休み。芦名、京急ストアに到着。続く。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.04
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双子の新入学から、1ヶ月が過ぎた。子どもが通う小学校も、今年から2学期制に変わった。上の子が通った中学校は、以前より2学期制だったが、小学校も2学期制とは、時代が変わったと感じる。小学校1年生でも、5時間目がある日が3日もあるし、なにより、今までは春(去年は6/1)に行っていた運動会を、秋に実施するなど、行事の日程が大幅に変わっている。これによって、授業時間がどれだけ増えたのか知らないが、『ゆとり教育』から舵取りを大きく変えたのは確かだ。九九ができない。分数がわからない。などと否定的な話ばかり先行し、学力優先が叫ばれるが、オヤジは、子どもには「ゆっくりと成長」して欲しいと望んでいる。長女(現在17歳)が、小学校の頃、「本棚に本が10冊並んでいます。右から3番目の本は、左から何番目ですか。」という算数の問題を、何度教えても理解できなかったことがある。同じ問題を、1歳年下の次男は難なく解いた。長女には、「算数(数)のセンスがない」とずーと思っていた。つい最近も、話の流れでこの算数の問題が話題になり、長女に尋ねると、「え~と~・・・・。8番目?だっけ?」ときた。「ちょっとお前。高校3年生だぜ!」オヤジは、「やっぱり」とガテンする。こんな長女だけど、ママやオヤジへの気遣いは、6人兄弟の仲で一番だし、今話題の「漢検」の2級もこいつだけ、吹奏楽部には、中学校から5年間在籍して、今も続けている。きっと一生の趣味になるだろうと、オヤジは思う。要は、「子どもは子どもなりに、自分の世界を深めていく力があって、親があれこれ言ったって、どうにもならない」と思うのである。親ができることは、何かといえば、子どもの持つ『前向きな心』を励まし、『後ろ向きになった心』に立ち向かう勇気を与える、ことかな。かっこつけすぎだけど・・・(笑)間違っても、『後ろ向きになった心』に、励ましても、同情しても、叱っても、どうにもならないことだけは、6人の子育てで学んだ。「立ち向かう勇気」などと気取って書いたが、何のことはない、「失敗を怖がらない勇気」さえあれば、失敗しても、また次があるという楽天的なゆとりを生み、そんな心持が、『後ろ向きになった心』を、前に向ける「魔法」なのじゃないかと思う。『ダメ親』でもできる「魔法」。「大丈夫。今度はこれをやってみようか。」「こっちのほうが面白いぞ。」「明日は、こんなチャレンジをしようぜ。」などなど、子どもの目線を変えさせてあげる言葉が、一番信頼している人が語る言葉が、子どもの心のベクトルを変える。こどもは面白い。学校の連休は今日から、「子どもたちのゴールデンウィーク」が始まった。できる限り一緒に遊びたい。金をかけずにね。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.02
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秘密だけど、たこ飯作ったのだ!内緒だけど、子ダコを捕まえた。子ダコは、その日のうちにたこ飯に変わり、みんなの胃袋に納まった。【春の冒険2009】城ヶ島で、春泳ぐ で記事にしたように、4/20日、城ヶ島へは渋滞のため『佐島・天神島』へ向かった日のことである。佐島・天神島ってどこ佐島・天神島の『天神島臨海自然教育園』は、『横須賀自然・人文博物館』の別館になっている。佐島・天神島へは、ここから。天神島の記事は、オヤジが主催する「エコクラブやまっかじ」にもある。【活動報告】天神島の海藻と海藻押し花作りビジターセンターの駐車場には、無料で駐車できる。ただし、センターに声をかけて、駐車カードをもらうこと。ビジターセンター横には、シャワーもあるから、ちょっとした汚れも落とせる。教育園っていうくらいだから、自然環境を保全して、海の生き物を観察・鑑賞できるようになっている。春先には、わかめ/アラメ/カジメなどがたくさん打ち上げられているし、いまどきは、ヒジキがいっぱい。アマモは、まるで稲の葉のような長い葉があり、ひょうろひょろと伸び、海中に揺らめいている。こんな環境だから、生き物もいっぱい。海辺を覗けば、足元に魚が走るし、ウミウシ、イソギンチャク、ヒトデ、カニ、などなど採って観察するはいいけで、持ち帰りはご法度です。どうせ持ち帰っても死んでしまうのだから、つかまえた生き物は、必ず元の場所に戻しましょう。(漁業権の問題もあります。)大潮の弁天島4/20、午後1時ごろ。ちょうど運よく大潮です。いつもは海の上に浮かぶ天神島まで、歩いていけそう。海から上がった岩肌には、ヒジキがびっしり。「城ヶ島がいい」とブーイングだった3介たちも、この光景にテンション最高潮。さっそく海の中へ、きれいな水の浅瀬が続き、生き物がたくさん。まずは、オヤジが蛸をGET。はじめて、海で生きている蛸を見て絶好調の3介。おもむろにつかんだ凌介めがけて、蛸はスミで攻撃。全身に蛸のスミを浴びた凌介。何がうれしいのか、大喜び。蛸に攻撃された経験って、そうはないものね。カニや、ウミウシを捕まえて遊んでいると、なんと偶然にも、我が家の前の家の家族が登場。3介と同年代の子どもがいて、大のお友達。家族だけも盛り上がるが、友達がいれば、尚盛り上がるのは必定。ウミウシをたくさん捕まえ、大きな潮止まりにリリース。急に密度の濃くなった環境にリリースされ、さぞやウミウシもびっくり。友達家族は先に帰り、我が家は、結構遅くまでたくさん遊んでかえったのだが、帰るや否や、前宅のオヤジがビールを持って待ち構えていた。オヤジ同士は、酒盛りとなり。子どもたちも、暗くなってまで遊び。ともに蛸飯を食ったのであった。↓佐島の海で・・・。撮った日?↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.05.01
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■横須賀在住の我が家は、城ヶ島が庭なのだ。4月に入ってからも、4/11(土)と4/19(日)、2度出かけている。4/11(土)は午後から出かけたため十分に遊べず、翌日の4/12(日)も城ヶ島へと向かったのだが、渋滞に巻き込まれ断念。仕方なくこの日は、佐島・天神島の自然公園に向かう。『佐島・天神島』での出来事も楽しく、追って記事にしたい。(しかし、5月になろうとしているのに・・・[笑])■最近の城ヶ島以前は無料だった県営駐車場(城ヶ島バス停:土産物屋が並ぶ方)が、有料になっていたのにビックリ。最近は、橋を下った駐車場(無料)に止めることが多いので、奥の駐車場の事情を知らずにいた。神奈川県、横須賀市ともに、公営施設の有料化を進めていて、「エッ!この間まで無料だったのに」に最近よく出くわす。我が横須賀出身の元総理大臣の、三位一体改革とやらで、各自治体の懐事情が思わしくないのはわかるし、税収以外の事業収益を上げる必然性もわかる。でも、これって公共サービスを縮小して、「税金以外にもサービス料金をいただきます。」が、どんどん増えていくということなんだよね。■城ヶ島の猫橋を下った無料駐車場に車を止めて、『県立城ヶ島公園』まで坂を歩いて上る。公園前にも駐車場はあるが、ここは有料。(たぶん420円)最近の公園は、野良猫が多い。この城ヶ島公園には、十数匹はいるんじゃないかな。我が家の大型ポメ(?)小介が、丸々と太った野良猫たちに囲まれ、(まるで『じゃりン子チエ』の小鉄とアントニオを彷彿させる。)両頬に猫パンチをくらったのもここ。保護活動の団体が、去勢手術などを施しているらしいが、数は減るどころか増えているように見える。そういえばこの日、双子の耕介が猫にちょっかいを出し、猫の反撃をくらった。猫を抱きたかったのか、後ろから猫に近づき、かかえようとする耕介。猫はとっさに振り向き、足を折り立ち上がり中腰の構え、するとおもむろに、爪を立てた両の手を広げ、耕介の頭めがけて強烈な挟み撃ち。痛さに立ち上がった耕介に、猫が両手でぶら下がっていたから、結構な衝撃。案の定、両耳下から血が流れている。こんなとき我が家では、「お前が悪い。」ということになる。■城ヶ島の遊び場公園を抜けて、城ヶ島先端の安房崎灯台に下る。この灯台周り岩場の潮溜まりが、絶好の遊び場。『観音崎』『佐島・天神島』『立石』『荒崎』『葉山海岸』など三浦半島には、潮溜まりのビオトープを楽しめる場所がたくさんある。『佐島・天神島』『立石』『葉山海岸』には、無料駐車場がるので、気楽に行きやすい。出かけるときは、引き潮の時間をチャックして行く。 『佐島・天神島』が一番のお勧めで、干潮時は、海の生き物をたくさん見ることができる。城ヶ島のこのポイントは、満潮時でも楽しく遊べる。適当な潮溜まりがあるし、灯台横の海岸でも磯遊びができる。4/19には早くも、3介たち(オヤジも)は海水パンツに着替え、貝やカニを集めた。さすがに海水パンツは我が家だけ、「寒くないの?」と、遊びに来ている方たちに聞かれ、「大丈夫だよ!」3介。まだ冷たい水に長い時間入る度胸はないが、海水パンツ一丁ではしゃぎまわる3介達がたくましい。そうそう、このあたりは砂地ではなく、貝の砕けたものが地面を敷き詰めている。ビーチサンダルや、クロックスでは、足の隙間に貝が入り痛い。足全体を覆うビーチシューズのようなものがあると最適。↓水から上がり着替えをしてポーズ↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.30
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今年も、桜いっぱい。まずは、毎年伺う『衣笠桜まつり』。今年は、3介を含めこの子達と出かけた。みんなご近所の、お友達。楽しく過ごした1日だった。ご一緒した近所のTさん(ご婦人)は足が悪く、日ごろは犬の散歩くらいしか歩かない。この日は、ハイキングがてらの花見に同行された。子ども達を含め大勢で出かけたため、道すがらも楽しかった様子で、心配されたいた足の痛みを乗り越えて、往復を歩ききった。後日、「よく歩いたと、(医者)先生に褒められたわ。」と、ちょっと自慢げに、笑顔で語られていた。横須賀桜の名所・衣笠山こちらは、横須賀池上・妙蔵寺こちらは、横須賀池上・地域センター前↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.30
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ママ曰く「まだ人間になっていない」我が家のやんっちゃな双子が、小学校に入学した。4/6の記事をいまさらだが。このブログは、オヤジと子たちとの記録というより、オヤジの思いを、ただ時々の気持ちのまま書くといったものなので、イベントごとをあえてとは、思うのだが・・・・子ども達が大きくなったときに、できれば読んで欲しいとも思う。そのとき、オヤジがどのように感じながら接していたのか、オヤジが何を思い生きていたのか、何を楽しみとし、何に憤っていたのか、何に苦しみ、何に安らぎを求めたのか、・・・・・・・・・・・・・・・ブログでは、語れないことも多い。しかし、子ども達への思いだけは包み隠さず語りたい。俊介。耕介。小学校入学おめでとう。俊介。耕介。生後八ヶ月。入退院を繰り返すお前たちは、体の弱い赤ん坊だった。オヤジは、夏のお盆休みの5日間をお前たちと病院で過ごした。凌介も一緒だったから、ちび3人の介護を寝泊りして勤めた。夜鳴きをして寝ない俊介。ベットから落ちそうなくらい動き回る耕介。俊介。お前の夜鳴きには、正直「首を絞めよう」と思ったくらい閉口した。3人の食事の世話も大変で、食事が終わってほっとしたら、オムツ替え、しばらくすればまた食事。お前たちが休んでから読もうと買い込んだ「戦争論」は、今もあのまま本棚にある。しかし、あの1週間がママの大変さの理解につながり、ともに生活していく上で、子育てを共有しなければならないと、強く思った。今、お前たちのとの時間を大切にするのも、できれば食事をつくったりするのも、あのときの気持ちが、今もしっかり続いていいる証だ。元気に、そして強く成長した二人に、入学式で立派に振舞えた二人に、オヤジは誇らしい。今のまま、やんちゃに、ひょうきんに大きくなれ!オヤジは、お前たちの一番の応援者だ。↓しかし、こんな顔しかできないのか?(笑)↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.28
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まずは、前編はこちら【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(1)【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(2)帰りはバスで「湘南国際村」まで帰るつもりだったが直行バスはなし。再び歩いて戻ることにする。秋谷の神明社から、古道(子安道)を抜けて子安に戻るコースを行くことにする。前もって地図で調べたが、初めての道。大変さを知らずに出発する。立石海岸から、秋谷のバス停までは近い。しかし、3介、特に凌介はすでにバテ気味。やたらとママに泣きが入る。秋谷のバス停先を左に入るはずが、道を間違え、だいぶ進んでから気づく。「お父さんのナビ(道案内)は、無駄が多いのよね。」ママの一言に、3介たちも「そうそう」とうなずく。改めて秋谷の神明社横の道を、山の中へと進む。よくもこんな道を歩いたものだといった古道。断崖が道横に迫っている場所もある。「危ないから気をつけろ!」オヤジの言葉に3介たちは返事をするものの、手に持った杖代わりの棒を、振り回してはしゃぐ始末。急坂を登り、断崖を横に歩き、切り開いた山間を抜ける。昨日の雨のため、土はぬかるみ、岩肌、木の根はすべる。歩くこと約1時間、やっとの思いで、古道を抜け『子安の里』に到着。舗装された道にでると、朽ち果てたように並ぶ「子安観音」周りには静かな山間の田園風景が広がる。「子安観音」を左手に見て坂を上ると、『庚申塔(こうしんとう)』なる石像が並ぶ場所に出る。木に刺した紙幣を持つ猿や、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)が刻まれている。『庚申塔』なるものが、何ものなのかはWikiで見てください。というオヤジも、初めて知ったのであります。つい先日(4月の初め)、子ども達と散歩中に横須賀池上の妙蔵寺という寺で、三猿を発見し、3介に「見ざる、言わざる、聞かざる」の話をしたばかりであった。↓妙蔵寺の鐘(桜の頃に伺いました)三猿といえば、日光東照宮というくらしか知識のないオヤジは、なぜ三猿がここにいるのかと訝しがった。申は干支の猿で、庚申信仰が道祖神信仰とも結びついたこの石像。妙蔵寺の庚申塔も、もともとは路傍の塚の上にあったものが、境内に移されたのではないかと推測され、なるほどとガテンしたのである。今回の冒険で、『庚申塔』なるものを知り、先日以来、気なっていた妙蔵寺の三猿の意味が解けたのが、オヤジの収穫なのであった。3介たちは、弱音を吐かず、がんばって歩き(往復3時間)、「喘息が出そう」と歩きが遅くなるママを労わり、たまにオヤジに怒鳴られながら、無事に湘南国際村センターに到着したのである。帰りに、生産農家の野菜をたっぷり買い込み、自宅に着く。「まだ遊べる。」と3介。5時を回っても、日は高い。疲れてないなら、いっぱい遊べ。いっぱい遊んで、強くなれ。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.28
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まずは、前編はこちら【春の冒険2009】湘南国際村~子安~立石を歩く(1)湘南国際村~子安~立石海岸へ向かう。休憩を入れて約1時間30分ぐらいかな。おなかもすいたので、最短コースで向かうことにする。湘南国際村センターの公園下を下りて、国道134号線へ向かうバス道路を下る。道の斜面や道路の埋め込みには、アジサイがいっぱい。西公園を過ぎ、道路が突き当たり大きく右に曲がるあたりに、小道がある。関根川沿いの遊歩道の始まり地点である。だらだらと長い階段を下ると、川沿いの道と左手にいく道に分かれる。この左手の奥に、軽部家の長屋門が見える。『子安の里』は、隠れ里の趣の場所で、平家の落武者の里などとも言われており、さぞ昔は不便な場所だろうと思えるのだが、長屋門を持つほどの豪農がいたことに驚く。軽部家のほかに小菅家の長屋門もある。(年代的には明治以降のものだと思われる)私たちは、川沿いの道をいく。この川沿いの道、川辺で遊べるような場所があるのだが、子安橋付近から、白く濁って汚い。とても水遊びができる川ではない。関根川の上流は、湘南国際村の造成で埋め立てられており、この山に居住する家庭や、研修センターの生活水が流れ込んでいる。悪臭こそしないが、藻や水草が多量に発生していて、よからぬ物が混入していることは、まず間違いないと感じる。せっかくの遊歩道も、宝の持ち腐れ。トンネルのあたりから、山間の道を登ると「関根不動尊」がある。湧き水をポンプでくみ上げ、お社の前にあふれ出ている。近所の方が車で仕切りなしに、水をくべにくる。これだけ汚れた川の水を飲む気もしない。関根不動尊から秋谷の方へしばらく行くと、川べりで遊べるポイントがある。川に並ぶ飛び石を超え、向こう岸へ渡ることを試みる。オヤジがチャレンジするが、強風のため一歩が踏み出せない。そこで、チャレンジャーなママが大きく川をまたぎ、飛び石に足をかける。まずは、俊介を抱きかけ飛び石へ移動。さすがママ。次に、耕介を抱きかかえ・・・・そこへ、前方より強風。オヤジは手を差し伸べるが、ママは体勢を崩し、耕介もろとも川の中にしりもち。耕介、ママは、下半身水浸し。「だから危ないと、行ったでしょう。」果敢にチャレンジしたママも後悔しきり。「歩いているうちに乾く。」オヤジの一言で、ハイキング続行。山を下ると、荒波の海とご対面。左手には、立石海岸。やっと到着。ここで、本日の昼食。オヤジ特製の「お稲荷さん」をほおばる。そこへ、とんび来襲。凌介の手から、「お稲荷さん」を奪い取る。「とんびに油揚げ」ならぬ「とんびにお稲荷さん」「食べたかったのに・・・」最後の1個を奪われた凌介、ただ呆然。海が荒れているため、波打ち際には行かない約束で、公園で遊ぶ。凌介は、カラスノエンドウの実を集め、四葉のクローバー探し。俊介、耕介は、ただ無意味に体を動かし、そこかしこと探索。兄弟の体型の違いは、遊びの違いにあると、オヤジはつくづく思うのである。↓富士山がバックなのだが、今一見えません。↓我が家のザックとコーディ続く↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.28
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ブログの書き込みが、遠ざかっている。もちろん子供たちとは、毎週のように海・山に出かけているのだが・・・・この記事は、2009年4月26日(日曜日)。とても風の強い中を、ママと3介をつれて大いに歩く。横須賀の自然の宝庫「大楠山」を削り造成した湘南国際村。不況のせいもあってか、企業のセミナービルも閑古鳥がなく。まして日曜日ときたら、フリマや景色見物の方しかいないかのよう。ボロ車を湘南国際村センターの地下駐車場に置く。無料なのがありがたい。湘南国際村に来たなら、相模湾・富士山を一望できる公園にいかなければ・・・その前に、センター前のフリマを覗く。フリマでは、近所の生産農家の品物が並ぶ。大根が終わり、春キャベツ、たけのこが旬かな。大きなキャベツが、200円。スーパーよりは新鮮で安いが、このあたりでは農家直販で100~150円で買える。センター前は、ちょっと高い。(?)センターの裏手に、見晴らしのよい公園が広がる。アジサイツツジの季節、湘南国際村はそこいら中にアジサイツツジが開く。低気圧が通り過ぎた後の丘陵地、飛ばされそうな強風が3介たちを襲う。だがそこは、我が家の3介。「こどもは風の子」などと生意気なことをいい。芝生を、ごろごろと転がる。あいにくと富士山の頂は見えなかったが、その稜線ははっきりと広がり、相模湾は、深い青の海原と、うす緑の海岸線が色鮮やかに見える。高い波の白いうねりが、深い青の海原を彫刻刀で彫ったような鋭い輝きを与え、丸い水平線は、山並みに続く。「地球が丸いのがわかるね。」と、凌介。いつぞや伊豆で見た丸い水平線に、オヤジが口にした台詞は、いまや凌介の十八番。この景色は、一見に値する。このあたりの高級住宅にお住まいの方も、不便な場所にもかかわらず、この景色に触発されて高い買い物をしたのかも知れない。貧乏家族の我が家は、たまに来て景色が見れればそれでいい。あまりに風が強く、日差しのわりに寒い。これは、おおいに歩くしかない。ということで、『子安の里』へ向かう。続く↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.04.28
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就寝前の凌介(小1)との会話。「お金持ちからお金を盗んで、貧乏な人にあげた人が、昔いたんだよ。」凌介「誰に聞いたの。?」ママ「先生。」凌介小学1年の授業で、こんな話もするのかと思う。「それって、鼠小僧じゃない。?」ママ「忍者みたいだったんだって。」凌介・・・・・・「にいに(お兄ちゃん)のお金盗んで、ママにあげようか。」凌介。おいおい、それはただの泥棒。「ねえね(お姉ちゃん)のお金盗んで、お父さんにあげようか。」凌介それも同じこと。「僕も鼠小僧だから・・・」凌介「お前は、ただの小僧」オヤジママ大爆笑。「尻尾だってあるよ。」凌介、お尻をフリフリ。「あっそうだ。お前は小便小僧。」オヤジまたもやママ大爆笑。凌介は調子に乗って、おしっこをする仕草。学校で、お金の話をしたらしいが、なぜ鼠小僧と、ちょっと訝しがるオヤジであった。↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.03.13
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俊介・耕介は、3月15日(日)が卒園式。いまだ腫れが引かず、このままでは幼稚園の卒園式は欠席の予定。何より今日が最後の登園日だったが、もう5日間も休園中。小学校が別のお友達とも、お別れを言えずにフェイドアウトするような卒園になった。しかし、熱もなく元気な双子、家の中を走りまっわては、ママやオヤジにどやされる。明日は、観察会に行く予定にしていたが、俊介・耕介とママは留守番。オヤジと凌介で行くこととする。観察会については、こちらのブログを見てね。「こどもエコクラブ・スタートキット」が届きました↓励みになります。プッチとよろしく!
2009.03.13
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