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2015.06.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「キャバ嬢の社会学」北条(ほうじょう)かや を読んで「カフェ・ライオン」「プランタン」

明治44年「カフェ・ライオン」がはじめてのキャバクラとあるが
「プランタン」でしょ。
プランタンは東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)出身の松山省三が、
(美術学校時代の恩師・黒田清輝らに聞かされたパリのカフェーのような、文人や画家達が集い芸術談義をできる場所を作りたいと)
1911年3月、友人の平岡権八郎とともに開業した。
3月だ。
ライオンは8月。
Cafe_Printemps_Interior.jpg



本書には、

とあるが、具体的に述べられていない。

エログロナンセンスの時代としているだけで、そのエロサービスが
なになのかはなぞである。
それを取材した当時の週刊誌などに「エロサービス」と
書いてあるのをまごびきでもしたのだろうか?



1906年(明治39年)に開店した台湾喫茶店(ウーロン)やビヤホール、(メイゾン鴻ノ巣などの)西洋料理店と、類似の店は存在していたが、プランタンの登場によって、洋行帰りの人たちが口にしていたような意味での(サロン形式の店としての)「カフェーが初めて日本にも生れた」と評判を呼んだ。1911年にはプランタンに続き、ライオン(8月)、パウリスタ(12月)と「カフェー」を冠する店が銀座に相次いで開店した。(ライオンは精養軒の経営で料理中心、パウリスタはコーヒー中心と、店により特徴があった)





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最終更新日  2015.06.25 10:26:51
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