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2012年11月26日
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  7 仕事、あるいは、職業について・その二


 前回は、ポップ・キングという現代の寵児が、人気があるという


理由だけで、時代の帝王のように君臨している事実を、私は指摘しています。


 この「人気がある」と言う一種の権威の拠り所は、現代社会の


隅々にまで浸透し尽くしているようですね。しかし、考えてみるまでも無く


この時代の大きな潮流は、当然の事ながら、大きな弊害をも伴っている。



 がしかし、何故に人気があれば、全てが許される存在なのでしょう?


その理由は恐らく誰にも分からない事ですね、多分。この偏見・迷信も



人類の歴史に鑑みて明らかなように、日々、刻々、人気さえあれば





困ったことに、ですよ。困ったと気付いても手の施しようがないので


始末に終えません。


 わたし達は、先ずこの事実・現実を、しっかりと見据える必要がある。


更に、この事実・現実を肝に銘じなければいけない、実際の話が。


 仕方が無いということと、それでいいのだということとは



全然違うことなのですし、少なくとも人間の幸福の問題を考える上では


仇や疎かには出来ない重大事。私たちの幸福の問題は、とても、とても


大切な問題なのですからね。――世の中の趨勢に流される。これは


力弱い個々人としては、ある程度、仕方の無いこと。しかし、所詮


個人の力で出来ることなんか微々たるもの。時代の大勢に逆らって


活きるなんて不可能なことさ、なんて諦めてしまうのは早計にすぎます、はい。






例えば、人間関係で、夫婦、親子、会社の上司と部下、或いは取引先との


間で、ですよ。ここで思い出すのが古代中国の哲人・孔子の説く



中庸と言う事。中庸とは、中庸を得るとは、私の解釈によれば「無駄な


力・エネルギー・時間などを使わない」ということが中心の命題なのですが


世間の俗説では、あらゆる事柄の両極端を避けて中心に近いところを





それで済むお人にはそれで用が足りているのでしょう、きっと。


 ここでは中庸の問題に深入りするのではなく、それに本質は通じている


距離感の取り方のほうに戻りましょうね。時代と、その風潮との間に



自分流の距離を置く― このこと、それが銘々に幸せを呼び込むと同時に、


個性的な魅力を生み出す原動力ともなる、非常に大切なポイントなのでは


ありますまいか……。誰も彼も、二言目には個性個性と口々に唱えながら


その実は流行に流されながら、嬉々としている。大きな矛盾ではありませんかね。



 仕事や職業に就いては、追って別の角度から述べる心算ですので、


ここではこの程度に止めておきます。









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最終更新日  2012年11月27日 10時33分51秒
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