草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2011年03月20日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
先ずは今回の大地震で被害に遭われた皆さんに



お見舞いの言葉を申し述べたいと思います。




私自身も一時は死を覚悟するほどの不安を体験しました。




67年以上の命を頂戴しているので、寿命に関しては




不足はないと最近では考えていたのですが




いざ「これまでか?」というような非常事態に




直面すると、我ながら情け無い事に「死にたくない」




「神様助けて下さい!」と思わず知らず心の中で




叫んでおりました。なんとも不甲斐なく忸怩たる思いであります。









凡人の悲しさ「悟り」などからは遥かに遠い




境地にあるのだとしみじみと感じさせられた震災体験では




ありました。しかしながらと、気を取り直して




この文章を綴り始めた次第であります。またぞろ




偉そうな事を書き連ねることになりますが、以上のような




体たらくを経験し、自分でも情けないと思うことを




吐露している「生煮え」の人間の「説教」とお心得の上で




よろしく御判読のほどをお願いしておきます。




さて前置きはこれくらいにしておきましょう。




今回の震災報道などで、東北人の我慢強さや




自分以外の何物かに対しての「献身」振りが話題として









短所とも、長短の両面から批判され、また賞賛されたりもします。




物事にはプラスとマイナスの両面があると言い切って




しまえばもうそれ切りのこと。議論の余地はなくなってしまいますが




「我慢」や「献身」は我が儘や一方的な自己主張より




易しいこと、実践しやすい事柄ではありませんね。









態度・行動なのではないでしょうか。他者に対する優しさが




我慢や献身として表現されるのではないでしょうか?




所詮は自分一人きりではこの憂き世を生きて行けないことを




身にしみて悟ったひとにしか真の優しさが表現できない




とすれば、我慢や献身は大人の、あるいは苦労人の優しさ




という事に成るかも知れない。自己主張や要求のみを




こととして生きる「身勝手」な生き方には無い「複雑」な




心情が隠されている。そう解釈するのが妥当というもの




かもしれない。取り越し苦労ばかりを重ねてきた「貧乏人」の




わたし・草加の爺には少なくともそんな風に感じられる。




若者らしいストレートな自己主張や内面から自然に湧いてくる




要求の表明にも好感を感じるのですが、他者を思いやり




他者をいたわる優しさには何物にも勝る貴さを感じないわけには




いきません。如何でしょう?今回も若者を大勢ふくむボランティアの




活躍が見られるようです。まことに心強い限りですね。みんなで



出来る範囲の協力を惜しまずに、暮らしよい世の中に




してゆこうではありませんか、みなさん。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年03月20日 12時40分06秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: