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2006年09月21日
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テーマ: 吐息(401)
カテゴリ: Essay



 「あ、この匂いは……」
 わたしは少し嬉しくなった。
 早く伝えたくて、足早に事務所に戻った。
 「ねぇ。お隣の金木犀が咲いたね。知ってた?」
 同僚にそれとなく声をかけると、
 「知ってるわよ。わたしも今朝来る途中、なんとなく香りがするので見上げたら、小さな花がいっぱいついていたもの」
 彼女も大発見したかのように、きらきらした目で答えた。
 「さっきね、会議室の窓を開けたら匂うじゃない。身を乗り出して確かめたのよ。そしたらいっぱい咲いているのよ。今日はなんだか得した気分ね」

 だから、二階の端にある会議室の窓から、手が届くのだった。
 そういえば、去年入社したばかりの時、この匂いに救われたのを思い出した。
 早いもので、あれからもう一年になるのだ。

 日ごろの煩わしい娘との諍いや、急に増えてきた煩雑な仕事のことで、頭の中はパンク寸前だったのに、この匂いにわたしは少し救われた気がした。
 季節というものは本当に素晴らしい。
 毎年忘れないで、同じ時期に同じものを運んでくれるのだから。

 金木犀の季節には、忘れかけていた色んなことを思い出す。
 中でも鮮明なのは、やはり二十数年間暮らした、今は人の手に渡ってしまった家でのことである。
 二階のベランダから見下ろすと、お向かいの庭に植えられた金木犀が橙色の絨毯を敷いて、強い芳香を放っていた。


 一点の曇りも無い空は高く、空気は澄んでいた。
 秋の、それでも夏の香りを残した陽射しが肌にちくちく痛いけど、そんな時とても贅沢で幸せだなーと感じるのだった。
 こんな幸せがずっとずっと続いてくれると良いのに、と絶対に続くことを大前提に思ったものだ。

 でも、それは長くは続かなかった。
 間もなく、儚い夢と消えてしまった。


 金木犀の季節が来ると、思い出す。
 ささやかだけど、この上なく幸せだった頃のことを……。

 過去のエッセイ 『金木犀』








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最終更新日  2006年09月21日 23時10分38秒
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