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風邪ひきました。かなり長いこと咳が止まらなくて、薬を飲んでも全然治る気配なし。出っぱなしの上、体を横にするとなおひどく出て何日間かはうっすらと眠るだけで、ほとんど眠れませんでした。もしや肺炎?私「咳がひどすぎて咳すると食べた物とか胃液みたいなのを吐いちゃうんですけど」医者「ま、そういうこともあります」私「胸がすごく痛いんですが」医者「ずっと咳が出てれば誰でも痛くなります」私「ブツブツ・・・」医者「こうやって抗生剤出してるんだから肺炎にはなりません!」病院変えました。ちゃんと血液検査とレントゲンも撮ってくれて聴診器も当ててくれました。というか、これが普通のような気がするんですが・・・結果、肺炎ではないのですがアレルギー喘息とやらになっているかも、ということでした。これからも風邪の時は体質的に気をつけねばならないと言われました。いったん咳が出始めると、まったく息が吸えない状態になるのでバスとか電車とかに乗ってる時になったら大変です。(通院のバスで1度なった。死ぬかと思った…)今はお陰様でよくなり体力も回復しやっとパソコンを開けられました。とにかく前よりも声を出すのがまだ辛くてなんだか性格がおとなしい人になってしまったように感じます。いかに自分がおしゃべりだったかがわかりました……
2007.12.30
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第9の手紙四次元のランデブーきみの手をときどき借りることで、わたしはこんなに助かっているのに、きみがなぜしりごみするのか不思議でならない。この哲学は、世界で、世界中で、この先も教えられていくだろう。現世でその深みに到達するのは、おそらくごく少数の者だけだ。しかし、きょうまいた種は、遠い将来に実るかもしれない。二、三千年前のミイラの体に埋まっていた小麦の種を、適当な土に植えたところ、みごとに芽吹いたという話を、どこかで読んだことがある。哲学の種もそれと同じだ。哲学に奉仕するばかりで、哲学に奉仕させないのは愚か者だといわれる。しかし、人は自ら七度刈り入れなければ、真の哲学のほんの一部すら世界に与えることはできない。「……家あるいはきょうだい……あるいは田畑を捨つる者は……のちの世にては永遠の命を受けぬはなし」という聖書の一節を知っているだろう。得るためには、与えねばならない。そういうきまりなのだ。わたしはきみに、こちらでの生についていろいろ教えることができるし、その内容は、ほかの人々にとっても、この大きな変化を迎えるときに役立つと思う。たいていの人間は、そちらでの記憶をもったままこちらにやって来る。わたしが出会い、親交を結んでいる人々は、地上で生きていたときの鮮明な記憶を多少はもっている――そういう人がほとんどなのだ。わたしが会ったある男は、地上での記憶については口を閉ざし、“前進する”ことばかり話していた。彼には、ずっと前進していけばいずれは出発点に戻ることになる、と注意してやった。われわれも食事をするのか、するとすればどんなものを飲み食いしているのか、きみには興味があるだろう。われわれはもちろん栄養を摂取するし、水もかなり吸収する。きみも、水はたっぷり飲んだ方がいい。水は幽体(アストラル・ボディ)に力を与える。体があまり乾いていると、幽の活力が減り、きみがいましているようにこちらの世界の魂に手を貸すことができなくなるようだ。こちらにいるわれわれの体は水分が多い。温かい血の通った地上の人間が、いわゆる幽霊と交信すると、寒気を感じて身震いするのは、そのせいもあるのだろう。こうして文章を書くのはわたしとしてもかなり大変だが、そうするだけの価値はあると思う。わたしはきみがいると感じる場所に来る。きみの姿は、たいていの人の姿よりはよく見える。それから、反転する。つまり、昔していたように中に入るのではなく、強い力できみの方向へ出ていくのだ。わたしは前進しようと懸命に努力することによってきみを占有している。文の途中でペンが突然止まることがあるかもしれない。それはわたしがきちんと集中していないということだ。きみにも経験があるだろうが、外界に背を向け、心を外界から遮断しているときに、急に物音がしたり、ふっと別のことを考えたりすると、とたんに外界に引き戻されてしまう。こちらでもそれは同じだ。では、われわれの住むこちらの世界について説明しよう。その世界が、空間的な広がりをもった場所であることはまちがいない。というのも、その世界は地上のあらゆる場所に広がっているからだ。たとえば、物質界の木は、どの一本をとっても、それに対応する木が霊界にある。きみの意識が、眠りにおちる前にこちらの世界に来たとすると、そこで見えるのは、物質界にもある、あるいはあったものだ。こちらの世界で見えるものには、それに対応する物質的な存在がそちらの世界に必ずある。もちろん、心象、つまり想像で見えるものもないわけではない。しかし、想像でものを見るのは、幽界でものを見るのとは違う――まったく違う。眠りにおちる前に見えるものには実体がある。バイブレーションの振幅を変えれば、きみはこちらの世界に出て来られるのだ――出て来るというより、戻って行くという方がいいかもしれない。出て来るためには、まず入って行かねばならないのだから。想像には大きな力がある。心になにかを思い浮かべ、体のバイブレーションをその心象に合わせて変えるように意志の力を働かせれば、バイブレーションは実際に変わってくるだろう。病は気から、というのもそういうことだ。こちらの世界に来たいと思ったら、実験のつもりで、あるシンボルを選んでそれを目の前に思い浮かべるのもいいだろう。絶対とは言いきれないが、もしかしたらそれでバイブレーションが変わるかもしれない。もしきみが、眠る直前に、わたしに会いたいと願い、その願いで心をいっぱいにすれば本当に会えるのではないだろうか?わたしはきょう、自分より強い人とずっといっしょにいたので、自分でも強くなっている。だから、わたしに会えるかどうか実験したいなら、今夜がいいかもしれない。今夜なら、わたしが手助けする力が強くなっていると思うのだ。言いたいことは山ほどあるが、きみと話せる機会はあまりない。きみの状況が変わって、ほかのことからある程度自由になったら、わたしはもっとひんぱんに会いに来られると思う。いま学んでいるいろいろなことを、ぜひきみに伝えたいのだ。たとえば、大師(マスター)たちはいつも意志の力でこちらに来ているが、その方法を教えることもできるだろう。最初のころは、文章を書くのにきみの手だけを使っていたが、いまでは心霊組織の方もうまく活用できるようになった。やり方がまずくて、ときどきむだな力を使っていることはわかっていたので、師に相談してみたのだ。これからは新しい方法を使うから、きみはそんなに疲れずにすむし、わたしの方も楽になると思う。いまからいったん帰って、少ししたらまた会いに来てみよう。きょうの実験が失敗しても、がっかりしないで、そのうちまたやってみてほしい。もしわたしが見えれば、わたしのことがよくわかるようになるはずだ。
2007.12.16
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第8の手紙魂が行き来する道友よ、死を恐れる必要はまったくない。この世の片隅で、少々年老いて、自分の生活に慣れ切ってしまった者が、外国に旅した――しかも初めて――としよう。死の困難というのはせいぜいその程度のものだ。こちらに来て出会う人々は奇妙に見えるだろうが、それは初めて目にする外国人が奇妙に見えるのと同じことだ。相手の言動が理解できないこともあろう。それもまた、外国を訪れたときと同じだ。しばらくたつと、親しみがわき、目で笑いかけることもできるようになる。「どこからいらしたんですか?」ときけば、地上と同じように答えが返ってくる。カリフォルニアから来た者もいれば、ボストンから来た者も、ロンドンから来た者もいる。そのときわれわれは、旅の大通りで会っているのだ。こちらには旅の小道もたくさんあり、地上と同じように、いろいろな魂が行ったり来たりしている。そうした道は、普通二つの中心地を最短距離で結んでいるが、鉄道線路に重なってはいない。もし重なっていたら、うるさくてかなわないだろう。われわれには地上の物音が聞こえる。音の振動が届くと、精妙な霊の耳(エーテリック・イヤー)はある種の衝撃を感じるのだ。ときには一か所に長いこととどまる者もいる。わたしはメイン州の古い家を訪ねたとき、こちらの世界の男に会ったが、彼はずいぶん前からそこに滞在していたようだ。彼がいるあいだに、その家の子供たちは成人し、こちらの世界に来たころ初めて見て、愛着をもつようになった子馬も、りっぱな大人になり、そのうち老衰で死んだという。こちらにも、そちらと同じく、不精者や退屈な人々がいる。逆に、いっしょにいるだけで元気になるような、聡明で魅力的な人もいる。こんなことは言うのもばかばかしいが、われわれはきみたちと同じように服を着ている。ただし、そんなに多くのものはいらないようだ。ここではトランクスというものを見たことがない。わたしがここに来てまだ日が浅いせいかもしれないが。いまでは、暑さ寒さはたいして気にならない。ただ、最初のうちは、どちらかというと寒くて不快だった。だがもうそんなことはない。
2007.12.16
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第7の手紙物質の力“霊界”に住む者の心に、地上の記憶は突然よみがえる。「なんてことだ!」と彼は言う。「おれがいないのに世界は続いている。あっちはいまどうなっているんだろう?」自分がいないのに世界が続いているというのは、許しがたいことのようにさえ思える。彼はいらだつ。自分は時勢に遅れている、のけ者にされ、取り残されている、と思う。あたりを見回しても、四次元の場(フィールド)が静かに広がっているばかり。ああ、物質のもつ鉄のような力にもう一度とらわれたい!なにかをがっちりとつかみたい!そんな気分はやがて過ぎ去るが、ある日二倍の強さで戻って来る。この希薄な環境から抜け出し、濃密な素材に満ちた手ごたえのある世界に戻らねば。だが、どうやって?そうだ、思い出した!すべての行為は記憶から生まれる。前にやったことがあるからこそ、無謀な実験にならずにすむのだ。彼は目を閉じ、霊界でくるりと向きを変える。人間の生に、人間の集団が発する強烈なバイブレーションに、引き寄せられていく。そこには共感がある――いま交流している人々の魂と過去に共有した経験による共感なのか、あるいは気分や想像力が生んだ共感にすぎないのか。いずれにせよ、彼はつかんでいた自由を手放し、意気揚々と人間の生に身を沈める。しばらくして彼は目を覚まし、緑の野原や、人々のしっかりと実体のある丸い顔を、困惑の目でながめる。そこで泣き出し、戻りたいと願ったりする。くじけてしまえば霊界へ逆戻り――そうなれば一からやり直しで、物質を求める苦しい道のりがまた始まるだけだ。意志が強く頑固なら、逆戻りせず、そのまま成長して人間になる。希薄な素材に囲まれていた前世は、ただの夢だと思いこむかもしれない。夢の中ではそこへ戻れるからだ。その夢は彼につきまとい、物質を味わう喜びをだいなしにする。歳月が流れ、彼は物質界での闘いに疲れ果て、エネルギーがつきてしまう。彼は再び霊界の腕の中に沈みこみ、人々は声をひそめて、彼は死んだとささやく。だが、彼は死んだのではない。もといた場所に戻っただけだ。
2007.12.11
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第6の手紙ベールの向こうの光きみの姿をわたしの目からさえぎっている濃密な素材のベールに、ときどき穴を開けてほしい。きみの姿は、よく強烈な光の点のように見えるが、それはおそらく、きみの心がなにかの感情で沸き立っているか、きみの頭がなにかを懸命に考えているからだろう。きみの考えは読み取れることもあるが、いつでもというわけではない。近づいてみても、きみが見えないこともよくある。きみがこちらに来たとしても、常にわたしを見つけられるとは限らないだろう。わたしはまったくひとりきりのときもあるし、ほかの者といっしょのときもある。不思議なことに、自分ではわりに実体のあるに肉体をもっているように思える。最初のうちは、腕や脚があらゆる方向に伸びているような気がしたが。ふだんは、昔歩いていたように歩くことはないが、飛んでいるのかといえばそうでもない。羽根が生えたわけではないからね。それでも、信じられないようなスピードで空間を移動することができる。ときには、歩いてみることもあるが。ひとつお願いしたいことがある。わたしも昔はものごとを進めていくのにずいぶん苦労したが、それでも進めてはきた。自分の仕事に必要な物資を持っていないからといって、気を落とさないでほしい。必需品はそろっているというつもりでとにかく仕事をしていけば、本当にそろってくるものだ。そのことは、なんらかの形で必ず証明される。弱気になったり、不安になったりしないでほしい。きみがそう感じると、同情の力でわたしは地上に引き戻されてしまう。それは、死者を求めて嘆き悲しむのと同じぐらい悪いことだ。
2007.12.11
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第4の手紙語られなかったこともう少ししたら、こちらに来てから学んだことをきみにも少し教えてあげよう。以前はいろいろな心霊現象を不思議に思っていたものだが、こちらでそういう現象の原因を知ることができた。わたしはいま、開いた窓から外を覗くように過去を見ている。これまで来た道も見えるし、これから行こうとする道を地図に描くこともできる。いまではあらゆることが簡単に思える。やろうと思えばいまの二倍の仕事だってできるだろう――それほど強くなったような気がする。いまのところは、どこにも腰を落ち着けず、心のおもむくままに動き回っている。つまり、肉体をもっていたとき常に夢見ながらかなわなかったことを、いまやっているのだ。死を恐れてはいけない。しかし、地上にはできるだけ長くとどまるようにしなさい。ここにも仲間づきあいはあるが、それでももっと地上にいればよかったと悔いることもある。だが、こちらに来ると、後悔はそちらにいたときより軽くなる――体と同じように。わたしにとっては、なにもかもうまくいっている。これまで決して語られなかったことを、今度きみに話してあげよう。***************ハッチ判事からのせっかくの手紙が「ブログっぽく」なりそうだったので行をあけずに書いていましたがあまりに読みづらかったので1行ずつあけることにしました。本ではあいていません。
2007.12.10
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***************第2の手紙言ってはいけないわたしはいま、現実の空間においてきみと向かい合っている。つまり、きみの真正面で、カウチか長椅子らしきものにすわっているのだ。きみのところに来るのは、暗くなってからの方が楽だ。あちらに行ってすぐ、きみなら自分の手を使わせてわたしにしゃべらせることができそうだ、ということを思い出した。わたしはすでに昔より強くなっている。恐れることはなにもない。――この状況の変化については。わたしがどのくらい沈黙していたかはわからない。そう長いあいだではなかったと思う。“X”と署名したのはわたしだ。わたしが連絡をとるのを師が助けてくれた。しばらくのあいだ、わたしが来たことは、――以外には言ってはいけない。だれにもじゃまされず、望む時に望む場所に来たいからだ。きみの手をときどき使わせてくれ。悪用はしない。力をつけて戻ってくる準備ができるまで、向こうにいようと思う。いまはまだいいが、そうなったらわたしを探してほしい。いまのわたしには、ものごとが長年感じていたのより簡単になったように思える。体も軽くなった。もっと長く肉体にとどまっていることもできたのだが、わざわざそうする価値はないと思った。わたしは師に出会った。師はそばにいる。師がわたしに接する態度には大きな慰めを感じる。だがそろそろ行くことにしよう。おやすみ。***************第3の手紙くもった鏡わたしの呼びかけに応じるときには、子どもが新しい原理や例題を先生から習うとき、石板をきれいに拭くように、心をきれいにしてほしい。きみ自身の考えや想像が少しでも入りこむと、鏡がくもったときのように、映るものがぼやけてしまうだろう。このやり方で手紙を受け取るためには、筆記の最中にきみの心が勝手に動き出して質問を始めたりしないようにしなければならない。そういう状態になると、受信局の受信機が自分勝手にメッセージを送り始めたようなもので、きみはその時点で受動性を失い能動性をもってしまう。この前の夜は、せっかく訪ねて行ったのにきみはわたしを入れてくれなかった。あれは心やさしい態度といえるだろうか?いや、とがめているのではない。わたしは仕事が終わるまで、何度でも来るつもりだ。そのうち、夢の中できみを訪ねて、いろいろなものを見せてあげよう。***************
2007.12.09
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肝心の手紙の前に二人の紹介が随分長くなってしまいました。全53通の手紙で成り立っています。全部を書くつもりではありませんのでご心配なく・・・。いくつかの手紙とあとは永遠を感じられそうな箇所や霊界のリアルな描写の箇所ハッチ判事が特に地上の人に伝えたかったと思われる箇所などをポロポロ書いていきたいと思います。***************第1の手紙帰還わたしはここにいる、まちがいない。前に語っていたのはわたしだし、いま再び語っているのもわたしだ。わたしはすばらしい経験をした。以前忘れていたことも、いまは思い出せる。これまでおきたことは、最後にはよい結果をもたらした。つまりは必然だったのだ。あまりはっきりとではないが、きみの姿は見える。闇はほとんど見なかった。ここの光はすばらしい。南国の太陽よりはるかにすばらしい。ただ、パリのあたりはまだあまりよく見えない。なにもかもが違う。いまわたしの目にきみが見えるのは、おそらくきみ自身の活力のせいだろう。***************
2007.12.09
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では、1913年、ロンドンで書かれたエルザ・バーカーの序文の中から抜粋************************************** 昨年パリに滞在していたある晩、わたしは鉛筆を手にして文章を書きたいという激しい衝動に襲われたが、自分がなにを書こうとしているのかまったくわからなかった。その衝動にはさからえず、わたしの手はまるで何者かに強制されたように鉛筆をとると、人間の本性に関するみごとな文を綴り、そのあとに“X“と署名した。 文章の趣旨ははっきりしていたものの、この署名は謎だった。 翌日、その文を友人に見せ、“X”という署名に心当たりがあるかときいてみた。「あら」と友人は言った。「これは、わたしがいつも――さんと呼んでいるあの人のことよ。知らなかったの?」 わたしは知らなかった。 このとき、――氏はパリから一万キロも離れた場所にいたはずで、わたしと友人は彼がこの世にいるものと思っていた。しかし、それから一日か二日してアメリカから手紙が届き、わたしがパリで“X”と署名した自動書記によるメッセージを受け取る数日前に、――氏がアメリカ西部で亡くなっていたことがわかった。 わたしの知る限りでは、ヨーロッパで彼の訃報をきいたのはわたしが一番早かったと思う。そのあとすぐ例の友人に電話して、“X”が亡くなったことを知らせた。彼女は驚いた様子もなく、このあいだ“X”の手紙を見せられたとき、それはもうはっきり感じていたのよ、あなたには教えなかったけど、と言った。 当然ながら、わたしはこの異様な事件に強い印象を受けた。 アメリカから――氏の訃報が届いてまもないある晩、わたしは“X”の正体を教えてくれた友人と話をしていた。そのとき、もし彼にその力があれば、また彼のために文章を書いてあげてはどうか、と勧められた。 “X”は並々ならぬ人物だった。七十歳近い高名な弁護士で、哲学に造詣が深く、多くの著作があり、彼を知る者はだれもがその純粋な理想と情熱に感銘を受けた。家が遠かったので、わたしは彼にたまにしか会えなかった。死後の意識について彼と話し合った覚えはない。 これらの手紙にわたしの序文をつけて出版しないかと最初にもちかけられたときは、あまり乗り気ではなかった。すでに数冊の本を出し、それが多少なりとも世に知られていたので、物書きとしての評判を落としたくないというささやかな虚栄心があったからだ。 全体の三分の二にあたる手紙を書き終えたころだろうか、この問題はようやく決着がついた。もしこの書簡集を出版するのであれば序文は正直に書き、メッセージを受けたときの状況を正確に説明すべきだと意を決したのだ。 実際の筆記の作業は十一か月以上に及んだ。次は編集だ。どこを省き、どこを残すか?結局、ほとんどの部分をそのまま残し“X”やわたしや“X”の友人たちの私事にふれた箇所だけ削除することにした。つけ加えたところはまったくない。 “X”の文章はたいへん口語的な部分もあり、また法律の専門用語やアメリカの俗語を使っていたりもする。親しい友人にあてた手紙のように、話が急に飛び、それがまた前ぶれもなくもとの話題に戻っていることも多い。 この本が、肉体の死後も魂が生き続けることの証拠になるかどうかは、それぞれの読者が、読者自身の性格、経験、それにこの本の中身を信じるか否かによって判断することになると思う。 これらの手紙を読んでわたし自身がどう変わったかというと、いままで心にひそんでいた死への恐怖が完全に消え、不死を信じる気持が強まり、死後の生が、太陽のもとにあるこの生と同じくらいリアルで生き生きしたものに思えるようになった。これらの手紙がわたしに与えてくれた不死という至福の感覚を、この本の読者が一人でも感じてくれれば、苦労したかいがあったというものだ。**************************************はじめのうちは一文書いてはしばらく休み、また書くという具合で、字も大きく乱れていたそうです。翌日は右手と右腕が痛かったと書いてあります。彼女は最初、その自動書記を喜々としてやっていたわけではなく、逆にこのやり方に嫌悪感がつのっていたそうです。でも続けたのは、もし、“X”が本当にこの世と交流したいと望んでいるのなら、彼を手伝えるのは素晴らしい特権だと友人に説得されたにすぎないからだとしています。出版の話が来た時、あいつは変わっている、奇人だといわれるのがいやだったので、序文だけは書き、自分の目の前で自動書記によって書かれたものだ、ということにして出版しようとしました。しかし、それでは読者を欺くことであり、そもそもだれが自動書記をしたのかにも問題がいってしまう。彼の死を知らないうちに自動書記していることから、潜在意識が作り出したという説はとれなくなる。最終的に、すべての手紙を書き終えるころ、あったことを正直に書き、出版することを決意したのです。上に書いた序文の抜粋最後の、これらの手紙を読んでわたし自身が~ の文が、私のこの本の感想をすべて語ってくれています。
2007.12.09
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自分がHPやらブログをやっていたら絶対この本のこと書くのになあ。でも、まあ、私には一生縁のないことだろうなあ。なんて思っていたのにブログを始めることになったのでこの間止まらなくなって書いてしまいました。この本はいわゆるチャネリングものなのに「物質主義に溺れている未開の地球人たちに教えを垂れる」的なところがなく生と死の境界線を越える旅行に、先に旅立った人(判事さん)が旅先からこっちに出してくれた53通の旅行記みたいなものとなっています。なんといっても、もとはこっちにいた人からの手紙ですからこっちが心底知りたいとことを、たくさん書いてくれています。今後、こんなに一冊の本に入れ込んで書いたりすることはないと思いますので今回だけはお許しを・・・「死者Xから来た手紙」1996年 同朋舎出版編者:キャシー・ハート著者:エルザ・バーカー訳者:宮内もと子(「Letters from the Light」 1995年 Beyond Words Publishing, Inc.)検索するとバッチリとアップしてくださっているサイトもあり原書では、PDFで本全部がアップされているところもあるようです。重複するかもしれませんがあまり知られていないようなので自分なりにこの本のよさが伝わりそうな所を書いてみたいと思います。自動書記した人 : エルザ・バーカー1869年ヴァーモント州レスター生まれ教師、速記記者、新聞記者、編集者の職を経たのち、詩人、劇作家、小説家としての地位を確立する“あの世”からの手紙書いた人 : デイヴィッド・パターソン・ハッチ判事1846年11月22日、メイン州ドレスデン生まれ1872年に、ミシガン州セントポールで弁護士としての開業を許可され、まもなく市の検察官に任命される。その三年後、サンタバーバラに移り、そこで1881年に上級裁判所判事に選出された。長年にわたってハッチ判事とともに働き、最終的にその弁護士業務を引き継いだ人物は、彼が亡くなったとき、長い弔辞を書き、故人を、“魂の哲学者”と呼んでいる。 以下、活字になったその弔辞の抜粋、のそのまた抜粋です。ハッチ氏は、ひたすら書物に顔をうずめているような弁護士ではなかった。氏の視線は、書物の向こうにある正義の顔を真っ向からとらえていたといえる……氏は法の原則を知り抜いていたのである……ハッチ氏は七年にわたってサンタバーバラ郡上級裁判所の判事を務めたのち、その職を辞してロサンジェルスで弁護士業についた。氏の仕事は、南カリフォルニアの実業界に君臨する大物の弁護から、“慈善事業”にいたるまで多岐にわたったが、氏の依頼人はいずれもまたとない優秀な弁護士にめぐり会ったといえよう……ハッチ氏の出勤は早かった―――たいてい八時前には職場に来ていた。しかし、定例業務や規則に心をわずらわせることはあまりなく、“存在するものはなんであれ正しい”ということばを座右の銘としていた。ハッチ氏は、日曜だからといって、月曜や金曜に世間に示さないような性格や行動を示したりはしなかった。氏の日々の行動において自らの哲学の限界ぎりぎりに近づいていたので、これは卑見であるが、口で語るよりも、日常の行いによってその哲学をよりよく説いていたと思う。氏は、筆者が親交を結んだ人々の中では、だれよりも偽善に遠い存在だった。常に本音で通し、従って弁解することもなかった。牧師が自分の説く教義を実践する以上に、氏は自分の哲学に忠実に生きた。ここで、“哲学”と言うのは、氏にとって宗教や教義はピラミッドの下層部にすぎないのに対し、哲学者である氏自身は、宇宙に目を向け、神と直接語らっていたからである……氏は心やさしく物言いも柔らかな人だったが、きっぱりと、かつ丁重に「ノー」と言い、その言を決して撤回しない気概もあった。筆者は氏とともに十年近く仕事をしたが、その間氏のことばによって傷付けられたことは一度もなく、従って言い争いをしたこともなかった。ハッチ氏は、固陋さとは無縁だった。過ちを指摘されれば潔く認め、改めるにやぶさかではなかった。筆者の印象では、ハッチ氏の哲学は、氏が五十歳に達したころ、すなわち1896年か97年までは、まだ真の発展をとげてはいなかったように思う。しかしそれ以降、その哲学は、飲酒、肉食、喫煙の習慣を断つことから始まり、意志による肉体の征服、深遠な哲学的瞑想、研究、著述活動などの形をとるようになっていったのである。 1899年ごろ、ハッチ氏は自分の主宰する事務所とその業務を筆者に譲り、ブリティッシュコロンビア州山中の、クートネイ湖付近に赴く。氏はそこで五年あまり隠遁生活を送り、興味を寄せていたある鉱区払い下げ請求地のすぐそばで暮らした。その間に、通信教育で鉱山学の過程を終了している。しかし、その隠遁生活の主たる目的は、肉体的、精神的に、自然により近い哲学的視座を得ることだったと思われる。ブリティッシュコロンビアの原野で、氏の精神主義哲学はみごとに開花した……また、この本のあとがきには1914年の夏、《ニューヨーク・サンデー・ワールド》にブルース・ハッチ氏のロングインタビューが掲載され、その中で氏は、『手紙』は、自分の父でロサンジェルスに住んでいた、故デイヴィッド・パターソン・ハッチ判事の書いた文章に相違ないと確信している、と表明した。という部分もあります。エルザ・バーカーとハッチ判事はハッチ判事がポール・カリシュカの筆名で書いた『20世紀のキリスト』と題する作品が縁で知り合い、親交を深めたそうです。
2007.12.09
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人が死んだ後、どうなると思いますか?もうさんざん考えたことですが結局こちらもあちらも同じ魂の場所が戻るだけで本当に私たちは永遠なのではないかと・・・私の大好きなそして、とても大事にしている本があります。「死者Xから来た手紙」という本です。(シシャエックスカラキタテガミ、と読んでください)(原書は「Letters from the Light」)絶版になっていますがおそらく私はこの本を死ぬまで手放さないでしょう。今書店に行けばチャネリングをもとに書かれたの本はたくさん出ています。セス、バシャール、プレアデス、エイブラハム・・・もうどれだけ読んだかわからないほどです。それこそどんだけ~です・・・。ピッタリです・・・。昔、悟りたくていろんな宗教の本を読みました。仏教も新興宗教もキリスト教もお経も聖書も予言書もなんでも読みました。ちょっと流行り出していたいわゆる"ニューエイジ"ものもチャネリングものもかたっぱしから読みました。読んで気に入った部分をコピーしてそれをスケッチブックに貼ったりなにかインスパイアされるものは金に糸目をつけずドンと買って目につく所に置いたり、持ち歩いたり成功哲学とか潜在意識の働きとか魔術だとか波動だとかアファメーションだとか心に少しで響くところがある記事とかがあればそのひとことが欲しいがために高~い本をバンバン買ったり今思うとはっきり言って病気です。依存症というものだったのだと思います。そのおかげでお金がなくなったわけです。話がそれましたがチャネリングの本は今たくさん手に入ります。ちょっと変わっているのはこの「死者~」はチャネリングする側(自動書記する人)と伝える側(この世の人でない存在)が生前お互いに面識がある者同士というところです。当人同士しか知りえないことが出てきてと、ありますが(私は信じているが)これも創作の一部かもと思われるのも当然です。ではなぜ、こんなに大切にしているかというとこの本を読んでいる時または、手にしている時本当にあちら側からやってきた本あちら側からきた言葉のように感じるからです。なんでみんなちょっと悲しいのか急いでいるのかいい思いをしたいのかそれは「死」があるのがわかっているからだと思います。もし永遠という感覚が感じ取れたならどんなに素晴らしいでしょう。私が書くと全くうまく伝わりませんがこの本では永遠についても語られていますしほかには、人がもつ想像の力や夢見る努力をしなさい、ということ時間というものについてもちろん、あちら側の生活についても語られています。ある方が亡くなり世界中どこを捜してももうその人はいないんだという、果てしない恐怖のような悲しみの中でこの本の存在を思い出し、読み返してああ、何も寂しがることはないんだと思えるようになったし自分自身死というものが怖くなくなりました。重い内容ではなくなぜか「知っている」という感じの本です。今日は遅いので細かくご紹介できませんが今度、少し書いてみたいと思います。
2007.12.02
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精神的につらかった事務職のあと3つの仕事を経験しました。ひとつは1ヶ月で辞めひとつは1週間で辞めひとつは2日で辞めました。あと、面接を受けたものの少し違う感じがして、辞退した所2つ。社会的には、何事も続かない忍耐の足りない人だと思われるかもしれません。では、どうしてこんなわがままに次から次へと仕事を辞めたのか?自分の身を置いてあげる環境に責任を持ちたかったからです。いやだいやだと思っている所で我慢していなくてもいいと思います。その人それぞれ事情があると思いますが探せば必ずあります。世間的に体裁がいいから、とかではなく自分が楽しいと感じること自分が心地よいこと、を選ぶと確実に「楽しい」「心地よい」が広がっていきます。今の私がそうだからです。しかし、「魂が居眠りしている」状態からイキイキとしている状態に抜け出すにはやはり少し大変でした。今までの意識の習慣のせいなのか精神的、肉体的、経済的など数々の抵抗にあいました。おかげさまで、今働いている職場は仕事自体楽しく、人間関係もよくなにより自分の「次のステップ」が見えてきています。長く勤めた会社を辞めてからたった1年半の出来事でしたが私の人生の中では大変だったけれども何かが大きくまわり始めた大切な1年半となりました。
2007.12.01
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