草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2016年08月11日
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 女の瞳に涙が溢れ、たちまち頬を伝って落ちた。絹製らしい純白のハンカチで

目元を拭い、拭い語る、女の身の上話はこうだ。

 彼女は元裕福な商店のひとり娘として生まれたが、十歳の時に家が火災に遭い、

両親を同時に失った。母方の伯父の家に預けられて生育した彼女は、高校を卒業後

正規の看護婦になるために、病院でアルバイトをしながら学校に通っていた。そこで

インターンの医学生と恋に落ち、間もなく法子を孕ったが、相手は自分がお腹の子の

父親であることを、認めようとせず、冷たく堕ろせと命ずる。彼女はその病院を罷め、

出産に反対する伯父の家も出て、赤ん坊を生んだ。恋に破れ、看護婦になる希望も捨て、



 天にも地にも、頼りにできるのは、自分だけ。言い寄ってくる男たちは何人か現れたが、

私生児が居ることを知ると、手の裏を返した如くに、態度が変わった。強く望まれて、先方も

結婚歴のある五十男と結婚したのだが、酒乱の上に、女癖が悪く、おまけに娘を理由もなく

虐待するので、一年余りで離婚。三年前、やっと現在の夫と邂逅って、やれ嬉しやと思って

いた矢先に、以前に半年程交際したことのある あの男 が現れた。

 彼女の身辺をしつこく付き纏うばかりでなく、学校帰りの法子を待ち伏せして、言葉巧みに

誘惑しようとする。実の父親に会わせると偽って、様々な男達に娘を引き合わせる。死んだと

言い聞かされて来た父親に会えると思う嬉しさが、娘の正常な判断力を奪ってしまった。

 娘自身はまだ本当に子供で、大人たちの醜い欲望の、一方的な犠牲にされているだけなのだ。

母親として自分に出来る事は、あの男の要求を、自分が受け入れることで、娘を保護する事しか

ない。その弱みに付け込んであの男は、彼女を自分の意の儘にするだけでなく、売春行為まで



彼女は彼女なりに、懸命に生きているのだーーー。

 女の涙ながらの打明話が一通り終わった時、眞木の中に言い知れぬ怒りの感情が、湧き上がって

いた。その感情は誰に向けられたものかは、判然としなかったが、眞木は激情の為に、息苦しさ

を覚えていた。女の弱さ、それに付け入る男の狡さ、少女の肉体を穢した大人達の醜悪さ。それら

人間性の汚点のいずれもが、眞木の心の中にも、存在していた。それは残念ながら、認めざるを



姿は、さながら眞木の心の中で演じられている、葛藤の反映とも見える。其処では、常に

現実的な生臭い欲望が、理想追求の願望を打破し、粉砕し続けていたから。

 しかし、最初は世の不正に対する義憤・公憤と思われていたいたものが、次第に、その

相貌を変えてきた。怒りは己自身の不甲斐なさ、無力さ加減に向けられていたのだ。心で

強く欲していながら、それを実地に実行する力と勇気を持たぬ者が、それを成し遂げた者に

対して密かに抱く、強い嫉妬・羨望の念を正当化するために、善悪や美醜の倫理観や道徳に

助けを借りているだけなのだ、と。本心は、弱者の強者への、陰にこもった復讐なのだ、きっと。

そもそも眞木の抱懐する佐々木法子の清順なメージと言ったところで、その実体は、甚だ

曖昧であやふやなもの。意地悪く勘ぐれば、相手を自分の思い通りにしたい衝動が、眞木の

中にある社会の常識や通念によって瞬時に歪められ、神聖で、手を触れることなど不可能な

対象として、相手を憧憬する偽りの感情に、変形したのだと、言えないこともない…。

 眞木の真に恐れるのは、世間の思惑であり、断じて神などではなかった。女が恐れているのも、

眞木と全く同様に世間であり、亭主の眼であり、警察の取り締まりであろう。すると、眞木と

女とは同類であり、同じ穴の狢と言うことになりそうだ。違いは何かと言えば欲望の対象、

従って、利害のソロバン勘定だけ。眞木と女が付き合う唯一の方法は、相互に損得の帳尻が

合う、一種の「取引」しかなかった。現に今も、眞木と女の間には、この原則が生きている。

眞木は女の美しさに心奪われ、すこしでも長く向かい合っていたい欲望に支配され、同時に

それが彼の弱みとなっている。又、女は自分の不謹慎な行為の事実を、眞木に知られてしまった

事を、自分の負い目としている。両者のマイナスが、上手くバランスを取っているが故に、

眞木はこうして女との親密な アバンチュール を楽しめるのだ。こう考えて来て、眞木は

自分も「あの男」と同様、女の弱みに付け込んでいる事に気づき、愕然とした。陋劣極まりない

と感じた「あの男」の行為と、彼との違いは飽くまでも量的なもので、断じて質的な相違では

なかった。だとすれば、悪いのは弱者の弱みにつけこむ 強者では無く、却って、つけこむ隙を

作った、「弱者」の方だ。少なくとも、そした新しい理屈も成立しそうだった。……実に、

強者こそが正義であり、弱者は、弱者であるが故に、悪であったのだ!?すると、殆どの

場合に無力で、意志力に欠ける眞木の存在は、悪の典型と言うことになりそうだ。しかし、それでは

困る…、実に、困る……。妻・春美の一種豪快な鼾が、眞木の意識を、現実の世界へ連れ戻して

いた。



 ーーーー 関山から眺望する、衣川の姿は、夜空に広がる天の川の影が地上に映じたかと、

疑わせる優美さを備えていた。陸奥の、蝦夷の居住する僻遠の蛮地と、呼び慣わして来た

先入観とは、遥かに隔たったこの地の風物の印象を、その儘象徴しているかの如き、情緒が

感じられる。中秋の名月が、西行の立っている丘陵の背後から、昼を欺くばかりに眩い光を

眼下の平野と、そこを北から東へとよぎっている一筋の、白い帯の上に投げかけている。






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最終更新日  2016年08月11日 15時21分55秒
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