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失敗、失敗。。息子を人前で泣かせてしまいました。原因は、スイミングのテスト。昨日は月末の進級テストの日でした。19級の水中ジャンプしながら5メートル前へ進むという課題を、なかなかクリアできないでいる息子。顔を出せない深みへ、サポーターを付けずに、自分一人で入っていく勇気をまだどうしても持てないでいるのです。他の子よりも年齢が低く、水深に比べて明らかに背も低いため、無理もなく。「溺れそうで、怖いんだよ」とは、本人の弁。だから、私としては、まだ進級には時間がかかると思っているのですが。ところが、本人はそうでない。やっぱり、「合格」することがうれしいのでしょう。毎回、テスト時にはやる気満々。まあ、こちらとしても、がんばってもらうに越したことはないわけで。そんな状況もあって、昨日は、来る前に「合格したら、ガチャポン1回しようか」と、約束してしまったのです。ついうっかりと。ウルトラマンのガチャポンが、目下、彼の最大の夢、最高の喜び。ふだんも事あるごとに、「ガチャポンしたいよ~」とせっつくので、本当に何気なく、「合格したらガチャポンね」と、条件付けてしまったのですが。ところが、当然のことながら、昨日は合格できませんでした。すると、先生に不合格を告げられた途端に、息子はプールサイドの壁際で、膝を抱いてシクシク始めちゃったんですよ! 最後の10分は自由遊泳の時間なのに、泣きべそをかいたまま、水に入ろうともせず。ギャラリーから、一部始終を見ているこっちはハラハラ。先生に散々なだめられて、ようやく、最後には仲間のもとへと戻ったものの。レッスン終了後、更衣室で待ち構えていた私の顔を見た途端に、また「ウエ~ン!」と始まりました。「ウルトラマンのガチャポン、したかったよう、、、」何のことはない、合格できなかったのが悔しいのではなく、「ガチャポンができなくなった」のが悔しかったのです。「あ~、合格という結果とガチャポンを結び付けなければ良かった」と、私はただちに後悔しました。ガチャポンしたいがために、合格したい、と、、すっかり順序が逆になってしまいました。息子の頭の中は、ガチャポンで一杯だったようです。「物で釣る」って、難しいですね。私はあくまでも、がんばった「ごほうび」として、考えていたのですが、息子の中にあった激しい欲望を刺激してしまったようで。「ごほうび」には、本人があまりにも欲しがっているものは、向かないのかも。期待が膨らみすぎて、失敗した場合の喪失感も大きい。幼い子どもって、失敗したときに大人のように簡単に、「また、今度」とは、切り替えられないものなんですね。それだけ、一瞬一瞬を真剣に生きている のでしょう。さて、ここまでがっかりさせてしまっては可哀想になり、泣きべその息子に、「よくがんばった時には、合格できなくっても、ガチャポンしていいんだよ」と、あわてていい直した私。帰路、モールに寄って、ガチャポンを1回してから、帰りました。「これからは、合格できなくても、一生懸命がんばったとママが思えるときには、ガチャポンしてもいいよ。でも、お約束だけど、一生懸命やったって、ママが思えるときだけだよ。ふざけんぼしてたときには、駄目だからね」とりあえず、こんな風に昨日はとりつくろいましたが。(ふざけんぼ云々には、また別の話があるのです。。)またいろいろ、私自身も、考えてみないと。
2007.02.28
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土曜日の午前中、また一人でメディアテークに来ています。今日は夜、1階のホールで、仙台国際音楽コンクール関連事業「街かどコンサート」の一環として、宮城在住のバイオリンの天才少年「郷古廉(ごうこすなお)」君の演奏会があるようです。先ほどからずっと、伴奏用のピアノの調律が続いています。郷古君って、中学一年でユーディ・メニューイン・コンクールのジュニア部門で第一位となり、有名になりましたね。多賀城市の出身で、現在、仙台育英学園の特進クラスである、秀光中学に在学中だそうです。パンフレットの略歴を見ると、1993年生まれで、1999年から桐朋学園「子どものための音楽教室」に入室したと書いてありますから、6歳で本格的にバイオリンを始めたのですね。その7年後に、ジュニア部門とはいえ国際的なコンクールで優勝されたのですから、すばらしい素質があったのですね!わが家も息子にバイオリンを習わせているので、何となく他人ごとではなく、郷古君の将来には大いに注目しています。もちろんうちの息子にはそんな才能はないでしょうが、親としては、夢だけは見せてもらえるから、子どもを育てるのって楽しい。郷古君のご両親は、始めからそこまで予想して、バイオリンを習わせたのでしょうか? ご両親ともプロの音楽家であるご家庭は別でしょうが、普通は、最初から「有名バイオリニストになってもらう、ならせてみせる」と決めて、子どもにレッスンを始めさせる親って、あまりいないですよね。ふとしたきっかけでやらせてみたら、たまたま親の予想を超えて、すばらしい才能が開花したというケースが多いのではないかしら。だから、子どもの可能性って無限なんですよね~。無理な期待をかけてはいけませんが、始めからあきらめるのももったいない。子どもに夢を預けて、何かをがんばってもらうことって、悪くないんじゃないかなと思います。よく、息子のお友だちのお母さんから、「バイオリン、私もやらせたいんだけど、子どもにバイオリンやる?って聞いても、全然興味を示さないの。だから、あきらめたわ」とか「子どもがバイオリンをやりたいって言うから、ちゃんと毎日練習することを約束できる?って聞いたら、できないからやっぱりやめるって、言われた」などと聞きます。バイオリンに興味を示しながらも、最初の一歩を踏み出せないでいるんですね。でも、私は思うのですが、子どもって、バイオリンがどんなものか、バイオリンを弾くとどんな感じがするか、知らないですよね。知らないのに、好きか嫌いかなんて、正確な判断を下せるはずがない。また、4、5歳の子どもに、「毎日ちゃんと練習するのよ」なんて、最初から脅かすような条件を付けたら、「それでもやりたい」という子どもは、ほとんどいないのではないでしょうか。興味の対象が、もっと身近なサッカーとか野球など、子どもが既にけっこう経験をつんでいて、どうしても好きという気持ちをはっきり持っているものなら、「それでもやりたい」って言いつのることもあるでしょうけれど、普通は、実際に触ったこともないバイオリンに対しては、それほど強い執着の持ちようがないですよね。だから、もし、お母さんが子どもにバイオリンを弾かせたい、そう思うのなら、それだけでいいのでは。4、5歳の子どもに意思を問うたりする必要はなくて、ただ子どもに「チャンスを与える」「きっかけを作ってあげる」つもりで、とにかく始めさせたらいいのではないでしょうか。あまり難しく考えずに、子どもが何も知らないなら知らないまま、「面白いから、ちょっとやってごらん」と。練習だって、最初は毎日できなくても、気が向いたときだけでOK。(わが家はそうです。)とにかくやめないで、何とか続けさせる。それができれば、あとは自然に、時間が子どもを育ててくれます。年数が経つにつれて、ほんの少しずつでも上達していくのではないかしら。わが家も、親が不精なものですから、息子のピアノとバイオリンの練習を毎日ていねいに見てやることもなく、ほとんど強制もしないまま放っておいています。先生に会う前日にあわてておさらい、なんてこともしょっちゅうで、「亀の歩みよね」~なんて笑っているのですが。それでもいつのまにやら、そんな息子でも、ピアノはごく簡単な曲なら両手を使って弾けるようになっているし、バイオリンも曲の形になってきています。そうすると、本人もうれしくなるんですね。知っている曲が弾けるようになると、その段階から、だんだん音楽の本来の楽しさがわかってくる。それがさらに、早く上手に弾けるようになりたいという欲を引き出し、自分からレッスンに意欲を示すようになる。そんな良い循環が始まって、ここまで来れば、まずは第一段階クリアかなあと、ほっとしているところです。だから、迷っている時間はもったいない。始めの一歩は「とにかく、やってごらん」! せっかく芽生えた子どもの好奇心を育ててやることも大事だし、逆にこちらから誘導して、好奇心の種を刺激してやってもいいのではないでしょうか。
2007.02.24
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子どもを見ていると、ちょっと前にはできなかったことが今日はできるようになっている、そんなことが多くて、成長を実感しますよね。さて、自分に関しては、何かあるでしょうか? この年齢でも、まだ自分も成長しているなって感じられること。同じことを繰り返す日常の中で、昨日は難しくてできなかったけれど、練習したら今日はできるようになった、っていうこと。目に見えて進歩していて、すごくうれしい!なんていうこと。私はね、見つけたんですよ、最近。それはね、ピ・ア・ノ。それこそ幼稚園児のころに習っていて、すぐにやめてしまった(根性なし)ピアノのレッスンを最近、再開しました。息子のレッスンで、先生が毎週わが家まで来てくださるので、息子が終わった後に、ついでに私も習うことにしたのです。何十年ぶりという恐ろしいまでのブランク。指の練習に再びハノンから始め、同時に、先生が選んでくれる小品に、エッチラオッチラ取り組んでいます。最初は「エリーゼのために」。それを仕上げて、2曲目は「子犬のワルツ」に取り組みました。音符を読むのがまず一苦労なんですよね~、私の場合。すらすらとなんて読めないので、左手のパートをまず楽譜に書き入れる作業から始めます。それから右手、次に左手を練習し、両方合わせてみる。ペダルを付けて、最後に、全体のまとまりに気を配り。ピアノの譜を読む時って、前頭葉がすごく活性化しているそうですね。とてもいい頭の体操になるようです。確かに、左脳で筋道立てて理屈を考えている時とは違って、別の部分、右脳がしっかり働いているなという実感があります。でも、初回はとにかく、黒々とした楽譜を前にしてしばし呆然。これを仕上げるなんて、とても不可能なくらいに難しく思えるのです。「ショパンの子犬のワルツなんて、私に弾けるわけないじゃないのよ!」と。ところがこれが、それでも黙々と練習しているうちに、段々と弾けるようになっていくんですよね~。それがたまらなく快感で。1週間も真面目に練習すれば、見違える(聞き違える)ほどに変わってゆきます。最終的に、最初はまったく弾けなかった新しい曲が、1ヶ月も経てばそれなりに仕上がるのです。だから、私にとってはピアノって、「この歳でも、まだ成長できる」ことを教えてくれるものなのです。「私だって、やればできるじゃん」と、自分で自分に感心する、そのきっかけを与えてくれるものなのです。長く習われて上手な方も大勢いらっしゃるでしょうから、ピアノごときにって笑われてしまいますが、別にピアノでなくていいんですよ。自分なりに、今からでもチャレンジできるものを何か見つけて、努力してみるのもいいかもしれませんよ。健全な自己肯定感につながります。ボケ防止にも役立つしね。そうそう、副産物として「努力する姿勢を、子どもにも見せることができる」という効果もあります。うちの息子も、いつも威張っているママが必死になって練習している姿を見て、私の練習中は、何も言わなくても自分も横に座り、自分の曲を練習するようになりました。(はっきり言って、私の邪魔をしに来る感じなんですけどね。)それも、うれしいおまけでした。
2007.02.21
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というわけで、仙台文学館でランチをしました。ここのカフェは、特集している文学人にちなんで、その時々の創作メニューを提供しているのですが。今回はもちろん「扇畑忠雄」氏の好物やゆかりのもので構成した「菜心御膳」。お値段は1000円。普通においしかったです。
2007.02.17
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今日の午後は、息子と二人で、PCマルチさんお勧めの「仙台文学館」へ初めて行きました。目下、私は短歌に大いに興味があり、「扇畑忠雄」展を見たかったのです。「扇畑忠雄」氏とは、こういう人です。長年にわたり東北の歌壇をリードした扇畑忠雄。明治44年、中国・旅順に生まれた扇畑は、19歳で「アララギ」に入会し、短歌の道を歩みはじめます。昭和17年、仙台の旧制二高に赴任した際、昭和21年に「東北アララギ会」を結成。歌誌「群山」を発行し、東北を基盤として旺盛な創作活動を展開します。戦後は東北大学の教壇に立つ傍ら、新聞歌壇の選にあたるなど平成17年に94歳で亡くなるまで短歌に情熱を注ぎ続けました。「老いてなほ美しきものを吾は見む 若かりし日に見えざりしもの」たくさんの歌が展示されていて、とても勉強になったし、楽しかったですよ。といっても、短歌が趣味という読者はここにはいないでしょうね。何しろ渋すぎますよね。文学館の建物はまだ新しく、しかも木でできていて落ち着きます。お庭もそのまま、台原森林公園へ通じていて、とても自然豊か。素敵なところでした。
2007.02.17
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3日続けて雪の朝。それでも、今朝はとてもきれいに晴れています。shinmanaさんに吃驚されてしまいましたが、確かに街中や東の地域に比べて、この辺は雪が多いですね。山が近くなり、標高も高くなってくるせいでしょう。「泉下ろし」と呼ぶらしいですが、風も強いです。今日も、突風状態。玄関前のバラの鉢が全員、横倒し。続き--非公開
2007.02.16
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さて、「ジェイ美卵」。「ジェイ美食」という会社が展開する卵と卵料理のお店です。「発酵米ぬかの畜産用混合飼料(スーパーブラン)を提供し、健康な家畜を育て、美味しくて高品質な食品及び加工食品を食卓へご提供します」日本の一次産業と共に発展する高級食材会社、だそうです。私たちがいただいたのは、「親子丼」「豚玉丼」「チキンカレー」。写真は豚玉丼。上に生のネギ、下に玉ねぎ、間に豚肉が少し。豚肉の味つけが薄く、ネギの匂いが強すぎて、私的にはいまいち。こだわりの素材自体は良いのですが、感動するほどのお味ではない。息子のいただいた親子丼も、141の下の「鶏三和」の方が美味しいですね。ここの売りの卵も、確かに美味しいけれど、1個73円は高いな。その卵で作ったロールケーキも買ってみましたが。これも美味しいけれど高い(小さいのに1000円。)まあ、どれもこれも、それなりに美味しいけれど値段に見合うほどかな?という感じです。ブランド名も「ジェイ美卵(びらん)」、豚肉は「ジェイ美豚(びとん)」というのですが、この名前の付け方がまた、私の趣味じゃなく。(勝手な言い草でしょうけどね。)何処といって悪いわけではないけれど、誉めるほどのこともなく、これ以上のコメントなし。
2007.02.14
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今日は、私のお気に入りのCDのご紹介。「IL DIVO / IL DIVO」ご存知の方も多いでしょうけれど。IL DIVO。イル・ディーヴォ。イケメン男性4人組のヴォーカル・グループです。これは、最初に出た、グループ名を冠したアルバム。その中にある、「Mama」という歌が絶品! (この頃、何をおいても「母もの」に弱い私です。)「Mama, Thank you for who I am ~~」で始まる、息子が愛するママに呼びかける歌。成長した息子が切なく詫びるところなど、自分の身に置き換えて想像するだけで、じ~んと涙する私です。どういうわけか、わが息子もこの歌が大好き。その次の「ネッラ・ファンタジア」も、いい曲ですよ。もともとは、映画「ミッション」の挿入曲、「ガブリエルのオーボエ」。(比べれば、個人的にはオリジナルのこちらの方が好き。)「ミッション」という映画、覚えていますか。十字架につけられた宣教師が、滝を落ちてゆくシーンが有名ですね。作曲は、エンニオ・モリコーネ。澄み切った甘美なオーボエの調べで、地味だけど、当時から大好きな曲でした。すばらしい曲なので、きっと誰かが、と思っていたら、やっぱり、サラ・ブライトマンが目をつけました。エンニオ・モリコーネに頼みこんで、歌曲に作り直す許可をもらったとか。彼女が先に歌い、それをいただいて、さらに、IL DIVOが歌っているというわけです。「IL DIVO、優雅にしてゴージャスな歌の貴公子」というふれ込みです。ソースの濃すぎるイケメンにはあまり魅かれないわたくしですが、楽曲的には、大人の雰囲気で◎。他のアルバムも、過去の良い曲ばかり選んでリメイクしているので、外れはありません。クラシックの素養がある彼ら、その辺の歌手よりはよっぽど上手い。(もちろん、本物のテノールと比べてはいけませんけど。 )ただ、どの曲も朗々と歌い上げるので、アルバムの最後の方は、ちょっと食傷気味になるかも。「Mama」。ウェットなお母さんには一押しです。私はクール系よ、ドライ系よ、というお母さんには、甘すぎるでしょうけど。
2007.02.14
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今朝も大雪になりました。ドタバタと息子を重装備で行かせて、やっと一息。夫は、自分の研究班の準備で朝5時半に出て行きました。年度末は忙しいですね。この連休もほとんど家に居ませんでした。どこのお宅も同じでしょうけれど。「1日でいいから、君と代わりたいよ」と、ブツブツ。それでも、今週は、テニスクラブがメンテナンスのため閉鎖、スクールがないので、時間的には楽です。ちょうど私も、風邪を引いているところだし。先週末から、息子の風邪をもらったらしく、喉と目が痛むのです。熱は出ないので、助かっているのですが。息子と夫は回復した様子ですが、私はまだ、いまいち。こんなとき、わが家の風邪の治療薬と言えば、葛根湯と焼肉です。(PCマルチさんのお宅では、黒酢を沸かすそうですね。)詳しくは、私のボストン日記の2002年1月18日に、「風邪の特効薬」で綴っておりますが。まず何をおいても、葛根湯! 最近は錠剤が出ているので、粉の苦手な私も気軽に飲めるようになりました。6歳以上なら、子どもにも飲ませられますしね。今回も、調子が悪いと思った土曜日の朝から、即、飲み始めました。悪化しなかったのは、そのおかげかな。そして、日曜の夜は、しっかりと焼肉を食べに行きました。場所は、桂にある「うまみ亭」です。「うまみ亭」は、私たちのお気に入りの焼肉のお店。よくあるでしょ、入ると煙モクモク、あちこち油ジットリネットリというお店。下町に多いですよね。そういう店こそ、旨いんだぜ、と夫はいいますが、私的にはちょっと苦手。ホルモン系、駄目だし。うまみ亭はその対極。(紫山のキャスロンと同じ系列ですから。)いかにも韓国系~!ではなくて、和風の小洒落た雰囲気、清潔感のあるお店です。従業員も親切。メニューも洗練されていて、文句なくおいしくて、かつ、安心して食べられるお肉を出してくれます。何より、子連れには、畳の個室がたくさんあるのがうれしい!(→帰国かーちゃんさんへ)そういうわけで、風邪を引いてしまった連休でしたが、最終日にはまた、家族で岩沼屋に行きました。途中で、昼食には、愛子にある、美味しい卵の店「ジェイ美卵」に寄ったのですが、その話はまた後ほど。
2007.02.14
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プーさんの鼻 / 俵万智俵万智さんにちなんで、彼女の歌集を読んでみました。一分をまとめて進む長針がひた、ひた、ひたと迫るさよなら生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり永遠に子は陸つづきあかねさす半島としておまえを抱く恋愛の末、未婚で男児を出産されたのですね。その勇気に脱帽。この歌集、この頃少し急ぎ足かな、少し歩みをゆるめて小さな幸せを大事にしたいな、そんな方にお勧めです。子どもを持つ母なら、胸がいっぱいいっぱい熱くなること請け合い。初めての子どもを持ったときに、誰もが感じたであろう感動が、いきいきと蘇ってきます。万智さんは、「短歌という表現形式を持っていて本当によかった」と、語っていましたが、すごくうらやましい。一瞬の感動を、こうして文字にして、永遠に残せるんですものね。短歌っていいなあ、やってみようかなあ、そんなことを想っている今日この頃です。
2007.02.11
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低度情報化社会 / コモエスタ坂本Webは本当に進化しているのか。この本は、インターネットのへビーユーザーであれば、一度読んでおくべきでしょう。かなり辛口ですけど、的を得ていると思います。無駄な情報の洪水に溺れてしまっている低度情報化社会。バックカバーを読んでみましょうか。「インターネットにはゴミ情報しかないといわれたのは、もはや過去の話だ。現在のネットは、学術機関などのデータベースが充実し、宝の山となっている。 しかし、その宝を使える人間はどこにもいない。なぜなら、IT技術の進歩で情報爆発が起きた結果、何が重要で必要な情報なのか、誰も判断できなくなってしまったからだ。個々人は自分の理解できる情報(つまりレベルの低い情報)だけに手を出し、簡単に充足してしまう。ジャンク情報だけでお腹一杯だから、もはやレベルの高い情報の存在には気づかない。そしてゴミのような意見をブログで公表し、さらにジャンク情報は増殖していく。 ネットはレベルの低い同類同士の交信を加速させ、情報のぬるま湯に浸った低レベル人間を大量に作り出してしまった。つまり、Webは進化どころか、明らかに退化しており、そして社会そのものも劣化させているのである。」インターネットに、グーグルに、騙されぬよう。誤魔化されぬよう。ネットを盲目的に過信してはいけないですね。自分が見ているもののレベルは? 発信しているもののレベルは?それを検証する姿勢を忘れては、「低度化くん」まっしぐら、です。
2007.02.10
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朝から、園のボランティア、私のテニス、息子のスイミングと続き、やっと帰ってきました。と、新聞を見て。。。うわっ、今日の河北の朝刊、見ましたか?著名なアウトレットモールが、パークタウン内に進出を計画しているそうですね。場所は、ロイヤルパークホテルの横の広い空き地。寺岡のど真ん中じゃないですか。続き--非公開
2007.02.09
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息子が園で作った、節分の鬼の仮面。目の下の点々は、「涙」だそうです。「鬼は外」といわれて、悲しくて泣いているところですって。これまで、鬼の仮面は数々見てきたけれど、泣いている鬼というのは初めてです。嫌われて、仲間外れにされて、悔しそうにも見えますね。うちの息子は、良くも悪くも本当にやさしいんですよ。人の気持ちに共感する能力があるというのかな。パパやママが何かで困っていると、必ず助けに来てくれるし。犬が粗相をして、ママに叱られていると、横で涙を浮かべるのは息子だし。お友だちに意地悪されても、絶対に自分からは仕返ししないし。帰りに一緒になるお友だちの小さな弟の面倒も、どうやら息子が一番やさしく見ているようだし。きわめつけは、ママがあくびをして目に涙をためているだけでも、「ママ、どうしたの」と、心配顔で寄ってきて、ティッシュで涙を拭いてくれるのです。(ただのあくびだよ、と種明かししてしまうのが勿体なくて、息子のやさしさをそのまま味わうズルイ母です。 )こういう性格は、教えて教えられるものではないですね。親として、教えたつもりも、手本で見せたつもりもありません。生まれつき、天然そのもの。キラキラした息子の個性です。「このやさしさを、ずっと失くしてほしくない」、と思う一方で、「こんなにやさしくては、この先利用され、傷つけられることが沢山あるのではないか」と、心配にもなってきます。せめて、スポーツや音楽で、競争心を鍛えておかなければ。やっぱり、世の中、競争を避けては通れませんものね。健全な競争心を持つこと、競争に負けても立ち直りが早いこと、それはこの先生きていくのに、絶対に必要な資質ですよね。ウルトラマンと怪獣の戦い。怪獣がなかなかすごい、と思いませんか。シュールでしょ。ウルトラマンの頭上には戦闘機。足元には、なぜか小さな虫怪獣。絵画療法の心得があれば、息子の心理を読み解くことができるのでしょうけど。
2007.02.07
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12/20の日記で、「俵万智さん、仙台へようこそ」と、書きましたが。内容は、万智さんが、「洒落のつもりで見学した仙台の幼稚園があまりにもすばらしくて、子どもを通わせたくなり、仙台への引越しを決めた」という話でした。続き--非公開
2007.02.06
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非公開です。
2007.02.05
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久しぶりの大雪になりました。日曜日の今日は、いつものごとく、午前中は秋保の温泉、昼はダウンタウンでイタ飯ランチ。午後は家族そろって、宮城県美術館へ行きました。話の種に、一度、常設展も見ておこうか、という流れで。残念ながら、私は、常設展にはそれほど興味を惹かれませんでした。強いていえば、抽象絵画の先駆者、カンディンスキーの「商人たちの到着」が、一番の見所だったかしら。パウル・クレー、エゴン・シーレもありましたが、小品がほんの数点ずつ。ところが、良い意味で期待を外してくれたのが、隣接する「佐藤忠良記念館」だったんですよ。宮城県生まれの、日本を代表する彫刻家、佐藤忠良。私は、これまで、彫刻をとりわけ面白いと思ったこともなかったので、彼に対して何の予備知識もなかったし、まったく期待せずに、ぶらりと入ったのですが。これが、思いがけず惹きつけられてしまいました。いわゆる具象彫刻で、子どもや女性をモデルにしたものが多いのですが、どの像も透明感があるというか、何とも爽やかな印象なのです。モデルになった人物から来るというよりも、それが佐藤忠良氏の作風なのでしょう。若々しくて、清新な雰囲気が漂っている。具象というのは、抽象とまでは行きませんが、単なる写実から一歩進んで、作者の主観性をも強調しようとするものです。だから、作者の個性が際立ってくるんですね。この佐藤画伯が引き出した人間の魅力、人間への思い入れに、私たちも惹きつけられてしまったわけです。きっと画伯ご自身も、とても立派な方なのでしょうね。何しろ、作品に卑しいところがまったくない。日本画の画伯、千住博氏の言葉ですが、「真の巨匠といわれる人々は本当に強靭な精神力の持ち主である。だからこそ人物的にも尊敬に値するのだ。人として魅力的なのである」というのは、本当なのでしょう。理想を追求して、芸術を窮めてゆくという作業は、何よりもまず、自分自身への厳しさがなくてはできないことですもの。(この千住博氏の著作「絵を描く悦び」も、すばらしい本ですので、いずれ読書録でご紹介しますね。 )というわけで、宮城県美術館へ行かれたら、佐藤忠良記念館も覗いてみることを、お勧めします。難しい表現ではないので、子どもにだって、その彫刻の美しさはきっと感じ取れると思いますよ。
2007.02.04
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わたしを離さないで / カズオ・イシグロ早速、本を読みました。本屋の店内をぶらついていて、目に留まったもの。カズオ・イシグロ、イギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞した、ロンドン在住の日系人作家の最新作です。結論からいうと、すごく面白かった。彼の旧作は、映画化された「日の名残り」が有名で、イギリスの階級社会を地味に描く作家というイメージが強かったのですが。今回の本を読んで驚きました。かなり先進的な、ショッキングなテーマを扱っています。が、筆の運びはとてもよく抑制が効いていて、奇をてらったところもなく、実に淡々としているので、かえって深く心を揺さぶられました。哀切なストーリー。人間とは何か、への哲学的な問いかけ。このテーマで、こういう描き方もあったのかと、感心しました。過激な表現や暴力的なシーンに満ちた、大げさなエンターテインメントにはうんざりしている方にお勧め。私は大好きですね。こういう作品。
2007.02.03
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仕事を辞めて、専業主婦になった方。自分の収入が無くなってから、好き放題に買えなくなったものって、皆さんは何ですか?私の場合は、1.洋服とかバッグとかアクセサリー。この類はまあ、既に持っている物でこの先も間に合いそうだから、別にいいのですが。2.美容院代。これは、けっこう辛いですね。私はくせ毛で、いつもストレートパーマをかけていたのですが、今はくるんとポニーテールにしたままです。(何と中学時代から、基本的にはこの髪型! 怖ろしい。でも、もっとも安上がり。)3.化粧品代。基礎化粧品のランクは下げられませんが、アイシャドウや口紅にブランド品は買わなくなりましたね。ダルマ薬品で買うものと、三越で買うものと何ら差が出ないんだもの。(もともと、メイクが下手で、ほとんど何もしないんですが。時間ももったいないしね。)しかし、もっとも困ったものは、4.本、です。新聞で広告を見たり、書評を見たりして、あ~~、この本読みたい!と、地団太踏むことがしょっちゅう。以前の私なら、そそくさと本屋に行っては、お目当ての本以外にも、目に付いた物を際限なく買っていたのですが。おかげで、わが家は本の山。整理もできないままに、1室を占領しています。今は、さすがに好き放題には買えなくなりました。夫の顔色をうかがわねばならない、ということもあるし、また家に本を増やすのか~~という躊躇いもあるし。でも、そんな状態を続けていたら、最近、頭にβアミロイドが溜まってきちゃったんですよ。(冗談ですヨ、もちろん。アルツハイマーの発症に読書の量は関係ありません。 )本を読むと、触発されて、いろいろなことを自分なりに考え始めるものでしょ。このごろ、その刺激がないんですね。好奇心がなくなり、視野も狭くなり。そして妙に、何処かで聞いたような保守的、小市民的な発言が多くなり。自分で文章を書く際にも、以前は言葉選びにもっと気を遣っていたのですが、語彙が少なくなってきたので、それもいい加減になり。要するに、頭をしっかりと使わなくなってきた、というわけです。そこで、夫に、「このごろ、本を読まないから、頭がスポンジになっちゃったよお!」と、泣きついたところ、「本に限っては、好きなだけ買っていいよ」という、お墨付きが出ました。「ただし、(読んだ証拠に)ブログに感想をアップしてね」 という条件付きです。ハイハイ、わかりましたよ。というわけで、今後、私が読んだ本についても、ボチボチこのブログに載せていきますね。え? 「脳を鍛える大人のDSトレーニング」をしたらいい、って?ゲームをする時間があるなら、新聞広告でもいいから読んでいたい、困った活字中毒の夫婦なのでありマス。
2007.02.02
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かえりみて むかしのこころにくらぶれば このごろ ものをおもはざりけり一首詠めば、今の私の心境はこんな感じでしょうか。最近、心が堅くなってしまったのかしら。ボストン日記を読み返していて、なんだか寂しくなってしまったんですよ。あのころは、もっと感受性が豊かで、考え方も柔軟だったなあ。そして、夢や希望を、今よりもっと大切にしていたなあ、って。今の私の胸にはズキンと来るフレーズが、ボストン日記の随所にあったのですが。その中でも、6月11日の「夢見る力」という文章で、自分で、こんなことを書いていました。恵まれた、波風の立たない生活に慣れてしまって、夢の見方を忘れてしまっては悲しい。何歳だろうと、苦労の多い役回りだろうと、自分の力を人の役に立つ分野で生かしてゆきたいと、無我夢中で、しかも楽しんで努力している人を見ると、とても感動する。私もけっこうな歳だけれど、若いころ以上に夢は沢山持っている。自分に対する夢。社会に対する夢。夢を見るには、力がいる。何より、自分にはできると思う、高い自己評価が必要だ。そして、人生に欲張りでなければならない。変化のない、同じ生活をずっと続けることに、私は耐えられない。仕事に関してだって、例えば料理に関してだって、常に新しいことにチャレンジし、より幅広く、スマートにこなしてゆきたいと願う。私も、T夫人には及ばないかもしれないが、強いドライビング・フォースに突き動かされている人間だ。自信を失ってヘコむ時も多いけれど、何とか自分を奮い立たせ、自分の力を信じ、自分を頼りに、目標を立てて進んでゆくように努力している。今は、今の時点で自分がもっとも良いと思う道をまっすぐに進むのみ。分岐路が見えてきたら、またそのときに考えることにしよう。夢見ることも許されずに、若くして逝ってしまった友人たちのことを考えると、精一杯、夢を見て、努力しなければ申し訳ないもの。自分と同じ年頃の親しい人を見送る経験をすると、過ぎてゆく時間に敏感にならざるを得ない。世の中には、知りたいこと、やってみたいことが沢山存在して、基本的には時間が足りないのだ。若い時はそう思わなくても、歳を取ってくると、この気持ち、分かってもらえると思う。それなのに、今の私は何なのだろう? どんな夢を見ている? どんな努力をしている? 自分をふり返って、立ちすくんでしまいました。ある意味で、ボストン日記の後、帰国してから、私たちの個人的な夢は幸いにもすぐに叶ったのですね。勿体ないような夫の社会的地位、落ち着いた生活、好みの家、子どもを育てる理想的な環境、等々。今では、ボストン時代には想像もつかなかった、それ以上の暮らしを実現しています。だから、将来への不安とか迷いは消えたのですが、その代わりに、「恵まれた、波風の立たない生活に慣れてしまって、夢の見方を忘れてしまった」のかしら。もちろん、仙台へ同行するために自分が仕事を辞めたこと、そして、夫と息子が外でがんばれるように内助の功を尽くすと決めたこと、その選択に後悔はありません。でも、今、自分が持っている力を出し切っているかな? 働いていたころのように、自分の能力の限界を試しているかな?そう思うと、今の生活はまだまだ甘い、そんな感じがするのです。まだ何処かに、今の私にも、社会のために貢献できる余地が残っているのでは?今の生活を踏まえた上で、もっと大きな夢見る力が必要なのでは?惰性で生きていっては、人生がもったいない。もう一度、夢や希望や、努力や向上心を取り戻したい。いつだって、前向きな姿勢を保っていたい。やっぱり、私は、人間はいつまででも成長する、成長できる、そう信じていたいのです。
2007.02.02
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