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S子はなぜ「言葉」を発することができたのか
kurazohさん、コメントありがとうございました。昨日の「生徒の言葉」と貴方のコメントに関連したテーマで今日は書かせていただきます。
>自分の感情や考えを言葉で表現することが苦手な子どもが非常に多い。荒廃した家庭でも教室でも、 「言葉」を使った問題の整理や解決
が行われていない。 自分に対して本気で向き合うための「道徳」
の時間が、全くいい加減である。
上記コメントで述べられたこと(「何が大切か」)については基本的に賛成です。 自分の気持ちなどを「言葉で表現すること」、「自分に対して本気で向き合うこと」
がどれほど大切か、ということは昨日ご紹介した「S子の言葉」からも明らかでしょう。
S子は、自分自身の中で 「他者に語れないままわだかまっていた体験」を言葉にすると同時に、 「U高校での自分自身と本気で向き合うこと」「そこで得られた体験の意味を真剣に振り返ること」で
自分にとって「U高校は心の翼をくれた場所」「この学校を誇りに思って生きていけるだろう」という言葉を発しています。
S子が「自らを振り返り」「言葉を発することができた」背景には S子自身がKさんとかかわりながらつかみ取った「総合的な力」「体験そのものに培われた力」(単なる言語能力を越えた力)
があったと思われます。
S子が「言葉」を発していったきっかけは「三年時の進路指導だったのだそうです」KさんはS子と進路の話をするのですが、どうも話がおかしい。そこで思い切って「なぜ大学に行きたいんだ」と聞いたところ 「U高校を最終学歴から消したい」という本音を引き出すのです。
Kさんは「そのような考えを乗り越えるためにこそ、いままでさまざまなことに取り組み、価値のある体験をしてきたのではかったのか」とS子に迫ります。そして、さまざまな話をした後で、 S子自身も高校生活を本気で振り返りつつ発した言葉が、昨日紹介した言葉だったのです。
このような言葉を、つむぎだすことができた要因としては次のことが考えられます。
1、S子自身が体験を「言葉」にしていく 「言語能力」
を持っていたこと。
2、 Kさん(担任)がS子と真剣に向き合い
、「自分自身の体験を振り返り、その価値を確認していくよう」強く迫ったこと。
3、S子自身が 「学園祭」、「赤点学級」など(行事やクラス活動)を通して新たな人間関係を作り、仲間への見方を変えることができたことも含め 「その価値を確信できるような豊かな体験」を得ていたこと。
です。
さて、上記の場合、一見「問題がないかに見えるS子」も見えないところではげしくもがいていたわけですが、「困難校」で出会う「指導の難しい子どもたち」の多くは 「いらいらする自分」「傷つき情けないと思っている自分」と、「誇りを持ってまっとうに生きたいと思っているもうひとつの自分」との間で激しくもがき、葛藤している
ように思われます。
そのような子どもたちが 「両方の自分としっかり向き合う」
ためには(言語能力の指導や「道徳」などの時間における「振り返り」が大切なことはいうまでもないのですが)Kさんが行ったような 一種の「対決」、「豊かな体験」を得るためのチャンス(舞台)を創っていくこと
が大切なのではないでしょうか。
続く
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