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~ゴードン 変遷~1922~23年:グレート・ノーザン鉄道(GNR)のA1形の最初の12両(1470~1481号機)が製造される。そのうちの1472号機がゴードンの兄の「フライング・スコッツマン(Flying Scotsman)」である。1923年1月:四大鉄道化により、GNR がロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(LNER)の一部となる。1923年10月:A1形の1482号機(架空の番号)として「ワイルド・ノーウェスター(Wild Nor' Wester)」が製造され、ロンドンのキングス・クロス駅までの急行列車の牽引を担当する。1924年1月:ハットきょうによって、1482号機は購入される。ソドー島に来島し、「ゴードン」という新しい名前をもらう。1924年:他のA1形が四代鉄道化のために番号を4470~4481に着け直しされる。1924年6~12月:A1形が40両追加(2543~2582号機)で製造される。1928~35年:52両のA1形のうち、51両がLNER A3形に改造される。また、A3形が追加で27両製造される。1935年:ヘンリーがクルー市で改造されたのを羨ましく思い、自分もクルー市までの汽笛の修理のついでに改造修理を受け、ファウラー形炭水車を身に着けた今の姿となる。1939~1945年:第二次世界大戦中として、車体を黒くされる。1951年:英国女王が来島し、彼女のお召列車を担当する。1956年:ロンドンのセント・パンクラス駅まで、急行列車を牽引する。現在:主にソドー本線の急行列車牽引を担当する。↑ゴードンと彼のモデルの機関車の写真
2020.08.28
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~ヘンリー 変遷~1919年:グレート・ノーザン鉄道(GNR)A1型蒸気機関車の実験機として、GNR C1型蒸気機関車の設計図を基に製造される(だが実験用車両として、期待された結果は出せなかった)。1922年:ハットきょうに購入され、ソドー鉄道にやってくる(実はハットきょうは、C1型蒸気機関車を注文していたのだが、騙されて使い物にならないヘンリーを購入された)。1925年:故障したゴードンの代わりに急行を引くエドワードを手伝い、ごほうびに車体を緑から青に塗り直される。1926年:トーマスの励ましにより、雨嫌いを克服する。1931年:車体をもとの緑に塗り直される。1934年:調子をよくするために、ウェールズ製の石炭を購入してもらう。12月、魚輸送用の特別急行貨物列車「フライング・キッパー」を牽引中にポイントと腕木式信号機のトラブルによる追突事故にあい、修理のためにクルー市に送られ、そこで3か月かけて修理される。1935年3月:ロンドン・ミットランド&スコッティッシュ鉄道(LMS)のブラック5をモデルにした姿に改造されて、帰ってくる。1939~1945年:第二次世界大戦中として、車体を黒くされる。1967年:加減弁の修理と同時に、車輪に泥除けが付いた今の姿となる。現在:主に本線の旅客・貨物列車牽引を担当する。↑ヘンリーと彼のモデルの機関車、ヘンリーの旧モデルのスケッチ
2020.08.23
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~エドワード 変遷~1896年:ファーネス鉄道(FR)K2型蒸気機関車の最初の6両(21、22、34、35、36、37号機)が製造される。続いて、38号(架空)として、エドワードも製造される。1900年:K2型の増備として、2両(124~125号)が製造される。1915年:ノース・ウェスタン鉄道に購入され、エドワードはソドー鉄道へ来島する。縦形ボイラーの小型タンク機関車「コーヒー・ポット」のグリンたちに代わって、ノース・ウェスタン鉄道で働く。1922年:本線での仕事をヘンリーやゴードンらの大型機関車に変わられ、貨車や客車の入れ換えが主な仕事となる。1926年:トーマスの来島により、本線での短編成列車の運行が主になる。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。1954年:この頃、古くなって走ると「ガチャガチャ」という音を立てるようになる。子どものいたずらで暴走したジェームスを助けたほうびとして、ガチャガチャいうところを修理されると同時に、ファウラー形炭水車を引いた今の姿に改造される。現在:自分の港までの支線の運行と、ゴードンの丘を上る列車の後押しが主な仕事となる(ちなみに、自分の支線の始発駅は、ゴードンの丘のふもとの手前である)。↑エドワードとそのモデルとなった機関車の写真です。
2020.08.16
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このコーナーは「きかんしゃトーマスとなかまたち」がソドー島にやってきて、どうやって成長して、今の姿になっていったかを描いたコーナーです。アニメ版とモデルの写真を見比べてみると、どこかが違うってわかりますか。それは原作での作者のウィルバート・オードリーさんのアレンジが元なのですが、ぼくは、来島から現在までの出来事による改造や修理などで、今のTVシリーズの姿になったのではないかと推測しています。まずはトーマスの変遷から見ていきましょう。~トーマス 変遷 ~1913~14年:ロンドン・ブライトン&サウスコースト鉄道(LB&SCR)E2型タンク機関車のタンク改良前の5台(100~104号機)が製造される。1915~16年:LB&SCR E2型タンク機関車のタンク改良後の5台(105~109号機)が製造される。1917年1月:LB&SCR E2型のタンク改良後の6台目(110号機…E2型では架空の機関車)としてトーマスが作られる。1923年1月:4台鉄道化により、サザン鉄道(SOUTHERN)の緑の車体となる。1925年:ナンバーを2110に着け直される。1926年:ソドー島のノース・ウェスタン鉄道(NWR)のゼネラル・マネージャー(重役)「ジェラルド・トップハム・ハットきょう」により購入され、ソドー島にやってくる。その時に車体の色を青く塗り直され、ナンバーが1になる。当初はティドマス駅での貨車や客車の入れ換えが仕事だったが、ジェームスの脱線事故の際に救援活動に尽力したことにより、自分の支線を手に入れ、客車のアニーとクララベルと共に、そこでの運行が主な仕事となる。1928年:給水塔の故障により川から水を汲んだ際、偶然タンクに魚が入り込んでしまい、それが原因で不具合が出てしまい、それ以来、魚が嫌いになってしまう。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。1950年:石切り場までの路面区間の運行を「牛除けをつけないと走ってはいけない」と理由で禁じられる(その後、解放されたが)。1961年:駅長の家に突っ込むという事故を起こし、修理工場行きを余儀なくされる。修理後は前の車輪に泥除けが付き、ランボードの後ろ下がりの部分がまっすぐに変更され、今の姿となる。現在:自分の支線だけではなく、本線での短編成の列車の運行も担当している。↑トーマスとモデルの機関車の写真です。どこがちがうか見比べて見てください。
2020.08.10
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