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5月8日に札幌で硬式空手の全道大会があり、出場します。 とはいっても、今回、職場が変わったことと、足の怪我の直りがあまりに遅かった(歳だなあ)のとで、決定的に稽古不足だったので、節を屈して「マスターズ」にエントリーしています。 本当は、格闘技ルールの一般上級重量級に出たかったのですが、このコンディションでは、1回戦でばてばてになるのが目に見えておりますので、試合時間が短いほうに出ます。 実質、4月21日から稽古開始で、今、追い込み中です。かなり疲労がたまっています。ま、11月の大会は実質2週間の準備期間で(しかも左足骨折)やりましたから、それに比べれば恵まれているのですが、いかんせん、療養中についた体重が邪魔。 やっと、後ろ回し蹴りが、肩の高さくらいまで上がるようになりました。試合ではまず使えない技ですが、これが華麗に振り回せないようだと、全身の動きが鈍いということの証明みたいなものなので、短い稽古時間の中に割り込ませています。 と、言いつつも、5日はおはなしマラソンに登場、市立釧路図書館で子どもらに絵本の読み聞かせをします。 硬式空手の大会に出ることをモチベーションとして、顔面への手による攻撃技をいろいろと研究することは、自分にとっては意義あるものです。その中で、空手の「突き」と「打ち」の違いがやっとわかってきました。(と思えてきました) 突きは、体重の移動。打ちは遠心力。 外見的には、空手の突きは、武器術です。ボクシングのパンチの方法でたとえば指の間に鉛筆を挟んで打っても、なんらのプラスにはなりませんが、空手の正拳突きでこれをやると恐ろしい武器になります。 しかし、武器術というだけであれだけ気が遠くなるほどの回数をえんえんと正拳突きを繰り返すのは、ちょっとどうか。武器術以外の意味があるのではないか。そう考え、別方向からアプローチしていた突きの技術と考え合わせると、どうも、正拳突きは自分の体重を相手に一気にたたきつける技術ではないかと思えてきております。 これに対して手刀打ち、裏拳打ちなどの打ち技は、全身を回転させながら放つ、遠心力を利用した技で、本質的には、球技の投擲動作です。ボクシングのパンチも「打ち」です。だから、グローブをつけると、突きよりも打ちのほうが威力があります。 空手家がいきなりグローブをつけて正拳中段突きを放ってもなかなか通じないのは、メカニズムが違うからです。正拳が非実用的だからではありません。 これは試合で確認してきますが、蹴り技も、ムエタイの系列に属する回し蹴りは「打ち」のメカニズムであるべきで、空手の系列に属する前蹴りは「突き」のメカニズムでこそ威力があるのではないか、とも考えています。(私の考えは、一人稽古で生み出し、試合で修正、ないしは全面変更していきます) ちなみに、野球のスローイングは「打ち」、砲丸投げは「突き」です。前者は遠投性やスピードに優れ、後者は破壊力に優れます。目標物が軽い、頭部を狙うのは「打ち」で、目標物が重い胴を狙うのは「突き」が優れているとも言えます。
2005年05月04日
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5月の稽古予定は17日と31日、どちらも火曜日。景雲中学校体育館午後7時からです。 北海道新聞さんにこの試みを伝えると、関心をもっていただいて、取材を受けました。事前報道のほか、17日には稽古模様を取材していただけます。
2005年04月29日
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かなり遅ればせながら研究経過発表です。 場所は釧路市生涯学習センター1階の音楽スタジオAでやりました。元々バレエのレッスンもできるように作られており、違和感はありません。 内容は、私が、「道場四畳半」という家庭で子どもらに教えている護身術のメニューをもって基本とし、芦原会館さんのサバキの技術を学び、さらに移動稽古では「旋風脚」をやりました。その後、自由打ち込みの時間では、私は子どもら(4人)を集めて、学級護身術。不審者に襲われそうになったときに「叫んで、逃げる」ということの稽古です。できそうで、実はこれ、結構できません。 4月に異動して、忙しい部署に回ったため、やっと、パソコンに迎えました。やれやれ。
2005年04月03日
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次の研究日は4月3日(日)です。 場所は釧路市生涯学習センター1階音楽スタジオA 時間は午後6時から8時 メニューですが、できれば、貫手の基礎稽古と使い方サバキの基本と組手 という内容でいきたいと思います。 かなり、ディープな世界です。
2005年04月01日
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次の研究日は4月3日(日)です。 場所は釧路市生涯学習センター1階音楽スタジオA 時間は午後6時から8時 メニューですが、できれば、貫手の基礎稽古と使い方サバキの基本と組手 という内容でいきたいと思います。 かなり、ディープな世界です。
2005年04月01日
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19日に第2回目の研究会を開催。 今回、小学校2年生の女の子と、社会人の男性が、初心者として参加。女の子は見学でしたが、各流派の空手の指導者や稽古法を見て、自分にあった道場を見つけるようにという、趣旨を親御さんも本人も理解されて、これからもしばらく研究会に参加するそうです。 一方、自由研究としては、基本稽古のほか、ローを中心とした約束組手や、打ち込みなどをやりました。 一方で指導員クラスのひとたちの研究の場として、一方で、自分に合ったスタイルの空手道場を探す場として、機能していけばと思います。 なお、研究テーマとして、前回、ちらと説明した「倒木法」ですが、やはり多くの流派ではポピュラーな技術ではないようで、果たして有効なのかどうかも含め、今後とも研究をしていかねばならないと思います。
2005年03月19日
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3月19日(土)に、第2回目の釧路空手研究会(今回は自由研究日)をやります。 初心者に或る程度教えたり、自由に相手と約束組手をやったりと、自主トレ的な日です。それだけに運営が難しいような気もしますが、或る程度の課題をもってやれば大丈夫かと思います。 小学校2年生の女の子が見学に来てくれるそうです。何回か足を運んでもらって、そこでやっている各流派のスタイルを見て、自分にあっているスタイルの道場に通う、というルートにしたいと思い、先方の親御さんにもそうお伝えしております。 私自身は道場をもっていないので、この場合、空手道場としては引き受け手にはなれません。エコチャンバラ護身術は道新文化センターで教えていますが。
2005年03月18日
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3月19日(土)に、第2回目の釧路から手研究会(今回は自由研究日)をやります。 初心者に或る程度教えたり、自由に相手と約束組手をやったりと、自主トレ的な日です。それだけに運営が難しいような気もしますが、或る程度の課題をもってやれば大丈夫かと思います。 小学校2年生の女の子が見学に来てくれるそうです。何回か足を運んでもらって、そこでやっている各流派のスタイルを見て、自分にあっているスタイルの道場に通う、というルートにしたいと思い、先方の親御さんにもそうお伝えしております。 私自身は道場をもっていないので、この場合、空手道場としては引き受け手にはなれません。エコチャンバラ護身術は道新文化センターで教えていますが。
2005年03月18日
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平成17年3月12日(土)午後7時より、釧路市景雲中学校体育館にて、第1回の定例研究会を開催しました。 参集者は計10名。 研究者5名(高木、本村、中井、山内、相馬) 研究補助3名(高木、高木、山内)……子どもです 見学者2名。 今後の運営などについての打ち合わせで30分を費やした後で、1 芦原会館さんの方法で、準備運動と基本稽古2 高木から、20年前の極真テクニックということで、下突きの方法を2通り。(下突きの逆突きと下突きの順突きの技術)下突きから、手で相手の頭を下げさせておいての上段蹴り(今のルールだと反則です)。 防具を付けて、下突きだけの自由組手をやり、その後で、一方は回し蹴り上段のみ、一方は下突きのみの技術指定での自由組手。3 ミット打ちとして、踵を使っての前蹴り、回し蹴りの技術について、研鑽。4 小学生のエコチャンバラ相手に、エコ剣を完全に見切る稽古と、二刀流のエコ剣を肘、膝でブロックする稽古。実はこれは結構難しく、小学生相手に、黒帯のみなさんが結構苦戦しています。もし毒を塗られた刃で斬りかかられていたら、私を含め、全員討ち死にという結果です。5 10人全員でモップかけ。終了が8時40分でした。 打ち合わせや自己紹介に時間を割いたので、稽古が若干駆け足になってしまいました。 次回は、自由研究会として来週の19日に同じ場所で行います。これは、お互いに自由に約束組手をやったり、打ち込みをやったりという形で行います。「楽しかった」 と言う感想をいただいたので、今後とも続けられそうです。 テーマ設定での自由組手は、かなりレベルが高かったと思います。研究者5名のうち4名が黒帯でしたし。 4月は学校利用ができないので、別な曜日、場所を押さえる予定です。
2005年03月12日
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北海道内で開催される、硬式空手の大会情報です。 私のところにも「門下生のご参加」のお誘いが来たのですが、門下生はいないので、私が出ることにしました。生きて帰れるやら…… 下記のURLにコピーを掲載しています。 硬式空手の北海道版ルールの、硬式の格闘ルールで出る予定です。http://kakutousuzume.cool.ne.jp/kakutougi/tyokkinsiai.htm
2005年03月10日
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事務連絡です。 3月の釧路空手研究会の稽古の日を、3月12日(土)と19日(土)でとりました。場所は景雲中学校体育館です。 できれば12日は合同稽古、19日は自由研究としたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。 掲示板に、ご都合をお書きください。
2005年02月23日
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1ヶ月半に一度ほど、地元の釧路新聞にコラムを掲載していますが、今回のは、武術にも関係したお話ですので、ご紹介させていただきます。http://kakutousuzume.cool.ne.jp/kakutousuzume/onnanositenotokonomesen/on.htm#2005/01/15
2005年02月19日
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立って止まっているときに技を反復することができ、歩き方も覚えた、というところから、歩いている状態から技をふるうことを覚え始めます。止まっているときの技の出し方と一番違うのは、体の諸筋肉を不安定なバランスの中で働かせなければならないという点です。歩く、ということは、倒れる行為と同じです。倒れる前に別の足を前に出しているので進むことができる、というメカニズム。極論すれば、歩いている状態での技というのは、常に倒れている最中に出しているようなものです。止まっている状態から放つ技よりも、はじめのうちは力が入りにくく、目標物にも正確には当たらなくなります。 そこで、最初は皆どうしても、折角歩いているのに、一度止まってから技を出すようになります。これはそれまで、立って止まって技を覚えていたからです。そのままでは、いつまでも歩く力を技に生かせません。 ここで、動きながら技を伝える訓練が必要になります。センスのあるひとは、何の問題もなく通り過ぎますが、そうでもない人や運動そのものが苦手な人には壁になります。私もその部類です。 稽古法としては、歩く歩幅を、最初は数センチくらいにして、それを徐々に伸ばし、まず一歩踏み出す中で技を出せるようにします。さらに、前方向、横方向、後ろ方向、斜め方向と、あらゆる方向に一歩踏みだしながら技を出せるようにする。この過程で、重心の移動が開始されると同時に技の形に入っていくタイミングをつかめるようになります。現実問題としては下がりながら前蹴りをして相手に当たったところで、蚊に刺されたほどのダメージにしかならないでしょう。が、下がりながらきっちり技を出せるだけのコントロール力を身につければ、実際の試合や護身の場において、どういう動きになったとしても技を出せる、可能性が高まります。 さて、こうやって歩きながら技を出せるようになったとします。しかし、たぶん立って止まっているときの技に比べると、ぶれが大きくなっていると思います。このとき、得てして指導者は、目につく上体の技の動きだけを注意してしまいますが、まず原因の7割は歩き方や立ち方のぶれにあります。足元から注意して見てやらないと、いつまでもぶれがなおりません。 ここで、特に稽古のときの注意点は、「技を大きく覚える」ことです。これは諸先人がいずれも等しく指摘する心得です。技は大きくふるえば、欠点もより大きく見えるので、細かな修正がききやすい、というのがその理由のひとつ。もうひとつは、大きくふるうことができる技は小さくもふるえるし、ふるいやすいのですが、はじめから小さく覚えると大きく使うことができない、という点にあります。
2005年02月18日
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歩き方、運足、フットワークは、武道・格闘技において極めて大事な要素です。大抵の技は歩きながら出すからです。……と言う言い方は正確ではありませんね。技は歩くこと自体から始まっているからです。 技の目的と、どんな体の使い方をするのか(技のメカニズム)によって、歩き方は違ってきます。典型的な格闘技型のパンチは、地面を蹴り、その反動で推進力を得ながら、足首、膝、腰、背、肩、肘、手首と「筋肉の連鎖運動」を起こさせて各々の加速を足して拳のスピードを最大化させます。同時に、重心を自分の前に出ているほうの足先に置き、その足の膝で強烈な制動をかけつつ上体そのものをさらに加速します。 このときの歩き方は、ロケットのように後(足)を爆発させるようにして全身を運び、前足の膝で急激な制動をかける、という動きになります。似たような動きとしては、野球の投球ややり投げです。制動をかけるということの理解の意味ではゴルフのスイング(「前足の膝の横に壁を作れ」と言われます。ショットが壁にぶつかって急にスピードを上げてボールを飛ばす、というメカニズムです。イチローの打撃がこれに近い)があげられます。 これに対して、空手のたとえば中段の順突きは、後ろ足の爆発力も使うのでしょうが、何らかの方法で(ここのメカニズムが私はまだわかっていません。膝を抜く、という人もいるし、倒木法といって、体を木のように倒すようにする、という人もいます)体の動きを「ナンバ」にします。つまり、同じ方の足と手を同時に出す形です。動的筋力よりはむしろ静的な筋力を使い、体全体を面にして動かす方法をとる。投擲で言えば、砲丸投げに近い。 遠くへ軽いボールを飛ばすには前者が、遠くへ重いボールを飛ばすには後者のほうが理にかなっている……かも知れません。そう思うだけでまだ実証していません。 ありゃ、話がだいぶそれました。本稿のテーマは打撃のメカニズムではなく、歩き方でした。 多くの空手道場では、「地面を蹴る」方式での突きや蹴りを教えています。現時点で、もしも私が門弟をとるとすれば、やはり「地面を蹴る」技を優先して教えると思います。その技法は自分でもさんざっぱらやってきて、長短がよくわかっているからです。体を面で動かす方法についてはまさに釧路空手研究会のテーマの一つでもあるのですが、まだ試合にすら通用する方法を私自身が会得できていないため、述べられません。この稿では移動にあたっての身体操作の方法はどうでもいい、という乱暴な想定化のもと、話を進めます。 歩くこと=移動は技の始まりであり、技を運ぶ乗り物であり、なにより、相手との間合いをコントロールする最大の方法です。 ここの意識は重要だと思います。なんとなく歩いてなんとなく技をかける、のではなく、技の成否は移動の開始時点で8割方決まると思ってかからねばなりません。 身体操作どうのこうのよりも、目的をもって歩く、ということのほうが、ひょっとして重要かも知れません。このためには、前進後退だけの単純な動きだけではなく、斜めに動く、回って動く、刻むように動く、気勢は動いているのに実は動いていない、などなど、さまざまな歩き方を数多く稽古したほうがいいと思います。 そしてこのとき、たかが歩き方、と思わないことです。 社交ダンスでは世界チャンピオンクラスのトッププロが、他のプロを対象にした講習会をやるときに、徹底的に繰り返すのが基本の運足だそうです。私が社交ダンスをかじっていたときの、ダンスの指導員の話です。ルンバだと、ホッケイスティックと言う、ダンス教室に入門したその日に習いそうな基本中の基本の動きを、プロ中のプロらがえんえんと何時間も繰り返すらしいのです。 同じ形を数万回から数百万回繰り返すとどうなるか……ミリ単位での体の調整ができるようになります。初心者だと同じ動きをさせても毎回数センチから下手すると10数センチも狂います。ゴルフだとボールにあたるときもある、というレベルです。ところが形の反復(気の遠くなるような回数)により、ぶれの幅が小さくなり、達人になると、機械ですら不可能なほどの精密なコントロールができるようになります。 昔、日本の匠、という番組を見ていたら、巨大な吊り橋を作るためにミクロン単位でのなめらかな平面を鉄柱につくらねばならない。完全な平面めざして磨くのだが、それがなんと「人間の手作業」だというのです。しかも、毎朝同じ時間(早朝)に同じ人間が磨かねばならないという。機械ではそこまで精密にできないそうだということでした。(番組がうろおぼえですみません) しかし、技自体のコントロールでさえ難しいのに、その土台(歩き方)が毎回ぶれていたら話になりません。土台のぶれは、上級者になっても発生します。ぶれることで技が威力を失う例としては、真剣の操作法です。斬り込む角度がコンマ数度ずれても人を斬れないそうです。だから剣では型が発生し、重要な稽古法になったのかも知れません。(空手における型の意義にも、ひょっとしたら共通することかも知れません。空手の型を打って、開始線に毎回ミリ単位の誤差で戻れるためには、相当精密なコントロールが必要だと思います。ちなみに私はできません) 歩くことを技にするための構成要素は、速さと正確さと、静的筋力によるパワーです。(静的筋力は、たとえば前屈立ちで10分我慢するとか、騎馬立ちの移動だけを30分も繰り返すなどによって得られる筋力です) とはいっても、道場稽古で、歩き方だけをえんえん毎日何時間もやるのは無理があります。やったとしても、目的意識がはっきりしていないと、単なる基礎体力の養成運動か、しごきになってしまいます。ある程度の力の流れを自分で把握できるようになったら、自習を重ねることが必要だと思います。
2005年02月17日
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技の威力化とは、形だけの技から、当たったら相手に重大なダメージを与えるほどの衝撃力をもった技に変えることです。具体的には巻藁やサンドバッグなどへ技を当てる稽古です。 武道や格闘技の打撃技のほとんどは、動きながら行います。空手の技も大部分は移動しながらです。重心も移動せず、止まった状態から殴り蹴り合う場合もありましょうが、その技で相手を倒すことは多くの場合、無理です。(ただし、金的蹴りや貫手による急所部位への攻撃は、ときに立ったままでできることがあります) 技の威力化には、正確に当てる、技の速度を上げる、当たった反作用で態勢を崩さない、当たってから技をくいこませる……などの武道・格闘技の共通項のほかに、拳や足などの部位そのものを強化する、という行為が含まれます。 突きを物体に当てると、拳そのものが痛む他に、手首や肘、肩にも衝撃がきます。これを受け止められるだけの強度にすることが大切です。特に空手の場合、素手を前提としているだけに、他の無手武道や格闘技よりも攻撃する側のダメージが大きい。このため、いきなり移動しながら突いたり蹴ったりすると、大けがをします。自分が動きながら突きや蹴りを放つと、望んでいるところに正しく当たってくれないということが多いものです。間合いを間違えてスピンチョップなんかサンドバッグにやろうものなら、肘が折れてしまいます。 また、対象物との間合いをつかむ、という面でも、いきなり動いて技を出さないで、立って止まっている状態から、突きや蹴りを実際にものに当てて鍛え込んでいく、という過程が不可欠です。間合いは、相手と自分との距離ですが、単なる距離ではなく、相手に自分の技が衝撃力を保ったまま届くか、相手からの攻撃が自分に届くか、という視点で見た有効範囲の距離のことです。 技によって間合いは変化し、態勢によっても技は変化します。間合いを制する者は勝敗を制する、というくらい重要なものです。この間合いは目で見て考えて覚えても、使えません。ほとんど体で覚えなければ身につかない。立って止まっている状態から技の威力化を図る過程で、自然に間合いの第一歩を体に染みこませることができます。 立って止まった状態からの稽古の代表格は、巻藁への中段突きですが、初心者のうちは押入に布団を重ねて突くくらいから初めてちょうどいいと思います。そしてできるならば、布張りのミットやサンドバッグに「そっと」当てて、徐々に強く当てていく。慣れたら革製のものにしていく。……空手道の頂点にいる方々は、石が入った袋を叩いて、骨が覗くまで打ち込みをしたそうですが、さすがにもうこれは人の域ではありません。 余談ですが、空手の技で使用する部位は、正拳のほかに、貫手や一本拳、足も中足のほかに足先など、かなり数が多くあります。全部を並行して鍛えるのは時間的にも難しいと思いますが、日常生活の中でできる稽古を工夫することで或る程度、補えます。(たとえば足先を鍛えるのに、椅子に座りつつ、足先で床を押す、とかです)
2005年02月16日
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立ち方が完成してから技を覚え始めようとすると、入門してから数年は、立ちっぱなしということになりかねません。これではいくら武道としての空手が習得に時間がかかるといっても程度問題です。道場経営はほとんど成り立たなくなります。 そこで、立ち方が技になっていなくても、いきおい、見た目、技らしい稽古の段階に移っていかねばならなくなります。これはやむを得ないことではあります。理想的には、子どもの頃から、正しい立ち方と歩き方を日常生活でできるようにしておいてから、武道の稽古に入る、というのがいいのでしょうが、自分の子どもに教えるのでない限りそれは無理です。 たぶん、正拳中段突きから、空手の稽古は始まると思います。このとき、立ち方ができていないので、足の力を様々な体の操作によって手に伝えることは、望むべくもありません。ほとんど形をなぞるのが精一杯だと思います。 形をなぞれたら次に移る……というのがおそらく大方の稽古だと思います。これはある程度やむを得ません。しかし必要悪をわかっていてやらせているならばあとで修正がききますが、指導者が形をなぞっているだけの動きを技だと思ってそれ以上指導しないと、困ったことになります。 移動を伴わない、その場での基本稽古も、地面を踏みしめあるいは踏ん張る力を膝、腰、肩、と一瞬で伝え、拳に至らしめる。少なくともそういうイメージをもって稽古する、ということが大事です。しかし最初からそんな細かなことまで要求したら、初心者は混乱します。形をとるだけであっぷあっぷですから。 その場での基本稽古は、特に初心者であればあるほど、数を多く、力ませないで、はためには「なに遊んでいるんだ」と思われるくらいのんびりとやっていったほうがいいなというのが今の私の感想です。 立って止まっている状態で技を反復する、ということでは、類似の形態での稽古は剣道くらいかと思います。他の武道ではだいたい一歩から数歩歩きながら技を反復する形をとっています。無手の技術でも、ボクシングなども立って止まっては基本をやりません。空手に強い影響を与えた中国拳法ですら、立って止まった状態では稽古しません。キックやムエタイもボクシング的な稽古をするので、同じです。剣道も、メインは一歩前進あるいは後退しての素振りが基本稽古のメインです。 これだけ他の武道や格闘技で取られていない稽古法をなぜ空手はとるのか。伝統流派とフルコンタクト流派では、立って止まっている状態での基本稽古の量は違います(フルコンのほうがかなり長い)が、他の武道や格闘技に比べればさほどの差ではありません。 ひとつには、空手の、特に蹴り技は他の蹴り技に比べて、静止状態でのバランスが重要になること。ひとつには、技の数がえらく多いということ。さらには、静止状態に近い動きで破壊力を生み出す技が、昔はあった、という可能性もあります。 これ以上の論は、いくら仮定でも根拠がなさすぎるので、差し控えます。また、数多くの論点があるのですが、今はまだ分析できる状態ではないので、今後の研究課題とします。
2005年02月15日
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空手と他の武道で際だって違うのが、立ち方の種類です。空手は圧倒的に多い。技を相手に及ぼすときに自然になる立ち方(1)だけでなく、相手の呼吸を読むときの(つまり構えの)立ち方(2)や技を出す途中経過の立ち方(3)、特定の技を出すときに必要な立ち方(4)、体の使い方を覚えるために必要な(つまり鍛錬として、あるいは技を最大に覚えるための)立ち方(5)、特定の環境下で自由に動くための立ち方(6)など、ざっとあげてもこんなにあります。 キックやムエタイなどは、立ち方はほぼ1種類。柔道などの組み討ち系はせいぜい自然体に自護体。 おそらく、上記の(1)~(6)各々に複数の立ち方があり、それらにさらに深い意味があって、すべてを把握理解して指導することは至難の業だと思います。私もできません。むしろ試合に照準を合わせて試合用の立ち方だけ教えた方が楽です。実際そうしている空手ジム(そういう所を、私は道場とは呼びません)もあります。こういう所は上記の(1)にしぼって教えるようです。 しかし楽だからといって、研究する努力を放棄してはいけません。指導者が、有償か無償かは別にして、人に技術を10教えるためには、自分は100を知っていてうち50くらいはできなければなりません。 立つ、という基本中の基本ですが、ひょっとしたらこれが最も難しい技術かも知れません。 空手に役立てようと、クラシックバレエやジャズダンスを30代のときに習ったことがあります(笑わない)。そのときつくづく感じたのは、立ち方の重要性。これがえらく難しい。 ジャズダンスの先生は「正しく立つことが最高の腹筋の訓練だ」といっていました。バレエのポジションは、足首が固いためもあり、たぶん一生とれないでしょう。正しい立ち方ができないと正しい動き(=技)ができないのです。 空手において立つということの分類分析は、今はまだ手に余るのでおいておいて、分類以外の課題もあげておきます。 重心の位置をどこにおくか、それによって身体能力はどう変わるか、というテーマです。 一般には「足の親指の付け根に体重をかける」と教えられます。私もそう教えてきました。しかし最近、足の内側……つまり足刀と逆のサイドに重心を載せておいたほうが、力も出やすければとっさの動きもよくなるのではないか、というふうに迷い始めています。これはいずれ研究会で検証したいと思います。そのためもあり、今、私は日常生活では足の内側に重心を置くような歩き方を心がけています。すると……北海道釧路名物のつるつる路面(凍った路面)で、滑らない、という効果が現れています。これと闘いが関係するかどうかも、今後の検討材料です。
2005年02月14日
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空手は礼に始まり礼に終わる。 私などはこの言葉を実に美しいと思うのです。必ずしも精神論だけを指し示している訳ではありません。 組手や試合のときに、礼をします。相手への礼儀を示します。形を重ねれば、重ねないよりは人格が陶冶されます。しかし礼にはもうひとつの要素があります。 組手や試合という模擬実戦に際して、自分自身の覚悟を決める行為が礼だと思います。もしもこれが真剣勝負ならば自分は殺されるかも知れない。真剣勝負でなくても相手は圧倒的に強いかも知れない。相手が強くなくても、一つ間違えると、怪我をさせられるかも知れない。つまり、怖いものです。 数百回か、あるいは千回以上、私は組手をやりましたが、いまでも組手や試合には恐怖を感じます。恐怖感は、それが集中力に結びつけば自分の潜在能力を引き出してくれますが、恐怖で体がこわばったり、判断速度が遅くなったりすると、逆に顕在能力の半分も出なくなります。 昔、茶帯だったころフルコンタクト空手の昇級審査で、少なくとも70人と組手をして、ほぼ全員を圧倒したことがあります。このとき、相手は白帯から緑帯まででした。ほとんどの人は、茶帯とやるというので、はじめから怖がっていて、事前に腰が引けていました。こうなると差は初めから開いてしまいます。本当は、人間、そんなに差はないのですが。 恐怖感を力に変える最後の決心、そして、油断を戒め、必要以上に相手に加害しないよう戒める行為、それらが礼の中に含まれる、と思います。また、終わりの礼は、礼をするまで臨戦態勢に精神をおくために必要です。勝った、と思うと隙だらけになります。負けたと思うともっと隙だらけになります。勝負は相手が目の前からいなくなるまでわかりません。その自覚を習慣とするために、終わりの礼はあると思います。 ただ、こういっているのは私だけです。普通、礼は、礼儀作法としてしか意識されません、おそらく成立の事情もそこらへんかも知れません。しかし、礼という形を使って、上記のようなことも稽古できるわけです。(これは重要なことです。あらゆる稽古法は、当初意図したこと以上の内容に深化できる可能性があるのです) 礼という行為に、どのような効能を含められるかは、本人よりはむしろ指導者の資質によるのかも知れません。
2005年02月13日
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空手、によらず、打撃系の武道や格闘技、一種の打撃である剣道などでは、稽古の順番が似通っていると思います。 1 礼2 立ち方3 立って止まっている状態での技の形の修得4 立って止まっている状態での技の威力化5 歩き方6 歩いている状態での技の修得7 歩いている状態での技の威力化8 威力化した技を動いている相手に及ぼす技の修得9 威力化した技を防御行動をとる相手に及ぼす技の修得10 威力化した技を攻撃行動をとる相手に及ぼす技の修得 ただし、受け技の場合は9番は不要になるでしょうし、得物をもって闘う武道では、無手の打撃に比べると威力化の稽古にはさほど重きはおかれないと思います。(ただし、剣道高段者の竹刀の衝撃は脳しんとうを起こすに十分であり、据え物斬りではそもそも形がとれているだけでは何の役にも立たないので、武器術でも技の威力化は重要だと思います) この分類をもって、しばし、稽古の体系を論述したいと思います。その目的は、型とはなにかについて、とりあえず机上で、その可能性を含めた検討を行いたいからです。
2005年02月12日
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正拳中段突きは基本中の基本であり、その稽古を通じて突きや打ち、受けの骨格を作り上げるという点では、たぶん流派によらず、価値は変わらないと思います。それをやらないでいきなりパンチングミットにワンツーを入れ始める体系(があるとすれば、ですが)は、空手着をつけてやっていても、空手とは言えないのではないか、というくらい、重要なものです。 が、実際に使う段になったとき、正拳は果たして正しい拳なのかどうか。 破壊力という点で言えば正しいとは思いますが、正しい拳であるという意識が強すぎると、他にもいろいろ役に立つ拳があるのに、その研究がおろそかになる恐れがあります。 顔を殴るとき、正拳よりは縦拳のほうが、自分の拳を痛める確率が低くなります。目を殴る場合は中高一本拳のほうが(拳を鍛えてさえいれば)効果的ですし、喉は正拳では非常に殴りにくいので貫手のほうが有効。脳しんとうを起こさせる場合は掌底のほうが有利です。 ただ、拳の形はどこを狙うかによるとすれば、闘い方に応じてとっさに拳の形を変える稽古が必要になり、そのような稽古は、普通、組手の中においてもとられません。だから型が必要、という考え方もあるかも知れませんが、ここいらへん(使用武器の形に応じた戦法とそのための稽古法の関係)は、ひょっとしたら未開拓の分野かも知れません。
2005年02月11日
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空手の実戦技術は、もちろん純粋に技術として研究するべきですが、一方、実戦技術必ずしも実用技術ではないということも考えておかねばなりません。どういうことかと言うと、ケンカを売られ、逃げられる局面でわざわざ買ってしまい、結果、相手に大けがを負わせて、裁判沙汰になり、前科がついた、という例があるからです。 護身技術においては相手の健康状態を考慮に入れる必要はないのですが、こちらの保身のことは考える必要はあるかも知れません。 相手に怪我を負わせぬように制する技術、ということも状況によっては必要かも知れません。あくまで逃げられない場合ですが。
2005年02月10日
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北海道新聞(夕刊)に掲載されていました。 力士は土俵の砂を足の指で噛むようにと教えられます。 「足の指で噛む」とは土俵にめりこむほど足の指に力を入れることです。 実際に測定したところ、力を入れると、入れない場合に比べて1.5倍も全身で押す力が増すそうです。 こういう情報もこまめに蓄積しておくと、研究の材料になります。
2005年02月09日
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地域開放の学校体育館で、久々に移動稽古。ものの1時間でばてばてになってしまいました。あと1時間も使えるのにと、悔やみながら、よれよれになって帰りました。 移動稽古を3時間くらい続けるだけの基礎体力がほしいところです。 今日は蹴上げ700回、前蹴り中段300回。4月の大会までに、最低、この倍くらいはいけるようになっておきたい。
2005年02月08日
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杖道の道場にはじめて見学をしたとき、杖を振らせていただきました。見よう見まねのつもりで一歩前進し、ひょいと振り下ろしたとき、杖の先生が「あんた、空手やってるね」 な、なぜわかったのだろう。と思いました。私の体型はどちらかというと柔道選手みたいな雰囲気なのですが。 どうやら後ろの足をつっぱる、前屈立ちの要領で移動したからわかったらしいのです。 杖の動きは、剣とは違い、斬れない棒の威力を最大化させるためのメカニズムに満ちています。その動きの中で、空手で言う半前屈立ちでの移動の際は、後ろ足を心持ち前足に従属させるように引きつけます。自然、重心は前にいき、棒の先端に体重が乗っていきます。 この術理、たとえば顔面を狙う突きにも有効なのではないか、というのが現在の悩みです。 杖道式に動いた場合、次の動きが非常にとりやすい。空手の試合や空手を使った実戦では、後ろ足をつっぱりながら戦っている人はいないと思います。 胴への突きならば、反作用を押さえるために後ろ足をつっぱることは必要だと思いますが、顔面への突きは反作用があまりないので、むしろ杖道式の方が使いやすいのでは…… これもまた、理論だけではどうにもならないので、実地に組手で試す必要があります。
2005年02月07日
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空手の型については、これぞ古流のすべての身体操作法を内包した稽古法であるという一種の「タイムカプセル論」から、試合で役に立たないからいらないという「無用論」まで、様々なとらえかたがあるようです。 柔道や剣道の型に比べ、演武時間が極めて長い、という点や、之も同じく柔道や剣道に比べて、技の種類が多い、という点など、いわば比較武道論の見地からなにかわかるかも知れないと、漠然と感じています。 釧路空手研究会では、できればいずれ、型の本質を研究していきたいと思います。
2005年02月06日
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思いつくまま、研究メニューを列記します。 このすべてについて、私が何らかの結論を見いだしている、と言うわけではありません。 むしろわからないから研究メニューにしているわけです。使い方 足場が不安定のとき 雨が降っているとき 相手が何らかの闘技を身につけているとき 相手が武器をもっているとき 相手が複数のとき 準備運動できないとき 相手が着衣、無着衣のとき こちらの体の一部が不自由なとき技 金的蹴りの使い方 貫手の使い方 掌底の使い方 手刀の使い方 中高一本拳の使い方 腕刀の使い方 肘の使い方 ヒザの使い方 踵の使い方 前足蹴りの使い方 かみつきの使い方身体操作方法 倒木法の応用 重力落下の応用 筋肉の連鎖運動の応用 無動作の応用武器化 鉛筆の武器化 週刊誌の武器化 ベルトの武器化 靴の武器化 ネクタイの武器化
2005年02月05日
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指の先を使った、貫手は、試合ではまず使われません。 その理由のひとつは、実戦的ではないからではなく、判定が難しいから、ではないかと思います。目や喉を貫手で突いても、ノンコンタクトだとそのスピードに審判の目がおいつかない。そもそも試合の決め手と認められないという場合もあるでしょう。さらには、その貫手に威力があるのかどうか、傍目からはよくわからない、ということもありましょう。 一方、フルコンタクトでも、腹へ貫手を突き入れてKOすることはありません。貫手を鍛えていないためついたほうが指を痛める、ということになりそうなのと、胴だと、よほど急所に正確に決まらない限り「痛いなあ」で済んでしまうからでしょう。 しかし、目や喉への攻撃方法としては非常に優れています。……と思います。しかし本当に優れているのだろうか。優れていたとしても、普段稽古していない技が、本番でいきなり決まるものだろうか。 貫手の鍛錬法、使用法、使用法のための稽古法、安全な威力の確認法……こういったものはひとつの課題です。
2005年02月04日
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我以外皆師といわれたのは、『宮本武蔵』を書かれた吉川英治。 空手は古流の技術研究や新しい身体操作理論や格闘競技への特化やら、いろいろな動きがあります。一方で伝統を守るスタイルも圧倒的に健在です。同じ「空手」といっても、百花繚乱という感があります。 自分の流派が最高、というのは当然皆誰しも思います。思わねばあんなつらい稽古に誰が耐えるかい、ということだと思います。 しかし、技はある限定された局面において最適化されます。試合技術はそれなりの局面の中では有効ですし、実戦技術はあらゆる局面の中で効果を得られるように工夫しなければなりません。否定しあう必要はないのです。 これは空手とそのほかの武道や格闘技との関係においてもいえます。中国拳法をバカにするひとは結構いるようですが、私はとても参考になると思っています。柔道や合気道の考え方や技術も大切だし、空手の技術を進めるのになにがしかのプラスになってくれると思っています。 どんなジャンルのどんな技でも、現在の自分が求めている空手の方向性に必ずプラスになるものがあるはずです。
2005年02月03日
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釧路市内のトレーニングジムである、アクアトピアで2時間ほど汗を流しました。 40分ランニング。20分バイク。20分ウエイト。20分サンドバッグへ簡単な打ち込み。トレーニングの前後10分ずつストレッチ。 左足骨折の影響がまだあり、本気ではサンドバッグへ蹴りを入れられない状態ですが、2月前半は基礎体力の回復に重きをおきます。 4月に空手の東北海道大会があるので、それをリハビリ目標として、少しずつ調整していこうと思います。出場種目は硬式空手の北海道ルール。これまで硬式は3戦しましたが、いまいちルールがよくわからない。まあ、KOが認められているので、ポイントなどは考えずひたすらKO狙いでいきますが。 硬式の場合、ちょいちょいブレイクがあるので、47歳の私には助かっています。 もともとフルコンタクトをやっていたので、下突きをもっと活用したいというのが試合に向けてのテーマです。
2005年02月02日
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釧路空手研究会……というものをやってみようと、思っております。 流派問わず、純粋に技術の研鑽の場が必要だなあと思っている次第。 プロの空手指導者はその流派のルール以外のことはなかなか研究できない。プロの選手はとにかく手っ取り早く強くなる方法に向かうので、習得するのに10年もかかるような技は身につけているわけにいかない。 実はアマチュア空手家が、一番空手研究の学徒としては向いているのです。 試合技術と実戦技術。また、日本的身体操作と西洋的身体操作をどう応用してどういう技術に結びつけるか。などをやりたい。私の研究テーマです。 研究成果は、もちろん各々の道場で、広めていただいて構いません。空手の発展のためには、先生から習ったことばかりではなく、自分で深める、研究するという態度が大事だと思っております。 会費は、会場使用料の按分程度とします。場所によっては無料。稽古の頻度は週に1回が上限。ひょっとしたら月1になるかも知れません。 あ、ただし、 空手を武道としてとらえている方に限ります。 試合上の技がうまくなれさえすればいいや、とか、空手とキックの区別なんかどうでもいいじゃないか、というご発想の方もいらっしゃるでしょうし、否定はしませんが、この会の趣旨とは異なります。 道場ではないので、また、試合技術は研究しても、試合を目的としたものではないので、ハードな肉体訓練はしません。(汗をかくくらいの準備運動と技の反復は当然やりますが) 組手は必須だと思って下さい。ただ、別に強弱を決める必要はないので、テーマに応じた内容で、長くて1組手20秒くらいのもんだと思います。怪我はしないように、というのがモットー。 組手ルールは 寸止め(ただし、目つき、金的蹴りあり) 防具付き フルコン 対武器 対多人数 動きの制限 障害物の多い環境 身の回りの日常品の武器化 寝技への対応 などを想定し、テーマに応じて工夫する。理論を組手で実験し、その結果をフィードバックする、という仕掛けです。こうあらねばならない、というような、発想を固定する結論づけはしません。 対象者ですが、初心者でも構いません。が、初心者がこの会の稽古だけで強くなれる、というものではありません。技術研究が主ですから。打撃技だけをやるつもりもありません。関節技をベースにしていらっしゃる方の参加も歓迎します。要は、いかに実戦での強さを技術サイドから求めるか、です。空手の型の研究も、したいものです。
2005年02月01日
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