草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2016年01月09日
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  この様に引用して参りましたが、次に上田秋成の「雨月物語」の一節を取り上げてみたくなりました。巻之一 白峰(しらみね)―



 あふ坂(山城・京都府と近江・滋賀県の境、京より東国へ行く第一の関所があった。歌枕=古来、和歌の題材になっ

ている、諸国の名所。以下の文章は撰集抄「せんじゅうしょう、説話集で、西行作と信じられていた」によるもの)の

関守(せきもり)に許されてより、秋こし山の黄葉(もみじ、秋が来て色づく紅葉)見過しがたく、濱千鳥の跡ふみつ

くる鳴海潟(なるみがた、千鳥の名所で聞こえた尾張・愛知県の歌枕。千鳥が降り立って砂浜に足跡をつける意)、不

盡(ふじ、富士)の高嶺(たかね)の煙(けふり)浮嶋がはら、清見が関、大磯小磯の浦々、むらさき艶(にほ)ふ武

蔵野の原(紫草の美しく咲く武蔵野)、塩竃(しほがま、陸奥・宮城県の歌枕)の和(なぎ


)たる朝げしき、象潟(きさがた、出羽・新潟の歌枕)の蜑(あま)が苫(とま)屋、佐野(上野、又は下野。群馬県



歌枕に心の残らぬ所もないが)、猶(なお)西の國の歌枕見まほしとて、仁安三年(1168年、高倉天皇の代。保元

物語などに仁安三年冬、西行白峰に参ることが見える)の秋、葭(あし)がちる(難波・大阪市の枕詞。秋の季感を出

す)難波を經て、須磨明石(摂津・播磨、ともに兵庫県の歌枕)の浦ふく風を身にしめつも(しみじみと感じつつ)、

行く行く讃岐の眞尾坂(みをざか、香川県坂出市王越町。今も西行庵の跡がある)の林といふにしばらく笻(つえ)を

植(とど)む。


 この里ちかき白峰という所にこそ、新院の陵(みささぎ)ありと聞きて、拝(おが)みたてまつらばやと、十月(か

んなづき)はじめつかたかの山に登る。(略)


 松山の 浪のけしきは かはらじを かたなく君は なりまさりけり(― 松山といえば、古歌の末の松山の浪の如

く、変わるまいと思われたのに、形 「かた、潟にかける、浪の縁語」 も無く、君はお亡くなりになられた。 西

行) (略)


 松山の 浪にながれて こし船の やがてむなしく なりにけるかな(― この松山に流れ来たうつろ船の如く、自




 濱千鳥 跡はみやこに かよへども 身は松山に 音をのみぞ鳴く(― 鳥の跡、即ち文字で書いた自分の経典のみ

は送れば都に届くけれど、私はこの松山でひたすらに泣く) (略)


 西行いふ。「君かくまで魔界の悪業(あくごう)につながれて、佛土(ぶつど)に億万里を隔て給へば、ふたたびい

はじ」とて、只黙(もだ)してむかい居たりける。


 時に峯谷(みねたに)ゆすり動きて、風叢林(はやし)を僵(たを)すがごとく、沙石(まさご)を空に巻上(まき



谷も昼のごとくあきらかなり。光の中につらつら御氣色(みけしき)を見たてまつるに、朱(あけ)をそそぎたる龍顔

(みおもて)に、荊(おどろ)の髪(かみ)膝にかかるまで乱れ、白眼(しろきまなこ)を吊りあげ、熱き嘘(いき)

をくるしげにつがせ給ふ。御衣は柿色(かきいろ、修験者の衣)のいたうすすびたるに、手足の爪は獣(けもの)のご

とく生(おひ)のびて、さながら魔王の形(かたち)あさましくもおそろし。空(そら)にむかいて「相模さがみ」と

叫ぶ(よば)せ給う。「あ」と答えて、鳶(とび)のごときの化鳥(けてふ)翔(かけ)來り、前に伏して詔(みこと

のり)を待つ。 (略)








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最終更新日  2016年01月09日 15時36分32秒
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