ひーちゃんのゼミナール 名古屋産業大学(現代ビジネス学科)・大学院環境マネジメント研究科)現代の社会・経済・環境・芸能・スポーツ・宇宙
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一言で大学教員の仕事といっても、経験のない人に、とくに保護者の方にわかりやすく説明することは非常に難しい。また、これから大学教員を目指す人に、正確に、わかり易く説明することも、また一段と難しい。しかしながら、今の大学生の親の世代は、大学進学率が大幅に向上した世代であるから、大学で授業を聞き、教員と接したりした経験があるから、そんなに難しいことでもないかもしれない。 大学というものを真に理解してもらうためには、そこが教育の場である限り、必修のアイテムであるが、大学を語った本のどこにもこのようなことが説明されてはいない。それはなぜだろうか。それは、大学教員の「教える」仕事が、あまりにも取るに足らぬ、瑣末で意味のないものと考えられているのか、雑用だらけで書く気にならないのか、何かやましいところがあって、おおっぴらに書くことができないのか、あるいはサラリーマンがその会社での仕事の内容を書くことが、企業秘密の漏洩になり、機密や個人情報の保持と抵触したりして、書くことができないのか、はたまた学内行政や学会、研究といった各局面・局面が相互に密接に関連していて、日常的には意識していて、その有機性の中で行なう『仕事』があまりにも複雑すぎて、まとめるのに膨大な時間を要するのか、おそらくその一部分か、すべてが当てはまっているからであろう。 筆者は、あることがきっかけで、大学2年生の時には、すでに、大学で研究することを一生の仕事として決めていたから、今日まで、色々と紆余曲折はあったが、その時系列的変遷自体が、膨大なそれらの有機性をなしている。大学教員とは、その学問分野による違いが大いにあり、自然科学と社会科学では、その志向性に大きな差異があり、一概に、大学教員とはこう言うものだというモデルを語ることはできないであろうが、筆者のように社会科学とりわけ経済学を研究しているものから言うと、やはり現実思考生活での社会、とりわけ経済分野とのかかわりから来る、その思考や関わり方、目指すべき方向や理想というのものが、その対象から強く規定される分野であるゆえに、仕事は自然科学や人文学とは大きく異なるに違いない。しかし、もちろん共通性もあるであろう。 ひとつの講義、ゼミに割かねばならないエネルギーは、そのような関係性の中で決まってくるのであって、その凝縮されたインゴットが授業である。したがって、その授業のために何時間の準備が必要であるとか、半年間の授業はこのように進むとシラバスに明記したり、到達目標に数字を書き込んだり、半年間の授業が終わって学生にアンケートをとって、夏休みなり春休みを経て授業改善報告を書いたりして、PDCAサイクルで進んでいくといった機械的なものでは基本的にない。 研究は大きな波となって研究するものの脳裏を掠めて進展し、その凝縮された教育すなわちアウトプットもまた、脳裏に蓄積された知識の集合体が、15等分されて機械的に教室なりゼミ室で語られるのではない。それは突如ひらめきとなって現れたりする、複雑系の中での現象である。きわめて抽象的で分かりにくいかとは思うが、熟練された教員ならば誰でも経験することである。 How to teach という便利なものさしやツールはもちろんあるにはあるが、教育の真髄はそのような便利なものではない。今大学では、大学の教育の質の改善や向上を目指して様々な取り組みが行なわれている。筆者は、それはそれで大変結構なことだとは思うし、進めるべきだとは思うが、上に述べたようなことを看過して、また時代遅れだとして、機械的な基準や尺度で大学がその中に埋没するようでは、せっかくの大学改革が掛け声倒れになることを指摘しておきたい。真なるものはそう簡単にそのベールを脱ぎ捨ててはくれないものである。(2017.10.15)
2017.10.15