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『一陽来復』いつも楽しみにしている夢子さんのメルマガ「夢の言の葉」で「一陽来復」が紹介されていた。(下にアドレス)今日は冬至だったんだ!今日の言葉は、「一陽来復」去年初めて高田馬場の穴八幡宮にいって、「一陽来復」のお札をいただいてきた。あんなに人がいっぱいなんて思ってなかった。色々調べていったのに、高田馬場の駅に着いたら迷う必要なく、バスに誘導され、着いたら、ベルトコンベアに乗ったように境内へ。そこは、ディズニーランド状態で、お参りの前にお札を買う列へと並ぶ。穴八幡宮は、東京でも「気」が高い所らしい。ある本の「パワースポット」で紹介されていた。「一陽来復」とは、冬が終わり春が来ること。悪い事が続いた後に、良い方向に向かうこと。昔の人は、冬至を境に日が長くなることから、冬至に太陽の力が復活すると考えていたそうだ。古代ローマでも冬至は“太陽誕生の日”とされ、豊作を祈る日だったそうだ。節分の日、自宅と事務所にお札を貼った。今年は、「日めくり」カレンダーに挿絵という形で自己表現をさせていただいた。一年前にパステルシャインアートに出会って一気にいろいろなものが動き出した。今年もまた、新しい出逢いがありステージが広がっていく予感に感謝!夢の言の葉
2005.12.22
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「芳村思風先生の日めくりカレンダー」を買っていただいた方から電話があった。先生の言葉はもちろん、絵も大変気に入ったとのことだった。大阪でNPOの「めっちゃハッピー祭」にの理事をされている方だった。昨日たまたまその会の委員長をされている方も東京に来ておられた。(けっこう有名な方なのでお名前だけは知っていたけど、初めてお話させていただいた)夕方から帝国ホテルでお目にかかった。「めっちゃハッピー祭」の小冊子を2年位前に、鍵山秀三郎さんから送っていただいたことがあった。お話をしていると、いろいろなところでつながっていた。お二人とも、とてもやわらかい雰囲気の方で、とても楽しい時間だった。来年、いろいろな展開がまた始まりそうな予感を感じながら、ワクワクして帰ってきました。
2005.12.21
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英語の「present」は、「現在」という意味『今という時間は、私たちに与えられている最高のプレゼントです。私たちが思うどんなに辛い時間でも、どんなに嫌な仕事をやっている時間でも、それすら手に入れられない人がいます。私たちはもらったプレゼントを粗末にしてはいけないのです。』日本メンタルヘルス協会 衛藤信之先生の講演で話されていた言葉。この後、「しゅうしゅう」のお話が続くのですが、それは生で聞いた方が感動があるので…この1年いろいろなことがあったけど、それもプレゼント。おかげさまで、「芳村思風先生の日めくり」も予想を上回る反響で、当初印刷分の2,000部完売。追加印刷分の1,000部が明日入荷する。もう300部の行き先が決まっている。また、大阪で新しい展開も見えてきた。
2005.12.20
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朝から岡部明美さんが、事務所に来た。以前いくつかの詩をこの日記でも紹介したあの岡部明美さんです。若い頃(失礼?)は、マーケティングの仕事で、本も何冊か書いて、バリバリのキャリア・ウーマン(?)だったらしい。病気をキッカケに、生き方が180度変わった。病気の再発があり、いろいろな出会いがあり、「もどっておいで私の元気!」という本ができた。それからワークショップ・トレーナーの仕事をはじめた。ワークの様子は、昔テレビでも紹介されたらしい。とってもユニークな人。ワークの時は、岡部明美さん、終わって宴会になると、あけみちゃん。あの人は、どこへ行ったの?というくらい爆笑・爆笑の連続。6時すぎからさっきまで、大騒ぎして帰って行きました。詳しくは、とても文字では表現できません。今年1年は、体の調子が悪くて、セミナーを休んでいたんだけど、来年から、復活することが決定しました。芳村思風先生と岡部明美さんの二人の講師で、感性論哲学の講義とそれを体感して、実践していく為ののセミナー。4月から再開予定です。
2005.12.15
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斉藤一人さんのCDにも「100回聞きシリーズ」がある。お話しの最後に「1ヶ月以内に100回聞いてください」とコメントがある。今までは、「その話は、前に聞いた」「この本は読んだことがある」「その話知っている」で終わってしまっていた。気に入った本でも2~3回読む程度だった。何が大切なのか、最近ようやくわかってきたような気がする。芳村思風先生と出会って3年になる。3年間、毎月の思風塾。それ以外にも「感性経営問答塾」など多い月には、4日間思風先生とご一緒させていただいた。何回も同じテーマでお話しされている。同じ話でも、毎回響いてくる言葉が違う。日めくりを作るため、本も何度も読み返した。講演のテープお越し何度もやった。1回聞くだけでは、頭でわかったつもりになっていた。実践できているか?身についているか?1回聞いただけで、わかる頭なのか?週に5日は、どんなに遅くなっても絵を描いている。かなり進化してきてると思う。でもまだ1年だ。頭ではなく、体が覚えるまで聞く、実践する。繰り返し繰り返し繰り返し続けることの大切さ。人が100回やるなら、200回、300回やってやろうじゃないか!
2005.12.12
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東京ビックサイトの「癒しフェア」に行ってきた。ホームページでは、「女性のための」と冠が付いていたので、ちょっと心配だったけど、男性も結構多かった。「癒し」という言葉は、あまり好きではないんだけど、今は、やっぱり流行らしい。2日目なのに、人の多さにおどろいた。テレビの「オーラの泉」の影響か「オーラ写真」のコーナーはどこもいっぱいだった。授業料のつもりで、オーラソーマを受けてみようと思ったけど、これもいっぱいで断念して、タロットやオーラ写真を受けた。タロットは、いつも使っているカードだった。何も知らないふりして受けた。(聞かれなかったので言わなかっただけだけど・・・)まだ初心者なのか、ちょっと自信なさそうだったので、聞いていて不安になった。カードの意味もいくつか間違っていた。時々カードに手をかざして、「ウッ!」と気合を入れていた。何のためにやってるんだろう?カードの扱い方、カードさばきがぎこちないから余計にそんなしぐさが異様に見える。言葉だけでなく、座る姿勢、しぐさも見ていて始めたばかりかなという印象だった。自分はどうかなと思いながら受けているとちょっと失礼だけども勉強になった。6枚引いたカードの解説の8割くらい自分とは違う解説をしていた。自分と比べて「勝った負けた」と比較していることに気づきて、ちょっと反省。オーラ写真は、「真っ赤なオーラ」それもかなり広く濃い!顔がほとんど見えない!ゴールドとオレンジが少し入っている。過去性リーディングも受けてみたかったけど、予約でいっぱいだった。
2005.12.11
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年末に京都に行くためにJRの切符を予約してきた。いちばんの目的は、広隆寺の弥勒菩薩さまと会いに行くこと。1度だけ学生時代に行ったことがある。弥勒菩薩さまの表情は、いいことだけでなく、悪いこともすべてしてきた人の表情だそうだ。いいことをしてきただけでは、あの表情にはならないらしい。悪いことをして、悩み反省し、その辛さをもわかっていないと、あの表情にはならないとのこと。人間どんな人でも、長所半分・短所半分良いところも、悪いところもあって人間。短所があることを自覚することで、人間は謙虚になれる。ということは、弥勒菩薩さまは、人間に近いのだろうか?それとも作った人が、そんな人だったんだろうか?
2005.12.08
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ニューヨーク州立大学病院の壁に残された詩にコクーンが曲をつけた作品。原詩は、有名で、いろいろな人が紹介している。「祝福の歌」強くなりたくて 力を求めたのに優しくなれるよう 弱さを授かった幸せになろうとして 富を求めたのに賢くなるように 貧困を授かった求めたものは ひとつとしてこの手にはいらなかったけど心の奥の 本当の願いに目を覚ましたみんなにほめられたくて 成功を求めたのに悲しみがわかるように 失敗を授かった人生を楽しようと あれこれ求めたのにすべてを喜ぶように 心を授かった言葉にならない思いの中で確かに感じられたこと私はあらゆる人の中で祝福されていた求めたものは ひとつとしてこの手にはいらなかったけど心の願いに気づいたとき祝福されていた言葉にならない思いの中で確かに感じられたこと私はあらゆる人の中で祝福されていた(原詩:ニューヨーク州立大学病院に残された詩)(作詞・作曲:コクーン)コクーン
2005.12.08
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『行き詰まる』生きる意味を求めて、走り続け、求め続け、迷い続け、何度も壁にぶつかっては倒れた。行き詰って一歩も前に進めなくなり、途方に暮れていたあの頃の自分がやっと見えてきた。「自分に絶望していることを認めずに、ただひたすら動き回り、自分が今何を感じているかということにひたすら目をそむけ続けていたということ」「自分が今やっていることと本当の願いが違ってきたことを感じながら、それを認めてしまうことは多くのものを失うことであり、その失うものに価値を置いていたこと」「先が見えないことがとてつもなくこわかった。未来の暗闇より、今の葛藤の方がまだ救いがあるように思えた」「ただひたすら疲れていたはずなのに、疲れているという感覚すらわからなくなっていた」今になってわかるのは、行き詰っていた私は、過去の人生のパターンに決別し、新しい生き方を無意識ながら選択していたのだということ。すでに新しい世界に片足だけ踏み出しているものの、もう片方の足が怖がってついてこられない状態だったのだ。ついて来られない足(心)の方にそっと尋ねてあげればよかった。「もう少し休憩していたいかい?視界がもう少し開けるまで待とうか?急ぐ必要は何もないのよ」と。私は、こんなふうに自分にやさしく尋ねたことが一度もなかったことに気づいた。今、「もどっておいで私の元気!」の詩をポストカードにしようと計画しています。パステルシャインアートで絵を描いて、その上に岡部明美さんの詩をのせようとしています。できたら、31枚の日めくりにしたいのだけど今はちょっと資金が・・・でも早いうちにできそな気がしています。
2005.12.06
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おかげさまで、2,000部作った日めくりが11月末で完売しました。思い切って1,000部追加発注しました。最初から3,000部印刷すればよかったのですが、資金不足で2,000部しか発注できませんでした。2,000部の利益だけでは、1,000部の印刷ができないので、やっぱり借金はなくなりませんけどね。でもこれで、芳村思風先生のことをまったく知らなかった人、哲学に興味のない人も芳村思風先生のことや感性論哲学をひろげることができたかな・・・そろそろ今年の1年間の棚卸の時期だけど、間違いなく1番に入る。芳村思風先生のおかげで、自己表現ができたことに感謝。
2005.12.05
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コクーンコクーンのコンサートに行ってきました。銀座の画廊でおこなわれました。AICOさんの絵に囲まれてのコンサートでした。彼女たちの歌をはじめて聴いたのは、「傷だらけのエンジェル」だった。生まれて4ヵ月で胆道閉鎖症で、男の子をなくした彼女は、「どうして私だけこんな辛い思いをしなければいけないのか」と悩み、次は、「こんなことになったのも自分のせいだ」と自分を責めたそうだ。そんなときお坊さんから「あきらめる」という言葉の意味を教えてもらったそうだ。「あきらめる」とは、「明らかに見る」から来た言葉だそうだ。「傷だらけのエンジェル」 作詞・作曲・編曲 本田裕子 傷だらけのエンジェル きみが目の前に降り立った日からすべての幸せを 手に入れたと思ってた傷だらけのエンジェル きみをガラス細工よりもろい きみをどんな宝を投げ打ってでも 守り通したかったのに きみが天に舞い戻った日 わたしの時間が止まった悲しみが大きすぎて心の片隅じゃ しまいきれない本当の天使っているんだねお星さま お願い 夢の中で 会わせてお願い 2傷だらけのエンジェル きみと過ごした短い季節はこの夏の日より輝いてた決して無駄にはしないから傷だらけのエンジェル きみは何も話はしなかったけどわかってたよ 刻んでおくよ伝えたかった メッセージ きみが天に舞い戻った日 きれいな歌が流れてた悲しみが大きすぎて大好きなあの人とも分け合えない涙の器ってないんだねお星さま お願いいつか きっと連れてってお願い悲しみが大きすぎて心の片隅じゃ しまいきれない本当の天使っているんだねお星さま お願い いつかきっと 会わせてお星さま お願い傷だらけのエンジェル きみが目の前に降り立った日から
2005.12.03
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