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私が中学生くらいの時にブレイクしたZARDと言うグループ。多分誰もが耳にした事があるだろうと思います。「♪負けないでもう少し・・・」とか「♪ゆれーるおもーい」のあのZARD。未だにその方たちのベールに包まれている部分は多い位メディアには出てこない方達だけれど、最近ZARD初となる映像作品が発売になった。ライブのDVD。ライブで歌っている姿なんてお目にかかれないと言う事で、かなりの数が売れたらしい。私もお店で流れているのを聞いていて聴き入っていた。その仲の一曲、大ヒット曲ではないかもしれないけれど「君がいない」と言う曲。わたし、この歌なんとなくすきだったの。で、改めて歌詞の意味を考えてみたら案外単純だけど中学生当時の私じゃ気にも止めていなかった歌詞にちょっと考えてしまいました。2番の始まりの。”逃げてゆく幸せに気付いた時、人はもう戻れないと思うの”意味はは分かるけれど、10代前半の小娘にそれを理解する事は出来なかったはずだ(笑)私くらいの年齢の方ならわかりますよね?それほど色々経験して来た訳ではないけれどこの歌の意味を理解出来ている私もだてに歳をとってないんだなぁと思いました。でも、私はこれからだと思っています。若くないと思ったらそこまで。ZARDのCD借りて来ちゃいました。
2005年08月30日
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大人げないのは分かっているのにイラッとしてしまう事ってだれにだってある。予定を立てちゃ行けないって分かっていたけど、昨日は絶対に早く退勤して凝りに凝った肩や腰をほぐす為にマッサージに行くつもりでいた。だって、先週は目の回る様な忙しさな上に単休もなんやかんやと早起きして出掛ける用事があった為に体休まる日が全くもってなかった。だから早く帰れるチャンスのある昨日だけはマッサージへ行きたかったのです。が、しかしです。せっかくのチャンスが対上司の面談のが長引いた為にマッサージへ行けなくなるどころかいつもよりも帰りが遅くなってしまったのでした。面談をしていたのは私ではなくて、入社2年目の女の子。彼女と面談したら長くなる事は始まる前から予想はしていた。予想が着いていたのにも関わらず始める時間が遅過ぎ!!段取り悪いよ。・・・今さら言っても仕方ありません。私も、この部署で我がままを言える立場ではありませんから(笑)仕方ないか。その疲れを引きずった今日の勤務は激務と化しました。明日行ったら休みだ!!
2005年08月28日
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遅くなりましたが、先週辞令がでました私は逃れ札幌残留組になりました。連絡せずに私の辞令がどうなったか心配してくれていた方報告が遅くなってごめんなさい。また、10月に人事異動があるのでその時も同じ様にヒヤヒヤせねばなりませんがとりあえずしばしの間その心配をせずにすみました。さて、今日は単休でしたが千歳に出向き、東京へ異動になった同僚たちの見送りへ行って参りました。会社へ行く時間よりも早いじゃないの。見送って同期と空港付近に出来たアウトレットモールを見学。安いのか良く分からないけど随分とお金がかかってそうです。ご飯にありつけず、食事をしたのは結局午後4時。疲れましたよ。しかも、車運転していた同僚が(♂)がなぜか一度止まった赤信号を再度発信して右折。信号が変わったばかりだったので直進車とぶつかりそうにはなりませんでしたが私はかなり起こりました。まず、ぼーっとしていたと言い訳。私が「恐かったし、危ないよ」「俺は別に恐くなかった」「危なかったのに恐くなかったって言うその神経がむかつく!」本気で怒ったよ。安全第一。
2005年08月24日
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ご訪問頂いている方がいるのに日記の更新を随分と怠っていました。人のブログやらHPはちょくちょく覗くのに自分のが厳かになってしまっている。だって、自分の日記よりみんなの日記の方が楽しいんだもん(笑)読んで満足してしまう。てか、ワールドワイドなインターネットと言う手段を使ってまで人様に公開するような日記のネタがない。はい、これが更新していない一番の理由。だから無理矢理引っ張り出した使い回しの古い情報を一つ。私がシアトルに留学先を決めた理由。行きたい学校があるから?都会にしては意外と治安が良いから?イチローファンだから?おいしいエスプレッソコーヒーが飲めるから?↑これらも若干理由になっているんだけど、一番の決め手は市民権を持った伯母と、永住権を持った従兄弟がいるから。二人ともシアトル在住暦はかなりのものであちらで仕事して暮らしております。大学卒業間際に一人でアメリカを周遊した時、一日だけシアトルに立ち寄った時に従兄弟のお兄ちゃんにスポットを案内してもらい短い滞在時間だったにも関わらずかなり気に入ったのでした。それが私がシアトル留学を決めた理由。後はシアトルとその周辺の学校を隈無く調べ、志望校を絞るのみです。身近に知り合いがいれば心強いでしょ?周遊旅行の最終日、私は高校時代の留学先アラスカの小さな町から飛行機に乗り、アンカレッジに到着した。シアトル行きのユナイテッド航空カウンターでチェックイン。30分くらい前にゲートへ移動。だがしかし・・・。この度3度目の遅延のようで、最初は1時間遅れというアナウンス、しかし結局整備が遅れすぎて、フライトがキャンセルに。他の飛行機に変更のため、Re-Check in。10:30が飛行機変更になり2:10に、それすら30分遅れ。本当はとっくに到着してお兄ちゃんとシアトル観光していたはずなのに、シアトルタコマ空港に着いたのは7:00PM。いったい何のために、飛行機を早めの10:30に変更したのかわからなくなってしまった。しかも変更料まで支払ったのに、最初に予定していた飛行機に乗っていたほうが早く着いていたということに後で気がついた。その飛行機は12:00出発で問題なく飛んだそうな・・・。50ドル返してくだい。 お兄ちゃんには旅の途中こまめに連絡を取り合っていた。この、飛行機の遅れも電話しておいたので、空港にちゃんと迎えに来てくれていた。 3年ぶりの再会。最後にあったのはお兄ちゃんの妹の結婚式で日本に帰ってきていたときだった。時間も時間で、あまり観光は出来なかったけれど、Space Needleに上ってシアトルの夜景を眺め、イチローのいるシアトルマリナーズのホーム球場"SAFECOFIELD" の前で写真を撮り(既に閉まっていた)、シアトルの街をドライブしながら案内してもらった。 ご飯がまだだったので、Red Robinというハンバーガーレストランで食事をした。ファーストフードのハンバーガではなくて、ちゃんとウェイターもつき、パテの焼き具合まで聞いてくれるのだ。疲れのせいか、あまり食べられなかったけど、美味しかった★ そう、留学時代はそれほど気にならなかったけど(胃袋が若かった)、ウーロン茶とかさっぱりした飲み物があまりない。みんなビックサイズのコーラやソーダを注文する。そのサイズだけでもびっくりなのに、よく炭酸でジャンクフードを流し込めるなぁ、と感心すらしてしまう。やはり、私は日本人。わりと、食べるほうだと思っていたけど、ここにいると自分が小人のように思えてしまうのだ。体のつくりからして違うから仕方ない。同じ食べ方をしたら死んでしまう(笑) 海外生活が長いからなのか、すっかりレディファーストが身に付き、ドアをあけてくれるその行動は少しもわざとらしくないのだ。 家に戻る前に、お兄ちゃんの叔母にちゃんの家に寄った。おばちゃんは、お兄ちゃんのお母さんのお姉さん。私はお兄ちゃんの父方の従兄弟になるので、親戚ではない。 おばちゃんは楽しい人で、一人でマシンガントークを繰り広げていたけど、それをニコニコしながら聞いている日系アメリカ人のだんな様が微笑ましかった。しかし、するどく"You talk too much" (しゃべりすぎ!!)と突っ込みを入れるところはさすが。いつもの事らしく、お兄ちゃんとおじちゃんは二人で話していた、おばちゃんは一人で話し続ける。私は聞いていたけど、本当に楽しくて笑い転げていた。女と男は違うのねぇとか言いながら二人で笑っていた。 翌日は早く起きて荷造り。思ったよりも早めに準備が終わった。 まずは、Pike Place Marketへ。朝の市場は寒いけど、スターバックス1号店でコーヒーを買って飲みながら歩いて見学。何もかも新鮮だった。市場には、一日限りでお店を出したい人たちが場所取りの為に並んでいるようで、これから活気付いてきそうな雰囲気。天気は若干曇ってはいたけど、市場の朝は初めてですごく気持ちよかった。まさに、旅を締めくくるのにはもってこい。 次に向かうは、マリナーズのオフィシャルショップ。私がどうしても行きたかった場所なのだ。ミーハーな私はイチローがメジャーに行ってから好きになった。とりわけ、海外で頑張って活躍している日本人を崇拝の存在としてしまうので、イチローも例外ではない。 ショップに向かう途中、遠回りしてシアトルのダウンタウンを徐行運転。平日で、時間も時間なので、少し静かな感じだったけど、今回の旅でダウンタウンまで来たのはここが始めて。しかも割りと大きい都市のダウンタウンを拝めたので満足。写真にも収めました。 マリナーズショップはモールの中にあり、平日の午前中ということもありお客さんはほとんどいなかった。私がお土産を物色している最中、お兄ちゃんはネイティブのようなきれいな発音で店員と談笑している。本当に目をつぶって聞くと、アメリカ人じゃないか?と思わせるようなきれいな英語を話すお兄ちゃん。そりゃ、10年も住んでいればと思うかもしれない。だがしかし、今までアメリカ在住歴がお兄ちゃんよりはるかに長い人たちを見てきたけど、やはり発音はどうしてもネイティブにはなれない人が多かった。英語圏への生活に身を投じた時期が若ければ若いほど、柔軟性があり、発音も割りときれいに身につくらしい。あとは、その人の素質なのでしょうか?ま、とにかくお兄ちゃんは私が終わるのを店員さんと仲良く待っていてくれたのだ。 私がここで買ったのは、イチローのフィギア(2001 MVP記念)とTシャツ。それと日本でもよくある、もらってうれしくないお土産ベスト3に入りそうなあの三角の細長いやつ。そこに言った人が衝動的に欲しくなって、買って帰ってきて冷静になってから後悔するあれだ。 ショップを後にして、空港へ向かう。急に寂しくなった。 シアトルは短かったけど、本当に来て良かった。 お兄ちゃんと別れる前に、写真と(結婚式の写真)アンカレッジ空港で書いたカードを渡し、欧米式のあいさつHugでお別れ。そして、私は国際線のゲートへ向かうためにモノレール乗り場へ向かったのでした。 10日間くらいの旅立ったけれど、ぶっちゃけこのシアトルが一番印象深かったりして。 アラスカも勿論懐かしかったし、ノースカロライナにも行って友だちにあって来たのも面白かった。ま。そんな訳でシアトルに留学したくなったと言うお話でした。注)文章の一部は以前に運営していた私の別のHPの中から抜粋しております。
2005年08月14日
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