私の脳内吐露

私の脳内吐露

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

けんいち0630

けんいち0630

Freepage List

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

王様@ 潮 吹 きジェットw サチにバ イ ブ突っ込んだ状態でジェット…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…
リナ@ 今日は苺ぱんちゅ http://kuri.backblack.net/8sh51dk/ 今…
しおん@ ヤホヤホぉ★ こっちゎ今2人なんだけどぉ アッチの話…
バーサーカー@ ヌォォオオ!!!!!! http://bite.bnpnstore.com/676-wxl/ お…
2008.01.17
XML
テーマ: 心の病(316)
カテゴリ: カテゴリ未分類
僕を含め、死にたいと思ったことがある人は少なくないはずだ。学校でいじめられた、仕事がうまくいかない、恋人に悲惨なフラレ方をした・・・生きていれば凹むことは多々ある。その現実から逃げたいために死ぬことを考えることは別に不思議なことではない。これはEデュルケムの自殺の4分類中の「宿命的自殺」に該当すると考えられる。すなわち、抑圧の度合が自分の許容範囲を越え死に追いやられるパターンだ。

この種の自殺において共通しているのは自分以外に「抑圧者」が必ず存在するということだ。ウザい上司、いじめっ子、理不尽な恋人など。さらに言うと「ウザい、理不尽だ」という感覚は被抑圧者(自殺する本人)に特有なことが多い。開き直った言い方をすれば、その人の気持ちを他人が体感するのは無理なことなのだ。

自殺した子供が通う学校の校長が出てきて「普通の子で自殺したのは正直驚きです」と言ったコメントをしているニュースをよく見るだろう。それがここでいう「開き直り」である。たとえ他人には分からない痛みでも、分かろうとするための努力義務を負うべきだ。「努力義務」とは「(無理かもしれませんが)やってみます」ということであり「どうせ無理なのでやりません」ということではない。ここで言う校長は明らかに後者だ。その証拠にどの事件でもコメントが大体同じで(ドラフト会議のときの高校生のように「雛形」コメントがあるのだろう)、事件が起こって間もなく発せられる。事なかれ主義は「事が起こった後」には全く無意味だ。

こうしたことにならないために僕は「遺書をよく読め」ということを提案したい。英語で遺書のことはwillという。遺書とは言わば「生前最後の意志表示」である。「よく読む」の意味は、自殺した人の気持ちに可能な限りアプローチするということだ。ただ字面を追う
だけでなくその行間に込められた気持ちをできる限りくみとるのだ。ただ目で追いかけることでは決してない

個人主義が蔓延している現代では、自殺する人は「勝手に死んだ人」として扱われる傾向があると僕は考える。世の中に勝手に死ぬ人などいるわけがない。自分以外の人との関係の一部分がその人を死に追いやる。原因の一端は本人以外にある。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.01.18 23:34:29
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: