草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2025年10月21日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
信濃の倉人・大宮司公道(きんみち)が突っ立ってあがき、知らずや、我こそはあづまやと千鳥、

二人の亡魂、情けなや、清盛に命を取られた恨みの魂魄、憂き目をみせんと思ったのに教経の弓

勢、仮に姿を変化(へんげ)して、かく退けたぞ。 今こそ思い知らせんと二人の姿が消えたと等し

く、瞋恚無明の二つのほのお、ひらめき轟き入道の臥所(ふしど)に飛んで入るよと見えや。 はっ

とばかりに女房達が二位殿を介抱してほうほう(這いながら)逃げ入り給いける。 障子を蹴破り大

政入道、なう、暑や、情けなや。五臓六腑を焼き焦がす。やれ、骨を焚く、わが身を燃やすわ、耐

えがたや。あら、暑やと天を掴み、地を掴み、苦しや助けよと突く息も、猛火と、なって却って身

をこそ焼くのだった。 多くの女中が次の間で、暑さは共に身を焼く如し。側、辺りには寄り付か

れないで、入道は息も絶え絶えに水よ、水よと呼ばわれば、そりゃこそと女房達、用意の筧に仕掛



船、さざ波が立ち水をどうどうと湛えたり。

 心地よげに入道は飛び入らんとしたのだが、眼に物が見えたのだろう、枕の小太刀押っ取り、虚

空を睨んで大音上げ、珍しや頼朝、命を助け流して置いた昔を忘れ、平家に弓を引かんとは、恩を

知らぬ大悪人、おのれは牛若・小冠者めな。鞍馬育ちの精進腹(野菜許食べた栄養失調の身)で、入

道を討たんとや。 年こそは取ったが手並みを見よ、と太刀を抜き放って現(うつつ)の人に詞を交

わすごとくに、えい、やっとう、虚空を相手に八方むぐう(無窮で)請けつ、流しつ斬り合ったが、

飛びし去って身構え、やあ、この大首は何者、何じゃ、奈良の大仏じゃ。はは、はは、はは、は

は、事可笑しい、事可笑しい。清盛に焼きつぶされる身を持って、何の恨みぞ。何の仇(あた、恨

み)。

 帰れ、帰れ。何、帰らないとは叉あづまやか。 逃さじとちらめく炎に打ってかかれば後ろから

引き戻すのは千鳥の妄執で、その魂が付きまとい惹きつけるのを事ともせずに、斬り払い、斬り払



ぐ有様は、剱に鍛える焼きかねを水に入れたる如くである。殿中がふすぶるばかりなのだ。 す

は、又響く家鳴りだ、それにつれてあづまと千鳥の二人の姿、筧の上に現れ出で、さなきだに女は

五障(女の持つ五種の障り、輪王・梵王・帝釈・魔王・仏身になれぬこと)三従(女が一生を通じて

親・夫・子に従う事)の重きが上の憂き思い、夫は何処、と知らぬ火の筑紫の果てや国の果て、鬼

界が嶋に流されて、跡に焦がれる閨の内、辛苦はしないが顔痩せて恋しゆかしが日に添ば、今は心



かれぬ義理に身を棄てて、長き別れになしたるも不義より起こる心の剣、我と身を切る最後の一

念、盡未来際(永久に)生々世々(生き代わり死に変わりしても)離れない、のかないとはったと睨む

眼の光、矢を射る如くに照り輝き、五体を劈(つんざ)く程なのだ。 我を土足にかけた上に、畏く

も海の水に沈んだ君・法王を助けた咎とて殺す心の刃、非道の足偏に夫(あなうら)(非道にも私を

踏んだ足)、大地をつんざき、嶋に残した父上も今は冥途の友衛(ともちどり)汝も冥途の友烏、同

じ闇路の苦言を見よと、頭(こうべ)を掴んで引き上げれば、天にもつかず地につかず、中有(ちゅ

うう、仏語。死んでから来世に生を受ける四十九日間)の呵責を今此処に瞋恚の猛火(みょうく

わ)は雨と降り来る、くる、くる、くる、真っ逆さまに落ちて奈落の苦しみを思い知れやと忿(い

か)りの顔(かんばせ)、恨みの息継ぎ、照る日にうつろう明鏡(みょうきょう)の光渡るのに異

ならず。 父の憎しみ、身の敵、夫(妻)の罪障、身の炎(ほむら、燃え立つ思い)、今こそ最後と言

う声ばかり、姿は消えて燃え立つ炎、筧に入るよと見えたのだが、流れる水が忽ちに炎となって落

ち来る音、うず巻きあがる黒煙(くろけむり)に御所中が俄かに闇となり、目前焦熱、大焦熱、火盆

地獄の有様もかくやと、覚えて凄まじい。 入道が叫んで、許せ、許せ。熱や、熱や。堪え難い

ぞ、苦しい、やれ、あたあたと身を藻掻き、ようように這い上がり、小袖を引き脱ぎ裸身を、もし

やとずっぷり石船に浸せばくらくらとそのまま湯になって沸き返り、煮え返り、湯玉が虚空に迸

り、業火の筧・心火の瀧、五体に炎を頂けば百節(はくせつ、多くの関節)の骨頭、えんえんと燃え

上がり、ししむら(にく)が裂けて炭の如く、一世の悪逆が身に積もって、年も積もって六十四、治

承(ちしょう)五年閏二月四日の日に、熱い、熱いの焦がれ死に、生き火葬とはこれであろう。哀れ

儚い最期であった。 依正両輪の火の車(過去の悪業の報いとしての地獄からの迎えの火の車)が

雲中に轟けば、清盛の胸中から車輪の様なる光り物、顕れ出でて虚空に上がり車に乗ると見えたの

だが、無の字の筆画ありありと無間の底に沈むであろう。

 二位殿の夢の告げこそ思い知られたのだ。今こそは本望を遂げたりと虚空に上がる二つの玉、邪

見の轅(ながえ)を押し立てて、立ち去る車の響きに驚き、二位殿は慌てて出でなされ、見ればあえ

ない俤(おもかげ)のいぶせくも悲しくも、空を見上げてわっとばかりに歎きに沈ませ給いける。 

人々が立ち寄って諫め参らせ、奥に誘い奉り、清盛の御骸(みから)を津の国兵庫の名にし負う経が

嶋にぞ納めたのだ。 天子の外祖とかしづかれ、この世に極まる位をふみ、六十余州に威をふるっ

た古今独歩の人であったが、又は帰り来ない死出の山、三途の河瀬、中有の旅、作りし罪より友も

なく、妻子珍宝及王、位、臨命終時不隨者(りんみょうずゐじふずいしゃ)の仏の金言を目の当た

り、身の毛も立ってよの人の永き教えとなりにけり。          

             第   五

 思いやるさえ遥かなる、思いやるさえ遥かなる、あづまの旅に急がん。 是は高尾の文覚であ

る。我は伊豆の国の流人・兵衛の佐頼朝を勧め、平家追討の義兵をおこさせばやと思い、密かに院

宣を申し下し、ただ今伊豆の国蛭は小嶋にと急ぎ候。 ああ、づなう(途方も無く)草臥れた。意地

のも、我にも百里足らず、二日にはきつい旅だ。とろとろと見知らして(目を眠らせて)、又一息に

やってのけよう。

 さらばころりと臥し、柴の枕に仮の頭陀袋(ずだぶくろ、修行に歩く僧が物を入れて首に掛ける

袋)、寝るよりも早く高いびき、地雷かと疑われる。 時に文覚、仮寝の魂、忽ち体を顕れ出で

て、今目前にありありと滅びる平家の有様を、夢ともわかず現ともいざ、白波を翻す、さても兵衛

の佐頼朝公、関八州を切り従え、その勢は既に十万余騎、御舎弟九郎御曹子義経、秀衡(義経を庇

護した奥州の藤原秀衡)の勢をかり催し、奥より切って伊豆の国、心も勇み浮島が原から御陣を召

された。 時に、文覚は法衣を改め、二人の中に立ちはだかり、和殿(わどの)は聞き及ぶ牛若丸

な。今は元服して義経とは、おお、目の内の賢しき生まれ、久々にて舎兄(しゃきょう)頼朝に対面

はさぞ満足、先達て頼朝には平家追討の院宣を申し下して帰らせた。

 わどのにも見参の引き出物を致そう。これは故左馬の頭義朝白首(しゃれこうべ)、二度の朝敵と

六条河原に晒されてのを奪い取って肌を放さず、頂戴あれと前に置き、念珠つまぐり座を組めば、

兄弟は床几をまろび下りて、中にも義経、おお、情けなや、口惜しや。

 運を計り、時節を待つと言いながら、早速に御敵清盛を討ちもせず、一度さえあるに二度も獄門

の木にさらさせ、御名を穢した不孝の恐れ、早く平家の一門の首を獲って大路に晒し、父上の修羅

の妄執、今生(こんじょう)の仇(あた)を報じたやと踊り上がって忿りの涙。

 頼朝は黙然と言わないで歎きも一入、に、二人の心を思いやり伺候の軍兵(ぐんぴょう)は目を見

合わせて皆哀れを催しける。

 かかる所に有王丸、大汗になって馳せつけ、俊寛の郎党の有王丸と申す者、君しろしめされずや

、木曾の冠者義仲が北陸道(ほくろくどう)から討ち上って一戦にも及ばずに平家は悉く西海に逃げ

下りし。

 法皇のまします籠(ろう、牢屋)の御所に乱れ入り、これをも一緒に西海に連れまいらせんとはか

ったのだが、有王が漸(ようよう)に盗み出だして、法皇は當国の三嶋の明神まで供奉仕り、某が一

人訴えの為に参上と、大息をついて述べたので、頼朝は甚だ驚き給い、早速の注進、過分々々、同

じ源氏の一類ではあるが義仲に平家を討たせては頼朝の末代までの恥辱は逃れ難い、

 我は有王を召し具し、法皇の迎えの為に三嶋へ馬を馳せるべきぞ、我が代官として義経は六万騎

の軍を引率して、夜を日についで都に上り、平家の一門の根を絶って、早く開陣あるべきと、絶え

て久しい白旗を、雲井(空)の外までなびかせて出陣が有ったのは由々しい事でああるよ。

 然るに平家は栄花を極め、暴悪を欲しいままにしたその天罰、廻って木曾の義仲に馴れた都を追

い出され、落ちて行方も赤間が関(山口県下関の旧名)、安徳天皇を始め奉り、女院(建礼門院)二位

殿一門以下皆入水と聞こえしかば、すは勝ち戦と源氏の武士、船から作る鬨の声、水の白玉玉の緒

(命)も共に消えていく。船軍は今日を限りと見えたのだ。

 能登の守教経ははし舟(小舟)に取り乗り、義経に見参と心を配って漕ぎ廻る。

 源氏の方からは安芸の太郎實光(さねみつ)、同じく次郎光行(みつゆき)と名乗って教経の舟に漕

ぎ並べ、手取りにせんとしっかと組む。教経は怒って二人を左右に取って引き締め、いさうれ、お

のれら能登の最期の供をするか、うんと締めた小腕(こうで)を取り放れん、放さじ、退こう、退か

せない、えいや、えいやと組み合う音、舟を踏みしめ踏み離し、逆巻く波はとう、とう、とう、三

人一緒に海中にどうと落ちたる水の泡、消えると等しく海面は忽ちもとの宇津の山(静岡市内、西

隅の宇津の谷峠)磯打つ波と聞こえたのは草の葉を渡る風の音。

 義朝の頭(こうべ)は枕の上、眠りの夢は醒めたのだった。、

 文覚はむっくと起き上がり、辺りをも廻し、むむ、聞こえた、聞こえた、邯鄲(かんたん、蜀の

国の人、盧生が邯鄲で仙人の枕を借り、五十年の栄花の夢を見た)の枕に五十年の夢を見た、それ

はもろこし、是は又、義朝のしゃれこうべを枕にした一睡に、平家の滅亡と源氏の栄を見たるこ

と、夢にあらず現にあらず、正八幡のお告げぞかし。頼もしし、頼み有。

 見よ、見よ、平家に泡ふかせ、源氏一統の御代となし、天下太平國繁昌、五穀成就、民安全、目

出たづくめにしてみせんと、袋を押っ取り首にかけ、勇み勇んで急いだのだ。

 百億萬歳末かけてゆるがず、動かずかたぶかぬ源氏の御代の腰押しは、六神通(六種の神通力を

備えた)文覚が従い守る神と君、久しき国こそ楽しけれ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2025年10月21日 19時30分09秒
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: