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最近『天皇への敗北』(國部功一郎著)を読んだ。いろいろ考えさせられる内容だったので、その一部を要約・紹介したい。 Q 同書の主張(ポイント)の一つは?A そもそも天皇は、基本的人権の「飛び地」(人権が認められない領域)になっている。Q どういうことか?A天皇は「国の象徴」(日本国憲法1条)であり、「国民(主権者)」からは除かれ、またその地位は「世襲」(同2条)で、「国政に関する権能を有しない」(同4条)ため、政治参加などの権利は認められないと解されている、ということ。Q「女帝」が認められないのは男女平等原則に反するという議論は?A「飛び地」の外の憲法原則を「飛び地」のなかに持ち込む倒錯した議論。男女平等原則を貫徹しようとするのであれば、まず「飛び地」そのものをなくす(基本的人権の認められない存在をつくり出す天皇制を廃止する)ことが先決。 197頁Qまず、明確にすべきことは?A1 天皇の人権問題 「天皇制を廃止して、基本的人権を保障する」か、「天皇には基本的人権が認められないと言うことを憲法に明記する」か、いずれかを選択すべき。(国民の総意に基づいて:1条)A2 昭和天皇の戦争責任 それが曖昧にされたことが、日本の被害者意識の温存につながったことは間違いない。「なぜ天皇が責任を問われないのか」という国民の潜在的な疑問は、自分たちの加害性を見つめるという課題から目を逸らすことを可能にしたと思われる。 * 天皇が人権の認められない「飛び地」になっている問題が曖昧なものでなくなり、昭和天皇の戦争責任が明確にされ、日本国民がその潜在的被害者意識を乗り越えて戦争責任を主体的に引き受けられるようになることが大切。 Q 「日本国民の加害者意識の弱さ」(自分たちは戦争の被害者で「侵略や植民地支配の反省をせよ」と言いつのる中国・韓国などアジア諸国の要求は不当だといった意識)について考えていく大きなヒントは? A「加害者臨床」(DV加害者に対するプログラムに関わっている信田氏の著書)(以下は『暴力とアディクション』等の要旨) 信田氏は、加害者男性が被害者意識をもっている点に注目。「妻は自分のことをDV加害者だというが、むしろ自分の方が被害者だ」、「これだけ普段我慢しているのに、それを理解せずにあんな口調で言われたら誰でもキレますよ」(『暴力とアディクション』206頁) 人によってはこれに呆れ、加害の事実を本人に徹底的に突きつけろと思うだろう。実際、「加害者は加害記憶を喪失する、しかし被害者は死ぬまでそれを抱える」(同208頁)のであり、加害の事実を加害者に示すことは重要だが、しかし、それは十分ではない。Qそれはなぜか?A加害者が自分のことを被害者だと思っている限り、「加害の事実を突きつけられようとも、それは被害者意識の強化にしかつながらないから」。「被害者の立場から彼らを鮮明に批判することは、加害者の更正を促進するどころか、むしろ再発のリスクを高めてしまう懸念もある」(同207頁)Q必要なことは? 彼ら(DV加害者)に被害者の苦しみがどれほどのものであるかを正確に伝え、その責任は彼らにあることを示していくこと。彼らがそれを引き受ける覚悟を示し、謝罪をすることで、かろうじてその家族は崩壊を免れる。 責任をとることを抜きにして、暴力の生起した関係の再生はありえない。そのためには暴力と定義づけ、被害者性を構築し、さらに「加害者」性を構築するプロセスが必要となる。(『家族と国家は共謀する』 72~73頁)Q「加害者臨床」と「加害者ケア」の違いは?A 後者は不適切。加害者は第一義的には被害者に責任をとるべき存在だから。そのためのプログラム参加であり、適切な教育によって更正をめざすべき存在だから。(『家庭と国家は共謀する』96~97)Q加害者臨床の留意点は? 加害者臨床は絶対に被害者の目線で臨まなければならない。加害者の言い分を受け入れて「そうですね、奥様にも問題がありますね」などと口にすることがあってはならないということ。[引用者の見解:「問題があるかどうか」はおいても(仮になにがしかの問題があったとしても)「やってはならないことがDV」である。これはいじめの場合とも共通すると思われる。] しばしば誤解されるが、加害者臨床とはあくまで再犯防止、再発防止を図るものであり、 DV被害者支援の一環として実施されるものだ。(『暴力とアディクション』223~224頁) 責任の所在をはっきりさせることこそが、再犯再発の防止には必要。 Q 信田氏の「加害者臨床」についての考えの意義は?A 責任を問うために司法的なモデルに訴える必要性と同時にその限界を教えていること。必ず被害者の目線で臨むと同時に、加害者に対する単なる鮮明な批判は、加害者意識をもたらすどころか、被害者意識を強化してしまう場合があるという事実から目を背けないこと。そして、もちろん責任の所在をはっきりさせることが再犯再発の防止に必要であること。Q これを活かしつつ日本の戦争責任をどう考えるか?A1 司法的なモデルに基づいて、日本の戦争犯罪を追及することが必要であり、その記録を保持し、保持させる努力が必要。A2 同時に、鮮明な批判だけでは被害者意識がむしろ強化されてしまう場合があるという事実を見据え、どこにその温存のからくりがあるのかを見極める必要がある。 Q 戦後80年の「戦争トラウマ」報道に関する信田氏の発言は? 2025年8月15日に毎日新聞に掲載されたインタビュー トラウマという被害は、加害なくして生じない。トラウマの悲惨さがクローズアップされることは意味がある(・・・)。しかし、あの戦争の責任はどこにあるのか、責任がどのように果たされたのかを抜きに、戦争トラウマについてのみ語られるのはどうなのか。 (記事に付された解説:戦争トラウマとは、過酷な戦場や加害行為のため兵士らが負う心的外傷後ストレス障害(PTSD)。旧日本軍では「戦争神経症」と呼ばれていたが、軍は「皇軍に軟弱な兵士はいない」と存在を秘匿し、戦後も長らく実態が知られないままだった。)Q 信田氏が語ったことはどう解釈できるか?A 戦争加害の最高責任者に対する追及が然るべき仕方でなされてこそ、温存されてきた日本国民の被害者意識もまた白日の下に晒される。その時、アジア諸国に対する加害者としての日本国民の責任が明確にされ、日本国内の被害もまた被害として認識されるようになる。(紹介は以上) 長くなったので付け加えないが、『天皇への敗北』には、上記以外の大切な論点か数々含まれている。ぜひ、一読されることをお勧めしたい。過去記事で紹介した文章も同書に掲載されていたことも合わせて記しておく。 総選挙2014「亡命はなぜ難しいのか」 なお、リアルタイムで触れられなかったが、下記リンクの記事や報道も考えさせられる点、参考になる点が多々あった。こちらも一読されたい。 【高市首相が「中傷動画」答弁修正】擁護すべき点は一つもない、国会で貫き続けた「詭弁と強弁」が招く政治の劣化 【西田亮介の週刊時評】「高市擁護」が目立つSNS、政治家の腐敗を助長する(1/4) | JBpress (ジェイビープレス) “人為的にバズらせる” SNS操る「農場」ビジネスを取材 「テスト」と書かれただけの投稿が6分で100万回表示… 選挙で悪用の懸念も【報道特集】 | TBS NEWS DIG (1ページ) にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.07.10
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「ウソ=フェイク」で大衆を扇動する政治は過去にも、そして2020年代にも横行している 。古くは古代ギリシアで始まった(強硬論者の大言壮語を背景に無謀な戦争に突入たアテネは急速に衰退:「世界史の窓」デマゴーゴスの時代 )とも言われるが、なかなか人間は賢くなれないようである。 デマによる大衆扇動は20世紀以降も横行し(例:「障害者」や特定民族の虐殺につながったナチスドイツのデマ宣伝、満州侵略の口実となった関東軍の「満鉄を中国軍が爆破した」というデマ、アジア太平洋戦争中における大本営発表=戦局に関する嘘の情報など)、それは多くの人々の命を奪うことにもつながっている。 現在につながる問題として、私は2023年に放送されたNHKの時論公論(関東大震災100年 「流言による惨事」は過去のことか)をこのブログで紹介した。現在でも「災害が起こるたびに朝鮮人や外国人労働者がスーパーを襲っている」といったデマが繰り返されている。噂を聞いた人でそれを信じた人が半数以上いた事実も含め、上記番組(10分あまり)をNHKは現在も公開している。 過去の悲惨な歴史を教訓にすべしという問題提起であるが、近年急速に広がった問題として、選挙のたびに繰り返されるデマや誹謗中傷がある。その大きなきっかけとなったのが2024年の兵庫県知事選挙だといわれる。 この問題(とりわけ兵庫知事選挙)に関する調査報道を粘り強く展開しているのがTBSの「報道特集」である。重要な問題提起として拙ブログでも注目してきた。 続報 兵庫知事選挙時の立花氏 追加 | “しょう”のブログ - 楽天ブログ など。 文春が繰り返し報道している「高市事務所による他陣営への中傷動画制作依頼」疑惑もそうであるが、これは決して過去の問題ではなく、公正な事実を元に有権者が判断していくという「民主主義の根幹に関わる問題」である。 ところが、問題の先駆けともいえる兵庫県の現状を見ると、兵庫県知事の「パワハラ疑惑」を追求する百条委員会の中心となった議員について、自ら命を絶った竹内県議だけでなく、もう一人の丸尾県議に対する誹謗中傷が現在も続いているのだという。 「このままでは社会が壊れる」という強い危機感を持って戦い続ける丸尾県議への取材も含め、「報道特集」が新たな特集番組を放送した。現在も内容のまとめが公開されているので是非ご参照いただきたい。デマ・誹謗中傷が奪った命「このままでは社会が壊れる」誹謗中傷と闘い続ける県議【報道特集】 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.06.19
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6月1日のサンデーモーニングで「国家情報局」と「国家情報会議」(今国会で法案が成立)に関わる問題点(懸念される点)がわかりやすく報道されていた。コメンテーターである荻上チキの発言、および国会における伊勢崎賢治の発言を中心に(前半Q&A方式で)要約・紹介したい。 政府によると「国家情報局」「国家情報会議」新設の提案理由は「日本政府の情報力強化」であり「外国勢力からの偽情報の拡散に対抗」し、「友好国との機密情報の共有など」をはかるためであるという。Q これまで日本には情報機関や諜報機関がないと言われてきたが本当か?A 「市民の監視」を含めた 情報収集は行われてきている。 政府は市民によるデモの監視・ 個人の監視につながることはない、と主張するが、これは事実誤認。 (例):公安警察・公安調査庁は従来からデモの(取材する人も含めて)監視をしてきた。Q 野党から出された危惧や提案内容は?A 情報を一元管理するために新設された「国家情報局」で(現実に収集されてきた情報を)どのように使うかについて、監視をする仕組みはどのように担保されるのか?(「権力の乱用、情報の恣意的な利用にブレーキかける制度設計を!」という提案)Q 政府(総理)の応答は?A そのような市民の監視は想定されていない、と返すばかり。* これは全く答弁になっていない。「市民の監視を想定しているかどうか」を問いかけているのではなく「情報悪用の歯止めをどうするのか」、という点を問題にしているのだ。全く質問に回答せず、議論をかみ合わせていないが、そのような実態が放置されたまま法案が通り、その先の対外情報局(日本版CIA)創設やスパイ防止法制定に進もうとしている。 Q スパイの監視が主要な目的で国民監視をするものではないという政府の主張は?A これも不十分だ。そもそも外国の「スパイ」だけを監視することはできず、(当局が)スパイにつながっているのではないかと疑っている個人も監視されることになる。(疑わしい個人を当局が勝手にリストアップして監視することになる。これにブレーキをかけるためには何らかの制度設計・法整備が必要である。)Q 国家情報局が、望ましい形で働く方向性とは?A 政府(政権中枢)にとって不都合な情報も調べ上げ、報告すること* 「仮に総理大臣にとって不都合な情報を国家情報局がつかんだ場合、その情報は報告されるのか秘匿されるのか」という伊勢崎賢治議員の質問に対して、高市総理の答弁は「忖度すべきではなく、報告すべきだ」ということ。 その後の、伊勢崎議員の発言は以下の画像の通り。 「政府に批判的な国民への監視を恒常化・拡大する組織」にしてしまうのか、それとも「権力中枢の病理をも監視する組織」にしていくのかは、大きな問題である。国会でのかみ合わない議論の本質を理解・注視しながら国民・市民が直接意思表示していくことが大切だろう。5月29日に全国各地で行われたデモの参加者からも、関連する発言がなされているようだ。「戦争反対訴え、市民が集う 国会前などでデモ、全国各地150か所で」 PDFにほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.06.05
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東京新聞の「本音のコラム」で前川喜平が「文科相の教育基本法違反」という文章を書いていた。http://shchan-3.punyu.jp/教育の中立性.jpg重要だと考えるので、全文紹介したい。〈東京新聞 「本音のコラム」5月24日〉 前川 喜平 現代教育行政研究会代表 22日の記者会見で松本洋平文部科学相は、同志社国際高校の研修旅行中に辺野古沖で起きた事故に関し、同校の辺野古での学習が政治的活動を禁じる教育基本法14条2項違反だと断じ、学校法人同志社などに指導通知を発出したと発言した。しかし、この条項は本来教育者自身の自律のための規範である。 むしろこの大臣発言と指導通知こそ、教育に対する不当な支配を禁じる教育基本法16条1項違反だと考えるべきだ。政治学習や平和学習の取り組みを抑え込むために、不幸な事故を政治利用したのだと言ってよい。 そもそも文科省が同志社に「現地調査」を行ったのが変だった。学校管理下の児童生徒の死亡事故は毎年数十件起きているが、通常文科省は直接の調査は行わない。磐越道で起きた北越高校の部活遠征中の事故でも「現地調査」は行っていない。同志社を狙い撃ちしたのは、事故が辺野古で起きたからだ。背後には政権の政治的な意図が働いていると見るべきだ。 政治学習や平和学習は、教育基本法が教育の目的とする「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成に不可欠の学習だ。そこには現実の政治への批判が当然含まれる。その批判を封じるために政権が持ち出すのが 「政治的中立性」という言葉なのだ。そんな合法性を装った不当な支配にひるんではいけない。(註:教育基本法の条文)第14条 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。第16条 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。 さて、上記の前川(元文部科学省事務次官)の主張はまったくその通りだと考えるが、関連して私自身が過去に作成した文書・資料も紹介したい。(以下、紹介)1、「中立とは」教員困惑、自民「中立徹底」強く要求、「現場が萎縮する」「時の政権が基準になる」「自主規制進まないか」 上記は、朝日新聞(2015年9月30日付)の記事の見出し(小見出し)。〔文科省が高校生向けに作った主権者教育の副教材(「私たちが拓く日本の未来~有権者として求められる力を身に付けるために~」への論評を中心に特集された記事。〕 その中で「主権者教育の副教材」作成の経過に見られる問題点が浮き彫りにされている。「副教材の導入にあたって自民、公明、民主、維新などの超党派議員でつくるプロジェクトチームは、共同でガイドラインをつくる考えで一致していたが、安全保障関連法案をめぐる与野党対立の激化で議論は停滞。自民が独自に提言をまとめ、副教材はそれを参考につくられた。」(同記事) つまり、副教材作成の参考にされた政党レベルでの意見は「自民党の意見を参考にまとめた提言」であり、力点の偏ったものになっている可能性がある。朝日新聞は(毎日・日本海等各紙も)「“教育の中立性”が過度に強調されているのではないか」、「論争のあるテーマで教員は自分の考えを述べてはいけないのか」といった疑問を提示していた。2、萎縮することなく積極的に主権者教育を! 政党レベルでは自民党一党の提言だけを参考につくられた「副教材」および「教員向け指導書」。基本的に法的な拘束力はないが、「指導書」に記載されている中身に関わって、法に明記されていることもあるので、その部分は確認しておこう。 周知の通り、第一次安倍内閣の時(2006年)、教育基本法は「改正」されたが、政治教育の条文(内容)について変更はない。教育基本法第14条 (政治教育)良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。② 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。 見られるように、明確に禁止されているのはあくまでも「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」であって、その時々に争点となるような法や政策について資料を基に考えるような学習は全く問題ない。むしろ、積極的に取り入れていくことが大切だろう。 制作過程に疑問のある文科省の「上記副読本の指導書」でさえ、「政治的教養をはぐくむ教育を行うに当たって、政治的に対立する見解がある現実の課題を取り扱うことは,生徒が現実の政治について具体的なイメージをはぐくむことに役に立つなどの効果が考えられます」と、その有効性を認めている。また、文科省HP上でも教育基本法第14条最初の「良識ある」の意味については、「単なる常識以上に『十分な知識をもち、健全な批判力を備えた』という意味」だと説明している。(資料の部分的紹介は以上、全文はこちら) さて、問題になっている辺野古への基地移設の問題だが、これが「現状において意見の対立が存在するテーマ」であることは言を俟たないであろう。以下1,2のような意見対立が存在していることは周知のとおり。それぞれの主張と根拠を踏まえたうえで「他人事とするのではなく自分たちの問題として受け止め考えていく」ことは重要だろう。方法・手段はさまざま考えられるにしても、対立の起こっている現地を見学し、考えを深めていくことは一つの道として是認されると考える。 研修旅行の安全管理に関する高校の対応の不備をしっかり検証・批判し再発を防止するというのは当然であるが、教育基本法の恣意的な解釈や「政治的意図に基づく認定」は許されることではない。前川喜平の指摘は全く妥当であると考える。 1,辺野古への米軍基地建設(移設)に賛成する意見の根拠①普天間の危険性を早く解消できる 人口の密集する市街地にある基地を移設することで、事故リスクを減らせる(および米軍犯罪の危険性も減らせる)。そもそも普天間基地返還協議のきっかけは、小学生の少女が米兵3人に暴行された事件に対する抗議が大きく広がったことだった。 ②日米同盟の維持 安全保障上、米軍基地の存在は必要であり、現状においては台湾海峡に近い沖縄に設置するのが適切だ。③現実的な解決策 国外・県外移設や撤去は難しく、辺野古が現実的だ。(辺野古移設以外の選択肢はない、というのが日本政府の立場。) 2,辺野古への米軍基地建設(移設)に反対する根拠① 環境保護の観点 辺野古はサンゴ・ジュゴンなど豊かな生態系を育む地域であり、埋め立て工事によってその生態系が破壊される。② 沖縄への基地集中の不公平感 日本国内の米軍基地の7割以上が沖縄に集中しており、「なぜ沖縄ばかり負担するのか」、「本土で引き受けるべきではないか」といった不公平感がある。③ 住民の意思とのズレ 沖縄県では選挙や県民投票などで、移設反対の意思が示されてきた。(2019年、普天間飛行場の移設に伴う辺野古沿岸部埋め立ての賛否を問う県民投票が実施され、埋め立て「反対」の得票が有効投票総数の72・15%の43万4273票に達した。)にもかかわらず、国は計画を進めているため、「地元の民意が尊重されていない」という批判は強い。④ 軟弱地盤など工事の問題 辺野古の海底には「マヨネーズのように軟らかい地盤」があり、工事の難航や完成後の滑走路の沈下が予想される。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.05.24
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1,殺傷兵器の輸出解禁について これほど重要なことが、ごく一部の「権力者」によって決定されるということは大きな問題だろう。歴史に学びつつ「方針の維持も含めてどのような選択を行うべきか」幅広い議論をすっ飛ばすべきではない。東京新聞の記事で青井未帆が述べているとおりだと考える。殺傷兵器輸出解禁「おかしいと言える正気を保っていけるか」 青井未帆教授が憂慮する「国民の議論飛ばし」:東京新聞デジタル〔ポイント〕 日本は長らく、防衛装備品の輸出をほぼ全面的に禁じてきた。Q なぜか? 大切なことは?A 背景には、かつて朝鮮戦争やベトナム戦争に日本製の武器が使われ、多くの人が亡くなった歴史がある。国民に共有された「それでいいのか」といった倫理的な問題意識が背景となって「武器輸出三原則」が打ち出され、定着した。重要な国是ともいえる方針の変更に際して「国民の議論飛ばし」は問題である。現状について「おかしいと言える正気を保っていけるか」が大切だ。〔紹介するポイントは以上〕Q 日本政府の言い分は?A 端的に言えば、国内「防衛産業」育成のための市場拡大が目的Q 問題点は?A そもそも「防衛産業(軍需産業)」は戦争や紛争、深刻な国際緊張によって潤う部門であること。事実、これまでも巨大な軍需産業は国家(政府)と結びついて莫大な「軍事費・防衛費」を獲得してきた。戦時中の「財閥」もいい例だ。〔近年の例〕ウクライナ危機に色めき立つ世界の巨大軍需産業 戦況長期化で利益を得るものは誰か | 長周新聞ウクライナ侵略で潤う米欧軍需産業、ロシアの脅威で「戦後」も好況か- CNN 実際、第二次大戦後においても軍需企業は国際緊張や紛争を助長してきたのではないか。具体例として、軍需産業を重要な基盤とする米国は、第二次大戦後に海外で戦争・紛争を引き起こすことで他のいかなる国よりも多くの人々を殺傷しているが、その背景に存在する「軍産複合体」についてアイゼンハワーなども警告してきた。(参考;池上彰特番の資料一部(および書籍)) 戦争のみならず、「内政干渉」目的に莫大な資金を投じて世界各地の紛争と混乱を引き起こしている。(遠藤誉作成の一覧表を参照) 以上の米国の例はきわめてわかりやすいが、まさにその米国と深く軍事的に結びつくことで「殺傷兵器の輸出を解禁された日本の防衛産業(軍需産業)」はどのような役割を果たすだろうか。歴史に照らしても明らかだと思われる。「軍民両用品」開発を援助するために一兆円以上の税金を使うなど、言語道断であろう。 軍民両用品を国が試験導入へ枠組み創設方針、新興企業育成…ドローンやAIに1兆円規模 PDF〔仮に、巨大な軍需企業(および軍産複合体)がなければ、冷戦終結後にNATOを含む軍事同盟は解体していただろうと私は考えている。〕2,エネルギー補助政策について これについては『東洋経済』の記事(一部)をそのまま紹介しておきたい。 ホルムズ海峡封鎖下の日本経済、高市内閣がこの夏以降も「エネルギー補助金」を続けるとどうなるだろうか | 政治・経済・投資 | 東洋経済オンライン 高市内閣は70年代の欧米と同じ轍を踏んではいけない ここで思い出すべきは、70年代の石油ショックの経験である。エネルギー危機の際は、価格メカニズムを活かすことが重要だ。値段が高くなれば需要は抑制され、供給は伸びる。つまり足りないものは大切に使うし、代替品も出てくるというわけだ。70年代の2度の石油ショックの際、日本はエネルギー価格の上昇を容認し、結果的に省エネ技術が進化した。そして80年代には、「燃費のいい日本車」が世界を席巻したのである。 逆に当時の欧米は、消費者保護のために補助金を出すなどしてエネルギー価格を抑制した。その結果、財政赤字が拡大し、高金利の下でインフレが止まらなくなった。それを克服するためには、アメリカのポール・ボルカー議長(任期79〜87年)の下での荒療治が必要であった。 今の高市内閣も、確実に当時の欧米の方向に進んでいる。〔紹介は以上〕 上記は全く妥当な主張だと考えるが、どう思われるだろうか。(なお、池上特番の前後の記述については4月27日時点で加筆・修正した。)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.04.25
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最近公開されたブログ記事、辺境のリーダー、高市早苗首相の悲哀 : 【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信 が目にとまった。前半はおそらく、G20における各国首脳に対する首相の態度をとりあげたものと思われる。一見、他愛のないことのようだが、鋭く本質をとらえているように思えたので紹介したい。「高市首相は欧米の首脳会談の相手にドナルド(Trump)、キア(Starmer)、ジョルジャ(Meloni)、エマニュエル(Macron)とファーストネームでしつこく語りかけた。」「ところが高市首相は、会談した韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領をファーストメーネームではなく、一貫して『李大統領』と敬称で呼び続けた。」「また2026年3月29日から31日まで日本を公式訪問したインドネシアのプラボウォ・スビアント大統領に対しても、初めから終わりまでプラボウォ大統領と尊称した。」「一見何ほどのこともないように見えるが、そこには高市首相の劣等感とそこからくる強い承認欲求、またそれとは真逆の優越意識がもたらすダブルスタンダードの虚偽が複雑にからみあっていて哀れを誘う。」(・・・中略・・・)「もしも彼女が、欧米の相方だけではなく、アジアの相対者にも、親しくファーストネームで語りかけるバイアスのない情動を持っていれば・・・」と【テレビ屋】なかそねは語る。 私は前の記事(伊勢崎賢治の国会質問と首相訪米 | )で、高市・トランプ会談における首相の態度について「恥ずかしい」と率直な感想を述べた。もしかすればそれは、「怒らせたら手のつけられないトランプへの(公正さを犠牲にしての)特別な対応」という見方もできるかもしれない。 しかしながら、欧米の指導者とアジアの指導者に対する「明らかに異なる態度」が、劣等感と優越感(はっきり言って差別意識)によるものだとすれば、これまた恥ずかしく残念なことである。ただ、これは高市首相に限ってのことなのか。遺憾ながら、これと似かよった意識はかなりの日本人に共有されてはいないだろうか。 「移民・難民問題」について少し冷静に考える | でも指摘した、日本国内における「イスラームのモスク」と「キリスト教会や幼稚園」に対する見方・態度の落差も、同様の差別意識を根に持ってはいないか。さらにいえば、当時の日本人だけでなく現在においても日清戦争を肯定的に見る視点が圧倒的である事実。日清戦争に関する授業実践2 | でも紹介したが、欧米帝国主義支配・植民地支配は不当だと明言し、同様の理由で日清戦争に反対した勝海舟と、「文明と野蛮の戦争」だと正当化し応援した福沢諭吉。双方の主張を歴史的事実・資料にてらして「勝海舟のほうが公正だ」と判断した生徒たちの見方についてどのように思われるだろうか。 そしてまた、福沢諭吉の言説にみえる「明らかな差別意識」を乗り越える歴史観を我々は確立できているのか?にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.04.08
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以下は、参議院における伊勢崎賢治議員の質問である。海外における自衛隊の活動に伴う法制度の空白(自衛隊員による過失・事故が起こった場合の処理)に関する質問も重要だったが、「イラン戦争」に関わる発言の最後(動画の11分あたり以降)は特に重要なので、文字起こしして紹介したい。〈以下、発言内容〉 日本と同じく米軍基地を体内に抱える湾岸諸国もこの戦争の巻き添えになっている。・・・が、彼らの本音はこの戦争を止めたいと言うこと。その象徴が、この戦争が始まる直前まで、アメリカとイランの交渉を粘り強く仲介してきたオマーンの外務大臣の証言。これは、 CBSニュースで流れた。どういうことかというと、「核弾頭の製造につながる核物質を保有しない、既存の濃縮ウランのすべてを可能な限り低濃度にして燃料化する(これは平和利用)、そして、 IAEAの全面的な査察を受け入れる」、このすべてに実はイランが同意していたとオマーンの外務大臣は明言している。つまり、外交の出口が見えていたにもかかわらず、戦争が選択されてしまった。 これはトランプ大統領の戦争の大義を大きく揺るがすものだ。私、伊勢崎は東京のオマーン大使とともに、他の湾岸諸国大使に呼び掛け、イランへの非難の連鎖ではなく、停戦と核交渉への復帰、これを求める声を日本政府に届けるべく奔走した。先週にはオマーン大使とサウジ大使、この両名を石破前総理におつなぎした。現在アメリカはかつてのイラクやアフガニスタン(アフガニスタンには日本政府代表として私がいった)両国における同様の過ちを繰り返そうとしている。これは、止めなければならない。唯一の道は、第三者が対話と交渉の突破口を開くことだ。 訪米を控える総理におかれては、この湾岸諸国の大使達の表に出ない本音にぜひ耳を傾けていただきたい。非公式で10分でも構わない。お許し願えれば私も協力する。その上でトランプ大統領に合われ、友人としてどうか停戦を説得していただきたい。これは本当に切なる願いだ。 〈以上〉 参議院の存在意義、とりわけ野党・少数政党の存在意義を感じさせる内容だった。なお、伊勢崎議員の質問から2日遅れたが、日本国内でもオマーンの外務大臣の証言が報道され、その発言内容が裏づけられている。 オマーン外相、米イラン合意は「実現可能に見えた」トランプ氏丸め込んだイスラエルを非難 さて、上記質問後に訪米した高市首相が果たした役割。これについてはNHKを含め、比較的多くのメディアで肯定的に報道されているようだ。確かに、ホルムズ海峡への艦船派遣の難しさについて理解を求めたことなど、全否定すべきではないだろう。(ちなみに、大統領・首相会談に先立って「事務レベルでの事前折衝」を行う在米の担当者はかなり優秀な人のようで、米国大統領による様々な要求を「乗り切る」ためにぎりぎりの折衝をしたであろうことは想像できる。) しかしながら、上述した伊勢崎発言・オマーン外務大臣の証言等を踏まえれば、そして日本が長年イランとの関係を大切にし、まさに米国とイスラエルが始めたこの戦争によってイランで非対称に生まれている(2桁規模が違う)犠牲者を踏まえれば、以下の発言や態度は納得できるものではない。 「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ米大統領)だけだ」をといった首相発言や、「強い日本、強いアメリカ、豊かな日本、豊かなアメリカ、私たちはこれらを実現するための最強のバディだと確信しています」と強調したことなど。この点については、海外のメディアも私の受け止めと似通った論評報道を行っているようだ。やや長いが、紹介しておきたい。〈以下〉 米ニューヨーク・タイムズは、高市早苗首相の「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」との発言について、「高市氏がトランプ氏に対して一貫してとってきた作戦である『愛嬌(charm)』を頼りにした」と論評。トランプ氏はホルムズ海峡への艦船派遣をめぐって同盟国への不満を表明してきたが、高市氏は会談で、対米投資を含む日米協力を強調し、トランプ氏からの非難を回避。イラン攻撃をめぐりトランプ氏が真珠湾攻撃に言及した際も何も言わず、「ホワイトハウス訪問をほぼ無傷で切り抜けた」とした。 「ドナルドだけだ」発言についてAP通信は、「トランプ氏がイランとの戦争を選んだ」にもかかわらず、高市氏はこう述べることで「『平和の構築者』とみなされたいトランプ氏の願望に訴えた」と評した。仏ルモンドは、高市氏がトランプ氏に「お世辞の一種である『ごますり(gomasuri)』を巧みに使い、(米国の)取り組みを支援する用意があると表明した」と報じた。 「願望に訴え」「ごますり巧み」海外報道 日米首脳会談:朝日新聞 より 「国益を守った」という主張も理解できないわけではない。外交には「したたかさ」が大切であることも理解はできる。しかしながら、「公正な判断や立場表明」を押しつぶさないことは「紛争の仲介さえも可能」なはずの日本の元首として極めて重要ではないのか。外交交渉の出口が見えていた段階で一方的に攻撃され、おびただしい犠牲者を出し続けているイランの民衆に対して恥ずかしい、という思いをぬぐえない。 前記事ではスペイン首相をとりあげたが、イラン小学校攻撃を「断固として非難」したイタリアのメローニ首相や、トランプ1の段階で同大統領に一切媚びることなく堂々と渡り合ったドイツのメルケル首相などが思い出される。選挙だけでなく、運動や言論によってそのような「タフな指導者」をわれわれも生み出せないものだろうか。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.03.21
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遠藤誉が3月6日に新しい記事を配信しているが、その最後の部分を引用する。イラン「ホルムズ海峡通行、中露には許可」(遠藤誉) - エキスパート - Yahoo!ニュース(以下、引用) 3月6日のロイター電は<トランプ氏、ネタニヤフ氏の恩赦を再度要求>(日本語)と報道している。 何ということだ…。 ネタニヤフが「逮捕されないために、ひたすら戦争を続けている」ということは世界の多くの人が知っている事実だろうが、それを証明するかのようにトランプが「イスラエルのヘルツォグ大統領に、汚職容疑で起訴されているネタニヤフ首相に対する恩赦を認めるよう改めて要求した」というのだ。 一人の汚職容疑者の恩赦を実現するためにイラン攻撃を断行した。 米国内におけるイスラエル支持派の票田が欲しいからだ。 これが民主主義国家の大統領の選択であるという事実に、力も抜けてしまう。 わが国の高市首相は、そのトランプを讃え、日本船舶がホルムズ海峡を通過できないようにするのだろうか。(引用は以上) 米国・イスラエルのイランへの攻撃は明らかに「国連憲章違反」であるが、残念ながら高市首相だけでなく、米国と同盟関係にある多くの国の元首はそのことを明言していない。 しかし、国連憲章に照らして明確な声明を出している組織および国家元首は存在する。その一つは、国際連合人権理事会の独立調査団。 イラン交戦は国連憲章違反、学校攻撃にも深い衝撃=独立調査団(ロイター) - 米国国内でも国際法学会がこのたびの攻撃を「国連憲章違反」という声明を出している。 勇気ある声明というべきだろう。 さらに重要と思われるのは、スペインの首相演説である。 スペイン首相、米主導の対イラン攻撃に反対表明 「国際法と平和の側に立つ」演説全文(日本語訳)(高橋浩祐) - エキスパート - Yahoo!ニュース 一部、引用しておこう。「スペインはこの惨事に反対します。政府の使命は人々の生活を良くすることであり、悪化させることではありません。職務を果たせない指導者が、戦争の煙幕で失敗を隠し、一部の者の懐を肥やすことは断じて容認できません。世界が病院ではなくミサイルを造るとき、利益を得るのはごく一部の者だけです。」 歴史に学びつつ、戦争の本質に迫る演説であり、NATO加盟国の首相としては、毅然とした勇気ある発言というべきだろう。米国と同盟関係にある他の国々も見習うべきではないか。*スペイン首相ほど明確な言葉ではないが、米国、イスラエルの軍事行動に対して批判的な「同盟国指導者」としてフランスのマクロン大統領も忘れてはならない。確かに、米国・イスラエルではなくイランの批判に力点を置くマクロン大統領の発言や姿勢〈「この状況の主な責任はイラン・イスラム共和国にある」として、イランの「危険な」核開発計画、中東の代理勢力への支援、そして1月の抗議デモ中の「自国民」に対する銃撃命令を例に挙げたことなど〉は、明らかにスペイン首相の姿勢とは異なる。しかしながら、そもそも先月28日、「国際社会の平和と安全に深刻な影響をもたらす」として国連安全保障理事会の緊急会合を要請したのはマクロン大統領であり「米国、イスラエルの軍事行動は国際法のわくぐみを超えた軍事作戦を展開しており賛成できない」とも発言している。(3月10日付記) ところが高市首相はイランによる中東の(周辺諸国内の)米軍基地への攻撃やホルムズ海峡の封鎖を批判するのみで、米国・イスラエルの軍事行動を批判していない。軍事的な暴力に対して「国連憲章に基づいた批判」ができない(公正な発言ができない)ということは大きな問題であり、これまで繰り返してきた発言「力による現状変更は認めない」は一体何だったのか、ということになるだろう。(仮に、トランプ大統領を真っ向から非難しない方が、比較的良好な関係をイランと築いてきた「日本による停戦仲介」を進めやすいという判断であれば、断固としてそれを実行すべきではないのか。) また、「イランによる核兵器開発は決して許されない」というのが日本政府の表明した立場であるが、この問題については、2015年に「イラン核合意」(イランの核濃縮施設について米、ロ、英、仏、中、独との間に成立した「核開発制限と引き換えに欧米の対イラン制裁を解除するという合意」に基づいてイランは核開発から遠ざかっていた。にも関わらず、ネタニヤフの意向を受けてこの核合意から一方的に離脱したのはトランプである。(イラン国内の「デモや政府批判」の背景にはこの一方的な離脱に伴う「経済制裁」の復活がある。もちろんイスラム法の硬直した解釈による「女性への人権抑圧」などの問題もあるが。) このたびの「出口の見えない軍事行動」で世界の政治・経済に大混乱が発生しているが、与党(自民党と維新)は「最悪のタイミング」で「武器輸出制限の大幅緩和」「殺傷能力を持つ武器の輸出を原則容認する」という提言を出した。 この問題については、第二次大戦後の歴史や「存立危機事態発言」とも絡めて、なるべく近いうちに論じたい。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.03.07
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「中道」の代表選挙で当選した小川淳也は、中道改革連合という名称を変更する可能性を問われ「そのような議論は早すぎる」と応じたという。「1000万人以上の有権者が戸惑いながらも中道に比例票を投じてくれたのだから」と。確認したところ、各党が獲得した比例票は以下の通りである。 2024年衆院選 比例代表選挙 各政党の得票数と獲得議席数 | 税金・マネー・計算より 選挙結果は惨敗だった中道だが、獲得した比例票は自民約2,100万票(36.7%)のほぼ半数で約1,044万票(18.2%)。投票率が56%だったことを考えると結構な数字である。 朝日新聞によれば、高市総理とその周辺は、国会における野党の質問時間を大幅に短縮することをもくろんでいるようだが、衆院選で投票した有権者のうち上記比例票36.7%以外は自民党以外の政党に投票しているのだ。野党をないがしろにしていいはずがないだろう。国会における「少数意見」の尊重や、言論・表現の自由を尊重すべきことは当然だ。 なお、私は選挙結果の出そろった2月9日に、報道特集など複数のマスコミに意見を届けた。そして、現在も活発に活動しているという「市民連合」に届けた意見も紹介したい。参考にしていただければ幸いである。1,報道特集への意見衆院選前の3週にわたり、有権者に必要な判断材料を提供し続けた報道内容・報道姿勢に敬意を表します。前回の衆院選では、非公認の裏金議員に対して自民党本部から2千万円が振り込まれていた事実を赤旗が報じ、大手マスコミも後追い報道をしました。選挙結果に大きな影響を及ぼすことになりましたが、有権者にとっては重要な判断材料だったはずです。 このたびは、自民党・統一教会の長年にわたる癒着に関する疑惑について、大手マスメディアが報道に及び腰な中、この問題についても、高市首相の説明から逃げ続ける姿勢についても貴番組では鋭く報道されていたと認識しています。自民党の歴史的大勝後、政権の暴走を許さないためにも言論・表現の自由を守り抜いていくことが不可欠です。「政権に不都合な情報」が隠されることがあってはなりません。厳しい状況の中ではありますが、引き続きこれまでの姿勢を大切に報道されることを期待します。2,市民連合への意見 ご存じのように、去る2月8日に行われた衆議院議員選挙において、立憲民主党が合流した中道改革連合は惨敗を喫しました。立て直しが非常に困難な状況だと考えますが、いまこそ長年にわたり立憲民主党と連携して来た市民連合と政党の対話が必要ではないか、と考えています。 高市総理による騙し討ちのような解散に対して焦りがあったことは想像できますが、やはり、執行部(立憲民主の)は決定的な判断の間違いを犯したと考えざるをえません。その大きなポイントは、これまで積み上げてきた市民運動との連携を全く無視した形で合流を決定したことです。立憲民主党の原点には、「安保法案」を巡る国会内外の連携があったと考えています。そこは、ないがしろにすべきではありません。確かに、文字通り充分な議論の末、方針の一部を軌道修正するということは、ありうることです。私自身、枝野さんの発信や古賀茂明さんの見解も読ませていただき、「中道」勢力を結集するための工夫や苦渋も想像できました。新党「中道改革連合」の基本政策が「A判定」の理由 あえて“玉虫色”の文言で野党分裂を防ぎ高市政権を倒す覚悟をみた 古賀茂明(AERA DIGITAL) - Yahoo!ニュース しかしながら、党内における民主的な議論、さらには市民連合のような多くの市民との議論の過程を一切飛ばして党の執行部レベルで方針の「軌道修正」と中道への合流を決定的にしたことは、大きな間違いであったと考えます。「創価学会票ほしさのためにトップが決定したことに従って『集団転向』した全くいい加減な政党」という印象を与えたことは否めません。辺野古基地問題への態度を保留したことについても、「オール沖縄」の人々からすれば、裏切り行為に見えたことでしょう。 「国民・市民不在の野合」と見られたのはなぜなのか、2015年安保闘争以来、長年連携してきた市民運動との対話に立ち戻るべきではないのか、そのような総括に基づく取り組みが中道には必要であると考えています。参議院も含めた合流や「統一会派結成」を考えたとき、党内はもちろん市民運動とのしっかりした対話を元に「政策協定」なり「方針」をつくり出していくことが必要だと考えるのです。 国会において、右翼的な勢力が多数をしめる現在、中道に合流していった人々が、惨憺たる現実から出発して、立て直しを進めていくことは不可欠であり、困難な状況だからこそ国会の内外で市民と連携していくことが必要だと考えるのです。〈以上〉 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.02.13
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大手の新聞社(複数)に対して以下のような「ご意見」を送りました。(2月5日) 国政選挙に向けて、有権者の判断材料を積極的に報道していただきたい。このたびは自民党の比例代表名簿に「裏金議員」および「統一教会議員」が上位を占め、とりわけ後者は重要な判断材料となるものです。文藝春秋や赤旗はかなりの根拠を固めた上で、高市総裁など自民党議員と団体との深い繋がりを報じていますが、なぜ報道しないのでしょうか。5日の朝日、毎日の一面は「外国人問題」でした。 前回の衆院選では、非公認の裏金議員に対して自民党本部から2千万円が振り込まれていた事実を赤旗が報じ、大新聞も後追い報道をしました。選挙結果に大きな影響を及ぼすことになりましたが、有権者にとっては重要な判断材料だったはずです。そのときと同様に、判断材料となる情報を提供することは大手マスコミの重要な役割ではないでしょうか。有形無形の圧力も想像できますが、ぜひジャーナリズムの役割を果たしていただきたいと切に願うものです。〈以上〉 それに応えてということではないでしょうが、6日には朝日新聞に以下のような社説が掲載されました。おそらく同趣旨の意見が多数届けられていたのでしょう。(社説)衆院選 語らぬ首相 拭えない逃げの姿勢:朝日新聞 報道特集(2月7日 衆院選特集)も付け加えました〔高市早苗自民党総裁が、2月1日NHKの「日曜討論〜党首に問う・衆院選の争点は〜」への出演を見送った問題に鋭く切れ込んで報道(当該箇所の文字起こしは長井 暁 が2月7日 22:38 投稿 )〕 以下、関連する拙ブログ記事山上被告控訴と政権政党の問題 | “しょう”のブログ - 楽天ブログ古舘伊知郎の解散裏話解説と報道特集 | “しょう”のブログ - 楽天ブログ 朝日社説で私の意見に直接関わる部分だけ引用しておきます。 全容解明にほど遠い裏金問題は、関与した議員への公認や比例での重複立候補が認められた。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の内部文書には、首相の名前が多数回登場する。どちらも率先して説明していない。問題から逃げているようにしか見えない。 1日には、与野党の党首による討論番組の出演を「手を痛めた」として突然欠席し、その後遊説に出かけた。疑問や問いに直接答える、数少ない判断材料の場が失われた。体調が回復したのなら、今からでも首相から討論の設定を呼びかけてもいいはずだ。 〈以上〉 それでも全体的に大手メディアはこの問題に関する報道に及び腰の印象はあります。『週刊女性』に紹介された芸能人などの「呼びかけ」はあるのですが。 「元芸能人山本太郎の最後の訴え」も追加しておきます。2月7日23時すぎ 【衆院選】れいわ山本太郎代表「自民300議席は完全無敵」全身全霊の最後の訴え 涙流す聴衆も にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.02.07
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安倍元首相銃撃 山上被告側が控訴へ 量刑不当や一部無罪主張の方針山上被告が記者と面会 判決の受け止め「兄が亡くなっていなければ」(朝日新聞) - Yahoo!ニュース過日、「無期懲役」の判決を受けた山上被告と弁護団が控訴する方針を決定した。(控訴は2月4日だが、地裁判決直後、被告の伯父もNNNに手記を寄せ、「木を見て森を見ない不出来な判決だ」と語ったという。) 判決文によると、「安倍氏には何ら落ち度は見当たらず、犯行は短絡的で自己中心的な意思決定に基づくものだ」という。が、そうだろうか。霊感商法や膨大な寄付によって多くの家庭を崩壊に導いてきた旧統一教会の関連団体に自民党総裁(当時)が激励のビデオメッセージを送っただけでなく、自民党議員の多く(TM文書では290人と報告)がその団体から選挙の協力を得てきたのだ。山上徹也のPC復元データの中には「巨悪あり。法はこれを裁けず。」という文章が見つかったのだという。 判決以前の問題として、この言葉は間違いなく真実と言うべきだろう。高市早苗が2月1日のNHK党首討論の開始30分前に不参加を通告したのも「自分は関わりない」と言い続けてきたこの「巨悪への共犯」が追及されることから逃げるためだったのではないか。 この点については-エキスパート-Yahoo!ニュースに遠藤誉が「時系列の確認」や「深刻な腕の症状だったか」に関する詳しい考察をしていたのだが、なぜかその記事は現在削除されている。(政党による圧力?言論弾圧?)そのタイトルは以下の通り。NHK党首討論を逃げた高市氏、直後に岐阜や愛知で選挙演説「マイク握り、腕振り回し」元気いっぱい!(遠藤誉) - エキスパート - Yahoo!ニュース 「引用のためにコピーしていた部分」を紹介しておく。〈以下〉 台湾有事に関する一連の言動も、「中国にたてつくのは勇ましくカッコいい姿だ」という印象を、戦争が何たるかを知らない若者たちに与えている。その姿勢こそが逆に、日本を戦争へ導く危険性を秘めているのではないのか。(・・・) 私利私欲のために衆議院を解散し、私利私欲のために好戦的な姿勢で支持率を上げ、挙句の果てに自己保身のために「日曜討論」から逃げる。このような「敵前逃亡」をする人に一国の舵取りを任せていいわけがないだろう。(・・・)1月14日に週刊文春が<安倍銃撃事件の当日、“高市首相・最側近”佐藤啓副長官は統一教会集会に招かれていた!《自民調査に「支援なし」と虚偽回答》>と書いたことが考えられる。「旧統一教会」に関しては、その後も文春砲が火を噴き続けている。(・・・)旧統一教会に関する「文春砲」に加えて、この「(高市早苗を追及するという)大石予告」は高市氏を震え上がらせたにちがいない。公共放送で詰問されて回答のしようがない姿は晒したくない。それならいっそのこと「敵前逃亡」をするのがいい。(・・・)NHKの党首討論で詰問されタジタジとなったら「高市早苗のブランド力が落ちるので自民党が大敗する危険性がある」として、自民党内で前夜相談し、「出演拒否」の道を選んだ。そういうことではないのだろうか。なんと「狡い」思考と選択だろう。しかし「賢くない」! 「偽装工作」を貫くなら、岐阜や愛知への直後の遊説は慎むべきだった。せめてそうしていれば、筆者とて、ここまで哀しく苦しい考察をしなくても済んだ。〈以上〉 残念ながら、その緻密な「時系列の考察」は記録・コピーしていない。しかし、遠藤誉の考察が当たっていたことについて「文春砲炸裂」で証明されたようだ。 《衝撃スクープ》高市首相「日曜討論」出演キャンセルは2日前から準備していた! 官邸関係者が明かす真相「小林鷹之氏に打診したが…」(文春オンライン) - Yahoo!ニュース さて、れいわの「大石議員による予告」は、言うまでもなく高市早苗と自民党による統一教会との「(共犯)関係」追及の意思表示だったわけだが、「統一教会」問題について高市支持者たちはどのように考えているのだろうか? 釈然としないところがある。 高市(岩盤)支持層と見える人たちの主張の中には「反日」という言葉が頻出し、歴史問題に関する反省を求める中国や韓国を敵視・見下す言説が多い。しかしながら、統一教会問題に対する追及は曖昧なように見える。 韓国で生まれた統一教会が、①「日本はアジア侵略や朝鮮半島の植民地支配という悪事を働いた」から②「日本人であるあなたはその償いとして統一教会に多額の献金をしなければならない」といった説得を一つの焦点に資金集めをしてきたことはどうなのか。その団体と政権政党が深く結びつき、利用・保護してきたという事実(疑惑?)についてどう考えているのか。 私自身、上記①は紛れもない事実だと認識しているが、それを口実に②を主張することには全く納得できない。①がなぜ「個人が償いとして宗教団体への献金をしなければならない」という話になるのか?そのような献金集めをしてきた団体と結びつき、利用し保護してきた疑惑についてどう考えるのか。本来②の問題点については、高市支持者とも合意を作り出せると考えているのだが。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.02.04
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古舘 伊知郎が「なぜ、今解散なのか 裏話解説」をおこなっていた。 「鍵となる言葉」だけでもわかりやすいので、紹介しておきたい。(なお、後半二つの画像は報道特集〈1月23日〉で紹介された「旧統一協会の内部文書〈TM報告書〉に関するもの。) 要するに、通常国会での論戦が始まれば追及される「問題」山積みで、あっと言う間に高支持率が下落していきそうなので、今の内に解散して「問題をないことにしてしまおう」という意図だという。 昨年12月17日には「令和8年度の税制改正や当初予算の取りまとめなど、目の前でやらなければいけないことが山ほど控えておりますので、解散については考えている暇がございません」と言っていたのだが・・・。 高市が好きで期待していたという遠藤誉でさえ、「解散の目的は高市人気が高いうちに裏金議員を復活させて、もともと派閥に入っていなかった高市氏が自らの派閥を〈復活させてあげた裏金議員〉で固め、党内基盤を強化して長期政権を維持したいという個人的野心でしかない」と述べている。 特に問題となるのは、国会議員が「裏金づくり」という事実上の脱税行為を長期にわたって続けていたことに対する居直り(「裏金候補」は比例代表名簿の最上位に挙げられ「石破派議員」は最下位)に加えて「旧統一教会との関係」であるが、後者については、韓国の捜査当局が入手した教団の内部資料(TM報告書)の内容が明らかになる中で再燃している。TBSが「報道特集」の内容を公開しているので是非視聴されたい。(本ブログ記事の報道特集の画像から、公開動画につながる。) なお、テレ朝NEWS「衆院選の主な政策や政治課題に関連するワードを9つに分けて分析すると、「旧統一教会」に関する投稿がおよそ151万で最も多くなった」、という。関心の中心となっている〈TM報告書〉にかんして高市早苗は「明らかに間違っている」と主張するが、その発言はミスリードであると毎日新聞が「ファクトチェック」している。かつて高市早苗が”捏造”とした「(「電波停止発言」の背景にあった)放送法にかかる内部文書」が霞ヶ関に共有されていた「公文書」であったことを忘れてはならない。 最後に、「日刊ゲンダイ」の裏金・カルト候補に関する記事(一部)を紹介して終わりにしたい。〈以下〉 22日までに発表された(自民党)公認候補は計297人(小選挙区285人、比例代表12人)。裏金議員38人のほか、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と関わった議員もズラリ並ぶ。 旧統一教会をめぐっては、韓国発の内部文書「TM(トゥルーマザー)特別報告」(2018~22年分〈註:韓国の捜査当局が入手〉)の流出で問題が再燃。「真の母」と呼ばれる総裁の韓鶴子被告(政治資金法違反罪などで公判中)に対し、日本側幹部が政界工作の進捗状況を事細かく報告したものだ。安倍元首相との面会や、仲介役を担った萩生田光一幹事長代行との関わりのほか、教団と関係が深い議員名も頻出する。 裏金、あるいは旧統一教会絡みの公認候補は少なくとも52人。 〈以上〉 以下、2月2日追加 なぜ「敵をつくり敵をたたくことによる支持拡大」という大衆操作にわれわれは何度もひっかかるのか? 本当に存立危機事態? | “しょう”のブログ - 楽天ブログ にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.01.31
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2026年が始まって早々に、アメリカ合衆国によるベネズエラへの軍事攻撃と大統領の拉致という最悪のニュースが飛び込んできた。これが、国連憲章違反だと言うことは明らかだが、ここでは二人のコメントを紹介するにとどめる。1,高市総理支持者である遠藤誉の発言 国連に加盟している、完全な独立国家であるベネズエラに対する石油利権が絡んだ国家テロに近い侵略行為であって、もし高市総理が、これでトランプを非難しないのなら、台湾問題に関して中国(大陸側)を非難する資格はなくなるのではないのか。(・・・)同盟国なら許されるとして矛盾した評価を出せば、対中批判の正当性が薄まる。[なお、高市総理によるNHK日曜討論でのコメントは、「日本はベネズエラにおいては、一刻も早く民主主義が回復されなければいけないと、その必要性を訴えてきた。従来から自由、民主主義、法の支配といった基本的な価値、原則を尊重しているのが日本の立場」とのこと。]2,高市コメントに関する寺島実郎の発言(1月11日のサンデーモーニング) 高市総理の施政方針演説の中には「民主主義」という言葉が一度もでなかった。出てきたのはこのたび(米国のベネズエラ攻撃に関する発言)が初めてだ。本当に(国家主義ではなく)民主主義を大切に考えているのか、疑問に思わざるを得ない。 上記1,2とも、全くその通りであるが、遠藤誉発言と同趣旨の意見は様々な個人が述べているところである。私自身が言うまでもなさそうだ。 しかしながら、年末の報道については強く言いたいことがある。TBSによって放送された「報道の日2025」の一部「国鉄分割民営化」に関する特集である。 同特集で、TBSは「国鉄の分割・民営化」についてほぼ全面肯定する形で特集をまとめていた。私が見るところ、それに対する反論などはあまり発信されていないようだ。ただし、疑問・モヤモヤを表明した記事は少ないながらもあった。 以下は、私の違和感というより批判である。たてまえや理念ではなく「現実に行われた国鉄の解体」は、国労組合員に対する人権蹂躙(例えば転職を拒否する組合員に対して、一日中4m四方のスペースの中で何もせずに時を過ごすことを強制するなど)さまざまな精神的拷問によって自殺者を続出させた現実と切り離してはありえなかった。そのような現実を全く無視して、「国鉄分割民営化は良かったことづくめ」と評価してさしつかえないとでもいうのか。“合理化”の名のもとに国労(=資本の論理に対して「別の視点」を対置する団体)の組合員に対して行われた人権蹂躙の実態はどのようなものであったのか。「分割民営化のおかげで・・・」という一面的評価の前に、事実確認することが必要ではないか。なお、故中曽根康弘元総理は「分割・民営化」の目的は国労つぶしであったことを公言している。 中曽根康弘元総理大臣の国鉄労働組合についての発言に関する質問主意書 国鉄を偽装倒産させ、新会社をつくるということを名目に国鉄労働組合に潰滅的な打撃を与える(国家をあげての「不当労働行為」を強行する)こと、これが中曾根首相(当時)の意図であり現実に行ったことであると私は考えている。それを後押ししたのがマスコミだったのではないか。 ヤミ手当,カラ出張など「国鉄労働者悪玉」キャンペーンからはじまって「民営化することによって改革を!」というのは、まさにマスコミの主張だった。しかし、その過程で行われていた国家を挙げての不当労働行為(国労組合員に対する差別)、人権蹂躙に対して全くスポットを当てなかったところにマスコミの犯罪性がある。一つの側面を捨象して「資本経営のほうがいいに決まっている」というメッセージを流し続けたことに問題があったのではないか。 確かに、一方で民営化そのものには効率化・接客態度の改善等、プラス面も存在した。だが他方では、時速250㎞以上で長距離区間を行き来する“のぞみ”の運転手を2名から1名に削減するなど“資本の論理”に基づく“合理化”によって安全性が犠牲にされている面も確実にあった。 福知山線脱線事故(117名もの死者を出した)の背景にあったJRの日勤教育なども、安全性を無視した労務管理の典型だろう。(目標が守られない場合に、乗務員に対する処分として日勤教育という懲罰的なものを科していた。それが充分な再発防止の教育としての効果につながらず、かえって乗務員の精神的プレッシャーを増大させていた温床との指摘がある。) そもそも、「報道の日」という特集は、報道機関の果たすべき役割や課題を明確にするためにこそ、過去の報道を振り返り、検証していくべきではないか。TBSの放送内容(とりわけ国鉄の分割民営化に関する特集)は、そのような検証の名に値するものではないと言わざるを得ない。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.01.11
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新年早々大変有意義な対談を読むことができた。是非一読されることをお勧めしたい。SNSで「敵」の悪口を書き連ね、仲間内だけで褒め合っているだけでは無意味 「本当に社会を変える」のに必要な戦いとは何か? 倉本圭造×橋本直子対談私自身は、この対談にたどり着くまでに、以下1~3のようなことを考えていたのだが、それを「補強」するだけでなく「不十分な点にしっかり目を開かせてくれる」素晴らしい対談内容だった。1,東アジアの人間は皆同じに見える?フィンランドのミス・コンテストで選ばれたサラ・ザフチェが、SNSに「つり目」を想起させるポーズの写真を投稿したことが問題になった。(人さし指でまぶたを上に引っ張る「つり目ポーズ」は、東アジアの人々の容姿を嘲笑する場合に使われるため。)一時期、日本国内でも「韓国人は皆同じ顔に見える」といった記述やコメントがネット上に多く見られたが、「アジア系の人々を下に見る意識を持った欧米人」には、「日本人・韓国人・中国人」などまとめて同じように見えるのかもしれない。「皆同じ顔に見える」といった発言や感覚の中には、おそらく差別意識がある。〔ちなみに、『はみだしの人類学 ともに生きる方法』の著者である松村圭一郎は、その講演の中で「欧米に旅行している最中、自分に向かって『チャイニーズ?』と声をかけられた時、『そう見えるだろうな』という感想ではなく『俺は違う!』と強く言いたい気持ちになるのはなぜか」、という問いかけをしていた。〕2,「モスクの建設計画に反対」、といった投稿について 関連して、「ムスリムと共生は不可能」、「テロ拠点になる」、「イスラームの文化が受け入れられないから困るというのなら、最初から日本に来るな」等々 上記最後のコメントについて一言。日本国内にはおそらくモスクの(少なくとも)数十倍はキリスト教会があるだろう。明治以降は、日本国内で合法的に布教活動が行われている。さらに言うと全国各地にキリスト教系の幼稚園は無数にあり、一部キリスト教の教義を入れた教育(例:「主である神に感謝して〇〇をいただきましょう」といった)が行われている。(単にムスリムの礼拝場所確保を目的とする)モスク建設に反対する人たちは、キリスト教会を問題視していないようだ。宗教でいえば「イスラーム」や「ムスリム」に対する偏見がありはしないか。また、「テロ拠点になる」というコメントに対しては、「アルカイダの拠点のあったアフガニスタン」で現地と人々とともに「命の水路の建設に取り組んだ中村哲の追悼動画」の視聴をすすめたい(9分あたりから28分あたりまで)。中村哲医師追悼の会ーー中村先生と共に歩むー動画再生中、厳格なムスリムである現地人の表情や「お腹いっぱいになれば誰も戦争になんか行きません」という言葉に注目したい。また、冒頭のリンクで紹介した橋本の発言:「2022年3月から日本政府は、ウクライナ避難民に対してほぼ無条件でビザを瞬く間に発給し、日本史上類を見ない寛大な受け入れ方を官民一体となってやった。一方で、その半年くらい前にアフガニスタンから、日本の大使館やJICA、NGOなどで長年働いた非日本人の現地職員が『外国勢力で働いた裏切り者』としてタリバンに迫害されるから日本に退避したいと言ってきた時に、大多数の元現地職員に対して日本政府は査証発給を拒否した」という事実に対してどのように考えるのだろうか。ウクライナ避難民との落差を問題にしないとすれば、そこに差別意識はないだろうか。3,埼玉県川口市の「クルド人問題」についてこれについては日本人初の国連難民高等弁務官として活躍した緒方貞子の取り組みを紹介したい。従来の「国家主体の軍事力による安全保障」ではなく、紛争や貧困など、あらゆる脅威から人々の安全や尊厳を守る「人間の安全保障」という理念を掲げ、世界に訴え、それまで支援の対象となっていなかったクルド人も難民として支援する道を開いた。https://note.com/tbsnews_sunday/n/ne3564b4e5085また、冒頭に紹介した「橋本・倉本対談」の全体が、この問題を考えるための示唆に富んでいる。「相手側(外国人の増加に不安を感じそれを強く批判する人たち)がそれを主張する事情を迎えに行って、相手の懸念点を解決する」という発想は極めて貴重なものとして学ぶことができた。改めて、是非一読されることをお勧めしたい。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2026.01.02
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2025年に公開した記事(PDF版) 2025.11.30の「サンモニ(風を読む)」だが、中国政府の物語はひどい(が、政府と一般民衆を区別して民間交流を進めるべき)という主張・姿勢に違和感を覚えた。以下「ご意見」として送信した内容を記しておきたい。 1、中国政府の「物語」という視点について 国際関係については、自国の立場と同時に「相手の側からどのような景色が見えるのか」を洞察することが大切だ。ところが、「風を読む」の視点はどうだったのか。「満蒙は日本の生命線」という言葉(「台湾有事は日本の存立危機」とよく似た言葉)を用いて日本軍が中国侵略を行った歴史をふまえると、日本の軍事大国化・軍国主義復活が懸念される、というのは「中国が一方的につくった物語」だとして、それに対応する日本の戦略はどうあるべきかという視点しか提示されていなかったのは残念である。 高市発言は、中国の人々に「過去の侵略の記憶」(旧日本軍の軍事行動によっておびただしい犠牲者を出した記憶)を呼び起こすかもしれない、という想像力がなぜ働かないのか?「台湾有事は日本の有事という持論」(中国の立場からすると武力による内政干渉:前記事後半)を公言していた人物が総理大臣となり高い支持率を獲得していること、おそらく総理の岩盤支持層も含めて「大日本帝国のアジア侵略の歴史をまともに認めようとしない言説がネット上のみならず書籍においても横行している現実」を無視して、「中国政府の物語は一方的だ」といったところで、中国の人々には響かないだろう。相手から見える景色を想像した上で、「日本人による歴史への向き合い方」について省察する方がよほど有意義ではないか。(番組に出した意見は以上) ところで、中国政府は次のような風刺画をネット上で公開しているとのことだが、むしろその扱いに関する「サンモニ」の報道が私の興味を引いた。 遠藤誉は、過去における「岸信介など」に対して中国が作成した風刺画と比較しつつ中国政府の「本気度」を指摘するが、そのような風刺画を中国政府は「国内では閲覧できない形で公開」しているとの報道(風を読む)だった。高市首相の発言が絶対に許しがたいものであれば、そしてそのことを全中国で共有したいのであれば、国内でも公開すればいいようなものだ。 しかし、中国政府はそれをしていないとすれば、それによって中国一般民衆が大日本帝国による侵略戦争の被害、その歴史的な記憶を呼び起こし、収拾がつかないほど反日感情が燃えさかることを抑制しようという「配慮」が働いたともいえるのではないか。2、トランプ大統領への評価 字数の関係もあり「ご意見」には入れられなかったが、このたびのトランプの対応(「台湾問題に関する中国の立場は理解している」と習近平に伝え、「日中関係の悪化に対する懸念」を高市首相に伝えたこと)にたいする評価も気になった。基本的に、「台湾の民主主義を守ることよりもビジネスを優先している」といったマイナス評価だったのだ。しかしながら、「ビジネスのためにも良好な米中関係を」というのがそれほど問題なのか。少なくとも他の事柄に関するトランプの姿勢に比べればまともであろう。 このことは、バイデン政権時代の米国政府の姿勢と比較すれば、ますます明らかだと思われる。前政権下で、バイデンもブリンケンも台湾危機をあおり、武力介入(台湾への支援)をほのめかしつつ、大量の米国産兵器を台湾に購入させている。ウクライナ戦争前に、「米軍とウクライナ軍の合同演習」を盛んにおこないウクライナのNATO加盟をたきつけながら、いざ戦争が始まれば「武器と情報だけを援助する」という対応だったことを考えると、台湾問題についても同じことをするつもりだったのかと疑われる。 そもそも、トランプの対応とバイデンの対応、「多数の人命を犠牲にする可能性」が高いのはどちらであるのか、日本が戦争に巻き込まれる危険性を高めていたのはどちらなのか、明らかではないだろうか。〔なお、私はTBSに対して批判的な意見だけを投じているわけではない。「台湾ー存立危機」問題の報道についてむしろ期待しているところも大きい。〕にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.11.30
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高市首相は11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也元外相から、台湾有事について日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁した。現職の総理大臣が「台湾有事は存立危機事態にあたる」と明言したのは初めてのことである。〔11月10日現在においても撤回していない。〕 歴代首相は他国が攻撃されたからということで自衛隊を派遣できる安保法制の発動場面について見解を明確に示すことを避けてきた。〔高市首相は総裁選期間中も展開していた「台湾有事は日本の有事」という持論を述べてしまったのだ。なお、国会で質問した岡田議員は、「存立危機自体に関する判断は従来の政府見解通りであることを確認しようとした」(11.23 サンモニ)という。:11月30日付記〕 この発言をどのように考えるべきか。「存立危機事態」を具体的に明言することは国際緊張を高めることで防衛費の拡大を容易にするかもしれないが、国際関係(とりわけ中国との関係)を不安定なものにして、むしろ「存立危機」を呼び込むことになるのではないか。 普通に考えれば、「日本と密接な関係のある他国が、日本の領土・領海の外側で何らかの攻撃を受けた」からといって、直ちに「存立危機事態」になるとは考えられない。むしろ、日本が(補給活動も含め)その戦闘に参加・協力することによって存立危機に陥ると考えるべきであろう。(例えば、国内の米軍基地や自衛隊基地がミサイル等による攻撃対象になる、米軍への補給活動を抑えるため主要な港湾が海上封鎖される、といった形で・・・) 責任ある総理大臣という職に就くことで、「ある程度現実を踏まえた言動」をとるかに見えた現首相だが、人々の生活改善や気候変動対策など課題が山積みの状況下でなぜ国際緊張を高め危機を呼び込むような発言をするのか?「歴史から学ぶべきではないか」と私は考える。例えばナチスドイツのヘルマン・ゲーリングは次のように述べている。 そして彼の結論は、これは「いつでもどんな国にでも通用する」ということだった。 外敵や国内における敵(悪い奴ら)によってわれわれは脅かされているから対応すべき、というのは支配者の行ってきた大衆操作の常套手段である。にもかかわらず、人々は繰り返しそのような「手口」に引っかかってきた。台湾海峡危機を強調することにせよ、在留「外国人」増加による不安・不利益を強調することにせよ、そのような文脈から見ることが大切ではないか。 さて、スウェーデンの研究機関は「2024年の世界の軍事費は合わせて2兆7180億ドルに達し、過去最高を記録した」ことを明らかにした(2025年4月28日)。日本円にして実に390兆円である。 2024年の世界軍事費は過去最高390兆円余 伸び率最大に このようなのびの背景には「国際緊張を緩和する努力が不十分であること」、「逆に危機を強調して支持を拡大しようとする傾向が強いこと」があるのだろう。しかしながら、各国とも国際緊張を緩和し平和的な関係を構築しつつ、安心して生活するための社会環境の創造、教育や福祉の条件整備、災害や気候変動への対策、等々対応すべき山積みの課題にこそ力を入れるべきではないのか!?(私は「ウクライナ戦争」について、ウクライナや欧米諸国がそれを防ぐための努力をまともにしなかったのではないか、という強い疑問を抱いてきた。) もう一つ、国際関係とりわけ中国との関係に限定して以下のことは述べておかなければならない。遠藤誉(遠藤は、高市外交を賞賛していたことからしても、「反高市」ではない)のいうように、中国大陸から見たら、台湾問題は内政干渉だということである。 それはなぜか?日本も米国も国際連合も「一つの中国」原則を承認しているからである。これは、「中国という国家を代表するのは中華人民共和国のみであるという大原則で、中華民国台湾は独立国家として承認しない、という原則である。」国際連合においても、1971年の第26回国連総会で、中華人民共和国が「中国を代表する唯一の合法的な国家」として認められ(第2758号決議)、同時に「中華民国」台湾は国連を脱退することになった。 少なくとも国連で法的な手続きを経ているので、「これを覆したければ国連で決議しなければならない。それができないのなら、中国が台湾を自国の領土と主張するのには正当性があることになる。その統一をどのような形で実現するかに関しては、これは既に中国国内の『内政』になる。」従って、台湾を事実上の国家として扱い、「台湾海峡危機」を強調することは、「内政干渉だと、中国側には映るだろう。」 上記国連決議にもかかわらず、近年、米国の国防長官はくり返し台湾海峡危機に言及した。それはなぜだろうか。おそらく、具体的なメリットがあるのだろう。 その一つは、台湾海峡危機を煽り中国が台湾を武力攻撃するような事態になれば、台湾において急速に発達している半導体産業がなんの損傷もなく平和的な形で中国によって利・活用される可能性はなくなる。第二に、台湾海峡を巡る危機感が高まれば高まるほど、米国における軍需産業は潤っていく。 他方でこのような危機を煽ることは、日本にとって(政権による大衆操作→岩盤支持層の確保以外には)なんらのメリットもない。現実の危機を引き寄せていくと同時に、本来大切にしなければいけない様々な分野(安心して生活できる社会環境の創造、教育や福祉の条件整備、災害や気候変動への対策、等々)をないがしろにして切り捨てる、そういう道に突き進んでいく危険性が大であろう。 〔なお中国の駐大阪総領事がXに投稿した内容は「緊張を緩和するどころか、感情的対立を増幅する」だけの100害あって一利なしの論外のものである。「自国にとって許せない発言」に対してどう対応するか、「相手を尊重しつつ言いたいことを言い合える」という当たり前の関係を破壊してはならないだろう〕にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.11.10
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気候変動の問題について、比較的熱心に特集番組を組んでいたNHKだが、最近はほとんど無批判にAI活用の有効性を番組配信している。 生成AIなどが、検索エンジンの数十倍のCO2を排出する問題については、どのように考えているのだろうか? 国際環境NGOのグリーンピースが H P(9月19日に配信した記事)でわかりやすく問題点と対策を指摘しているので、リンクを紹介したい。ぜひご一読を。 あなたの使うAIが、環境問題を悪化させているかもしれない理由 – 国際環境NGOグリーンピース https://www.greenpeace.org/japan/news/ai-and-environmental-impact/(以下要約:10.19付記)Q 急成長するAIの環境負荷とは?A1 電力消費 生成AIは大量のデータを高速に処理して学習や推論を行うため、高性能GPUなどを搭載したサーバーが用いられ、データセンターでは大量の電力が必要となる。グーグルとマイクロソフトのデータセンターは、2023年にそれぞれ約24テラワットアワー(TWh)の電力を消費した。これはアイスランド(約19TWh)やヨルダン(約20TWh)といった国々の年間電力消費量を上回る。 電力増加に伴い、AIデータセンターからのCO₂排出量は、2023年の約2,900万トンから、2030年には約1億6,600万トンにまで跳ね上がる見通し。A2 半導体の中心地、東アジアで環境負荷が激増 GPU(画像処理半導体)などのAIチップが、高度なAIモデルの学習と運用には欠かせず、このAIチップを生産する企業は、東アジアに集中。問題は、この地域での発電方式。火力発電の割合が、台湾では83.1%、日本では68.6%、韓国では58.5%を占めており、AIチップ製造の拡大は、そのまま温室効果ガス排出の増大につながる。 グリーンピース・東アジアの調査によると、2023年から2024年にかけて、AIチップ製造による電力消費は世界全体で218ギガワットアワー(GWh)から約984GWhへと、わずか1年で350%以上増えている。Q 急長するAIが地球環境に与える負担を、最小限に抑えるために必要なことは?A1 半導体企業の再エネ転換A2 自社発電・PPA・再エネ発電所への投資出典:Chipping Point – Tracking Electricity Consumption and Emissions from AI Chip ManufacturingA3 開発するテック大手の環境責任の明確化A4 再エネを条件とした発注や支援 AI開発企業は、サーバーや半導体の製造を外部に委託している。発注段階で「再生可能エネルギーによる製造」や「脱炭素基準の遵守」といった条件を提示すれば、受注企業の環境対策は大きく進展するだろう。出典:Report: Environmental Impacts of Artificial IntelligenceA 5政府・自治体による支援と規制の強化 AI関連産業が拡大する中、国や自治体には政策・制度面での後押しが求められる。 たとえば、再エネ設備への補助金や税制優遇、送電網整備の支援などは、再エネ導入の障壁を下げる有効な施策。出典:Chipping Point – Tracking Electricity Consumption and Emissions from AI Chip ManufacturingQ 私たちが選ぶ“未来のAI”とは? 環境との共存を考えるために AIが急速に進化し便利さが増す一方で、私たちはその環境負荷について考える必要がある。 例)環境に配慮したクラウドサービスや、データセンターに再エネを用いるサービスを選ぶこと。 さらに、企業の環境対応を評価する仕組みを支持したり、気候正義を掲げる団体と連帯したりすることも重要。 本当の意味での再エネ転換を進めるには、自社発電やPPA契約、再エネ発電所への直接投資といった、物理的な再エネ供給の仕組みが不可欠。出典:Report: Environmental Impacts of Artificial Intelligence〔引用や紹介は以上〕 さて、上記のようにNGOのグリーンピースは A I の生み出す環境負荷とその対策(構造的対策)の必要性について「呼びかけ」を行っているわけですが、個人でもすぐ取り組めることは、「便利な A I 」の使用を最小限にすることでしょう。私自身も(語句をネットで調べたとき、自動的に A I 検索になってしまう場合もありますが、それ以外の場合は)極力 A I を使わないようにしています。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.10.18
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ウクライナ戦争開始以降の主なblog(HP)記事(その4) 1970年代、公害・環境問題の深刻な実態が明るみに出る中で、哲学者竹内芳郎は「これまでの自然科学・社会科学は『部分合理性』だけを追求し『全体としての非合理性』に陥っていたのではないか」、ということを繰り返し主張した。例:工場である化学反応を進めていけば、化学肥料の原料ができる。化学反応式自体は合理的。しかし、その物質を製造していたチッソ水俣工場の排水が深刻な公害病を引き起こした。このように自然科学も「部分合理性」を追求しながら「全体非合理性」に陥っていく危険性をはらんでいる。 社会科学である経済学の領域でも同じ危険性がある。大まかに言って近代経済学は「数式を使って経済現象を解明する」ことをめざしてきた。深刻な社会的格差・貧困をもたらした「市場原理主義」なども「部分合理性」の最たるものだろう。 それまで市場外だった問題を経済理論の中心に据えた宇沢弘文の立場は、そのような市場原理主義の対極にある。宇沢弘文は水俣市で活動していた細川医師とともに水俣病患者と接する中で「公害問題を経済学の課題として真っ向から引き受けること」を決意する。そうする中で最初に書かれたのが『自動車の社会的費用』。この著書の中で彼が展開した理論については前記事で述べた。彼は、人命や環境に問題を生み出さないような「条件整備」に必要な社会的費用(それまで市場外に押し出されていた)を経済学の中心部分で扱った。そのためには当然、自然科学・社会科学の様々な分野の垣根を超えた考察が必要となる。部分合理性から全体合理性へ経済学を拡大する方向で踏み出していくわけだ。 さらに、この社会的費用の考え方は、利潤を追求する企業だけでなく消費者にも責任を負わせることになる。気候変動への対策として1990年のローマ会議で宇沢が「各国の一人当たりGDPに比例させた税率の二酸化炭素税」を提唱する論文を発表したのもそのような観点からだ。ちなみにこの論文は米国では不評だったが、欧州では高く評価され、1991年にはスウェーデンで二酸化炭素税が実現したという。 この問題は、消費税やガソリン税に関する私自身の考え方にも影響している。ガソリン税は廃止、消費税も減税か廃止というのが多数意見だと承知してはいるが、私は別の見解を持つ少数派である。当面は、スウェーデンなど北欧の制度も参考に消費税を再編成する(例えば、非正規社員を雇用すれば給与・報酬は「外注費」として処理されるため消費税を節税できるような現状を改正し、食品などの消費税を減税する)のがいいのではと考えている。しかしそれでだけではない。基本的に「二酸化炭素税」をしっかり打ち出す(ガソリン税や消費税を二酸化炭素税に組み替えていく)ことが大切だというのが私の考えだ。これは、立憲民主党などよりもっと少数派の考えだろう。しかし、実際二酸化炭素の大幅な削減に成功した国々(北欧の複数の国やドイツなど)は気候変動対策のため、生産だけでなく消費も含め、社会的費用を負担しあっていく制度(二酸化炭素税や再生可能エネルギーの固定価格買い取り制)を取り入れている。〈参考〉 2019年のスウェーデンにおけるガソリンの価格は平均15.75クローナ/リットル。(250円) 内訳を見てみると、約62%はガソリン税(消費税や炭素税、エネルギー税)で占められている。これは、気候変動対策や社会保障に使われている。 グローバルノート - 国際統計・国別統計専門サイトより確かに、「あまりに生活が苦しい、何とかしてくれ」という声に応えていくことは政治の大きな責任だろう。「格差や貧困を背景とする生活苦」に対して自己責任という名の「社会的無責任」に居直ってはならない。 しかしながら同時に、「五年間で二回も三回も床上浸水の災害に襲われるような環境」を次世代に残してはならないだろう。従来、気候変動の悪影響は発展途上国に集中しやすいといわれてきたが、急流河川ばかりの日本においても予測される被害はあまりに甚大である。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.09.29
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ウクライナ戦争開始以降の主なblog(HP)記事(その4) 「総合学習」が生まれた背景には、公害・環境問題をどう理解・克服していくかという問題意識があったことについて(3カ月前の記事で)述べた。教科横断的に(個別諸科学・学問の枠を越えて)考察・解明していくことが大切だ、という(「総合学習の」)問題提起は前回述べたように、経済学者宇沢弘文の問題意識とも共通する。従来の経済学は、主として「市場の内部」メカニズムを数理的に解明し制御することを中心とする「学問」(いわば部分合理性の追求)だったわけだ。が、公害問題と向き合う中で宇沢弘文は経済学の探究をそれまでの範囲から大きく拡大していく必要性を痛感し、社会的共通資本という概念を強く提唱することになる。 『自動車の社会的費用』(47版を重ねている)の中で、彼は「事故によって毎日のように多くの命が奪われる現実を引き起こさない社会環境」(道路の十分な広さだけでなく歩道や自転車道路の広さを十分にとり、しっかりと街路樹を植え、道路の中央には安全地帯を設けるなど)を整備するための費用(さしあたって東京都内)を算出し、そこから「自動車一台あたりの社会的費用(当時の貨幣価値で1200万円)」を導く。(※註)そして、この発想の延長上であらゆる公害・環境問題についても人命その他への被害をあらかじめ防ぐような環境整備が生産・消費の両場面で(経済学・社会的費用の対象として)課題となる。この発想をもとに、それまで「市場外」とされていた自然・社会環境にも経済学の射程を広げるのだ。 当然、問題を生み出さないような「自然・社会環境整備」に必要な条件を導くためにも自然科学・社会科学の様々な分野の垣根を超えた考察が必要となる。(※註)なお、上岡直美は『自動車の社会的費用・再考』の中で「自動車の走行距離を減らすことで社会的費用を減らし、代わりに公共交通を充実させながら地域を形成していくこと」を主張している。宇沢弘文が主張するところも(実際に1200万円負担すべきということでなく)そのような方向で理解すべきだろう。ここで、『資本主義と闘った男』(佐々木実著)に記載されている宇沢弘文の文章(および佐々木のコメント)をやや長いが紹介しておきたい。 〔宇沢の言葉〕高度経済成長の限界を眺めてみるとき、まず注目されるのは「環境」に関する制約条件が無視されてきたということである。個々の経済主体によって私有することを制度的に認められないか、あるいは現実問題、私有することが不可能に近いような資源を一般に「環境」(「自然的環境と社会環境の両方を含んだ意味」)と呼ぶことにしよう。大気、水、土壌などの自然的環境と交通、保健、教育などのサービスを生み出す社会的環境とであるが、経済学上の用語を用いれば社会共通資本である。環境は一般に各経済主体によって自由に使用され、私的な経済計算に入ってこない「自由財」として、各経済主体がなんら対価を支払ずに使用するものである。・・・ 水俣病を契機として、大きな社会的問題となってきた産業公害の現象は、自然的環境という社会的共通資本の破壊・汚染によって発生してきたものである。また、自動車公害等に代表される都市環境の悪化は、都市という社会的共通資本の使用に関するミスマネージメントとその蓄積の不足によって起きたものと考えられる。これまでの高度経済成長政策は、このような社会的な観点からする環境の希少性を充分に考慮に入れず、単に私的な資源の希少性を市場価格によって反映させようとしてきたのである。 (以上、宇沢の文章)〔佐々木のコメント〕宇沢の狙いは「シャドウプライス(陰の価格)」で社会的共通資本の価値を明らかにすることである。なぜなら、通常、社会的共通資本は市場で取引されず、財やサービスであっても価格が無いからだ。・・・『自動車の社会的費用』においては社会的費用をシャドウプ・ライスを駆使して市場価額に換算することによって、車の利用者が負担すべき費用を試算して見せた。社会的費用を内部化する意義について、宇沢が同書の結びで語っている。この基準を適用する時、どのような地域に住む人々も、どのような所得階層に属する人々も、社会的な合意を得て決定された市民の基本的権利を侵害されることはない。また、他人の基本的権利を侵害するような行動は社会的に許されないという原則が貫かれる。そして、すべての経済活動に対して、その社会的費用は内部化され、福祉、経済社会への転換が可能となり、私たち人間にとって住みやすい安定的な社会を実現することができる。 『自動車の社会的費用』で宇沢弘文が試みたのは、経済成長を追い求める政策からの転換を促すことだった。「福祉経済社会」を設計するための政策や制度づくりに、指針を与えることである。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.08.31
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前記事(「戦後80年談話について」)の続きになります。 自民党内の保守派を中心に「安倍総理の『70年談話』で片が付いているので(石破総理による80年談話は)不要」という主張があるが本当か? 今から10年前、「70年談話」にも(控えめに)触れながら「新しい歴史教科書をつくる会」の集会内容や、そこで私が発言した事柄について公開した記事の再掲です。〔以下、再掲〕 色々な評価がなされている安倍談話ですが、部分的には充分納得できる内容もあります。例えば以下の部分。 「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」 また、村山談話を引き継いでいく という点も当然評価されるべきでしょう。 しかしながら、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くの人々を勇気づけた」と自慢したり、現在すすめようとしている安保法案を念頭に「積極的平和主義」という言葉を使うなど、談話の全体的内容がちぐはぐな印象を与えるのです。〔「ダラダラした印象をぬぐえないちぐはぐな安倍談話」ですが、それとは対照的な「チャップリンの史上最高のスピーチ【独裁者】という動画」を知りました。ぜひご覧ください。〕 http://ameblo.jp/shchan3/entry-12075502188.html また、冒頭で引用した「私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません」については全く異存ないのですが、「向き合うべき歴史」の内実をどのように創っていくかが問題なのです。 私が先日、あるコラムに投稿した以下の文章、よろしければご一読ください。▼先日、県中部で行われた「新しい歴史教科書をつくる会 」が主催する会に参加した。会の目的は「子どもたちが日本に誇りを持てる教科書で学べるようにすること」だという。「これまでの教科書が日本を不当に悪く描いていたこと(自虐史観)を改めるべきだ」というのが、会の主張なのだ。▼そうすると、ナチスの暴虐に正面から向き合い子どもたちに歴史を伝えようとするドイツの教科書こそ「自虐史観」の典型だということになるのだろうか。証拠が不十分だ(ない!)と主張しながら南京大虐殺や軍慰安婦という性奴隷制度を否定しようとする「つくる会」とは対照的に、ドイツは自ら現地取材も含めて事実を確認することで、教科書と歴史教育をつくり上げてきた。▼「戦後五〇年」を機に、来日したワイツゼッガー元西ドイツ大統領は講演で述べている。「ドイツも日本も勇気をもって自らの過去と向き合い、それを伝えていくことが大切だ。そして、連合国も勝つためにとった手段が全て正当化されるものではないという事実に向き合う必要がある」と。子どもたちだけでなく我々にとって大切なことは、過去と向き合い「世界に通用する歴史観」を身につけることではないだろうか。▼「つくる会」をはじめ、安易な自己正当化に走り、諸国の顰蹙を買うような人々の言動は「愛国的」でもなんでもない。戦後、周辺諸国にも尊敬されたドイツの歴史教育にこそ学ぶべきだろう。教科書づくり・教科書採択を含め、教育の内実が鋭く問われている。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.08.13
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まず、「石破首相による戦後80年談話」をめぐり、二つの記事を紹介したいと思います。 「石破首相 戦後80年 平和構築のためのメッセージ出したい」 石破首相「適切に判断」戦後80年談話 要するに、1「首相としては閣議決定しない形であっても談話を発表したい」が、2「党内の保守派を中心に安倍総理の『70年談話』で片が付いているので不要」という主張があり、内容等について石破首相としては「適切に判断する」とのことです。しかし、「70年談話で片が付いている」というのは本当でしょうか。不十分な点が大いにあったと考えています。しかも、2025年の参院選で「自虐史観をやめさせる」といった方針を掲げた参政党が躍進したことを考えると、2015年当時からあった同様の主張について検証することも必要でしょう。 今から10年と半月前、「70年談話」にも(控えめに)触れながら、「新しい歴史教科書をつくる会」の集会内容や、そこで私が発言した事柄について公開した記事がありますので、以下(二回にわたって)再掲いたします。〔再掲1〕 「戦後70年談話」で安倍首相は「歴史に真正面から向き合うこと」を強調しましたが、果たして言行を一致させることができるでしょうか。安保法案を何が何でも成立させようとすることや、歴史にまともに向き合っているように思えない育鵬社の教科書を推奨したり・・・。「談話」の内容にも結構突っ込みどころがあります。 (→末尾の注) ところで私は一か月以上前になりますが、「新しい歴史教科書をつくる会 」が主催する講演会「演題:日本を取り戻す教育」(講師:高橋史朗)に参加しました。 めったに聞く話ではないので、その内容を要約しておきます。〔( )内は、私の心のつぶやきの一部です。〕 自分は、渡米してGHQの文書を読み込み、研究してきた。そこからわかったことは戦後GHQが、徹底的に日本人を洗脳し「義眼」をはめこんだことだ。例えば、靖国神社はA級戦犯が合祀されているから問題だといわれるが、そもそも「戦争を起こした罪」によって〔指導者を〕戦犯として裁くということは、当時の国際法からしても成立しない。 『菊と刀』・・・ルース・ベネディクトのという戦略的論文がある。 日本人には「内なる道徳律」がなく、世間の目(恥)が実質的な善悪の基準だという。 日本の軍国主義(集団同調主義)は本質的なものとして日本人に染みついているという趣旨の記述もあり。日本に来たこともないルースがなぜ日本人の本質について語れるのか? おかしいではないか!(中国・現地での聴き取り・取材・資料のまともな検討もしていない「特定の日本人」が、なぜ「南京事件」の虐殺は虚偽だなどと断言できるのでしょうねぇ:私) 朝日新聞をはじめとする戦後のジャーナリズムを見ると、日本人がいかに「義眼」をはめられ「自虐史観」の染まっていったかがよくわかる。従軍慰安婦は嘘であったにもかかわらず、韓国が問題として激化させている GHQによって日本人は罪の意識を埋め込まれた。 「原爆投下は戦争犯罪である」といった主張は言論界でも抑圧された。 朝日新聞などは早い段階で「義眼」をはめこまれ、自己検閲をしてしまっている。(そのような教育によって洗脳されたのは「ベトナム戦争」「イラク戦争」などに際しても一切米国を批判できない歴代首相では? 日米安保条約に基づいた「地位協定」という国際的にみても不平等な実態に関して歴代総理大臣が一言も発しないのは、ある意味「洗脳」状態にあるのでは? 「日本を取り戻す」というなら最低限見直し発言ぐらいすれば?:私 ) 「反日」の日本人が多い背景にはGHQによる洗脳がある。自虐的な教科書が横行している現実を変革していかなければならない。 日本人は東京裁判を正当化する「太平洋戦争史」に毒されてきた。日本人の弱点はこのような実態への批判的精神に乏しいことだ。「太平洋戦争史」に教師たちは反論していない。武士道の精神が残虐行為につながったなど、誤解が横行しているにも関わらず。 講演の要約は以上〔講演会後、我慢できずに私が発言した内容〕 中学に通っている子どもがいるが、私は自由社や育鵬社の教科書で学ばせたいとは思わない。子どもには「世界に通用する論理」を身につけてほしいからだ。「偏狭で自己中心的な観点から」自国の立場を強調する歴史を学ぶことは本当の誇り・「愛国心」とは無縁だと思う。 まず、「世界に通用する論理」について例を挙げたい1、「戦後50年」を機に来日したワイツゼッガー元西ドイツ大統領の演説 彼は、ドイツも日本も勇気をもって自らの歴史と向き合うべきことを強調すると同時に、連合国が勝つために行ったことの全てが正当化されるわけでは決してないことを主張した。 東京大空襲等の無差別爆撃や原爆投下などを想定。2、「東京裁判」におけるパール判事(しばしば右派に都合よく利用される)の論理 日本軍国主義は欧米帝国主義の悪しき模倣であり、いずれも道義的には許されないことであると厳しく主張すると同時に、当時の国際法には「戦争を起こした罪」を裁く観点は明記されておらず、「事後法」によってA級戦犯を有罪とすることはできないと主張した。 いずれも世界に通用する論理だと思う。偏狭な自己正当化を主張する歴史観が世界に通用するとは思えない。 続いて、自国の行為・歴史の見方について、日本とは別の事例を挙げたい。 私は過去に参加した原水爆禁止世界大会で、ある米国人のスピーチに感銘を受けた。彼女は、米国によって行われた「原爆投下」、「大空襲」を厳しく批判する(当時の米国人は日本人のことを「黄色い蛆虫」と呼んでいた!)と同時に、第二次大戦後、米国がベトナムやイラクで行ったことについて激しく非難していた。米国で彼女は「愛国心の足りない者」、「自虐的で不当に米国を貶めるもの」と非難されるかもしれない。しかし、このように真正面から自国の犯した犯罪行為に向き合う姿勢こそ、尊敬に足るものではないか。(自由社や育鵬社の教科書はどうだろうか?) 最後に、「軍慰安婦」の問題について発言したい。仮に軍による直接的な韓国人女性の強制連行の証拠が見つからないとしよう。しかし、慰安婦制度には根本的な問題がある。そもそも韓国併合条約には「(日本による)韓国人の保護義務」が明記されている。 慰安婦の多くが「業者等に騙されて連れてこられた」ことはよく知られた事実であるが、「騙されて連れてこられた人たち」は当然(警察・軍隊によって)保護され解放されるべきである。しかし、現実には一人の逃亡も許さない形で慰安所の中に拘束された。これは、明らかに「韓国人の保護義務」に反することを国家(軍隊)が行ったのではないか。(「性奴隷制度」という批判に反論できないのではないか?) 私の、質問・意見は以上でした。 講師の反応は省略します(一部「70年談話」と重なるような発言もありました)が、「そのような考えもあるんだ」という空気が会場に流れ、最後に主催者が、「先ほどのような質問・意見は私には出せない観点でした」とあいさつするなど、話はしてみるものだという「手応え」を得ることはできました。 (注)例えば談話の途中に出てくる「・・・危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」などは日本の自慢話ですが、この時代についてインドのネルーは以下のように証言しています。安倍談話がしっかり「歴史に向き合うもの」といえるのかどうか、ということですね。ネルー著『父が子に語る世界歴史3』大山 聡訳 みすず書房(1975 10刷) 日本のロシアにたいする勝利がどれほどアジアの諸国民をよろこばせ、こおどりさせたかということをわれわれは見た。ところが、その直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけ加えたというにすぎなかった。その苦い結果を、まず最初になめたのは、朝鮮であった。日本の勃興は、朝鮮の没落を意味した。日本は開国の当初から、すでに朝鮮と、満洲の一部を、自己の勢力範囲として目をつけていた。もちろん、日本はくりかえして中国の領土保全と、朝鮮の独立の尊重を宣言した。帝国主義国というものは、相手のものをはぎとりながら、平気で善意の保証をしたり、人殺しをしながら生命の神を聖公言したりする、下卑たやりくちの常習者なのだ。〔引用以上〕 なお、日露戦争以前に行われた日清戦争(まさに大日本帝国が東アジアの植民地化に乗り出した最初の本格的戦争)に関する私自身の授業実践はこちらです。)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.07.31
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「政治屋は次の選挙を考える、政治家は次の世代を考える」、という言葉を聞いたことがある。社会保障、年金、教育、少子化対策、気候変動など、次の世代も安心して生活できる条件づくりにおいて重要なテーマは様々あるが、私自身が早い時期から関心を持ち続けているのは「気候変動問題」である。 志葉玲が各党に対する複数の団体のレビューをもとに、政策への(志葉自身の)評価をまとめているのでご一読いただきたい。 これほど深刻な状況・現実が進んでいるにも関わらず、あまり選挙の争点になっていないのが気がかりである。きわめて重要な判断材料の一つと考えるべきではないか。志葉玲の評価について、私自身ごく当然の内容として受けとめたが、記事に対するコメント欄には「志葉の文章を最後まで読まずに書き込んだ(と思われる)もの」や、「いまだに10年以上前に発刊された『温暖化懐疑論』に影響された(と思われる)コメント」が数多く並んでいるのは残念である。2020年代に入って(気象や気候に関する)AIによる厳密なシミュレーションが行われるようになる中、少なくとも気象学を専門とする個人で「人為的地球温暖化説」を否定する者は存在しないと考えている。だが、現在においてもネット上から「懐疑論」の言説は消えていない。思うに私自身がHPでの情報発信(問題提起)を開始したのは2007年の後半。当時、気候変動(気候危機)に関する何冊かの書籍を読んだが、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』をはじめ、「温暖化懐疑論」とされるものが気になった。(気候変動対策を遅らせる「有害な影響」をもたらす恐れがある、と。)拙ブログのカテゴリーには同書だけでなく『不都合な真実』に関わる連載や、暴走する地球温暖化論、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』などに関する批判的論考をまとめている。「懐疑論本」には一読して私自身の基礎知識(中学・高校の理科教員免許状取得)でも明らかにわかるような間違いが多かったが、自分自身の認識を検証するためにも複数の書籍を読んで私なりに確認・再検証をしてきたつもりである。志葉玲の評価と合わせて、ご参照いただければ幸いである。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.07.19
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前記事(「参政党にからむ雨宮処凛(週刊金曜日)の文章から」)に関連する新たな情報を次々に付記したため、長く読みにくくなった。そこで、「付記の一部」(選挙運動に関する『報道特集』の発信とその後)を独立させ、切り離して公開することとした。同番組における選挙運動に関する報道は以下のリンクにまとめられている。「選挙運動の名のもとに露骨なヘイトスピーチが」参議院選挙 急浮上の争点"外国人政策"に高まる不安の声【報道特集】 | TBS NEWS DIG (1ページ) 放送後、上記番組(「報道特集」)に対して参政党は「激しく抗議」したようだ。中には「抗議が行われたことだけ」を報じたスポーツ新聞もあるが、大切なことは報道内容と「抗議」の妥当性をどう考え評価するか、ということであろう。 私自身は、報道内容の妥当性も公益性も高く、「抗議」にはおよそ説得力がないと判断しているが、この問題に関する元テレビ朝日法務部長の山脇弁護士の見解を紹介したい。ぜひ全文ご一読していただければと思う。 参政党による『報道特集』厳重抗議の是非、弁護士が指摘した「そもそも抜け落ちた点」とは 「参政党による抗議の問題点」を一言で言えば「放送内容のどの部分を不正確で誤導と考えているのか、具体的な事実の指摘が一切ない」ということ。山脇弁護士によれば例えば以下の通りである。 『報道特集』は神谷代表の「いい仕事に就けなかった外国人の方は、資格を取って来てもどこか逃げちゃうわけですね。そういう方が集団を作って万引きとかをやって、大きな犯罪が生まれています」「『お金がないから』って来て、『生活保護をすぐください』とかそんなもん、ない。お金がないなら帰ってって話ですよ」という発言を紹介。その上で、在留外国人数は増加しているが外国人犯罪の件数は減少傾向にあり、生活保護を受ける世帯に占める割合もわずかだという「事実」を示した。 また、参政党のある候補者が博士課程の学生を支援する「次世代研究者挑戦的研究プログラム」について「外国人の留学生には1人1000万円、お金がもらえる。日本の学生さんどうなのかと」と発言したことを紹介。この制度は日本人も外国人も関係なく審査を通った優秀な学生に適用され、「外国人の留学生にはお金がもらえる」という制度ではない「事実」を示した。 このように『報道特集』の放送は、参政党が主張の土台とする「事実」の認識に誤りがあるのではないかと指摘している。これに対して、参政党が抗議するなら「報道特集の放送のうち、この点とこの点は誤報だ」と具体的な「事実」について指摘することが必要なはず。 以上の引用部分、まったくそのとおりで、説得力がないのは参政党(抗議をし、さらにはBPOにも訴えたという参政党)の主張のほうだと考える。 なお、山脇弁護士は2016年の「選挙をめぐるテレビ放送についてのBPOの見解」がすでに出ており、このたびの「訴え」に対しても全く同様の判断がなされそうだという。 山脇弁護士によれば、その時のBPOの見解は以下のとおりだという。 「政党や立候補者の主張にその基礎となる事実についての誤りが無いかどうかをチェックすることは、マスメディアの基本的な任務である」「候補者や政党にとって不都合な争点が意図的にあいまいにされないよう目を光らせることも重要である」として当たり障りのない選挙報道を痛烈に批判。選挙期間中も報道は原則自由とした上で、こう明言した。 「その結果、ある候補者や政党にとって有利または不利な影響が生じうることは、それ自体当然であり、政治的公平を害することにはならない」 これを踏まえて、山脇弁護士は次のように述べる。 報道機関として問題と考える点を事実に基づいて指摘し、その結果ある政党に不利になっても、何も問題ない。「政治的公平」とは問題点があれば相手が誰であってもきちんと指摘するという「報道のスタンス」の公平であって、「ある政党を批判するときは、擁護の声もあわせて紹介してフォローする」という「放送結果の平等」ではないのだ。 参政党は『報道特集』の取材対象の人選も批判したが、同番組が取材したのは外国人留学生やヘイトスピーチを受けた男性など外国人政策の当事者や関係者。こうした人の事実に関する証言を報じることは「問題提起」であって「偏向」ではないだろう。そして「問題提起」に対して政党がとるべき姿勢は、「抗議」ではなく「説明」のはずだ。 以上、山脇弁護士の文章を一部紹介したが、全く当然と受け止めている。(以下のリンクも、よろしければ)「表現の自由とはデマを拡散する自由ではない」参院選の外国人差別・デマに日本ペンクラブが緊急声明【全文】 | ハフポスト NEWS選挙の争点 基礎から学ぶ「参政党ってなんだ?」【半田滋の眼 NO.129】20250715 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.07.16
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週刊金曜日(7月4日号)の冒頭、雨宮処凛が都議選以前に参政党の「躍進」を予感していたとして、以下のように結論を述べていた。「この結果(三つの市議選で参政党がトップ当選、その翌週の都議選で躍進)を受けての最も良くない反応は、「参政党を支持するなんて愚の骨頂」というような上から目線だと思う。今回、票を投じた人たちがどんな不安を抱えているのかまずそのことに耳を傾けたい」と。もっとも実際には、直接あるいはSNSをとおしてそのような「不安」に耳を傾けるということは、難しいかもしれない。だが、そのような不安を想像してみることなしに、「参政党を支持するなんて愚の骨頂」といった上から目線の言葉を発しても「不安がある」という人々には届かないだろう。例えば、「埼玉・川口市がクルド人めぐり国に異例の訴え」をしたというルポの最後のところで「国連機関などで移民・難民政策などの実務に長年携わってきた一橋大学の橋本直子准教授」のコメントが以下のように紹介されている。(クルド人をめぐり、川口市住民の間で不安の声も上がっている現状を踏まえ)橋本さんは、住民側の「データと事実に基づく現実認識」と、クルド人側の「日本語・文化の習得」の重要性を指摘する。「川口市の広報によれば、犯罪の認知件数は10年ほど前と比べて半数ほどになっています。問題は『体感治安』です。日本語で意思疎通ができない人が夜中に集まっていたら、恐怖を感じる人も多いと思います。クルド人側も日本で中長期的に暮らしたいと思うのであれば、日本語をしっかり習得し、日本のルールや文化に合わせる必要があります。コミュニケーションができるようになれば、住民側の『体感治安』も改善していくのではないでしょうか。さらに国としても日本語教育制度をもっと充実させて、しっかりと日本のルールや文化を習得して頂けるよう『共生政策・社会統合政策』を十分な予算をつけて徹底する必要があると思います」 大切なのは、末尾の『共生政策・社会統合政策』を進めていく必要性だと思われるが、橋本直子准教授が(同時に)住民の『体感治安』や『不安』という地域社会の現実にも目を向けている点は見逃せない。 だからこそ、というべきだろうが、同准教授は上記のように「住民側のデータと事実に基づく現実認識」の大切さも強調している。この点についても強く賛同したい。「不安やストレスと感じる時こそ誤った情報やデマに振り回されやすい」というのは歴史から学ぶべき教訓だからだ。 再度、関東大震災や東日本大震災などの際、在日外国人にかかわる「明らかなデマ」を多くの人々が信じた事実を紹介するとともに、以下のリンクを参照いただくことをお勧めしたい。 「選挙運動の名のもとに露骨なヘイトスピーチが」参議院選挙 急浮上の争点“外国人政策”に高まる不安の声【報道特集】 | TBS NEWS DIG (1ページ) (7.13付記) 「生活保護受給世帯の3分の1は外国人」は誤り(毎日新聞) https://www.facebook.com/reel/1655083058774875/?s=single_unit 市民社会が警鐘「デマが民主主義を壊す」――参院選と排外主義 - Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)※なお、上記番組(「報道特集」)に対して参政党は「激しく抗議」したようだが、それに関する元テレビ朝日法務部長の山脇弁護士の見解もぜひご一読を。 15日付記 一言で言えば「放送内容のどの部分を不正確で誤導と考えているのか、具体的な事実の指摘」が一切ないということ。説得力がないのはどちら? なお、2016年の選挙をめぐるテレビ放送についてのBPOの見解(+山脇弁護士の見解)は以下のとおり BPOは「政党や立候補者の主張にその基礎となる事実についての誤りが無いかどうかをチェックすることは、マスメディアの基本的な任務である」「候補者や政党にとって不都合な争点が意図的にあいまいにされないよう目を光らせることも重要である」として当たり障りのない選挙報道を痛烈に批判。選挙期間中も報道は原則自由とした上で、こう明言した。「その結果、ある候補者や政党にとって有利または不利な影響が生じうることは、それ自体当然であり、政治的公平を害することにはならない」 報道機関として問題と考える点を事実に基づいて指摘し、その結果ある政党に不利になっても、何も問題ない。「政治的公平」とは問題点があれば相手が誰であってもきちんと指摘するという「報道のスタンス」の公平であって、「ある政党を批判するときは、擁護の声もあわせて紹介してフォローする」という「放送結果の平等」ではないのだ。 参政党は『報道特集』の取材対象の人選も批判したが、同番組が取材したのは外国人留学生やヘイトスピーチを受けた男性など外国人政策の当事者や関係者。こうした人の事実に関する証言を報じることは「問題提起」であって「偏向」ではないだろう。そして「問題提起」に対して政党がとるべき姿勢は、「抗議」ではなく「説明」のはずだ。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.07.12
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7月6日に放送されたサンデーモーニングでのサヘル・ローズ(イラン出身のタレント)発言が炎上しているようだ。参院選に関連した彼女の発言内容は以下のとおりである。 「悲しいな、と思うのは、今、それぞれの党が戦ってはいるとは思うんですけども、そこの議題の中に外国籍の方への発言だったりとか、移民問題というのもあると思うんですけど」「でもそれって、私たち外国人は選挙権を持ってないので、そのことに対して(1票を)投じたかったりとか…。決して外国の人がすごく優遇されているわけでも、日本の方だって今、優遇されているわけではない中で、自分たちに選挙権がない、発言できる権利がない人たちを、そこで(話題に)あげて、攻撃するのは違うんじゃないかな、というのは、すごく心苦しく、今見ています」と私見を語った。 なぜこれが攻撃の対象になるのだろうか。私は以下のように受け止めたのだが。 「在日外国人は税金を払っていても選挙権を持たない。ということは、生活する上でさまざまな不都合を感じたとしても、制度上の改善を求めていく手段として選挙権を使うことはできないということだ。当然、政治家にも声は届きにくい。票につながる要求・声に対して優先的に取り組むと考えられるからだ。そのような意味において、在日外国人は『社会的弱者』とみるべきなのに、それを排外主義的に攻撃し、あるいはそれに同調する空気が広がっているのは悲しい。」当然「多数派」として受け止め、考えていく機会にしたいものだと考えた。 ところが、サヘルの上記発言に対して「選挙権をよこせということか」と言った非難の声があがったようだ。「主権」にかかわるので認めるべきでないという主張は確かにあるだろうが、「税金を払っている住民である以上せめて地方参政権は保障すべき」という主張も当然あっていい。一定の条件のもと、現実に認めている国はいくつもある。例えば・フランス: EU市民は地方選挙に投票可能。・シンガポール: 特定の永住者が地域委員会への立候補資格を持つ。・ニュージーランド: 永住者が地方議会選挙に立候補できる。 「参政権の問題についてどうするのが(どうしておくのが)よりよいのか」考えたり議論することが大切なのであって、仮に「地方参政権付与」を主張したとしても、それを攻撃して「炎上」させるべきだろうか。ところで、ネット上などにおいて拡散しているのは「様々な制度において外国人だけが優遇されているので、それを廃止して『日本人ファースト』でいくべきだ」といった主張のようだ。しかし、これには注意が必要だ。関東大震災や東日本大震災などの際、在日外国人にかかわる「明らかなデマ」を多くの人々が信じた事実があるからだ。幸い、この度の選挙に向けて「オールドメディア」といわれるマスコミも、SNS情報などに対するfactcheckを積極的に行う方針のようだ。兵庫県知事選挙においてそのような役割を果たせなかった反省によるものだろう。「外国人優遇」「こども家庭庁解体」広がる情報を検証すると上記「まとめ」では丁寧に事実が検証してあって、説得力を感じる。「外国人だけが優遇されている」「それは日本の国益を損なう」という主張に充分な根拠はなさそうである。遠くて近い国(米国)におけるトランプ大統領の「ハーバード大学からの留学生排除」政策についても、むしろ米国内の大学の研究力を低下させることは明らかではないだろうか。 ハーバード大学から留学生追放 アメリカの研究力が一気に下がるしかしながら、サヘルの発言が「炎上」する背景には単なる排外主義やデマだけでなく、在日外国人の多い地域における住民の「治安悪化に対する不安」があるようで、そのことは無視することはできないだろう。この問題についても「埼玉・川口市がクルド人めぐり国に異例の訴え」という取材とまとめが示唆に富んでいる。川口市には多くのクルド人が居住しており、市長としては住民の不安にも現実の問題にも向き合っていかなければならない。ここで市長が訴えているのは、クルド人への非難でもなく、また一部の排外主義的傾向への非難でもない。「制度改善と運用の改善」に関する国への強力な要求である。感情論に走るのではなく、「どのような制度に不備がありどのような改善が必要なのか」、それをしっかり考え実行する事こそ大切なのではないか。サヘルの発言についても、広い視野で共に考える機会にしていきたいものである。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.07.07
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前記事において、「イスラエルによるイランへの攻撃を非難した(G7の会でも一応そのような発言をした)石破政権」について多少なりとも評価する趣旨の文章をあげたが、すでに「共同声明」の時点で腰砕け、それ以降の見解もイスラエル大使に評価される始末である。 イラン攻撃支持のG7を評価=「日本は正しい側にいる」ーイスラエル大使 ウラン濃縮工場や原子力発電などが存在し、「核兵器製造の潜在的可能性(能力)」があるだけで攻撃対象になるのであれば、日本の核施設などもそれに当てはまる。例えば、日本海側の長い海岸線にズラリと並ぶ原発に対して、米国中心の軍事同盟に加盟していない「日本周辺の核保有国」がミサイルやドローンで攻撃することも容認されるのだろうか? 「イランにおいて核兵器開発の意図のもと作業が進行しているかどうか」についてはIAEA(国際原子力機関)がチェックしているはずであり、何らかの問題があったとしても「核拡散防止条約」に基づいて具体的に対応していくべきだろう。そもそもこの条約自体、核保有国に圧倒的に有利な内容となっているが、それさえも無視して「核施設」を核保有国であるイスラエルや米国が!一方的に攻撃するなど、論外である。 このような「問題点を指摘する」という当たり前のことができないとなれば、日本政府・G7・NATO諸国の発言する「道義・正義」など、全く信用することはできない。そもそもジュネーブ条約(下記)の合意・締結を推進し、それが遵守されるべきことを主張してきたのは誰なのか。(また、ウクライナ戦争がはじまったころ、開戦の一カ月以内に始まった「トルコを仲介国とする停戦」をNATOに属する複数の国 が望まなかった〔トルコ外相の発言〕というその国は明らかに米・英。「ロシアを悪魔化」することで、停戦を妨害し長期戦をあおった)。このようにみると、アフリカなど非同盟諸国の人々でなくても、米英を中心とするG7やNATOや日本政府の「ダブルスタンダード」は信用できないだろう。 ジュネーヴ諸条約・追加議定書(1977年)「第五十六条 危険な力を内蔵する工作物及び施設の保護1 危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。 これらの工作物又は施設の場所又は近傍に位置する他の軍事目標は、当該他の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物又は施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象としてはならない。」にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.06.28
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欧州で極右民族主義者が台頭しているという。大まかに言えば排外的な自民族中心主義がその特徴で、この点で明らかにかつてのファシズムとの共通点もある。 例えばイタリアではジョルジャ・メローニ首相が率いる右派政党が政権を握っている。(ただし政権掌握後、対EU政策などそれなりに現実的な対応をしているようだ・・・) 他方、中東でもイスラエルのネタニヤフ政権を支えているのは右派政党で、一時的に成立したガザでの停戦をつぶしたのも政権内の右派、民族主義者である。 数ある極右民族主義的な政権の中で、現在、非人道的で最悪ともいえる行為を行っているのは何といってもイスラエルだろう。ガザ地区におけるジェノサイドは断じて許せないが、それだけではない。武力闘争路線をとらないファタハが統治するヨルダン川西岸においても、次々に入植を行い暴力的に住む場所を追われたパレスチナ人は数知れず。明らかに民族浄化を進めている。 このたびのイラクの原子炉やガス田などさまざまな施設に対する先制攻撃についても、どうしてこのような無法がまかり通るのか、憤りを禁じえない。 それにしても、G7の声明にはあきれた。イランの「原子力開発」・「核開発」に対してイスラエルは防衛する権利があるのだという。事実上、国際法違反・侵略的な攻撃の容認ではないか。(唯一、核施設に対するこのたびの攻撃は許されない、と発言したのは日本の石破総理だけだったという。6.18クローズアップ現代より) 「イランの原発爆発ならチェルノブイリ級の災難」…専門家らが懸念(20日付記) トランプ前政権下で「イランとの核合意」から米国が一方的に離脱したことが大きな問題だったが、G7の指導者の多くは、トランプやイスラエルへの非難よりも「イランが核濃縮するのは許されない」ということらしい。しかしながら、イスラエルがすでに核兵器を保有しているということは、公然の事実である。それに対してなぜG7は言及することなく、イランの核濃縮だけを問題にするのか。核兵器を持つことが危険だという意味では、現在無法をほしいままにしているイスラエルこそ最も危険ではないか。多極化した世界において、G7の道義的立場に不信感が生まれているのも全く当然の結果であろう。〔また、IAEA’国際原子力機関トップによれば「イランが核兵器開発を進めているという何らの証拠もなかったのだという。20日追記〕 翻って、日本ではどうだろうか。世論調査において参政党が議席を伸ばす、という予想が出てきている。参政党というのは、どのような政党なのか。ここでは同党による憲法改正案の特徴を見てみよう。(参政党改正憲法案前文と全文) 前文などは戦前戦中の皇国史観そのものだ。極右民族主義者の台頭している欧州や中東の現実も、「対岸の火事」として眺めているわけにはいかない。〔憲法案で指摘されている問題点を以下に列挙〕1. 立憲主義・人権保障の弱体化個人の尊重・幸福追求権(現行憲法13条)の削除現行憲法の根幹である「個人の尊重」「幸福追求権」の規定が削除され、「国家あっての個人」という価値観が強調されている。法の下の平等(現行憲法14条)や思想・良心の自由(同19条)などの削除主要な人権規定が抜け落ちており、立憲主義国家としての基本が欠如しているとの指摘がある。適正手続・刑事手続の保障の削除現行憲法31条以下の「適正手続の保障」も削除されており、国家権力の濫用を防ぐ歯止めが弱まる。2. 天皇規定の問題「元首」「神聖な存在」としての天皇明記天 皇を「元首」「神聖な存在」と規定し、現行憲法の「象徴」から大きく転換。三種の神器による皇位継承の明記歴史的・実務的な混乱を招く恐れがある。3. 国家・国民規定の問題「日本を大切にする心」など主観的要件の導入「日本を大切にする心」を国民要件とすることで、思想・良心の自由との抵触や恣意的な国籍剥奪の危険性。血統主義の強調父または母が日本人であることを重視し、多様性や国際的基準から逸脱。4. 家族・教育規定の問題家族観の押し付け「家族は社会の基礎」と規定し、家族を持たない個人や多様な家族形態への配慮が欠如。特定の教育内容の強制古典素読や歴史・神話、伝統行事などの学習を義務付けており、思想・教育の自由を侵害する恐れがある。5. 公共の利益・公益優先の問題「公共の利益」優先で個人の権利が後退「公共の利益」が「個人の尊重」よりも優先される設計となっており、個人の権利が国家や社会に従属する危険性がある。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.06.18
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前回記事(ローマ教皇とキリスト教)の末尾で、ヨハネパウロ2世に対して、経済学者宇沢弘文が「教皇の回勅」のなかへ社会的共通資本の理念をしっかりと盛り込むよう進言・協力したことに触れた。この「社会的共通資本」という概念を宇沢が経済学の領域にしっかり組み込むべきことを主張した背景には、すでに深刻な被害をもたらしていた「公害問題」に対する問題意識があった。このいきさつを丁寧にみていくと、まさに教育という領域の中に「総合学習」の理念が組み込まれていった問題意識との共通点が見えてくる。 さて、現在「指導要領」にも明記されている「総合的探究の時間」の目的は何だろうか。それ以前の「総合的な学習の時間」との違いは何か。学習指導要領の記述を比較すると、総合的な学習の時間は、「自分の生き方について考えながら課題を解決していく能力の育成」を目的とするのに対し、総合的な探究の時間の目的は「自分の生き方・在り方を考えながら課題を発見・解決していく能力を養うこと」だという。後者は前者の発展形態とみえるが、教科横断的に「さまざまな分野を総合」して問題を理解・解決していく力の育成という点で、根本的な違いはないと考えられる。さらに、指導要領では各教科・科目の学習も教科横断的で創造的な学びにつなげていくべきとされる。(註) さて、現場における教職員研修において「総合的な探究」の目的は、「グローバル人材の育成」と結びつけて語られることが多い。だが、そもそも「探究」の源流である「総合的な学習の時間」においてもそうなのだろうか。 実は、このような発想が生まれてきた背景には経済・社会の「グローバル化」ではなく(高度経済成長期から深刻化した)「日本の公害問題と住民運動」があったのだ。1970年代から、そのような問題に向き合う学習の必要性を文部省(当時)に先立って主張したのは日本教職員組合だった。教科横断的な学習の必要性(さまざまな分野を越えて、総合的に学び「公害」などの問題に向き合う必要性)を日教組が「総合学習」として(「総合的な学習の時間」に先立ち)提唱していたことはもっと知られてもいいだろう。 つまり、もともとは日教組の全国教研(公害・環境問題分科会)で提起された自然との共存をめざす教育が、「総合的な学び」提唱の始まりだった。このことは、教育学者の中内敏夫が著書の中で明確に指摘している。以下、中内敏夫著作集『教育をひらく』を要約した拙HPから転載しておく。 第4章 目標づくりの組織論 の 四 「開発・住民運動・教育課程」問題の、国家による総括と住民による総括教職員組合の学習 人的能力開発計画(1960年代から歴代政権が実行に移した「長期総合教育計画」、以下補足:農業中心の後進県から工業中心の先進県へ脱皮するために児童・生徒の個性的発達を犠牲にした1960年代の人材育成計画)の破産そのあらわれ・・・資源の枯渇、環境破壊、こどもの登校拒否・いじめのひろがり等々 Q 「人権と生活防衛の運動」(各種の住民運動)を立論の前提にした新しい動きとは?A 日本教職員組合が委嘱した教育制度検討委員会の報告書『現代日本の教育改革』(1983)自然との共存をめざす教育を 人間と自然との新しい共存共栄・・・をめざして自然を理解し、・・・自然を愛し、・・・次の世代に豊かな自然を伝えていくことがいま切実に・・・国家の学習「公害学習」を実践していた教師は「総合学習」を提唱(日教組全国教研の報告集)「公害学習が、自然科学認識と社会科学のそれとの統一の上になりたつことは、分科会設営当初から自明のことであった。・・・公害学習のもつ総合的性格・・・」「総合学習はそれぞれの教科で習得した分析的学力を総合し、これを応用して実生活上の課題や問題にとりくみ、またこのとりくみによって教科による基礎的な学習を一層必要と感じ取れるようになるものとして、一応他の教科とは独立の領域として設定する」(日教組が委嘱した教育制度検討委員会の第三次報告書) これをうけ、文部省も「新しい総合科目」を設ける意向を表明(教育課程審議会 中間報告 1975年) 「公害学習」実践の国家による学習の結果・・・ 教育課程審議会の答申を受け取り実施に持っていったのは文相永井道雄(哲学・社会教育学の教師、ジャーナリストを経た学者文相で審議会の民主的な議論にも影響を与えた)「環境教育は、人間にとって身近な問題から、人類の資源や食糧など大きな問題をふくむものであり、これまでの教育の根幹に迫る問をなげかけている」と書いた。 学校知を超えるもの 「答申」を受けて指導要領改定→『現代社会』と『理科Ⅰ』が誕生 現代社会冒頭「現代と人間」の学習内容(237頁)の二つは「公害学習」運動が取り組んできた問題。国連の人間環境会議(72年)の各国政府への要請の一つが「環境教育」。 新学習指導要領が「住民運動と教育課程」に学ぶ→既成の知と体系では解ききれず、既成の教科と学校知の枠組みに入りきらない新しい知の体系・総合科目を求める・1930年代の生活綴方運動・・・「生活学」と新しい「知」の体系を提案・60~70年代の「公害教育」運動・・・新しい知の体系とそれもりこめる新教科を要求→ 学校体系全体にわたる目標内容論、学力モデル、指導過程の再編成が要請される〔転載は以上〕 以上、「総合学習」が生まれた背景には、公害・環境問題をどう理解・克服していくかという問題意識があったことについて述べてきた。解決のためには教科横断的に(個別諸科学・学問の枠を越えて)考察・解明していくことが大切だ、という問題提起だったわけだが、これは経済学者宇沢弘文の問題意識とも共通する。従来の経済学は、主として「市場の内部」メカニズムを(個別の製品の需給ではなく全体として)数理的に解明し制御することを中心とする「学問」だったわけだ。が、公害問題と向き合う中で宇沢弘文は経済学の探究を従来の範囲から大きく拡大していく必要性を痛感し、社会的共通資本(回勅による解説)という概念を強く提唱するのである。(註) このような学びや力の必要性は多くの論者によって強調されているものの、それを具体化・実現していくために生徒と伴走・対話・助言すべき教職員がそれまでにない負担を負うことになる実態は無視できない。課題に目を向けつつ問いを立て、話し合いつつ探究する学習を実りあるものにするためには、各教科における学習内容の精選や教職員の負担軽減などの条件整備が不可欠なこと、それがまともになされていない現状も、多くの論者によって指摘されているのは周知のとおりである。 「総合的探究」と宇沢弘文② に続くにほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.05.31
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「テレビ屋 なかそね則のイタリア通信」に興味深い記事が投稿されていた。4月26日に葬儀が行われたフランシスコローマ教皇と、264代のヨハネパウロ2世に関わる記事だった。 内容紹介の前に、それまでのキリスト教会に対する私見を簡単に述べておきたい。 世界史の中でキリスト教には明確な功罪がある。「異端排除・弾圧、十字軍という名の侵略、贖宥状の販売・金集め、植民地支配を正当化する布教」などなど、罪をあげれば数多く出てくるが、他方、原始キリスト教が「万人平等思想」や「個々人のかけがえのなさ」を明確に打ち出したことも事実である。確かに、上記に挙げた罪からも明らかなように、キリスト教は繰り返しその初心を裏切ってきたのであるが、にもかかわらず、内部からその初心に戻るべきことを自己批判する呼びかけ(例えばヴォルテールの『寛容論』など)が繰り返し湧き上がってきた事実にも注目していた。私自身としては、キリスト教が打ち出した理念を高く評価しており、全世界に広がった国際赤十字運動の背景にキリスト教があったであろうことも疑いないと考えている。しかしながら正直な話、ローマ教皇という地位はカトリック教会という権威の象徴(功罪で言えば罪の中心)という先入観があったのも事実である。教会権力の頂点に位置するものが、積極的に原始キリスト教の初心を打ち出す可能性については懐疑的で、そもそも教皇の実際の言動をつぶさに検証するようなことに全く関心がなかったのだ。冒頭にあげた「テレビ屋 なかそね則のイタリア通信」の記事を読み、自分自身の不明と怠慢を明確に自覚した次第である。以下、要約して紹介したい。〔要約〕https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52345245.htmlフランシスコ第266代ローマ教皇が死去した。世界約14億人のカトリック信者の心の拠り所であるバチカンは、かつて大ヨハネ・パウロ2世の力で前進した。だがバチカンは、彼の後任のベネディクト16世時代に後退、あるいは停滞した。2013年、バチカンはフランシスコ教皇の誕生によって再び希望の光を見出し、前進を始めた。フランシスコ教皇は徹底して弱者に寄り添う「貧者の教会」の主として、疎外され虐げられた人々を助け、同性愛者や破綻した信者夫婦の苦悩を受け止め、勇気を持って忠実に普遍的な愛に生きよ、と人々を鼓舞し続けた。2019年には訪日して、「核兵器の保有は倫理に反する」と呼びかけ核抑止論を真っ向から否定した。彼はまたキューバとアメリカの関係改善に尽力し、バチカン自身と中国との和解劇も演出した。同時にバチカンの改革も積極的に推進。シリア内戦に始まる世界紛争の終結を目指した活動にも余念がなかった。(・・・)清貧の象徴であるイタリア・アッシジの聖人フランチェスコの名を史上初めて自らの教皇名とした彼はその名の通り飾らない性格と質素な生活ぶりで信徒は言うまでもなく異教徒にさえ愛され、尊敬された。 https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52345370.html(フランシスコに先立つ)ヨハネパウロ2世は26年余に渡って教皇の座に居た。彼は多くの功績を残したが、最も重要な仕事は故国ポーランドの民主化運動を支持し、鼓舞して影響力を行使。(・・・)さらに彼は敵対してきたユダヤ教徒と和解し、イスラム教徒に対話を呼びかけ、アジア・アフリカなどに足を運んでは貧困にあえぐ人々を支えた。同時に自らの出身地の東欧の人々に「勇気を持て」と諭して、いにはベルリンの壁を倒潰させたと言われている。(・・・)世界各地の問題に真摯に立ち向かいつつ、強者には歯向かう恐れを知らぬ勇者だった。強さと謙虚と慈悲心に満ちた偉大な宗教者であり人格であったのがヨハネパウロ2世だ。 今般亡くなったフランシスコ教皇は、ヨハネパウロ2世によって枢機卿に叙任された。そのことからも分かるように彼は終生ヨハネパウロ2世を崇敬しその足跡をたどった。(・・・) フランシスコ教皇は自らを「弟子」と形容することがよくあった。それは言うまでもなくイエス・キリストの弟子であり、民衆に仕える謙虚な僧侶また修道士という意味の弟子であると考えられる。同時にそこには自らをヨハネパウロ2世の弟子と規定する意味もあったのではないか(・・・)。〔要約は以上、以下comment〕 ヨハネパウロ2世とその志を受け継いだかに見えるフランシスコが、キリスト教の初心や(ヴォルテールの訴えた)宗教的寛容を自らの身をもって実践したことが十分見てとれる。実は、上記記事をとおしてかつて読んだ書籍『資本主義と闘った男‐宇沢弘文と経済学の世界‐』を思い出した。その部分の概略は以下のとおりである。「宇沢に対して当時のローマ法王から「回勅」を出すのでその作成に協力してほしいと言う依頼が来た。回勅というのは、ローマ教皇ヨハネパウロ2世が全世界の司教に、教会の正式な考えを通達する重要な文書。」そのパウロ二世が、社会主義国家はいずれ資本主義国家へと移行して行くとしても「資本主義は大丈夫なのでしょうか」と、あえて経済学者である宇沢弘文に問うてきたのである。宇沢弘文は、新たな回勅のテーマを「社会主義の弊害と資本主義の幻想」とすべきではないかと述べ、かれはその中に社会的共通資本の(回勅による解説)理念をしっかりと盛り込むよう進言・協力したのであった。 ヨハネパウロ2世(当時)が、国境を越えた様々な問題に向き合う視点だけでなく、将来世代への責任を意識しつつ実践していたことを証しする実例だろう。20世紀末、そして21世紀の初めに、キリスト教の初心を身を賭して発言・行動するローマ教皇が存在したことはしっかりと心に刻みたい。〔5月8日付記〕 現在、新たな教皇を選出するための「コンクラーベ」が行われている。一日では決まることがないようだが、誰が選出されるにしても、ヨハネパウロ2世やフランシスコ教皇のように、キリスト教の初心に沿って発言・行動されることを望むものである。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.05.05
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以下は4月5日の番組の紹介ですが、末尾に4月19日「報道特集」および24日の国会質疑にリンクを貼っておきました。 4月25日付記 4月5日の「報道特集」は、兵庫知事選挙時に起こったこと、立花氏の言行などに関する続報を放送しています。なぜこれほどまでに繰り返し特集するのか、是非リンク先の動画をご視聴ください。特集のタイトルは「お前もとっとと自殺しろ」兵庫県議らに大量の脅迫メール 激化する“言論への攻撃”の実態「フラグを立てられたら終わり」といった刺激的なものでしたが、ご覧いただければそれが決して大げさなものではないということを感じられると思います。 前回の記事で私は「ある人物(竹内議員など)を陰謀の黒幕として、いじめや集団リンチの標的にする」ことは決して許されないと主張しました。このたびの「報道特集」で浮き彫りにされていたこと、それは「陰謀の黒幕」と立花氏が勝手に判断する政治家だけでなく、兵庫県の一般職員への攻撃や自分への批判を封殺するための攻撃が、まさに常軌を逸した形で執拗に行われていたということです。決して許されてはならないと重ねて強く訴えたいと考えます。 4月19日報道特集 この問題に関する4月24日の国会質疑にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.04.08
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選挙演説中の立花氏が「なた」で襲撃された事件後に、「報道特集への批判」がもりあがっているようですが、これに関する私見を述べておきます。 ア、ある人物(この場合は立花氏)の言動が卑劣であると判断し、立花氏を殺傷するイ、ある人物(竹内議員など)が陰謀の黒幕として、いじめや集団リンチの標的にする上記ア、イはいずれも絶対に許されない行為だと考えますが、いかがですか。ちなみに立花氏は竹内氏が憔悴していったのは本人に問題(身に覚え)があったのではないかという主張しているようですが、「仮に何らかの問題があったとしてもいじめ・集団リンチや殺傷行為は許されない」と考えるべきでしょう。兵庫県知事選挙中立花氏は、「いじめる場合は大勢にしてもだめで、的を絞って徹底的にやれば皆ひっくり返る」と発言し、自宅に大勢を伴って押しかけ「〇〇出てこい」「自死するといけないからこれくらいにしとこう」と発言しています。本人が自覚しているとおりこれは明らかに「いじめ」であり、私は「ネットなどによる集団リンチ」をあおったといっても過言ではないと考えています。その手法が「まともな選挙」や「民主主義」を破壊しかねないものだという報道特集の問題提起は妥当だというのが私の認識です。立花氏の主張する「報道による選挙妨害」についてですが、その議員や政党の問題点を事実に基づいて報道することはむしろ判断・選択の材料を提供するという点で報道が果たすべき役割ではないでしょうか。先の衆議院選挙直前において多くの報道機関は「非公認になった裏金議員に対する自民党本部による資金提供」を繰り返し報道し選挙結果を大きく左右しましたが、これを選挙妨害で許されない、と判断すべきではないでしょう。立花氏に関する報道も「判断材料」になると同時に「選挙や日本の民主主義」に影響を与えうる行為や発信に対する問題提起の一つであり、容認できないものとは全く考えません。もちろん上記アの行為は断じて許されないものですが、報道特集が原因となってその許されざる行為を引き起こした、という主張は短絡であると考えています。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.03.20
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前記事で「伊藤詩織さんの映画をめぐるドキュメンタリー制作者たちの緊急提言」を紹介しました。それとは別件ですが、本日(3月16日)になってようやくフォトジャーナリストの安田菜津紀さんが実名で性被害を告白していたこと(加害者は広河隆一)を知りました。 (関連する3月3日付朝日新聞の記事) そんなことを今まで知らなかったのは、確かに「うかつ」なのでしょう。が、大々的に報道され、いやでも繰り返し目にすることになった「伊藤詩織さんの映画をめぐる問題」に対してこの件の報道はあまりにも小さくまた話題になりにくかったのではないか。安田さん自身が「攻撃を受けること」や「フラッシュバック」のリスクにもかかわらず勇気ある告白をしたことを考えると、あまりに報道が小さすぎたのではないか。結局、「被害者」を追い詰めることになる情報はあっという間に広がるが、性被害者の立場に立った報道や情報発信がまだまだ弱いのではないか、と思わずにはいられません。〔確かに、「映画」をめぐって伊藤さんを批判する立場についても理解はできますが、私自身は上記制作者たちの提言や、映画『主戦場』の制作者であるミキ・デザキさんの見解のほうがより納得できます。〕 リンク先は、安田さん自身が性被害を告白した記事です。 安田さんは、伊藤詩織さんの映画をめぐる問題についても発信していますので、合わせてご一読ください。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.03.16
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伊藤詩織さんの映画をめぐる紛糾にドキュメンタリー制作者たちが緊急提言! ヤフーニュース(上記)で公開されましたが、弁護士の観点とは異なる角度から、重要な議論がなされていました。 参加者は、『国葬の日』などの監督作品で知られる大島新、東海テレビで長年『ヤクザと憲法』や名張毒ぶどう酒事件を追った一連の映画を作ってきた阿武野勝彦、『i-新聞記者ドキュメント』や『福田村事件』などの監督・森達也、そして『Little Birds-イラク戦火の家族たち-』などで知られる綿井健陽。座談会の記録は、『創』誌面で16頁に及ぶ長いもの(Yahoo!newsもかなり長い)ですが、さらに要約して紹介します。〔以下、紹介〕伊藤詩織さんの映画『Black Box Diaries』は、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に日本人の監督作品として初めてノミネートされ、海外では数々の賞を受賞し、上映・配信もされているにもかかわらず、日本では公開の目途も立っていない。 2024年10月、2025年2月20日に外国特派員協会で、伊藤さんと一緒に裁判を闘ってきた旧弁護団がこのままでの映画公開は人権侵害にあたるという、これまた異例の記者会見を行った。一連の経緯や問題とされている事柄は、ドキュメンタリー映画の本質に関わる、深刻で重要な意味を持っている。⇒ 急きょ、ドキュメンタリー映画監督やプロデューサーで議論し、提言を出そう⇒ 都合のついたメンバーで2月23日朝にオンラインで緊急討論を行った。 参加した全員が映画『Black Box Diaries』の海外版を観て2時間に及ぶ議論を行う。3月7日発売の月刊『創』(つくる)4月号に掲載。このヤフーニュースでの公開は、少しでも早く多くの人に議論の素材を提供することが目的。 一連の問題は法律に関わる面もあるが、ドキュメンタリーの本質に関わる事柄だけに、制作・表現の現場を踏まえた意見表明や議論が大切だと思う。以下、ドキュメンタリー制作者らによる議論と提言。※ 伊藤さんの映画がすぐれた内容であることは全員の意見が一致当事者同士の話し合いや必要な対応を経て、問題がクリアされたうえで、日本での公開が早急になされることを望みたい。Q この映画をめぐって何が問題となっており、それについてどう考えるべきなのか。以下の議論をぜひ参考にしてほしい。「欧米スタイルのとてもよくできた作品」――伊藤詩織さんの映画『Black Box Diaries』とそれをめぐる大きな議論は、ドキュメンタリー映画にとってとても深刻で大事な問題を提起している。大島 『Black Box Diaries』は、制作チームの力がとても大きい。エモーショナルかつドラマティックな構成で、観る人の感情に訴えかけるような作り。ジェンダーの時代に世に問うべき映画だ阿武野 性被害者が監督として自分を描いていくドキュメンタリーは初めて観る。世に問うべきもので、映画として生まれてほしい。この間の様々なやりとりや記者会見にも「人間とは、社会とは」を問うドキュメンタリーの要素が満載だった。「ジャーナリズムとドキュメンタリーの混在」森 今の騒動については、一言で言えば「ジャーナリズムとドキュメンタリーのロジックが混在してしまっていること」が大きな問題。ジャーナリズムとドキュメンタリーの最大の違いは優先順位。公益性や社会正義を優先するのがジャーナリズム。キュメンタリーは自分の主観、思いや感覚を優先する「作品」。 捜査官の話、ホテルの映像、タクシー運転手…。タクシー運転手の映像はどう見ても撮られることを承諾しているが、その後に連絡が取れなくなったらしい。 伊藤さんが無断で西廣さんの映像や音声を映画に使っていたというのも、そのぐらいはやるだろうと思っている。「人としてどうか」という議論と、作品としてどうか、ドキュメンタリストとしてどうかというのは別だ。僕だって作品だけで言えば「人としてどうか」なんていくらでもある。望月衣塑子さんを撮ったドキュメンタリー映画の中では、法廷の廊下を隠しカメラで撮り、金平茂紀さんとか神保哲生さんとかも承諾なしで撮っている。電話の会話もそのまま使っている。(信頼関係って言葉は好きじゃないけど、多分彼らは抗議しない。)ケースバイケース。しっかりとラインで分かれているわけじゃなくてグレーゾーン。 今回の伊藤さんの「間違い」について、いいか悪いかでいえば良くない。人としてもあるいはジャーナリズムとしても全然これは良くないが、森は使うかと言われたら、問題とされている映像については、全部使う。ただ使い方はもう少し考える。あまりにもそこは無防備すぎた。僕らドキュメンタリストはしょっちゅう自分たちを「鬼畜」と表現、自嘲するように、時には人を傷つけることを承知で作品を優先する瞬間がある。阿武野 ホテルの映像、捜査官A、タクシー運転手。実は僕も全部使うだろう。なぜならいずれも欠かせない映像だと思うから。そして、使えるようにしていくプロセスはおそらくある。「プロデューサーやスタッフとの連携が…」森 ジャーナリズムや法の論理から言ったら、伊藤さんの編集は一方的でアンフェアだと西廣さんが感じることは当然だが、自分が感じたことを様々な素材を援用しながら再構成するとドキュメンタリーを定義するならば、自分だってやったかもしれない。綿井 この映画に限らず、ドキュメンタリーは、塀の上を歩いていて、塀の外と内のどちらに落ちるか、無事渡り切れるだろうかみたいな緊張感が常にある。大胆な撮影も時にするが、落ちないように渡れるように最大限の慎重さも保つ。そうした意識が今回は残念ながら薄いように見える。森 塀の上という意味では、ジャーナリズムにもその要素はある。例えば沖縄密約問題における西山記者のように、ペンタゴンペーパーズにおけるニューヨークタイムズやワシントンポストの姿勢のように、権力監視という機能を果たすためには、時にはその権力側が作ったルールや規制を踏み越えなくてはならない。ジャーナリズムの場合は、そうした逸脱の内在論理として、できる限りを社会正義の実現や公権力の看視や公益性の方向に尽力すべきと思うけど、ドキュメンタリーはだいぶ違う。「ホテルの映像使用をどう考えるか」森 ホテルの映像使用について、ホテル側が恐れているのは、客のプライバシーを撮った映像を求めがあったら「はいどうぞ」と渡してしまうと思われるのがダメージだということ。西廣さんからしたら、彼女も裁判以外には使わないという誓約書に連名でサインしているから弁護士としては絶対に看過できない。阿武野 ただ、ホテルの映像は、この映画の中で欠かすことのできないものだ。映画の成立不成立の鍵。そこまで考えてくると、相当根深い対立になっている。 もう少しいうと、ホテルのロビーは、パブリックなスペース。そこに防犯ビデオがあるというのは、犯罪を防止するため。犯罪に繋がっていく様子がそこに明確に映っているから裁判の証拠として採用されたわけで、映画の中で最も欠かせない映像素材の一つ。防犯目的であれば犯罪行為があった場合、映像はニュースや映画等で使われる可能性がある。むしろ犯罪防止の面で監視が徹底しており、安心安全誠実なホテルだと示せる。綿井 ホテルの映像を修正版で全部削除するというのはあり得ない。ニュース番組のディレクターたちに防犯カメラの事情を聞いたところ、殺人事件が起きたら防犯カメラの映像は、どのテレビ局もニュースで放送することが多い。阿武野 コンビニ強盗などは防犯ビデオ映像が出てくる。犯人逮捕に向けて警察が情報提供を促すために広報する、そういうことが日常的に起こっている。綿井 刑事事件は不起訴だが、民事では伊藤さんが勝訴で確定している。ホテル入口という極めて公共性が高い場所で起きた行為であって、訴訟でも確定していて本人が映っているような今回の場合、ホテル側は映像使用を例外的に認めるべき事例だと思う。「曖昧な部分がドキュメンタリーの本質」森 映像の了解を得るために事前に見せるべきと主張する人もたくさんいる、僕は基本的に見せない。特に被写体に見せていたらドキュメンタリーは成り立たなくなる。それは僕のドキュメンタリーの定義。今回こういう議論になって、その辺りの曖昧な部分をクリアにすることは悪いことじゃないが、その曖昧な部分がドキュメンタリーの本質そのものでもあるので、その領域に強引に線を引かれてしまうことにすごく危機感を持っている。この場合にはこうすべきだみたいなことがルール化されてしまうと、ドキュメンタリーは窒息してしまう。綿井 外国特派員協会の会見の時もそうだが、海外メディアは、「なぜこの映画が日本で公開されないんだ?」「元弁護人が妨害してるのでは?」「伊藤さんは何か法に触れる行為をしたのか?」といった疑問を投げかけている。彼らは基本的に、この映画の中では防犯カメラを出すのは当然だし、早く日本で上映すべきという捉え方。「公開すべき映画だし重要な作品」森 公開すべきだと思う。重要な作品だ。綿井 これまで海外映画祭で上映やネット有料配信されている版については、当然契約書も交わして、販売売上も発生している。それを今から封印や販売停止するのか、できるのか。伊藤さんや現在の弁護人は、「修正版」ではなく、「最新バージョン」という言葉を2月20日付の声明では使っている。森 そう考えたらもう修正には意味がない。だからグレーゾーンのままでいてほしい。ドキュメンタリーの現場にいる者としてこの騒動は、早く終わってほしい、が本音。「伊藤さんと旧弁護団の関係修復を」阿武野 2月20日の弁護団の会見の中で、このまま上映された場合に何か実害があるかという質問に、「実害がある、人権侵害だ」と弁護団は応えている。綿井 この映画が日本でどう公開されるか。そこには、伊藤さんの今後のジャーナリスト生命もかかってくる。映画の修正版の制作・公開はもちろんだが、自身の言葉と行動で説明する機会を自ら改めて設けて、答えなければならない。 (進行役) これだけ大きな問題になってしまったから、この映画についてどういう落としどころにするかは大事。ドキュメンタリー映画をめぐって将来、マイナスにならないような解決にしないといけない。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.03.09
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この間、強引に進められているトランプ政権の政策。パレスティナ・ガザ地区をめぐる問題への発言・対応など許しがたいものがほとんどだといっていい。 しかしながら、彼の政策の中で強く支持したいと思える内容が一部ある。それはCIA(中央情報局)の「リストラ」(事実上の「解体」?)である。長年にわたって同組織は「反米的」とみた世界各地の政権・国家に対して内政干渉やクーデタ支援を行ってきた。この組織の暗躍によって内戦・クーデタや戦争など大きな混乱が引き起こされ、たくさんの命が失われた国・地域の例は枚挙にいとまがない。世界各地域の平和にとって、まき散らしてきた害悪には計り知れないものがある。 もっとも、「米国家機関による他国への内政干渉」は表向き許されないため、CIAは「ひそかに工作」をしていたわけだ。ところが、1983年以降は「他国の民主化を支援する」ことを名目にレーガンが設立した「準非政府機関」であるNED(全米民主主義基金)を通して、反政府活動を行う運動団体への資金援助や運動のレクチャー、当該国ジャーナリストの訓練(報道のコントロール)という形でおおっぴらに「内政干渉」を継続してきた。 このようなCIAやNEDという組織の活動内容については遠藤誉がNEDのHP上で公開されている「米国国家予算の動き」を丁寧に追跡・検証しており、拙ブログの過去記事でも紹介した。 ただ気になるのは、大手報道機関がこのような事実を流さないだけでなく、USAID(アメリカ合衆国国際開発庁)の解体問題について極めて一面的な報道をしていることだ。簡潔に言えば、世界各地で「人道支援」を行っている中心機関「USAID」の解体はとんでもなく犯罪的な所業だ、というわけである。 確かに「純粋な人道支援」が活動の中にあれば継続していくべきだろう(註)。しかしながら、少なくとも「上記NEDへの資金提供を行ってきた組織がUSAIDである」という事実は押さえたうえで、政策の批判を行うべきではないか。 遠藤誉が2月12日の記事で、この問題について論じているので、引用しておきたい。 「トランプ大統領は就任直後、イーロン・マスクDOGE(政府効率化省)長官に命じてUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)の徹底調査をさせている。事実上のUSAID解体だ。」「USAIDはNED(全米民主主義基金)を財政的に支えている組織で、USAIDが解体されればNEDの活動は瓦解する。」「アメリカのMediumという、Twitterの共同創設者であるエヴァン・ウィリアムズ氏が創設したプラットフォームには、衝撃的な図表が載っている。」「これを日本人にとって、より分かりやすくするために和訳した上で、多少の工夫をした図表を作成した。」 「NEDに関して、図表ではCIAだけでなく、USAIDが大きく関係していることが明示してある。CIAはNEDと『戦略的連携』をしているが、財政的支援はUSAIDがしていることが示してある。筆者はコラムでも拙著でも、何度も『米議会を通して連邦政府から財政的支援を受けている』と書いてきたのだが、その具体的な組織がUSAIDだったことになる。」 「トランプはNEDがコントロールする社会認識と政府構造をまとめてDeep State(ディープステート、闇の政府)とみなしている。日本では、あまりにマインド・コントロールされてしまっているために、トランプの主張あるいはNEDの暗躍を論じる者を、陰謀論とか陰謀論者と片付けて、真に思考すること避ける(思考停止する)傾向にある。思考を避けるのは、『人間であることを避けるに等しい』と言っても過言ではないだろう。」 引用は以上。 さて、2月16日のサンデーモーニングにおける扱いも一面的報道の典型だった。「世界各地で人道支援を行っている中心機関USAIDの解体はとんでもない」、「Deep State(ディープステート、闇の政府)というのは陰謀論だ」というわけである。 しかしながら、陰謀論という一言だけでUSAIDの実態や、トランプ大統領とその支持者の主張を何一つ検証しないのは遠藤も指摘するように「思考停止」である。少なくとも、報道機関としては「事実確認、ファクトチェック・検証」という最も基本的な役割を果たさない怠慢極まりない姿勢、といわなければならないだろう。 近いうちに、TBSに「ご意見」を届ける予定である。註)「純粋な援助」と言い難い実態について、高島康司は以下のように述べている。(17日追記) 米国は発展途上国を対等の立場として扱わず、説教師や救世主のように他国を支配し、完全に自国の基準に従って、他国の文化と伝統や現実的条件を無視する形で援助を行う。そして、支援を受ける国々の主権と尊厳を損なう厳しい条件を課すことが多く、これらの国の内政に無遠慮に指図する。 この結果USAIDは、途上国から最も協力したくない組織と広く評価されている。援助で得た資金のほとんどは米国に還流している。USAIDは支出の約80%が米国で使われていることを公然と認めている。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.02.16
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「年越し派遣村」など、様々な活動や提言を行ってきた反貧困ネットワーク(※)。コロナ禍においても活動を続け、一般社団法人として取り組みと問題提起を継続しています。取り組みの内容を動画として公開していましたので、紹介します。 (※)反貧困ネットワークとは、貧困問題に取り組む多様な市民団体、労働組合、法律家、学者、諸個人が集まり、2007年10月1日に結成した団体です。リーマンショック以降の日本に広がる貧困問題を可視化し、社会的・政治的に解決することに尽力。「年越し派遣村」などのさまざまな提言活動を通じて、日本社会の貧困問題に一石を投じてきました。「人間らしい生活と労働の保障」を実現するために活動しています。 反貧困ネットワークHPより 以下、動画の中で出てきた「セリフ」などをいくつか拾ってみたものです ・刑務所を出たらどこに助けを求める?・仕事を失っている外国人の方っていうのは、今、千代田区の某公園に行くと、数十人以上のアメリカからの方たちが野宿しています。 ・貧困から風俗で働く女性たちについて・・・、ピンク色の漫画で可愛い女の子達が描かれている。反貧困ネットワークにSOSを出してくれる方も、困っている方のほんの一部に過ぎないですけれども、貧困問題に緊急に取り組む必要性は感じます。・「仮放免の高校生」の声を紹介したいんですけれども。本当に彼らは最初から日本で生まれ育っている子たちだったりするんですね。ところが「国に帰ったほうがいいよ」とか、「在留資格がないって」とか・・・。・今、家がなくなって生活保護。・生活困窮者支援の団体が食糧支援をやっているところで、並ぶ人たちの数はコロナ禍の後で圧倒的に増えているんですね。数倍から十倍ぐらいになっていると思います。 なお、拙ブログにおいて2010年5月に公開した記事〔「市場原理主義と社会主義」(まとめ2、3)〕でも「反貧困ネットワーク」に触れていますので、よろしければご一読ください。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.02.01
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2024年の末、繰り返し報道された「今年のニュース」で目立ったのは①「被団協のノーベル平和賞受賞」でした。そして、2025年の初めは1月17日に向けて②「阪神大震災の記憶・継承」など。さらに、3.11に向けて未曽有の災害であった③「東日本大震災-原発震災」が繰り返し報道されることになるでしょう。 確かに①②③それぞれが重要で、しっかり報道すべき内容と考えていますが、「被ばく」や放射能による被害に関して忘れてならないのは、「太平洋諸島」がこれまで受けてきた被害でしょう。そして、現地の人たちには「福島第一原発爆発事故の結果発生した処理水(汚染水)の海洋放出」は、これまで受けてきた被害の延長上にあるものとして受け取られている、という事実です。「処理水放出」当時、東京新聞が適切な(と思える)観点で現地の声を報道していましたので、転載・紹介しておきます。ぜひ、ご一読ください。 処理水放出、太平洋島しょ国が怒り 背景に核や戦争、大国の犠牲になってきた歴史(東京新聞) https://www.tokyo-np.co.jp/article/272113 24日(2023年8月24日:補)にも始まる東京電力福島第一原発事故の処理水放出に、マーシャル諸島など太平洋の島しょ国から懸念の声が上がっている。遠く離れた海の向こうの人々が異議を申し立てた背景には、戦前の日本統治や米国の核実験など大国の犠牲になってきた歴史の記憶があるという。現地を訪れている明星大の竹峰誠一郎教授(46)に、住民の思いを尋ねた。(曽田晋太郎、安藤恭子)◆マーシャル諸島訪問の教授「頭ごなしに脅威押し付け」 竹峰さんは国際社会論が専門。米国による核実験が繰り返されたマーシャル諸島を中心に、国内外の核被害に関する調査研究を続けている。 13日からマーシャル諸島の首都マジュロに滞在。現地では新聞の発行が週1回しかないため、24日に処理水の海洋放出を始めると決めた日本政府の方針について「まだ限られた人しか知らないだろう」と語る。ただ、「自分たちの領内で処理できないものを太平洋に向かって一方的に流し、頭ごなしに脅威を押し付けるような行為に現地で誰も理解を示す人はいない」と明かす。 竹峰さんによると、2021年4月に日本政府が原発処理水の海洋放出方針を決めた後、マーシャル諸島政府は懸念を表明。日本側に代替策の検討や海洋環境保全のための国際的義務の履行、対話の実施などを求める声明を発表した。◆核実験の地で反対決議 今年2月の両国外相会談では、林芳正外相が「人の健康や海洋環境に悪影響を与えるようなことはない」として、海洋放出への理解を求めた。だが3月、マーシャル諸島の国会は「重大な懸念を表明し、より安全な代替処理計画を日本に検討するよう求める」決議を採択。処理水の放出が「海洋資源に大きく依存している太平洋諸島の人々の命と生活を脅かす」とし、「太平洋を核廃棄物のごみ捨て場にこれ以上するべきではない」と訴えた。 これに対し、日本政府は現地で説得するような行動を活発化させていると竹峰さんは話す。7月、日本政府の担当者が現地で地元市長らを訪問。先週は地元紙に日本大使が海洋放出について説明する記事が載り、唯一の戦争被爆国として「核実験被害を受けたマーシャル諸島の人々の思いは理解している」という趣旨の談話が掲載されたという。◆元大統領ら、日本の説明「遅い」 竹峰さんは今月21日、国会決議を主導したヒルダ・ハイネ前大統領や閣僚らと面会。最近の日本側の対応について聞くと、「いまさら説明するのは遅い。海洋放出計画を決める前に相談せず、放出開始を決める最終段階になって頭ごなしに説得されても理解はできない」と怒りをあらわにしたという。 同じオセアニア地域では、北マリアナ諸島の議会でも同様に反対決議が採択されている。竹峰さんは「決議は、マーシャル諸島を含む太平洋の島々がこれまで大国に核実験や核廃棄物処理で好き放題使われてきた歴史を踏まえた訴えだ。島々の人たちは放射性物質の量がたとえ少量であったとしても、日本が自分たちのことを何も考えずに汚染水を太平洋に流す行為が許せないと憤っている。日本にとっては単なる海かもしれないが、島々の人たちにとっては生活の糧であり、汚染水が長期にわたって流され、暮らしの土台が傷つけられることを危惧している」と解説する。◆マリアナ諸島から原爆投下機が出撃 太平洋の島々と日本とは、戦争と核の歴史を通じ、深い関わりがある。 フィリピンの東、赤道の北に広がる一帯は、かつて「南洋群島」と呼ばれた。1914年からの第一次世界大戦で、日本はドイツ保護領にあったマーシャル諸島を占領。20年に国際連盟から委任統治が認められ、実質的に支配するようになった。 太平洋戦争中の44年、日本軍との激戦の末にサイパン、テニアン、グアムなどマリアナ諸島を制圧した米軍は、ここから日本本土への長距離爆撃を開始。45年8月、原子爆弾を抱えたB29爆撃機「エノラ・ゲイ」「ボックス・カー」はテニアンの飛行場を飛び立ち、広島、長崎へ向かった。◆「核の植民地主義」…終戦後は実験場に 終戦後、マーシャル諸島は核実験場とされた。米国は46〜58年、ビキニ、エニウェトク両環礁で67回の核実験を実施。54年3月のビキニでの水爆「ブラボー」の実験で、マグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員やロンゲラップ環礁の島民らが放射性物質を含む「死の灰」を浴びた。 軍事評論家の前田哲男さんによると、ロンゲラップでは島民82人が被ばく。頭痛、下痢、かゆみ、目の痛みを訴え、救助船が来たのは50時間以上後だった。「米国のみならず核保有国は、危険な水爆実験を本土でやらなかった。これは『核の植民地主義』。マーシャルの人々は広島、長崎に次ぐヒバクシャにさせられた」と憤る。◆日本は1980年代に「核のごみ」廃棄計画 1980年代には日本の低レベル放射性廃棄物を北マリアナ諸島海域に捨てる計画が浮上したが、当時の中曽根康弘政権は国際世論を受け入れる形で断念した。原発処理水の海洋放出について、前田さんは「海は人類共有の財産。『水に流す』などという思想をふりかざすのは日本だけ。中国の反対が目立つが、太平洋の人々の声を聞くべきだ。やがて大きな反感が日本に向かう」と警告する。 ロンゲラップ島民は米国の安全宣言でいったん帰島したが、がんや甲状腺異常などの健康障害が相次ぎ、85年に再び島を離れた。50年近く島民を取材しているフォトジャーナリストの島田興生さんは、「原発の処理水を流す海の先に住む太平洋の島の人々を想像してほしい」と訴える。 島田さんによると、20年余り日本の統治が続いたマーシャル諸島には日本語を学んだ人たちがいて親日的。旧日本軍飛行場があった現在のエニウェトク環礁では、44年2月の米軍の攻撃で日本軍は約2600人の戦死者を出し、ほぼ全滅したとされる。従軍していた朝鮮人労働者や基地建設に動員された島民らも亡くなった。 島田さんがロンゲラップを初めて訪れた74年、64歳の男性ナプタリ・オエミさんが胃がんで亡くなる前、病床で写真を撮らせてもらった。家族から「父は自分が苦しんでいるのは原爆のせいだ。気をつけろと言っていた」と聞いた。その2年前には1歳で被ばくした当時19歳の男性が白血病で死亡した。◆成長不全や白血病、不妊…「いつも巻き込まれる側」 島民たちには「放射能」という概念があまりなく、変な毒物という意味合いで「ポイズン」と口にしていた。米国の健康調査は続き、身長が伸びないなどの成長不全や白血病、不妊や流産が増えたと言われる。 「マーシャルの人たちはいつも大国に巻き込まれる側。米国の核実験で被ばくさせられ、今度は日本が処理水を流そうとしている。かつての死の灰と違い、島の人は健康への影響を神経質に受け止めないかもしれないが、私には同じことが起きているように見えるし、日本の罪は重い」と島田さん。海洋放出への受け止めを聞くために9月、現地に向かうという。来年でブラボー実験から70年だ。 「第五福竜丸とともに、忘れてはいけないマーシャルの人たちの歴史がある」◆デスクメモ 竹峰さんは、核兵器禁止条約が、核実験被害者の支援や環境汚染改善を盛り込んだことにも注目する。米国の「核の傘」に頼る日本は批准を拒むが、核抑止論は核実験被害者の犠牲の上で成り立つ論理だからだ。本来真っ先に参加すべきことをせず、この上まだ国の信用を失うのか。(本)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2025.01.16
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第一次斎藤県政を体験した「兵庫県職員への調査報道」を題材にした水島宏明の文章が文春のオンラインで配信されていました。 https://bunshun.jp/articles/-/75802 https://bunshun.jp/articles/-/75803 題材となった番組(クローズアップ現代)も含めて、重要な問題提起になっていると考えますので、内容を要約・紹介します。〔前編〕再選後に「“もう辞めたい”という声も」…職員30人が告白した斎藤元彦知事へ“もの言えぬ空気”とは「理不尽な異動が怖い」水島 宏明2024/12/2911月19日、出直し選挙当選後、斎藤元彦兵庫県知事が就任記者会見を開く。Q 斎藤氏の再選で再び彼の下で働くことになった兵庫県庁の職員(約4割が斎藤氏のパワハラを見聞きしたと回答)の心中は? Q この度の選挙に対する現役兵庫県職員の話は? 「SNSを駆使するやり方は構わないが、伝える中身が問題。人のプライベートを晒す。あるいは嘘を言う。個人的には残念。知り合いの職員でも“もう辞めたい”という声も聞こえてくる」(TBS「THE TIME,」11月18日放送より) 斎藤県政での「もの言えぬ空気」10月2日の「クローズアップ現代」では、「もの言えぬ空気」が第一次斎藤県政では職場に蔓延していたとして、その実態を詳しく伝えている。Q 「もの言えぬ空気に」なってしまった経過・背景は? 第一次斎藤県政で改革の司令塔として作ったのが、10人程度の幹部ら職員で構成される「新県政推進室」。知事と各部局が個別に議論を重ねていた政策形成のプロセスを簡素化。迅速な意思決定を行えるようにしたが、その後この「新県政推進室」も形式化。“側近”と呼ばれる少数のメンバーで物事を決めていくようになったという。・「密室で取り巻きだけで決めて、どんどん進めていく」(OB職員=幹部)・「異論とか、多様な意見を別に求めているわけじゃない」(現役職員) このことが“組織の健全さを欠く事態”を招くことになった、と複数の職員。「敵か味方か。賛成か反対か。白黒をはっきりさせて、賛成のチームと反対に回るチームを分ける傾向があった。そうすると、いろんな意見が言いにくくなって声が届かなくなる」(OB職員=部長級) さらに、知事が打ち出した政策に意見を述べたOB職員は、後日、県幹部から「斎藤県政に刃向かうんだったら辞表を書け。さもなくば服従しろ」と迫られた。異論を言うと排除、異動させられる。自然に知事の周囲にはイエスマンしかいなくなってしまう。知事は“裸の王様”のような立場になってしまったとOB職員(幹部)は証言。「人間の心の弱さ。理不尽に異動させられることが怖い。・・・幹部が意見を言えなくなると、その部下もさらに言えなくなる。こんなに危ういとは思わなかった。」(現役幹部職員)(NHK「クローズアップ現代」10月2日放送より)Q 番組が伝えていたのは?人事権を握る行政トップが自分の考えを押しつけるばかりで異論を許さない恐怖政治。〔後編〕「内部告発の“犯人探し”を徹底」兵庫県庁の職員は“特定”を恐れて顔も手も隠し…それでも「クロ現」に証言した“壮絶な背景”「特定」を職員たちが恐れている 登場する職員らはみな匿名で声もボイスチェンジャーといって元の声を変質させて誰かわからないような形で証言。「手」さえも手袋をはめるなどして通常の何倍も気をつかい、体型などもわからないように、上着などを着て証言。それだけ「特定」されることを本人たちが恐れているという証左だろう。(NHK「クローズアップ現代」10月2日放送より) 斎藤知事の“側近”たちは2024年3月の内部告発にあたっての犯人探しを徹底して行い、亡くなった元県民局長に対しても「誰がどういうことを言っているのか」について、執拗に追及し、同調する人間が誰なのかを聞き出そうとしていたという。Q 職員が目にした「問題がありすぎて、問題しかない調査」とは?かつて人事課にいた職員は幹部たちの対応に違和感があったと証言した。「書かれていることが事実かどうかをまず調べるのが通常だが、『誰が書いたんだ』『誰が情報を与えたんだ』という調査方法はやっぱり異様というか、問題しかない調査」Q 告発文書は「噂話を集めただけの信頼性の低いもの」とされた理由は? 片山前副知事が元局長に聞き取り調査をした際の音声記録によると、「知事のパワハラ……」(片山前副知事)「でもそれは対外的に出てないじゃないですか」(元局長)「出てへんから、なんでそれを知っとるんやって聞きよるんやないか」(片山前副知事)「いや、噂……」(元局長)元局長は根拠をもって内部文書を作成していたが、この時に「噂」としか言えない事情があったと同僚職員は証言。「噂話を集めて(内部告発文書を)つくったわけではないのは事実。だが、情報を出した人間も処分しようとしていたのかもしれず、『名前は出さんといてくれということで、名前を出せないだけ』。私が聞いたので間違いないと思う」(元局長と親交のあった職員) だが、片山前副知事の調査の結果、元局長による告発文書は噂話を集めただけの信頼性の低いものと結論づけられた。かつて人事課にいた職員もこうした県の姿勢を批判。「真実相当性があたかもないかのようにした、非常に恣意的で言葉尻を捉えた調査、判断だったとしか思えない」 「死をもって抗議する」というメッセージ 調査の2日後、斎藤知事は記者会見で「事実無根の内容が多々含まれている」「うそ八百含めて、文書を作って流す行為は公務員として失格」と元局長を批判。県は元局長が「誹謗中傷性の高い文書を流出させた」として停職3か月の懲戒処分を下した。元局長は2か月後に「死をもって抗議する」というメッセージを残して亡くなった。 その後、兵庫県の県議会が設置した百条委員会で知事らのふるまいは公益通報者保護法に違反していると指摘されている。〔まとめ〕 水島宏明もいうように、多くの職員たちに取材して、第一次斎藤県政をしっかりと検証した報道番組(10月2日「 クロ現」)は貴重です。30人もの職員に聞き取りをしていく根気のいる報道は組織的取材力も一定の信頼性もあるテレビなどの媒体でこそ実現可能といえるでしょう。事実上「言ったもの勝ち」のSNS発信に大きく影響された兵庫県知事選になってしまったわけですが、TVをはじめとする報道機関には第一次斎藤県政のみならず、兵庫県知事選挙の総体、さらには第二次斎藤県政のありかたまでしっかり検証していく調査報道を期待します。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.12.31
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「103万円の壁」に関する報道が「過熱」状態にある「123万円への修正」はあまりにも小さすぎる。国民民主党が主張する大幅な修正は当然である、といった論調が圧倒的だという印象である。しかしながら、国民主党のみならず報道姿勢も「大衆迎合主義」になっていないだろうか?例えば12月22日のサンデージャポンでも「123万では話にならない」といった意見が多かった。岸博幸などは憤りながら「壁の大幅な引き上げ」を強く主張し、「政府の予算には無駄が多いので歳出削減はいくらでも可能だ」と述べていたが、本当にそうだろうか。 ごく基本的な疑問を二つほど挙げておきたい。1,壁の撤廃は「単年度の減税ではなく恒久的減税」になる。財政のやり繰りが一層厳しくなること(必要な予算措置が困難になること)が予想される。 これほど予算規模が大きい(100兆円以上)のであるから、7~8兆円の税収減くらいは歳出削減と景気押上げ効果で何とかなるだろう、という意見もある。 だが、これには大いに疑問がある。確かに無駄な支出はないか厳重にチェックすることは大切なことだろう。しかしながら財務省の厳しい査定を背景として、本来必要なところにも充分予算措置されていない現状があることも事実ではないか。仮に減らせる歳出が相当あるとしても、減らすどころか、大幅に増やさなければいけない項目・課題はいくらでもある。 例えばエッセンシャルワークと言われる介護や看護など、厳しい労働であり社会的に有用かつ必須の労働であるにもかかわらず、「少なすぎる報酬や過重労働」を背景に慢性的な人手不足となっている。 介護や看護の労働、さらに保育などの労働に対する報酬は大幅に引き上げなければならない。そうしなければ、この社会は立ち行かなくなるだろう。(当然、公立の施設であるなしを問わず、職員の賃金・待遇を改善するためには相当の予算-公的な補助が必要になる。) また、これまで、教育にかける費用があまりにも少ないという実態がある。欧米と比べ多人数の学級で過重労働に耐えながら「まじめな教職員」が辛くもこの国の教育を支えてきたが、さらに厳しさを増す労働実態が共有される中で、教員の志望者が大幅に減少してきている。生徒は減っているにも関わらず、採用試験の倍率は低下し続け、また、産休・育休代員だけでなく精神疾患等による休職の代員などの決定的に不足している実態は全国各地で聞こえてくる。教職調整額の微増など問題の解決にはならない。教職員の定数改善を進めていくことが必要であり、勤務労働条件を改善していくためには教職員の数を増やすことは必須である。大きな予算を投じなければ、おそらくこの国の学校教育に未来はないだろう。 さらに大学に関しても深刻な問題がある。独立行政法人化以降、大学教育にかけられる予算は大幅に減額され、現場は激しい競争に晒されている。研究費を獲得するためには、膨大な書類を作らなければならず、作ったとしても予算がつくという保証はない状態である。大学現場も疲弊し、そのことが大学の体力・研究力を奪ってしまった結果、日本の大学の国際的な評価・地位は大幅に低下している。もはや、中国の大学に太刀打ちのできない状態にあるが、研究力を回復させるためにも大学教育に多くの予算を投じなければならないだろう。 さらに、大学生の「まなぶ権利」を実質的に保障するために必要なのは、「アルバイトしやすい条件整備」ではなく、大学の授業料の減額・減免や給付型奨学金の充実であることは自明ではないか。 以上、2~3の例に過ぎないが、予算の減額どころか大幅に増額すべき課題はまだまだあるだろう。 2,大幅な減税が結果的に物価上昇につながる危険性 上記のような具体的課題(その他にも少子化対策、災害対策、気候変動対策など重要な課題は無数といっていい!)は厳然としてある。そのような状況にもかかわらず、税収源の議論を抜きにして思い切った減税をするということは、結局さらなる国債の発行につながる。結果はどうなるか?国債を大量に発行し、日銀に引き受けさせるということは、円の国際的な価値をさらに低下させる。輸入に頼る日本の物価はさらに上がるだろう。減税の効果が物価上昇に簡単に吸収されてしまうという危険性も決して杞憂ではない。 確かに「103万円から123万円」というのはあまりにも小さすぎる、という印象を多くの人たちが抱くのは当然であろう。しかしながら、落ち着いた議論が必要な局面であると思われる。なお、かつてスウェーデンにおいても似通った減税論議があったが「一兆円規模の大掛かりな減税を公約に掲げた穏健党」はその時の選挙で敗北したという。(リンク先の事例1) しっかりした議論を通して「大衆迎合政党」が淘汰されるスウェーデンの討議民主主義、学ぶべき点は多いのではないだろうか。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに (yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.12.23
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12月に入ってから参加した「韓国民団」学習会。隣県(島根県)で起こった「益田事件」について初めて学びました。長い間、益田市誌(『町史』:「鮮人の暴動」)の記述は、事件に関する偏見や事実誤認に満ちた内容だったといいます。実際、その見方については、関東大震災時に流布した「鮮人暴動」の流言を思わせるものがありました。しかしながら、市誌の記述に見える偏見・事実誤認訂正の求めに対して益田市は、資料の詳細な確認の上で、その差別性や事実誤認を認め、「反省・訂正の冊子」を発行したとのこと。事件の概要をウィキペディアの記述をもとに、偏見・事実誤認の訂正の求めと益田市の対応については「地元紙」の記述をもとに紹介します。 益田事件(ますだじけん)は、1949年1月25日に日本の島根県で発生した事件概要島根県美濃郡益田町(現在の益田市)の朝鮮人集落において密輸入物資が隠匿されているとの密告に基づき、進駐軍島根軍政部将校2名と経済調査官2名が同行して、令状なしで摘発に乗り出したが、「令状のない捜査は違法である」と拒否されたため、警察官10名が応援して物資を押収したが約100名の朝鮮人に奪還された。翌日、被疑者9名を検挙したものの、夜に入って約200名が警察署に押しかけて被疑者の釈放を要求し、署内に侵入しようとしたために警察官と乱闘になり48名が検挙された。逮捕されたもののうち9名が起訴され、騒乱罪で有罪となった。 以下、益田「市誌」をめぐる要請と訂正の顛末(地元紙の記述の要約) 益田市「市誌」に偏見の記述韓国人が訂正求める(見出し)〔発端〕益田市が1978年に発刊した益田市誌のうち「在日韓国、朝鮮人ら百数十人が益田市警察署を襲撃したとされる益田事件の記述に『混乱時には在日韓国朝鮮人が放火する』といった偏見に満ちた記述がある」として在日韓国人で飲食業を営む安さんが市長と教育長に訂正を求める要請書を出した。⇒ 市側は「資料を検討して対応を協議する」と回答。〔要請の根拠・資料〕要請書には益田事件の真相を究明した岡崎勝彦島根大法文学部長の論文が添えられた。それによると、益田事件は(朝鮮人部落に共産主義者が多いとみた)連合国軍総司令部GHQが在日韓国朝鮮人を弾圧しようと49年1月、警察を指導して起こした。発端はGHQの将校らが闇物資の摘発を名目に益田市の朝鮮人部落を「礼状なしで」違法捜査し9人を逮捕したことだった。〔資料と市誌の食い違い〕益田市誌はGHQの捜査の違法性には触れず、警察に抗議に出向いた在日韓国朝鮮人と警官隊との乱闘だけを不法事件と決めつけている。さらに、「朝鮮人集団は町内各所に放火を宣伝するなどし、町民の動揺も極めて色濃くなったとして武装警官延べ936人と消防団長らが昼夜通しで厳重な警戒をした」と記している。また、日時・数字などの誤りも多い。〔安さんのコメント〕混乱時に「朝鮮人が放火する」というデマが飛ぶのは、6000人以上の朝鮮人が虐殺された関東大震災の教訓で分かっているはず。違法捜査の事実を省いてなぜこのような偏った記述をするのか、悲しくなる。〔岡崎勝彦島根大法文学部長の話〕 訂正が市の戦後責任益田事件は日本の被占領下で東西冷戦の最中に起きた。GHQ将校の勇み足といえる違法捜査の責任を日本の警察や在日韓国・朝鮮人の責任に転化したが、裁判所は在日韓国・朝鮮人に同情的な判決をくだしている。しかるべく訂正するのが益田市の戦後責任だ。〔益田市の対応〕 市は各種資料を確認したうえで是正と反省の冊子の作成を表明。 益田市は安さんの指摘を全面的に認めた上で、「指摘があるまで見過ごしてきた益田市行政としての認識不足を痛感する。内容の事実誤認や差別的記述は本市における外国人との共生を阻害する要因となる。これらの記述を是正し、市としての統一見解を表明する」と述べた。 (紹介は以上) 朝鮮人虐殺の問題に対する東京都知事の対応や、朝鮮人慰霊碑を撤去した群馬県の対応などは、「歴史的・民族的責任にまともに向き合おうとしない恥ずべきものだ」と暗澹たる思いになっていましたが、「歴史的な事実に向き合う責任を明確に打ち出した自治体もある」ということを知りました。「自国中心の(自己正当化と「敵=悪の化身」の捏造)に満ちた歴史観」ではなく「世界に通用する歴史観・歴史認識」をもとに誠意ある対応をしていくことは極めて大切だと感じています。日本が将来にわたって「加害の歴史」に対してまともに向き合い対応していく能力のない国となるのか、勇気をもって自らの生み出した負の歴史に向き合い、それを乗り越えていける国になるのかが問われています。益田市のとりくみは、地域レベルで歴史に正面から向き合っていく営みの一つの模範になると考えます。黒部ダムだけでなく 「動員」された朝鮮人日本を取り戻す教育!? にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.12.18
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再選された兵庫県知事と知事選挙に関して、署名運動が始まっています。 村野瀬玲奈さんのブログ記事を一部転載させていただきました。 2024年11月17日に兵庫県知事に再選された斎藤元彦の数々のパワハラ問題・行政上の問題は、彼が当選したという理由で免責されるわけでも正当化されるわけでもありませんし、徹底的な解明が必要でなくなるわけでもありません。そのことを可視化するための署名運動がありますので、ご案内します。斎藤元彦をアシストした立花孝志についての署名運動もあります。●Change.org百条委員会による斎藤氏の疑惑の徹底解明を求めますhttps://www.change.org/p/%E7%99%BE%E6%9D%A1%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%96%8E%E8%97%A4%E6%B0%8F%E3%81%AE%E7%96%91%E6%83%91%E3%81%AE%E5%BE%B9%E5%BA%95%E8%A7%A3%E6%98%8E%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99開始日 2024年11月18日●Change.org兵庫県知事選に関連した立花孝志氏の行為に対して、公正な調査を求めますhttps://www.change.org/p/%E5%85%B5%E5%BA%AB%E7%9C%8C%E7%9F%A5%E4%BA%8B%E9%81%B8%E3%81%AB%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%97%E3%81%9F%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E5%AD%9D%E5%BF%97%E6%B0%8F%E3%81%AE%E8%A1%8C%E7%82%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%A6-%E5%85%AC%E6%AD%A3%E3%81%AA%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99開始日 2024年11月18日 私自身が複数の報道機関にあてて出した意見も以下に貼り付けておきます。〔意見〕 兵庫県の有権者にSNSの情報に影響された人々が数多くいたようですが、知事選前のメディアの選挙報道に疑問があります。選挙期間中にSNS上で疑わしい情報・デマも含めた候補者への執拗な攻撃と思える発信が多数あったにもかかわらず、なぜファクト・チェックをためらったでしょうか。言ったもの勝ちのSNSを確認し、くぎを刺すのは組織的な取材力のあるメディアの大きな役割です。 今からでも異常な選挙の検証をお願いします。この選挙中に立花孝志は百条委員会委員の自宅にまで押しかけて大音量での脅迫を行ったとのことですが、そのようなことが許されるのでしょうか。デマや脅迫が公正な選挙をゆがめることになっていないのか。今後、暴力団まがいの行為で大混乱する選挙を繰り返さないためにも徹底した検証が必要と考えます。〔追記〕 なお、マスメディア以外にもファクトチェックを積極的に行っている団体があることを知りました。そして、似かよったチェックはメディアや団体に頼るだけではなく、ある程度は自分自身で実行することが可能だということも・・・。これからの時代、益々そのような力が求められていくのでしょう。 にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.11.21
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兵庫県知事選挙の風刺動画、面白かったので紹介します。11月18日 付記 私がこの「風刺動画」を紹介したのは「前知事を再選させることには問題がある」と考えていたからですが、ご存知のように「総統のモデルとなった人物」は当選しました。ただ、「パワハラ疑惑は前知事を陥れるための陰謀・捏造だったとの批判・発信、他候補への誹謗中傷の洪水」など異常な選挙戦だったこと、その実態についての検証はこの社会の今後にとっても必要だと考えています。今後、net空間を利用して似通った選挙が再現される危険性は大きいでしょう。もちろん、「当選した人物の前知事時代のパワハラ疑惑、権力の乱用疑惑」については引き続き兵庫県議会や報道機関を通して検証が行われるでしょうが・・・。思えば歴史上実在した「総統」の時代には、権力行使に対する検証や批判、「諷刺画」「風刺映像」などその国内では全く不可能な状況でした。異常な選挙や心理状態は歴史の中で再現される危険性は大きいものの、批判や検証は可能な限り丁寧に行うべきと考えます。確かに、大手報道機関も自らの報道仕方について自己検証することは大切でしょう。「問題のある報道⇒したがって捏造」という短絡的な批判・攻撃に応答するためにも。 関連しますが、本日表明された半田さんの以下の見解、当然だと考えます。「SNSの情報に影響された人々が数多くいたことは、元明石市長の泉房穂氏が出演したテレビ番組でもわかりました。泉氏は斎藤元彦氏の当選を受けて民意をくみ取れなかったことのおわびを表明しましたが、(兵庫知事選における)新聞・テレビといったオールドメディアの選挙報道こそ、おわびに値する。なぜ選挙の号砲が鳴るとファクト・チェックをためらうのか。今年、大荒れになった衆院東京15区補欠選挙と都知事選挙から何ひとつ学んでいない。言った者勝ちのSNSにクギ指す役割を放棄するのは、民意の形成を放棄することと同義語です。」にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.11.15
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ここ2回、「虎に翼」の主人公の言葉=「法とは人の尊厳や権利を運ぶ船のようなもの」を受けて過去記事を再掲しましたが、11月3日のサンデーモーニングでは、まさにその言葉に呼応する内容が短く「特集」されていました。国連の女性差別撤廃委員会からうけた勧告の内容、それにどう向き合うかという問題です。簡潔なまとめがなされていましたので、内容を文字化して紹介します。〈番組の内容〉夫婦は結婚後、同じ苗字を名乗ることになっている制度について国連の委員会が最終見解を発表。夫婦同姓から皇位継承まで幅広く変化が求められた。秋の園遊会で男性の皇族は「天皇陛下と秋篠宮さま」の二人だけ。女性の皇族が目立つ。(・・・中略・・・)安定的な皇位継承は避けて通れない課題。そんな中、国連の女性差別撤廃委員会は皇位継承が男性に限られていることを問題とし、法改正するよう勧告。日本政府の担当者は皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項であり、皇室典範について取り上げることは適当ではないと応答したが、国連側は日本だけが特別ではないと説明した。例:スペインでは女性も国王になれるが、男性を優先する決まりがあり、国連は改善を勧告している。国連が日本の皇位継承をめぐって法改正を勧告したのは今回が初めて。Q 20年以上にわたってより強く勧告し続けている問題がある。それは何か?A 夫婦同姓を義務付けている法律。国連の女性差別撤廃委員会は「同姓の強制をやめ、選択的夫婦別姓を導入」するよう求めた。今回は実に4度目となる勧告。「過去の勧告に対処していないことを懸念する。民法改正に向けた措置が何も取られていない」、と指摘。勧告を受けた政府は「国民の間にさまざまな議論、さまざまな立場からの意見があり、制度の導入についてはより幅広い理解を得る必要がある」、と記者会見で応答。国民の理解を強調する姿勢に現地で議論に参加したNGOからは、「国民の世論が分かれているのは、全く言い訳にならない。マイノリティの権利が平等に認められていないことそのものが大問題。女性差別撤廃条約を批准しながら、勧告を軽視してきた政府の対応もだ。日本はあの勧告に関して、2013年の安倍政権の閣議決定以来、法的拘束力がないとずっと繰り返しているが、そんなわけはない。自ら守ると約束した「女性差別撤廃条約」を守るために必要なことを勧告してくれている。少なくとも誠実に向き合う責任がある。Q この国連の女性差別撤廃委員会が出した日本への勧告のpoint・重点項目は?A 二年以内の改善を求められている重点項目はこちらの四つ。1,選択的夫婦別姓を導入するための法改正(4度目となる勧告を受けた)2,女性の国会議員を増やすため、選挙に出る際に必要な供託金300万円を一時的に減額すること。3,緊急避妊薬を入手しやすくすること。4,中絶時の配偶者の同意を不要にすること。国際人権法が専門の青山学院大学の谷口教授は以下のように述べる。選択的夫婦別姓のように同じテーマで4回も勧告が出されるのは異例。そもそも日本は条約で求められている「すべての差別を禁止する法律」や「人権救済機関」についても作るよう繰り返し勧告されていて、条約上の義務を果たしていない。コメンテーター一番深刻だと思うのは、この国連の勧告を政府が真剣に受け止めて改善しようとしていないこと。「勧告には法的拘束力がないので、従う義務がない」などどということは決してない。「締結している条約を誠実に遵守する義務がある」ということは日本国憲法にも明記されている。(国際条約は、国内の一般法の上位にあり優先順位は高い:引用者)。4回も指摘されている問題については、速やかに対応して行く必要がある。このたびの勧告は、沖縄の女性に対する性暴力についても初めて触れている。暴力を防止して加害者を適切に処罰、その上で被害者に充分な保障を提供するための措置を取るべきとも言っている。〈comment〉上記以外にも二人commentしていましたが、国連が設置を勧告している「人権救済機関」が設置されていないこと、「日本国内に政府から独立して人権侵害について聴き取り話し合い問題解決に踏み出していく場がないこと」が大きな問題だと感じました。歴史的に人権はまず「政府からの自由(政府によって抑圧されない権利)」として始まったことを考えれば、多くの国ですでに設置されている「人権救済機関」を立ち上げることは、初歩的で重要なことと考えるからです。それがないために、人権侵害を受けた個人は「泣き寝入り」するか、かなりの負担を覚悟して訴訟を始めるか、社会的な運動を展開するか(国連に頼ることも含め)といった苦しい選択へと追いやられてきました。そのことは様々な人権侵害の問題解決にとって大きな障害だったのではないでしょうか。とりわけ、日米安全保障条約が事実上日本国憲法の上位におかれ、米軍兵士による性暴力や低空飛行による騒音など、基本的人権が保障されていない日本の現状においてはなおさらです。また、図示された4つの重点項目ですが、避妊薬の入手や中絶の同意不要なども含め、自分の体、自分の名前について自己決定をする自己決定権の問題です。「何が幸せで、自分がどう生きたいかというのは、各個人が決めることであって、そのための選択肢を増やすのは政治の役割だ」、というコメンテーターの意見に賛同するものです。過日の衆議院議員選挙において与党野党の関係が変わってているなか、政治の場で本気で話し合うことが大切でしょう。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.11.03
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〔番組の内容 2〕 いよいよ 全国水平社設立(1922年3月3日) に向けて西光らは大会への呼びかけのチラシを全国各地で配布した。 創立大会の宣言は西光が起草したものであるが、彼は部落民であることは決して恥ずべきことではないし、否定すべきことでもないことを訴えたかった。 西光は宣言にある一文を書き込んだ。「自分たちへの誇り」それはかつて「自分が部落民であることを隠し続けたつらい過去」を踏まえたものだった。 会場へは多くの人が集まってきた。しかし、部落民であることを隠してきた人々にとって、創立大会へ参加することは勇気のいることだった。 午後一時 水平社創立大会において「水平社宣言」が読み上げられた。「部落民よ団結せよ。われわれがエタであることを誇りうる時がきたのだ・・・」この宣言が読みあげられた直後の、満場の拍手の中で、参加者には「否定すべきことと思い込まされてきた現実」を正面から引き受けていこうという強い意志が共有されていった。 創立大会後、香川県で結婚を前提に女性と同棲していた男性が起訴される。裁判所は起訴を受けて部落民であることを隠してつき合っていたことは「誘拐罪」にあたる、という判決を下した。 司法の場で公然と行われた差別判決に対して、全国水平社は団結して闘った。判決は覆らなかったが、青年は仮釈放され裁判官は左遷された。 「水平社宣言」とその後の闘いは、人権を考えていく上では画期的な問題提起であった。 しかし、戦後も部落地名総監という悪質な文書によって行われた就職・結婚差別に象徴されるような差別は残り、いまだ解消にはいたっていない。 番組は最後に一人の女性を登場させる。 被差別部落で生まれたこの女性は、自分の体験を文章にすることで「命の重み」を訴え続けている、という。 この女性は20代の時、交際していた男性との間に子どもを身ごもった。そのことを男性に告げた瞬間、相手から発せられた言葉を一生忘れることができない。「今までのことはなかったことにしよう」「俺がすきでもお前らの家柄は悪いし血がにごれているからなあ」 出産後この女性は子どもと一緒に男性と出会い、「母子で東京にこれないか」「もう故郷には帰れないけれど」という申し出を受けた。男性はこの女性や子どもに愛情を感じつつも部落と関わろうとしなかったのである。 女性は自分たちを差別するこの男性を愛することができず、この申し出を断る。ひとりで子どもを育て始めるが2年後、子どもは亡くなる。 50年後、男性から電話がかかってきた。「子どもの写真を送ってほしい」という。 男性は泣きながら電話口で語った。「この世の中で俺の子は一人だけだった。わが子さえ差別していた俺はばちが当たっていた。あの世で子どもを抱ける父親になれるようがんばるからな。」この男性は半年後に亡くなった。 差別はされたものだけでなく差別したものをも深く傷つける。 女性は亡くなった子どもに語りかける。「父さんも悪かったって謝っていた。許してやってな。お母さんはもう少し生きて差別がいかに心を貧しくするか、親子さえも憎みあうことがあるんだということをみんなに話さにゃ死に切れんから・・・」 他人をおとしめ、自分自身までおとしめる差別。それはわれわれの日常の暮らしの中で形を変えながら今も繰り返されている。 西光万吉が水平社宣言の中で示した「人間は尊敬すべきものである」という考え・その精神は、「私たち一人ひとりが自分を、そして相手を大切にすべきであるという」原点としての輝きを失っていない。〔コメント〕 西光らの運動の出発点となった「論文」とは、雑誌『解放』1921年7月発行に載録された早稲田大学教授の佐野学による「特殊部落民解放論」。部落民自らが不当な差別の撤廃を要求し、その後労働者と連帯すべきと論じたものです。感激した西光たちは東京に佐野を訪ね、佐野も奈良の西光を2回訪ねたのだそうです。 近代が「確立」していった人権思想に照らして「現実の不当性に目を開き行動することを提起した人物」が当時の日本に存在したことは注目すべきでしょう。 ところで、近代思想家の中で私自身が高く評価しているJJルソーは「自由・平等」とともに「同情」の大切さを訴おり、この点では西光らの主張と対立します。 私自身もルソーに近い感覚があり、「同情」というのは「もし自分が同じ立場だったらどうだろう」「きっと情けなく悲しいことだろう」と想像するところから生まれる感情であり、決して全面否定すべきものではないと考えています。 確かに「同情ではなく共感すべし」という主張もあり、その意図するところは理解できるのですが、厳しい現実を「同じように体験することが原理的に不可能」である以上、簡単に「共感」などできるはずがないと考えるのです。 しかしながら、それでもなお「人間は尊敬すべきものだ」という西光らの言葉は圧倒的な迫力を持って迫ってきます。私たちが西光らの生涯(水平社運動)に触れることで沸き起こってくるのは決して「同情」ではないでしょう。「尊敬すべき人間たち」「その意思と呼びかけ」に対する共感といえるのではないでしょうか。(違和感を覚える表現について、微修正を加えました:2024年10月)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.10.25
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前記事も受け、何らかの形で関連する過去記事をいくつか再掲したいと思います。〔番組の内容 1(放送日は2008年、4月)〕 いまから86年前の日本で、「人間は誰もが尊敬すべき存在である」とうたった宣言がつくられた。水平社宣言である。起草したのは西光万吉。彼は被差別部落出身の青年だった。 西光は部落出身であることを隠して生きるため18歳で上京する。(・・・)「部落民だということがわかったらどんなことになるんだろうと心配だった。」彼にとって部落民であることは恥ずべきこと、隠しておくべきことだったのだ。 そのような西光に転機が訪れた。1918年の米騒動である。生活に困窮した「部落民」からも「騒動」に加わる人がいた。警察は部落に対する徹底的な捜査を行い全国で8千人の検挙者のうち約9百人が部落民だった。 警察だけでなく、当時の新聞や雑誌も「部落民」の暴力を非難した。「部落民は伝統的に動物を殺すことを仕事にしてきた人たちの血筋だから、残忍な心を持っているのだ」(雑誌「一大帝国」)と。部落民であること自体が犯罪であるかのような理不尽な非難に西光は憤りを覚える。 差別され貧しさを強いられていた部落民が生きるために声を上げれば心根まで残忍だと非難される! しかし、振り返ってみれば自分自身差別から逃げたいあまり「部落民であることを恥ずべきこと、否定すべきことと考えていた。」そして、西光は決意する。「これからは自らが部落民であることと正面から向き合って生きていこう、」と。 こうして西光は故郷に戻るのであるが、何をどうすればいいのかわからない状況であった。しかし、ある学者の「論文」をヒントに「自分たちの力で現状を打破していこう」と一歩を踏み出す。 他方、大日本帝国の政府はいわゆる「融和運動」を始めた。 政府は部落民が反抗的であることは部落民の心根の中に問題があるとして、部落民の側が改善すれば世間の同情を受けて差別がなくなるといった「指導」をおこなった。西光はこのような政府中心の運動に強く反発したのである。 そもそも差別の原因が部落民にあるというその考え方が間違っているのだ。それを変えていくためには自分たちが声をあげ団結して行動を起こすほかはない。 こうして西光は「パンフレット」を作って全国各地へ働きかけ、集まった同士とともに団結のための組織をつくり「水平社」と名づけた。 1922年1月、西光はある新聞記者のもとを訪ねる。「部落民への同情や哀れみを呼びかけるような運動はやめていただきたい」新聞記者は納得しなかった。「私たちはあなたたち部落の人たちのためにやっているのだ。世間の同情を求めることの何が悪いのか。」 西光は机をたたいて訴える。「かわいそう、気の毒だから同情してやるという恩着せがましい態度こそが心外なのだ。そのような姿勢こそが部落民を見下しているのだ。」 そして西光は語る。「尊敬する気持ちを持って同じ人間を見てほしい、」と。西光の言う尊敬とは「人を家柄(・・・)等で見るのではなく、その人の個性を認め本質的に人が人と向き合うこと」だったのである 西光の訴えを聞いた新聞記者は、「同情してやる」といった自分自身の傲慢さに気づく。(「急に私自身が恥ずかしくなってきた」)人間は本来尊敬すべきものである、という西光の考えはこうして徐々に理解者を増やしていく。 全国水平社創立の2ヶ月前のことだった。〔コメント〕 ガンジーやキングのドキュメントもそうでしたが、現実を引き受け一歩踏み出していく西光の決意と行動が印象的です。(他者によって一方的に貼り付けられたレッテル・現実をまず決然と引き受け乗り越えていくことを主張したサルトルを思い起こすのは私だけか。) そして、人間は本来平等であり「尊敬すべきものだ」という西光の確信も、「人間相互が信頼し尊敬できる世界」を求め続けたガンジーの姿勢と共通するものがあるように思われます。 人間は「自分を認め、尊重してほしい」という根源的な願いを持っている、ということは200年以上前にヘーゲルが深く洞察していました。 そして、「一人ひとりがかけがえのない存在であり、尊重(尊敬)されるべきものだ」といった「人権思想」も「近代社会」が次第に確立し合意を形成していった「原理」です。 しかし、人間はその逆のことをなんと数多くしてきたことでしょう。「人間は尊敬(尊重)されるべきものだ」という原理が形式的にではなく確立されていくためには、西光のような多くの人々の苦しみと決意、そして長い闘いが必要でした。 それは、後世の私たちにも強い示唆を与えるものです。このような具体的な経験と現実に向き合う行動こそ、学校教育においても大きな説得力を持つものであると考えるのです。(違和感を覚える表現について、微修正を加えました:2024年10月)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など1
2024.10.15
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法の本質など、一人ひとりの具体的でかけがえのない生と決して切り離すことなく深く描いており、考えさせられる番組だった。主人公寅子はその時々において「法の本質」を語るが、鍵となる言葉は三つ。最初の二つの内容は(録画していないため)記憶に頼って書いておく。 ①「水源」(共亜事件判決後の寅子の発言)法は「水源」のようなもの。特定の色に染められることなく、汚されず清らかさが保たれれば社会も個人も健全に守られる。 ②「人権」(戦後における寅子の発言)法は人々の基本的な権利を守るためのものであり、新憲法のもと、すべての人が平等に保護されるよりどころとなるもの。③「船」(最終週における発言)人の尊厳や権利を運ぶ船のようなもの。時に操作を間違えたり誰かを沈めることもあるが、漕ぎ手は船を修繕したり改造したりしながら進む。様々な人、すべての人たちが快適に過ごせるためには不断の努力が法をつかさどるものにとっては必要(末尾註)。 さて、前記事で私は「司法の独立」という民主主義の重要な原則において、明らかに日本が韓国に後れているという事実を指摘した。だが、「虎に翼」をとおして上記③に関連する事実=法をつかさどるものが「司法の独立」や「人権保障」に奮闘した事実にも目を向ける必要があると感じることはできた。番組で示されただけでも以下のものがある。・共亜事件(モデルは帝人事件)・・・検察の横暴で起訴された帝人社長ら全員に対して(事件そのものが存在しなかったとして)無罪判決がくだされた。・原爆裁判「賠償を受ける権利を明確にできない」など不十分な面を含みながらも、被爆者救済の道が開かれるきっかけとなった。・四大公害訴訟例えば新潟水俣病1971年の判決。「原因物質・汚染径路について様々の情況証拠により、関係諸科学との関連においても矛盾なく説明でき、汚染源の追求が被告企業の門前に達した時には、被告企業が汚染源でないことの証明をしない限り、原因物質を排出したことが事実上推認され、その結果工場排水の放出と本疾病の発生とは、法的因果関係が存在するものと判断すべきである」とされた。 ドラマでは、最高裁長官(桂場)による新たな法解釈として描かれた。・尊属殺重罰規定の違憲判決をもたらした「弁護人による陳述」「人倫の大本、人類普遍の道徳原理」に違反したのは一体誰なのか。本件において被告人はその犠牲者であり、被害者こそこの道徳原理をふみにじっていることは一点の疑いもない(・・・)。被害者の如き父親をも刑法第200条は尊属として保護しているのでありましょうか。かかる畜生にも等しい父親であっても、その子は服従を要求されるのが人類普遍の道徳原理なのでしょうか。本件被告人の犯行に対し、刑法第200条が適用され、且つ右規定が憲法第14条に違反しないものであるとすれば、憲法とはなんと無力なものでしょうか。(・・・)もはや、刑法第200条の合憲論の根拠は音を立てて崩れ去ると考えられるがどうでありましょうか。ドラマにおける弁護人山田よねの陳述は、明らかに上記に基づいて(台本が)書かれている。以上、司法機関に関係する個人・団体による奮闘は十分確認できるが、司法の独立・憲法の人権尊重などが押しつぶされた例も忘れてはならないだろう。1963 年「砂川訴訟」判決においては、高度な政治性を持つ条約(例えば日米安全保障条約)については、一見して明白に違憲無効でない限り、司法審査の対象外という統治行為論が採用された。この判決により、アメリカ軍の駐留は憲法違反ではないとされ、東京地裁の判決が破棄されたわけだが、2000年代に入ってから、砂川事件を担当した田中耕太郎最高裁長官(当時)が、判決前に駐日米国大使ダグラス・マッカーサー二世と連絡を取り合っていたことが、米国の公文書で明らかになった。これは、米国の圧力を背景に「司法の独立」を守れなかったのではないか、ということを疑わせる事実である。そして、その悪影響ははかりしれないほど大きかった。「憲法が最高法規で条約はその下」という、法体系の常識が日本の場合逆転してしまったのだ。ドイツやイタリアでなしえた米軍の「地位協定の改定」が極めて困難になっている大きな理由もここにあるだろう。「最高法規であるはずの憲法の上に、日米安全保障条約が存在している」ためだ。「地位協定」を本気で改定しようという意思が日本政府にない(なかった)ことは明らかだが、日米安全保障条約の下に憲法が置かれてしまった出発点は砂川訴訟の最高裁判決である。「統治行為論」として、憲法判断を回避したため憲法が安保条約の歯止めにならなくなったのだ。 さて、このような「統治行為論」は「法体系の常識の転覆につながった事例」といえるが、その他にも「検挙率」の高い日本において実に数多く生み出されてきた「冤罪」の問題。(袴田事件も象徴的であるが)仮に「死刑」が執行されなかったとしても、人生の多くの時間を奪われ精神的にも大きな負担を強いる「冤罪→服役による人権侵害」、あるいは「取り調べに際しての人権侵害」の例は、枚挙にいとまがない。 確かに「虎に翼」で描かれた家庭裁判所の活動のほか、例えば人間裁判と言われた朝日訴訟など司法にかかわる個人・団体による奮闘に目を向けることは大切だろう。しかしながら「不断の努力」によって改善していくべき課題はあまりに多いと言わなければならない。(引用者註)上記の下線部分「不断の努力が法をつかさどるものにとっては必要」については、違和感もある。「船を修繕したり改造したり」(法の改正や新たな制定)に責任を持つべきは判事や弁護士だけでなく、すべての主権者であると考えるからだ。第12条にもあるとおり「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」ものであること、さらにいえば私自身、「人民(国民)の主権」とは社会的な意思決定権であり、意思決定は原理的に代行不可能なもの」というルソーの見解が妥当だと考えているからだ。 2015年に集団的自衛権を容認する安保条約「改正」への反対運動が大きく盛り上がった際に国会で発言した奥田愛基も第12条に触れていたが、その後においても検察法改正法案(焦点となったのは「内閣や法務大臣が認めれば定年を3年まで延長できる」という規定が黒川検事長〔当時〕の恣意的な定年延長を正当化する問題)が、「ツイッターデモ」によって阻止されたことは記憶に新しい。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.09.30
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9月4日のBingNewsに以下のような記事が掲載された。(以下抜粋)NHK連続テレビ小説「虎に翼」の第112話が3日、放送され、ヒロインの学友、山田よねが弁護士として法廷に立つシーンが初めて描かれ、視聴者から大きな反響が寄せられた。・・・行われた裁判では、原爆投下が国際法に反しているかが争点となり(・・・)被告側の教授、嘉納隆義は、新兵器である原爆を想定していない国際法の規定を類推解釈すべきでないと(原告側に)反論した。反対尋問にたったよねは、・・・「いくつかの国際法に『戦闘における不法行為を行った国には損害を賠償する義務がある』と定められています」と述べた。そして、この義務は国家間にのみ発生するものかと確認。嘉納は、国際法の原則では不法行為による損害賠償は国家が請求するものだとし、個人が国に賠償責任を求めることも不可能だと答えた。その言葉によねは歩み寄り「主権在民の日本国憲法において個人の権利が国家に吸収されることはない。憲法と国際法および国際条約の規定と法的にはどちらを上位に考えればよいとお考えですか?」と再質問。「戦時中に今の憲法は存在しない」とはぐらかす嘉納に「原告は『今』を生きる被爆者ですが?」と詰め寄った。・・・(よねの)その姿に多くの視聴者がXで「立派になったなあ」「キレッキレ」「しびれます」などと感激。常に弱者に寄り添うよねの信念を改めて感じたという視聴者も多く「胸アツ」「朝から魂持っていかないで」「言葉に魂が籠ってる」といったポストも目立った。(抜粋は以上) 先入観がなければ、上記よねの発言は違和感なく納得できるものであろう。よねの主張を繰り返すと「主権在民・人権の尊重を基本原則とする憲法のもとでは、個人が受けた人権侵害に対して補償を請求する権利は国家に吸収されることはない」「憲法は国際条約の上にある」、というもので全く妥当な原則だ。実をいうとそれは、韓国の法廷が「朝鮮人徴用工が受けた被害(=賃金不払いや酷使・虐待)への日本企業による補償義務」を認定した根拠と同一である。本来ならば妥当な論理を「徴用工や韓国政府は日本企業に難癖をつけているだけ」という先入観によって否定しようとする現実はないだろうか。 基本的な論点は過去記事で整理しておいたので参照されたい。 黒部ダムだけでなく 「動員」された朝鮮人 | “しょう”のブログ - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)徴用工問題の「政治解決」について | “しょう”のブログ - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)確かに、日韓を問わず「政府」は戦時中や植民地支配のさなかに他国の民衆に与えた人権侵害・被害に対する賠償責任を否定する傾向にある。しかしながら、日韓の司法機関の違いについては明確にしておきたい。「政府の意向に忖度して判決が左右されてしまいがちな日本の法廷」に対して、相対的に司法の独立が実現しているのが韓国の法廷であることは、以下の例からも明らかだろう。韓国で「ベトナム民間人虐殺」裁判が大詰め 証言者に危険迫る懸念も|NEWSポストセブン (news-postseven.com)ベトナム戦争中、(米国の要請で出動した)韓国軍による残虐行為について、ベトナム人の視点からは非常にで痛ましい記憶が残っている。韓国軍は1964年から1973年の間に約32万人の兵士をベトナムに派遣し、多くの民間人に対する虐殺や暴行が行われた。(例:1968年2月12日にクアンナム省のフォンニ村・フォンニャット村で発生した虐殺事件がある。この事件では、韓国軍が無抵抗の村民約70人を殺害。)近年、ベトナム人被害者が韓国政府を相手に国家賠償訴訟を起こし、韓国の裁判所が韓国軍による民間人虐殺を事実と認める判決を下した。(韓国政府は当初、賠償責任を認めようとしなかったが・・・)ベトナム戦争民間人虐殺での賠償判決 韓国政府が控訴 | 聯合ニュース (yna.co.kr) ベトナム戦争虐殺での賠償判決 韓国外相「人権尊ぶ国として賢明に対処」 | 聯合ニュース (yna.co.kr) このような動きは、過去の出来事を再評価し、和解と正義を求める努力の一環として重要であろう。韓国の裁判所がベトナム人の賠償請求権を認めた根拠は、以下の点に基づく。1. 歴史的事実の認定:裁判所は、ベトナム戦争中に韓国軍が民間人に対して行った虐殺や暴行が実際に発生したことを認定。2. 人権侵害の認定:これらの行為が重大な人権侵害であり、国際法や人道法に違反するものであると判断。3. 被害者の権利:被害者が正当な賠償を受ける権利があると認められた。4. 国家の責任:韓国政府が当時の軍の行為に対して責任を負うべきであると判断された。これは、国家が自国の軍隊の行為に対して責任を持つべきという原則に基づく。 第二次大戦後、韓国は独裁体制から民主的な社会への移行に相当な年月を要したのは事実である。しかしながら現在、「司法の独立」という民主主義の重要な原則において、明らかに日本が韓国に後れているという事実としっかり向き合ったうえで、この社会の今後を考え、創造していく必要があるのではないか。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.09.07
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古市憲寿の発言が炎上しているという。以下のような内容も含めてらしい。 「知覧とか万世の特攻の資料館はよく行ったりするんですけど、特攻があったから今の日本が幸せで平和だっていうのはちょっと違うなと思っていて、むしろ特攻みたいなことをさせない社会にしていく必要があると思う」 「特攻の記憶を受け継ぐことはすごい大事なんですけど、それにただ感動して泣いて終わりにするんじゃなくて、こういう特攻みたいなものがもう二度とこの国に現れないようにするには『どうしたらいいんだろう』って、そういったきっかけになるような、そういうふうに平和を考えることがすごい大事かなって思います」。古市憲寿、メダリストの‘特攻資料館行きたい”発言に意見 「泣いて終わりにするんじゃなくて…」 - モデルプレス (mdpr.jp)https://mdpr.jp/news/detail/4352457 上記主張自体は全く当然と考える。著名人の発言を炎上させ、自由にものが言いづらい状況をつくる行為や空気はないだろうか。このたびはNHKのバタフライエフェクト『戦場の女たち』も題材にしながら特攻を考えたい。 この番組に登場したのはソ連初の女性航空士マリーナ・ラスコーヴァ、女性狙撃兵リュドミラ・パブリチェンコ、ドイツの天才飛行士ハンナ・ライチュなど。ライチュはテストパイロットを繰り返してナチスの兵器開発に協力、爆撃の命中率を高めたという。 興味深い場面やメッセージは数多くあったが、このたびは「特攻」に関連する部分だけをとりあげたい。上記のように、テスト飛行を繰り返し急降下爆撃の実現に貢献したハンナ・ライチュだったが、ドイツ軍の敗色が濃くなる中で、新型の爆弾(時速600キロで飛び、大きな破壊力をもつ爆弾)の命中精度を高めるため、それを人間が操縦することをヒトラーに提案したという。 飛行士は命中の直前に脱出することが想定されていたとはいえ、事実上の特攻(自爆)作戦である。彼女の提案に対してヒトラーは次のように応じたという。 「生きて帰還する可能性を兵士たちに残すべきではないか」と。どうだろうか。あのヒトラー(第二次大戦や障がい者・ユダヤ人の虐殺を引き起こし、およそ人権感覚などなかったと思える)の言葉がまともに聞こえるではないか。 このようにヒトラーでさえも躊躇した特攻(自爆)作戦を実施・継続した大日本帝国(その指導者たち)をどう見るべきか、ということである。「人間魚雷回天」もそうであるが、「志願」という名のもとに実施された、人類史上まれにみる非人間的な作戦というべきであろう。(爆弾を持ったまま戦車に飛び込む「陸上特攻」も本質的には同じ。) ここで、同じNHKの「ドラゴン桜」で吠えた桜木の発言を思いおこしたい。「『国はな お前らにバカなままでいてほしいんだ それが本音なんだ何にも疑問も持たず 何にも知らないまま調べないまま ただひたすら 制度の下で働き続け 金を払い続ける国民であってほしい、それを別の言葉で言い換えると何だ?馬車馬だ、国はお前らには ただひたすら 黙々と馬車を引く馬車馬であってほしいんだその方が都合いいからなどんなに努力しても どんなに力を振り絞っても 本質を見抜く力がなければ 権力者と同じ土俵にすら立てないんだ ルールを作るやつらはな この状況がおいしいから こういう仕組みにしてんだ(・・・)なぜ社会はこうなってんのか 誰がどんな意図で このしくみを作ったのか 本質を見抜き自分なりの答えを出す力をつけろ」 上記セリフの中で(・・・)に入る言葉は、「自分は関係ねぇからなんて言ってたら、一生騙されて高い金払わされ続けるぞ」である。しかし、国が差し出すことを求めるのは金だけなのか? 状況によっては「命までもすすんで(喜んで)差し出せ」と要求してくることは歴史が証明している。そして、すすんで差し出すのが当然という「空気」をつくりだすために利用されたのが「国のために戦って死んだ者は『英霊』として永久に讃えられる」という物語である。 桜木の言うように、全ての政治家が「国民は馬鹿なままでいてほしい」と願っているわけではなかろう。しかし、残念ながらそのような「権力者」は現在も存在しているようだ。われわれは騙され続けることなく「本質を見抜く力」をつけるためにも、しっかり歴史に学ぶ必要があるのではないか。 特攻作戦などを、実行(積極的に募集)し続けた軍(国家)上層部の戦争責任はもちろん、多くの若者を戦場に追いやった「教育の戦争責任」も忘れてはならない。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.08.16
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『週刊文春』(5月3日発刊)や朝日新聞(5月21日付)の取材による丸山島根県知事の発言、各道府県知事の発言などをもとに人口減少問題を(「消滅可能自治体」という形で)地方の自己責任のようにとらえる発想を批判したい。〔以下『朝日』や『文春』記事などより〕 財界人や学者らの有志で作る「人口戦略会議」が、全国の744市町村を「消滅可能性自治体」と位置づけている。Q こうした動きを現場の知事はどう見たのか。人口戦略会議の発表(2024年4月24日)後、その週のうちに定例記者会見があった知事発言の内容は?A1「国は人口減少を地方の問題と決めつけているが違う。出生率が低い東京圏に若い世代が吸い寄せられる構造に問題がある」(福井県知事)A2「それぞれの地方でできることはやっているが、近隣の市町レベルで人口を取り合っているだけ。国が腹をくくって、社会全体の取り組みをしなければ(解決は)無理だ」(広島県知事)A3「出生率が高いところもあるけど、総じてどこも下がっていて、我が国の傾向。国の政策とか、日本社会全体の問題を解決しないといけないのに、自治体ごとの課題であるかのように、誤った世論誘導をしているところが問題」(島根県知事) 〔Q 世界に類例がないほど急速に「少子高齢社会」へ爆走中の日本、海外からみるとどう見えるのか。A 例えばイーロン・マスクは、日本の人口減少問題について「出生率が死亡率を超えるような変化がなければ、日本は結局消滅するだろう」とツイート。〕 一例だけではあるが、「人口減少」問題が地方の自己責任ではなく、国全体の問題であることは自明では? 5月3日、丸山知事の会見では舌鋒鋭く指摘が続いた。 「だから私が言っているように、市町村単位に置き換えること自体がナンセンス。市町村の努力が足りないからと押しつけているけど、じゃあ東京都がすごく頑張っているから人口増えているの? 合計特殊出生率(1人の女性がおおむね生涯で出産する子の数)は都道府県で最低だよ(0.99)。よそから人を吸引できる恵まれたポジションに社会構造上あるから、そうなっている」 丸山知事の指摘は止まらない。「分かりやすいのは東京一極集中だけど、私からすると三大都市圏とそれ以外の地域との格差構造を是正しなければ、こんなの(人口減少)どんどん進むに決まっていますよ。一生懸命に出生率を上げて子育て環境を整備しても、大学・専門学校への進学、就職という段階で、子どもさん達が地方に残れない構造。」 「消滅可能性自治体がどうこうだというふうに自治体に転嫁していくレベルの問題じゃない」 都市部への人口集中は、企業の集中が原因の一つだと見られており、矛先は経済人へも向かう。「なぜ東京にでかい本社を構えないといけないのか。アメリカのように(分散立地)できないのか。経済主体が最適だと思っている選択の積み重ねが、日本社会としては最悪の事態を招いている。」 「国の成り立ちは領土と主権と国民の三つ。そのうちの国民がいなくなってしまうかもしれないという意味での、日本という社会の持続可能性が問われているのが人口減少問題の本質。」 また、5/21 の朝日の記事では、自民党が「国立大授業料の適正な設定」と称して授業料値上げの提言を行った問題に対して猛然と異を唱え、「高等教育を諦める親が増えていることが少子化の一因になっている、という想像力すらない人たちに、怒りと失望を覚える」と徹底批判した。 〔comment〕以上のような丸山知事をはじめとする道府県知事たちの発言は全く当然ではないか。「ひろゆき」や「成田悠輔」に象徴されるような、新自由主義的で冷笑系の言説(「自己責任だろ」と言って「田舎」を馬鹿にする言説)はネット上には相当あふれ、それ自体が差別的で大問題だが、行き着く先は日本社会全体の決定的な衰退でしかない。地方の発信から全体を問い直すことは必須だと思われる。にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.07.28
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標記の問題については、すでに大きく報道されており、「すでに終わった問題」、「やむを得ない」という空気になっているだろうと感じています。私自身の感覚もそれに近いものがありましたが、為末大の発信を読み、確かにこのような見方がまっとうだ、と考えましたので紹介します。 自らの体験をふまえ、「子どもたちの問題にフォーカスするより、可能性を信じる社会の方が私は良いと思っています」という発言には共感をおぼえました。 日刊スポーツ新聞社に掲載された、長文コメント(為末大)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.07.21
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去る6月21日、遠藤誉が「Nature の研究ランキング『トップ10』を中国がほぼ独占」と題した記事を書いていました。Nature 誌を発行する英国の出版社による、「科学技術研究における各国の大学・研究機関の実力ランキング」の報告書の紹介です。Natureは145の自然科学分野および健康科学分野のジャーナル(学術雑誌)に掲載された研究論文への貢献を、2023年に出版された75,707報の論文をもとに調査をまとめランキングを作成しています。調査結果には<Nature指標2024 研究リーダーズ:中国の研究機関が上位を独占>という見出しがつけられました。 (世界で10位以内に入る研究機関・大学のうち、7つを中国が占め、日本はゼロ。) 「科学技術力」においても「経済力」においても「中国を見下す」ような主張・情報が多数発信される中、中国の現状と日本の現状(例えば大学教育の現状、研究の実態、彼我の落差)を考えていくうえで多くの人に読まれるべきだと考えました。「小泉・竹中構造改革路線」による新自由主義的な大学の改編(独立行政法人化と基礎研究を軽視した予算削減など)が教育機関としても研究機関としても日本の大学の体力を奪い、悲惨な状況に陥っている現在についても一目瞭然です。(現状を打開し、大学のみならず「日本の教育機関の体力」を回復させていくためには、正しく「社会的共通資本」としてそれらを位置づけ、必要な資金を惜しまず支えていくことでしょう。)遠藤誉の記事とあわせて、以下の二つも是非ご一読ください。古賀茂明「大企業の利権を守るためにEV化で後れを取った日本の代償 中国に全て奪われ『産業国家』が没落する日」ブログ 世に倦む日日 の関連記事「中国の科学技術力 - 嘗て日本の子どもたちが夢見た未来空間へ日進月歩」 さて、福島第一原発の事故の結果大量に発生した「汚染水(処理水)」の海洋放出問題について中国に「科学的な対応」を求めていた日本政府・東京電力は、科学技術においてすでに日本を凌駕している中国の「科学的見解に基づいた懸念」に全く触れようとしませんでした。この点、日本政府の発表を垂れ流すだけだったマスコミも同罪でしょう。「処理水(汚染水)」海洋放出の問題点 | “しょう”のブログ - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)にほんブログ村 ← よろしければ一押しお願いします。一日一回が有効教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに(yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。)「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導と学校の力 、教育をつくりかえる道すじ 教育評価1 など
2024.07.07
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