買書とつんどくの日々

買書とつんどくの日々

2020年02月20日
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カテゴリ: 読書
お父さんと朝ご飯を食べるのは、とても久しぶりのような気がした。わたしはトーストを焼いてお皿にのせてもっていった。お父さんが苺ジャムの瓶をもってきて、牛乳やコーヒーと一緒にテーブルにのせた。瓶いっぱいに入った苺ジャムのふたをくるりとあけると、真っ赤な苺の小さな波がみえた。お父さんはそこに小さなスプーンを入れて自分のパンにたっぷりのせて、それからわたしにどうぞと言ってスプーンをわたした。
ジャムつくったの、とわたしがきくときのうの昼間につくったんだよと言った。最近ずっと作ってなかったからどうかなと思ったけど、これはもう大丈夫だな、とお父さんが笑った
(川上未映子さん「あこがれ」P245)




この「あこがれ」という本は、「ミス・アイスサンドイッチ」という「麦くん」の視点から見たお話と、「苺ジャムから苺をひけば」という「ヘガティー」の視点から見たお話で構成されていますが、発表されたのも出来事も2年ほどの差がある連作になっています。

さて、「あこがれ」という総タイトルですから、どちらもなんらかのかたちで「あこがれ」について描かれているのでしょう。「ミス・アイスサンドイッチ」が、作者自身対談の中で「夢から覚めるお話で、その前後で物の見え方が変わってしまうお話です」、みたいなことを述べておられるように、サンドイッチ売り場の「ミス・アイスサンドイッチ」への「あこがれ」から覚める物語と読めたとして、「苺ジャムから苺をひけば」というなぞなぞのようなタイトルをもつお話のどこが「あこがれ」につながるのでしょうか。

まず、見て取れるのは、亡き「母」と、どこかにいる異母の「姉」への思いというのがあるでしょう。
「苺ジャム」をつくるのはお父さんで、それが、間接的に、亡き「母」の思い出へつながっています。一方で、異母「姉」とのつながりもまたお父さんの血を通した間接的なものです。どちらも「父」がキー・パーソンとなっており、苺」は「父」なのではないでしょうか。
「苺ジャムから苺をひけば」なにものでもないのでしょう。同じように、この関係性から「血」である「父」をひけば幻のようなものになってしまいます。ということで、このお話は、なにもなくなってしまうところからいまあるところまでの、「父」との和解のお話なのだ、言ってみましょう。

川上さんのお話は、そんな理屈っぽいことを誘発するようにわざと創られていると思うのですが、それはさておき、どちらもほんとにいいお話だと思いました。
人によって共感するところは違うでしょうが、僕は、「ミス・アイスサンドイッチ」の夢のような、あるいは夢の話が好きです。







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Last updated  2020年02月20日 09時11分40秒
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