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2021年07月02日
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また、その心の動揺は日一日と波紋の輪を広げ、砂を噛むような虚しい失望感と、自責の念とが交互に間

断なく襲ってくる。彼は、こうも考える。たとえ事態が、自分の思っていたものとは違っていてもよいで

はないか。彼女は、自分に満足しきって、自分との結婚を待ち望んでいる。それでよいのだ。自分は今ま

でどおりに、自分が理解した彼女を愛し、続ければ良い。   それは一人芝居かもしれないが、一人芝

居で構わないではないか。が、それは何という孤独、なんと寂しい決意だろうか。彼女との間に一度垣間

見た、深く、遠い断絶は、到底埋めることはできない。その底は余りにも暗く深い。自分は一体どうした

ら善いのか……、松村氏に相談? 一体、何と言って…、松村氏に自分の正直な気持を理解してもらうこ

となど不可能だ、そう思うし、松村氏ばかりとはかぎらない、誰にだってわかりはしない。理解して欲し

いと望む方が土台無理な注文なのだ。   一流大学出のエリートサラリーマンと教養ある両家の子女と



ある最も俗な結婚ばなしの範疇に属している。いや、このふたりの結婚話に限らない、そもそも結婚の本

質はこのありふれた社会現象たる事実にこそある。そこに甘い恋物語を感じたり、美しい恋のドラマを夢

想したりしても、結婚のこの本質をしっかりと弁えている限り、それは当事者の自由として、許されるで

あろう。しかし現実は現実である。結婚した者は夫となり、毎日の生活をしなければならないし、日常生

活の中に夢想を持ち込む事は許されない。夢は、忽ちに窒息してしてしまうであろうから。   ドン・

キホーテが風車に邪悪な巨人を見たように、横川は、涙と、痣と、血色の悪さに触発されて、明子の中に

「同情」という自分の夢を育んだ。自分が見ているものが実は従者のサンチョ・パンサの目には巨人など

ではなく、普通の風車に過ぎない事を知っていた彼は、ドン・キホーテのように果敢な突進を風車に向か

って試みるわけには行かない。ドン・キホーテの思い姫ダルシネアは、実は醜い百姓娘であった如く、横

川のフィアンセは平凡な現実に生きる普通の娘なのである。   巨大な風車に弾き飛ばされ、したたか

な打撃を蒙るドン・キホーテの姿は滑稽そのものだが、明子との結婚に闇雲に突き進もうとする横川の決



された自分の姿を考えてみた。覚めている彼は繰り返し繰り返し、執拗に風車に立ち向かう。そして、繰

り返し打ちのめされる。それが明子との結婚生活が意味するものだった。しかし彼は甘んじてその苦痛に

耐えるであろう。しかし妻である明子は、夫のそんな苦痛を少しも理解しない。風車である自分に突進す

るドン・キホーテが自分の連れ合いであろうとなどとは、彼女の想像を絶したことであるから。   可

哀想で哀れむべき女などでは決してない妻が、無力で見窄らしい男などでは断じてない夫の抱いている絶



な、狂気の沙汰の幻影・幻覚を理解する筈もない。   しかし、しかし、自分の抱え込まざるを得なか

った 自分のこの現実 は一体どう処理したらよいのやら、と横川は深刻に考えた。世間一般の考え方や

や、常識から判断して、如何に馬鹿げたものであっても、自分の明子に対する認識や理解に変わりはない

し、又正しいと思う。自分が自分であるのは、正にその点にある。その自分を否定して明子と結婚するこ

とは出来ても、それは取りも直さず、自己への重大な裏切り行為でしかない。自分自身を裏切って者が、

果たして幸福になれるだろうか。いや、それ所ではない。自分は最初からこの結婚による幸福などという

ことを放棄してかかっている。しかし、それは何故か?   それまでして結婚しなければならない理由

とは一体全体何なのだろうか…、松村氏は自分に不幸になることを強いているだろうか、とんでもない、

逆に大変な幸福を齎したと考えている。それは至極当然のことなのだ。としたら、自分は既に松村氏の好

意をさえ事実の上で裏切ってしまっているではないか。また、明子やその母親も自分との結婚に、大きな

期待と幸福を予感し、現に最大の幸福感を味わい、結婚相手の自分にも同様な喜びを与えているであろう

と、非常な満足を感じている。とすれば自分は、この点でも背信行為を行っている事になる。   譬え

ようもない大きな慶び事の蔭で密かに裏切り行為がなされ、その原因が余りにも現実離れした感受性にあ

ったとは――。   それにしても松村氏のこの間の事情をいかにして説明したらよいか。仮に、松村氏

に自分の気持を解ってもらえたにしても、明子との婚約を破棄することは、如何にして可能であろう? 

どう考えても、自分の特異な感受性は、破談の正当な理由とはなりそうもない。更には、松村氏を煩わせ

て、その立場を悪くさせ、面倒や厄介をかけるだけの結果に、終わらせそうだし、事は一層面倒になろ

う。結婚するにしても、しないにしても、自分はどのみち何らかの形で人を裏切ることに、なってしま

う。それならば、何をくよくよと思い煩う必要があろう。   松村氏が真に望んでいることは、この自

分が本当の意味で幸せになること、それだけではなかろうか。自分は変に卑屈になり、その肝腎な箇所を

見失っていたのではないか。自分を偽らず、自己に飽くまでも忠実に生きること、それのみが本当の意味

で、松村氏の好意に報いる事になるのではないか。そしてそれだけが、延いては明子たちにも、この場合

に考えられる最良の結果をもたらすことになろう。   これも世間の常識から見れば、自分勝手な判断

であり、自己本位のこじつけと映るかもしれないと感じながら、横川はとうとう自分の考えを実行に移そ

うと決意したのだ。





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最終更新日  2021年07月02日 21時30分01秒
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