草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2019年02月13日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
第 四百四 回 目

           短編の舞台劇 の試作の下書き

              「 結 婚 」


 ○ 小さな居酒屋 ―― 若い二人の出会い

    季節は初冬、場所は東京の新宿駅に近い、ビルの地下にある飲食店街の一隅。六七人の客

で満員状態になる狭さの、カウンター席だけの店内。

 陽子は 二十一歳、光夫は 二十九歳。若い二人は突然に、何の前触れも無く出会った。 

 店の外に客たちを見送りに出る店主の陽子。最後に、革の手袋をしたままで陽子と握手をする  
光夫。客達が去った後で、光夫が手渡した名刺を和服の帯の間から取り出し、唇を押し付ける 




 ○ 結婚した二人のデート (二三年後)

  声「いらっしゃいませ。はーい、いつもの別嬪さんが、お見えになられました」

 店主「奥様、お幸せでいらっしゃいますね。こんなにお優しいご主人がいらっしゃって…」

   店外に出た途端に、プリプリと怒っている 若妻の陽子 。

 陽子「なんであの人たち、あんな風にしか言わないのかしら。どうして、この様にお美しい奥さ

んがいらっしゃって、御主人、とてもお幸せですねって、何で言わないのかしら!」


 ○ 上野駅・寝台列車のプラット・ホーム

   青森の実家に夏休みで帰省する陽子と幼い男の子二人を、見送りに来ている光夫。

 男の子二人「お父さん、可哀そう…」

    光夫はテレビドラマの制作の仕事で忙しいのだ。


 ○ 浅草・老舗の料亭での陽子の大活躍




 ○ ホスピス・ケア病棟の病室・個室 ―― 魂の結婚として二人の本当の結びつきが完了

  末期のガンで 光夫 に付き添われて、ベッドに横たわっている 陽子 。

光夫のナレーション「平穏で静かな最期だった。春の日差しが穏やかに窓から差し込む真昼に

妻は永眠した。四十年余りの結婚生活であったが、あっという間に過ぎ去った。しかしこれが

終りではない、これから新しい生活が開始されるのだと考えるのは、間違いであろうか。いや、



                              《  完  》


 劇は俳優と観客との相互交流の積み重ねがあってこそ健全な発展を遂げる。同様に台本もまた

幾度かの公演・パフォーマンスがあって初めて、完成形へと成長することが可能となる。

 上の例で言えば、一人の音読から複数者での音読を経て、必要な手直しなどを加えた末に、一応

の劇作品とまとまる事を想定している。台本作者としての立場からのお願いとしては、温かく、

そしてまた好意的な鑑賞による建設的なご意見を頂戴する事で、作品は大きくその可能性を伸ばす

ことが可能なのだと認識して頂き、音読の読み手、その鑑賞者、劇の(或いはコントとしての)観

客の立場、演じる俳優の立ち位置、などからの率直にして前向きな感想やコメントがこのささやか

な作品を太らせ、生まれ変わらせる本当に重要な要素なのだと、御承知おき下さい。

 人と人との間の信頼関係の根底からの再構築。これこそ混迷を深めるかに見える人間社会に共通

の急務であり、大きな課題でありましょう。

 視野には地球村としての全世界を捉えながら、個人として自分に最も身近な存在との関係をしっ

かりと捉えて、着実に、大地に足の着いた行動を前に進める。

 私・草加の爺にとっては目下のところは、台本作家としての実績を積むこと。具体的に解り易く

て面白く、そして人々の役に立つ、そう言う実例を可能な限り作品として纏める。文句なく「

傑作」だと自他共に認定できる作品を可能な限り制作すること。これが今の私に実行できる唯一の

事柄であるし、現時点では才能の有る無しを問わずに、全力でこの課題に挑戦する人間は、この

私しかいないわけでありますから。いずれにしても、この仕事は片手間では実現不可能でありま

す。

 それで、私は十五年余り継続して来た学習塾講師を辞めることにしました。新たなスタートを

切るために。そして、その新たなスタートは既に始まっている。そしてこれは亡妻との二人三脚

の旅立ちでもある、そう確かに。

 こう言う発言をするから「あいつ、ちょっとばかり頭がおかしくなっているのでは、ないか。

いや、きっと、そうに違いない」などと、余計な心配を誰かさんに掛けてしまう。その事について

は自分でも先刻よく承知している。正直言って、私・草加の爺は「とち狂って」などいません。

私の人生でこんなにも冷静で、沈着な判断が下せる時期は他にはありませんでした。「可笑しい」

とすれば私の人生そのものがきっと「可笑しい」ものだったに相違ない。

 それは兎も角として、私自身は大マジでありますし、既に「元は取ってしまっている」のです。

結果に拘らないと言ってしまえば無責任なようですが、「結果は、神様の言う通り」と心得て、

余計な気づかいはせず、自分のベストを尽くすのみと覚悟の臍も固めてしまった。

 何度も書きましたが、私は幼時から「自分は何の為にこの世界に来たのか?」と気に懸ってい

た。そして、青年時の夢は作家になることだった。そして今、物の見事に目的が明確に示され、

これから作家生活に入ろうとしている。こんな最高に恵まれた人生を夢にも考えたことはなかっ

た。ところがいともた易く実現してしまった。一時は何かの錯覚か、気の迷いかも知れないと、

何度も頬っぺたを抓ってみたが、どうやら夢や幻想ではないようだ。後は自分を信じ、妻を信じ、

自分を支えてくれた多くの人々に感謝を奉げつつ、他者への奉仕を喜び勇んで実行しよう。どうし

て実行しないでいられようか?

考えてみれば私はそれと知らずに、つまり自覚がないままにこの世で周囲の人々から様々な

hospitality ホスピタリティー・親切にもてなすこと、款待(款とは真心であり、誼・よしみ、真

情を言うから、真情以って客を迎え遇すること)、厚遇を受けて今日に到っている。今にして思え

ばそうなのだが時に虐待と感じ、嫌がらせや弱い者いびりの類と受け止めた「悪意」の数々も

多分に混じっていた。幸いな事に、艱難汝を珠にする、とばかりに私はそれらの逆風を、禍転じて

福となす、ことが出来た。本当に心底から有難い事だと感謝の念に堪えない。

 だからこそ、綺麗ごとを言うようだがこれからの残された時間を、恩返しの万分の一の真似ごと

をしたとしても、罰は決して当たるまいと思う。それどころか、それこそ我々子孫に伝えたかった

先人達の遺言のようなものなのではあるまいか。則天去私の難解な意味も、私流に砕いて解釈を施

せば、自分などと言う訳の分からない物に何時までもしがみついていないで、天・全体・社会の為

に身を粉にして尽くしなさい。滅私奉公と結局は同意義になる。

 滅私奉公という言葉に何か違和感を覚えるという御仁がいたならば、それは言葉の表現の方の

責任ではなく、言葉に勝手な意味を附け加えて強制した、人間の振る舞いが悪かったのだと悟る

べきでありましょう。

これに類した事が私たちの社会では頻繁に起きています。来年の夏に開催予定のオリンピックで

すが、ホスピタリティーを合言葉に大勢の人々が歓迎している。それはこの上も無くけっこうな事

であって、異論を差し挟む余地もないようなものですが、ひとつ心配なことがある。衣の下の

鎧ならぬ、おもてなしの裏側にそろばん勘定が丸見え状態である。オリンピック精神そのものが

既に空念仏になってしまっているのだから、どうでもよいことのように見えたりもするが、この

人間の行為は「天に唾する」に等しいと、私達一人一人がまなじりを決して正気で正対しないかぎ

り、目には見えない手痛いしっぺ返しとなって、我々の身に近い将来禍しなければよいが、などと

余計な心配をしているのは悲しいかな私一人なのであろうか…。

 ともあれ、人が人に対して誠を尽くしてサービスする、本当に欲得は抜きで。情けは他人の為な

らずで、廻りまわって必ず自分に還って来る。躾と称して自分の娘を虐待死させた男は、自己の愚

かしさ弱さに死んでも気づかないのだろうか。何と言う罰当たりな人間なのか。斯く言う私も人間

の端くれとしてこの馬鹿者の盲腸にも似た弱点や弱味を、気付かないうちに身内に隠し持っている

に相違ない。対岸の火事とばかりにふやけた批判を加えてなどいないで、他山の石として厳しく

自己を戒める材料とすべきではあるまいか、いま世間で今更らしく姦しく騒ぎ立てている「虐め

現象」と根っこはひとつなのだから、実際他人事などと傍観しては居られない、誰一人として。

 劇の神髄は真の意味の款待そのものです。私は当面野辺地の町興しの手段としてセリフ劇を

構築・確立し、この地を地上に於ける理想の演劇のホームグラウンドとしたいと考えて居ります。

実は、それはほんの通過点でしかない。真の目標は地上に文字通りの楽園・ユートピアを実現する

ことにあります、嘘ではありませんよ。

 お前になんでそんな事が分かるのだ、という質問が何処からか飛んで来ました。お答えしましょ

う。岡目八目の地の利を生かした、合理的な判断によると。

 もうひとつ、序でにと言っては恐縮ですが、次のような譬えを用意しました。つまり、彫刻家の

名に値する程の者なら、材料が木であれ石であれ、もともと素材に隠れて存していた形を彫り出す

仕事をするだけのことだ、と。素人目には何もないと見える場所に、明確で間違い様のない姿形を

みて、後はただ余計な物を鑿で取除けばよい、という。その伝で、私も歴然と見えている道筋を

辿ってゴールまでガイド役を勤めればよい。その様に心得て居ります。

 先人の知恵や工夫や失敗や、過誤も含めて豊富な材料が与えられている。それを適当に按配し、

アレンジする。それに少しばかりの創意工夫と、臨機応変の柔軟性とを兼ねて持ち、町の人々の

協力を得るように努力を継続するならば、門外漢が想像するであろうような困難は排除出来る。

 ですから、楽しく愉快に、ストレスなどは一切感じることなく仕事が捗ることは、間違いの

ない所であります。案ずるよりは産むが易しと、昔から言うではありませんか。

 が、飽くまでも油断なく、不慮の不運にも備え、細心の注意を払いながら、着実なる前進を

期したいと考えて居ります。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年02月13日 22時26分45秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: