戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2016年04月10日
XML
カテゴリ: 城(東北・関東)
え~、だいぶ脱線気味の感もあったけど、
「奥」関連の話として、最後は側室周辺について書きたいと思います。

徳川歴代将軍は、自身が夭折したため 八十宮吉子内親王 を迎えられなかった
7代・家継を除いてはみな正室を持っており、3代・家光以降の御台所は
すべて皇室か公家から迎えられていた。

ただ、若くして亡くなったとか政務にタッチしなかったという理由で
多くの御台所は一般にはほとんど知られていない。
家光以降の正室で有名なのはやはり14代家茂の妻の皇女和宮とか、

それから8代・吉宗にからむ人として6代家宣の妻・天英院近衛煕子あたりかな。
あと、夫との不仲という逆説的な理由から家光の妻・鷹司孝子も知られている。

鷹司孝子を除いてはみな政治的な理由、および側室や周囲とのバトルなどによって
ドラマなどでもよく取り上げられる訳だけど、多くの正室があまり知られていないのは
そういう理由のほかに世嗣を産んだ御台所が2代秀忠の妻・お江だけだったからということも
考えられる。

お江は一般的には秀忠の浮気を許さなかったといわれ、
ために 保科正之 はなかなか陽のあたる場所に出られなかった。

お江は激動の戦国末期をたくましく生き抜いた女性であり、
秀忠の子をガンガン産み続ける強靭な肉体を持っていた。

しかも男色愛好家だった。

そういう家光・・・つか徳川家の行く末を心配したのが乳母のお福(春日局)で、
家光の気に入りそうな娘を探して自分の部屋子として仕込んだ上で
側室として家光に差し出すなど、家光の子作り促進運動に奔走した。

まあ、家光のような女性に興味を示さない人間は特殊で、

いずれ側室の制度は整えられてはいったんだろうけど、
はじめ秀忠が「将軍家の奥」として整えた大奥は、家光&お福の登場によって
後世の人間にハーレムと誤認させるような場へと変化し、
大奥に住む人間も膨れ上がって巨大な女の園が出来上がった。

こんにち「大奥の制度」と紹介されるものは、おそらくかなり後代になって
整えられた制度だろうとは思うけど、ひとまず今回読んだ本を参考に話を進めますと、
5代綱吉の頃まではあまり側室の出自が問題とされることはなく、
身分が低く出自のわからない女性もいるという。

これも時代の必然ともいうべきもので、初代イエアスは将軍としての期間は短く、
人生のかなりの部分を戦国武将として過ごしている。
もともと三河の土豪の小せがれだったイエアスは、
自分がランクアップするにつれ身分の高い姫を求めたりもしたが、
その一方で生涯に持った18人の妻妾のうち、11人までが
戦国武将として名を挙げていった天正年間にゲットした女性だそうで、
身分の低い女性が多く、俗に「家康の裾貧乏」などとも言われる。

それは自分の身分から女性の身分に対してもあれこれ言ってるバヤイじゃなかったからだけど、
同じ戦国期を生きたたくましい女性には優れた才能や才知を持った人もおり、
お梶や阿茶の局などイエアスの側室で色々と活躍した女性も多い。

若い側室に囲まれてウハウハの晩年を過ごしたイエアスと違って、
2代秀忠は正式な側室を持たなかった。
秀忠の子を産んだ女性もいるので、お江ひとすじって訳でもないけど、
お江がボロボロ子を産んだので何がなんでも側室を作る必要性はなく、
歴代将軍のうちではむしろ秀忠の方が特殊だといえる。

で、3代家光は前述のように自ら子作りに励むこともなかったので、
お福が世話してやる訳だけど、なにせその意思がない家光に子を作らせようというのだから、
家光の気に入るか、子を産める健康体であるかの方が重要で、
これまた身分うんぬん言ってるバヤイじゃなかった。
そして家光にあてがわれた女性の中から4代家綱・5代綱吉が生まれ、孫は6代家宣となった。

家綱の母はもと農民の娘で、綱吉の母は桂昌院として有名な方ですが

京都・今宮神社4

      (京都・今宮神社にある桂昌院のレリーフ)

八百屋の娘だとか西陣織屋の娘だとか畳屋の娘だとか
色んな出自のウワサがあるものの、いずれも身分の低い女性だという内容で、
桂昌院が「玉」という名前だったことから「玉の輿」の語源となったという
俗説があるのは有名な話ですね。

そういう流れがまだ残っていたのか、4代家綱は神祇官の娘、
5代綱吉は黒鍬者(城内で土木・清掃・運搬などに従事した役職)の娘などを
側室にしている。

6代家宣の時、大奥は公家風を取り入れるなどして様変わりした( 「(15」 )参照)。
その頃から側室の制度についても変わり始めたんだろうと思うけど、
家宣自身は僧侶の娘を側室(=月光院)とし、その腹から7代家継が生まれている。
ただ、月光院が家宣のもとに上がったのは家宣がまだ甲府綱豊だった時代のことで、
将軍の側室として月光院を迎えた訳ではない。

という訳で、ここから紹介する話は家宣以降の内容かと思われます。


まず、側室になるには基本的に前段階として大奥に入る必要がある。
それから、当然のこととして将軍が適齢期を迎えている必要もある。
11代家斉(いえなり)の時、家斉が16歳になったので将軍付きの御年寄が


そろそろ御女中などをお側に近づけても
よいのではございません?」


と奥医師に打診し、奥医師でまだ早いという者と「そうだな、そろそろ・・・」と
いう者があったという話がある。

正室が世継ぎを産めればそれに越したことはないけど、
正室をめとるのは政治的な事情という面も大きく、
将軍や正室の年齢や生殖能力だけが問題となる訳じゃない。
それに、京生まれ京育ちのなよやかな姫にはガンガン子を産むのは無理があった。

それをカバーするのが側室で、子作りうんぬんより愛情で将軍が側室を作る場合もあったけど、
周囲の御膳立てによる側室の場合は実質的な能力が大前提となってくるので、
奥を管理する女中や奥医師によるこんな談合が行われたりもしたらしい。

で、種まきができるようになって側室を用意する段になると、
「お見合い」が行われる。
もちろん、現代のお見合いのように双方が直接会って話をする訳ではない。

側室は基本、 御中臈 の中から選ばれる。
選ぶのは将軍ではなく、御年寄が相談して将軍付きの御中臈の中から候補を選ぶ。
中にはこのコースを経ないで側室になる者もいたというが、
このコースで側室になる場合はまず御年寄のお眼鏡にかなう必要がある。
御中臈のリンク先で「一に引き、二に運、三に器量」の話を紹介してますが、
ここでも御年寄の「引き」が出世の明暗を分ける。
もちろん、引き立てた側でも自分の世話した娘が側室となって子を産んで出世すれば
自分の権勢も増す。

して、選ばれた娘は装いをこらして大奥の庭を散歩する。
その姿を将軍が見て、気に入れば側室となれる。
時には将軍付きの御中臈ではなく、御台ちゃま付きの御中臈を
将軍が見染めることもあったらしく、その場合は御台ちゃまが差し出すという形で
御台ちゃま付きから将軍付きへとお役替えが行われるそうな。

御中臈より下の身分でも、将軍が見染めた場合には一旦御中臈へ昇格させて
しかるべき上級女中の世話子にさせてから将軍のお側にはべることになる。

さて、「床入り」。
ドラマなどで当時そのままに床入りの場面をやると
たぶん面白おかしく話が作れなくなるから、そこは考証を無視してるんじゃないかと思うけど、
伝えられる話によるとかなりオドロキの方法が取られていたらしい。

まず、あらかじめ伽の相手が御年寄へ伝えられ、
指名された相手はもちろんのこと、将軍の寝所も準備万端整えられる。
寝所の準備は御年寄がすべてを仕切り、準備ができると次の間に控えて将軍の奥入りを待つ。
一旦寝所を出たら彼女らは二度と入れない決まりになっていたという。

将軍の奥入りは夜8時ころ。
その1時間前くらいには指名された相手が長局から寝所へ向かう。
この時、自分の夜具と衣裳を 御三之間 に持たせ、
自分は総白無垢姿で髪は櫛巻き、かんざしは差さないものと決まっている。
こういう姿で長局から大奥の端っこにある将軍の部屋まで「出勤」するので、
今夜の相手が誰なのか大奥の女性にはすぐにわかったという。
そして、その後には少し離れて別の御中臈がしずしずと従う。

将軍の部屋に着くと、待機していた御年寄が指名の相手の髪を解いて中をチェックする。
もちろん、武器を隠し持っていないかの検査で、それが終わると御年寄は次の間に下がって、
御三之間が元の通り髪を櫛巻きに直す。
この時もかんざしは差さない。

それから将軍が上御鈴廊下を通って大奥に入るが、しばし話などをしてから床に入る。
フツーに考えれば、寝所には将軍用と側室用の2つのふとんがあればいいハズだけど
(ふとんは2ついらないんじゃないかというツッコミは置いといて)、
寝所にはなんと4つのふとんが並べられている。

将軍は真ん中のふとん、相手の側室はその右のおふとん。
んで、将軍のふとんから少し離れた隣のふとんには御用の側室に付いてきた御中臈が入って
将軍に背を向けて寝る。
側室のふとんから少し離れた隣には、 御伽坊主 が入る。

別に将軍が3人の女性を相手に奮闘する訳ではない。
両脇の2人は、主役の2人の会話から何から背中で監視して、
翌朝御年寄に一夜の出来事の一切合財を報告する任務を負っている。
つまり、監視役の2人はふとんに入っても眠ってはいけない。
まあそれでも、フツーの神経の持ち主なら決して楽しい仕事ではないので
「白い粉薬」を飲んで寝るようにしたともいうけど、
それで御年寄から叱られなかったのだろうか。

御年寄への報告は監視役からだけではなく、伽をした側室本人からも話を聞いて
報告の内容に誤りがないかチェックしたというから徹底している。
こんなおかしなルールができたのは、寝所で将軍に度を越えたおねだりをした
側室がいたからだという。

少し前に話題になった沢尻エリカ主演の「大奥」の予告CMでは、
誰かがするっと着物を脱いで素っ裸になったのを成宮寛貴(将軍・家斉)がスケベな目で
「おお~」ってカンジで見上げてるシーンが映ってたけど、
あの脇に御伽坊主と添い寝役がいたらドラマも盛り上げにくいからね

沢尻の「大奥」は観なかったし、他のドラマも観ることはないので
正確なところはわかりませんが、こういう珍妙な床入りをそのまま再現するドラマは
おそらくほとんどないんじゃないかと思います。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016年04月10日 23時48分15秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: