草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2011年06月03日
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清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 今宵逢う人 皆美しきかな





明治の女性歌人・与謝野晶子の余りにも有名な短歌ですが、私・草加の爺は






この歌がことのほか大好きなのです。この歌が読まれた時期や作者の






置かれていた状況など知らなくとも、この手放しの幸福感の吐露には







思わず拍手喝采したくなるではありませんか……、如何ですか?






場所は古都・京都、季節は美しい桜が爛漫と咲き誇る春。主役は







得恋の「旨酒に酔いしれる」絶世の美女。しかも作者は自分を直接







表現するのではなく、「逢う人が皆が皆、全員美しい!素晴らしい







男も女も」と周囲の人物を主観のみで最上級の持ち上げ方をするだけです。















傑出していることを読み手の私たちに否応なく、確信させるのですから。







そのテクニックの巧みさは心憎いほど。人生の絶頂の喜びをこれほど







嫌味なく真っ正直に謳い上げている晶子は、間違いなく日本女性の中でも







傑出した歌詠みと言わなければならないでしょう。人生の絶頂を歌った







短歌と言えば藤原道長の「この世をば わが世とぞ思う 望月の欠けることの







無きを思えば」が直ぐに思い出されますね。時の権力者が自分の今に







時めいている様子を、これも嫌味なくすらりと自然体で詠んだ句。この







自慢の心情がそう長くは続かなかったことは皆さんよくご存知の通りですが







得恋者や権力者でなくとも、我々下々の一般庶民でも常に「会う人みんな








が美しい」あるいは「自分の人生は思い通りで不足がない」という前向きで







肯定的な姿勢を保持し続けたいものですね。「八苦の娑婆」がそのままで















などという表現を使うまでもなく、我々の心の持ち方一つで現実の物となる。







これをこそ「即身成仏」と称する、のではありますまいか……。いや、そう解釈するべき







でしょう。そうでないと「即身成仏」なる言葉はお飾りか死語と化して







永久に忘れ去られてしまう無意味な符牒でしかなくなる運命にあるでしょうね。








そのためには、先ず何をおいても謙虚さを取り戻すこと。人間の傲慢















置き去りにしないこと。以上、きわめて当たり前の誰にでも実践可能なことばかり。








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最終更新日  2011年06月03日 15時31分43秒
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