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Twitterを始めてみました。このブログさえろくに更新してないしmixiすらやってないのになんとなく、どんなもんかな~って思って。。。これとかこれがわかりやすいかもです。ココも有名な説明サイトです。自分がある人をフォローする(その人のつぶやきの読者になるって感じかな)とその人のつぶやきが、自分のつぶやき一覧にも流れ込んできます。フォローするのに相手の許可とかは要りません。自由です。いろんな企業とかお店がTwitterを始めているのでそれをフォローしておけば情報収集なんかもできます。オバマ大統領もやってます!(驚)そしてそして自分のつぶやきをフォローしてくれるとなかなかうれしいものでその人とやり取りが続いたりもします。無料です。携帯からもできます。でもーーー数日やってみてちょっとおもしろかったしハマっちゃう人がいるのもよくわかったけど「そんなにはやらないかな~」っていうのが感想です。たまにチェックするぐらいになりそうです。うまく使えば発信の場にできるしいろんなことを伝えられるしあ、それはブログでいいじゃんっていう話ですが…。あと、いろんな人とつながりができたりしていいことは沢山あるような気がします。
2009.08.30
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ある問題を解決したいと思っていてどうも自分で考えてもダメそうだったのでイメージの中で自分と同じ状況の数人の人々(性別も年齢もバラバラ)をイメージしてこの人達なら問題をどう解決するか上から見て想像してみました。しかし想像しながら眠ってしまいました(笑)でも…とても重要な夢を見ました。ある人が夢に出てきて解決方法を間接的に教えてくれたのです。また不思議なことにこの人達ならどうやって解決するかを見るためだけにイメージしたただの想像の中の人々がみんな元気になっていました。今日はエネルギーが上がり過ぎて眠れなさそうです。でも早く寝なきゃ…。
2009.08.24
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情熱を持続したい。続かないものは情熱なんかじゃないんだと言われる。でもいろんな時がある。大丈夫。何度も自分の情熱を確かめる。大丈夫。間違っていない。
2009.08.02
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携帯で吹き込んだ自分の声をリミックスしてくれて自分の声の着うた、着ボイスができる、という「iida calling」面白くてゆうべはまってしまいました。まずこのサイトへ。「声」を録音するので歌が苦手な人でもカンタンです。そしてどんな曲になるかといえば「あの」CMの曲です。楽天ブログにはブログパーツが設置できないみたいなのでおこがましくもQRコードを貼っておきます。よかったら行ってみてください。へー、こんな感じで自分の声が曲になるんだーホッホーってなって絶対やってみたくなりますよ!何度でもトライできて最高5個まで保存されます。どの会社の携帯からでもOKです。
2009.05.17
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「夕方に虹が出ていたので写真を撮りました。送ります。」夜に友人からメールが来ました。私も、彼女の撮影時間とは1分違いでその虹の写真を撮っていました。「アリガトウ!実は私も撮ってた(^。^)送りまーす。」なんかホッコリ。
2009.05.08
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でも落ちてしまった時そんな時は幸せな気持ちになれることをすればいい!「まだまだ気持の浮き沈みはこれからもあります。でもS-Joanさんの場合音楽が救ってくれます。」思い返せばG氏に言われていたんです。。。実は音楽を聴く気にもなれない時が去年は多くてちょっとつらかったです。ケガもしちゃったしな。でも最近は違います。ケガもやっと完治しました。お笑いを見てブッッハーー!と笑いながら音楽を聴く。だいたいこれで思考や感情は明るい方に戻れます。「感じた通りの現実がやってくる」絶対にあきらめない。
2009.04.05
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先日、急いで坂道を下っていたら坂の下の方の車の列に日が当って雨上がりのせいもあり異様にキラキラと輝いて見えました。いつも通って見ている風景なのにあまりにも美しく「ああ、このままずっと見ていたい」と思いました。ずっと見ていたいものはやっぱりずっと心に持ち続けようなんて思ってしまいました。
2009.03.01
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何年か前に私はドップリと精神世界につかっていました。会社以外はできるだけ人との関わりを断ち週末は本を読んでは、深く考えたり気になることは、ノートやメモに書き出してみたりそして、翌週そのメモをポケットに入れてトイレで何度も読み返したり心の中で会社で実践してみたりほぼ寝るとき以外は頭の中はあっちの世界に飛んでいました。それと同じ時期に電話での占いに頻繁にかけていた時がありました。いつも同じ先生にかけていてその占い師さんは占い以外に職業を持っていてそれは、ちょっとした人気稼業ともいえるもので私はそのことは知らずに占い師さんということしか知らずにいろいろなことを聞いていました。その先生との会話は多くが「精神世界話問答」となってしまって占いもしてもらいましたがほとんどが自分が思っている疑問やまた両親との関係から影響するものについて内観、夢、生まれ変わり、宇宙だいたいがこんな感じの話ばかりしていました。安い料金でもないのに自分がどこから来たものなのかどこへ行くのかなぜ生きているのか知りたい!感じたい!その欲求が大きすぎて気の済むまで話をしていました。その中で印象的だったことが2つあります。1つは猫の話。もう1つは、メイシキの話です。小さい時に飼っていた白い猫のにおいがふっとする時がたびたびあり多分そのことで話しが始まったんだと思います。近所にとてもかわいい猫がいました。写真を撮って職場に持って行き職場のみんなには「こいつ、カメラ目線ネコ!」とか言われながらも誰に見せてもかわいーー!と言われるようなご近所の方が飼っている可愛い猫でした。その占い師さんは誠実な方で私を脅したり上から見たり才をひけらかしたりそういう感じはまったくない方でした。生き物との関わりこのご近所の猫ちゃんとの関わりみたいなものを占ってもらったのかなぁ。どうしてこんな話になったのかはよく覚えていないのですが「動物だから…言ってもいいかな…この猫ちゃん…今年いっぱい…もつかなー…う~ん……」自分の飼い猫だったらこんなこと言われたら相当ショックだと思いますよ!遊びに来てる猫ちゃんではあるけどかなりショックでしたから。しかもその日初めて話した人じゃないんで。人の死期を言うのは占いのタブーとか、よく言われますがこの場合はどうなんでしょう?とにかく、これを聞いたのは何月だったか全く覚えていませんが「ま、そんなことないよね!」と思っていました。もちろんこのことは誰にも言わなかったし忘れようと努めていました。でもこれを聞いた私が「あ~、みいちゃん大丈夫かな、大丈夫かな、大丈夫かな…」なんて毎日思っていたらその思念、といいますかそういう思いが本当にそうさせてしまうのではないかなんて思ってしまったりしてちょっと心配ではあるけれども元気そうな、みいちゃんを見るたびに「よかった。大丈夫じゃんね!」と打ち消していました。その年の12月23日の夜に突然みいちゃんの飼い主さんがいらっしゃいました。みいちゃんが亡くなったと言うのです。奥さんは涙が止まらなくてティッシュの箱を持ったまま伝えに来てくれました。まだ生きているかのように毛がフサフサしているのに冷たくなってしまった籠の中にいる、みいちゃんを撫でてさよならをしてきました。悲しかったです。それと同時にもし、私があれを聞いていなかったらどうなってたんだろうという思いがありました。聞いていたからこうなってしまったのかもう決まっていたことなのか何か解決策はなかったのか私がどうこうしようとみいちゃんの魂が旅立つことを決めていたのかいろいろなことが頭を巡りました。別にここでその占い師さんが当たる!なんてことを言いたいわけではないんです。ある程度、動かせる未来それと、もう動かせない未来その線引きはどのへんなんでしょう…。人間ならば、自分次第…なんでしょうか…。ジョセフ・マーフィーの本で「もし、あなたが事故などの悪い状況を予見してしまったら(見えてしまったら・感じてしまったら)その状況をひっくり返してイメージし人々が無事であることを祈りなさい」みたいなことが、どこかに書かれていたと思うんですがこれ、本当に大事だと思います。人間、不安を持ってこられると煽られやすいしまず目の前の現実ですよね。逆ですね。。。まず、内側があり次に、外側ですね。つい最近何年後に亡くなる、と占われたタレントさんが本当に亡くなりましたがこのニュースを聞いた時私は少なからず、その占いの結果を見ていた多くの人の思念も関係なくはないような気がしました。いや、それとも彼女自身の魂が決めていたことなのかもしれない。これは検証しようがないことなのでまったくわかりませんが…。
2009.01.25
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年末にビーズにハマってしまいストラップとか、小さな飾りとかを作っていました。おもにスワロフスキーで作っていたのですがある日、100円ショップでプラスチックのまあまあ綺麗なビーズが売っていたので衝動買いしてしまいました。家に帰って来て「何作ろっかなー♪」(嬉)と、早速開けてみるとモワワワ~~~~ンまるでガスのような臭いが!びっくりしておそるおそる鼻を近づけてみると予想どうり濃縮されたガスのような臭い…。私が買ったお店がたまたまそうだったのかもしれませんがもうあんまり買いたくなくなってしまいました。。。今、〇〇製のおもちゃの安全性とかいろいろ言われてますし。ビーズの中に通すヒモの「テグス」やらほかのパーツは蒲田のユザワヤで買ってあったので大丈夫だと思います。きっといろんな基準があってガス臭くたって安全じゃないわけじゃないんだろうけどもしこれを人にあげるんだったらちょっとヤですよねー。ヘンなにおいのするストラップとかブレスレットって…。怖…あ、それより前に臭かったらあげないですね!
2009.01.25
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あ~、1か月以上もあけてしまった・・・。最近サプリメントを飲みはじめました。まあ、気休めかもしれませんが。アスタキサンチンと、植物性GABA、あと、眼が遠視ですっごく疲れるのでブルーベリー。でも、かかりつけの目黒の病院の先生にサプリのことを聞いたら「摂っても摂らなくてもおんなじ」って言われた…。いやいや、しかしヒロミGO!やピンクレディーのミーが1瓶ぐらい飲んでいるのをテレビで見たことがある。(笑)前、会社で体を壊してしばらく休んでいた人が何か月ぶりかに出社してきて「いやー、いろんなサプリメントを飲まされた(多分奥さんに)んだけどあまりにもいろいろ飲んだんで、どれが効いたのかわかんないよぉ。でも、今は調子バッチリ!」と、にこやかに会話しているのを見たことがあります。んー、やっぱりムダではないはずです。とにかく毎年寒さで体調を崩しやすいので今年はサプリをうまく摂り入れてみたいと思います。それで絶好調になれたらここでご報告を…。
2009.01.24
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だんだん寒くなってきました。今までのブログのデザインが水色・白・グレー系で自分が見てもブルッと寒くなってしまったのでちょっと暖かめにしてみました。でもズボラなんで暑くなってもこのままだろうな、きっと…。色といえば色を使って、あることをたまにしています。街の中で、または電車とかバスの中で異常に咳込んで苦しそうな人とかラッシュとかで具合が悪くなってホームにへたり込んでいる人がいたら今、その人が必要としているであろう色つまりその人がその色の中にいると症状が治まったり元気になったりする色をイメージの中で探します。その時、その人の前で立ち止まったりはしませんよ(笑)その場を離れてもイメージの中だけで探します。咳だけ聞こえて姿が見えなくてもその人のイメージだけでいいんです。きっとこの色だなと思える色は緑の時もあれば、青の時もありオレンジの時もあり濃い色の時もあれば半透明みたいな時もあります。あくまでも自分の中で湧くイメージなので結局は何色でもいいというかその人に意識を向けること自体が大切で色はあんまり関係ないのかもなんて思ったこともありましたがでもやっぱり色を使ったほうが断然イメージしやすいです。そしてイメージの中でその色をよく感じてその人をその色で取り囲むというかその色に埋もれさせるというかうまく言えないんですがイメージの中でその色とその人を一緒にするという感じにしておきます。その場を離れた時の結果はわかりませんが近くにいた人の場合症状が治まることがよくあります。あと、ニュースとかで誰それが重傷ですとかって聞いたらその人のことは知らなくてもなるべく回復していっている様子明るいトーンの思考1番よさそうな色でその人のことを思うようにします。症状が治まったのはたまたまよくなる時間だったのかもしれませんけども。。。でも私が色をイメージしてもまた、しなくても苦しそうな人がちょっとでも良くなったのならば誰しも普通に「よかったよかった」と、ひと安心だしぶっちゃけどっちでもいいのかも!イメージする時に上から目線の「やってやってるんだ感」「自己満足感」があっても構わないと思います。よくわからないけれどだんだん自然と単なる「愛」に移行していけるみたいだからからです。あと、自分がすごく疲れていたり何かにふてくされていたり、怒っていたりする時にはこんなことやる気にもなれませんから(笑)自分の心がいい状態であるかどうかのバロメーターにもなっています。
2008.12.07
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目黒にあるとある病院に長年お世話になっています。漢方を処方してくれる病院でホームページなどは特になく見た目はごくごく普通のどちらかといえば地味~~な病院です。保険はききます。内科です。ただの風邪で来ている人もいるし結構重い病気で来ている人もいます。今の私があるのはそのセンセイのおかげと言ってもいいかもしれない。今は「前、アトピーだったんだ」と周りに言うと「えー?!うそー!」と言われるほどすっかり回復しています。そりゃもう、ヒドかったです。顔に症状が集中していたので目立つ時がありました。症状がかなりよくなってから友人にこう言われました。「実はあの時…本当は、男に殴られたんじゃないかと思ってた」んなバカな…。いや、でもそれぐらい紫色のアザのように見えるほどすごい状態の日もありました。口の周りが特にひどくて一重のマスクで膿みたいなものが外に少ししみ出る時もあったほどです。漢方というと拒否反応を示す人が多いけれども私は自分自身が西洋医学の薬でアレルギー反応が出やすかったので自然と漢方に入っていきました。「この症状にはこの漢方」というのは調べれば素人でもわかるし通販で買えるところもあります。でも、人の体というのは常に変化していて「いつもはコレだけど、今はこっちの漢方」という見立ては素人ではとてもできません。対処療法でなく体全体からの判断ですからねぇ。皮膚も臓器の一種であり薬を塗れば治るというものではないんです。一つの症状もそこが悪いのではなくもっと違うところに原因があったり。片頭痛持ちだったのでその治療もしていますが最近はすっかりよくなっています。そのセンセイは医術職人(私が命名…)という感じでいつも真剣で淡々とポイントを探り当てて行く治療をしてくださいます。だけど時々ボソッと面白いことを言う…。前は頻繁に行っていたけど最近はよくなってきているので1か月に1回ぐらいのペースになってきていてちょっとさびしいかもぉ…なんて思っている自分が実はいます。いつでも体のずれた軌道を修正してくれるお医者さんがいてくれるという安心感からだと思います。
2008.11.19
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金曜日に久しぶりに会った友人と食事の後あるお菓子屋さんの喫茶室でお茶をしました。長々と居座って閉店時間ギリギリまでペチャクチャとしゃべりまくり帰り、店を出る時に「こちら、おみやげです。どうぞ。」と、そのお店の紙袋に入ったお菓子をもらったのです。「ヒャッホー!なんかうれしい!」やっぱりタダでもらえるっていいねとか言いながらちょっと歩いているうちにもしや賞味期限間近とかそんな感じなんじゃない?と見てみるとやはり翌日が賞味期限の日付となっていました。(笑)さっきまで日本の賞味期限の設定は短すぎるよね!とかさんざん話してたくせにいざ賞味期限前日のものが目の前に来ると「あ~だからなのね~」なんて具合になっちゃってすごい矛盾ですね。(照)でもちゃんと包装されているしずっしりとした高級そうなお菓子でとっても美味しかったです。お店の人アリガトウ。以前賞味期限を1分でも過ぎたものは捨てるという人がいました。その人にとっては1分でも過ぎてしまうともう口には絶対入れたくないみたいです。ちょっと過ぎたぐらいじゃあたらないと思うけど個人の自由ですしねぇ。あたるといえば、私は1度しらす干し(が犯人だと思う)にあたったことがあります。つらかったです…。あと、小さい頃つみれを食べ過ぎてリバースしたことがあります。バカな子供でした…。おととしノロウィルスにもやられました。高熱は出るし上からも下からも大変なことに…あー、なんでこんなばっちぃ話に…
2008.11.16
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奇跡とか、不思議とかいうことは本当はないのではないかと思います。未知なるものへの憧れ、とか導いてくださっている大いなる○○様の御加護、とかきっとどこかで決してそこへは辿りつけない哀れな私たちのままでいたいのからそういうものを無意識に創り出して先延ばしにしているだけかもしれません。そんなことを考えていたらすでに亡くなり旅立った人ことを考えていつまでも淋しくなっているのも哀れな私たちでいたいのと同じことなのかもしれないと思ったのです。亡くなった人には亡くなったあとの「生」と「生」の間の「生」があるはずです。そして今前を向き進んでいるはずです。亡くなったその方の魂の完璧さを思う。何も欠けてはいない…。そしてこの私もすべての人もすべてのものもこの宇宙もまた何も欠けてはいない…。
2008.11.11
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実は「工場好き」です。真夜中の東邦亜鉛安中製錬所夏の夜、釣竿を照らしてくれる川崎浮島の東燃寝台で四国に行った時瀬戸大橋の下で朝日に輝いていた坂出の工場地帯あと徳山、北九州…どこもゾクゾクものでした。そういった外から見る工場や夜景のお約束、としての工場はどこかロマンチックだったり無機物がまるで命を持っているかのように見えたり非日常っぽくてステキですね。それを昔日常にしたことがあります。工場で働いたことがあるそれだけのことなんですが。(笑)あんなロマンチックな工場の中は…巨大な機械がウィンウィンとうなっていてそれを設計する人管理する人耳栓をしてラインで作業する人ラインで検品する人抜き取り検査をする人などなどが働いていて蛇口をひねると飲んではいけない工場用水が出てきて社員食堂にはA定食とB定食がありNHKしかかかっていないテレビがあり菓子パンの自販機があり畳の休憩室で昼休みはごろ寝で休み夏はそこから外れると汗が滴り落ちるスポットクーラーがあり冬は防寒着が手放せなくて大雨になるとマンホールがぶっ飛びみんなでパレットを必死で上に上げたりあれ、全然ロマンチックじゃないか…。いえいえこれこそがロマンチックだったんです。いろんな人がいて今思うと仕事自体は大変だったけど素晴らしい時間だった…。最近は工場夜景クルーズとかがあるみたいですが私はあんまり行きたくないなぁ。。。素敵な動画を見つけました。やっぱり工場はカッコイイ。
2008.11.09
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ブログにいろんな広告が出るようになっています。先週のブログで自分の夢にタモさんが出てきたって書いたんですが今日書こうと思ってパソコン開けたらこんな広告が出ていました。「タモ網 通販」タモ網………「タモさん」で引っかかったのか?「たもっつぁん」だったらどうなってたんだろう?ま、いいです。この広告を見て「あ、そうそう!タモ網買わなきゃ!」という人がいるだろうか…いや、この広い世界いるかもしれない…。以前先物取引の電話勧誘のアルバイトをしたことがあります。職安で見つけた派遣会社から派遣されるもので募集は「金融商品のテレホンオペレーター」となっていて「先物」という文言はどこにもありませんでした。怖いイメージありますからね。名簿を見つつ、ただひたすら電話をかけまくり50分かけ続け10分休憩。マニュアルがあってその通りにお客さんをうま~くお誘いするワケです。そこで、まずはじめに言われたことが「99.9%は、切られるか、断られるか、怒鳴られます。でも必ずいるんです!今、その情報をちょうど知りたい人が。がんばってください!」がんばってください!って…あまりに数撃ちゃ当たる方式すぎると思うんですけど・・・。ブログの広告はさすがにブログにある関連ワードで載せているようです。まあ、ヒマだからクリック!という人もいるだろうし万が一今、まさにタモ網が欲しい!という人もいるかもしれない。(あんまりいないと思うけど)何がどうなって売上につながるかわかりませんからねぇ。あんまり関係ない話ですがそのアルバイトした会社直接私たちにかかわる若い社員さん達はいたっていい人達で仕事にも真面目に取り組んでいるみたいで「なぜ、この人たち、この会社なんだろう?」と思っていたしみんなもそう言っていました。しかし上層部の人たちは明らかに「こわい方々」のようでした。(小声)ただただこういうのは使えるかもと思ったことはある気持の置き方です。「この人ならどんな会社に入っても営業でうまくやっていけるだろう」と思える社員の人が「(話を聞いてくれるお客さんが)いないなー、いないなー、って思いながら電話かけてるでしょ。そうじゃなくて誰かいいお客さんいるかなー、いるかなー、で、かけるんですよ。(笑顔)」そしてその人はそういう心の持ち方を「習慣」にしているようでした。でも結局いい人ぶるわけじゃなく私は罪悪感からひと月もたずにそこを辞めてしまいました。もし両親がこういう電話を受けてうま~く言いくるめられて「ちょっとやってみようと思うんだ!」なんてなったりしたところを想像したらこれは早いとこ辞めたいぞ…となったんです。すべてが悪いとは言えないしうまく運用して資産を増やしている人もいると思います。でも悪質なところも多く存在します。お年寄りなどは特に「プロにお任せください!」なんて言われると「あら、そうなの~」となってしまいがちですがやはり自分でよく調べること。これに尽きると思います。
2008.09.28
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この間、ヘンな夢を見てうなされて目が覚めました。近所の大きなホテル(本当にある)のエレベーターにあの日本のお昼の顔(▼o▼)カミキッタ?タモリさんが乗っていてもう扉は閉まる寸前。その時タモさんはエレベーターの外にいる私に向って「空耳 (空耳アワーのこと) のネタを、200個書かなきゃダメ」「2! 200個ぉーーーー???!!!」と絶句する私。そしてエレベーターの扉は閉まりタモさんは降りて行ってしまいました。そのあと私はそのホテルの一室で缶詰めになって必死にネタを書こうとしている。ラジオからはサンドウィッチマンの「真夜中のミッドナイト」というおかしな深夜放送のネタ「深夜のラジオ」が流れている。書こうとしているのに全然思いつかない。全然書けない。机に突っ伏して「あーー書けないよ~書けないよ~」(泣)もう悩みすぎて苦しくなってきてしまい「うーーーーーん、うーーーーーん………」……………めちゃめちゃ、うなされていました。放送作家になりたいとか、なろうとか思ってないしなんでこんな夢なんだろう?夢占いのサイトで「悩む」の項目を見てみると…「精神的、あるいは肉体的な拘束状態、現状の余裕のない生活状況を反映することがあります。」「何に対しても真剣に取り込み、慎重に考えることができるしるし。ただし、自分1人で抱えこみ過ぎてココロに負担がかかるかも。」んーー、当たっている…。みんなもがんばってる。私も早くいい状況にもっていかなきゃな…。
2008.09.24
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あんまり詳しくはないんですが月が小さくなっていく時期は天候が荒れたり、世の中が乱れたりそういうことが多いみたいです。あ、でも今の世の中しょっちゅう、そんな感じとも言えますが…。「方向」だけでも行きたい方に向いていればきっと、そっちに行けるはず。というか「行ってしまう」(!)ものなので自分が見ている方向や自分の感情それが心地よいものかどうか。。。どんなに煽り立てられても「快」な現実を創り出すには心という畑が「快」であること。喜び楽しみ輝き笑顔感謝平安愛情豊かさ健康強さ優しさ達成幸せ感動分かち合い成長美しさ…意識はそこに!逃避ではなく切り替えるために。創り出すために!
2008.09.15
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頑張りたい、この時期に右腕にケガをしてしまいました。ほとんど左利きなので生活にもろに支障が出ているわけではありませんが字を書くのは右手なので仕事に支障が出てきています。それにやっぱり両手使えないと片方に負担が来るしいろいろ辛いです。この連休でなんとか治したいと思っていたけどあんまり良くなってないな…。確か「ピンチはチャンス」・・・でしたよね…。
2008.09.14
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先日お友達と食事をしたあと「COLD STONE」でアイスクリームを食べました。注文をすると冷たい石の上でいろんなフルーツとかクッキーとかナッツとかアイスにトッピングするものをかわいいお姉さん達が♪歌いながら!♪コネコネとミックスしてくれるお店です。アイスクリームを入れるワッフルも店内で焼いているので甘くていい~香りがお店の周りに漂っています。大きさには「Like It」(普通の量)「Love It」(ちょっと多め。好きならばこれぐらい全然いける量)「Gotta Have It」(どんだけ)の3種類あり食後だったので豚への道を回避するため2人とも1番小さい「Like It」にしました。そして紙のカップでは味気ないのでやはりワッフルで!コーンは「ワッフルボール」(ワッフルがお椀型になっている)「ワッフルコーン」(ワッフルが巻いて円錐形になっている)の2種類あり(それぞれチョコでコーティングされてるものも有り)私の経験上ワッフルボールだと入れ物であり続けてほしいお椀形のワッフルが前後左右に滑って食べずらいのでコーンをオススメしました。私は「ピーカン アンド クリーム パッション」友達は「バナナ キャラメル クランチ」友達はCOLD STONE初体験だったのですがメニューを見てすぐに「これだ!」すごい!即決です。「うむ。やっぱりこれだ。」確信に満ちているように見えました。思い起こせば私自身も1番最初に食べたのは大大好きなチョコミント系。やはりファーストアルバムにそのアーティストのすべてが出るように1番最初のアイスの選択にその人が表れるのでしょう(笑)そしてコネコネ開始。歌いながら笑顔でコネコネしてくれるのお姉さん達の手元を能面のような表情で見続ける二人。。。「うわぁー!!」とか「キャッ!キャッ!」とかいう歳でもないのでどうしてもそうなってしまうのです。。。そして出来上がりー!友達は「おいしい!」の連発で「絶対これハマるよー!」と、いたく気に入ってくれたようでした。よかった。私が今回食べた「ピーカン アンド クリーム パッション」もとても美味しくて自分が1番好きなのはチョコミント系よりナッツ系なのだ、と発見してしまいました。ま、ここで書いてもしょうがないんだけど・・・リクエストとしてはキャラメルじゃなくてカラメル系で香ばしい苦~いぐらいのソースを作ってほしいですねぇ。なんたってバニラアイスにお醤油かけてカラメル気分で食べてる人なんで・・・気持ちわるがられるのには慣れています(泣)またクリエイト ユア オウン で頼めば基本となるアイスを「スイートクリームアイスクリーム」から「フレンチバニラアイスクリーム」に変えたりトッピングをあれこれ変えたりいろいろ出来るみたいです。どの店舗も人気があって少し並びますが並んでいる間にメニューを渡してくれるのであれやこれやと悩んでいるうちに順番が回ってきます。いろいろ悩むのもまた楽しいですよ!!
2008.08.10
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「この歌を聴くと○○を思い出す」 そういう歌、 誰にでもあると思います。 すべてのものは振動していて 目に見えないもの 「想い」とか、そんなものも 結局は「振動」のようです。 あの世では こちらの世界の音がよく聞こえる と あの世からの手紙の本には書かれていました。 亡くなった方が好きだった歌とか その亡くなった方のことが強く思い出される歌は この世で聴けば 心が大きく振動し 必ずあの世にまで聞こえ その時 同じ振動を共有できるような気がしています。
2008.07.29
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最近パソコンの中身を整理したいと思いつつなかなかできずよし!今日こそは!と、いろいろ触っていたら結局、昔ブックマークしたサイトを見てたりあれもこれもとただのネットサーフィンになっていました。しかしです。洋楽の歌詞を見れる海外サイトを検索しクリックした途端今まで開いていたウィンドウが消え違うウィンドウが開き英語の大きな赤い文字が!しかも「!」←これがたくさん付いてる!そのウィンドウは閉じることができずこ、これはもしやウイルス??!!即刻オフラインにしシャットダウンしてしまいました。落ち着くんだ!自分!(半泣)恐る恐るオフラインのまま立ち上げるとなんとか起動はできました。そしてフリーソフトでありながら評判上々のアンチウイルスソフトavast!アンチウイルスソフトでスキャン。待つこと数十分。どうやら何もなかったようです。でもぉ…なんだか心配…。またもや、恐る恐るオンラインにしてみて急いでここでまたいくつかスキャン。うーん。どうやら、大丈夫だったようです。大丈夫だったらしい。大丈夫だと思いたい。。。スパイウェアは、WindowsDefenderが見てくれてるはずだしでも、Spybotとかも入れたほうがいいのかな・・・。XPを使っていた時はノートンを入れていました。でも、そんなにパソコン見る時間もない割にはあまりの重さに閉口してしまいVistaにしてからはフリーソフトにしています。avast!結構いいと思います。今回こんな目に遭ったのがいい機会となりいらないデータを捨てパックアップをちゃんと取りメールの整理もしてちょっとスッキリ。デスクトップのアイコンも風水学上は24個までと聞いたことがあります(!?)前、務めていた会社でデスクトップがすべてアイコンで埋め尽くされている人がいました。ギュウギュウです。その人は昼食時に隣でさきいかをたくさん食べるのでもう匂いが充満してすごかったです…。脱線しました。自分からヘンなサイトに行ったりはしないし大丈夫!なんて思ってたら大間違いですね。身にしみました。
2008.07.21
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テレビ東京で、朝6:40からやっている「チーズスイートホーム」っていうアニメがあります。去年「この漫画おもしろいよーー!!」と教えてもらってはいたのですが漫画本を買うまではいかずネットでそのネコちゃんを見て「あら、かわいい!」と思っていました。3月30日(だったと思う)からアニメが始まりたった3分間ぐらいですが毎朝、朝食を食べながらプッ!とか吹き出したりしながら見ています。今では自然にメールにもチー語が入ってしまいます。(危)Youtubeにも沢山アップされているので1度見たのをまた何度も見て「あ~かわいいな~!」と気味悪い人になっています。本当にかわいいんですよ。もう。あ、また、こんなに夜更かししてしまった…。
2008.07.13
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今1番、自分にとって大切なことは何なのかかなり忘れがちになります。以前職場である上司に、その会社を辞める寸前に「いいか、○○(←私の名前)。次の会社に行ったら、1番イヤだと思うヤツに1番近づけ。」その上司は、その業界では優秀なことで有名でいわゆる、やり手の人でたくさんの業績を残している人でした。1番イヤだと思うヤツに1番近づくことによって好きな人とばかり群れていないで違うことが発見できる。イヤだと思う人はたいてい、職場でもちょっと嫌われ気味なのでその人と親しくなることによって一目おかれるようになる。だいたい、こんな効用もあると思います。私はその後、そのアドバイスを守りどの職場に行ってもうっへ~!と思うような人に、なるべく自ら近づくようにしていました。んーーー。しかし、どの会社に行ってもその会社で出世したい、とかその道のプロにないりたいとか思っていないのにどうも会社のことが頭から離れない。そう。目標があり、会社にはお金をもらいに行っているだけのはずなのに仕事のこと、人間関係のこと。そういったことに意識が集中されていて1番大切に考えなければいけない「自分のこと」がすっぽ抜けていたのです。G氏に、その上司のアドバイスのことを言ったら「それは、その上司の魂の役割であって、S-Joanさんは違う。今S-Joanさんは、目標に向け、感性を磨きまた、行動するためのお金を貯めること。そんなことに意識を集中してたら疲れるわけですよ。」確かに、その上司は人とのつながりによって仕事も増えただろうしそういう周りからの評判なども大きく仕事内容にかかわってくるのでそういった点でヤなヤツに近づくということは彼には1番理にかなった方法だったのかもしれません。そのアドバイスのせいにするわけじゃありませんが今まで私は、すごい意識の量を勤め先に使っていたと思います。自分はどこに行きたいのか。どう生きていきたいのか。会社に限らず社会、人間関係、メディアなどから集中できない環境であふれかえっている気がします。でも1番自分が大切にしたいことここからはずれないこと。ちょっと今日は強く心がけてみます。
2008.07.09
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う~ん。落ち込んでいました。このままではどうにもいかんと…今の仕事のことも、将来のことも…呼吸が浅くなり、胸が痛い感じでした。前の会社で「自殺する人ってどういう状況の人が多いと思う?」と、質問してきた人がいました。なんかヤな質問ですが…その人によると「大きな悩みとか大きなトラブルがあった時よりも小さな悩みがずっと永続する時、自殺する人が多いんだよ」だそうです。あまりに大きいと開き直れるけどいつもでも続く小さな悩みというものは先が見えない、ビジョンを見ることもできない。解決策を探す気力も奪われ感じることのできるのはぼんやりとした、絶望感。わかる気がしますねぇ。あ、ご心配なく!自殺したりはしませんから!まあ、波があるものです、何事も。こういう時にこそ自分が本当に行きたい所が思わぬことから見えてきたりするものです。なーーんてエラソーに書いていますが渦の中にいる時はすべてがバカらしくもうどうしていいのかわからない気持ちでいっぱいです。でもいつもあとになって考えてみると落ち込みとは、必要な出来事で見えないところでの検索作業のようなものなんだと思います。最近、ある方に教わったことがあります。こうなりたい!ということを紙に書き出す。ニヤッとなれたり、ワクワクゾクゾクするようなことです。その紙をいつも見るようにする。←ここ、ポイントこういうのって、よく成功本とかに書いてあってりあと「宝地図」とかいって写真を貼ったりするのもあります。やったことはあったんだけど見続けてはいなかった…。人は見ているもの、考えていることに向かう。というか向かってしまう。そういうふうにできている。。。昨日とりあえず書いてみました。見ると確かにニヤッとはなれるんだけど で、どうすんの?がやってきます。(笑)しかし今朝起きたらあるひらめきがありました。あ~なんとかなりそうだ…。よかった。こんなことってあるんだなー。もし行きづまっていると感じている方がいたら軽いノリでやってみてください!
2008.06.29
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今日は久しぶりに友達とお食事会です。二人ともお酒が飲めないのでいつもおいしそうなお店を物色しては食べまくりのしゃべりまくりであっという間に終電間近になってしまいます。以前勤務先が一緒だったので○○さんはどうなって、○○子さんは異動になって…などなどのちょっと聞いてよ!話で夜が更けていきます。今日も確実に喉が痛くなりそうですが楽しみでーす。
2008.06.20
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最近、好きな音楽がちょっと変わってきました。以前は「かっこいいチック」なフュージョン(古いけどShakatakずきです)とかドナルド・フェイゲン(ブログタイトルは恐れ多くも超名曲、Nightflyの歌詞から)とかトム・ウェイツとかくくるとすればなごみ系とは程遠いシビレちゃう系でした。しかし最近はしぜ~~~んなものが無性に聴きたいんです。その人が好んで見る映画はその人の未来をあらわす傾向があると誰かに言われましたがもしそれが本当なら私もそろそろしぜ~~~んになれるのかもしれないかも。(笑)いや、これは歳をとったということか?それともジャンクフード大好きだった人が野菜が好きになるようなことと同じなのかな?実は最近あまり自分に無理しないようにしはじめていました。どうであっても「いいんだよ。あなたはそれでいい。」と心の中でもう一人の自分に言ってみるようにしていました。言ってくれるのは神様でもいいしキリストでもいいし仏様でもいいんだと思いますが。その安らいだ感覚をたびたび感じていたらしぜ~~~んなものが聴きたくなってきました。
2008.05.18
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先日、ある方の葬儀に参列しました。ちょうど亡くなる少し前にその人ともうすでに亡くなっている人が一緒に夢に出てきたのでそのときは「なぜ突然夢に?」と思っていました。そういうのってもう亡くなるとか決まっているということなんでしょうか。前にこんなことがありました。ある人が亡くなりその亡くなったと思われる同時刻に自分の部屋の天井にいつもはないものを見ました。ハッキリ見えたので寝ぼけていたんではないと思います。それから毎日その人が夢に出てきて顔を触られる感覚があった時もありました。冷たい指でした。特に怖いという気持ちはなく「な、何?何だ?!」という驚きでした。あまりに毎日見るのでノートに書き留めていましたが数か月後にだんだん少なくなり半年後には完全に見なくなっていました。また、その期間には小さな青っぽい光が視界の中にチラッチラッと飛び込んでくることがよくありました。今は全くありません。以前G氏に聞いたところによると亡くなった人というのはしばらくはこの世、私たちのまわりにいるそうです。そして徐々に天空に上がるので夢を見なくなったというのはよいことでありその人がもう天空に行けた、ということなのだと。今回亡くなる前に夢を見たのも旅立つ前にちょっと挨拶に来てくれたのかもしれない。意識の深いところではみんなつながっていてもっと言うとあっちもこっちもつながっている。いつも実感したいけれどこういうことがあると忘れがちになっていたなと実感させられます。お金、名誉、子孫、成功…形あるものは大事だし多分この世はそれを形にして自分の魂や、他人の魂を幸せにすることができる次元だと思います。でもその形あるもののもっと奥にあるもの生きてても、死んでても本当はみんなそこに向かっているんじゃないのかな。
2008.05.05
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生きて届けるビフィズス菌ヨーグルト(赤ぶどう)を買いました。3個パックのヤツです。 「カプセルがビフィズス菌SP株を胃酸から守って腸まで届ける」「腸で溶けるつぶつぶカプセル」これがセールスポイントみたいです。食べると小さなプチプチの粒がたくさん入っていてまさに、それこそがビフィズス菌カプセルなのにあまりのプチプチ感が楽しくて口の中でつぶしてしまいました。しかも全部…。これでは私の腸にはビフィズス菌は全然届かないしせっかくカプセルを開発してくれた方々に申し訳ない。すいません。それはあんまり思ってませんでした。。。でもビフィズス菌が腸に届くのとプチプチの快感のどちらかを選べと言われたら多分プチプチを選んでしまいます。
2008.04.27
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バブリーな時代に自己啓発セミナーを受けたことがあります。きっかけは職場の先輩が「クリエイティブな仕事をするんだったら受けといて損はないよ」みたいな誘い文句で「歌手の誰それさんも、あと誰それさんも、ちょうど受けてるよ!」なんて言われ「へーーー!やってみたい!!」バカすぎます。。。3段階あって最終段階までやりました(やはりバカすぎる)「洗脳体験」という有名な本があってそこにいろいろ書かれているとおりです。3段階目は友人・知人をエンロール(いわゆる勧誘)するものでやたら電話をかけたりやたら友人に会ったりでそれで失った友達もいました。たまにいますでしょ。長年会ってないのに突然電話してきて「会わない?」とか言ってくる友達。本当に会いたいのかもしれませんがだいたいがマルチか宗教かセミナーでしょう。現在の友達はそれ以降に知り合った人々オンリーです。人生無駄はないといいますがそうだなあそこから何を学んだのかなあたまに今でも仕事中に暑ーい夏の日心の底からススメたいのではなく成果(エンロールの人数)をあげるために友人と会ったりしていたことがフラッシュバックのようによみがえることがあります。あまりいい感覚ではありません。まだ若かったので「もしかしてこれ(セミナー)が自分の人生に役立つかも」という期待があったんだと思います。今はあれから歳をとったので必要最低限のことにしかエネルギーをかけたくないですね(笑)というか何が必要で何がいらないのかわかるようになってきた・・・のか・・・?遅すぎ・・・人それぞれのペースだから私はこれでいいとしましょう。ハハハ
2008.04.20
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先日、約1年ぶりにG氏の対面霊視カウンセリングを受けました。月に1度の予約が再開されるたびに申し込むかどうか迷いつつも「自分なりに前向きになんとかやっていけるのでは」という考えが浮かび、延び延びになっていました。でもここ数カ月、体力気力がなくなり出口のない、いつまでも光の見えない限界を感じていました。久しぶりにお会いする、G氏とよしださん。少し大きくなったような気がする、あんずちゃん。G氏には、今の状態が「魂が拉致監禁されて、強制労働させられているような状態。休むことも許されず、働き続けさせられているような」と言われました。納得です。。。解決策はたったひとつでそれは3年前G氏に初めてカウンセリングを受けた時にも言われたことなのです。いろいろあったけど多分今度はできると思う。 解決策はちょっと恥ずかしくて書けませんが今度こそ、なんとかできる気がしています。それに私は最近「あこがれに生きる」ことをすっかり忘れてしまっていました。やっぱりそこに向かえばなんでもできそうだなあ。
2008.04.13
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今の仕事を始めた頃友人にこう豪語したのを覚えています。「前の会社みたく、明日休みたいとか思わなくなった!」いやー、素晴らしいことです。でも会社というのは長くいればいるほどいろいろ任されることが多くなったりします。新しく入ってきた方に教えること、とか裏方的な仕事、とか。特に「教える」ってかなり体力を使います。自分が調子のいい時はいいんですがなにしろ最近疲れていてちょっとつらい時があります。でも、新しく入ってきた方というのは右も左も分からず真白ですから自分だって教わったようにちゃんと教えてくれる人がほしいものです。わかってはいるんですけどね…。こう次から次へと来られるのもね…。ほかには、書類をひたすらチェックし続ける仕事があるのですがそれのおかげで遠視の目が、かなりキています(泣)昔、眼科で「あなたみたいな目の人は1時間仕事したら、30分目を休ませないとダメです」と言われました。そ、そんな仕事ないだろ…………突っ込みたかったけど、その時はやめときました。とにかく、極度らしいのでそれ用の眼鏡をかけても目の疲れ、頭痛がない時があまりありません。これは分岐点…なのか…?そうそう!でもそんなに深刻にならずなるべく楽しいほう、楽しい方に向ってみます!
2008.03.30
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最近なんとなく疲れが抜けなくて満員電車に突入する気が萎えてしまっています…短い区間だけど今日はグリーン車に乗ってますあ~、座れないけどのんびり~どっかでコーヒー飲んだと思えばま、いいか
2008.03.17
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武蔵小山に行って来ました。ちょくちょく行ってます。ちょくちょくちょく、です。パルムという名前の大きなアーケードの商店街があってとても有名です。よく撮影とかやっています。超!庶民派の私はここが大好きで行くたびにウハウハしてしまいます。……バッグを買ってしまいました。2000円!安いのにかわいい!(笑)おととしの夏ぐらいに駅が地下にもぐってしまったのでちょっと風情がなくなってしまいましたが実にいい街です。○○ヒルズとか○○タウンもいいけれどなんでも揃うムサコもいいですよー。
2008.03.10
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第20の手紙なにもしない時間こちらの世界にいて嬉しいのは、夢を見るひまや、自分自身を知るひまがたっぷりあることだ。もちろん、やることはたくさんある。だが、数年後には地上に戻るつもりでいても、自分を知るぐらいの時間はじゅうぶんある。地上にいたときも、自分を知る努力はそれなりにしていたが、こちらの世界ではとにかく面倒な雑事が少ない。着替えの手間ひとつとってもこちらの方が楽だし、自分や他人の生活費を稼ぐ必要もないのだ。きみも、そうできると思うなら、のんびりする時間をとるといい。自分でできると思うことは、だいたいなんでもできるはずだ。わたしの場合、例をあげると、何年かたったら、この四次元の世界の状態を一般的に知るだけでなく、わたしがこれまで生きたいくつかの人生に戻って、そこで学んだことを吸収し直したいと思っている。現時点までにわたしの自我が体験したことをすべて統合し、それをもとに、将来最も抵抗なくできることはなにか、判断したいのだ。今度生まれたときは、いまの知識をかなり取り戻せそうな気がする。きみに――あるいはきみたちの何人かに――次はいつ、どのあたりで、わたしを捜せばよいか教えておこう。いや、驚かないでほしい。いますぐという話ではない。すぐに戻ろうと思えばあわただしくなるが、わたしはあわてたくないのだ。むりやり戻ることもできるとは思うが、それは賢明なやり方とは言えない。むりに戻れば、望んだほどの力をもたない状態で戻ることになってしまう。作用があれば、それと逆向きに同じ強さの反作用が働くわけだし、力のまとまり、すなわち自我は、一定の時間には一定のエネルギーしか生み出せないので、力を備えて戻るだけのエネルギーをたくわえるまでは、この希薄な素材の世界で休んでいた方がよいと思うのだ。ただわたしは、ほかの魂たちのまねをする気はない。彼らは、以前地上に飽きてしまったように、こちらの世界でも飽きるまでとどまったあげく、リズムの波が抗しがたいほど強まったときに、ほとんど自覚のないまま地上に送り返されてしまう。わたしはそのリズムを自分でコントロールしたいのだ。わたしがここに来たあと、知り合いのある男が地上に戻って行った。初めて会ったとき、彼はもう出発を目前に控えていた。ただ不思議なことに、本人は自分のそういう状態に気づいていなかった。いろんなことに飽きてしまった、もっと休みたい、彼はそんな愚痴を言った。物質界へ戻るドアを開けるには並々ならぬ努力が必要なので、休みたいというのはそれに備えるための本能的な欲求だったのだろう。こちらの世界に来るのは簡単だが、こちらからそちらへ行くときはかなり努力しなければならないのだ。師が教えてくれたので、その男がどこにいるかはわかっている。男のことはわたしから師に話したのだが、師はその前から彼の存在を知っていたようだった。それはかなり奇妙なことだった、というのも、あのような男に師がそれほど興味をもつとは思えなかったからだ。だが、先のことはわからない。もしかしたら、彼は次の人生で、彼らが教える哲学を本当に学び始めるのかもしれない。だが、こちらの世界はそちらよりひまが多いという話に戻ろう。きみたちも、生活の中でひまな時間をもう少し作るようにした方がいい。別に怠けろというのではないが、受動的な心の状態は、能動的な状態に劣らぬ価値をもっている。きみたちが受動的になってくれなければ、われわれは連絡をとれない。きみたちの心や体が常に忙しい状態にあると、魂のメッセージを認識させるのがむずかしくなる。1日の中で、なにもしない時間をもう少し多く作りなさい。なにもしないのもときには悪くない。心の中の潜在意識の部分が活動できるのは、そういう時間なのだ。潜在意識は、内面の生の存在を教えてくれる。なぜなら、地上にいる者が“所有して”いる内面の生は、われわれの住む世界とそちらの世界の接点にほかならないからだ。言い換えれば、2つの世界は接しており、しかも内面の生を通じて接している、ということになる。出て来るためには、まず入って行かねばならない。一種の逆説だが、逆説には多くの真理がひそんでいる。矛盾は真理ではないが、逆説は矛盾とは違う。人々がこちらの世界に滞在する期間には大きなばらつきがある。ホームシックについて言えば、地上の世界を恋しがってホームシックになる者もたしかにいる。そういう者は、ほとんど間をおかず地上に戻ったりするが、それはたいていの場合まちがっている。その魂が若くて、前回の人生で使い残したエネルギーをたっぷりもっていれば別だが、ふつうは地上に早く戻りすぎると回復力の不足に悩むことになる。地上にいる詩人や夢想家の一部は内面の生を恋しがっているのに、こちらに来た者は地上を恋しがるのだから、不思議なものだ。“内”と“外”という言い方はわかりにくいかもしれない。だが、思い出してほしい――きみたちがわれわれの世界に来るときは“入って”来るのであり、われわれがきみたちの世界に行くときは“出て”行くことになるのだ。こちらの世界にいるわれわれは、通常の状態では、ほぼ主観的な生を生きているが、きみたちの世界にふれるとだんだん客観的になっていく。きみたちは、われわれの世界にふれるとだんだん主観的になっていく。それさえ心得ていれば――つまり、自分の内部に深く降りて行けば――きみたちはほとんどいつでもわれわれの世界に遊びに来られるのだが。きみに実験する気があって、しかも怖がらずにいられれば、肉体がさほど意識を失っていないときに――つまり、深い眠りにおちていないときに――きみをこちらに連れ出すこともできる。その気になったら、わたしを呼びなさい。すぐに来なくても、がっかりしてはいけない。きみが呼んだとき、わたしは別のことをしているかもしれない。だがそんなときは、あとで行くから。急ぐ必要はない。それはぜひ心に留めておいてほしい。今年できなかったことは、来年にはできるだろう。しかし、次から次へと仕事に追われていると、それぞれの仕事の完成度はひじょうに低くなる。永遠という時間があれば、人間の自我はじゅうぶん発達できる。永遠はそのために設計されたと言ってもいいぐらいだ。むかしだれかが 「人生の目的は人生そのものだ」 と言ったが、まさにそのとおりだ。永遠について新たな角度から考察する機会を得て以来、わたしはそのことをより深く認識するようになった。その新たな角度から考えると、永遠、そして時間というものがよく理解できる。以前は、自分が時間をむだにしてはいなかったことがわからなかったが、いまではわかる。失敗も経験のうち、決して意味のないことではなかった。われわれは、取り戻すために失うのだ。人生に出入りして、その内と外を学んでいれば、力を得ることも失うこともある。どんなことでもそうだが、この点においても、人生の目的は人生そのものなのだ。急いではいけない。力や知識は、少しずつ身につけることもできるし、強引なやり方で一気に身につけることもできる。どちらを選ぶかは、その人の自由だ。しかし、ゆっくり成長した方が、反動は少なくてすむ。
2008.03.02
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顔の美醜姿かたちの良し悪し一体これってなんなんだろう??!!なんなの!!??この地球の長~い歴史の中でどれだけの人がこれで損をしまた、得をしてきたか。美しい・かわいい・カッコイイから、仕事や契約などをもらえた方々をたくさん見てきました。いや、もちろんその方々の努力もあったと思います。でも、その仕事や契約を与えたりする側の人がその反対(いわゆる、不美人、ダサイというような)の方々を「見た目が美しくないから」という理由で切っていった、はっきりとした現場も見てきました。「ああ、あの子。もういらない。カワイくないから(笑)」また、意識的にも、無意識にでもそれ(外見)を武器にしている人々もいます。「美」の基準なんて時代によって変わります。でも、ひとりの人の寿命の間にその基準がガラッと変わることはまずないです。それでは切ないのでずっと考えていくとどういうのが理想なんだろう。思いついたのは「みんなが同じ顔、同じ背格好である時」と同じようにお互いが接している、感じているそういう世界でしょうかねー。以前G氏に質問したことがあります。「姿かたちの良し悪しって、一体何なんですか?」人は生まれる前に今世はこういう環境で、こういう見た目で生まれる、と計画をたてるようですが世の中で、いわゆる外見で低く評価される人というのは非常に高い志を持って自ら高いハードルを設定して生まれてきた。反対に、外見を高く評価される人というのは志が低い、ということではないがある程度ハードルは低く設定されている。魂が光っていればその人は美しい。いかに魂を輝かせるか。美しさとは魂の光、輝き。こんなような答えをいただきました。(なぐり書きなんで、ちょっと曖昧)みんなの、「形」でなく「魂が」光っている。で、光っている人が、光っていない人とかを作り出さないでいる。(差をつけてる、ってヤツです。こんなのはニセの光だな…)そうなれば、誰が美しいとか、美しくないとかはなくなりまさにみんなが美しい美しき世界となりますねぇ。
2008.02.25
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日曜日の夜はいつもなぜか必ず!寝るのが遅くなってしまいます。夜中にいろいろやりたいことが思い浮かんで明日の準備とかは遅くにゴソゴゾ始めてしまいます。そして2時になり、3時になり・・・これでは1週間つらいワケです・・・夜型人間です。極度の遠視のせいかもしれませんがまぶしいのがダメで暗いほうが完璧にイキイキしています。夜が大好きです。同じ6時間を寝るにしても12時前に寝るのと、12時回ってから寝るのとでは何かが違うと、どこかで聞いたような気がしないでもありません。今日はがんばって早く寝てみようと思います。(もうこんな時間だけど)トム・ウェイツの「Please Call Me, Baby」というとてもいい曲があるのですがそれを1回聴いたら寝ることにします。で、また何回も聴いちゃうんだよなぁ・・・
2008.02.24
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第12の手紙実在するもの、しないもの初めてこちらに来たころは、見るものがみなおもしろくてしかたなかったので、見る方法についてはあまり考えなかった。しかし、最近では―― 特に、ここ1、2通の手紙を書いてからは―― 一見したところ同じ物質のように見えるものにも違いがあることがわかってきた。たとえば、人体のように、まちがいなく地上に存在するものと、目に映るし本物らしく見えるけれども、実は思考の産物と思われる、というか思考の産物にちがいないものとの、差がわかることがあるのだ。そんなことを考え始めたのは、天の国でおきるさまざまなドラマを見ていたときだった。そして、パターンの世界と名付けた場所で、最近また探検していたとき、そのことをさらに強く確信するようになった。もっと時がたてば、この同じような外観をもつ二種類のものを、ひとめで区別できるようになるかもしれない。たとえば、こちらの世界で、ある人間、または人間に見えるものに出会い、それがユーゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・ヴァルジャンのような、小説の有名な登場人物だと教えられたとする。するとわたしは、思考が形づくったものが、じゅうぶんな活力を得て、この希薄な素材の世界で霊(エンティティ)に近いものになって立ち現われたのだと信じることになるだろう。いまのところ、そのような小説の登場人物に出会ったことはない。もちろん、その人間の形をしたものと会話できなければ、あるいは他の人がそれと会話しているのを見なければ、それが絶対的に存在しているとは言い切れない。今後は、このテストをちょくちょくやってみようと思う。霊に見えるものに会ったとき、話しかけることができて、ちゃんと返事があれば、それは実在すると考えてさしつかえないだろう。小説の登場人物をはじめ、人の心の創造物は、その姿がどんなに生き生きしていても、魂をもっていない。力のまとまり、真の自己をもっていない。ただの絵にしか見えないようなものに会ったら、このテストを必ずやってみることにしよう。独特の形をした木や動物を見たとき、それにさわって肌で感じることができれば――こちらの世界でも各種の感覚は地上と同じぐらい鋭く働くのだ――それはこちらの世界の希薄な素材でできたもので、ちゃんと存在するとわかる。わたしがいままでこちらの世界で出会った人物は、いずれも実在するものと思われる。だがもし、そうでない人物――さわっても肌に感じず、質問しても答えない人物――を見かけたら、思考が形づくった人やものは、実在するように見えるほど凝集力が強いこともあるというデータを、わたしの仮説に付け加えることになるだろう。目に見える魂でも見えない魂でも、実質のない魂はありえないし、魂のない実質もまたありえない。それは疑いようのない事実だ。しかし、絵に描かれた人間は、遠くから見れば本物の人間に見えるかもしれない。こちらの世界に、故意に、目的をもって作られた思考の産物が存在する可能性はあるだろうか? わたしはあると思う。その場合、思考が形づくったものは、すぐに消えてしまわないように、たいへん密度の濃いものになっているはずだ。この疑問については、これ以上話す前に、まず自分で納得のいく答えを出しておくべきだろう。
2008.02.24
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冷やし中華はじめましたっぽい……ラテンダンスでメリハリボディ!の、最近よくCMをやってるアレです。ダンス大好きなんで、即買いでした。やってみると結構キツくて大汗かきます。宣伝じゃありませんがどんどんやりたくなる…いつまで続くかわかりませんがちょっと楽しいです。
2008.02.19
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第10の手紙ライオネルこちらの世界にも、地上と同じく、他人の幸せのためにつくす人々がいるというのは、おもしろいことだと思わないか。その目的のために魂が集まって作った大きな団体もあり、〈連盟〉と称している。彼らの仕事は、こちらに来たばかりの者が、自分自身を見つけて新しい状態に早く慣れるように、手を貸し指導するという、特別なものだ。〈連盟〉には男も女もおり、その奉仕活動はかなりの実績をあげている。彼らがやっているのは、ごくささやかな仕事だ――いわば救世軍と同程度の仕事だが、それをもっと知的なレベルでやっていると言えばいいだろうか。彼らは、大人も助けるし子供も助ける。子供のケースは興味深い。自分の目で一部始終を観察する機会はまだないが、〈連盟〉で働くある者の話によれば、子供は大人より、変化した生に慣れるのが早いという。老人はこちらに来ると眠る時間が長くなりがちだが、子供は、地上にいたときの好奇心をそのままもって、元気一杯でやって来る。激しい変化はない。子供たちは、こちらでも地上と同じく、少しずつ、それとわからぬほどゆっくり成長すると言われている。たいていは通常のリズムに従うが、中にはほとんど休息せず、すぐ地上に舞い戻る魂もいる。そういう魂は、好奇心旺盛で、強い願いを抱いていることが多い。子供たちは実に愛らしい! ある少年はよくわたしのところに来る。わたしのことをお父さんと呼び、いっしょにいるのが嬉しいようだ。齢は13ぐらいだろうか。しばらく前からここにいると言うが、来てどのぐらいたつのかは、本人にもはっきりしないらしい。だが、暦の上の年でいつ来たかは覚えているかもしれないので、今度きいてみようと思っている。ここでは、いくら用心しても考えを人に知られてしまうのか、といえばそうではない。やり方さえ知っていれば、自分の考えを秘密にしておくことはできる。暗示やまじないを使えばよいのだ。とはいえ、人の心を読むことは、地上よりこちらの世界の方がずっとたやすい。われわれが会話する方法は、きみたちとほとんどかわらないといっていい。ただ、いまのわたしは、唇を動かすかわりに思考によって話しており、その方が力強く生き生きした会話ができることが、しだいにわかってきた。最初のころは、言いたいことがあるといつも口を開いていた。いまでは口を閉じていたほうが楽だ。とはいえ、習慣のせいでつい口を開けてしまうこともあるが。ここに来たばかりの者は、声を出してしゃべっていないと、他人の話が理解できないが、自分でも声を使わずにしゃべれるのだとわかれば、そんなことはなくなるようだ。だが、少年に話を戻そう。地上のことをいろいろ話してやったところ、彼はいくつかのことにたいへん興味をもった。特に飛行機は、彼がここに来たころはまだあまり実用的ではなかったということで、それだけ興味があるようだ。地上に戻って、飛行機で飛んでみたい、などと言う。ここでは飛行機などなくても飛べるじゃないか、と言ったのだが、彼にとってはそれとこれとは別らしい。実際に機体にさわってみたいのだ。わたしは、あまりあわてて戻らない方がいい、と彼に忠告している。おもしろいことに、この少年は、これまで地上ですごした何度かの生を覚えている。ふつう、ここにいる者が覚えているのは、前回地上にいたときのことだけで、それ以前の人生のことはまったく忘れている。肉体をもっていたとき前世を忘れていたのと同じだ。ここではだれもがすべてを知っている、などと思ったら大まちがいだ。ほとんどの魂は、地上にいたときとたいして変わらないほど無知なのだ。少年は、自分は前世では発明家で、事故にあってここに来たと言っている。彼が地上に戻るには、もう少しここにいて、もっと強いリズムを得なければならないだろう。ただし、それはわたしの勝手な考えだ。わたしは少年に強い興味があるので、そばにひきとめておきたいと感じている。それが判断を多少鈍らせているかもしれない。そう、われわれはやはり人間なのだ。きみはわたしに、いくつかの質問をしたのではないかね? それを声に出して言ってくれないか。そうすれば聞こえるから。そうなのだ。いままで長いこと感じていたのにくらべると、いまのわたしは相当若返ったような感じがするし、とても元気だ。最初のうちは、病の床にいたころとさほど変わらず、憂鬱になることもあれば、憂鬱さから解放されることもあった。だがいまは大丈夫だ。体調について悩むことはあまりない。ここに来た老人は、どんどん若返って、若い盛りに戻り、長いことその状態を保っているように思える。もちろん、わたしは全知全能になったわけではない。忘れていた知識をいろいろ取り戻せるようにはなった。だが、生命というものをくわしく知るには、まだまだ多くのことを学ばねばならない。きみの好奇心のおかげで、周囲の状況を調査研究するのが楽になりそうだ。きみの力がなかったら、調査できたとしても長い時間がかかったかもしれない。たいていの場合、ここにいる者は、あまり多くのことを学ばないようだ。ただ、地上と同じで、最も容易で最もよい生き方を自然に学んではいるが。そう、ここにはいくつかの学校があり、教えを受けたい者はだれでも受けられる――その学校が自分に合っていれば。しかし、真に偉大な教師はひとにぎりしかいない。並の大学教授に至高の知を備えた者がいないのは、こちらでもそちらでも同じことだ。
2008.02.17
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約2年ぶりに携帯を変えました。前の会社を辞めてから激動の期間だったのでなんとなく「もうゆっくり休ませてあげたい」という気持ちになったからです。携帯をよく使う自分にとっては分身みたいな感覚があります。「それって飽きたってことだよ」と言われれば、それまでですが・・・もう本当にこの子(寒っ?)にはお世話になった。。。いろんな所に連れてったしメールもしまくったしいろいろ調べまくったし写真もたくさん撮っしパソコンでやってたことの多くを移動したのでおかげでパソコンをあまり開けなくなっちゃったし激しく閉じると再起動してしまうという症状があったのでやさしくやさしく使っていました。歴代、薄いピンクばかりだったので今回は派手に、黄色系にしてみました。気分だけでも若々しくいられるようにと思いまして・・・ハハ・・・薄ピンクちゃん今までありがとう!ナデナデ。
2008.02.11
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すごく久しぶりに書きます。去年ひどい風邪を引いてからあることを思いつきました。「もう少し楽をしても、なんとかなるんじゃないかな。いや、そうしないとダメだろう。」勤務先の上司に相談し勤務時間、勤務日数を減らしてもらいました。全然生活に余裕があるわけではないけれどこのままのペースで働き続けていると何もできないまま終わってしまいそうで少し焦っていました。しかしやってみるとこの決断は非常に大きく自分に力が戻ってきた感じがします。前よりも少し体力的・時間的に余裕ができたのでこの機会に自分のお金の流れを見直したり(実は何も保険とかに入ってなかったし、積立とかもしてなかった)やりたいことができる環境をまず作り出すために計画を立てたり、いろいろ調べたり目に見える進み具合ではないけれど少しづつ進んでいるような気がします。現在の職場にはある仕事のプロでありながらやはり少しアルバイトをしなければならないということで働きに来ている方がいます。その方に以前聞いたことがあります。「こういう所で長時間働いていると自分が、プロの○○○(←その職業名)であるというアイデンティティーが揺らぐことはない?」答えはたった一言「ないっすね」スゴーーーイ!感動しました。いや、プロならこれが普通なのか・・・私なんか今の仕事はほかのやりたいことをやるためにただお金をもらいに行っているだけのはずなのにいつのまにか無意識にその中でよく思われたい、とか評価されたい、とかそういう小さな競争意識みたいなものが出てきていてそれで余計疲れていたんだと思います。なんてバカだったんだろう!もうそんな自分とは、おさらばです(笑)
2008.02.10
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私はまったくブランドとかわからない人で大丈夫なのか?というほど知らないのですがテレビでたまにやっているFashionNewsをぼんやり見ることがあります。パリコレ、とか、東コレ、とかおしゃれな洋服がたくさん見れて気持ちよくなれます。自分が着ていない分・・・その中で生まれて初めて(!)「あー!このブランドを着たい!」「このブランドばっかり着る人になりたい!」そう思ったブランドがありました。東京コレクションの中であった"IMAGINE" というブランドで覚えやすい名前だったのであとで検索すればお店とかがわかるだろうと思っていました。きっとそういうのはスゴく高くて手が出ないかもしれないけれど見に行くのはタダだし、なんて思っていたのです。もう何週間も過ぎたのに今日やっと検索し、事務所らしきところに電話したところまだオンリーショップ(この言い方も初めて知った)はなくHPもないようです。コレクションテーマは『「オノ・ヨーコ (YOKO ONO)」。リアリティに立ち向かう強さを持ち、自由でナチュラルな飾らない女性。オリジナルファブリックにより独自の世界観で表現。』だそうです。特にジョン・レノンとオノ・ヨーコが好きなわけではありません。でもその洋服がとてもシンプルなのにかっこよく普通といえば普通ですがとても惹かれるものがありました。それを着ている自分を想像するともうその場面は自分の夢が叶っている場面です。いつか着れる日が来ますように
2008.01.08
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風邪ひきました。かなり長いこと咳が止まらなくて、薬を飲んでも全然治る気配なし。出っぱなしの上、体を横にするとなおひどく出て何日間かはうっすらと眠るだけで、ほとんど眠れませんでした。もしや肺炎?私「咳がひどすぎて咳すると食べた物とか胃液みたいなのを吐いちゃうんですけど」医者「ま、そういうこともあります」私「胸がすごく痛いんですが」医者「ずっと咳が出てれば誰でも痛くなります」私「ブツブツ・・・」医者「こうやって抗生剤出してるんだから肺炎にはなりません!」病院変えました。ちゃんと血液検査とレントゲンも撮ってくれて聴診器も当ててくれました。というか、これが普通のような気がするんですが・・・結果、肺炎ではないのですがアレルギー喘息とやらになっているかも、ということでした。これからも風邪の時は体質的に気をつけねばならないと言われました。いったん咳が出始めると、まったく息が吸えない状態になるのでバスとか電車とかに乗ってる時になったら大変です。(通院のバスで1度なった。死ぬかと思った…)今はお陰様でよくなり体力も回復しやっとパソコンを開けられました。とにかく前よりも声を出すのがまだ辛くてなんだか性格がおとなしい人になってしまったように感じます。いかに自分がおしゃべりだったかがわかりました……
2007.12.30
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第9の手紙四次元のランデブーきみの手をときどき借りることで、わたしはこんなに助かっているのに、きみがなぜしりごみするのか不思議でならない。この哲学は、世界で、世界中で、この先も教えられていくだろう。現世でその深みに到達するのは、おそらくごく少数の者だけだ。しかし、きょうまいた種は、遠い将来に実るかもしれない。二、三千年前のミイラの体に埋まっていた小麦の種を、適当な土に植えたところ、みごとに芽吹いたという話を、どこかで読んだことがある。哲学の種もそれと同じだ。哲学に奉仕するばかりで、哲学に奉仕させないのは愚か者だといわれる。しかし、人は自ら七度刈り入れなければ、真の哲学のほんの一部すら世界に与えることはできない。「……家あるいはきょうだい……あるいは田畑を捨つる者は……のちの世にては永遠の命を受けぬはなし」という聖書の一節を知っているだろう。得るためには、与えねばならない。そういうきまりなのだ。わたしはきみに、こちらでの生についていろいろ教えることができるし、その内容は、ほかの人々にとっても、この大きな変化を迎えるときに役立つと思う。たいていの人間は、そちらでの記憶をもったままこちらにやって来る。わたしが出会い、親交を結んでいる人々は、地上で生きていたときの鮮明な記憶を多少はもっている――そういう人がほとんどなのだ。わたしが会ったある男は、地上での記憶については口を閉ざし、“前進する”ことばかり話していた。彼には、ずっと前進していけばいずれは出発点に戻ることになる、と注意してやった。われわれも食事をするのか、するとすればどんなものを飲み食いしているのか、きみには興味があるだろう。われわれはもちろん栄養を摂取するし、水もかなり吸収する。きみも、水はたっぷり飲んだ方がいい。水は幽体(アストラル・ボディ)に力を与える。体があまり乾いていると、幽の活力が減り、きみがいましているようにこちらの世界の魂に手を貸すことができなくなるようだ。こちらにいるわれわれの体は水分が多い。温かい血の通った地上の人間が、いわゆる幽霊と交信すると、寒気を感じて身震いするのは、そのせいもあるのだろう。こうして文章を書くのはわたしとしてもかなり大変だが、そうするだけの価値はあると思う。わたしはきみがいると感じる場所に来る。きみの姿は、たいていの人の姿よりはよく見える。それから、反転する。つまり、昔していたように中に入るのではなく、強い力できみの方向へ出ていくのだ。わたしは前進しようと懸命に努力することによってきみを占有している。文の途中でペンが突然止まることがあるかもしれない。それはわたしがきちんと集中していないということだ。きみにも経験があるだろうが、外界に背を向け、心を外界から遮断しているときに、急に物音がしたり、ふっと別のことを考えたりすると、とたんに外界に引き戻されてしまう。こちらでもそれは同じだ。では、われわれの住むこちらの世界について説明しよう。その世界が、空間的な広がりをもった場所であることはまちがいない。というのも、その世界は地上のあらゆる場所に広がっているからだ。たとえば、物質界の木は、どの一本をとっても、それに対応する木が霊界にある。きみの意識が、眠りにおちる前にこちらの世界に来たとすると、そこで見えるのは、物質界にもある、あるいはあったものだ。こちらの世界で見えるものには、それに対応する物質的な存在がそちらの世界に必ずある。もちろん、心象、つまり想像で見えるものもないわけではない。しかし、想像でものを見るのは、幽界でものを見るのとは違う――まったく違う。眠りにおちる前に見えるものには実体がある。バイブレーションの振幅を変えれば、きみはこちらの世界に出て来られるのだ――出て来るというより、戻って行くという方がいいかもしれない。出て来るためには、まず入って行かねばならないのだから。想像には大きな力がある。心になにかを思い浮かべ、体のバイブレーションをその心象に合わせて変えるように意志の力を働かせれば、バイブレーションは実際に変わってくるだろう。病は気から、というのもそういうことだ。こちらの世界に来たいと思ったら、実験のつもりで、あるシンボルを選んでそれを目の前に思い浮かべるのもいいだろう。絶対とは言いきれないが、もしかしたらそれでバイブレーションが変わるかもしれない。もしきみが、眠る直前に、わたしに会いたいと願い、その願いで心をいっぱいにすれば本当に会えるのではないだろうか?わたしはきょう、自分より強い人とずっといっしょにいたので、自分でも強くなっている。だから、わたしに会えるかどうか実験したいなら、今夜がいいかもしれない。今夜なら、わたしが手助けする力が強くなっていると思うのだ。言いたいことは山ほどあるが、きみと話せる機会はあまりない。きみの状況が変わって、ほかのことからある程度自由になったら、わたしはもっとひんぱんに会いに来られると思う。いま学んでいるいろいろなことを、ぜひきみに伝えたいのだ。たとえば、大師(マスター)たちはいつも意志の力でこちらに来ているが、その方法を教えることもできるだろう。最初のころは、文章を書くのにきみの手だけを使っていたが、いまでは心霊組織の方もうまく活用できるようになった。やり方がまずくて、ときどきむだな力を使っていることはわかっていたので、師に相談してみたのだ。これからは新しい方法を使うから、きみはそんなに疲れずにすむし、わたしの方も楽になると思う。いまからいったん帰って、少ししたらまた会いに来てみよう。きょうの実験が失敗しても、がっかりしないで、そのうちまたやってみてほしい。もしわたしが見えれば、わたしのことがよくわかるようになるはずだ。
2007.12.16
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第8の手紙魂が行き来する道友よ、死を恐れる必要はまったくない。この世の片隅で、少々年老いて、自分の生活に慣れ切ってしまった者が、外国に旅した――しかも初めて――としよう。死の困難というのはせいぜいその程度のものだ。こちらに来て出会う人々は奇妙に見えるだろうが、それは初めて目にする外国人が奇妙に見えるのと同じことだ。相手の言動が理解できないこともあろう。それもまた、外国を訪れたときと同じだ。しばらくたつと、親しみがわき、目で笑いかけることもできるようになる。「どこからいらしたんですか?」ときけば、地上と同じように答えが返ってくる。カリフォルニアから来た者もいれば、ボストンから来た者も、ロンドンから来た者もいる。そのときわれわれは、旅の大通りで会っているのだ。こちらには旅の小道もたくさんあり、地上と同じように、いろいろな魂が行ったり来たりしている。そうした道は、普通二つの中心地を最短距離で結んでいるが、鉄道線路に重なってはいない。もし重なっていたら、うるさくてかなわないだろう。われわれには地上の物音が聞こえる。音の振動が届くと、精妙な霊の耳(エーテリック・イヤー)はある種の衝撃を感じるのだ。ときには一か所に長いこととどまる者もいる。わたしはメイン州の古い家を訪ねたとき、こちらの世界の男に会ったが、彼はずいぶん前からそこに滞在していたようだ。彼がいるあいだに、その家の子供たちは成人し、こちらの世界に来たころ初めて見て、愛着をもつようになった子馬も、りっぱな大人になり、そのうち老衰で死んだという。こちらにも、そちらと同じく、不精者や退屈な人々がいる。逆に、いっしょにいるだけで元気になるような、聡明で魅力的な人もいる。こんなことは言うのもばかばかしいが、われわれはきみたちと同じように服を着ている。ただし、そんなに多くのものはいらないようだ。ここではトランクスというものを見たことがない。わたしがここに来てまだ日が浅いせいかもしれないが。いまでは、暑さ寒さはたいして気にならない。ただ、最初のうちは、どちらかというと寒くて不快だった。だがもうそんなことはない。
2007.12.16
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第7の手紙物質の力“霊界”に住む者の心に、地上の記憶は突然よみがえる。「なんてことだ!」と彼は言う。「おれがいないのに世界は続いている。あっちはいまどうなっているんだろう?」自分がいないのに世界が続いているというのは、許しがたいことのようにさえ思える。彼はいらだつ。自分は時勢に遅れている、のけ者にされ、取り残されている、と思う。あたりを見回しても、四次元の場(フィールド)が静かに広がっているばかり。ああ、物質のもつ鉄のような力にもう一度とらわれたい!なにかをがっちりとつかみたい!そんな気分はやがて過ぎ去るが、ある日二倍の強さで戻って来る。この希薄な環境から抜け出し、濃密な素材に満ちた手ごたえのある世界に戻らねば。だが、どうやって?そうだ、思い出した!すべての行為は記憶から生まれる。前にやったことがあるからこそ、無謀な実験にならずにすむのだ。彼は目を閉じ、霊界でくるりと向きを変える。人間の生に、人間の集団が発する強烈なバイブレーションに、引き寄せられていく。そこには共感がある――いま交流している人々の魂と過去に共有した経験による共感なのか、あるいは気分や想像力が生んだ共感にすぎないのか。いずれにせよ、彼はつかんでいた自由を手放し、意気揚々と人間の生に身を沈める。しばらくして彼は目を覚まし、緑の野原や、人々のしっかりと実体のある丸い顔を、困惑の目でながめる。そこで泣き出し、戻りたいと願ったりする。くじけてしまえば霊界へ逆戻り――そうなれば一からやり直しで、物質を求める苦しい道のりがまた始まるだけだ。意志が強く頑固なら、逆戻りせず、そのまま成長して人間になる。希薄な素材に囲まれていた前世は、ただの夢だと思いこむかもしれない。夢の中ではそこへ戻れるからだ。その夢は彼につきまとい、物質を味わう喜びをだいなしにする。歳月が流れ、彼は物質界での闘いに疲れ果て、エネルギーがつきてしまう。彼は再び霊界の腕の中に沈みこみ、人々は声をひそめて、彼は死んだとささやく。だが、彼は死んだのではない。もといた場所に戻っただけだ。
2007.12.11
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第6の手紙ベールの向こうの光きみの姿をわたしの目からさえぎっている濃密な素材のベールに、ときどき穴を開けてほしい。きみの姿は、よく強烈な光の点のように見えるが、それはおそらく、きみの心がなにかの感情で沸き立っているか、きみの頭がなにかを懸命に考えているからだろう。きみの考えは読み取れることもあるが、いつでもというわけではない。近づいてみても、きみが見えないこともよくある。きみがこちらに来たとしても、常にわたしを見つけられるとは限らないだろう。わたしはまったくひとりきりのときもあるし、ほかの者といっしょのときもある。不思議なことに、自分ではわりに実体のあるに肉体をもっているように思える。最初のうちは、腕や脚があらゆる方向に伸びているような気がしたが。ふだんは、昔歩いていたように歩くことはないが、飛んでいるのかといえばそうでもない。羽根が生えたわけではないからね。それでも、信じられないようなスピードで空間を移動することができる。ときには、歩いてみることもあるが。ひとつお願いしたいことがある。わたしも昔はものごとを進めていくのにずいぶん苦労したが、それでも進めてはきた。自分の仕事に必要な物資を持っていないからといって、気を落とさないでほしい。必需品はそろっているというつもりでとにかく仕事をしていけば、本当にそろってくるものだ。そのことは、なんらかの形で必ず証明される。弱気になったり、不安になったりしないでほしい。きみがそう感じると、同情の力でわたしは地上に引き戻されてしまう。それは、死者を求めて嘆き悲しむのと同じぐらい悪いことだ。
2007.12.11
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第4の手紙語られなかったこともう少ししたら、こちらに来てから学んだことをきみにも少し教えてあげよう。以前はいろいろな心霊現象を不思議に思っていたものだが、こちらでそういう現象の原因を知ることができた。わたしはいま、開いた窓から外を覗くように過去を見ている。これまで来た道も見えるし、これから行こうとする道を地図に描くこともできる。いまではあらゆることが簡単に思える。やろうと思えばいまの二倍の仕事だってできるだろう――それほど強くなったような気がする。いまのところは、どこにも腰を落ち着けず、心のおもむくままに動き回っている。つまり、肉体をもっていたとき常に夢見ながらかなわなかったことを、いまやっているのだ。死を恐れてはいけない。しかし、地上にはできるだけ長くとどまるようにしなさい。ここにも仲間づきあいはあるが、それでももっと地上にいればよかったと悔いることもある。だが、こちらに来ると、後悔はそちらにいたときより軽くなる――体と同じように。わたしにとっては、なにもかもうまくいっている。これまで決して語られなかったことを、今度きみに話してあげよう。***************ハッチ判事からのせっかくの手紙が「ブログっぽく」なりそうだったので行をあけずに書いていましたがあまりに読みづらかったので1行ずつあけることにしました。本ではあいていません。
2007.12.10
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***************第2の手紙言ってはいけないわたしはいま、現実の空間においてきみと向かい合っている。つまり、きみの真正面で、カウチか長椅子らしきものにすわっているのだ。きみのところに来るのは、暗くなってからの方が楽だ。あちらに行ってすぐ、きみなら自分の手を使わせてわたしにしゃべらせることができそうだ、ということを思い出した。わたしはすでに昔より強くなっている。恐れることはなにもない。――この状況の変化については。わたしがどのくらい沈黙していたかはわからない。そう長いあいだではなかったと思う。“X”と署名したのはわたしだ。わたしが連絡をとるのを師が助けてくれた。しばらくのあいだ、わたしが来たことは、――以外には言ってはいけない。だれにもじゃまされず、望む時に望む場所に来たいからだ。きみの手をときどき使わせてくれ。悪用はしない。力をつけて戻ってくる準備ができるまで、向こうにいようと思う。いまはまだいいが、そうなったらわたしを探してほしい。いまのわたしには、ものごとが長年感じていたのより簡単になったように思える。体も軽くなった。もっと長く肉体にとどまっていることもできたのだが、わざわざそうする価値はないと思った。わたしは師に出会った。師はそばにいる。師がわたしに接する態度には大きな慰めを感じる。だがそろそろ行くことにしよう。おやすみ。***************第3の手紙くもった鏡わたしの呼びかけに応じるときには、子どもが新しい原理や例題を先生から習うとき、石板をきれいに拭くように、心をきれいにしてほしい。きみ自身の考えや想像が少しでも入りこむと、鏡がくもったときのように、映るものがぼやけてしまうだろう。このやり方で手紙を受け取るためには、筆記の最中にきみの心が勝手に動き出して質問を始めたりしないようにしなければならない。そういう状態になると、受信局の受信機が自分勝手にメッセージを送り始めたようなもので、きみはその時点で受動性を失い能動性をもってしまう。この前の夜は、せっかく訪ねて行ったのにきみはわたしを入れてくれなかった。あれは心やさしい態度といえるだろうか?いや、とがめているのではない。わたしは仕事が終わるまで、何度でも来るつもりだ。そのうち、夢の中できみを訪ねて、いろいろなものを見せてあげよう。***************
2007.12.09
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