草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月13日
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お菊はさすがに姉だけに、母様(かかさま)いかいお世話ですね。少しおやすみなさいと差し出す薄茶(挽

茶の一種。分量を少なくして湯に立てて飲むもの。濃い茶の対)茶碗の音羽山、それではないが大人ぶっ

てませた様子を見て、おお、孝行者だね、よく言ってくれましたね。随分としっかりして来たね。妹のお

捨は乳母と遊びに出たそうですよ。行水も終えましたか、この髪は誰が結ってくれたのです。女中の萬の

手並みと見た、髷が思いなしか少し下がって額が険があるように感じる。愛想がない、つとの出し方一つ

鬢(びん)付きで器量が良くも悪くも感じるもの。顔の道具、目・鼻・口相応に眉が女子(おなご)の大事

なもの。前髪もこうでないほうがよい、母(かか)が直してやりましょう。そう言って開く櫛箱と鏡台の

本物の鏡よりも世の中は、他人こそが人の手本となるもの。諺に、人のふり見て我がふり直せと言ってい

る。善くも悪くも身の手本、絵に描いた物を見れば京大阪の美人の様も見られる。心で見れば今ここに吉



寝乱れ髪の枕にも寝顔はやはり嗜みが肝要で、憚られるもの。容儀(整った姿かたち)は生まれつきであ

るから仕方がないとしても、黒髪が魅力的であるのは女にとって安心な要素だと、徒然草にも書かれてい

るそうですよ。兎角、女子(おなご)は髪形、千筋も生えよと撫でさする櫛の歯に、髪の注意に事寄せて

身持ちの注意をする。子を思う母の手に艶々と、見違える程に美しくなったので、それご覧よ、格別に見

目好い子になりましたよ。嘘だと思うならその鏡を覗いてごらんよ。親の目は贔屓目、他人が証拠です、

萬よ、来なさい。飯炊きの杉も一寸おいでなさい、菊の髪の具合を見てみなさい。

 はいはいと走り出て、これはこれは、奥様、とてもお上手に調整なさいましたな。額つきと髪つきで下

地のよいお顔が尚更に美しくなられましたよ。女子でさえ心が惹かれてもやもやします。裸身をむっくり

と抱いて寝てみたい。そう言って褒める者さえいる。杉ははたと手を打って、ああ、そうじゃ、日頃の不

審が今はれました。わしが鏡で顔を見て、素顔は随分とよいのですが人が惚れない、不思議だと思ってい

たが髪の結いようでこうも印象が違うのですね。せっかくの器量を備えていながら残念ながらわしは埋も



うと声を立ててはしゃぐのだった。

 親が子を褒めるのはいやらしいけれども、このような娘を普通の男に添わせるのは残念だ。常々つくづ

くと思うのは、家中で婿を取るならば表小姓の笹野権三様に添わせたいもの。男振りはお国一番、武芸が

よくて、茶の道でもお弟子衆でも後に続く者がないほどに飛び抜けている。そして、気立てが素晴らしく

万人にも好かれて誰にも憎まれない。心を引かれる性格は男の中の男。そう言えばお菊はまだ童気(わら



 ああ、譯もない。母(かか)は三十七の酉(とり)、父(とと)様は一廻り上の酉で四十九、これ、十二

歳違って見事お身達のような子を持った。権三様は一廻り下の酉で二十五、そなたは酉で十三、十二の違

いはちょうどよい。似合い頃、後二三年して顔も化粧をして作り、着物の脇を詰めるなら(幼少の折は着

物の袖を身ごろに縫い付けずに脇下を明けておくが、成年と同時にそれを塞ぐのを脇を詰めると言う)し

っくりの長門印籠(蓋と身がしっくりと合うところから、似合いの夫婦の意にたとえた)、本に四人は酉

の年、これも不思議。栄耀の贅沢を言わないで殿御に持ちなさいな。そなたが嫌なら母(かか)が男にし

ますよ、ほんに市之進と言う男を夫に持っていなければ人の手に渡す権三様ではないわいな。

 我が子は可愛いの思いからつい不謹慎にもその場での座興の悪ふざけが過ぎて、これも過去世での悪縁

なのであろうか。

 さあ、この上に衣装を着せかえて打掛(帯をした上に着る小袖。婦人の礼服)を着せて見せましょう。

娘自慢の鼻脂を引く(自慢そうにゆったりと事を行うことに言う)ではないが、娘の手を引いて奥に入っ

たのだ。

 玄関で、物申す、御免下さいましと誰か来客があった。茶の間の萬が、どれい、と答えて出迎えれば、

笹野権三が一樽を持たせて、岩木忠太兵衛殿は此処にいらっしゃいませんか。

 ああ、毎日留守見舞いに参られまするが今日はまだ見えておられません。むむ、然らば奥様に申してく

ださりませ、最近はめっきりご無沙汰いたしてしまいました。御留守に何事もなくて珍重(ちんちょう)

に存じまする。少しばかり申し上げたい事が御座いまするが委細は忠太兵衛殿まで申し入れましょう。こ

の一樽は上方の銘酒、幼い方へのお慰み、御見舞いの印です。おついでに申してくりゃれ。言いおいて帰

ろうとすれば、ああ、申し、しばらくお待ちをと急いで奥に走りいる。

 女房は早くも立ち聞いて、口上は聞いた聞いた、まるで待ち受けていた様な折からのご来訪です。苦し

ゅうないから直ぐに奥にお通りなされと申しなさい。櫛笥(化粧道具を入れておく箱。櫛箱)鏡台を片付

けて塵を掃く羽の二枚羽も、比翼の悪因縁は底が深い。

 笹野権三は遠慮がちに常の居間に通ったのだ。これはようこそ、御見回りと称して子供方へのお心つ

き。珍しいご持参品を携えて折々玄関までおいでなされても、態(わざ)とお目にかかることもしない、

それで御用とはどのような事柄でしょうか。親の忠太兵衛までもなく直接にお話なされませと、親しそう

な挨拶も心の底から出たもの。

 権三は手をついて、御親切忝なし忠太兵衛殿か、ご舎弟の甚兵殿を以てお願い申すはずでした。甚だ不

躾なる願いながら、今度ご祝言お振る舞いの御馳走、真の台子の飾り、市之進の弟子中からとの仰せ渡し

とか。常々、市之進殿のお物語、一通りは聞き覚え、いまだ指図や絵図の巻物、印綬口伝の許し印可を受

けておりませんので、表向きは晴れて真の台子を覚えたとは申されませんが、天下泰平長久の御代。かよ

うな事を勤めなければ武士の奉公で秀でること難し。多年の願いでもあれば、またこの度の機会に手並み

を示す望みも果たしたく、巻物の拝見を許されますならば、生々世々(しょうじょうせぜ)の御厚恩と額

を畳に押し付けて師弟の礼儀が見えたので、さてもさても御執心、御奇特(ごきどく)なお心入れ、此の

伝授は一子相伝であり、我が子の外には伝えられない。どうでも伝授しなければならない弟子がある場合

には親子としての契約があった上でなければなりません。絵図巻者は渡しましょうが、それにつき、事の

ついでに持ち出すようで近頃粗相がましいのですが、藪から棒と申そうか、寝耳に水と申そうか、思し召

しも如何とは思えども、何か良い折がないものかとかねがね心に込めていたので申し出してみます。姉娘

のお菊をこなた様に進ぜたいと常々私の望み。今も今とてお噂を致していた折柄でしたよ。こう申しては

何やら台子の伝授と交換条件にするようで、娘の箔(はく)も落ち、大事の伝授も有り難みが薄れてく

る。それはそれ、これはこれで、談合致したい。菊をそなたに進ずれば聟は子供も同然、すれば一子相伝

の決まりにも背かないので、傳受の事も容易になります。市之進もそれを聞かれたなら満足でしょうし、

第一に私の恋している聟です。まだまだ世間に押し出して、これこそ美人だと言いふらすには備えるべき

条件が多く有り、それを言えば切りもないこと。先ず大抵は目鼻が揃っている器量よしの秘蔵娘ですよ。

添わせる殿御はそなたを除いては他にはいない。なんと承諾して下さいますかと言うのだが、相手は恥ず

かしそうにさし俯いて返事をしない。

 さあ、どうでござんすぞ、はて、何のこれが恥ずかしいのです。さては、娘がお気に入らないのか。む

む、頭を振られるのは嫌でもない。ええ、分かりましたよ、とうから外に約束があるのですか。そうじ

ゃ、そうじゃ、主のある花は是非がない、もったいない男に恋が醒めてしまったと立ち退けば、ああ、こ

れは迷惑ですぞ、誰とも我らは約束がない。木石ではない人間、殊に若い男です。当座の出来心で相手を

した者(お雪を指す)は別として、決めている相手はゆめゆめありません師匠の聟と言えば聞こえは良

し、娘御のお菊殿は私妻にきっと申し受けましょう。

 はあう、忝ない、お嬉しい、さあ、望みが叶いましたぞ。お侍の言葉ですから、底念を押す(しつこく

念を押す)のは憚られますが、仲人なしの縁組の証拠のために、ちょっと御誓言をお聞きしておきたい。

 お念入れはご尤もです、二度と鎧具足を肩にかけず、市之進どのお差料(腰に差す物、佩刀)に刻ま

れ、屍(かばね)を往還に曝す法もあれ、と言い終わらせないで、もう、よござんす。勿体無い。今日は

吉日、今宵台子の傳受の書、印可の巻物を渡しましょう、と言い、それ、お供の衆を戻しなさいな。まだ

娘には会わせません、私に似たのならば定めし悋気深かいでしょうから、脇に心を散らさずに一筋で頼み

ます。浮気などがあったならばこの姑が悋気の後押ししてやりますよ。お持たせの銘酒、お前と私がこう

して樽に手を掛ければ、契約の盃事をした心。橋が無ければ渡りがない、物事には段取りを踏むことが必

要です。台子が縁の橋渡し、この樽も橋渡し、橋にて祝う鵲(かささぎ)が天の河に橋を架けると言う

が、その鵲が血を流すようにやがて権三とおさゐのふたりが橋上で血に染まって死に、世上に謡囃される

事になる前兆だったのだ。

 再び玄関で老女の声がした。女子衆よ、ちと頼みましょう。川側(かわずら)伴之丞の妹お雪と言う者

の乳母ですが、ついぞ一度もお目にかかってはいない。お慮外ながら奥様に、密かにお話致したきことが

ありましてお雪の使いやら何やらと押しかけて参りました。その旨を奥にお伝え頂きたい。そう言い入れ

たのだ。

 権三ははっとばかりに顔色を変えて、さてさて、思いもよらない奴が何の用があって参ったのか、われ

らには大禁物、見つけられては迷惑。こっそりと相手の目に付かぬように帰りたい。そう言ってうろうろ

眼(まなこ)に成ったので、はて、伴之丞の侍畜生、その妹の乳母、何の気にすることがあろうか。侍畜

生と言う訳を聞いてくださいな。主ある私に執心かけ度々の状文、夫が有る身を踏みつけにする不義者で

す。使用人衆にも訴えて恥をかかせたやろうと思ったのですが、侍が一人廃る事ですから、市之進殿が帰

れては人の生死の問題にもなるいことですから、中を取り持とうとした下女に隙をやりまして、兄の不義

の使いに妹の乳母が来たのでしょうよ。直ぐに会うのも口惜しい、留守を使って奥から様子を立ち聞きし

てやろう。女中の女子ども、挨拶して、相手の言いたいだけのことを言わせて、そのまま帰してしまえ。

権三様をあの婆が姿を見ないようにしてそっとお帰ししなさいよ。権三様、夜に入ってから人も静まって

から必ずおいでなさいな。傳受の巻物をお渡し致しましょうから。そう言い捨てて奥に隠れるように入っ

た。

 萬は機転が利いて才覚のある者、無言で権三に合図を送り、袖屏風で権三を囲い、のうのう、お乳母殿

とやら、この暑いのにお年寄りが御大儀ですね。どれ、大汗を拭って進ぜましょうと顔にぺったりと手拭

いの縮の布で相手の皺だらけの顔を揉む草の、どさくさ紛れに忍ぶ草、権三は抜けて帰ったのだ。





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最終更新日  2025年02月13日 20時58分38秒
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