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先輩の息子さんにはtetywestが知っている状況を返信したのですが、このメールがきっかけになって、tetywestはBossのファミリーの住所を調べる行動を開始しました。まずは、1997年にMr. Munemitsu の別荘だった家に住んでいた実習生の後輩と連絡をとることです。tetywestにとっては彼が唯一のコネクションなのです。しかし、2000年当時に連絡をもらったときのメールアドレスはもうどこにもありませんし、彼の姓は覚えていたのですが、名前の方は正確には思い出せないくらいだったのです。グーグルにキーワードを打ち込んで探すこと10数分、何となくそれらしいHPが見つかりました。連絡先のメールアドレスもあったので、そこにメールを書くことにしました。---------------------------------------------------私は1975年から76年にDoi farm で実習していました。 おそらく、http://www.xxxxxxxxxxx/contact.phpのOさんは、私が1997年9月にDoi farm を訪れたときにお会いした実習生の後輩のOさんだろうと予想してこのメールを書いています。もし間違っていたらごめんなさい。 私の名前はtetywestです。香川県でミカンを栽培しています。以前にDoi夫妻がリタイヤされてバレー・センターかサン・シティかに転居されたと連絡をいただきました。 その後、自分のHPで実習生当時のことを書いたところ、昔 Doi farmで実習生だった人や、その子供さんからメールを頂いています。みんなその後のDoi夫妻のことや、子供たちのことを知りたがっていますが、連絡先がわかりません。もし差し支えなければその後の状況をお知らせいただけないでしょうか? また、もし完全な人違いであれば、その旨お知らせ下さい。突然のメールでお手間を取らせますがよろしくお願い申し上げます。 ---------------------------------------------------すると次の日、日曜の朝にそのOさんから電話がかかってきました。いや~ビックリしました。昨日送ったメールが届いたのだそうです。そういえば以前1997年に名刺を交換したのです。その電話によると、Oさんはバレー・センターに住んでいます。Doi夫妻は娘のシャーリーと一緒にデービスに住んでいるそうで、Bossの子どもたちの消息もだいたいわかりました。Doi夫妻の住所はあとでメールで送ってくれることになりました。その日の夜、先輩の息子さんに住所がわかったことをメールしました。すると月曜日の夜7時頃、今度は鹿児島に住んでいるその先輩本人から電話がかかってきました。いや~、もうビックリです。その先輩は、帰国して以来カンキツ経営一筋で、3人の子供さんをりっぱに育て上げられています。アメリカへ留学している息子さんが末っ子なのだそうです。香川県の金毘羅さんへは時々お参りに来るそうなので、近いうちの再会が実現できそうです。そして昨日の夕方、今度は先輩の息子さんから電話がかかってきました。tetywestのメールのアドレスに電話したところ、ちゃんとDoi夫妻と連絡がとれて、二人ともお元気で、tetywestのことも父親である先輩のことも覚えていらしたそうです。バークレーからなら車で1時間ほどの距離なので、事前に一度いらっしゃいとDoi夫妻から招待されたそうです。電話の声が鮮明で、それも日本語なので、本当にUSAからだとはとても信じられないくらいです。まるでお隣からかかってきたようです。今回、Bossの住所を探そうと思い立ってから確認できるまでは、たった4日間でした。もしインターネットがなかったら、Bossの安否どころか住所を探すことも不可能だったでしょう。15年前にはとても考えられなかったことです。インターネットの普及で人類はこんなに便利な世界に住んでいます。70年前の日本人は、アメリカやヨーロッパに住んでいるのは「鬼や畜生」だと教えられました。戦争が始まるとアメリカに住んでいる日本人は、治安を乱す恐れがあるからと強制収容所に入れられました。そんな悲劇はお互いを知らなかったことから始まっているのだと思うのです。住む国が違い宗教が違っても、お互いによく知り合えば同じ人間なのだということをtetywestは経験を通して実感しています。その知り合う手段として、現代ではインターネットのチカラはすごいものがあります。今回のエピソードでDoi farm を中心にした関係の輪が広がり、それぞれが新しく結びついていきました。tetywestはそのことに感動して久しぶりの日記を書いています。
2007年02月22日
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先週の土曜日のことです。このHPのメール・ボックスに一通のメールが届きました。---------------------------------------------------はじめまして、ホームページのほうを拝見させていただきました。僕は今カリフォルニア大学バークレー校に通うS・Sというものです。日記などを読ませていただき、僕の父親と関連が少しはあるのではと思いメールすることにしました。僕の父親は鹿児島県はA市という熊本県との県境にある小さな市でみかん農園を経営しています。僕の父親もアメリカで30年ほど前に研修をしていたことがあり、幼少のころはよく聞かされたものでした。父親が言うには、僕の父親もEscondidoのMunemitsu FarmでMr.Doiの下で研修をしていたというのです。今年の5月に僕の卒業式に参加するために渡米する父親は、Escondidoに訪れる計画を立てていますが、連絡先などがわからないために困っているところです。よろしければ連絡先などをいただけたらうれしいです。今わかる限りの情報は、Route4とBox numberだけです。電話番号など変わっている可能性は大いにあると思いますが、知っている限りでよろしいのでお願いします。 ---------------------------------------------------メールを読んで驚きました。何と30年前にtetywestたちと入れ替わった先輩の息子さんからだったのです。tetywestのUSA日記にも書いてあるように、その先輩たちと過ごしたのは丸一日だけだったのですが、右も左もわからない新米のtetywestたちに親切に実習生活のアドバイスをしてくれたこと、ほとんどお金を持っていなかったtetywestたちに食費をカンパしてくれたことなどを懐かしく覚えています。USA日記を書いている途中に、30周年でもう一度Bossの家を訪ねる計画がお流れになってしまいました。tetywestたちの年代になると、みんなが揃って1週間の休暇をとることは無理だろうとは思っていたのですが・・・そんなわけで、Bossのファミリーの住所も調べなくてはと思いながら、ついついそのままで今まで放って置いたのです。実は、tetywestたちは20周年目の1995年にUSAへ行き、Boss夫妻やMr. Munemitsu とも再会しました。その時は以前と同じ農場に住んでいて、皆さんとてもお元気だったのです。その2年後、1997年にもう一度USAへ行くチャンスがありました。このときはBossを驚かそうと全く連絡せずに突然訪問したのですが、見事に当てが外れて留守でした。近所のオバサンにお土産を渡してくれるようにお願いして、農場を見て回っていると、以前はMr. Munemitsu の別荘だった家に誰かが住んでいて、それは実習生の後輩でした。彼は、実習中にナイトスクールで知り合った女性と結婚してずっとUSAに住んでいて、造園の仕事をしていました。それで、Doi ファミリーのその後の消息を詳しく聞くことができたのです。Mr. Munemitsu は確かその年に亡くなられていました。その後、1999年に一度その後輩から「Bossがリタイヤされました」という連絡がありました。農場を売却してサン・シティかどこかに引っ越したのだそうです。先輩の息子さんからのメールが届いたとき、tetywestの持っている Doi ファミリーのその後の情報はこの程度だったのです。
2007年02月21日
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