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2011年02月25日
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美少女殺し屋 美雪 東アジア大戦 シナリオ風

今日のノート
TVゲーム双六 TVゲーム双六について

「トイレの神様」が大当たりしました。「千の風」も大当たりしました。共通するのはどちらもあまり売れないだろうとプロが予想していたことです。そしてどちらも恋歌というより家族のような身近な人の死を扱っています。

ほんわかした雰囲気もありますが要するに不孝に浸っている歌です。でもそれなりに胸がじーんと…しますかね?

人が不孝なエンディングを望むのはなぜでしょう。人は不幸を望んでいるのでしょうか? 私はそうだと思います。不孝から生じるストレスは人生のスパイスであり、活力の素となるわけです。それよりも不孝だと周りから同情してくれそうな気がします。優しいきれいな人が寄り添ってくれたり、親切なお金持ちが助けてくれたり、そんな想像をしやくすなります。

でも、それも程度の問題です。

ある限界を超えたらそんな浮ついた気分は崩壊し、自分の不幸を呪うでしょう。劣等感から不孝な自分を破壊しようとする。そんなときにとんでもない犯罪に手を染めてしまうかもしれません。自殺するかもしれません。つまり自分が他人の不幸観賞のネタにされてしまうのです。ニュースやワイドショーなどは基本他人の不幸を眺める代物です。大きな地震が起きればまずトップニュースですからね。

でも双六はちがいます。大抵、というかまずハッピーエンドです。途中には様々な不孝がありますが、上がればすべてが良い思い出となる…はずです。考えてみれば多くのゲームもハッピーエンドです。それまで嫌というほど不幸を味わってきたからかもしれません。反対にそれがゲームの文化性を必要以上におとしめてしまっている面があると思います。

人は不幸なエンディングに涙することでストレスを甘い感傷にすり替えて楽しんでいるのです。

バイオハザード4 コミック バイオハザード4 コミック
日露戦争ゲームthe Russo‐Japanese War
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最終更新日  2011年02月25日 10時12分46秒
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