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山奥での激務のおかげで「あこがれの街」へのあこがれはあっけなく吹き飛んでしまいました。でも、やっと自分を歩き始めたという気にはなっていてまだ希望には燃えていました。結局家から通える、とある会社で派遣社員として働き始めたのですがそこはかなり衝撃的な職場でした。社長とパートさん3人だけのできたばかりの恐ろしく美しいオフィス。私がブラインドタッチで打っていると横から「ふーん。今日も朝からリズミカルね。」少しでも私の仕事の落ち度を発見すると、社長に「あのー、○○さん(私のこと)が、こうやってるんですけどそれってよかったんでしたっけ!!?」それまでずっとイジメとか嫌がらせとは無縁なマッタリとした大所帯の職場にいたのでこういった"攻撃"は驚きでした。常に私にイヤミを言ったりしてきたのはリーダー的なパートさんなのですがもう本当にその神経の向け具合「すごいな」の一言です。思いました、そのエネルギーをもっと違う方向に使えと・・・今書くと笑えますが当時はやはり心地よいものではありませんでした。一方社長は、私の目から見ると二重人格のようでした。対外的には、気味悪いほどの温和な態度ですが社内では、従業員に大声で罵声を浴びせ暴力団なのではないか思うほどの態度、言葉遣い、目つき。ひとつの会社の社長ともなればあれぐらいの強気じゃないと、やっていけないのかしら。いや、やっぱり、なんかおかしい。他の営業所の従業員も「社長の本性」とか「だんだん社長のことがわかってきましたね」と、小声で言っているような会社でした。いつの間にか私も、その安らぎのない空気に呑まれていてあの時「もう何でもできるんじゃないか」なんて、気が大きくなってたことがウソのように疲れてしまっていてなりたい自分が見えなくなり「魂が居眠りしちゃってる」状態となっていました。
2007.11.25
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「今いる会社にいて学ぶべきことは、もうすべて学び終えました。もう今は次に移る時です。」何か違う、何か違うと思いながら長年働いていた会社を辞めました。その会社は人間関係も良く、本当にいい人達ばかりで自分の心の中に新しい衝動を感じていたのに外界に飛び出す勇気が出ず辞めるに辞められないという状況になっていました。そしてそこを退職したあと、惹かれるままに動いていたらG氏が見て伝えてくれた、次に私が行くであろう場所とそっくりな風景の場所で短期間働くことになったのです。「いろんな人が来て、くつろいでいる感じの場所。山とか自然があるところ」だいたいお察しはつくと思いますが・・・かなりかなりキツイ仕事でした。その頃私には、あこがれていた街がありとにかくなんでもいいから、そこで働きたい。「そのためには、まずここで働いてみてください。そのあとそちらに派遣しますので」と、派遣会社からあこがれの街ではない場所に派遣されたのです。未経験者だったからだと思います。それまでの、パソコンの前に座りっぱなし好きな時にコーヒー飲んで~、のラクな仕事からまったく分野の違う未経験の仕事に移ったわけですからわからないこと100%です。今この瞬間にも私にとってはキツかったその職業にやりがいを感じている人がいるかもしれないし今からその仕事に就こうとしている人もいるかもしれませんので悪い面だけを書くのはなんですが少なくとも私が働いた場所ではそこで働いている人々の魂が生き生きしているとは思えませんでした。不満・争い・仲間外れやイジメ・サボリ・あらさがしなど。こんなことは多かれ少なかれどこの職場にもあるものではあります。それまでいろんな仕事をしてきた割には恵まれていたほうだったのでこういった悪感情の渦の中に完璧に巻き込まれたことはありませんでした。もちろん、そこで頑張っている若い子やお母様を養うために、一生懸命再起を図っている方「この仕事は奥が深い」と、自己を探究している方などすばらしい人々また、気の合う人もいました。でもだいたいその職場を支配しているのは長く在籍している世の中では”ベテラン”と呼ばれるであろう方々のネガティブな雰囲気でした。また若くても、その方々のコピーのような子もいました。初日「案内はできる?え?できないの?まったくしょうがない!」3日目「献立を覚えていないの?あなたが今までいかに何も考えないで仕事をしてきたかってことよ!」自分で着付けした着物が崩れてきて直してもらいつつ「なにグニャグニャしてるの!もっとピシッと立てないの?!」(おしりピシッ!ピシッ!)(これはバクロとなってしまいますが)朝、お客さんの浴衣の着方を見て「なにあのヘンな着方!だらしない! あ、おはようございまーす。ゆうべはよくお休みになれましたかぁ?」すべてがこういう所ではないことを願います。また、覚えなければいけないことが非常に多く絶対に間違いは許されない仕事なので、とても神経を使い夜10時頃に寮の部屋に帰ってきた時には仕事のことは一切考えたくない気持ちになっていました。何日目かには数本はっきりと白髪が生えていました。やっともらえたお休みの日に日用品を買いに街に出ましたが街までは徒歩・バス・電車を使い数時間かかりました。こういった隔絶された環境もキツかった、別世界のようだったという思いを強くさせているのかもしれません。契約期間が終わり、やっと帰ってきた時いつも使っている混雑している駅に自分がいることがとてもうれしく感じられました。何より帰って来てきてからの一番の変化は、なぜか「もう何でもできるんじゃないか」という今までなかった感覚がやってきたことです。確実に、この経験は私に必要だったようです。そしてこれからいよいよスタート、と思いきやそれは、まだまだだったのです。
2007.11.24
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おととし、いろいろ迷っていた時期にオフィススピリット911のことを知り生まれて初めて、スピリチュアルカウンセリングなるものを受けました。私が迷っていること、仕事のこと、家庭のことなどをずっとしゃべりその間、スピリチュアルカウンセラーG氏は目を閉じていてしばらくして開口一番「あなたの才能は、人を和ませたり元気づけたり、人を楽しくさせることです」は??なぜ、それ??確かに友達を笑わせたりするのは大好きでどこに行っても潤滑油的なポジションになってしまう人でした。でも心の中では「こんないい人ぶっちゃって、私って本当はヤな奴なのに・・・」そこから抜け出たことは1度もありませんでした。常に暗い気持ちがあり心の底から楽しむということができずなんとかしたいがために異常な量の、その手の本を読んでいました。しかし、カウンセリングを受けた後私の「内面は」、180度変わりました。「1番肯定してあげなければいけない自分を否定していた」状態から「私はこれでいいんだ」に変われたのだと思います。その部分が基礎となってやりたいことが見えてきてそのための行動が始まりました。
2007.11.22
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「クリエイティングマネー」っていう本(だったと思う)にこんなようなことが書いてあった記憶があります。たとえば今あなたが写真の学校に通っていてまだ卒業までは何年かあり、今の気持ちが 1.学校に通えば、いろんなことが学べるし まだ自分には学ぶことが必要だと思うので 学校は卒業まで行きたい、と思っている 2.卒業を待たずに 今すぐにでもいろいろ撮りまくって 自分独自の写真活動を始めたい、と思っているこの2通りの場合1.の人にとって、今はまだ学校へ行くべき時2.の人にとっては、(社会的にはなんやかんや言われても)もう学校へは行く必要がなく、もう動く時なのですで、その気持ちこそが人生の中のサインなのです、みたいなことだったと思います。写真学校というシチュエーションは例えですが自分の環境、現在の仕事、などに置き換えても純粋に1なら、それはそれで本当にいいんです。本当は2なのに、1のフリをしてる、とか本当は2なのに、1でいざるを得ない、とかありますよね。というかありまくり ですよね。頭ではこっちであるべきと思っていても気持は、別のほうに惹かれてる小さなことであっても、2の気持ちの時はできる限り自分に2を選んであげるようにしたいです。
2007.11.19
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以前それは「恐怖」からだと聞かされたことがあります。でも真実は「あこがれ」からだと思います。
2007.11.17
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最近、楽器をもう一度やりたいな、なんて思いはじめています。以前は、といってももうかなり昔打ち込みで曲を作ってはレコード会社に持ち込んだりしていました。あの頃はパソコンも普及していなくていまや当たり前となった「MIDI」という規格が出始めた頃だったと思います。当時、音楽好きの先輩に「このMIDIっていうので、楽器を連動させることができるんだよ」私「へー、そんなんですかぁー」今聞けば、何時代の話ですか?状態ですね。
2007.11.15
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まさか自分がブログを始めることになるとは思っていませんでした。かなりズボラなほうなので・・・きっかけは、今まで何度かアドバイスをいただいているスピリチュアルカウンセラーのG氏に「過去のことを書くのでもいい。書けば応援してもらえる」と勧められたからです。「続けていける範囲、できる範囲以内で、一行でもいい。モチベーションを持ち続けることが大切」何事も一気にやってしまわねば、と思いがちなのでこうやって何かを続けて行くことは、とても大切なんだと思います。いろんな話が噴き出して、引かれそうではありますがちょっとづつ、楽しんで書いていくことにします。
2007.11.14
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音楽作りたいと思っていたらなぜかブログをはじめることになりました。よろしくです。
2007.11.11
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