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私の鞄の中身・財布・携帯・ipod・本(今は井上夢人の「プラスティック」初めて読む作家なので面白いかはまだ不明)・ハンカチ・化粧ポーチ・鍵(自宅のと職場の)・ミンティア・“大切な物”入れ(お守りとか予備のお金とかカード類とかが入っている)・ピアスケース・メモ帳(何か思うとすかさずメモする)・ボールペン・タバコ・ライター・靴下・パン重い。他の人の鞄の中には何が入っているのだろう。
2006年10月24日
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Nさんに髪を切ってもらうために2ケ月に1度の割合で茨城へ行く。Nさんは私がかれこれ8年お世話になっている美容師さんでこの春、彼の地元である茨城に自分の店を出した。美容師というものにこだわりも執着もなく生きてきた私はNさんに出会って初めて、「この人だ!」と自分の美容師さんを決めた。最初は渋谷、去年は我孫子、そして今は茨城の守谷で彼に髪をステキにしてもらっている。「わざわざそんな遠くまで行かなくてもいい美容師なんてたくさんいるよ」「せっかく青山で働いてるんだから、近くでいいとこ探しなよ」「その行動力はすごいね」などと言う人たちもいる。けれど、Nさんは私のオンリーワンなのだ。美容師としての腕とセンスと、そしてやはり美容師としての人間性と波長の合い方がお客としての私にとってピカイチの人だ。茨城まで行くことより、近場でいい美容院を探すことの方が私にとっては不自然で煩わしいことなのだ。これが私の価値観。ある時うちの冷えピタ上司(2006年10月11日の日記参照)は私の茨城通いについて、真剣に「異常だ」と言った。その時に私が得た教訓。 人それぞれの価値観がある。 それをありのままに受け入れ、他人を責めること勿れ。 自分を曲げる必要も又無し。私は自分が大切だと思うものはとことん大切にする。それだけのことだ。
2006年10月22日
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柴田恭兵。彼は私にとって並々ならぬ存在である。小学生の時、NHKの大河ドラマ「武田信玄」に上杉謙信役で出演している姿を見たのが最初だ。中井貴一扮する弱っちい信玄に比べ、柴田謙信の凛々しいこと!たいまつの炎に照らされ、汗だくで祈祷する柴田謙信に釘づけになった。私が生まれて初めて自分で買ったCDは柴田恭兵の「リバティ」である。バラード系の(たぶん)マイナーなアルバムだ。今はもう手元にないが、ジャケットの写真もはっきり覚えている。確か、白いタートルネックのニットを着た柴田恭兵が切ない優しい表情で斜め横を向いていたはずだ。柴田恭兵ファンの私は、当然のことながら「あぶない刑事」に行き会うことになる。はまったなんていうものではなかった。再放送されるたびに何度でも全力で見た。私の家は、そのような「くだらない」テレビ番組を子供が見ることに厳しかったため、私は同世代の子たちが昔見ていたテレビ番組を今でもほとんど知らないのだが、「あぶ刑事」は初めて私が猛然と親に立ち向かい、勝ち取った「くだらない」テレビ番組だ。(ちなみに親に立ち向かって無理矢理勝ち取ったものは他に「暴れん坊将軍」やダウンタウンの番組等がある)中学生だった私は、「あぶ刑事」がある日は学校の掃除を猛スピードで済ませ、全速力で自転車をこぎ、超人的な速さで帰ったものだ。「あぶ刑事」にとりつかれ、柴田恭兵扮するユウジに恋焦がれ、妄想の世界をさまよった。もともと「あぶ刑事」自体が現実離れしたものであるため私の妄想には拍車がかかり、タカとユウジと私を主人公にしたティーンズハートばりの自己中心的な、甘ったるい、薄っぺらく安っぽいラブロマンス小説を一本書いてしまったほどだ。以前、若手お笑いコンビが「こんな彼女はいやだ」というネタで、「放課後“一緒に帰ろう”と誘うと、“ごめん、今日あぶない刑事があるから!”と大急ぎで帰って行く彼女」と言っているのを聞いて、自分のことかと思った。けれどどう考えても私はそのお笑い芸人と付き合った記憶はない。どうやら私のことではなかったらしい。(そういえば昨日もテレビで放送されてましたね、「あぶ刑事」ムービーが。仕事から早足で帰ったことをこっそり白状します)妄想期が過ぎても私は心の奥底で柴田恭兵のことがしっかりと好きで、その歴史は着々と延びていった。私が、物理的にもっとも彼に近づいた瞬間がある。大学生の時だ。アルバイト仲間と鍋パーティーをした時に行った先輩の家の近所に柴田恭兵の自宅があったのだ。みんなで夜道を歩いていると、その先輩が「あ、ここ柴田恭兵の家だよ」と洋館のような家を指差した。何ということ!私は絶句して立ち尽くした、とても現実とは思えなかった。家には明かりがついていて、どう見ても人の生活の場だった。ここが柴田恭兵の生活の場・・・現実の中に彼はいるのだ!なんて素敵なんだ!と実感し、言葉もなかった。いいものを見た、と思った。数ヶ月前、柴田恭兵が肺ガンであるというニュースを知った時、私は頭がクラクラした。けれど手術は成功したとのこと。きっと今は更に順調に回復していることだろう。今私は、小学生の頃からの彼への思いすべての集大成として、彼の無事を祈り、今後の活躍を願っている。
2006年10月21日
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先日友人M(とその恋人)に会った。正確には私が二人を呼び出した。目的は録画してもらった「古畑任三郎」のDVDを受け取ること。まず、録画を頼んだ上に早くくれとねだり、呼び出すという身勝手な行為を反省しつつ、私のわがままをものともせずにニコニコと嬉しそうにやって来てくれた二人を賞賛したい。簡単に説明しておくと私はかなりの古畑オタクであり(2004年5月5日の日記参照)、尋常ではない回数古畑を見ている。おかげで昔録画した古畑のビデオテープが擦り切れてダメになった。そこで、古畑のDVDを買い揃えることにした・・・のではなく、今度はビデオではなくDVDに保存することに決めたのだ。しかし私は録画機器を一切持っておらず、それは不可能である。というわけで、古畑が放送されると、親友Mかその恋人がDVDに録画してくれるのだ。私の顔を見るなりMはそそくさとバッグを開け、なぜかドライマンゴー(袋詰め。新品。値札付。312円也)を取り出し私に差し出した。普段から私たちの間では“離れて暮らしていて、久々に再会した田舎の母と娘”もしくは“近所のおばちゃん同士の日常”のような物品の受け渡しが行われることが多々あるのだが、今回のドライマンゴーに私は、二つの理由からとまどった。一つ目の理由。なぜドライマンゴーを?!ということである。M、あなたは旅行には行っていないはず。ハワイにも沖縄にも、それ以外のトロピカルな場所にも行ってないわよね?どこかの旅土産ではないわよね?しかもこのドライマンゴー、何も包装されていないし、値札も付いたまま。う~ん、これは親しさの証!とかそんなことが言いたいのではなくて、なぜこのチョイスを?私の好物のピータンでもカニ味噌でも納豆でもなく、なぜドライマンゴー?そもそもなぜ生のマンゴーではなくドライなの?!と私の頭の中には様々な疑問が浮かんだ。が、考えてみればMはしょっちゅうなぜ?!という物をまったく謎のタイミングでくれるのである。たとえそれがどこかの土産物だった場合でも「なぜ?」は消えない。以前Mは富士急に行って来たと言ってミルクプリンを持って来た。しかもコメントが「これ食べてみて~!すっごくおいしくないから!びっくりするよ~」だった。食べてみるとそれがまた見事においしくない。まずいのではなく、おいしくないのだ。あまりのおいしくなさっぷりに私は感心し、愉快がった。そんな私を見てMは大いに満足していた。きっとMがドライマンゴーを突然くれることに大した理由はないのだ。そう判断して問題は解決。二つ目の理由。これはもっと単純である。私は果物全般があまり好きではなく、特にドライフルーツは苦手なのだ。Mはそれを知らない。というより、気にしていない。Mは私の食べ物の好みを細やかに思いやるようなことはしないし、私もMに勧められれば、たとえそれが嫌いな物であっても(豚の角煮以外ならば)何となく食べてみてしまうような気がするので(私もMの食べ物の好みを思いやったりはしないし)これもまあよしとした。結果的に私たちはいつものように平和にご近所のおばちゃんよろしく物品を交換したわけだ。(この時私もMとその恋人においしいパンを買って持参していた)ちなみにMは、ドライマンゴーの後、ボディソープをバッグから取り出して私にくれ、最後にやっと古畑のDVDが出てきた。後日談。意外や意外、Mからもらったドライマンゴーは非常においしかった。甘すぎず、マンゴーのとろりとした感じが口に残り香りもよく、私はいたく気に入った。この勢いで豚の角煮も食べられるようにならないものか。
2006年10月18日
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絵心がない。私には美術的センスというものがまったくない。そう思って生きてきた。ところが数年前、ひょんなことがきっかけで自分でも信じられないようなデッサンを描くことができた。まさに奇跡としかいいようがない。ただし私は、動くものは一切描けない。興味のないものも同様だ。好きな写真や生物をひたすら見つめ、見たままを描くと、どうやらうまくいくらしい。好きなものを見るのは得意だ。しかしその場にないものを思い浮かべて描くと悲惨な状態だ。下の2枚の絵を見て欲しい。どちらの絵も、大人の私が本気で描いたものだ。特に好きでもないミッキーマウスを必死で思い浮かべて描いたものと、好きな猫の写真を見て描いたものだ。自分という人間の構造に疑問を抱かざるを得ない。大きな問題を感じる。
2006年10月13日
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昨日、職場の上司と晩ご飯を食べた。“中華のファーストフード”のお店だ。同じ価格帯ならば「餃子の王将」の方が一万倍マシ!という味だった。(「王将」はいいですよ。私は大好きです)五目チャーハンの味が何とも腑抜けで、私は仕方なくそのチャーハンに、ザーサイと、豚肉と野菜の細切り炒めを混ぜて食べていた。私の上司は、大人げのない中年男で、憎めないけれどデリカシーのない人だ。そして、食事をするといつも異常に汗をかき、昨日も大量の汗をかいていて、テーブルにあった紙ナプキンをおでこに貼り付けて汗をおさえていた。私がオリジナル混ぜチャーハンを食べているのを見て、彼は「ネコまんまみたいな食い方をするなあ」と呆れ顔で批判した。オリジナル混ぜチャーハンから目を上げるとそこに見えるのは、紙ナプキンがおでこで冷えピタ状態になっている上司の姿だ。私は迷わず、「そんな姿をした人に言われたくないです」と言った。上司も「そんな食い方をする奴に言われなくないよ」と言った。何ともチグハグな食事であった。まったく、あの上司とは解かり合えない。そして、憎めない。私が憎むべき相手、愛すべき相手は他にいるのだ。
2006年10月11日
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江ノ島、鎌倉、茅ヶ崎、稲村ヶ崎、七里ヶ浜、辻堂、鵠沼、すなわち湘南・・・地名だけでうっとりする。サザンに影響を受けているのは重々承知している。けれどきっかけはぐらである。ぐらと出会った頃、二人でよく湘南の海に行った。健全でもなくたくましくもない私たちはもっばら海を見るだけだ。入りはしない。ただただ見るのだ。海を目指して走る車の中でもう、二人は海にいるのだった。海風の粘っこさ、海水のしょっぱさなどは私たちには無縁だ。実際に湘南の海を前にしても、ぐりとぐらにとって海は、観念的なものなのだった。けれど今、私にとって湘南の海はもう少し現実的な存在だ。休日に一人でぶらっと出かける。鎌倉を歩き、神社でお参りをし、好みのカフェを見つける。江ノ電に乗り、ipodでサザンを聴き、江ノ電グッズを買ったりもする。江ノ島の胡散臭いみやげ物屋で胡散臭い物を買い、射的をし、おせんべいを買って食べる。けれど、大抵江ノ島の海岸にすわっている。江ノ島を見上げ、サーファーを眺め、時間が過ぎる。その時私が見ているのは、観念的なものではなく、休日の海だ。感じるのは海の風とトンビの獰猛さだ。自分の足でせっせと通っている分今の私は、ぐらよりも少し湘南に近い。休日は湘南へ行きます。
2006年10月09日
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今年の春先、私は偶然自殺を目撃した。私の目の前で人が死んだ。立ち尽くした。私の手は小さく震え、なぜか自分の口の周りを彷徨った。私の足は冷たくなって動かなかった。私の目はせわしなく宙を泳いだ。死んだのは見ず知らずの中年女性だった。顔は見ていない。私が見たのは彼女の背中。死に向かう者の背中だ。そこには強烈な意志だけが現れていて、感情はなかった。後で警察の人から、その女性は長年気を病んでいた方だったと聞いた。そういう背中だったと私は感じた。自分から死に行く人はどんな精神状況であれ、ああいう背中をしているのではないかと思う。私が彼女の死を目撃したことには何の意味もない。その経験があって私は知った。私は彼女の死を通して何の教訓も得ていないし、彼女の人生に思いを馳せたり、彼女の病について考えたりもしない。あんな場面を見たくなかったとも、自分の運が悪かったとも思わない。あれは私の目の前で起こった私の現実だ。「もし」も「まさか」もない。私は彼女の死を目撃した。それだけだ。「ありのまま」がすべてだ。あれ以来私はそう考えるようになった。でも、あの背中は忘れない。彼女のご冥福を心からお祈りします。*******************************************宣伝。戯曲「男と女」のコーナー。4.「のんびり」を更新しました。
2006年10月07日
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「明星一平さん夜店の焼そば」が好きだ。どのぐらい好きかというと、馴れ馴れしく「一平ちゃん」と呼べないくらいである。かといって、しょっちゅう一平さんばかり食べているわけではない。たまにしか食べない。私の中での一平さんは、お手軽なインスタント食品の代表として存在するのではなく、れっきとした選択肢の一つのとして存在する。オニギリにしようか、サンドイッチにしようか、一平さんにしようか。カレーにしようか、ハンバーグにしようか、一平さんにしようか。という迷いが成り立つ。一平さんを作るときは、きっかり3分、タイマーをセットする。そしてタイマーをスタートさせてからお湯を注ぐ。麺が柔らかくなりすぎると美味しくない。タイマーが鳴るまでの3分間、液体ソースの袋を一平さんの上に乗せてあたためておく。からしマヨネーズはあたためない。ふりかけは使わないので捨てる。タイマーが鳴ったらお湯をしっかり捨て、麺をほぐしてからソースを混ぜる。からしマヨネーズは上からかけるだけ。かけたらなるべく混ぜないようにして食べる。一平さんをほおばり、心から「美味しい!」とのたまう私は不健康な食生活を送っている人間に見えるのだろうか。実際はそうでもない。小さい頃からインスタント食品などほとんど食べたことがなかった。一平さんと出会ったのも大学生の時である。いわば私の一平さん好きは、健全な食生活からくる反動なのである。
2006年10月06日
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久しぶりだ。懐かしい人々は健在かしら。ぐりは健在。ぐらも健在。ここにいなかった間、日常で色々とぐりも成長した。たくさん時間が過ぎていった。その分考えたことも多い。だからその、考えたことをまた書いていこうと思った。甘えてる気もするけれど。でも、書かないよりは書いた方が健全だ。ううん。きっと書きたいんだな。だから、書きます。
2006年10月05日
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