第4話 難しい営業論の前にやること
新人は、休憩室でノートを広げていた。
駅の到着時刻。
病院の診察終了時間。
配車が入りやすかった場所。
待機した時間と、乗せた件数。
秋雄が、横からノートをのぞいた。
「ずいぶん勉強してるな」
「どこで待てば売上が上がるか、整理してるんです」
「悪くないな」
「ほかに覚えた方がいいこと、ありますか?」
「あるよ」
「何ですか?」
「後ろの窓を拭け」
新人は顔を上げた。
「窓ですか?」
「手の跡がついてる」
二人で駐車場へ出ると、新人の車の後ろの窓には、薄く指の跡が残っていた。
「こんなの、お客さんは気にしますかね?」
「気にしない人もいる」
「じゃあ……」
「気にする人もいる」
秋雄は、後部座席の足元を見た。
「マットにも砂が残ってるな」
「売上に関係あります?」
「直接いくら増えるかは、俺にも分からないよ」
新人は、少し安心したような、困ったような顔をした。
「ただ、難しい営業論を覚える前に、減らせる不快感は減らしておけ」
「新しい車じゃないとダメですか?」
「そんなことはない」
秋雄は、自分の車を指した。
「俺の車だって新しくはない。
でも、古い車と汚れた車は同じじゃないだろ」
新人は布を持ってきて、窓を拭き始めた。
「車をきれいにして、臭いに気をつけて、挨拶をする」
「それから、感じよく安全に送る」
「そんなことで、選ばれるんですか?」
「選ばれることはあるよ」
秋雄は、新人が拭いた窓を確認した。
「普通のことを普通にやる運転手なら、この人に頼んでも大丈夫そうだと思ってもらえるからな」
新人はノートを閉じた。
「今日は営業分析より、掃除ですね」
「窓を拭きながら考えればいいよ」
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