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こんにちは、妻です。アドラー心理学を分かりやすく書いてある『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を読んで、自分はどうなのかなと思ったことについて書いていきます。自分がこの本を読んで考えたことは、大きく次の3つです。①【過去とはなにか】、②【自分と他者】、③【いまを後悔しないように生きる】、です。まず、①【過去とはなにか】です。アドラーはトラウマは存在しないと断言しています。とてもパンチのある言葉で、すぐには受け入れられません。いわく、過去というものは本当は決まっていなくて、【いま】の自分が【いま】都合の良いように、過去に意味づけをし捏造したもの、ということでした。トラウマは存在しないかは分からないけれど、過去を自分の都合の良いように捏造している、というところは自覚があります。自分や他人を納得させるために過去を持ち出し、さらに説得性をもたすために、少し盛っていたように思います。それは意識的に、多くは無意識的にしているかもしれません。たとえば、同じことが起こっても、人によってとらえ方が異なります。よって、記憶の仕方も異なります。つまり、記憶は客観的なものではなく、かなり主観的なものだということです。それが自分自身のことでさえも、その時々の状態により、容易にとらえ方や記憶の仕方は異なります。そしてそれを頭の引き出しの中から出す時にも、同じように、その時々の状態により、容易に捏造していると思います。では、何のために過去を捏造する必要があるかと言うと、アドラーは「人生の嘘」と言っていましたが、自分は【いま】の自分を守るためだと理解しています。もし、【いま】どうしようもなく辛くて耐えられないようなことがあるなら、それをそのまま受け入れることは、自分が壊れてしまうようなとても厳しいことです。だから、過去のせいにします。これは依存の考え方と少し似ているように思います。アルコールやギャンブルなどに依存することによって、つらさを別の快楽などに置き換えて自分を守ります。また、自傷をすることによって、つらさを別の痛みというものに置き換えて自分を守ります。そして、過去のせいで、【いま】不幸だと思うことも、それが何らかの利益があるから、過去に意味づけをしています。よって、その【いま】の不幸は自分で選んだものであり、自分は不幸なんだ・こんな人間が幸せになれるわけがない、と変わらない決心をしている、ということらしいです。【いま】不幸であることが自分にとって利益になっているから、自分で不幸であることを選んで決めているというところは、この本を読んでいて、とても受け入れることが厳しいものでした。なぜなら、その通りだと思ったからです。自分はこんなに不幸だと言うことで、他者から心配してもらえる、かまってもらえる、などという利益を得ています。それをおそらく無意識的にしていたけれど、どこかで自分もそのことに気づいていて、それを面と向かって突きつけられるのです。過去にせいにしないで自立したら?と。でも、その不幸がなくなると、今まで得ていた自分にとっての利益がなくなってしまいます。だから、このことを受け入れることはとても厳しいものでした。つまり、意味づけしていた過去をなくし、不幸であることを選ばず、これから先の自分は、過去によってではなく【いま】の自分自身で決めましょう、すなわち自立しましょう、ということでした。このことを受け入れることが厳しいからこそ、「最初の1歩」は難しいけれど、「勇気」を出したいと思いました。同時に、過去なんて捏造されてほんとうは決まっていないのだから、そんなことにとらわれず、【いま】の自分を大切にしましょう、ということだとも思いました。①【過去とはなにか】という答えは、ほんとうは決まっていないのに、自分で意味づけすることによって自分自身を縛り付けているもの、自立を妨げるものになり得る、ということだと思います。過去も決まっていないけど、これから先のことも決まっていないので、常に「いまという刹那の連続」を過ごしています。ほんとうは、【いま】しか存在しないのです。だから、【いま】を大切に過ごしましょう。②【自分と他者】、③【いまを後悔しないように生きる】はまた別で。
2025.02.18
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こんにちは、妻です。自分は精神的不調により退職し、退職してもなかなか元気にならないなあと思っていました。そこで自分の中で、精神的不調=肉体的不調なのではないかという1つの結論に至りました。それにより、目に見えない精神的なことを考えるのではなく、とりあえず、『いま』の、目に見える、食事・睡眠・生活リズム・生活習慣を大切にしようという考えになりました。それは生活を丁寧にしようということですが、それにともない、部屋のなかの不要なもの必要なものを仕分けようと思いました。いわゆる断捨離です。これも、過去の思い出がつまった、たくさんのものたちで、【いま】の生活スペースが圧迫されているということなので、もっと【いま】の生活を大切にしようという一環です。さて、断捨離はすると気持ちもスッキリするなどと、よくネットの記事などでみます。それがなぜなのかを考えます。まず、物が多いと無意識に落ち着かないです。その原因は、一つ目には感覚刺激が多いからなのではないかと考えます。特に、自分は感覚器官(目や耳など外からの刺激を受け取るところ)のうち、目(視覚)や皮膚(触覚・温痛覚)の感覚が繊細で優位です。よって、ものが多いと当然視覚刺激も多いです。また、ものが多いと、ものが体に触れる頻度が多いのかもしれません。そして、ものの多さに比例してハウスダストも多くなるので、肉眼では見えにくいチリやホコリが無自覚に皮膚に触れて、それが触覚刺激になっているのかもしれません。二つ目に、衛生面・アレルギーの問題です。ものの多さに比例して、ノミやダニ、その他の害虫も多くなります。ハウスダストや害虫が多い環境で生活していると、アレルギーになる確率も高くなります。その状態は肉体にとってストレスであり、疲れさせます。これらがまず、自分が考える、物が多いと無意識に落ち着かない理由です。では次に、断捨離をすれば気持ちもスッキリする理由を考えます。一つ目に、上記の肉体への影響が少なくなります。二つ目に、ものが多いと、そのたくさんのものを一つ一つすべて管理することが難しくなります。それは、生活環境を自分でコントロールできない感ではないかと考えます。つまり、ものが多い環境で生活することによって、無意識にコントロールできない感・不完全感を感じているのではないかということです。それはネガティブな影響なので、それを、ものを少なくすることによって改善できると考えます。三つ目に、断捨離は、ものを手放したりものを必要だと選んだりすることであり、自分で判断して行動することです。これは、自分で「できた」と感じる、自己達成感であると考えます。さらに、「自分はできるんだ」と感じる、自己効力感にもつながります。そういった「できた」「自分はできると思う」体験を、ものに対して一つ一つ判断するのと同時に、一つ一つ積み上げているのだと考えます。それはポジティブな影響です。 これらが、自分が考える、断捨離をすれば気持ちもスッキリする理由です。上記から分かるように、断捨離は、それをする過程も、その結果も、良い影響があります。つまり、なかなか断捨離が進まなくてなかなか結果がでなくても、断捨離をしようと決断し、一つでも何かのものに対して所有をどうするか判断する、というその過程だけで、気持ちがスッキリする理由になり得ると考えます。ということで、自分も本当に少しずつですが断捨離をしようとしています。たとえば、子どもの赤ちゃんの頃のおもちゃは、2歳の【いま】は遊ばなくなったものも多いです。とても思い出のあるものでそれを手放すことはなかなかできませんが、【いま】の子どもが、おもちゃを選びやすくなる環境になって、【いま】楽しく生活できる環境になる、という目の前の【いま】の子どもと【いま】の生活を大切にする意識をもちたいと思います。赤ちゃんの頃のおもちゃは、なかなか捨てられないので、とりあえず使わない部屋に移動しました。なにも「捨」てなくても、「離」れてはいるし、なにより判「断」をしました。それだけでも自分にとっては大きな体験になりました。断捨離の良いところは、【いま】すぐにでもできるところです。
2025.02.14
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こんにちは、妻です。現在2歳の子どもがいます。子どもが1歳の時に育休から復帰して数ヶ月働いていましたが、精神的に体調を崩して退職しました。そして、仕事から離れても不調が続き、現在1年ほど経っています。その間、不調を改善しようといろんなことを考えてきましたが、いま、自分の中で1つの結論がでました。それは、精神的不調=肉体的不調だということです。=(イコール)だと思うほどなので、逆に、肉体的不調が改善すれば精神的不調も改善するのだということです。ということで、いったん、まずは肉体的不調にアプローチしようと決心しました。つまり、目に見えない精神的なことを考えるのではなく、まずは目に見える、食事・睡眠・生活リズム・生活習慣を重要視しようということです。これは、過去がどうとか終わりのみえないことで悩むのではなく、【いま】改善できます。生活リズムの改善とは、毎日だいたい同じ時間に起きて、だいたい同じ時間に食事をして、だいたい同じ時間にルーティンの家事などをして、だいたい同じ時間にお風呂や歯磨きをして、だいたい同じ時間に寝る、というミッションです。これは決して当たり前のことではなく、自分にとっては努力しないとできないことです。これを、いつか努力をしなくても、なんとなく毎日できるようになることが目標です。なぜこの考えになったかというと、自分は自律神経が正常ではなく、うまく体を休めることができません。症状としては、常に動悸(ドッドッドッドッ)、浅い呼吸、血行不良、それによる全身のしびれ・痛み・内臓の不調、常にある疲れ・だるさ、不眠、常にイライラ、、、などです。自律神経とは、体をほどよく活動させて、ほどよく休ませるものですが、その機能がバグっています。自分は、ずっと意図せず100%活動して、一瞬でスイッチが切れたかのように「これ以上は本当に活動できない、体を活動させられない」くらいひどく疲れたりと、ほどよく活動してほどよく休むことができなくなりました。今までどういう生活をしていたかと言うと、しんどいからダラダラYouTube見て過ごしたり、ご飯もあまり自炊せず適当で、お風呂もしんどいから何日も入らなかったり、歯磨きなど衛生面もどうでもよくなったり、やらなければならないこと(保育園への送り迎え、子どもの世話)だけでギリギリ、、、みたいな感じでした。しんどいから〇〇なんだけど、それだと体のリズム(サーカディアンリズム)が整わず、自律神経(交感神経・副交感神経)も整わず、悪循環です。それを断ち切るために、しんどいからあまり無理はしなくてもいいけれど、まずは、今日晩ごはん作ったとか、今日お風呂入れたとか、今日歯磨きした、とかそういう一つ一つをだんだんと増やしていこうと思いました。そういう一つ一つに少しずつ慣れていって、だいたい毎日できるようになってきました。生活リズムと、もう一つかなり重要なのではと思うことは、食事内容、つまり食事からほどよく栄養摂取することです。今までは、わざわざ料理を考えたり作ったりすることがしんどいから、パンやお菓子やふりかけご飯など、手軽に食べられるものを、ダラダラ適当な時間に適当に食べる、、、といった感じでした。栄養素は給食などでよく見る、赤黄緑の3色食品群、6つの基礎食品群などの分類がありますが、自分は黄色食品、とりわけ糖質ばかり摂取していました。糖質の過剰摂取はかえって体を疲れさせます。栄養はバランス良く摂取した方が身体的にも精神的にも良いです。特にタンパク質は、交感神経に関わるアドレナリンや、欠乏でうつ状態になるおそれがあるセロトニン、快感などに関わるドーパミン、ストレスホルモンや、睡眠ホルモンのメラトニン、など、非常に精神的にも重要です。しかし、タンパク質さえ摂取すればセロトニンになる、といったような単純なものではなく、複雑にいろんなものが関係するので、バランス良く摂取することは大事です。生活習慣を改善することや、食事内容を改善することは、【いま】できます。この【いま】が大事で、過去のことをいろいろ考えたり、または、まだ未知の未来のことをいろいろ考えたりすることを、いったんワキに置いといて、とりあえず【いま】目の前のやることをやろうと努力しています。この小さい【いま】が続いて、気づいたら毎日、という状態になることが目標です。同時に、2歳の子どもに対しても、生活習慣や食事内容に関しては【いま】変えられます。過去の育児に対して、山ほど後悔と罪悪感を感じていますが、とりあえず【いま】できることを頑張ろうと思っています。
2025.02.11
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