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いやはや30歳はすばらしい。毎日ワクワク過ごしている。といっても日常生活に大きな変化があるわけではない。相変わらず変な歌を詠んでいるし、「新世紀エヴァンゲリオン」のDVDを繰り返し繰り返し見ているし、小説「新宿鮫」に夢中。今日はあまりの寒さにウサギの毛の耳あてをつけて仕事に行ったし、実家の猫の手をアップで撮った写真に「お忙しいでしょうか~? 猫の手お貸ししましょうか~? 猫の手~猫の手~ 猫の手はいかがっすか~」などというセリフをつけて喜んでいるし、むしろ幼児化しているのかもしれない。けれど昨日!もう2年以上記録更新が滞っていたマインスイーパ!私の特技(?)である。上級レベルの自己記録は129秒。これをついに破った!124秒。ホクホクである。すごいぞ30歳!ニキータでいうところのコムスメ(20代の女の子)にはかなわない領域に、今の私はやすやすと足を踏み入れることができるのだ。ガハハ!!先日、私の“only one”の美容師さん(2006年10月22日の日記参照)に「30歳になったので、とびっきり素敵な髪型にしたいんですけど」と持ちかけたところ、彼は、「了解。何か考えてみます」と受け合ってくれた。明後日、その新しい髪形に出会う予定だ。
2006年12月29日
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30歳になりました。このワタクシが30歳。29歳ではなく、30歳。目覚めたら巻き髪になっていたりして・・・色気ムンムンになっていたりして・・・なんて淡い期待を抱いていたのだが今のところ髪は巻いていないようだ。まあ、色気はちょっと出ている気もする。自己判断。30歳となったワタクシが30歳としてここに存在していることが楽しく、新しく、魅力的なことに思えて気持ちがいい。30歳になったからには超美しくなって愛し愛されて生きるのさ!と、今は大雑把な気持ちでいる。
2006年12月25日
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先日「さまぁ~ずの悲しい俳句」という本を読んでからというもの俳句や短歌らしきリズムのものが頭に浮かんでならない。ちなみにさまぁ~ずの大竹は、私が「この人天才だ!」と畏怖の念を禁じえない人間のひとりである。彼以外の天才には、松本人志、ラーメンズの小林賢太郎がいる。どうも私は、お笑いに携わる人間に天賦の才能を感じやすい傾向にあるようだ。三十路まであと6日の今宵。夜気白く煙るはタバコかため息か最初は風情すら気遣い、冷静に詠んでいたのだ。そして、厳かな気分で誰もみな私のことなどわからない他人は他人で自分は自分などと考えていたのだが、この道をゆっくり静かに歩み行く足親指が巻き爪だからと思いついた辺りから雲行きが怪しくなった。ペディキュアは注意を払い丁寧に足親指が巻き爪だから夏がきた素足にサンダル軽やかに足親指は巻き爪だけど巻き爪は普段無意識無問題(モウマンタイ)たまに痛むとああ、気もそぞろみるみる間に私は巻き爪ワールドへ巻き込まれ、夜は更けて行った・・・・友人Mに巻き爪ワールドを垣間見せたところ、歌を詠みやはり笑えるわが親友という返歌(と言ってよいのか?いや、ダメだろう)がきた。私につられてスイッチが入った彼女は更に、人付き合い苦手なままに今至る自己嫌悪だけの忘年会と、自分の切ない現状を私に訴えかけてきた。彼女のノリのよさと、その歌の陳腐さに愛しさを感じ、私がそう伝えると、陳腐だとあなたはそうと言うけれどしょせん人生そんなもの一見、「人生の悲哀」というスケールの大きなことを言っているかのようだが、やっぱり更に陳腐になり下がっている返歌(だから返歌じゃないって!)が・・・しかも彼女はどうやら「五・七・五・七・七」のリズムを「五・七・五・七・五」と思い込んでいるようだ。もう、何が何やらわからない(笑)。こうなったら私も出血大サービス!自分の陳腐さを笑おうではないか!大好きな「新世紀エヴァンゲリオン」絡みの一句。別れ際綾波レイの「サヨウナラ」私の男性の好みの一部をあらわした一句。プーチンとブルース・ウィルスにゾッコンさおでこが放つ光と色気いやはや・・・二十代残りわずかの夜は愉し
2006年12月19日
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12月15日から私は独自のテンカウントダウンを始めている。30歳になるまでのカウントダウンだ。年をとるのはちっとも嫌じゃない。むしろワクワクしている。十の位の数字が変わるというのは大きなことだ。20代から30代へ。二十歳になった時は、初めての一人暮らしに慣れるのに精一杯で、とくにこれといった感情はなかった。けれど今回はなかなか感慨深いものがある。あと一週間で私の20代も終わる。20代の自分を思う存分感じたい。そのためのテンカウントダウン。といっても特に何をするわけでもない。20代の自分を十分に意識して生活するだけだ。20代の自分とは、今の自分ということだ。今の自分の輪郭を意識して、くっきりと過ごしている。さらば20代!ありがとう20代!ビバ20代!そしてカモン30代!期待してるぜ30代!ってなもんです。けれど少しセンチメンタルな気分でもある。その証拠に今この時、私の身近にいる人たちに20代の私の姿を覚えておいて欲しいと願うのだ。
2006年12月18日
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「今年の漢字」は「命」だった。私にはピンとこない。何を当たり前な・・・と思ってしまう。私は今年、人が死ぬ瞬間を目撃した。(2006年10月7日の日記参照)大きな出来事だった。どのぐらい大きかったかというとあれは5月末の出来事だったがそれ以前の記憶がまったくなくなってしまったほどだ。にもかかわらず自分の今年の漢字は何かと考えてみても「命」は思い浮かばない。私の今年の漢字。それは「現」(うつつ)だ。自殺を目撃して以来、私はうつつを強く感じるようになった。(何せそれ以前の記憶がないのだから、それ以降の話で勘弁していただきたい)目の前で起きた出来事をありのままにとらえ、受け入れる。それがどんなに突飛で、深刻で、非日常であったとしても。すべて私の現実だ。realityの「現」そして、仕事。月曜から土曜まで、祝日を除いて仕事をしている。好むと好まざるとにかかわらず、私は毎日仕事に行く。自分の波を抱えて出勤する。うつつはいい。私を助けてくれる。なんてことのない世間話は他人との交流を生み、同僚とたたく軽口は気持ちを明るくさせる。dailyの「現」うつつがあるから妄想が生まれ、夢を見る。うつつの中で生まれる妄想は幻ではなく、うつつの中で見る夢は諦めではない。私は確かにうつつの中にいる。けれどいつまでうつつの中にいられるかはわからない。そのうちうつつを抜け出てどこか遠いところに行ってしまうかもしれない。もしそうなれば、それはまさに私が望むところだ。
2006年12月14日
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私は自分の感情の波に乗るサーファーである。波から降りることはない。私の足場は常に波の上にあるため、不安定極まりない。うまくとらえきれずに溺れ不意の波に驚き取り乱し心地よい波には調子づき急の落下で見事に沈む。私が誇れるのは唯一、波を迎え受ける自分の姿勢だ。私は自分の中のどんな波にも乗る。逆さまでも後ろ向きでも。気づかない振りをして避けて通ることはない。そしてパドリングをやめない。「波に乗る」ということは勢いづくことではない。常に揺れている、ということだ。お気づきだろうか。前回掲載したぐらの書簡は、作品ではない。こんな私へのとびっきりのラブレターなのだ。
2006年12月13日
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波乗りグリーへHi!今日の波はどうだい?昨日の波は大時化で大変そうだったね。大抵のサーファーは裸足で逃げ出すレベルじゃないか?海岸沿いのカフェでみんな言ってたよ「こんな日に波に乗りにいく奴はクレイジーだ」って。そんな海なのに髪をなびかせ波に乗ってる君を見たんだ。足元は覚束なく不恰好ながらまるでテニスプレーヤーさながらの真剣な表情の君を。「あ!あれは波乗りグリーだ!」誰かが叫んだ。君は僕が見ている間に少なくとも200回流されそのうち25回は溺れかけ、それでも嵐の海に向かってパドリングするのを止めなかった。僕の気持ちは自然と熱くなり、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。僕の心の花、波乗りグリーとりあえずタオルは必要かい?(2006.9.3)
2006年12月10日
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大人であり、しらふであってもネコ語が使えますか?私は使えます。心を許した人になら。朝ならばおはようにゃ、夜にはおやすみにゃと言えます。*****************************************フランス北部、オハヨーニャ地方に朝が来た。村の娘グーリーの身体は今朝もフワフワしていた。しかし前日に比べれば少し落ち着いた感もあり、厳密にいえばフワフワというよりはフワなのであった。グーリーの毎日には宝物がたくさんあり、それらを見つけるたびに彼女の身体はフワフワするのだ。太陽が高くから照らす葡萄畑を縫うようにして歩きながらグーリーは詩を口ずさんだ。「黒いストッキング」ベッドの中で大好きな人に「黒いストッキングはいてくれない?」なんてお願いされたらあたしはワクワクして「破るの?」と聞いてしまうに違いないそんなグーリーは、愛読書である「le requin du SHINJUKU」を小脇に抱えている。*****************************************妄想力を鍛えたいものだと日々思っていたところこんな妄想がムクムクと・・・仕事中に湧いてきて止まらなくなって困った。ツッコミどころ満載。内容ゼロ。ひそかにずっと半笑い状態であった。requinとはフランス語でサメの意。文法にはまったくもって自信がない。そして今、私は「新宿鮫」シリーズを読んでいる。
2006年12月06日
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最近私には性欲がまったくない。ただ「手をつなぎたい」と思うことが性欲に含まれるのならば前言を撤回して私には性欲が大いにあると言わねばなるまい。
2006年12月04日
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一切色気のない関係にある、年の離れた職場の先輩(男性・フェロモンのない穏やかな人)とのメールのやりとり。先:「電車が遅れてるから、着くの20分ぐらい遅れる。」ぐ:「わかりました。でも、寂しいので早く来てください。 笑。 げほっごほっ!!」先:「寂しいのは僕も一緒さ。 待たせないよ。」ぐ:「ぐえっ! 感動のあまり吐き気が・・・」
2006年12月03日
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