草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年10月01日
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花の木草も稀であるから、耕し植える五つのたなつ物もなく、せめて命を繋げとや、峰から硫黄が

燃え出るのを、釣り人の魚とかえ、波の荒布(あらめ)や干潟の貝、水松布(みるめ、海藻類の総称)

にかかる露の身は、憔悴枯搞(しょうすいここう、やつれはてること、やせ衰える)のつくも髪(白

髪)、肩に木の葉の綴りさせと言う虫(綴り、継ぎ合わせ刺せと鳴くこおろぎ」の音もかれ、枯れ木

の杖によろよろ、よろよろと嘗て蘇軾が「今は胡狄・のこてきの一ッ足」と歌いかこったことも俊

寛の身に知られ、白雪が積もるのも冬が来たと身に感じ、夏風のけしきを暦にして、春ぞ秋ぞと手

を折れば、およそ日数は三年の、こと問う物は沖津波、磯山おろし、濵千鳥、涙を添えて故郷へ何

時廻り往く小車(おぐるま)の轍(わだち)の鮒(ふな)の水を恋う憂き目も中々に、較べる苦しい身の

果ての命、待つ間ぞ哀れなり。 同じ思いに朽ち果てた鶉衣(うずらころも、つぎはぎの破れた着



變、そも三悪四趣は深山海ずらに在りと御経に説かれてあるが、知らず、餓鬼道にやおちけん。

と、よくよく見れば平判官康頼、ああ、我も人もかくも衰え果てしかと、心も騒ぐ浜辺の蘆、掻き

分け掻き分け来る人は丹波の少将成経。 なう、少将殿、なう、康頼、こは俊寛かと招き合い、歩

み寄り、友なう人と言っては明けても康頼、暮れても少将、三人の外はないのだが、どうして訪れ

が絶え、自分は山田を守る案山子ではないのだが世に飽いた僧都の身が悲しいと手を取り交わして

お泣きなさる。 かこちは道理、さりながら、康頼はこの嶋に熊野三所を勧請して日参に暇なし。

 三人の友ないもこの頃四人になったとは、僧都はいまだ御存知なかったか。 何、四人になった

とは、さては又流人ばしがあってのことか。いや、そうではない。少将殿こそ優しき海士(あま)と

の恋に結ばれて、妻をもうけ給いし。と言うより僧都は莞爾(かんじ、にこにこ)として珍しい、珍

しい、配所での三歳が間人の上にも我が上にも、恋と言う字の聞き始め笑い顔も此れ始め、殊更海

士人の恋とは大職冠行平も磯に見る目の汐馴れ衣、濡れ始めは何と何。俊寛も古郷にあづまやと言



し、語り給えとせめられて、顔を赤めた丹波の少将。三人は互いに身の上を包むのではないけれど

も、数ならぬ海士の茶船(上荷船)を押し出して(表立てて)恋と申すのも恥ずかしいことで、なう、

かかる辺国波嶋(へんごくはとう)まで誰が踏み分けし恋の道。あの桐嶋の漁夫の娘、千鳥と言う

女、世のいとなみの塩衣、汲むのも焼くのもまだ濵のわざ、そりゃ時ぞと言う、夕波に可哀そうに

女の身で丸裸、腰に受け桶、手には鎌、千尋の底の波間を分けて海松(みるめ)を刈る。若布(わか



がつめる。餌かと思って小鯛が乳に喰いつくやら、腰の一重布が波にひたれて肌(はだえ)も見え透

く。壺かと思って蛸めが臍を伺いねらう。 浮きぬ沈みぬ、浮世渡、人魚が泳ぐのもかくたらん

と、潮干に成れば洲崎の砂の腰だけ埋まり、踵(きびす)には蛤を踏み、太股に赤貝(女陰の暗示)を

挟み、指で鮑を起こせば、爪は掻く牡蠣貝ばいの蓋、海士の逆手を打ち休み、柘植(つげ)の小櫛を

取る間もなく、栄螺(さざえ)の尻のぐるぐるわげも縁あって夫婦となった身には美しい髪を巻いた

美女と見える。 かかる嶋にもいつの間にか結びの神の影向(ようごう)か、馴れ初め馴れて今は埴

生の夫婦住み。夫を思う真実の情が深く、哀れを知り、木の葉を集め縫い綴る、針手きき(裁縫上

手)、さ夜の寝覚めは汐じむ肌に引き寄せて声こそは薩摩訛、世に睦まじい睦言、うらが様なめら

(わたしの様な女)は歌連歌にある都人は夢にさえ見やしめすまい。縁があればこそ抱いて寝て、む

ぞうか者(可愛い者)とも思しゃってたもりやすと思えば、胸つぶしゅう(胸がつぶれるような有難

さ)ほやほやしやりめす(嬉しい思いが致しますよ)。 親もない身、大事のせな(夫)の友達、康頼

様は兄丈、俊寛様は爺様と拝みたい。娘よ、妹よ、とせよかせろと(こうしろああしろと)ぎゃっ

てりん(仰って)にょがってくれめかし(可愛がって下さいませんか)と、ほろりと泣いた可愛

さ。 都人がござんすより、りんにょぎゃァってくれめせすが身に沁みますと語るのですよ。 僧

都は聞き入って感に堪え、さてさて、面白うと哀れで、だてで(一風変わっている、洒落ている)

殊勝で、可愛い恋じゃわい。 先ずは、その君に見参、いざ庵に参ろうか。いや、則ちあれまで同

道。 千鳥、千鳥と呼ばわれて、あい、と答えて蘆を掻き分け、竹の栃(おうこ、天秤棒)にめさし

籠(目を塞ぐように細かく編んだ籠の意か)をかたげた振りも小じを(しおらしい)らしげな見め

がよければ身に着たつづれ(襤褸・ぼろ)も綾羅錦繍を恥じぬ姿は美しい着物。何故に海士と生ま

れたのか。僧都も会釈の挨拶。 やさしい噂を承って甘心(満足)、康頼は疾く対面とな。俊寛は今

日が始め。親と頼みとや。この三人は親類も同然、別して今日からは親子の約束、我が娘とあわ

れ、御免を蒙って四人連れて都入り、丹波の少将成経の北の御方と緋の袴着るを待つばかり。 え

え、口惜しい、岩を穿ち土を掘っても一滴の酒は無し、盃も無し。目出度いと言う詞が三々九度じ

ゃと言いければ、はあ、この賤しい海士(あま)の身で緋の袴とはおや罰かぶること、都人と縁を結

ぶことが身の大慶、七百年生きる仙人の酒とは菊水(中国河南内郷県の西北五十里の河)の流れ、そ

れを象り筒に詰めたもこの嶋の山水、酒ぞと思う心が酒、この鮑貝の御盃を頂き、今日からはいよ

いよ親と子よ。 てて様よ、娘よと、むぞうか(可愛い)者とりんにょぎゃァってくれめせ(可愛が

ってください)と言えば各々打ち笑い、げに尤も聞く、菊の酒宴、あわびは瑠璃の玉の盃、さしつ

さされつ飲め歌え、三人四人が身の上を言う、それはないが硫黄の嶋も蓬莱の嶋に譬えて汲めども

尽きぬ泉の酒だと楽しんだのだ。 康頼が沖をきっと見て、。はああ、漁船とも思えぬ大船が漕い

で来るのは心得ず。 あれよ、あれよと言う内に、程なく着岸、京家(きょうけ、公家に仕える)の

武士の印を立て、汐の干潟に船を繋がせて、両使が汀に上がって、松蔭に床几を立てさせ、流人丹

波の少将、平判官康頼やおわす。と、高らかに呼ばわる声、夢ともわかず、丹波の少将はこれに

候、俊寛・康頼候と我先にとふためき走り二人が前にはっはっと手を突き、頭(づ)を下げてうずく

まる。 瀬尾太郎が首に掛けた赦し文を取り出し、是々、赦免の趣、拝聴あれと押し開き、中宮御

産の御祈りにより非常(普通ではない、特別)の大赦が行われる。 鬼界が嶋の流人、丹波の少将成

経、平判官康頼、二人赦免ある所、急ぎ帰洛せしむべきことは件の如し。と、読みも終わらずに二

人ははっとひれ伏せば、なう、俊寛は何とて読み落とし給うぞ。 やあ、瀬尾程の者に読み落とせ

しとは慮外至極、二人の外に名前があるか、是見よと指し出だした。少将判官諸共に、これは不思

議と読み返し繰り返して、もしやと禮紙(らいし、包み紙)を尋ねても僧都とも俊寛とも書いた文字

があるどころか、入道殿の物忘れか、そも筆者の誤りか。 同じ罪、同じ配所、非常も同じ大赦

の、二人は赦されて我独り誓いの網に漏れ果てし。

 菩薩の大慈大悲にも分け隔てが有りけるか。特に捨身して死したならば、この悲しみはあるまじ

き。もしや、もしやと長らえて浅ましの命や、と声を惜しまずに泣きなさる。

 丹左衛門が懐中の一通を取り出して、疾く申しきかせるべきであったが、小松殿の仁心、骨髄に

知らせん為に暫く控えたのだ。是、聞かれよと声を上げて、何々鬼界が嶋の流人・俊寛僧都、小松

の内府重盛公の憐愍(れんみん、憐れみ)により、備前の国まで帰参すべきとの条、能登の守教経が

承って件の如し。

 何、三人共の御赦しか、中々(左様である)、はあはあ、はあと俊寛は真砂に額を摺り入れ摺り入

れ三拝なして嬉し泣き。

 少将夫婦、平判官夢ではないか、誠かと、踊っつ舞うつの悦びは、猛火に焦げた餓鬼道の仏の

甘露に潤いて、如清涼地(極楽浄土)のようだと謳いしもかくやと思いやられたる。





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最終更新日  2025年10月01日 20時00分46秒
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