草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2012年01月08日
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いつも真剣に、また生真面目に「人生」や


神や宗教、そして哲学的な命題について「何故か?」という


疑問を連発しているとても「理屈っぽい」お方がいまして


私・草加の爺はしばしば次のような質問を投げかけられて


立ち往生する事があります。正直、答えに窮する。仕方なく


「良く分かりません」とお答えする事にしているのですが


それでは余りにもそっけなく、不親切な印象を免れませんので


こう付け加える事にしています。意味というのは掘り下げていけば


無限の意味が出てくるかも知れないし、だから逆に「何の意味もない」





同義ではない。つまりその無意味に虚無的、捨て鉢、ネガティブな


ニュアンスが込められているとしたらの話で。例えば、昨年突如として


わが国を襲った東日本大震災にはどんな意味が有るのか?津波に


襲われて亡くなっくなった大勢の人々にとって、あの大惨事は


どんな意味を持っているのか。生き残った我々にはとても忖度


出来るような事柄ではありませんね。この私も埼玉県の草加に住んでいる


のですが、居住しているマンションが倒壊するのではないかと


恐れ、寝たきりの老母を建物の外に運び出そうにも儘ならず、仕方が無い


死ぬ時は一緒に此処で死のうと決意したほどの非常な恐怖を感じたのを


ありありと覚えています。幸い大事には至らなかっがあの際に命を


落としていたとしても決しておかしくはなかった筈。「与え直された」命





私は受け止めた。だから「世の為」また「他人のため」にと自分の立場で


ベストを尽くそうと覚悟の臍を固めた。何だか「綺麗ごと」過ぎて


気恥ずかしい思いも湧くのですが、正直な心情の吐露ですから仕方が無い。


つまり、間接的や回り道な様に感じられる事が、自分自身の生甲斐や


真の利益になる事を私は最近の経験から教えられているので、傍から






ほんとですよ、此処で嘘をついても何の得にもなりませんので、兎に角


言葉通りに受け取って下さい、お願い致します。私が「恥を忍んで」


この様な事を書いているのは、一人でも多くの方に「私流の生き方」による


幸福のお裾分けを分配したい、受け取って頂きたいという切なる


願いからなのですが。本当に、世の中に普通に見られるような「下心」は



全く御座いませんので、その様にどうかご理解下さいます様、くれぐれも


お願い申し上げます。また感想やご意見など、お気軽にお寄せ下さい。


首を長くしてお待ち申し上げておりますので。






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最終更新日  2012年01月08日 09時27分09秒
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