第1話 どうして先輩に予約が入るんですか
営業所へ戻ると、秋雄は配車係からワゴン車の鍵を渡された。
新人が、不思議そうにその様子を見ていた。
「先輩、今日はいつもの車じゃないんですか?」
「予約が入ってるんだよ」
「また予約ですか」
新人は、少し考えてから聞いた。
「先輩って、どうして予約の仕事を任されるんですか?」
「どうしてって?」
「道をよく知ってるとか、接客がうまいとか。
何か特別な理由があるんですよね?」
秋雄は、受け取った鍵を見ながら答えた。
「タバコを吸わないから、ってこともあるよ」
「えっ、それだけですか?」
「それだけ、とは言えないな」
秋雄はワゴン車のドアを開けた。
「車の中は、逃げ場がないからな」
「逃げ場?」
「電車なら席を移れる。
店なら外へ出ることもできる。
でも、タクシーは目的地に着くまで降りにくいだろ」
新人は、後部座席をのぞき込んだ。
「タバコを吸わないことも、接客になるんですか?」
「吸わないことが偉いわけじゃない。
臭いがしない車を用意してほしい、という予約もあるってことだよ」
「もっと特別な技術が必要なのかと思ってました」
「俺が特別に優秀だから選ばれたと思った?」
「少しだけ」
「期待させて悪かったな」
新人は笑った。
秋雄は、車内の臭いを確かめるように息を吸った。
「でもな、こういう単純な条件で仕事が決まることはある」
「単純な条件……」
「難しい営業論を考える前に、まず、お客さんが安心して乗れる車にしておくことだよ」
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