草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2011年12月16日
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本ブログをご愛読頂いている方々には


改めてお断りするまでもないのですが、最近から


お読み頂くようになられた方もいらっしゃるので


またまた自己紹介を兼ねてご披露させて頂きますと


私・草加の爺は60歳で定年退職するまでテレビドラマの


プロデューサーをしていました。自分で言うのも何なのですが


業界では一寸は名の知られたプロデューサーとして在京キー局の


大型企画作品を中心に数多くの作品を手がけて参っております。


松平 健さん、渡辺 謙さん、渡瀬恒彦さん、宇津井健さん






など、ほんの一部の方のお名前を挙げたに過ぎませんが


作品でお世話になっています。そして考える所があって、定年を


期に業界を去り、全く新しい世界に飛び込んだわけですが


学生時代に教職の免許を取得しておりましたので、自然


教師の真似事をするようになって早、八年が経過する。



考えてみれば、年月の経過するのは本当に早いもので


今お世話になっている学習塾では、小学一年生から高校を


卒業した若者まで殆ど全教科にわたって(生意気なのですが


行きがかり上そうなってしまったのです)、指導して結構


生徒やその保護者様から好評を博しております。さて


ここからが今回の本論に入るわけですが、昨日のこと






何も恥ずかしい事ではないよ。知らない事をそのままで放置している


そのことの方が、むしろ恥ずかしいと感じなければいけない。


折角、学習塾に通っているのだから授業がない日にも


自習に通って来なさい、いくらでも手助けするので」と


いうような事を出来る限り穏やかに諭したのですが、その中学生は





「はっ!」として気付かされた事があります。我ながら「何と


素晴らしい事を言った物だ」と感心したのですね。知らないこと


それ自体は何も恥ずべきではない。むしろ恥ずかしいと感じなければ


ならないとすれば、自分が知らない事を隠して知った振りをしたり


そのままで放置したりして、自分の無知と真正面から対峙し


行動を起こさない事の方にあるだろう。ソクラテスの「無知の知・智」


を持ち出すまでも無く、私たちは本来「何も知らない」のですからね。


私はあの時にあの生徒を介して「何者か」にあの言葉を言わされた、のですね。



生徒は、例えばそんな風に講師や教師役を務めている私に対して


諭しや教えを垂れてくる、のでありますよ。こんな事がそれこそ


数え切れないくらいに沢山ある。ある時に「その事実」に気付いてからは


実に多くの相手から「言わされた」教訓に吃驚仰天の連続。生徒に


教えている弾みで発言した言葉が、まるでブーメランの様に


突然、何かの折に自分に「飛び掛ってくる」のですから。これを称して


私は「自分にとっての天の啓示」と今では受け取っておりますよ。


皆さん方にもこれに似た現象が多発している筈なのですから、騙された


と思ってで結構ですから少し注意してご自分の言動を「観察」してみて下さい。


きっと、大いなる覚醒を経験なさるに間違いありません、本当です。







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最終更新日  2011年12月16日 12時01分29秒
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